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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第六章~天性の魔術師~
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第六十二話  英雄級の実力者達


 ダーク達がリーブル森林に入ってから十分後、森林のあちこちが騒がしくなってきた。生徒達は森林に棲みついているモンスターと遭遇して戦闘を開始する。

 最初に騎士養成学院の生徒が先陣を切り、剣や槍でモンスターを攻撃し、弱ったり隙ができたところを魔法学院の生徒が魔法で攻撃する。お互いに長所を生かして順調にモンスターを倒していった。だがそれでも両学院の生徒達はなかなか心を開かず、班は重い空気で包まれている。同行する教師達はそんな生徒達を見て疲れた様な表情で溜め息をついた。

 森林の南東の辺りではアリシアが同行している班が狼の姿をしたモンスターと遭遇し、戦闘を行っていた。騎士養成学院の生徒が剣でモンスターを攻撃し、モンスターは生徒達が振る剣を避けながら唸り声を上げる。魔法学院の生徒達は持っている杖に魔力を送りながら魔法を放つ準備をしていた。

 モンスターと戦う生徒達をアリシアは少し離れて腕を組みながら見守っている。その隣にはなんとマーガレットの姿があった。彼女がアリシアと一緒に生徒達と同行する魔法学院側の教師だったのだ。


「なかなかやるわねぇ、騎士養成学院の生徒達もぉ~?」

「そうですね」

「貴女も騎士養成学院の卒業生なんでしょう? やっぱり先輩としては後輩達が立派に戦う姿を見られて嬉しいのかしらぁ~?」

「ええ、それはまぁ……」


 アリシアは隣に立ち、力の抜けた様な口調で話すマーガレットを見て返事をする。マーガレットの口調に調子が狂うのかアリシアはまばたきをしながら少し驚いた様な顔をしていた。

 マーガレットはアリシアの顔や姿を見ると微笑みながら自分の髪を直し、アリシアの方を向いて軽く頭を下げる。


「まだ自己紹介してなかったわねぇ。私はマーガレット・パパルパ、魔法学院の教師で職業クラスはファイアウィザードよぉ。よろしくねぇ~」

「アリシア・ファンリードです。騎士養成学院の教師の代行として今回の訓練に参加しました」

「ファンリード……ああぁ、貴女がダーク殿と一緒に多くの事件を解決した騎士団の聖騎士ねぇ? 噂はよく聞いているわよぉ~」

「ど、どうも」


 挨拶をするマーガレットにアリシアも頭を下げて挨拶を返す。自己紹介を終えると二人はすぐに生徒達の方を向いて彼等の見守りを再開する。騎士養成学院の生徒がモンスターに一通りダメージを与えるとモンスターから距離を取り、その直後に魔法学院の生徒達が下級魔法を放ち攻撃した。魔法は全て命中し、モンスターは大きな鳴き声を上げながらその場に倒れて動かなくなる。

 モンスターが死んだのを確認すると生徒達は警戒を解いて息を吐く。魔法学院の生徒達も戦いが終わると緊張が解けたのかその場に座り込んだ。生徒達が戦いを終えて休憩するのを見てマーガレットは小さく笑い出す。


「少しずつだけど、上手く連携が取れて来ているわねぇ~?」

「ええ、この合同訓練は騎士と魔法使いが共に戦って連携力を鍛えるのと同時にお互いを理解し合う為の訓練でもある訳ですから……」

「……もう長い間両方の学院は不仲が続いているわぁ。いい加減に生徒達もこの合同訓練の本当の意味に気付いてくれるといいのだけどぉ~」


 マーガレットは何年経ってもお互いに仲が悪いままの両学院の生徒達に呆れ顔を浮かべる。彼女も長く魔法学院の教師をやっており、何度も合同訓練に参加していた。その度に見る両学院の生徒達の関係にマーガレットは頭を抱えている。いい加減に生徒達が変わってくれないかと合同訓練が行われる度に思う様になった。

 隣で呆れるマーガレットを見てアリシアは生徒達の方を向く。騎士養成学院と生徒と魔法学院の生徒は相変わらず距離を取って同じ学院の生徒とだけ会話をしていた。だが、魔法学院の生徒の一人が騎士養成学院の生徒の方を見て彼等を興味のありそうな目で見ている事に気付く。そして騎士養成学院の生徒も同じように魔法学院の生徒をチラッと見ていた。それを見たアリシアは少しずつではあるが、生徒達が少しずつ相手の事を理解しようとしている事に気付く。

 生徒達を見て微笑みを浮かべるアリシア。するとマーガレットはそんなアリシアに気付いてそっと声をかける。


「どうかしたのぉ~?」

「いいえ、私達が思っているよりも生徒達は変わってきているみたいですよ?」


 嬉しそうに言うアリシアを見てマーガレットは小首を傾げる。アリシアの視線の先ではまだ少し距離を置いているが、相手の事を理解しようとしている生徒達の姿があった。

 生徒達の休憩が終わり、アリシア達は森の奥へ進もうとする。すると、アリシアとマーガレットの近くにある茂みが動き、アリシアは視線を茂みに向けた。その直後、茂みからさっき生徒達が戦っていたのと同じ狼の姿をしたモンスターが飛び出し、アリシアとマーガレットに襲い掛かる。突然のモンスターの奇襲にマーガレットは油断していたのか驚きの表情を浮かべていた。だがアリシアは冷静なままエクスキャリバーを抜き、飛び掛かって来たモンスターの体を両断する。

 切られたモンスターの体は二つに分かれ、上半身と下半身は地面に落ちる。マーガレットと離れていた生徒達は一撃でモンスターを倒したアリシアに驚き呆然とした顔で見つめていた。モンスターを仕留めたのを確認したアリシアはエクスキャリバーの刃に付いている血を払い落とし、ゆっくりと鞘に戻す。


「大丈夫ですか?」


 アリシアは振り返って後ろに立っているマーガレットの安否を確認する。マーガレットは驚きの表情のまま無言で頷き、大丈夫だと伝え、それを見たアリシアは安心して微笑みを浮かべた。


「まだこの辺りにもモンスターが隠れているかもしれません。油断せずに行きましょう」

「え、ええ、そうねぇ~」


 アリシアの言葉にマーガレットは少し動揺しながら返事をする。そしてアリシアは生徒達にも油断しないよう忠告する為に生徒達の方へ歩いて行く。マーガレットは歩いて行くアリシアの背中を黙って見つめた。


(あの状態で驚く事無くモンスターに対応するなんて、かなり図太い神経をしているみたいねぇ……だけどそれよりも驚いたのは奇襲して来たモンスターを一撃で倒してしまった事。あのモンスターは普通の騎士では一撃で倒す事ができないくらいの強さよぉ? それを一撃で倒すとは……もしかしてアリシア殿は既に英雄級の実力を持っているのかしらぁ? 彼女はあのダーク殿とよく行動を共にすると聞いているけど、そのおかげで彼女も強く……?)


 心の中でアリシアの強さについて考えるマーガレット。その表情は真面目でいつもの力のない口調で笑いながら話している時とは全然違った。

 マーガレットが考え込んでいるとアリシアがマーガレットの方を向き、手を振って彼女を呼んでいる姿が視界に入ってきた。


「マーガレット殿、行きますよぉー!」

「……ああぁ、ごめんなさい。今行くわぁ~」


 呼ばれたマーガレットは考えるのをやめてアリシア達の下へ向かう。とりあえず、今は合同訓練での自分のやるべき事をやろうと考え、マーガレットは気持ちを切り替えてアリシア達の下へ向かった。

 同時刻、アリシア達の班がいる所から北に1km程離れた所ではジェイクの班の姿があった。ジェイクはアリシアと同じように、魔法学院の女教師と離れた所で生徒達の戦いを見守っている。ジェイクの班の生徒は全員が女子生徒で、騎士養成学院の生徒は剣を構えながら目の前にいるクレイジーボアと睨み合っていた。女子生徒達が戦っているクレイジーボアは昨日ノワール達が森で遭遇したクレイジーのよりも一回り大きく牙も長い。明らかにこちらの方がレベルが高かった。女子生徒達はそんなクレイジーボアを見て少し怯えた様子を見せている。

 一方で離れた所では魔法学院の女子生徒二人が杖を握ったまま騎士養成学院の生徒達の戦いを見ている。しかし、クレイジーボアに怯えているせいか、杖を構える事も無くただ怖がっているだけだった。そんな生徒達を見て女教師は力の入った声を出す。


「貴女達、何をしているの!? 早く魔法で援護しなさい!」

「ハ、ハイ……でも……」


 女教師から注意されて女子生徒は杖を構えて魔法を発動しようとする。しかし、暴れまわるクレイジーボアを見るとその姿に恐れて戦意を失ってしまう。もう一人の女子生徒も同じ状態だった。その間、騎士養成学校の女子生徒達はクレイジーボアの相手を続けている。彼女達の顔にも疲労が出始め、いつ動けなくなってもおかしくない状態だった。

 クレイジーボアは顔を振り回し、鋭い牙で女子生徒達に攻撃する。女子生徒達は持っている剣で牙を弾き、攻撃を防ぎ続けた。だが、攻撃を防ぐだけで攻撃する気配は無い。それを見たジェイクの目元はピクリと動く。


「……アイツ等、もしかして……」


 騎士養成学院の女子生徒達を見たジェイクは何かに気付き、表情が鋭くなる。そして未だに魔法を使おうとしない魔法学院の女子生徒を見て背負っているスレッジロックを構え、そのままクレイジーボアに向かって走り出した。

 突然クレイジーボアに向かって走り出すジェイクを見て女教師や魔法学院の女子生徒達は驚く。そしてクレイジーボアと戦っていた騎士養成学院の女子生徒達も走って来るジェイクに気付き、目を見開いて驚いた。


「どけぇ!」


 ジェイクが声を上げると女子生徒達は慌ててジェイクの正面から移動した。女子生徒達が移動するとジェイクは速度を落とすことなくクレイジーボアに突っ込む。クレイジーボアも走って来るジェイクに向かって突っ込み、両者はお互い敵に向かって行く状態となった。

 突っ込んで来るクレイジーボアに怯む事無くジェイクは走り続け、スレッジロックを両手でしっかりと握る。そしてジェイクとクレイジーボアがぶつかりそうになった瞬間、ジェイクは勢いよくスレッジロックを横に振った。

 ジェイクとクレイジーボアはぶつかる事なく敵とすれ違い、お互いに敵に背を向ける形で止まった。女教師や女子生徒達は目の前で起きた光景に呆然としている。その直後、クレイジーボアの額から赤い血が噴き出し、クレイジーボアは鳴き声を上げながらその場に倒れた。たった一撃でクレイジーボアを倒したのを見て女教師と女子生徒達は更に驚く。

 クレイジーボアが倒れたのを見てジェイクはスレッジロックを肩に担ぎながら女教師達の方へ向かって行く。そして魔法学院の女子生徒達の前にやって来ると彼女達を見下ろしながら睨む。


「お前達、なぜあの時魔法を撃たなかったんだ?」


 目の前にやって来ていきなり説教を始めるジェイクに女子生徒達は一瞬驚く。だがすぐに自分達が説教をされている理由を理解し、小さく俯きながら暗い顔になる。


「……こ、怖かったんです。あのイノシシの怪物がもし魔法を撃った時にこっちに向かってきたらどうしようって……」

「怖いのは前線に出ている騎士の嬢ちゃん達も同じだ! いや、寧ろ敵の目の前にいる騎士の方がお前達魔法使いよりもずっと恐怖を感じているはずだ。それなのに騎士達よりも安全な所にいるお前達が恐怖して攻撃できないなんて、後方で援護をする奴としては最低だぞ?」

「す、すみません……」


 女子生徒はジェイクの言葉に何の反論もできずに俯いたまま謝る。ジェイクは戦士だが、自分達よりも先に戦場に出ている先輩である為、ジェイクの言葉に説得力があると感じていた。

 魔法学院の女子生徒達への注意を終えたジェイクは今度は騎士養成学院の女子生徒達に視線を向ける。女子生徒達は今度は自分達を険しい顔で見つめるジェイクに驚きを浮かべた。


「お前達もだぞ? お前達、クレイジーボアと戦っている時、奴の攻撃を防いでいるだけで自分達から攻撃しなかっただろう?」

「えっ? え、え~っと……」

「大方、攻撃してそれをかわされた後の反撃を恐れ、防御のみに集中していた。そして魔法学院の嬢ちゃん達が魔法で攻撃し、怯んだところを攻撃するつもりだった。違うか?」


 ジェイクの言葉に女子生徒は何も言い返さずに黙り込む。どうやら図星のようだ。ジェイクは前線にいる身でありながら後方支援の魔法使いの援護を待って攻撃しない騎士養成学校の女子生徒達を見て深く溜め息をつく。そしてスレッジロックの柄の部分で肩を軽く叩きながら口を動かした。


「いいか、戦場では仲間を信頼する事や恐怖に打ち勝つ事も大切だ。だが一番重要なのは自分を信じる事だ。自分の力や技術を信じる事ができなければどんな奴でも戦場では生き残れない。それは戦士も魔法使いも関係ない。戦場に出ている人間全てに関係する事だ。それを忘れるな?」


 騎士養成学院と魔法学院の生徒達に戦場で大切な事を話すジェイク。嘗ては盗賊団の頭領として多くの盗賊を束ねて来た為、戦い方をアドバイスするのには慣れている。女子生徒達はジェイクの話を聞き、自分達の未熟さを悟ったのか反省した様子を見せていた。


「さてと、先へ進むとするか。お前達、もう一度言うが、もっと自分の力を信じ、自信を持て。戦いだけでなく、何かをするにもまずは気持ちからだぞ」


 ジェイクはスレッジロックを背負い、もう一度女子生徒達にアドバイスをする。女子生徒達はそんなジェイクの言葉を聞き、少しだけ表情が明るくなった。それからジェイクの班は更に森の奥へ進む為に歩いて行く。

 森林の北側ではレジーナが同行する班が森の奥へ進んでいる。レジーナの班の同行する魔法使いの教師が男、そして両学院の生徒は全員男子だった。つまり、レジーナの班はレジーナ以外は全員男という事になっている。レジーナは自分以外は全員男という状況に少しやり難そうな顔をしていた。

 班の陣形は一番前に騎士養成学院の男子生徒二人がおり、その後ろに魔法学院の男子生徒二人が付いて歩くという形になっている。そしてレジーナと魔法学院の教師は一番後ろで生徒達を見守りながら後をついて行った。


「なぁ、あれが最近噂になっている七つ星冒険者の盗賊姫とうぞくひめレジーナか?」

「ああ、らしいぜ?」

「結構可愛いじゃんか。俺達と大して歳も変わらねぇみたいだし」

「冒険者達の話ではまだ十八歳だってよ?」


 一番前を歩く騎士養成学院の男子生徒達は後ろにいるレジーナを見ながらコソコソと会話をしている。その後ろでは魔法学院の男子生徒達が同じように小声でレジーナを見ながら話しをしていた。彼等も表情からレジーナの外見や年齢について話しをしているようだ。

 前で自分を見ながら小声で話をしている男子生徒達を見てレジーナの眉が僅かに動く。自分の事をチラチラと見ながら小声で話す姿に気分を悪くしているようだ。レジーナも年頃の女である為、男達にいやらしい目で見られるのはイライラする様だ。


「……レジーナ殿、どうか気分を悪くされないでください。彼等も決して悪気があってあんな事をしているのではないのです」

「ええ、分かってるわ……」


 同行する魔法学院の教師がレジーナの様子に気付いて彼女を宥め、レジーナも少し低い声で返事をした。いくら生徒達に悪気が無いと言ってもチラチラと見られるのはやはり気分のいいものではない。レジーナは苛立ちを抑え込みながら男子生徒達の後をついて行く。

 すると、進む先にある大きめの茂みが突然動き出し、男子生徒達は一斉に立ち止まる。レジーナと教師も突然止まった男子生徒達を見て表情が変わった。レジーナ達は茂みを見つめていると茂みの中から狼の姿をしたモンスターが三匹飛び出す。アリシア達が遭遇したのと同じモンスターだ。

 男子生徒達はモンスターを見ると一斉に剣や杖を構えて戦闘態勢に入る。レジーナはモンスターを前にして武器を構える男子生徒達を見て意外に思った。


(へぇ? さっきまであたしを見てニヤニヤしていたのにモンスターと遭遇するとちゃんと気持ちを切り替えるのね……)


 レジーナは男子生徒達が戦闘とそれ以外の気持ちをきちんと切り替えると感じて少しだけ男子生徒達を見直した。しかし、そんなレジーナの気持ちは次の男子生徒達の言葉で一気に崩れる事になる。


「レジーナちゃん、そこで俺達の活躍を見ててくれよ?」

「あんな雑魚、俺達でパパッと倒してやるからさ!」

「女性の方は危険なので、下がっていてください」

「僕達の勇姿をご覧になってください」


 騎士養成学院と魔法学院の生徒達はレジーナの方を向いて笑いながら格好をつけてモンスターの方を向き、戦闘態勢に入った。

 男子生徒達の発言を聞いたレジーナは目を丸くしながら呆然とし、教師も呆れ顔で生徒達を見ていた。すると、呆然としていたレジーナの表情がみるみる変わり、レジーナは歯を噛みしめながら額に血管を浮かべて苛立ちを露わにする。


(ア、アイツ等ぁ~! あたしにカッコいいところを見せる為にあんな態度を!? しかもアイツ等、あたしが自分達よりも弱いって思ってるわね。あたしが自分達よりも先に戦士になっていて、この合同訓練の教師として雇われているって事を忘れてるんじゃないのぉ?)


 自分の事を弱いと思っている男子生徒達にレジーナは握り拳を作り、力を入れて震わせる。隣にいる教師はそんなレジーナを見て思わず一歩下がった。

 俯いているレジーナはゆっくりと顔を上げ、震わせている拳を解き、腰に納めてあるエメラルドダガーを抜く。そしてゆっくりと歩き出し、男子生徒達の方へ歩き出した。教師はエメラルドダガーを握るレジーナを見て男子生徒達に何かするのではと考えて驚きの表情を浮かべ、レジーナを止めようとする。その直後、レジーナは地を蹴り、もの凄い速さで男子生徒達に向かって走り出した。

 狼姿のモンスターを前に剣や杖を構える両学院の男子生徒達。どちらの生徒もレジーナにいいところを見せようと一歩ずつ前に出てモンスターに近づく。同時に別の学院の生徒が自分達を出し抜こうと感じ、両学院の男子生徒達は別の学院の男子生徒を睨み付ける。目的が一緒でも学院同士の仲の悪さは変わらないようだ。


「おい、前線は俺達騎士の仕事だ。お前達は下がってろよ」

「何を言ってるんだ。僕らの魔法の方が剣よりも威力がある。一撃で仕留めるから君達こそ下がっていろ」


 別の学院の生徒に下がるよう言いながら男子生徒達がお互いに睨み合う。すると彼等の後ろからレジーナが走って来て男子生徒達の間を通過し、モンスターに向かって行く。男子生徒達は突然自分達の間を通過したレジーナに驚き、モンスターに向かって行くレジーナを注目する。

 レジーナは背後で驚く男子生徒の事を気にもせずに目の前で唸り声を上げている三匹のモンスターに集中し、エメラルドダガーを構えた。


「悪いわね、ちょっと機嫌が悪いから八つ当たりさせてもらうわよ?」


 小さな声でモンスター達に軽く謝るとレジーナは走りながらエメラルドダガーに気力を送り込み、刃を緑色に光らせ戦技の発動準備に入る。モンスター達も向かって来るレジーナを見て口からよだれを垂らしながら彼女に突っ込む。走って来る三匹のモンスターを見るレジーナは真ん中にいるモンスターを睨み戦技を発動させる。


疾風斬しっぷうぎり!」


 戦技を発動させたレジーナはもの凄い速さで真ん中のモンスターに突っ込み、モンスターの体をエメラルドダガーで切り裂く。モンスター達の間を通り、レジーナは三匹の2mほど後ろで立ち止まる。切られた真ん中のモンスターは鳴き声を上げる事無くその場に倒れて動かなくなった。残りの二匹は倒れた仲間を見て驚いたのか死体を見つめたまま動かなくなる。男子生徒達や教師もレジーナの一撃を見て目を丸くしていた。

 そこへ更にレジーナの攻撃が続く。レジーナは動か無くなってる残りの二匹のモンスターに向かって走り、再びエメラルドダガーに気力を送る。エメラルドダガーの刀身が緑色に光り、レジーナは勢いよくエメラルドダガーを振って攻撃した。


風神四連斬ふうじんよんれんざん!」


 素早くエメラルドダガーを四回振り、二匹のモンスターをそれぞれ二回ずつ切る。モンスター達は突然のレジーナの攻撃をかわす事ができず、体に二つの大きな切傷を作ってしまう。二匹はそのままその場に倒れて動かなくなった。

 あっという間に三匹の狼姿のモンスターを倒したレジーナを見て男子生徒達は言葉を失う。レジーナはエメラルドダガーを鞘に納めると男子生徒達をギロッと睨み付け、そんなレジーナに男子生徒達は驚く。


「アンタ達、他人にカッコいいところを見せる為にモンスターと戦おうとしたわけ? そんな軽い気持ちで戦場に出たらあっという間に命を落とすわよ」


 男子生徒達を睨みつけながら低い声を出すレジーナ。男子生徒達はレジーナの迫力に言葉も出ず俯いて話を聞いていた。


「もしあのまま戦っていたらアンタ達は確実にモンスター達に殺されていた。戦場で戦うのはアンタ達が今やっている訓練とは違うの、常に死と隣り合わせなのよ。軽い気持ちで戦うのはやめなさい!」


 いつもは軽い態度を取るレジーナも真面目な態度で男子生徒達に注意する。人に教える事に慣れていないと言っていたレジーナもしっかりと男子生徒達に戦いの厳しさを教えた。ダーク達と一緒に行動している内にレジーナも無意識に人に教える事に慣れていたようだ。


「それともう一つ、あたしを女だからって守られる立場の人間だって決めつけないでよ? あたしの方がアンタ達よりもずっと強いんだから……いいわねっ!」

『ハ、ハイッ!』


 レジーナの忠告に男子生徒達は声を揃えて返事をする。最後の忠告が終わるとレジーナはがに股で森の奥へ進んで行き、男子生徒達は慌ててその後を追う。同行していた教師も歩きながらレジーナ達の後を追った。

 森林の南西にある広場、川が流れて安らぎを感じられるその広場に生徒達の姿があった。しかし生徒達は広場の真ん中で驚きの表情を浮かべている。彼等の視線の先には体長3mはあるメスライオンのような姿をした中型モンスターが倒れており、体中のあちこちに切傷や火傷があった。ピクリとも動かず、どうやら死んでいるようだ。そのモンスターの死体の上にはマティーリアが胡坐をかき、つまらなそうな顔で座っている姿があった。

 実は数分前、マティーリアが同行する班はこの広場にやって来た。そこで川の水を飲んでいる中型モンスターと遭遇してしまい、モンスターはマティーリア達に襲い掛かって来たのだ。このモンスターはリーブル森林に生息するモンスターの中でもレベルが高い方で教師達ですら手を焼くほどの力を持っている。マティーリアと一緒に班に同行していた魔法学院の教師は別の班の救援を要請しようとしたが、その前にマティーリアが動き、一人でモンスターを倒してしまったのだ。幼い少女の姿をするマティーリアがモンスターを一人で倒す姿を見て、教師も生徒達も驚きを隠せず固まった。


「……ふぁ~~、この森林でもそこそこレベルが高いと言うから少しは楽しめると思ったのじゃが、まさかこの程度だったとはなぁ。期待外れもいいところじゃ」


 マティーリアが欠伸をしながら自分の下にあるモンスターの死体を見下ろす。離れた所では教師と生徒達が未だに驚いてマティーリアを見ていた。


「せ、先生……あの子、一体何者なんですか?」

「……詳しくは知らないが、騎士団のアリシア殿が監視をしている竜人だと聞いている」

「竜人? 人間の姿をしてドラゴンの力を持つと言われている亜人ですか?」


 生徒達はマティーリアの正体を知り、更に驚きの表情で彼女を見つめた。


「あんな小さい子供みたいな奴が竜人かよ……」

「うちの学院に来たノワール君と殆ど同じくらいの外見なのに……」

「アリシア先生が監視してるって事はダーク先生とも顔見知りなのか?」


 魔法学院の男子生徒と女子生徒、騎士養成学院の男子生徒がそれぞれマティーリアを見て思った事を呟く。マティーリアは聞こえているのか生徒達の方を視線だけを動かして見ていたが何も言わずに黙っていた。そんな時、突如マティーリアの後方2mの辺りにある茂みが動き出し、茂みが動く音を聞いたマティーリアの耳がピクリと反応する。マティーリアはモンスターの上から降りて地面に突き刺してあるロンパイアを抜いた。その直後、茂みの中からマティーリアが倒した中型モンスターと同じ種類のモンスターが飛び出してマティーリアに背後から飛び掛かる。

 教師や生徒達はまた現れたモンスターに驚愕の表情を浮かべ、マティーリアに逃げるよう叫ぼうとした。だがその前にマティーリアは振り返り、ロンパイアで飛び掛かって来たモンスターの首を刎ねる。モンスターの頭部は宙を舞う様に飛んで川の中に落ち、頭部を無くした胴体はマティーリアが座っていたモンスターの死体の上に落ちた。

 二匹目のモンスターを倒したマティーリアは頭上でロンパイアをしばらく回してから柄の部分を地面に付ける。そして頭部のないモンスターの死体を見ながら鼻で笑う。


「馬鹿な猫め、仲間がやられたのを見て妾の方が力が上だと気付かんとは……まぁ、所詮は知恵を持たない獣、本能のまま襲うしかできないという事じゃな」


 敵と自分の力の差を理解できないモンスターを哀れむマティーリア。自分も嘗ては理性を持たないドラゴンだった為、理性と知識を持つ事がどれだけ凄いのかを理解している。それ故に知識を持たない生物がどれだけ愚かで無謀な存在なのかが分かるのだ。

 中型モンスターを倒したマティーリアを見て教師と生徒達は言葉を失う。自分達とマティーリアのレベルの差が違い過ぎる事を知り衝撃を受けたようだ。そんな驚く教師と生徒達の下にロンパイアを肩に担ぐマティーリアが歩いて来た。


「おい、お主達、大丈夫か?」

「え? あ、ハイ、大丈夫です。生徒達も怪我はありません」

「うむ、それならよい」


 教師から誰も怪我をしていない事を聞き、マティーリアは小さく頷く。するとマティーリアは他にモンスターが隠れていないかを調べる為に周りを見回して気配を探り始める。そして辺りを経過しながら生徒達に語り掛けた。


「……モンスターを倒したからと言って決して気を抜くな? 先程の様にどこかに隠れて隙を窺い、油断したところを攻撃して来る奴等もおるのじゃからな」

「わ、分かったよ……」

「分かりました」


 魔法学院の男子生徒と騎士養成学院の女子生徒が少し小さな声で返事をする。まだマティーリアの力に驚いて大きな声が出せないでいるようだ。マティーリア達は周囲を警戒してモンスターが隠れていないのを確認すると森の奥へ進む。その間、生徒達はマティーリアを怒らせないように注意しながら訓練に集中した。

 アリシア達の班がモンスターと遭遇し、それらを倒して森の奥へ進んでいる時、ダークとノワールが同行する班も森の奥へ進んでいた。しかし、モンスターとはまだ遭遇しておらず、リゼルクとゼルはお互いに口も利かずにずっと黙り込んでいる。そんな二人をアリアとスーザンは困り顔で見守っていた。


「……ねぇ、二人とも、いつまでそうやっているつもり? いつモンスターが出て来ても不思議じゃないんだから協力し合わないと?」

「俺は別にこんな奴の力を借りなくてもモンスターと渡り合えるから平気だ」

「フン、俺だって同じだ。敵に近づかれたら殆ど役に立たない魔法に頼らなくても俺だけの力で戦える」

「何だと?」


 歩くのをやめて再び睨み合いを始めるリゼルクとゼル。アリアとスーザンはまた喧嘩を始めた二人を止めようと二人の下に駆け寄った。ダークとノワールは何も言わずに四人の姿を見つめている。

 そんな時、前の方から何から近づいて来る気配がし、ダークとノワールはフッと反応した。リゼルク達もその気配を感じ取り、喧嘩をやめて自分達が歩いていた方角を向く。すると、薄暗い奥からマティーリアが戦ったのと同じメスライオンの姿をした中型モンスターが姿を現した。ただ、マティーリア達が遭遇した奴よりは少し小さい。突然現れたモンスターにリゼルク達は驚き、慌てて剣と杖を構える。


「早速出たわね……」

「ど、どうしよう、スーちゃん?」

「まずは私とゼルでアイツの気を逸らすから、その間にアリアとリゼルクが魔法で攻撃して。その後に私とゼルが剣で攻撃するから」

「う、うん、分かった!」


 指示を聞いたアリアは少し緊張した表情を浮かべるが力強く頷いて返事をする。二人は早速モンスターを倒す為に行動に移ろうとした。ところが、二人が動く前にリゼルクとゼルの二人がモンスターに向かって走り出してしまう。それを見たアリアとスーザンは驚き目を見開く。


「ちょ、ちょっと二人とも! 何やってるの!?」

「こんな奴、俺だけで何とかする! お前達は下がってろ!」

「何言ってるんだ! 魔法使いのお前が接近戦で勝てる訳ないだろう! 俺がやるからお前は下がれ、邪魔だ!」

「うるせぇ、お前こそ足手まといになるから引っ込んでな! 俺の魔法なら一撃で倒せる!」


 リゼルクとゼルはお互いに自分の力だけで戦うとアリアとスーザンを置いてモンスターに突っ込んでいく。更にリゼルクとゼルはお互いを邪魔者扱いし、協力し合わずに戦おうとしている。完全にチームワークというものを無視した戦い方だった。

 驚くアリアとスーザンの後ろでダークは腕を組んだまま黙って見守り、その隣ではノワールが呆れ顔でリゼルクとゼルを見ていた。


「あの二人、勝手な行動をして……マスター、止めなくていいんですか?」

「……好きにやらせてやれ。アイツ等は自分の力だけでどんな戦いも乗り越えられると思い込んでいる。いい機会だ、この訓練でそれが間違いだという事を分からせてやろう」


 低い声で語るダークをノワールはしばらく見上げており、その後にリゼルク達に視線を向ける。主人であるダークが止めないと言うのなら自分も止めない。ノワールはよほどの事がない限りダークに意見する事無く、彼の指示や考え方に従う事にしていた。

 ダークとノワールが見守る中、リゼルクとゼルは左右からモンスターを挟み、左右から攻撃しようとしていた。モンスターも自分を挟む二人を睨みながら唸り声を上げて威嚇している。


「へっ! 昨日のクレイジーボアよりも少し大きい位じゃねぇか。別にビビるような奴じゃねぇ。また俺の魔法でぶっ飛ばしてやる」


 昨日の実戦訓練で自信が付いているのかリゼルクはモンスターを見ても驚く事無く魔法を放つ準備に入る。リゼルクは魔法を発動する為に杖に魔力を送り込み始めた。だが、その隙を突いてモンスターは大きな口を開けながらリゼルクに飛び掛かる。モンスターが襲って来たの気付いたリゼルクは魔力を杖に送るのをやめ、慌ててその場から移動した。モンスターはリゼルクが立っていた場所に着地し、攻撃を回避したリゼルクの方を向いて彼を睨む。

 反対側ではリゼルクがモンスターに襲われている姿を見たゼルが剣を構えて舌打ちをした。


「チッ、だから言ったんだよ、魔法使いが接近戦で勝てるはずないって。接近戦で力を発揮するのは俺達騎士だ。この剣さえあれば、魔法使いの力なんて、必要ない!」


 剣を強く握りながらゼルはモンスターに向かって走り出す。今モンスターはゼルに背を向けている形なので攻撃は当たるとゼルは確信していた。するとモンスターは突然前に向かって走り出し、目の前に生えている木の幹を駆け上がる。その光景を目にしたゼルは驚きのあまり目を見開きながら立ち止まった。そして木の幹を駆け上がったモンスターは大きく跳びゼルの背後に着地する。その直後にモンスターはゼルに飛び掛かった。

 背後を取ったはずが逆に背後をモンスターに取られてしまった事にゼルは固まる。完全に後ろを取られてしまい、回避も間に合わない状態にある現状にゼルの頭の中は真っ白になっていた。

 ゼルが殺されると感じ、アリアとスーザンは驚愕の表情を浮かべ、リゼルクも目を見開く。モンスターの鋭い爪がゼルの体を引き裂こうとゼルに迫り、ゼルは思わず目を閉じた。だが次の瞬間、右の方から火球が飛んで来てモンスターの腹部に命中し、モンスターをふっ飛ばした。いきなりモンスターが吹っ飛んだ事に驚くゼルは下級が飛んで来た方を見る。そこには杖を構えているノワールの姿があった。

 ノワールを見てゼルは勿論、リゼルクやアリア、スーザンもノワールの方を向いて無言のまま驚く。すると今度はノワールの隣にいたダークがモンスターに向かって勢いよく跳び、背負っている大剣を抜いて起き上がろうとしていたモンスターを胴体から真っ二つにした。モンスターは大きな鳴き声を上げながら倒れ、やがて動かなくなる。あっさりと中型モンスターを倒してしまったダークとノワールの強さにリゼルク達は呆然としていた。


「……情けない姿だな、君達?」


 大剣を収めたダークはゼルとリゼルクに向けて低い声を出す。二人はダークの声を聞き、ダークを怒らせたと感じたのかビクッと反応した後に黙り込む。


「自分一人で倒せる、騎士や魔法使いの力など必要ないなどと言っておきながら結局何もできずに助けられるとは……君達は完全に自分の力を過信している」


 ダークの鋭い言葉にリゼルクとゼルは何も言い返せずに俯く。アリアとスーザンは二人の姿をただ気の毒そうな顔で見ており、ノワールもアリアとスーザンの隣に立ち、黙って彼等を見ていた。


「君達は騎士こそが最強、魔法使いこそが一番、などと色んな事を言っていたな? 確かに接近戦では魔法使いよりも騎士の方が優れているし、遠距離攻撃では騎士よりも魔法使いの方が強いかもしれない。だが、どちらの職業クラスも単独では大した事はない。騎士は魔法使いの、魔法使いは騎士の援護があってこそ真の力を発揮する。つまり、両者が揃ってこそ、最強の力になるという事だ」


 リゼルクとゼルがさっきの戦いでどれだけ考え方が甘かったのかを語りながら騎士と魔法使いの強さについて説明するダーク。リゼルク達はそんなダークの話を黙って聞き続けている。


「もしさっきの戦いでリゼルクが魔法を撃とうとした時にゼルがモンスターの注意を引いていればどうなった? もしゼルが攻撃を仕掛けた時にリゼルクが魔法でモンスターの動きを封じていたらどうなった? 君達がいがみ合わずに協力し合って戦っていれば君達の力だけで倒せたはずだ」


 ダークはゆっくりとリゼルクの下へ移動し、座り込んでいるリゼルクを立たせた。


「リゼルク、君は此処にいる四人で魔法学院に入学しよう約束した。しかしゼルとスーザンは魔法学院に入学できずに騎士養成学院に入った。君は二人に裏切られたのだと感じ、二人に冷たく接するようになった……しかし、君も分かっているはずだぞ? 二人が裏切った訳ではない。魔力が足りなかったから仕方なく騎士になる道を選んだのだと」

「お、俺は別に……」


 リゼルクはダークから目を逸らして小声で呟く。アリアは黙ってそんなリゼルクを見つめている。その目はどこか寂しそうな目をしていた。


「リゼルク、もっと素直になったらどうだ?」


 ダークは最後にそう言ってリゼルクから離れ、今度はゼルと会話を始める。リゼルクはダークの後ろ姿を見つめながら考え込んだ。


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