第五話 協力者
グランドドラゴンの襲撃で多くの兵士が犠牲になってしまった。ダークたちはまだ生存者がいないか、倒れている兵士たちを一人ずつ調べていく。だが、兵士の殆どはグランドドラゴンの炎で全身を焼かれており、生きている可能性は皆無に等しかった。
ダークたちは肉が焼ける臭いが充満する中、一人ずつ兵士たちを確認していくが、やはりその殆どが息絶えていた。全身が黒焦げになっている遺体の他にも、グランドドラゴンに踏まれて原形が残っていない遺体、爪で体を引き裂かれた遺体、そしてグランドドラゴンに喰われて上半身が無くなっている遺体もある。その光景はまさに地獄絵図だった。
「……クッ! なんでこんなことに……」
アリシアは全身黒焦げになっている部下の遺体の前で片膝をつき、悔しさのあまり表情を歪ませる。隊を任された隊長として部下を死なせてしまった自分の無力さが悔しく、そして情けなかった。
そんなアリシアの近くで別の遺体を調べているダークは息が無いことを確認するとゆっくりと立ち上がる。
「グランドドラゴンはこの辺りによく出没するんですか?」
「……え?」
「どうなんです?」
「……いいえ、普通は岩山などに棲み付いており、人里の近くには滅多に現れません」
「最近、グランドドラゴンを見かけたという話も無かったんですか?」
「ハイ」
アリシアの話を聞いたダークは彼女の方を向いた。
「それなら仕方がないことです。グランドドラゴンが以前にも確認されていたのであればまだしも、今回初めて遭遇したんです。誰も貴女を責めることはできませんよ」
「し、しかし、私が何もできなかったのは事実です。私は隊長として失格ですよ……」
どんな理由であれ、部下を守れなかった自分に責任はある。そう考えるアリシアは俯いてまた暗い顔をする。
ダークはそんなアリシアを見てイライラしてきたのか、アリシアに近づき低い声を出す。
「……いつまでそうやって後悔しているつもりだ?」
「え?」
「後悔するよりも次に同じことが起こらないように反省することが大切なんじゃないのか?」
「反省……?」
「そうだ。反省し、彼らと同じような犠牲者を出さないように努力する。それが貴女にできる罪滅ぼしなんだと私は思っている」
ダークの言葉を聞き、アリシアはハッとする。今此処で後悔してもなんの意味も無い。なら、もう二度と同じ過ちを起こさないようにするために反省し、強くなることが大切だとアリシアは気付いたのだ。
アリシアはゆっくりと立ち上がり、目の前に立つダークを見上げて頷く。
「……そうですね、貴方の言う通りだ。何もせずに後悔していては部下たちの犠牲を無駄にすることになってしまう」
立ち直ったアリシアを見てダークは頷く。暗黒騎士が聖騎士を説教し、その聖騎士が暗黒騎士に感謝する。何とも不思議な光景と言えた。
「マスター!」
ダークとアリシアが話をしていると、遠くからノワールが飛んできて二人の前で止まった。
「どうだった、ノワール?」
「ハイ、生きている兵士の人はいませんでした。ですが、マスターの言っていた遺体は見つかりました」
「本当か? すぐに案内しろ」
「ハイ、こっちです」
ノワールはダークを連れて飛んできた方へ戻っていく。アリシアは二人がなんの話をしているのか分からず、黙って二人の後をついていった。
案内された二人は仰向けで倒れている一人の兵士の前までやってきた。他の兵士の遺体と比べると傷は少なく、腹部にできている大きな刺し傷のような傷だけだ。だがそれでも致命傷と言えるものだった。
ダークは兵士の遺体の前で片膝を付き、動かない遺体を見つめる。
「……見つけたのは彼だけか?」
「いえ、まだ調べていない場所もありますが、とりあえずマスターに知らせようと思いまして」
「そうか」
ノワールの言葉にダークは納得し、兵士の遺体を見つめる。
ダークとノワールの後ろでは未だに二人が何をしているのか分からないアリシアは複雑そうな顔で二人の背中を見ていた。
ダークは兵士の遺体の状態を頭のからつま先までもう一度確認すると、ポーチに手を入れて何かを取り出す。ダークの手の上には一枚の緑葉があり、その上には微量の雫が乗っていた。ダークはその雫をこぼさないように遺体の上に持っていき、それを見たアリシアは不思議そうにダークの手の中の緑葉を見つめる。
「ダーク殿、なんですか、それは?」
「まぁ、見ててください……上手くいくといいが」
そう言ってダークは手の中の雫を遺体に垂らした。すると、兵士の遺体が薄っすらと光り出す。突然光り出す遺体にアリシアは驚き目を見開く。
しばらくすると、遺体の光が治まり、アリシアはまばたきをしながら遺体を見つめる。すると、さっきまで息をしていなかった兵士が突然咳き込み息を吹き返した。アリシアは信じられない出来事に目を疑う。
「ど、どうなっている!? さっきは確かに死んでいたのに……」
後ろで驚くアリシアを気にせずにダークは再びポーチに手を入れてまた何かを取り出す。今度は薄紫の液体が入った手の平サイズのガラス瓶だった。
ダークは兵士の体を起こしてガラス瓶の中の液体を兵士に飲ませる。上手く飲めず、しかも他人に飲ませてもらっているせいか、兵士の口から液体がこぼれて服を濡らす。だが、今の兵士はそんなことを気にしていられる状態ではなかった。
ガラス瓶の中の液体が無くなり、ダークはもう一度兵士を寝かせた。すると兵士の腹部の傷が光りだし、徐々に傷が塞がっていく。そして傷が完治すると光が治まり、何もなかったかのように腹部は綺麗になった。
息を吹き返しただけでなく、致命的な傷をも綺麗に治してしまった光景にアリシアは言葉を失う。そんな時、兵士が目を開き、ゆっくりと起き上がって自分の体を確認した。
「……あれ? どうなってるんだ? 俺、確かグランドドラゴンの攻撃で死んだんじゃ……」
「死んでなどいない。傷を負って気を失っていただけだ」
ダークは兵士の身に何が起きたのかを隠すために嘘をつく。その隣を飛んでいるノワールもうんうんと数回頷いた。
「だ、だけど、俺は意識を無くす前に確かにグランドドラゴンの攻撃を受けたのは覚えている。その時に腹に傷を……あれ?」
兵士が自分の腹部を確認し、傷が無いことに驚く。傷があった箇所は綺麗になっており、ただ服が破れているだけだった。まるで最初から何も無かったかのようになっている自分の体に兵士は呆然とする。
ダークは兵士が座り込んだまま驚く姿を見るとゆっくりと立ち上がり、遠くで倒れている兵士達を見た。
「立ち上がれるのなら、他に生存者がいないか探してくれないか? 私とアリシア殿はこの辺りを探してみる」
「え? ……あ、ああぁ、分かった」
呆然としていた兵士はダークの言葉を聞くと立ち上がり、遠くで倒れている仲間の下へ走った。
残ったダークは走って行く兵士を見た後に驚いて固まっているアリシアの方を向く。すると、アリシアはダークと目が合うとハッと我に返り、ダークの腕を掴んだ。
「な、ななな、なんですか今のか!? 死んだはずの兵士がなぜ息を吹き返したんですっ!? それにあの薄紫の液体は――」
「落ち着いてください。それに大声を出すと兵士に聞こえますよ?」
先程見た光景に興奮するアリシアをダークは落ち着かせる。
ダークの言葉で自分が興奮していることに気付いたアリシアは慌てて掴んでいるダークの腕を放し、静かに深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「す、すみません……つい興奮してしまって」
「いや、あれを見て驚かない人間はいないでしょう」
「……さっきのはいったいなんなのです?」
アリシアが兵士に垂らした雫のことを尋ねると、ダークは遠くで生きている仲間を探す兵士を見ながら説明を始める。
「あれは生命の雫という死者を蘇らせることのできるアイテムです」
「し、死者を蘇らせる?」
「ええ。ただ蘇らせられるのは状態のいい死体だけです。炎に焼かれたり、体の一部が無くなっている兵士たちに使っても効果はありませんでした。だからノワールに頼んで生存者を探しながら状態のいい死体を探すよう言っておいたのです」
「さっきノワール殿が言っていたのはそのことだったのですね」
「ええ」
「じゃあ、兵士に飲ませたあの液体は?」
「ああぁ、あれはポーションですよ」
「ポーション? あの薄紫色の液体がポーションなのですか? あんな色の、しかもあれだけの傷を治す強力なポーションは見たことがありませんが……」
「ほぉ? この世界にもポーションはあるのですね?」
「え、ええ……」
異世界にポーションがあることを知ったダークはこれからポーションを人前で使っても驚かれたりすることは無いと知って少し安心する。またポーションを使った時に周りの人が騒ぎ出したら色々面倒だからだ。
だが、ダークが使ったポーションはアリシアたちの知っているポーションとは少し違うようなので、イザという時以外はあまり使わないようにすることにした。
アイテムの説明が終わると、アリシアは改めてダークが何者なのか気になり、彼の姿を足元から見上げていく。
「……死者をも生き返らせる力を持っているとは……ダーク殿、貴方はまさか神の使いですか?」
「神? そんなものじゃありません。私はれっきとした人間です」
「あれを見て、私がその言葉を信じるとでも?」
「思ってません。だから私の正体を話そうと言ったんですよ。でも、それは全ての兵士たちの確認が終わった後です」
「……分かりました」
ダークが何者なのか、その話を一旦やめると二人は他の生存者を探すのを再開する。それからダーク達は全ての兵士たちを調べたが、生きている兵士は殆どおらず、結局ダークが蘇生させた兵士を含め、僅か三人しか生存者はいなかった。
生き残った三人の兵士は仲間の遺体を一ヵ所に集めると横一列に並べ、その上から布をかぶせる。そして全ての作業が終わると仲間の遺体の前で泣き崩れた。その光景を少し離れた所からダークとアリシア、ノワールは見守っている。
「……遺体は全て集めましたが、これからどうするのです?」
ダークはこの後はどうするのかをアリシアに尋ねる。するとアリシアは泣いている兵士たちを見つめながら口を開いた。
「彼らに首都へ行ってもらい、騎士団の本部に何が起きたのかを説明させ、遺体を運ぶための部隊を連れてきてもらいます。私たちは彼らが戻るまで此処で遺体を見張りながら待ちましょう」
「……分かりました。でもいいのですか? 隊長である貴女が行かなくて?」
「本来なら、兵士を残して隊長である私が首都に向かうべきなのですが、彼らを仲間の遺体のそばにいさせたくないのです。それに、何か命令を与えた方が彼らの気も紛れるでしょうし……」
「なるほど」
アリシアの兵士たちに対する優しさにダークは納得する。自分と違って兵士との絆が深く、彼らに変わり果てた仲間の遺体を見張らせたくないというアリシアの思いやりにダークは感心した。
アリシアは兵士たちに首都へ向かって遺体を運ぶための隊を連れてくるよう伝える。命令を聞いた三人の兵士は悲しみを押し殺して頷き、生き残っていた馬に乗って首都へと向かった。
兵士を見送ったアリシアは遺体の近くにある岩に腰を下ろしているダークの下へ向かい、隣に立って布を被せてある部下たちの遺体を見つめる。
「……たった一匹のドラゴンとの戦闘でこれほどの犠牲者が出てしまうとは……」
「恐ろしいモンスターだな、ドラゴンというのは」
「私はそのドラゴンを撃退してしまう貴方のほうが恐ろしいと思いますが?」
「フフフフ、そうですか」
岩に座ったまま笑うダーク。そんな彼をアリシアはジッと見つめている。
実は、兵士たちを首都へ向かわせた理由は兵士たちの気を紛らわせるだけではなく、ダークと二人だけで話をする機会を作るためでもあったのだ。
兵士たちがいなくなり、この場にいるのがダークの強さと彼の使ったアイテムの秘密を知るアリシア、ダーク、そしてノワールの三人だけになり、早速アリシアは本題に入った。
「それでは、話していただけますか? 貴方が何者で、何処から来たのか」
「……いいだろう。そういう約束だからな。……ただ、これだけは約束してほしい」
「なんです?」
「これから話すことは決して誰にも話さないと。此処にいる三人だけの秘密だ。約束できるか?」
「……約束しよう。聖騎士の名にかけて」
「分かった」
アリシアが誰にもダークの秘密を話さないと約束し、ダークも全てを話すことを決めた。
ダークは最初に被っている兜をは外して自分の素顔をアリシアに見せた。アリシアは漆黒の兜の下から出てきたダークの素顔を見て意外そうな顔をする。ダークが自分が思っていたよりも若かったので驚いたのだろう。しかもなかなかの美青年なので別の意味でも驚いていた。
「どうかしたか?」
「いや、声の低さや身長からして、てっきり年配の方かと思ったのだが、私と殆ど変わらない若さなものだから、少しビックリしたのだ」
「ハハハ、今までは暗黒騎士らしい雰囲気を出すためにわざと低い声を出していたんだ」
「確かに、さっきと比べると若干声が高いな……」
「これが俺の本来の声で、俺の素顔だ」
さっきまでと声と口調が変わったダークを見てアリシアはまばたきをしながらダークの顔を見つめる。
今まで暗黒騎士ダークは年配で何度も激戦を潜り抜けてきた強者とばかり思っていたのに、実際は自分と同じくらいの歳で少し砕けた性格であることを知り、アリシアは少し肩の荷が下りたような感じになった。歳か近ければわざわざ固くなる必要もないと思ったのだろう。
ダークの本来の姿を知ったアリシアは一度小さく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてもう一度ダークの顔を見た。
「貴方の素顔は分かった。次に貴方が何者で何処から来たのか話してくれないか?」
「分かってる。……実は俺とノワールは……」
順を追ってダークはアリシアに自分が何者なのか、何処から来たのか説明を始める。ただ、LMFというVRMMOの世界とは別の現実の世界の人間で大学生をしていたことは話さず、LMFという世界にいたことだけを話した。別の世界から来てその世界とは別の世界で自分は大学に通っている、などと話せばアリシアが理解できずに混乱してしまうからだ。
ダークはアリシアに話しても問題ないことを全て話した。LMFという世界のこと、自分がその世界の暗黒騎士でいつの間にかこの世界に来たこと、能力や技術のこと、持っているアイテムのことなど、LMFで自分がどんな存在だったのかをアリシアに伝える。
話を聞いていたアリシアは驚きのあまり、目を丸くしながら黙っている。普通ならこんな話をしても信じてもらえないだろうが、ダークの力や使ったアイテムを見れば信じるしかなかった。
説明を始めてから一時間が経過し、ようやく全てを話し終えたダークはアリシアの顔を見つめる。アリシアは話が終わると近くにある岩に座り込んで疲れたような表情で俯く。
「……はあぁ」
「大丈夫か?」
「ああ、とんでもない話を長い時間聞いていたせいか、少し疲れてしまったようだ」
まるで会社の面接を終えて緊張が解けた新入社員のようになっているアリシアを見てダークはおかしいのか、彼女に気付かれないような小さな声で笑う。ノワールはただダークの肩に乗ってアリシアを見つめていた。
ようやく落ち着いたのか、アリシアは顔を上げて真剣な顔でダークを見つめる。
「貴方が何者であるかは分かった。それで、貴方はこれからどうするつもりなのだ?」
「とりあえずはこのまま首都に行って、予定通り冒険者になる。あとはこっちの世界で暮らす家か何かを探すさ」
「暮らすって……元の世界に戻ろうとは思わないのか?」
「思わないな。向こうの世界での暮らしは正直退屈だった。退屈な世界で暮らすよりも、全く別の世界で暮らした方がずっと楽しいと俺は思っている。友達や同じギルドの仲間に会えないのは寂しいが、こっちの世界で新しい人生を始めるのも悪くないと思っているんだ」
元の世界に帰る気はないというダークにアリシアは複雑そうな表情を浮かべる。こういう時、どんなことを言えばいいのか全く分からないからだ。だが、ダークがこっちの世界で新しい人生を歩むと言うのなら、それが彼の人生なので自分がとやかく言う資格は無いと考え、これ以上その話に首を突っ込むのをやめた。
「……貴方がいた世界、その、エル・エム・エフ、だったか? その世界の戦士は皆ダーク殿のような強い者たちばかりなのか?」
「いや、強い奴ばかりってことはないな。レベルや職業によって強さは変わってくるし、後は戦いのセンスがあるかで左右される」
「職業とレベルか……因みにダーク殿のレベルは幾つなのだ?」
「それはLMFの世界で、ということか?」
「ああ。この世界にもレベルが存在していて、そのレベルによって騎士や冒険者、モンスターの強さが分かるのだ」
「……レベルが分かるという点ではLMFと同じだな」
「私もそのことを聞いた時は驚いたよ。それで……」
「俺のレベルか?」
ダークのレベルが気になるアリシアはダークを見ながらコクコクと頷く。グランドドラゴンはこの世界ではかなり高レベルのモンスターであるため、そのグランドドラゴンを撃退したダークのレベルが幾つなのかアリシアは気になって仕方がなかったのだ。
興味津々の目で自分を見つめるアリシアにダークは自分のレベルを話すべきなのか悩んだ。だが、全てを正直に話すと言った手前、嘘をつくのも気が引ける。
「……レベル100だ」
「なっ!?」
ダークはアリシアから目を逸らしながら自分のレベルを正直に話す。アリシアはダークのレベル数を聞いて思わず立ち上がって目を見開きながら驚いた。
「ひゃ、ひゃひゃ、100ぅ!?」
「あくまでもLMFでのレベルだ。こっちの世界でもレベル100とは限らない」
「そ、そうだとしても、貴方のいた世界ではレベル100の戦士が他にもいるのだろう? ……信じられない。そんな戦士たちが存在する世界があるなんて」
「こっちの世界ではレベル100の騎士や冒険者はいないのか?」
「いるわけがない! この世界では英雄と呼ばれる戦士ですらレベル50から60がせいぜいなんだ。70以上のレベルを持つ者など、モンスターや魔族、あとはエルフのような亜人ぐらいしかいない! いや、上級の魔族や長寿のエルフでもレベル80まで行くかどうか……」
興奮しながらこの世界の生き物のレベルについて考えるアリシア。ダークとノワールは黙ってそんな考え込むアリシアの姿を見ていた。
アリシアの話を聞き、ダークがこの世界では異例のレベルと強さを持つ存在であることは分かった。しかし、ダークの言う通り、レベル100というのはLMFでの数字であり、こっちの世界でもレベル100とは限らない。だがそれでもレベル63のグランドドラゴンを倒せるだけの力を持っているということだけは理解できた。
ダークはこっちの世界で普通に生活するためには余計な面倒事を起こしたくないと考え、ゆっくりと立ち上がりアリシアに近づいた。
「アリシア殿、もう一度言うが、俺の正体やレベルのことは絶対に誰にも言わないでくれ? もしレベルのことが他の人間に知られると面倒なことになるからな」
「ん?……ああぁ。分かっている、誰にも話さない。それにもし誰かに話せば私も面倒事に巻き込まれかねないからな」
「フッ、そうか」
アリシアが誰にも話さないことを誓うのを見てダークは安心して小さく笑う。
「あと、こっちの世界の文字や金のことについても教えてほしい。国のことや政治については調べれば分かるが、文字や金についてはこの世界の人間に聞いた方が分かりやすくて安全だからな」
「分かった、任せてくれ」
「ありがとう、感謝するよ。この礼はちゃんとする」
「いや、私は別に礼をしてもらいたくてやっているのではない。騎士として当然のことだ。それに、貴方はグランドドラゴンから私を助けてくれた恩人でもあるからな……」
「フフフフ、欲が無いな」
ダークの頼みを嫌がる顔一つ見せずに引き受けてくれるうえに、謝礼などは一切いらないと言うアリシアを見て協力者としてこれほど頼りになる者はいないとダークは心の底から安心した。
アリシアがダークに協力してくれることが決まり、話が一段落するとダークは兜を被り、突然こんなことを言いだした。
「さて、これで君は晴れて俺の秘密を知る仲間ということになった。と、いうわけで、これからは君のことをアリシアと呼び捨てにさせてもらうぞ?」
「え?」
「その代わり、君も俺のことをダークと呼び捨てにしてくれてもいい」
「は、はあ……」
いきなりお互いを呼び捨てにしようという話になって戸惑いを見せるアリシア。ダークにとってはこの世界でノワール以外に初めて心を許せる仲間ができて嬉しいのだろう。そんな二人の会話をノワールは肩に乗ったまま笑って見守っている。
ダークとアリシアの話が終わり、兵士たちの遺体を見張っていると、アルメニスがある方角から馬に乗った騎士団とも思われる集団が近づいてくるのが見えた。アリシアがその集団に気付き、先頭を走る馬に乗っている女を見つめた。
その女は黒い長髪で二十代半ばくらいの美女が乗っており、アリシアと同じ白い鎧を身に付け、更に白いマントを羽織っている。腰には騎士剣が納められており、明らかに普通の兵士ではなかった。
美女は馬に乗った大勢の兵士と数台の荷車を率いてダークとアリシアの下に走ってくる。やがて二人の前まで来た美女は馬を止め、ついて来た兵士たちも馬を止めた。その中にはアリシアが首都に向かわせてあの三人の兵士の姿もある。どうやらこの集団は兵士たちが呼んできた迎えの部隊のようだ。
アリシアは兵士たちの姿を確認すると迎えの部隊だと気付てホッとする。すると先頭にいた黒髪の美女が馬から降りてアリシアの前にやってきた。
「アリシア、待たせたな」
「リーザ隊長!」
アリシアは黒髪の美女を見て安心した表情を浮かべる。だがすぐに申し訳なさそうな顔になり小さく俯いた。
リーザと呼ばれた黒髪の美女はアリシアの後ろで並べられて布を掛けられている兵士たちの遺体を見て表情が曇る。そして目の前で俯いているアリシアの肩にそっと手を置く。
「……辛かっただろう。だが、お前たちだけでも生き残ってくれてよかった」
「……ハイ」
部下を守れなかったアリシアを優しく慰めるリーザ。アリシアは俯いたまま小さく返事をした。
「遺体を荷車に乗せて首都へ向かう。全員、すぐに作業を始めろ。それと、丁重に扱うように!」
リーザは後ろで控えている部下たちの方を向くと遺体を荷車に積むよう指示を出し、兵士たちは一斉に作業に取り掛かった。
部下たちが遺体を丁寧に荷車に乗せていく姿を見たリーザはアリシアの後ろで自分を見ているダークに気づき、真剣な表情を浮かべる。
「……アリシア、彼が暗黒騎士と名乗る黒騎士か?」
「あ、ハイ。ダークと言います」
アリシアがダークを紹介するとダークはアリシアの隣までやってくる。リーザはやってきたダークを見て簡単な挨拶をした。
「セルメティア王国騎士団第三中隊隊長のリーザ・ナルヴィズと申します」
「私は暗黒騎士ダークです。初めまして」
口調を戻したダークとリーザはお互いに簡単な自己紹介をした。アリシアはそんな二人を黙って見ている。
「この度は私の仲間たちを助けていただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、私も首都に向かうためにアリシアたちと同行させてもらっていました。同行する以上、私とアリシアたちは仲間です。仲間を助けるのは当然ですよ」
ダークの口から出た意外な言葉にリーザは少し驚いたよな反応を見せた。この世界の人間にとっては黒騎士とは誰にも忠誠を誓わず、仲間意識も殆ど無い忌み嫌われる存在なのだが、ダークのアリシアを仲間と認める言葉を聞いて普通の黒騎士とは違うと感じたのだ。
つま先から頭まで、視線だけを動かしてダークをチェックするリーザ。彼女はダークをジッと見つめながらある疑問を抱いていた。
(どこからどう見ても普通の黒騎士だ。救援に駆けつけてきた兵士たちはこの男が一人でグランドドラゴンを撃退したと言っていたが、とてもそうは思えないな……)
リーザはアリシアが送った兵士たちの報告を思い出し、心の中でダークに対する感想を述べる。最初のアリシアと同様、やはりグランドドラゴンをたった一人で倒したということが信じられず、目を細くしてダークを見つめた。
しばらくダークを見つめていたリーザだが、まずは遺体を首都まで運ぶことが重要だと考え、部下の兵士たちの作業の様子を確認すると、もう一度ダークの方を見た。
「ダーク殿、貴方には色々と訊きたいことがあります。私たちと一緒に首都へ来てもらいますが、よろしいか?」
「ええ。さっきもお話ししたように元々首都へ行くつもりだったので私は一向に構いません」
ダークは首都へ向かうと言う本来の目的を達成できるので文句ひとつ言わずに了承した。
「では、作業が終わり次第、すぐに出発します。ダーク殿には……馬が足りないので、申し訳ありませんが、遺体を積んでいる荷車に乗っていただくことになります」
「構いません」
「そうですか、助かります。では、こちらへ……」
リーザが文句を言わないダークを連れて荷車の所へ歩いていく。アリシアもそんな二人の後ろを歩いて自分が乗っていた馬の所へ向かう。
遺体の積み込みが終わると、リーザの部隊は周囲にモンスターがいないかチェックする。そしてモンスターがいないのを確認すると、リーザの馬を先頭に、部隊は首都に向かって走り出す。
ダークは遺体と共に荷車に乗り、ガタガタと体を揺らしながら首都はどんな町なのかと考えながら首都へ続く道を進んでいく。