第六十三話 最高の騎士と魔法使い
モンスターを倒した後、ダーク達は森林の更に奥へと進んで行く。今度は騎士であるゼルとスーザンが前を歩き、その後ろに魔法使いのリゼルクとアリアがついて行く。そして最後尾はさっきと同じようにダークとノワールが歩いていた。
再び歩き出してからリゼルクはゼルとスーザンの後ろ姿を見つめながら難しい顔をしていた。あれからずっとリゼルクはダークに言われた事を考えていたのだ。
(……素直になったらどうだ、か)
心の中でリゼルクはダークが最後に自分に言った言葉を思い出しながら前を歩くゼルの背中を見つめていた。
(確かに俺は知っていた。ゼルとスーザンが魔法使いになる事を努力していた事や魔法学院に入学する為に必要な魔力を持てずに仕方なく騎士養成学院に入学したという事も……だけど、あの時の俺は四人で一緒に同じ道を歩もうと心に決めていた。それなのに二人は俺達とは違う道を選んだ。当時の俺にとってあれはとんでもない裏切りでしかなかったんだ)
本当はゼルとスーザンは悪くない、自分のやっている事はただの逆恨みだという事を分かっていたリゼルク。しかし、長い間苦楽を共にして来た者が自分やアリアと違う道を選んだ事は当時の彼にとっては裏切りでしなかったのだ。
学院に入学してからのリゼルクはゼルとスーザンに会うと二人ともう一度昔のように仲良くしようと考えた。だが二人の顔を見ると必ずその裏切りの事が頭を過り、二人に対しての怒りが込み上がってしまう。その度にリゼルクは二人に冷たく接していった。そしてその結果、ゼルもリゼルクに対して怒りを覚え、現在の状態になってしまったのだ。
だが、リゼルクはダークの言葉で少しずつ自分の間違いや愚かさに気付き、心が少しずつ揺れ始めた。そして考えるようになったのだ、今からでも昔のような関係に戻れるのではないかと。そんな事を考えながらリゼルクはゼルとスーザンの背中を見ながら歩いていた。
「……ん? 何だよ、リゼルク」
前を歩いていたゼルが後ろからの視線を感じ、振り返ってリゼルクに尋ねた。考え込んでいたリゼルクはいきなり声をかけられて一瞬驚くが目を逸らしながら返事をする。
「い、いや……何でもねぇよ」
「……? 変な奴だな」
「ほっとけ」
さっきまでと明らかに様子が違うリゼルクを見てゼルは小首を傾げる。リゼルクもさっきとは違い必要以上にゼルに突っかかろうとはしなかった。
二人の様子を見てアリアとスーザンは少しだけ昔のような関係に戻ったと感じて小さく笑っている。そんな四人のやり取りをダークとノワールはずっと黙って見ていた。
しばらく歩くとダーク達は円形の広場に出る。木は生えておらず、草だけの緑色の地面が広がり、上を見れば青い空が広がっていた。広場を目にしたアリアとスーザンは目を輝かせ、リゼルクとゼルも森林の中にこんな所があった事を知って意外そうな顔を見せている。
「此処にはモンスターもいないみたいですし、少し休みませんか?」
ノワールが周囲を簡単に確認してダークに休憩を取らないか尋ねる。それを聞いたダークも周囲を見回してからリゼルク達の姿を見てからノワールの方を向いて頷く。
「そうだな、そんなに危険な場所でもないようだから少しぐらいなら大丈夫だろう」
「それじゃあ、アリアさん達に休憩を取る事を伝えてきます」
ダークの許可を得たノワールはリゼルク達に元に向かい休憩を取る事を伝える。その間ダークももう一度広場を見回して何かないかチェックをした。
「……パッと見ればごく普通の広場のようだな。近くにはモンスターの気配も無く、少し休むぐらいなら問題なさそうだ」
安全を確認したダークは離れた所で会話をしているノワール達を見て彼等の下へ向かおうとする。すると、広場に風が吹き、その風を受けたダークはピタリと足を止めた。そしてふと上を向いて空を見上げる。
リゼルクと話をしていたノワールは空を見上げているダークに気づき、不思議そうな顔でダークに駆け寄って来た。
「マスター、どうかしましたか?」
「……ノワール、休憩はもう少し後になりそうだ」
「え? どういう事ですか?」
「何か大きなものが近づいて来る」
「大きなもの?」
ダークの言葉と低い声からノワールは何か危険な何かが近づいて来るのだと気付き表情を鋭くして杖を強く握る。
先程、ダークが風を受けた時の彼の技術であるモンスター察知が発動し、ダークは自分達がいる広場にモンスターが近づいて来るのを感じ取っていた。しかもそれはさっきの中型モンスターよりも大きなモンスターだ。
「二人とも、どうかしたんですか?」
空を見上げたまま動かないダークとノワールに気付いたリゼルクは二人の近づいて尋ねる。アリア達も不思議そうにダークとノワールに近づいた。ダークはリゼルクの問いかけに答えずただ空を見上げている。リゼルク達も不思議に思い二人と同じように空を見上げた。ダーク達の視界には青い空と白い雲だけが映っている。だが次の瞬間、大きな影がダーク達の真上を通過し、その影を見たリゼルク達は目を見開いて驚く。
「な、何だ今のデカい影は!?」
「見た感じ、巨大な鳥の様な形をしてけど……」
リゼルクとアリアが空を見上げたまま驚き、微かに震えた声を出す。ゼルとスーザンも声を出さずに驚きの表情を浮かべていた。
四人が驚いている中、ダークとノワールは驚く事無く落ち着いた様子で空を見上げている。どうやらさっきの大きな影がダークが技術で感じ取ったモンスターみたいだ。
ダーク達が空を見上げていると再びさっきの大きな影が真上を通過する。影の形はアリアの言った通り鳥のような形をしており、横に翼のような形をした影が広がっていた。しばらくして頭上を通過した影は再び戻って来る。しかし今度はダーク達の真上を通過せず、広場に向かって降下して来たのだ。驚いたリゼルク達は慌ててその場を移動し、ダークとノワールも後ろへ跳んで下りて来た影から距離を取る。
下りて来た影を確認するとその正体は体長10mはある巨大な鳥のモンスターだった。黒い体に長い首を持ち、黄色いたてがみが頭部から背筋に沿って生えている。足には鋭い爪、口には鋭いくちばしがあり、くちばしの下からは僅かに牙が見えた。そのモンスターの外見を例えるなら爪を持った巨大な黒いガチョウだ。
「コ、コイツはガリーブ! どうしてこんな所にいるんだ!?」
ゼルはモンスターの正体が分かるのか姿を見て名前を叫ぶ。リゼルク達も驚いて目を見開きながらガリーブと呼ばれるモンスターを見つめていた。
ダークとノワールは名前を聞くと落ち着いたままガリーブの方を向く。
「ガリーブ、聞いた事があるな。確か鳥族モンスターの中でも特に大きく、空の王者と呼ばれている上級モンスターだったか?」
「ハイ、肉食で気性が荒く、自分の縄張りに入った者は例えドラゴンでも襲い掛かると言われています」
ガリーブを見ながら冷静に生態を分析するダークとノワール。そんな二人を見たリゼルク達は取り乱した様子で二人に声をかけた。
「な、何冷静に分析してるんですか!? 早く逃げましょう! コイツは英雄級の実力者が五人以上集まってようやく倒せると言われているモンスターなんです。今この森林にいる教師の人達が束になっても勝てません!」
「そうですよ! 急いで他の班と合流して早くこの森林を出ましょう!」
リゼルクとゼルが早く離脱するようダークに伝えるがダークは動こうとしない。アリアとスーザンもノワールに逃げるよう話そうとしたが、ダークの隣で余裕の表情を浮かべているノワールを見て驚き黙り込む。
ガリーブはダーク達の姿を確認すると口を開けて鳴き声を上げ、綺麗に並んでいる牙を見せる。それを見たダークは背負っている大剣を抜いてゆっくりと前に進む。ノワールも杖を持ってダークの後に続く。逃げようとするどころかガリーブに近づいて行くダークとノワールを見てリゼルク達は言葉を失った。
「どうやら私達を餌と見ているようだな。君達は広場の隅に隠れていろ。コイツは私とノワールが倒す」
「た、倒すって、無理ですよ! 言ったでしょう? コイツは英雄級の実力者が束になって倒せる相手なんです。いくら七つ星冒険者のダーク先生でも倒せません!」
リゼルクは必死にダークを止めようとするがダークは逃げようとしない。ノワールも黙ってダークの後をついて行き、逃げ出そうとしなかった。二人が何を考えているのか分からないリゼルク達はただガリーブに近づいて行くダークとノワールを黙って見ている。すると、ガリーブにある程度近づいてダークは立ち止まり、後ろを向いて離れた所にいるリゼルク達の方を見た。
「凶暴なモンスターなら倒しておかないといけないだろう? このままにしておいたら周囲の村や町にも被害が出る。冒険者がそれを黙って見過ごす訳にはいかない。それにコイツも私達を逃がす気は無さそうだしな」
「だ、だけど、コイツの強さは……」
リゼルクがダークを説得しようとしたその時、ガリーブが鳴き声を上げ、鋭いくちばしでダークに襲い掛かる。リゼルク達はガリーブが攻撃する光景を目にして驚愕の表情を浮かべた。ノワールは落ちついたまま攻撃して来たガリーブを見上げいる。
鋭いくちばしの先端がダークの頭部に迫り、リゼルク達はダークの頭部がくちばしでえぐられると目を見開きながら固まる。ところがガリーブのくちばしがダークの頭部に当たる直前、ダークは大剣でガリーブの攻撃を防いだ。くちばしの先端は大剣の刀身によって止められており、ダークは傷一つ付いていなかった。
ガリーブは自分のくちばし攻撃が止められたのに驚いたのか鳴き声を上げながら翼をばたつかせる。リゼルク達もダークがガリーブの攻撃を凌いだのを見てまばたきをしながら呆然としていた。
「う、嘘でしょう? あの怪鳥の攻撃を防いだ? しかも一本の大剣だけで……」
「し、信じられねぇ。ガリーブの攻撃は重くてパワー系の職業を持つ戦士でも防ぐのは難しいって言われているのに、それをあんなアッサリと……」
「ダーク先生、何をしたの?」
予想外の出来事にスーザン、リゼルク、アリアが声を震わせながら驚く。七つ星冒険者でもガリーブのような上級モンスターの攻撃を補助魔法や戦技を使わずに止める事はできない。だがダークはそんな普通では考えられない事をやって見せた。リゼルク達はガリーブへの恐怖を忘れて目の前にいる黒騎士に注目する。
ガリーブは自分よりも体の小さなダークを見下ろし、鳴き声を上げて威嚇する。ダークはそんな威嚇に怯む事無く大剣を両手で構えて目の前にいる空の王者と言われる怪鳥を睨み付けた。
「ビービーとうるさい鳥だ。ノワール、私は距離を詰めて攻撃する。お前は奴が空に逃げたら魔法で撃ち落とせ」
「分かりました。補助魔法はどうしますか?」
「いらん。この程度の相手なら今の状態でも楽に戦える」
「了解です」
ダークの指示を聞き、ノワールは持っている杖を構えて魔法を使う準備に入る。ダークはノワールが戦闘態勢は入るのを確認し、再びガリーブの方を向くと目を赤く光らせた。
「私達を狙うとは運が悪かったな……凶暴で無知な空の王者よ、断罪の始まりだ」
ガリーブを見つめながらダークは大剣を両手で構えながら呟く。ガリーブもダークを見下ろしながら鳴き声を上げて再び威嚇した。そんな威嚇など気にならないのかダークとノワールは構えを崩さない。そして、二人は黒き怪鳥との戦闘を開始する。
最初に動いたのはダークだった。大剣を横に構えながらガリーブに向かって走り出し、一気にガリーブとの距離を詰めようとする。ガリーブは向かって来るダークの姿を見ると再びくちばしで攻撃した。ダークは頭上から迫って来る巨大なくちばしに怯える事無く走り続け、当たる瞬間に右へ移動してくちばし攻撃を回避した。
ダークがガリーブの攻撃を意図も簡単に回避した光景にリゼルク達は言葉を失う。今まで何度もダークの言動に驚かせれてきた彼等はもはや声を上げる事も無く黙り込んでいた。
攻撃をかわしたダークは急停止して目の前にある頭部を睨み、大剣を大きく振り下ろした。大剣の刃はガリーブの頭部側面を切り裂き、そこから赤い血が噴き出る。切られた痛みでガリーブは鳴き声を上げながら頭部を上げ、大きな翼を羽ばたかせた。羽ばたきで起きた風にダークとノワールは怯む事無く平然と立っている。しかし、リゼルク達は風で飛ばされないように必死に踏ん張っていた。
「ぐううぅっ、凄い風だ! 飛ばされないように気を付けろ!?」
「そ、そんな事言われてもぉー!」
風に耐えながら大きな声を出すリゼルクとアリア。ゼルとスーザンも飛ばされないように持ち堪えていた。その時、ゼルが風の勢いに耐えられずに体勢を崩して飛ばされそうになる。すると飛ばされそうになったゼルの手をリゼルクがしっかりと掴みゼルを助けた。
ゼルは自分を助けたリゼルクの姿に一瞬驚いていたが、すぐに表情を変えて体勢を直した。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、すまない」
自分を心配するリゼルクにゼルは驚きながら返事をする。アリアとスーザンもリゼルクの行動に驚きを見せていた。
四人が驚いているとガリーブは飛び上がり、ダークの攻撃が届かない高さまで避難した。ダークは上昇したガリーブを見ても慌てたり悔しがる様子も見せず、後ろに控えているノワールの方を向いて無言で合図を送る。合図を見たノワールは小さく頷き杖を横に構えて魔力を送り出す。
「雷撃の破砕!」
ノワールが魔法を発動させると上昇するガリーブの頭上に黄色い魔法陣が描かれる。そして魔法陣の中心から轟音と共に落雷が落とされてガリーブに直撃した。
<雷撃の破砕>は敵の真上から雷を落とす風属性の中級魔法。魔法の対象の上に魔法陣を描いた直後に強力な雷を落として敵にダメージを与え、一定の確率で麻痺状態にする追加効果もある。更に頭上から攻撃する為、回避が難しい魔法の一つだ。雷系の攻撃である為、水属性や空を飛ぶ敵には与えるダメージが大きく色々な使い道があるとも言われている。
落雷の直撃を受けたガリーブは鳴き声を上げながら落下して地面に叩き付けられる。ガリーブはダークの10mほど前の落ち、体中から煙を上げながら痙攣させていた。
「魔力を抑えているとはいえ、ノワールの中級魔法を受けてまだ生きているとは、流石は上級モンスターだな」
ダークはノワールの雷撃の破砕を受けてもまだ生きているガリーブを見て少し意外そうな反応を見せる。ノワール自身も少し驚いた様子でガリーブを見ていた。
ガリーブは倒れたまま顔を上げて目の前に立つダークを睨みながら鳴き声を上げて威嚇する。ただ、威嚇はするが立ち上がって攻撃しようとはしない。どうやら麻痺して体が自由に動かなくなっているらしい。
「麻痺して動けないのか……ならさっさと終わらせるとしよう」
ダークは大剣を右手だけで持ち、腕を伸ばした大剣を横にする。すると突如、黒い靄の様な物が現れて大剣の刀身を包み込んだ。
刀身が黒い靄で包み込まれるのを見たダークは大剣を再び両手で構えてガリーブに向かって走った。ガリーブは迫って来るダークを迎え撃つ為に大きく口を開ける。するとガリーブの口の中から真空波が放たれてダークに向かって飛んで行く。
(あれは風の刃……成る程、魔法も使えるって事か。まぁ、上級モンスターなら魔法が使えても不思議じゃないか)
ダークは下級魔法を使ったガリーブを見て心の中で少し楽しそうに呟いた。今までダークはゴブリンマジシャンのような魔法を使ってもおかしくないモンスターにしか遭遇してこなかった。その為、鳥族モンスターであるガリーブが魔法を使うのを目にし、少し驚いた様だ。
(これからは獣族や鳥族のモンスターでも魔法を使う奴がいると考えて戦った方がいいな)
心の中でモンスターの見かたを改めるとダークはすぐに気持ちを切り替えて飛んで来る真空波に集中した。真空波は真っ直ぐダークに向かって飛んで行き、ダークの体を切り裂こうと迫る。だがダークは防御も回避もせずに走り続け、黒い靄を纏った大剣で飛んで来る真空波を叩き落とした。
剣で魔法を叩き落とすダークの姿を見てリゼルク達は目を丸くしている。もはや彼等は驚く事に慣れてしまい、ただ茫然と見ている事しかできなくなっているようだ。
全ての真空波を落とすとダークは走る速度を上げて一気にガリーブに近づく。そしてガリーブの目の前まで来ると高くジャンプしてガリーブの顔の前まで跳び上がった。
「漆黒剣!」
ダークは黒い靄を纏った大剣を両手で一気に振り下ろす。刃はガリーブの顔を両断し、ガリーブに致命傷を与える。同時に刀身を包んでいた黒い靄がガリーブの体を蝕む様に広がっていく。
<漆黒剣>は暗黒騎士が使う能力の一つで一番最初に体得する事ができる攻撃技だ。持っている剣に闇の力を宿して攻撃し、敵に闇属性のダメージを与える事ができる。威力は攻撃技の中で最も低いが高レベルの戦士が使えば相当な威力だ。
致命傷を受けたガリーブは鳴き声を上げながら頭部を地面に落とし、そのまま事切れる。地面に下り立ったダークはガリーブの死体をしばらく見つめた。大剣を包んでいた黒い靄も消滅し、それを確認したダークは大剣を背中に納める。
「お疲れさまでした、マスター」
戦いが終わり、ダークの下にノワールが微笑みながら駆け寄る。ダークはノワールの方を見ると大きな手で彼の頭をそっと撫でた。
「お前もご苦労だったな。お前のおかげでこの怪物鳥を楽に倒す事ができた」
「いえ、そんな事は……」
少し照れながら謙遜するノワールを見つめるダーク。兜で顔は見えないがその下ではダークがニッと笑っていた。
二人は遠くで呆然としているリゼルク達を見ると二人は彼等の下へ歩いて行く。リゼルク達は戦いが終わって普通に歩いて来るダークとノワールを見て我に返り、少し慌てた様子で二人の下へ向かい合流する。
「大丈夫か?」
「あ、ハイ……大丈夫です。誰も怪我はしていません」
「それはよかった」
生徒達が無傷だと知りダークは呟く。リゼルク達は何事も無かったかのように平然と立っているダークとノワールを見て再び目を丸くする。自分達の前にいる二人は何者なのか、それだけが四人の頭を一杯にしていた。
「どうかしましたか?」
「え? あ、いや、何でもねぇ」
ノワールが呆然としているリゼルク達を見て尋ねるとリゼルクは慌てて首を横に振る。ダークが何者なのか気になっているが、訊かない方がいいと感じたのかリゼルクは口を閉じた。
「……しっかし、凄いなぁ? まさかダーク先生とノワールがこんなに強かったなんて……」
「うん、私もビックリした……ノワール君の魔法も凄かったし、ダーク先生の最後の一撃も凄かったよね?」
改めてダークとノワールの強さに驚き、リゼルクとアリアは感服する。ゼルとスーザンも今まで見た事の無い強大な力を持つ黒騎士と魔法使いを前にして思わず苦笑いを浮かべた。
「もしかすると、ダーク先生なら一人でもガリーブを倒せたかもしれませんね?」
「いや、それは無理だろうな」
ゼルの言葉をダークは静かに否定する。
「先程の戦い、ガリーブは私の攻撃を受けて空へ逃げただろう? 私ではあの高さまで逃げたガリーブを攻撃する手段は無い。ノワールが魔法で奴を落としてくれなければきっと一方的に攻撃されていただろうな」
ガリーブに勝てたのはノワールがいたからだとダークは静かにリゼルク達に語る。隣に立つノワールはダークの話を少し不思議そうな顔で来ていた。
ダークならガリーブが高い所に逃げても得意の暗黒剣技で遠くにいる敵を攻撃する事もできる。勿論ノワールもダークの実力を知っていた。自分がいなくてもダークならガリーブを楽に倒せるという事も知っている。それなのになぜガリーブを自分だけで倒せないと嘘をついたのかノワールは理由が分からなかったのだ。だがその疑問の答えはすぐに分かった。
「さっきも言ったように戦士と魔法使いはお互いのできないところをカバーし合って戦っている。そうする事で二人はお互いを助け合うのと同時に真の力を発揮する事ができるのだ」
「真の力……」
リゼルクが呟くとダークはリゼルクとゼルの肩に手を乗せた。
「君達は四人一緒に魔法使いになろうとしていたようだが、私はゼルとスーザンが騎士の道を選んでよかったと思っている。幼馴染でお互いの事をよく理解し合っている君達が騎士と魔法使いになって共に戦えばどんな部隊やパーティーよりも強くなれるだろう。君達ならいつか最高の騎士と魔法使いになれるはずだ」
ダークの言葉を聞いたリゼルクとゼルは目を見開いて驚いた。幼馴染である自分達は全員魔法使いになるよりも騎士と魔法使いの二つに分かれればともに戦場に出た時にどんな敵にも負けない強い連携を取る事ができる。お互いを守り合い、どんな困難も乗り越えられるという事をリゼルク達はダークに教えられた。
(成る程、マスターの狙いはこれだったのかぁ)
会話を聞いていたノワールはダークが嘘をついた事の疑問が解けて納得の表情を浮かべる。ダークは騎士と魔法使いが共に戦う事の重要性を教える為、そして喧嘩しているリゼルク達の絆を戻す為に騎士である自分の力だけでは勝てなかったと嘘をついたのだ。
ダークが嘘をついていた理由を理解したノワールはダークの姿を見て小さな笑顔を浮かべた。
全員が魔法使いにならず、ゼルとスーザンが騎士になってよかったのだとダークから聞かされ、リゼルクはチラッとゼルの方を向く。ゼルもリゼルクの方を見てどこか複雑そうな顔を見せた。
「……ゼル」
「……ん?」
「その……今まで悪かったな? お前とスーザンに冷たくしてて」
リゼルクの口から出て言葉にアリアとスーザンは驚きの表情を浮かべる。ダークとノワールはこうなる事が分かっていたのか驚かずにそっと四人から距離を取った。
「いや、俺も悪かった。約束破っちまって……」
「あれは仕方がなかったんだ。お前達のせいじゃねぇよ……て、今頃になってその事に気付くなんて、おれってば馬鹿だよな……」
「リゼルク……」
「本当は俺も分かってたんだ。お前とスーザンは悪くねぇって事……だけど、俺達どんな時でも一緒だったから、お前達が魔法使いじゃなくって騎士になったのを見ると俺達、もう一緒にいられないって思えて、それでイライラしちまって……」
「俺だって似たようなもんだよ。だからそんな顔するな」
苦笑いを浮かべてリゼルクの肩に手を置くゼル。リゼルクは顔を上げてゼルを見るとしばらく申し訳なさそうな顔をしていたが、すぐにゼルと同じように苦笑いを浮かべた。
「……俺たち、また昔みたいに一緒にやっていけるか?」
「ああ、職業は違うが、また一緒に頑張ろうぜ」
そう言ってリゼルクとゼルは握手を交わした。何年も喧嘩をしていた二人の絆が再び昔のように戻り、アリアとスーザンは嬉しさのあまり涙を流す。一緒に魔法使いになろうという道は歩めなかったが、国の為に尽くす騎士と魔法使いとして共に頑張ろうと言う新しい道を見つけ、四人は歩む事ができるようになった。絆の戻った四人をダークとノワールは静かに見守っている。
それからダーク達は班の合流地点に戻り、アリシア達にガリーブと交戦した事を伝える。話を聞いたマーガレットや他の教師達は驚き、少し疑うような表情を浮かべていたがダークの言葉を信じるアリシア達と現場を目撃したリゼルク達の説明で教師達は信じる事にした。それから簡単な報告をした一同は馬車に乗り込み首都アルメニスへと戻っていく。騎士養成学院と魔法学院の合同訓練は無事に終了した。
――――――
合同訓練が終わってから数日後、依頼されていた教師の仕事を終えたダークは冒険者に戻り、アリシアも騎士に戻り自分達の仕事に戻っていた。久しぶりの本職に感覚が鈍っていないかと思われたがダーク達はいつも通りの感覚で仕事に励んだ。
この日は騎士団からの仕事をダーク達に依頼する為にアリシアが屋敷を訪れていた。屋敷のリビングでアンティークソファーに座りながら依頼の話をするダークはアリシア。ダークの隣では子竜の姿をしているノワールが昼寝をしていた。
「……以上が今度貴方に依頼する仕事の内容だ」
「ウム、何も問題は無い。遅くても三日以内で片付くだろう」
「フッ、相変わらず頼もしいな? それじゃあ、マーディング卿には三日以内に終わらせると言っていたと伝えておくぞ?」
「ああ、頼む」
仕事の話が終わるとダークは兜を外してテーブルの上に置き、金色の髪を直してから目の前のティーカップに手を伸ばして紅茶を一口飲む。アリシアも依頼内容が書かれた羊皮紙をテーブルの上に置いて自分のティーカップを取り、静かに紅茶を飲んだ。するとアリシアが何かを思い出したような顔を見せ、ティーカップを置いてダークの方を見た。
「そう言えばダーク、ゼルたちのことは聞いたか?」
「ん? アイツらがどうかしたか?」
数日前に共に戦った生徒達の事を聞かされてダークは不思議そうな顔をする。アリシアは何も知らないダークを見て小さく微笑みを浮かべた。
「あの合同訓練の後、二人は魔法学院の生徒、確かリゼルクとアリアと言ったか? 彼らと共に魔法学院と騎士養成学院の生徒たちにいつまでもいがみ合うのはやめようと呼びかけているらしいぞ」
「へぇ? あの四人が……」
「貴方から教わった騎士と魔法使いはお互いに相手の短所をカバーし合い、協力し合って真の力を出せるということを話して不仲な両学院の生徒たちを協力させようとしていると騎士養成学院の教師から聞いた」
「そうか……アイツら、自分たちが仲直りしたことを機に何年も不仲だった両学院の関係を変えようとしたんだな」
「これも貴方のおかげだな?」
アリシアは両学園の関係が変わるきっかけを作ったダークを見て微笑みを浮かべる。するとダークはティーカップをテーブルに置いて目を閉じながら首を横に振った。
「いいや、俺じゃなくてノワールのおかげだ。コイツが教師の仕事を依頼されたから俺はアイツらに会うことができた。そしてノワールと共に合同訓練に参加したから騎士と魔法使いの連携が大切だということをリゼルクたちに伝えることができたんだ」
ダークは隣で丸くなって眠っているノワールを見る。小さな寝息を立てているノワールの姿を見てダークはニッと笑い、アリシアも小さく笑う。
「貴方は本当にノワールのことを信頼しているのだな?」
「当然だろう? コイツは俺にとって最高の使い魔だ。コイツは今まで何度も俺のことを助けてくれた。コイツ以上に信頼できる相棒はいないさ」
「そうか……ちょっと羨ましいな」
寝ているノワールを見てアリシアはそっと呟く。自分よりもダークとの付き合いが長く、ダークから信頼されているノワールにアリシアは少しばかり嫉妬しているようだ。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
ダークの顔を見ながらアリシアは首を横に振る。そんなアリシアを見てダークは小首を傾げた。二人が会話をしていると眠っていたノワールがうっすら目を開けて二人の様子をうかがう。二人の姿を見た後、ノワールは再び目を閉じて眠りに付くのだった。
第六章完結しました。またしばらくしてから第七章を投稿しますのでお待ちください。