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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第六章~天性の魔術師~
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第六十話  実戦訓練


 日が昇り、また新しい一日が始まる。ダークとノワールは今日もそれぞれが教師を担当する学院へ行く為に屋敷を出発する。昨日と同じで途中までは一緒に学院へ向かっていたが、途中で二人は別れて学院へ向かう。

 人間の姿になったノワールは魔法学院の校門前にやって来ると昨日マーガレットが見せてくれた校門の開け方を思い出して同じようにやってみる。校門の隣にある水晶に魔力を送り込み、大きな校門を開けると学院へと入って行く。

 まずは昨日と同じように学院長室へ行き、ザムザスへ挨拶をしてから昨日と同じクラスへ向かう。その途中でマーガレットと会い、簡単な挨拶をした後にノワールはマーガレットと共に教室へと移動した。


「昨日は凄かったわねぇ? 生徒達も必死に中級魔法の練習をして半分近くの生徒が得意な属性の中級魔法を一つずつ覚えたわぁ。貴方の教え方がよかったのねぇ~」

「そんなことありませんよ。皆さんが一生懸命やったからです」

「あらあらぁ、謙遜なんかしちゃってぇ。見た目は子供なのに本当に大人っぽい子ねぇ~?」


 笑いながらマーガレットはノワールの頭を優しく撫でる。そんなマーガレットにノワールは苦笑いを浮かべながら歩いた。そんな事をしている内に二人は中等部二組の教室前に到着する。ノワールがゆっくりと扉を開けて教室内に入ると教卓前には教師が立っており、生徒達も自分の席に付いていた。

 生徒達はノワールが入室するのを見ると僅かに騒ぎ出し、数人の生徒がノワールに向かって手を振る。その中にはアリアの姿もあった。


「ノワール君、おはよう!」

「おはよう、今日も頑張ってねぇ!」

「今日も凄い魔法、教えてくれよな!?」


 ホームルーム中にもかかわらず、ノワールを慕う生徒達が少し大きめの声で挨拶をする。周りにいる他の生徒達はそんな生徒達を見て小さく苦笑いを浮かべていた。中には呆れた顔をする生徒もおり、アリアの隣に座るリゼルクもそんな顔をしている。


「皆さん、おはようございます」


 ノワールは挨拶をする生徒達に方を向いて微笑みながら手を振り挨拶を返す。それを見た生徒達、特に女子生徒はノワールの可愛さに頬を赤く染める。

 生徒達がノワールを見てはしゃいでいると教卓前にいる教師が持っている木製の指し棒で教卓を数回叩く。生徒達は教卓を叩く音を聞いて驚いたのかはしゃぐのをやめて教師の方を向いた。


「お前達、いつまではしゃいでいる! 今日はお前達にとって初めての実戦訓練なんだぞ? 下手をすれば怪我をするかもしれないし、最悪の場合は命を落とすかもしれないんだ。ヘラヘラしているんじゃない!」


 教師の一言で生徒達は一斉に黙り込む。ノワールとマーガレットはそんな生徒達を黙って見ている。

 生徒達が気持ちを切り替えて教師に注目すると、教師は持っている指し棒を教卓の上に置いて実戦訓練の説明を始める。


「……さっきも言ったように今日の授業では実戦訓練を行う。首都を出たら近くにある森へ向かい、森に着いたら昨日決めた班に分かれて森に入る。そしてモンスターと遭遇したらお前達だけでモンスターと戦ってもらう」


 これから初めての実戦を行うという教師の話を聞き、アリアを始め生徒達は不安そうな表情を浮かべた。今までは安全な学院の中で動かず襲ってこない的に向かって魔法を撃っていたが、今回は違う。相手は動き、自分達を襲うモンスターなのだ。不安にならない方がおかしい。

 不安になる生徒達を見て教師は小さく溜め息をつく。


「……落ちつけ。勿論お前達だけで行く訳じゃない。ノワール君や先生が一人ずつ班に同行する。何か予想外の事が起きたら彼等がお前達を守る事になっている。それにお前達が向かう森にはレベルの低い下級モンスターしかいないんだ。今のお前達なら十分戦える」


 戦うモンスターが下級でベテランの魔法使いである教師達が同行すると聞いた途端、生徒達は安心したのか顔から不安が消えて笑顔を浮かべた。安心する生徒達の顔を見た教師は再び溜め息をつき、指し棒を手に取って教卓を叩く。


「先に言っておくが、先生が同行するかが、下級モンスターが相手だからと言って油断はするな? 何が起きるか分からないのが実戦なんだからな」


 教師が忠告すると生徒達は再び緊張し出したのか表情が変わる。コロコロと表情を変える生徒達を見てマーガレットはクスクスと笑い、ノワールは黙ってまばたきをしていた。

 それから教師は一通り実戦訓練の注意事項や訓練の流れを説明し、生徒達も真剣な顔でそれを聞く。やがて説明が終わると教師は指し棒を持って教室を出て行こうとする。出入口の扉の前まで来ると教師は生徒達の方を向いた。


「三十分後に出発する。それまでに用意を済ませて校門前に集合するように! 遅れるんじゃないぞ?」


 最後に出発する時間を伝えると教師は教室から出て行く。残った生徒達は不安や緊張を見せながら友人と会話をする。アリアとリゼルクも少し緊張した様子で会話をしていた。二人の後ろの席ではユーリが黙って教科書やノートを片付けており、それが終わるとユーリは集合場所へ向かうのか黙って教室を後にした。

 ノワールは生徒達が騒ぎながら実戦訓練の準備をする姿を見ていた。生徒達の姿にノワールはこんな調子で大丈夫かな、と心の中で心配する。すると隣に立っていたマーガレットがそっとノワールの肩に手を置いた。


「ノワール君、君には私と一緒に第二班の生徒達と同行してもらうわぁ。私が動けない状況になったら生徒達を守ってあげてねぇ~?」

「え? マーガレットさんも一緒なんですか?」

「ええぇ、私は貴方の付き添いなんだものぉ。明日行われる合同訓練の時までは一緒にいるわよぉ~?」

「そうなんですねか。分かりました、お願いします」


 学院の外に出ても同行すると笑顔を見せるマーガレットにノワールは微笑みを浮かべる。だがノワールはマーガレットが同行する事よりも彼女が最後に言った合同訓練の事が気になってた。


(合同訓練? このクラスと別のクラスの生徒が一緒に訓練をするのかな?)


 初めて聞いた合同訓練と言う言葉にノワールはどんな訓練をするのか考える。しかし考え始めた直後に生徒達は全員教室を出て集合場所である校門前へ向かう。それに気づいたノワールは置いていかれてはマズいと考えるのをやめて教室を出て生徒達の後を追う。マーガレットもノワールの後をついて行き、集合場所へ向かった。

 校門前にやって来るとそこには二台の馬車が停まっていた。先に来ていた教師は生徒達を馬車に乗せ、全員が乗るのを確認すると生徒達に同行する教師も乗り込んだ。全員が乗ると御者は手綱を引いてゆっくりと馬を進ませる。

 ノワールや教師、そして生徒達は揺れる荷台の中で誰一人喋らずに黙っていた。ノワールや教師はともかく、生徒達はこれから初めての実戦が始まる事から緊張しており声が出ないようだ。そんな生徒達を乗せながら二台の馬車は街道を進み、首都を出る為に正門へ向かった。


――――――


 首都を出た馬車は一本道を通って目的地に森へと向かう。森に着くまでの間、ノワールは実戦訓練の詳しい内容が書かれた羊皮紙を教師から受け取り、黙読しながら内容を確認する。一方でノワールと同じ馬車に乗っているアリアやリゼルク、別の生徒達は黙り込んだままだった。目的地が近づくにつれてますます緊張してきたようだ。

 ノワールは読んでいた羊皮紙を丸めて教師に返すと黙り込むアリア達を見つめた。


(大丈夫かな? 皆凄く緊張しているけど……)


 アリア達の様子を見てノワールは心の中で心配した。すると動いていた馬車が停まり、ノワールはふと前を向く。すると御者席に乗っていた御者の男が荷台に乗るノワール達を覗き込んだ。


「訓練場所の森に到着しました」


 目的地に着いたと聞かされ、黙り込んでいたアリア達は一斉に反応した。いよいよ実戦訓練が始まるのだと考えると心臓の鼓動が早くなる。生徒達が緊張する中、教師達は一人ずつ荷台から降り、ノワールも黙って下りた。


「おい、早く降りろ。この後集まってもう一度訓練の内容を確認するんだからな?」

「ハ、ハイ!」


 教師に注意されてアリアは少し高い声で返事をする。アリアが荷台から降りるとリゼルクも続き、残りの生徒達も一人ずつ荷車から降りた。もう一台の荷車からも教師や生徒達が一人ずつ降り、生徒達は森の入口前に集まる。生徒が整列するとノワールは教師達と共に生徒の前に並んで生徒達の方を向く。生徒達は全員緊張しており、学院にいた時に見せた楽しそうな表情は一切見せなかった。

 

「此処がお前達が初めて実戦を行う森だ。此処から四人一組の班に分かれ、一組ずつ森へ入って行く。そして森に入ってモンスターと遭遇したら戦闘を行う。モンスターによっては戦わずに逃げても構わない。モンスターを倒す事よりも自分の身を守る事が大切だからな」


 教師が生徒達に訓練の流れを再度説明し、生徒達も黙ってそれを聞いている。今までの授業とは違い、今回は下手をすれば命を落とすかもしれないのだ。普段授業中にへらへらしている生徒も表情が鋭かった。

 説明が終わると教師は森の入口の方を見て入口を指差した。


「最初に第一班が入り、その五分後に第二班が入る。その五分後に第三班と五分毎に一組ずつ森へ入って行く。訓練の時間は正午までだ。時間が来たらここに戻って来るように。あまり森の奥へ行かないようにしろよ?」


 最後の忠告を聞くと最初の第一班が慎重に森へ入って行った。その様子を他の生徒達は黙って見守る。

 第一班が入ってから五分後、次の第二班が入る時が来た。第二班はアリアとリゼルクに男子生徒と女子生徒が一人ずつの計四名、同行する教師にノワールとマーガレットがいる班だ。他の班の生徒達は第二班だけノワールとマーガレットの二人が同行する事で不服そうな顔をしていたが、ノワールは正式な魔法学院の教師ではないので、教師の一人として数えられていない。その為、合計六人だが第二班は四人の生徒に正式な教師がマーガレットだけなので、第二班は全部で五人という事になっているのだ。

 第三以降の班の生徒からの痛い視線を気にしながら第二班の生徒達は森へ入って行く。ノワールとマーガレットはゆっくりと森へ入る第二班の後を静かについて行った。

 森の中は意外と見渡しが良くてちゃんとした道もあり、遠くもハッキリと見える。その為、いつモンスターが現れてもすぐに戦闘に入る事ができる状況だ。アリア達は自分達が思ったよりも見渡しがいい森に少し安心したのかさっきまでの緊張した表情が消えていた。


「な、なぁ~んだ、思ったよりも明るいし遠くも見えるね?」

「あ、ああ、これなら何処からモンスターが出て来てもすぐに戦えるな」


 アリアとリゼルクは歩きながら余裕の表情で会話をしながら歩き、その後ろを残りの二人の生徒がついて行く。だが、アリアとリゼルクはまだモンスターがいつ現れるか分からない事に怯えているのか声が僅かに震えている。他の二人も何も言わないがかなり警戒した様子だった。

 ノワールとマーガレットは生徒達の後をついて行きながら彼等を見守っている。ノワールは強がる生徒達を見て心配そうな表情を浮かべており、隣を歩くマーガレットも苦笑いを見せていた。


「あらあら、皆強がっちゃって、大丈夫かしらぁ~?」

「何とも言えませんね。こういう場合、一度モンスターと遭遇して戦闘を経験すれば自信がついてあんな風に強がったり怯える事は無くなると言いますけど……」

「でも、あんな調子でモンスターと遭遇したら驚いて戦意を無くしちゃうんじゃないかしらぁ~?」

「そうならないように祈るしかありません……」


 ノワールは生徒達の後ろ姿を見ながら呟き、マーガレットも苦笑いを一層深くする。二人が生徒達に聞こえないように小さな声で会話そしていると、突然前を歩いていた生徒達が立ち止まった。

 立ち止まる生徒達を見てノワールとマーガレットは変に思い生徒達に近づく。マーガレットは生徒達の背後に控え、ノワールは前にいるアリアとリゼルクの隣に移動した。ノワールがアリアとリゼルクの顔を覗き込むと二人の顔は何かに驚いた様な顔をしている。その二人の顔を見てノワールの目が僅かに鋭くなった。


「どうしたんですか?」

「あ、ノワール君……実が、さっきあそこの草むらが動いたような気がして……」

「ああ、俺も見たぜ……」


 アリアは十数m先の道の脇にある草むらを指差し、ノワールはその草むらに注目する。ノワールは意識を集中させて草むらに何か隠れていないかを調べ始めた。

 ノワールは何も言わずにアリアとリゼルクの前に移動して草むらをジッと見つめる。マーガレットや生徒達はノワールの後ろ姿を見て、幼い少年が自分よりも年上の人達の前に立ち、その人達を守ろうとする姿に驚く。

 マーガレット達が驚いているとノワールが見つめている草むらがガサガサと動き出した。生徒達は驚き、慌てて持っている杖を構え、ノワールも持っている自分の杖を握る。すると、草むらから三つの影が飛び出して道の真ん中に立つ。それは紫苑色の毛をした三匹の体長80cm程のイノシシ型のモンスターだった。

 イノシシ型モンスター達はノワール達の方を向いて彼等を睨みつける。すると生徒達の後ろにいたマーガレットはイノシシ型モンスターの姿を見ると笑みを浮かべた。


「あらあら、クレイジーボアじゃない。ラッキーね? この森に棲むモンスターの中で一番倒しやすいモンスターよぉ~」

「クレイジーボア?」


 ノワールが初めて聞くモンスターの名前に振り返って訊き返した。マーガレットは被っている三角帽を直しながら落ち着いた様子でクレイジーボアを見つめる。


「ええぇ、凶暴な性格だけど、正面から相手に向かって真っすぐ突進して来るだけの下級モンスターよぉ。あのモンスターなら下級魔法が一発当たれば倒す事ができるわぁ~」

「下級魔法でも倒せるモンスターですか……」


 弱いモンスターだと知ったノワールはとりあえず自分の出番はないだろうと感じ、アリア達の前からどいてマーガレットの隣へ移動する。アリア達はいきなり自分達の後ろへ移動したノワールに目を丸くした。


「さ~て、それじゃあ早速始めましょうかぁ~?」

「は、始めるって、マーガレット先生?」

「貴方達がこの森に来た理由はモンスターと戦って実戦経験を積む事でしょう? だったら、貴方達があのクレイジーボア達を倒さないとぉ~」

「で、でも、私達はまだモンスターとどう戦えばいいの分からないんですよ!? せめてお手本を……」


 アリアが手本を見せてほしいと頼み込むとアリアは小さく溜め息をついて呆れた様な顔でアリア達を見た。


「……いつまでも甘えてちゃダメよぉ? 自分達で戦い方を見つけるのも実戦ではとても大切な事なんだからぁ。それにいつまでも私達が貴方達の傍にいる訳じゃないのぉ、自分達だけで乗り越えてみなさぁ~い?」


 いつもと同じ口調だが言っている事は教師らしいマーガレットにアリア達は複雑そうな顔を見せる。ノワールもマーガレットを少し意外そうな顔で見ていた。

 アリア達がノワールとマーガレットの方を向いているとクレイジーボアに一匹がアリア達に向かって走って来る。アリア達は走ってくる音を聞くと前を向いて突っ込んで来るクレイジーボアを見て驚きの表情を浮かべた。

 ノワールとマーガレットは素早くその場から避難し、安全な所へ移動している。アリア達は慌てて横へ跳んでクレイジーボアの突進をギリギリで回避した。何とか攻撃を回避できてホッとするアリア達だったが、残りの二匹のクレイジーボアが同時にアリア達に向かって突進する。


「うわああああぁっ!?」


 二匹にクレイジーボアに気付き、アリアは声を上げながら再び横へ跳んで突進をかわす。リゼルク達も慌てて回避し、三匹全ての突進を回避した。四人とも怪我は無いが突然の突進にかなり驚いているのか呼吸がかなり乱れているようだ。その様子を安全な場所でノワールとマーガレットが見守っている。


「ウフフ、何とか全員回避できたみたいねぇ? でも下級モンスターと言えど、やっぱり魔法使いが前衛無しでモンスターと戦うのはキツイわねぇ~?」

「マーガレットさん、まだ助けなくていいんですか?」

「ええ、まだまだ大丈夫よぉ。もし本当に危険な状態になったら助けてあげましょ~」


 笑いながら生徒達が必死に戦う姿を眺めるマーガレット。ノワールはそんなマーガレットを見て意外と厳しい人なのだと感じた。

 ノワールとマーガレットが見守る中、アリア達はクレイジーボアと向かい合っている。鼻息を荒らくしながらアリア達を睨む三匹のクレイジーボアはまたいつ突進して来てもおかしくないくらい興奮している。アリア達はそんなクレイジーボアに怯えながら自分達の杖を構えていた。


「ど、どうしよう、リゼ君?」

「お、落ちつけ。とりあえず、アイツ等の動きに注意しながら魔法を撃つんだ。四人同時に撃てば一発ぐらいは当たるはずだ」

「う、うん、分かった」


 リゼルクの指示を聞き、アリアと他の二人の生徒は杖を構える。そしてそれぞれ自分の得意な属性の魔法を発動する準備に入った。

 しかし、クレイジーボア達が大人しく準備が整うのを待っているはずがない。三匹のクレイジーボアは同時にアリア達を睨みながら生徒達に向かって走り出す。


「うわあっ! ファ、火弾ファイヤーバレット!」


 迫って来るクレイジーボアを見たアリアは驚き、慌てて火球を放つ。リゼルク達も驚いてアリアにつられる様に下級魔法を撃った。しかし慌てて撃った為、狙いが定まっておらず四人の魔法はクレイジーボア達の真上や横を通過しただけで一発も当たらない。

 魔法が外れた事でアリア達は更に驚き冷静さを失う。そんなパニック状態のアリア達にクレイジーボアが襲い掛かる。クレイジーボアの突進を受け、ふっ飛ばされた四人は地面や近くの木に叩き付けられた。体中の痛さに生徒達の表情は歪み、クレイジーボアに対する恐怖を感じる。


「な、何だよ……何でただのイノシシがこんなに強いんだよ……?」

「こ、これが実戦なの……?」

「む、無理よ、こんなの……」

「お、俺達、殺されるのかぁ……?」


 恐怖に飲まれてアリア達は完全に戦意を失ってしまった。

 生徒達の姿を見てマーガレットは少しガッカリした様な顔を見せながら何かの魔法を発動する。するとマーガレットの手の中に長い杖が現れ、マーガレットはその杖を握った。どうやらこのまま戦闘を続けるのはマズいと感じて生徒達を助けるようだ。

 マーガレットが生徒達の下へ向かおうとすると、彼女よりも先にノワールが生徒達の下へ走った。自分よりも速く生徒達に元へ向かったノワールを見てマーガレットは少し驚いた。

 ノワールはアリア達の真後ろへやって来ると戦意を失い、座り込んでいるアリア達を見た。アリア達も駆け寄って来たノワールに気付いて一斉に彼の方を向く。


「ノ、ノワール君?」

「皆さん、しっかりしてください。こんな下級モンスター相手に負けてるようじゃ立派な魔法使いになれませんよ?」

「そ、そんな事言われても……」

「俺達の魔法が当たらないんだぞ!? どうすりゃいいんだよ!」


 恐怖で冷静さを失っているアリアやリゼルク。そんな二人を見たノワールは杖を構えて目を閉じる。そして目を開けると杖の先をアリア達に向けた。


勇気のそよ風拡散マーチブリーズプラス!」


 ノワールは真剣な表情でアリア達を見ながら叫んだ。すると杖の先からそよ風が吹き、アリア達の体に当たる。突然の風にアリア達はビックリするがすぐにそよ風は止んだ。しかしその直後、さっきまで感じていた恐怖心が消え、四人は一斉に驚く。


「あれ? どうなってるの? さっきまであのモンスター達を怖いって思ってたのに……」

「今は全然怖くねぇぞ?」

「どうなってるんだ?」


 急に恐怖心が消えて戸惑うアリア、リゼルク、男子生徒の二人。それを見たノワールは小さく笑った。

 <勇気のそよ風マーチブリーズ>は風属性の下級補助魔法。発動すると仲間の物理防御力、魔法防御力の二つを強化する事ができる。ノワールの場合は生徒達全員に使う為に複数を対象にできる勇気のそよ風拡散マーチブリーズプラスを使ったのだ。しかしこの魔法は物理と魔法の二つの防御力を一度に強化できる代わりに物理防御強化アタックプロテクション魔法防御強化マジックオーラよりも防御力を強化する事ができず、持続時間も短いという欠点もある。だがこの魔法は対象となった者に勇気を与えると言うLMFでは無かった効果があったのでノワールはアリア達の勇気を与える為にこの魔法を使ったのだ。

 立ち上がって仲間達の状態を確認し合う生徒達。その姿を見たノワールは小さく息を吐いた。


(どうやら上手くいったみたい。数日前に図書館で調べて分かった事がここで役に立つとは思わなかったなぁ……それにしても、この世界の魔法にはLMFには無かった効果がある。使い方によっては今後のマスターの活動にも役に立ちそうだ)


 心の中でLMFとこの世界の魔法効果の違いを考えるノワール。マーガレットは魔法を発動してから黙り込むノワールを見て意外そうな顔をしていた。だが同時にノワールがどれ程の力を持っているのかとますます興味を持つようになる。

 ノワールの魔法でクレイジーボア達への恐怖心が無くなったアリア達は杖を構え直し、もう一度クレイジーボア達と向かい合う。さっきまで目を見ただけで恐怖を感じていたのに今ではクレイジーボアの目を見ても怖いとは思わなくなっていた。


「どうなってるんだろう? もしかして、これもノワール君のおかげなのかな?」

「多分な。さっきアイツが使った魔法は防御力を高めて仲間に勇気を与える魔法だ。その魔法のおかげで俺達はモンスターを見ても怖くなくなったんだと思うぜ?」

「そうなんだ……」

「……にしても、勇気のそよ風マーチブリーズは下級魔法でも覚えるのに時間が掛かるって言われてる魔法なのに、そんな魔法まで使えるなんて、ノワールは天才かよ?」


 リゼルクがノワールの才能に驚きながらチラッと後ろにいるノワールを見て呟く。アリアもリゼルクの話を聞いてノワールは天才なのだと感じ、憧れる様な目で見つめた。すると、クレイジーボア達が鼻息を荒らくしながら一歩ずつアリア達に近づく。それに気づいたアリアとリゼルク、他の二人の生徒もクレイジーボアの方を向いて杖を構え直す。


「っと、今はあの豚どもを倒す事が先だな! 皆、今度は外さないようにな?」

「分かった!」


 アリアは力強く返事をして杖に魔力を送った。リゼルク達も杖に魔力を送って魔法の準備に入る。その姿を見たノワールはこれならもう大丈夫だろうと考えてゆっくりと後ろに下がった。そして、ノワールがアリア達から離れた瞬間にクレイジーボア達は一斉に走り出す。

 突っ込んで来るクレイジーボア達を見てアリア達の表情が鋭くなる。しかし今回はさっきの様に逃げ出さず、その場にとどまって魔法発動の準備を続けていた。ノワールのおかげで勇気を得たアリア達はギリギリまでクレイジーボア達を引き付けようとしているのだ。


「まだだぞ! 十分引き付けてしっかりと狙いを付けるんだ!」


 リゼルクは杖を強く握り、魔力を杖に送りながら大きな声を出す。アリア達にリゼルクに言われた通り、確実に魔法が当たる距離までクレイジーボア達を引き付ける。そしてクレイジーボア達がアリア達の3m程前まで近づいて来た瞬間、アリア達は動いた。


火弾ファイヤーバレット!」

水の矢アクアアロー!」

風の刃ウインドカッター!」

石の射撃ストーンショット!」


 アリア達は一斉に得意属性の下級魔法を発動する。火球、水の矢、真空波、尖った石が杖の先から放たれてクレイジーボアに向かって行く。アリアの放った火球は一匹のクレイジーボアの顔面に命中し、リゼルクの水の矢はその隣のクレイジーボアに命中して額に穴を開けた。男子生徒が放った真空波は残りのクレイジーボアの体を切り裂き、女子生徒の尖った石も同じクレイジーボアの額に刺さる。

 魔法を受けて三匹のクレイジーボアは鳴き声を上げながらその場に倒れてそのまま動かなくなった。クレイジーボアが倒れるとアリア達はしばらく呆然としていたが、クレイジーボア達を倒した事を理解すると深く息を吐き、四人ともその場に座り込んだ。


「や、やったぁ……」

「お、俺達、初めてモンスターを倒したんだよな? 自分達の魔法で?」

「う、うん……」


 アリアとリゼルクは生まれて初めて、しかも自分達の魔法でモンスターを倒した事に座り込んだまま驚く。だが同時に自分達の力だけでモンスターを倒せた事に喜びを感じていた。アリアとリゼルクが笑みを浮かべると他の二人の生徒もつられて笑い出す。するとそこにノワールとマーガレットが近づいて来た。ノワールはアリア達の前に来ると少し姿勢を低くして微笑んだ。


「おめでとうございます。どうですか? 初めてモンスターを討伐した感想は?」

「ア、アハハハ、まだ信じられないよぉ……」

「ああ、一気に疲れが出て来ちまった」

「そうですか……でもこれで自信が付いたんじゃないですか?」

「……ああ、そうだな」


 リゼルクがゆっくりと立ち上がり、アリア達も少し遅れて立ち上がる。


「ノワール、ありがとな? お前が勇気のそよ風マーチブリーズを掛けてくれたおかげで俺達は勇気を出せたんだ。お前がいなかったらきっと俺達はクレイジーボア達を倒す事ができなかっただろうからな」

「……僕はただ皆さんの背中を少し押しただけですよ。モンスターを倒せたのは皆さんの力です。お礼を言われるほどの事ではありませんよ」

「お前ってさぁ、見た目はガキなのに言う事は本当に大人みたいだな?」

「そうですか?」


 ノワールが微笑みながら訊き返すとアリア達は一斉に笑い出し、ノワールもそれにつられて笑う。そんな生徒達の様子をマーガレットは黙って見守っている。彼女からノワールとアリア達のやり取りは教師と生徒ではなく、仲の良い兄弟の会話の様に見えていた。

 クレイジーボアを倒し、アリア達は支給された薬草を使って簡単な傷の手当てをする。それからしばらく休憩をするとノワール達は再び森の奥に向かって歩き出そうとした。すると、ノワール達の背後から小さな声が聞こえ、ノワールとマーガレットは足を止めて振り返り、自分達が歩いて来た方角を見た。アリア達は突然振り返った二人を見て不思議そうな顔を見せるとノワールとマーガレットが見ている方角を向く。すると彼等の視界に自分達よりも後から森に入った班の生徒達と彼等に同行していた若い女教師が走ってくる姿が入った。そして彼女の背中にはユーリの姿があったのだ。


「……あっ! マーガレット先輩っ!」


 女教師はマーガレットの姿を確認すると叫ぶ様に呼びかける。そして女教師と生徒達はノワール達の前に来ると呼吸を乱しながら立ち止まった。どうやら此処までずっと走って来たらしく、とても疲れた様子を見せている。だがそれ以前にノワール達が気になっていたのは女教師が背負っているユーリだった。


「貴方達、一体どうしたのぉ? それにユーリちゃん、何があったのぉ~?」


 マーガレットは真面目な顔で女教師に尋ねながらユーリの様子を伺う。顔色はあまりよくなく、大量の汗を掻きながら女教師の背中でぐったりとしていた。


「じ、実は私達、先輩達よりも後に森に入ったんですけど、森に入ってすぐにとんでもないモンスターと遭遇してしまって……それで、ユーリがそのモンスターの攻撃を受けてしまい、体に毒が回ってしまったんです」

「とんでもないモンスター? どんなモンスターだったのぉ~?」

「そ、それは……」


 女教師はユーリを背負ったままマーガレットに説明しようとした時、女教師達が走って来た方角から何かが近づいて来る気配がした。気配を感じ取ったノワール達はフッと反応し、女教師や彼女が連れていた生徒達は驚きの表情を浮かべながら自分達が走って来た方角を向く。


「ア、アイツ、まだ追いかけて来てたのっ!?」


 驚きながら女教師は大きな声を出す。どうやら彼女達は何かに追われており、逃げる為に走っていたようだ。

 ノワール達が気配のする方を見ていると、木の陰から一匹の蝙蝠が姿を現した。見た目は普通の蝙蝠と同じだがその大きさは異常で翼を広げると軽く2mはある。

 蝙蝠の姿を見た生徒達は驚愕の表情を浮かべて思わず後ろに下がる。ノワールとマーガレットは落ち着いた様子で巨大蝙蝠を見つめていた。


「あれはジャイアントバットねぇ……でもどうしてジャイアントバットがこの森にいるのかしらぁ? この森には生息していないはずなのにぃ~」

「何処からか迷い込んで来たんじゃないですかね?」

「その可能性は高いわねぇ~」


 飛んで来るジャイアントバットを見ながら落ち着いて会話をするノワールとマーガレット。アリア達や女教師は二人の冷静な態度を見て呆然としている。


「せ、先輩、急いで逃げましょう! ジャイアントバットはこの森に生息するモンスターよりも強く、生徒達じゃ勝ち目はありません! それに早くユーリを解毒しないと……」

「それも大切だけど、アイツは空を飛ぶのよぉ? いくら全力疾走してもすぐに追いつかれちゃうわぁ。だったら、此処で倒して安全を確保してからの方がいいでしょ~?」

「で、ですが……」


 取り乱す女教師を後ろにマーガレットは前に出て杖を構え、飛んで来るジャイアントバットを睨んだ。ジャイアントバットは近づいて来るマーガレットに気付くと大きく口を開けて鋭い牙を見せながらヨダレを垂らす。そしてマーガレットに襲い掛かろうと彼女に向かって勢いよく飛んで行く。

 向かって来るジャイアントバットをマーガレットは落ち着いたまま見つめる。ノワールは助けた方がいいと感じて自分の杖を構え魔法を放とうとした。するとマーガレットは杖の先を飛んで来るジャイアントバットに向ける。杖の先に炎が作られ、それを確認したマーガレットは目を光らせた。


炎の鞭バーニングウィップ!」


 マーガレットは叫んだ直後に杖を大きく横に振る。その瞬間、杖の先の炎が伸び、炎の鞭となって飛んで来るジャイアントバットの体に命中した。炎の鞭はジャイアントバットの体を横から真っ二つに焼き切る。ジャイアントバットは何が起きたのか分からないまま地面に落下した。

 <炎の鞭バーニングウィップ>は火属性の中級魔法の一つで目の前にいる敵や少し離れた所にいる敵を炎の鞭で攻撃する魔法である。接近戦に弱い魔法使いにとってこの魔法は接近戦に持ち込まれた時には非常に役に立つ。LMFでは高熱の鞭ヒートウィップと呼ばれており、一定の確率で敵に火傷を負わせる事ができる。勿論ノワールも使えるが、レベル94であるノワールはこの魔法を使わなくてはならないような強敵には一度も遭遇していないのでこの世界に来てからは一度も使っていない。

 一撃でジャイアントバットを倒したマーガレットにアリア達は目を丸くして驚く。ノワールもマーガレットが予想していたよりも優れた魔法使いだと知って少し驚いていた。マーガレットはジャイアントバットが死んだのを確認するとノワール達の方を向き微笑む。


「さぁ、これで安全は確保されたわぁ。早くユーリの解毒をしましょ~?」


 笑いながらマーガレットは女教師が背負っているユーリを見つめ、女教師もハッとしながら背負っているユーリを下ろして地面に横にする。そして支給された薬草や解毒草を使い、ユーリの応急処置を始めた。その間、ノワールや生徒達は周囲にモンスターがいないかを警戒しながら応急処置が終わるのを待つ。

 応急処置が終わると女教師は自分が同行していた生徒達と共にユーリを森の外へ連れていく為にノワール達と分かれた。それからノワール達は実戦訓練に戻り、森に棲みついているモンスター達と戦っていく。最初の戦いで自信が付いたアリア達はその後、ノワールやマーガレットの力を借りる事無くモンスター達を倒していき、実戦に慣れる事ができた。アリア達の成長をマーガレットは心の中で喜び、ノワールも小さく微笑みながらアリア達を見守る。

 やがて訓練終了時間である正午となり、生徒達は森を出て再び馬車に乗り込みアルメニスへと戻って行く。今回の訓練で生徒達は魔法使いとしてまた一歩前進した。


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