第六十一話 合同訓練
実戦訓練を終えて首都アルメニスに戻ったノワール達は魔法学院前で馬車を降りた。訓練中に怪我をした生徒は学院に戻るとすぐに医務室へ手当てをしに向かう。ジャイアントバットに襲われたユーリは実戦訓練中に首都に戻されて病院へ送られた。
その後、生徒達はそのまま午後の授業を受け、ノワールも生徒達に昨日と同じように魔法を教え、授業は無事に終わった。そして下校時間になると生徒達はいつも通り学院を後にし帰宅する。結局、病院へ行ったユーリは学院には戻ってこなかった。
学院が終わってノワールが屋敷に戻るとダークとアリシアがレジーナ達と会話をしている姿がそこにあった。ダークとアリシアは騎士養成学院での授業を終えてノワールよりも先に屋敷に戻っていたみたいだ。
「……という事があったんです」
ノワールは今日の実戦訓練での出来事をダーク達に説明する。話を聞いたアリシアやレジーナ達はほぉ~と言いたそうな顔で話を聞きながら紅茶を飲んだ。ダークはいつもの全身甲冑の姿をしており、顔も兜で隠れていて見えない。だが兜の下ではアリシア達と同じような顔をしていると思われる。
「ほぉ? 一度の実戦訓練でもうモンスターとの戦いに慣れるとは……」
「慣れるのはいいけど、一度モンスターを倒しただけで調子に乗っちゃったらマズいんじゃないの?」
「そうじゃな、そ奴等が倒したのは所詮は下級モンスター、この世界にはまだ強いモンスターが沢山おる。調子に乗ってどんなモンスターとも戦えると思い込んで突っ込んでしまえば命を落とすかもしれん」
真剣な顔で呟くマティーリアを見てレジーナとジェイクも表情が鋭くなる。勿論、アリシアも同じだった。
戦場や戦いに慣れるのは戦士として大切な事だ。しかし、慣れすぎてしまうのは問題がある。戦場では常に死と隣り合わせにある。戦場では常にいつ命を落としても不思議ではないと考え、緊張感を持ちながら戦わないといけない。そう考える事で戦場から生きて帰らなくてはならないと言う気持ちを持ち、それが生き残る事に繋がるのだ。
しかし戦場に慣れすぎると命を落とす事に対してためらいを感じなくなり、敵や敵の罠に対して警戒心を持たなくなる事がある。そうなると生きて戦場から帰ろうと言う意志も無くなり、命を落とす可能性が高くなるのだ。
生き残る為には戦場で常に緊張感を持つ事が大切なのだと、長い間戦場にいたアリシア達は知っている。これから魔法使いになる魔法学院の生徒達には戦場での緊張感を忘れないでほしいとアリシア達は心の中で願った。
「大丈夫ですよ。僕も今日の実戦訓練が終わった時にその事を生徒の皆さんに話しておきましたから」
「へぇ~、流石ノワール、抜け目がないわね?」
自分達が心配していた事を生徒達に忠告しておいたノワールにレジーナは笑みを浮かべる。ノワールは紅茶を飲みながら少し照れくさそうな顔を見せた。
「……そう言えば、さっき話していたジャイアントバットに襲われた女子生徒、ユーリとか言ったか? その子はどうなったのだ?」
アリシアが紅茶のティーカップを目の前のテーブルに置いてユーリの事を尋ねる。ノワールはティーカップの中の紅茶を見つめながら口を動かす。
「傷はそれほど深くなかったみたいです。ただ、疲労と精神的ショックがある為、数日入院する事になったそうですよ。同行していた先生の話ではユーリさんは先生が止めるのも聞かずに一人でジャイアントバットに挑み、返り討ちに遭ったとか」
「確かその子はクラスでは頭も良くて委員長をやっていたのだろう? それならジャイアントバットが学院生では倒せないという事に気付くはずだ。どうしてその子はジャイアントバットに向かって行ったんだ?」
頭のいいユーリがなぜ無謀な事をしたのか分からず、アリシアは腕を組んで考え込む。レジーナやジェイクも分からずに難しい顔をして考えていた。するとずっと黙っていたダークがティーカップをテーブルに置いて低い声を出す。
「……恐らく、そのユーリと言う生徒は他の生徒が自分よりも早く中級魔法を覚えたのを見て焦っていたのではないのか?」
「焦っていた?」
「ああ、ユーリは小さい頃から魔法の勉強をし、魔法学院でも常に優秀な成績を収めていた。常に人一倍努力をして来た生徒が自分よりも努力していなかった生徒に先を越されてしまったんだ。他の生徒達では倒せないジャイアントバットを倒せばまた自分か他の生徒達の上に立てると考えたんだろうな」
「それで教師達の制止も聞かずにジャイアントバットに挑んだのか……」
ダークの話を聞き、アリシアは納得の表情を浮かべた。レジーナとジェイクも同じような顔でダークを見ている。
努力をして来たユーリはプライドが高く、自分よりも努力していない生徒達を見下す癖があった。そんな生徒達が自分よりも早く中級魔法を習得したのを見て焦りと嫉妬を感じ、ジャイアントバットに挑んだ。しかし、まだ中級魔法を使いこなせるようになっていないユーリはジャイアントバットを倒す事ができずにやられてしまう。その結果、仲間達に迷惑をかける事になってしまった。他人への妬みから生まれた哀れな事件と言える。
「しかし結局、そのユーリとか言う小娘は何もできずにやれてしまった。自分が他人よりも努力しているからと言って思い上がった結果じゃな」
「マティーリア、そんな言い方は無いだろう?」
「本当の事じゃろう。全てはユーリ自身のせいじゃ」
注意するアリシアにマティーリアは紅茶を飲みながら言い返す。確かにジャイアントバットの件はユーリが自分の力を過信し、教師達が止めたのを聞かなかった事が原因で起きた。ユーリの自業自得だというマティーリアの意見にアリシアも一理あると感じ、それ以上は言い返さずに黙る。
アリシアとマティーリアの口論が治まり、レジーナとジェイクはホッとする。二人が言い争いになると周りにいる自分達まで飛び火を受ける事が多いので、アリシアとレジーナが言い合いをやめてくれた事にレジーナとジェイクは安心していた。
レジーナとジェイクの安心する表情を見てノワールは二人が何を思っていたのか察し、苦笑いを浮かべている。すると、ノワールは何かを思い出したのかハッとした後にダークの方を向く。
「そう言えばマスター、明日の最後の授業なんですけど、魔法学院と騎士養成学院の合同訓練がある事をご存知ですか?」
ノワールの質問を聞くとダークはチラッと彼の方を向く。アリシア達もノワールの言葉を聞いて一斉に彼の方を見た。
学院に戻った後、ノワールは実戦訓練の前に小耳にした合同訓練の事についてマーガレットに訊いてみた。その時にマーガレットから明日騎士養成学院の生徒達と合同で実戦訓練をするのだと聞かされる。
話を聞いたノワールは実戦訓練したばかりなのにまた明日も実戦、しかも騎士養成学院の生徒達と一緒に訓練するのだと聞いて驚く。実は元々、ノワールが担当していたクラスは明日の合同訓練で初めて実戦を経験する予定だった。だが、ノワールから魔法を教わり、生徒達が教師達の予想以上に成長したのを見て、合同訓練の前に一度実戦を経験させてみようと急遽予定を変更したのだ。
考えてみれば昨日、実戦訓練をする事が決まったのを聞いた生徒達は全員が驚きと動揺の表情を浮かべており、ノワールは生徒達も何も聞かされていなかったのだと気付いた。
「ああ、今日授業が終わる時に担当のクラスの教師から聞かされた。明日の朝から魔法学院の生徒達と首都の北西にあるリーブル森林へ向かいそこで訓練するのだとな」
「という事は明日の訓練ではマスターとアリシアさんのお二人と一緒に訓練に参加するって事ですね」
ダークは騎士養成学院で教師から合同訓練がある事を聞かされた事をノワールに話し、ノワールもダークと一緒に訓練をするのだと少し嬉しそうな顔を見せた。
「いや、私とアリシアだけではない。レジーナ、ジェイク、マティーリア、お前達三人のもその合同訓練に参加してもらう事になった」
「え? あたし達も?」
「どういう事だよ? 兄貴」
いきなり学院の合同訓練に参加しろと言われ、レジーナとジェイクは意外そうな顔をする。マティーリアは落ち着いた様子で黙って話を聞いていた。
「実は騎士養成学院の学院長から合同訓練で生徒達に同行する騎士養成学院の教師の人数が不足していると聞かされてな。そこで学院長は七つ星冒険者の私の仲間にその教師と代わりとして同行してもらえないかと頼んで来たんだ」
「それで、ダーク兄さんはあたし達を教師の代わりに連れて来るって言っちゃったの?」
「お前達の意見を聞かずに決めたのは悪いと思っている。だが、急ぎだったのでな」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ。ジェイクは元盗賊団の頭だったから他人に何かを教えたり指示するのは慣れてるかもしれないけど、あたしは他人に何かを教えたりするなんてやった事無いわよぉ?」
「妾もじゃ。教えてもらう事はあっても教えた事など無い。若殿ならそれぐらい分かっておったじゃろう。それなのに妾達を教師の代わりに選ぶなど、お主らしくない失敗じゃな?」
マティーリアは頭の切れるダークにしては珍しい小さな失敗をした事に意外そうな顔をする。周りにいるアリシア達もいつも正確に物事を判断して決めるダークにしてはらしくない判断に少し驚いた様子を見せていた。
周りから驚かれている中、ダークはテーブルの上のティーカップを取り、兜の口の部分の装甲をスライドさせて穴を開ける。そこから紅茶を一口飲み、ティーカップをテーブルに戻して装甲を戻す。そして驚くアリシア達の方を見た。
「安心しろ。明日の合同訓練では教師達は生徒達が無茶をしないように見張ったり、強いモンスターが襲ってきた時に生徒達を守ると言う事をやるだけだ。生徒達に難しい事を教えたりはしない」
「え? そうなの?」
意外な仕事内容にレジーナがまばたきをしながら訊き返した。
「そう言えば僕も今日の実戦訓練では生徒さん達を助けたり見守ったりするだけで学院で先生達が教えるような事はしませんでした」
ノワールが実戦訓練での自分の立場を思い出してレジーナ達に話すとレジーナはノワールの方を向き、本当? と言いたそうな表情を浮かべた。
レジーナが意外そうな顔をするのを見てダークはレジーナやジェイクとマティーリアの顔を見て話を続ける。
「教師の様に生徒達に何かを教える訳ではなく、生徒達を守るのが仕事であれば、レベル50以上であるお前達以上に合同訓練に同行するのに相応しい者はいないだろう? お前達はこの町で私が信頼する優秀な戦士達だ。お前達なら必ずうまくやれると信じている。だからお前達を選んだんだ」
ダークが自分達を信頼している、それを聞いたレジーナとジェイクは一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに照れくさそうな顔を見せる。レベル100で神の様な力を持つダークから信頼されていると聞かされて二人は内心かなり喜んでいた。
マティーリアも少し照れているのかダークから目を逸らして自分の髪を指でねじっている。嘗ては人間よりも強く、体の大きなドラゴンで人間を食料としか見ていなかったマティーリアだが、竜人となり知識を得てダークの力と正体を知って人間の中にも自分よりも強い者がいると認めて人間を観察する事にした。そんな人間の中でも飛び抜けた実力を持つダークをマティーリアは少なからず尊敬している。そんなダークに褒められ、マティーリアは少しだけ嬉しく思っていた。
「ま、まぁ、ダーク兄さんにそこまで言われちゃあ、やるしかないわよねぇ?」
「そうだな……信頼してくれている兄貴の為に一肌脱ごうじゃねぇか!」
「……フン、まぁ、たまには人間のガキどものお守りをするのも悪くないのう」
しばらく照れていた三人は赤くなりながら明日の合同訓練に同行する事を了承する。ダークはそんな三人の表情を見て不思議そうな反応をした。
(どうしたんだ、三人とも? 信頼してるって言っただけなのに照れくさそうな顔して……)
レジーナ達がなぜ照れているのか分からないダークは心の中で疑問に思う。ダークは力も強く頭も切れるがこういった点では鈍いようだ。とりあえずレジーナ達が教師の代理として明日の合同訓練に同行する事が決まった。
合同訓練の話が終わり、ダークは再びテーブルの上に置かれているティーカップを取り、紅茶を飲もうと口へ近づける。そんな時、ダークは俯いて複雑そうな顔をしているアリシアに気付いた。
「どうした、アリシア?」
黙り込むアリシアを見てダークは声をかける。アリシアは顔を上げて複雑そうな顔のままダークの方を向いた。
「ああ、その合同訓練が何事も無く終われるかどうか少し不安でな……」
「不安? モンスターとの戦闘で生徒達が怪我とかしないかという事か?」
「いや、そうではない。私が気になっているのは両学院の生徒達の事だ」
「どういう事だ?」
理解できずにダークはアリシアに問う。ノワールやレジーナ達もアリシアが何を言いたいのか分からず、黙ってアリシアを見つめる。するとアリシアは深く溜め息をつき小さく俯いた。
「……実は魔法学院と騎士養成学院の生徒は昔から仲が悪くてな。合同訓練で顔を合わせると何かと問題を起こすんだ」
「問題?」
ノワールが訊き返すとアリシアは自分の腰に納めてあるエクスキャリバーを軽く叩きながら説明する。
「私達騎士は敵に接近して剣で敵に攻撃し、ノワール達魔法使いは魔法を使って遠くから敵を攻撃するだろう? 騎士は接近戦を、魔法使いは遠距離戦を得意とする……逆に言えば、騎士は遠距離戦に弱く、魔法使いは接近戦に弱い。両学院の生徒は自分達が得意とする戦い方の方が優れていると考えて相手側を馬鹿にしているのだ」
「成る程、騎士達は接近戦に弱い魔法使い達を馬鹿にし、魔法使い達は遠距離戦に弱い騎士達を馬鹿にしている。だから両学園の生徒達は仲が悪いのか」
ダークの言葉にアリシアは無言で頷く。
「何よ、その馬鹿げた考え方は?」
「確かに騎士と魔法使いはそれぞれ不得意な戦い方があるが、お互いにその不得意なところをフォローし合う事が大切なんじゃねぇのか?」
レジーナとジェイクは両学院の生徒達の浅はかな考え方に呆れ顔になる。マティーリアも少し呆れた様な顔になりながら紅茶を飲んだ。
騎士と魔法使いはお互いに自分達の得意な戦い方が相手の不得意な戦い方になっている。騎士は敵に近づかなければ攻撃できず、近づくまでの間に魔法使いに狙われて魔法で攻撃されればひとたまりもない。魔法使いは魔法を発動する為に僅かに時間を消費し、その間に騎士達に距離を詰められて攻撃を受けてしまう。そんなお互いの欠点をカバーするには自分達の不得意な戦い方をする相手と行動を共にし、協力し合わなければならない。それが戦いを有利に進める為に必要な事の一つだと言われている。
両学院はその重要性を生徒達に理解してもらう為に二ヶ月に一度、魔法学院と騎士養成学院で合同訓練を行っている。しかし、お互いの存在の重要性を理解していない生徒達は自分達の戦い方が優れていると主張し、いつも喧嘩になるのだ。そんな騒ぎが起こる度に両学院の教師達は頭を悩ませていた。
「私も騎士養成学院にいた頃、魔法学院との合同訓練でクラスメイトが魔法学院の生徒にちょっかいを出しているのを見た事がある。あれから少しは両学院の生徒達の仲は良くなったかと思っていたが、今日の教師から合同訓練の話を聞いていた時の生徒の態度を見て距離は全然縮まっていないのだと知ったよ……」
「そう言えば、生徒達は全員嫌そうな顔をしていたな」
ダークはアリシアの話を聞いて今日の授業の時に生徒達の態度を思い出す。生徒の殆どがめんどくさそうな顔をしたり、合同訓練に行きたくないと言いたそうな態度を取っていた。最初はなぜそんな態度を取っているのか分からなかったダークだがアリシアの話を聞いて納得する。
「まったく、騎士も魔法使いもお互いがいるからこそ危険な戦場で生き残る事ができるのじゃ。それを理解できないとは頭の悪いガキどもじゃな」
「マティーリア、またそういう言い方をする……」
生徒達に対して酷い言い方をするマティーリアにアリシアは溜め息をつきながら呆れた。
「……明日の訓練、大丈夫かな?」
ノワールはアリシアの話を聞いて明日の合同訓練で問題が起きないか少し不安になる。ノワールのクラスでも下校前に教師が合同訓練の事を生徒達に話すと一部の生徒を除いて多くの生徒が騎士養成学院との合同訓練を嫌がるような態度を取っていたのを思い出す。その時、ノワールは生徒達の態度を見て生徒達が自分達から騎士養成学院の生徒達と仲良くしようとはしないと考えていた。
難しい顔をしながら明日の訓練の事を考えるノワール。するとダークはそっとノワールの頭に手を置いた。
「どうなるかは明日にならないと分からない。だが、合同訓練と言うのだから両学院の生徒達も別の学院の生徒達と協力し合い、コミュニケーションを取る為の訓練だという事は理解しているはずだ。お互いに邪魔をしたり、危険な目に遭わせるような事はしないだろう」
「それはそうかもしれないが……」
「とにかく、明日の訓練で私達にできるのは生徒達が自分達でそれに気づくのを信じながら見守る事だけだ。危険な雰囲気になったら止めればいい」
「……そう、だな」
まだ微かに不安そうな顔をするアリシアはとりあえずダークの言葉で納得する。レジーナ達も一度難しく考えるのはやめようと判断したのか両学院の生徒の因縁や関係について語らなかった。
その後、ダーク達は合同訓練の流れを簡単に確認してから明日の合同訓練に備えて準備をした。
――――――
翌日、朝早くからアルメニスの正門前の広場には大量の馬車と多くの人影があった。その殆どが魔法学院と騎士養成学院の生徒でそれぞれ自分達の学院の教師の下に集まり並んでいる。騎士養成学院の教師の中にはダークとアリシア、そしてレジーナ、ジェイク、マティーリアの姿があり、魔法学院の教師の中にはノワールの姿があった。それぞれ自分達の学院の生徒達が見ている。
二つに分かれた両学院の生徒達は隣に集まっている別の学院の生徒達を見て気に入らなそうな顔やめんどくさそうな顔を見せる。早速不穏な雰囲気を見せる生徒達を見てアリシアやレジーナ達は疲れた様な表情を浮かべた。
「早速相手側を挑発するような態度を取り出したわね?」
「この調子じゃあ、訓練場所の森林に着いても雰囲気が悪すぎてすぐには訓練に入れないかもな……」
レジーナとジェイクは生徒達の姿を見て合同訓練がスムーズに進まないのではと感じる。この時点で既に二人は精神的疲労を感じており、深く溜め息をついた。
アリシアも生徒達を見て騎士養成学院にいた時の事を思い出し、やれやれと言いたそうに首を左右に振る。すると隣になっていたダークがアリシアに声をかけて来た。
「アリシア、合同訓練の時、訓練場所へ向かう馬車には一つの学院の生徒だけが乗る事になっているのか? それとも両学院の生徒が一緒に馬車に乗るのか?」
「ん? 先に班を決めてから乗るから、馬車には両学院の生徒が一緒に乗る事になっているぞ。その方が訓練場所に着いてから班を分ける必要も無くなるし、両学院の生徒がコミュニケーションを取る時間もできるからな」
「そうか、それならまだいいな。コミュニケーションを取らずに向こうについていきなり訓練を始める事になったら面倒な事になりそうだからな」
目的地に向かい間だけでも両学院の生徒達が一緒にいられる時間があると聞き、ダークは目の前に集まる生徒達を見つめる。生徒達は教師達がコミュニケーションを取る機会を用意した事に気付いていないのか、相手側の学院の生徒と火花を散らし続けていた。
それから両学院の教師達は生徒達の班分けを始めた。生徒は魔法学院と騎士養成学院から五十人ずつ、合計百人となり、両学院から二人ずつ選ばれて四人で一人の班になる。合計二十五の班ができ、生徒達はそれぞれ自分が乗る馬車に乗りこみ、荷台の中で座って両学院の生徒はお互いを向かい合う。全員の生徒が乗り込むと十数代の馬車は正門を潜って訓練場所のリーブル森林へ向かった。
アルメニスを出た馬車は一列に並んでリーブル森林へ向かう。そんな一列に並ぶ馬車の中の一台の荷台にはダークと人間姿のノワールが乗っていた。合同訓練では両学院の教師が一人ずつ一班に同行し、自分達の生徒を見守る事になっている。ダークとノワールは運よく同じ班を担当する事なったのだ。そして二人が担当する班の生徒はノワールが魔法を教えたアリアとリゼルク、ダークが稽古をつけたゼルとスーザンの四人だったのだ。馬車の中には別の班とそれに同行する教師の姿もあったが、その班の生徒達も黙り込んでいるだけだった。
ノワールは黙っている生徒達を見て少しでも雰囲気を変えようと近くにいるリゼルクに声をかけた。
「リゼルクさん、どうしたんですか? 折角の合同訓練なんですからもっと騎士の人達と何か話した方がいいですよ?」
「……あ、ああ……」
リゼルクは座りながら俯いて低い声で返事をするが目の前にいるゼルの顔を見ようとはしない。ゼルも腕を組みながら俯いて黙り込んでいる。すると、リゼルクの隣に座りアリアがリゼルクの肩を軽く揺らす。
「どうしたの、リゼ君? 久しぶりにゼル君とスーちゃんに会えたんだから、もっといろんな事話そうよ?」
アリアの言葉で俯いていたリゼルクは反応し、ゼルも顔を上げる。スーザンはゼルの反応を見て少し驚き目を見開いていた。ダークとノワールもアリアの話を聞き、四人が知り合いだという事に気付く。
「……君達は知り合いなのか?」
ダークがアリアに尋ねるとアリアはダークの方を向き、一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに表情を変え、ダークの方を見ながら頷いた。
「ハ、ハイ、私達、幼馴染なんです。小さい頃はよく一緒に遊んでいて……でも、学院に入ってからは会う事が少なく――」
「アリア! もういいから黙ってろ」
アリアが喋っている最中にリゼルクが力の入った声を出す。驚いたアリアはビクつきながらリゼルクを見て言われたとおり黙り込む。ダークやノワール、一緒に乗っていた別の班の生徒や教師達もリゼルクの声を聞きおどろた様子を見せる。
「……アリアは昔の事をダーク先生に話していただけだろ? そんな止め方しなくてもいいじゃないか」
今まで黙っていたゼルがリゼルクを見つめながら冷静な口調で声をかける。するとリゼルクはゼルの方を向き、彼を睨みながら口を開く。
「うるせぇな、お前は黙ってろよ」
「フン……アリアも大変だよな? こんな石頭のお守りをしないといけないなんて?」
「ゼ、ゼル、そんな言い方は……」
リゼルクに対して挑発的な発言をするゼルを見てスーザンは慌てて止めようとする。だが、挑発を受けたリゼルクは座りながら握り拳を強く握ってゼルを更に鋭く睨み付けた。ゼルもリゼルクを睨み返し、二人の間に緊迫した空気が漂い始める。
アリアとスーザンは今にも喧嘩を始めようとするリゼルクとゼルを見てどうすればいいのか分からずにアタフタし出す。別の班の教師が様子を見て二人をなだめようとした、その時、ダークがリゼルクとゼルの間に自分の腕を入れる。突然顔の前に出て来たダークの腕に二人は驚き目を見開く。リゼルクとゼルがダークの方を向くとダークは目を赤く光らせて二人の顔を見つめる。
「それぐらいにしておけ。これから大切な合同訓練が始まるのに、訓練が始まる前からいきなり問題を起こすつもりか、君達は?」
ダークの低い声で注意するとリゼルクとゼルは一瞬寒気を感じ、反論する事無く俯いて黙り込む。大人しくなった二人を見てアリアとスーザン、他の生徒と教師はとりあえず安心する。それからリゼルクとゼルは何の問題も起こさず、ダーク達の乗る馬車は静かにリーブル森林へと向かって行った。
しばらくすると目的地のリーブル森林に到着した。その森林はとても広く、昨日ノワール達が実戦訓練をした森の倍以上の広さがある。森林に到着するとダーク達が乗る馬車は入口では止まらず、そのまま森林に入って行き、森林の中心にある広場まで着てようやく停まった。
馬車が停まると生徒達は全員降車し、教師から簡単な説明を聞いた後に二十五の班は別々の方向へ進んで行く。合同訓練では各班がバラバラになり、他の班と協力する事無く自分達だけで遭遇したモンスターを倒す事になっているのだ。
ダークとノワールはアリア達と共に広場を出発し、アリシア達も自分達と同行する生徒や教師と共にダーク達が進んだ方角とは別の方角へ進む。アリシア達のレベルは既に英雄級である為、並のモンスターであれば楽に倒す事ができる。アリシア達の顔には殆ど緊張が見えなかった。
広場を出発してから数分、ダーク達は黙って森林の中を進む。その間、リゼルクとゼルは会話をする事も無く、距離を取って歩いている。重苦しい雰囲気にアリアとスーザンは困り顔を浮かべていた。そんな様子をダークとノワールは黙って見ていた。
「……相変わらずだね? あの二人」
「うん、あれからかなり時間が経っているのに……」
アリアとスーザンはリゼルクとゼルには聞こえないように小さな声で話す。この二人はリゼルクとゼルとは違い仲が悪いという訳ではないようだ。
「あのぉ、リゼルクさんとゼルさん、仲が悪いみたいですけど……昔、何かあったんですか?」
二人が会話をしているとノワールが二人に近づいてそっと声をかける。アリアとスーザンはノワールの方を見た後にリゼルクとゼルの方を向く。
「……うん、ちょっとね。小さい頃はとても仲が良くて、私達四人はどんな時でも一緒だったの。魔法に興味があって、大きくなっても一緒に魔法使いになって国の為に頑張ろうって言ってたくらいにね」
アリアは懐かしそうな顔で幼い頃の思い出を語る。ノワールはそんなアリアの顔を黙って見つめながら話を聞いた。だが、アリアの顔は突然暗くなり、小さく俯く。
「でも、学院に入る時の検査で私とリゼ君は魔力が高いから魔法学院に入れるって言われたんだけど、ゼル君とスーちゃんは魔力が低くて学院には入れないって言われたの」
「魔力が低い?」
「うん、一定の魔力に達しないと魔法学院には入れない事になっているんだ」
「私達は四人一緒に魔法学院に入るって約束してたから皆で魔法学院に入れるように魔力を高くする特訓をしたんだけど、学院が正式に決まる日までに魔力を高くする事ができず、私とゼルは騎士養成学院に入学する事にしたの」
黙っていたスーザンがアリアの後を引き継ぐように説明をする。ダークとノワールは暗い顔をするアリアとスーザンを見つめながら話を聞いた。
「リゼルクは約束したのに騎士養成学院に入った私とゼルが自分を裏切ったと感じたんだと思う。それ以来、リゼルクは私やゼルに冷たくするようになって、ゼルもそんなリゼルクを嫌うようになっちゃったの」
小さな出来事が原因で幼馴染の絆が途切れ、不仲になってしまったリゼルクとゼル。アリアとスーザンはそんな二人がいつか仲直りすると信じ、ずっと彼等を見守っていたのだ。
絆が強く、同じ道を歩んでいたからこそ、双方の道が分かれた時に大きなショックを受け、裏切られたと感じてしまう。人間と言うのは複雑な生き物だとノワールは心の中で感じていた。
アリアとスーザンから話を聞いたノワールはダークの隣に移動し、そっと声をかけた。
「マスター、あの二人、あんな感じですけど大丈夫でしょうか?」
「さあな……だが、いくら仲が悪いとはいえ、直接モンスターと戦っている時ぐらいは協力し合うだろう。意地を張り合って隙を作り、モンスターに襲われて死んでしまったら笑い話にもならないからな」
「そうだといいんですけど……」
リゼルクとゼルを見てノワールは呆れた様な表情を浮かべながら心配する。
「……それにだ。私はこの合同訓練であの二人がまた昔のようになるのではないかと考えている」
「え?」
ダークの言葉にノワールは声を出す。ダークは不穏な空気に包まれているリゼルクとゼルを黙って見ていた。