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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第六章~天性の魔術師~
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第五十八話  強者の教え


 ノワールが生徒達に魔法を教えている頃、ダークは騎士養成学院の校庭で見習い騎士である生徒達の実技訓練を見学していた。木剣を手に取り、並んで素振りをする生徒もいれば、生徒同士で訓練試合をする生徒達もいる。ダークはアリシアと共にそれを黙って見ている。

 最初は生徒達が日頃からどんな訓練をしているのかを知る為に訓練を見ているだけだったが、一通りの訓練が終わると教師はダークに生徒達に稽古をつけるように頼む。いよいよダークが直接教える時が来た。

 生徒達の前にやって来たダークは整列して自分に注目する生徒達を見る。生徒達の中にはダークに教えてもらう事で嬉しそうな顔をする生徒もいれば黒騎士であるダークに教えてもらう事を不服に思うような顔をした生徒もいた。


(やっぱ俺に教えてもらう事を不服に思う生徒もいるか。だが、だからと言ってここでやめる訳にはいかないからな。ちゃんと最後までしっかりやるとしましょう!)


 ダークは生徒達を見ると心の中で気合を入れる。アリシアはそんなダークの姿を少し離れた所で見守っていた。

 

「では、早速お前達に剣を教えるのだが、私がお前達に教えられるのは簡単な戦い方と戦いで重要な事だ。難しい事や戦技などは期待しないでくれ」


 教えられるのか簡単な事だけだと聞かされ、生徒達の一部はつまらなそうな顔を見せる。その殆どが期待していた訓練とは違う事や黒騎士では難しい事は教えられないんだと考えている生徒だった。


「なぁ~んだ、七つ星の騎士だって言うから難しい事を教えてもらえると思ったのに……」

「ああ、せめて戦技くらいは教えてくれてもいいのになぁ?」

「おい、失礼だぞ?」


 小声で不満を口にする生徒達を別の生徒が注意する。そんな会話を聞いたアリシアは生徒達を黙って見つめていた。その表情にはどこか苛立ちの様なものが感じられる。ダークの実力も知らないのに不満を口にする生徒達が気に入らないようだ。

 アリシアが苛立ちを見せている時、ダークは生徒達がコソコソ話しているのを黙って見ている。しかし、苛立っている様子は見せておらず、落ち着いた様子だった。


「……では、最初に君達がどれだけの実力を持っているのか簡単に見させてもらう為に私の相手をしてもらう。二人ほど私の相手をしてもらいたいのだが……」


 訓練の相手になってくれる者はいないかとダークは生徒達を見回す。だが、いきなりダークと訓練をすると言われても生徒達は状況が上手く理解できず、ざわつくだけで誰も志願しなかった。

 生徒達の中に誰もダークと訓練をしようとする者がおらず、それを見たダークは仕方なく自分で訓練する生徒を指名しようとした。すると、生徒達の中から一人の男子生徒が手を上げる。


「あの、僕にやらせてください」


 志願した男子生徒を周りの生徒達は一斉に見つめる。十代半ばくらいの茶色い短髪の少年で訓練用の鎧を着ていた。そして手には訓練用の木剣が握られている。

 ダークは志願した男子生徒を見ると指を動かして前に出るよう伝える。男子生徒は生徒達の間を通り、ダークの前に出ると自分より身長が高いダークを見上げた。


「君、名前は?」

「ハイ、ゼル・ゴッシューザと言います」

「ゼルか、よろしく頼む……さて、あと一人だが……」

「あ、あのぉ! わ、私がやってもいいでしょうか?」


 もう一人の相手を探していると再び生徒達の中から一人の女子生徒が手を上げる。黄緑色のツインテールでゼルと同じくらいの年齢をした少女だった。その女子生徒以外は誰も手を上げないので、ダークはその少女を呼び、ゼルの隣に来させる。ゼルと同じように自分を見上げる女子生徒をダークが見つめると女子生徒は少し緊張しているのか僅かに汗を掻きながらダークの顔を見た。


「あ、あのぉ……わ、私、スーザン、スーザン・ルーガスと言います! よ、よろしくお願いします!」


 緊張したままダークに頭を下げて挨拶をするスーザンと名乗る少女。その姿を見てゼルや他の生徒達はクスクスと笑った。


「フフフフ、すみません。スーザンはいつもこんな感じなんです」

「ご、ごめんなさい……」


 赤くなりながら頭を下げるスーザンを見てゼルは再び笑う。するとダークもスーザンを見ながら小さく笑い出す。


「フフフ、謝る事は無い。もっと肩の力を抜いて落ち着いてやればいい」

「ハ、ハイ……」


 頭を上げて頬を赤くしながら小さく返事をするスーザン。そんな彼女を見てアリシアは懐かしそうな顔を見せる。


(……そう言えば、私も学院に入ったばかりの頃はあんな風だったなぁ)


 騎士養成学院に通ってきた時の事を思い出して小さく笑うアリシア。生徒達の授業を見てアリシアは一つずつ昔を思い出していった。

 アリシアが昔を思い出していると訓練をする二人が決まり、ダークはゼルとスーザンを連れて生徒達から少し離れた。ある程度離れたらダークは立ち止まり、ゼルとスーザンの方を向いて間合いを開ける。


「では早速始める。君達は全力で私に攻撃をして来い。バラバラに攻撃してもいいし、協力し合っても構わない。ただし訓練である以上、私も手加減はしない。手加減にしたら何の意味も無いからな……いいな?」

「ハ、ハイ!」


 力強く返事をしたゼルは木剣を両手でしっかりと構える。スーザンも少し遅れて木剣を構え、二人が構えるのを見たダークも木剣を構えた。いよいよダークの訓練が始めるのだと生徒達は興味津々に見学する。中には興味が無いのか訓練を見ずに別の方角を見ている不真面目な生徒もいた。生徒達がいろんな反応を見せている中、遂に訓練が始まる。

 最初に動いたのはゼルだった。ゼルは木剣を両手でしっかりと握りながらダークに向かって走って行き、正面から袈裟切りを放つ。ダークはゼルの攻撃を木剣で簡単に止める。最初の攻撃が防がれたのを見たゼルは驚く事無く次の攻撃に移った。ダークの側面に回り込んで連続切りで攻撃を仕掛ける。しかしダークは余裕でゼルの攻撃を全て防いだ。


(筋は悪くない。だが……)


 ゼルの攻撃を観察しながらダークは攻撃を防ぎ続ける。すると自分の攻撃が防がれ続けている事にゼルは焦り出したのか、微量に汗を流し、更に力を入れて攻撃するがダークは簡単に防いだ。

 ダークがゼルの攻撃を防いでいる光景をスーザンは少し離れた所で驚きながら見ていた。どう攻撃したらいいのか分からずにただ木剣を力一杯握っている。やがてゼルの攻撃を防いでいたダークがスーザンに背中を向けた。それを見たスーザンはチャンスと考え、ダークに向かって走り出す。そしてダークの背中に向かって袈裟切りを放った。

 だが次の瞬間、ダークは高く跳び上がり、背後からのスーザンの攻撃をかわす。ジャンプしたダークはゼルとスーザンの見下ろしながら二人の立ち位置を確認し、スーザンの真後ろに着地する。

 背後を取ったつもりが逆に背後を取られてしまった事にスーザンは驚き慌てて振り返る。すると目の前には目を赤く光らせるダークの姿があり、それを見たスーザンは恐怖のあまり思わず目を閉じた。そこへダークが木剣でスーザンに攻撃する。木剣は鎧の上からスーザンの体に衝撃を与え、そのまま後方へ吹き飛ばす。


「うわあああぁっ!」


 鎧越しで伝わる衝撃にスーザンは思わず声を上げる。スーザンが飛んで行った先にはゼルが立っており、ゼルは飛んで来るスーザンを見て驚き、避けるべきか受け止めるべきが分からずに混乱した。そうしている間にスーザンはゼルとぶつかり、ゼルはスーザンに巻き込まれるように大きく飛ばされてしまう。二人は数m飛ばされてようやく地面に叩き付けられて仰向けに倒れた。

 たった一撃でゼルとスーザンを吹き飛ばしたダークの力に教師や生徒達は目を丸くする。真面目に聞いていた生徒は勿論、不真面目だった生徒達もその光景を見て驚きのあまり言葉を失う。


(派手にやったなダーク……いくら手加減しないと言ってももう少し力を抜いてもよかったのではないか?)


 アリシアは吹き飛ばされたゼルとスーザンを見て驚きの表情を見せながら心の中で呟く。アリシアはダークの力が強い事を知っていたのでダークの力の強さには驚いていなかったが、生徒を吹き飛ばすとは思わなかったらしく、そっちの方で驚いたようだ。

 吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたゼルとスーザンは体の鈍い痛みに表情を歪めながら体を起こそうとする。するとそこに木剣を持ったダークが近づいて来て木剣の切っ先をゼルとスーザンに向けた。木剣を突きつけられてゼルとスーザンは固まる。そんな二人を見てダークは目を赤く光らせた。


「……戦場だったら、君達は死んでいたな」


 ダークの冷たい言葉だゼルとスーザンに突き刺さる。さっきまでスーザンの姿を見て笑っていたダークとは明らかに雰囲気が変わっていた。ゼルとスーザン、そして生徒達はさっきまでと態度が全然違うダークに思わず息を飲む。


「……ゼル、君の攻撃は最初はよかった。正面からの攻撃が防がれると側面に回り込んで次の攻撃を始めた。だが途中から正面の攻撃だけになった。あれではすぐに相手に攻撃パターンが読まれてしまう。もっと複雑な攻撃をするようにしろ」

「ハ、ハイ……」

「そしてスーザン、君は戦士として最もやってはならない事をしてしまった。何だか分かるか?」

「い、いいえ……分かりません」

「……目を閉じた事だ。敵を前に目を閉じるのは殺してくださいと言っている様なものだ」

「す、すみません……」


 ダークの低い声を聞き、スーザンは俯きながら謝った。ダークはしばらくスーザンを見た後にゆっくりと木剣を引く。


「戦場では焦りや恐怖で戦況を左右される事が多い。焦って敵に突っ込んだり、早く敵を倒さなければという気持ちから敵に隙を突かれてやられた者も少なくない。だからどんな時でも冷静さを失うな。落ち着いて状況を見極めろ。そうすれば戦場で生き残る可能性が高くなる。そして恐怖を克服する事も重要だ。強い敵を前にしたり、敵と遭遇した時に人間は恐怖を感じる。もしその恐怖に屈してしまえば、その瞬間にソイツは戦意を失ってしまう。どんな時でも絶対に恐怖に飲まれるな」


 ゼルとスーザンはダークの話を黙って聞いている。その話を聞き、二人は焦りと恐怖が原因で惨敗したのだと気付いた。ゼルとスーザンは立ち上がり、真面目な顔でダークを見上げる。

 例え黒騎士でも、例え冒険者でもダークは自分達よりも先に戦場で命を賭けて戦っている存在。そんな彼が戦場で生き残る重要な事を自分達に教えてくれている。それを理解した生徒達は例え相手が黒騎士だろうが素直に教える受けるのは当然の事ではないかと感じ始めていた。

 訓練を終えるとゼルとスーザンはダークから簡単なアドバイスを受けて生徒達に元に戻って行く。そしてダークは次に自分と訓練をする生徒を二人選び、ゼルとスーザンと同じように二対一で実戦の訓練を始める。その後、生徒達はダークの教えを嫌な顔一つせずに真面目に受けるようになった。


――――――


 その頃、魔法学院では生徒達はノワールから魔法の教えを受けていた。生徒達はノワールの中級魔法を目にして自分も中級魔法を使えるようになりたいと考え、いつも以上に魔法の練習に専念する。だがいきなり中級魔法が使えるようになるわけではないので、ノワールは中級魔法を使うのに必要な魔力と魔法の種類をゆっくりと丁寧に教えていった。

 ノワールは生徒達を一列に並ばせてどの生徒がどんな中級魔法を使いたいのかを聞き、一人ずつコツを教えていく。最初は上手くできなかった生徒達も少しずつ理解していき、僅かな時間で中級魔法発動の初期段階まで来た。


「う~ん……火炎弾フレイムバレット!」


 アリアが杖を的に向けて叫んだ。するとアリアの杖の先に僅かに炎が現れる。しかしその炎もすぐに消えてしまい、それを見たアリアは肩を落としてガッカリした。


「あ~あ、また炎が出ただけで消えちゃったぁ……何で火球にならないんだろう?」

「多分まだ上手く魔法をイメージできていないからじゃないでしょうか? 火球をイメージしてから次に火球を放つところをイメージした方がやりやすいと思いますよ?」

「そうなの? それじゃあもう一度……」


 ノワールが丁寧に教えるとアリアはもう一度チャレンジする。それを見てノワールは小さく笑い、他の生徒の様子も窺う。他の生徒達も水属性や風属性など自分の得意な属性の中級魔法の練習をしていた。そして練習が上手く行かなければすぐにノワールを呼んでアドバイスを受けている。


「ノワール君! 私の魔法、ちょっと見てくれる!?」

「ノワール、俺の魔法も見てくれよ!」

「それが終わったらあたしのを見てぇ~!」


 あっちこっちから声をかけられてノワールは大忙しだった。魔法の練習をする生徒の近くを走っているノワールの姿をマーガレットは椅子に座りながら見守っている。


「一度魔法を見せただけでここまで慕われるようになるなんてぇ、あの子、本当に何者なのかしらぁ~?」


 幼くして中級魔法が使え、ザムザスからも信頼され、そして生徒達の心まで掴むノワールをマーガレットはただの子供ではないと確信する。一体ノワールは何者で何処から来たのか、その事が気になってしょうがないのだ。そして、ノワールの正体を気にしているのはマーガレットだけではなかった。

 生徒達に魔法を使うコツを教えているノワールを遠くから見ているユーリ。彼女もノワールがフレイムバレットを放つのを見てから彼の正体が気になっていた。


「……あの子、一体どうやって中級魔法が使えるまでの魔力を手に入れたの? いくら七つ星冒険者の連れだからってあんな子供が中級魔法を使いこなすなんてあり得ないわ」


 ユーリはノワールを見ながら彼の力の秘密を考える。同時に、自分よりも幼くして中級魔法が使え、他の生徒達から注目されているノワールに嫉妬心を抱いた。子供の頃から必死に勉強をして魔法学院に入学したユーリは同じ学年で自分よりも優れた生徒は学院にはいないと考えていた。しかし、自分よりも幼く、しかも魔法学院の生徒ではないノワールが自分よりも優れた才能と魔力を持つのを知り、いつの間にか心の中でノワールを妬んでいたのだ。


「……あんな子供が私よりも優秀な魔法使い? ……冗談じゃないわ! 私は小さい時から必死に勉強をして今の知識と魔力を手に入れたのよ? それなのに自分よりも年下の子供よりも劣るなんて、絶対に認めない!」


 ノワールに対する嫉妬心を口にしながらユーリは杖を構えて遠くの的を狙う。そして杖の魔力を送って魔法を発動させようとした。


「……火炎弾フレイムバレット!」


 ユーリが叫ぶと杖の先に火球が現れる。それを見たユーリは成功としたのだと笑みを浮かべた。ところが、成功したと思った瞬間、火球は爆発してその衝撃でユーリを吹き飛ばす。


「キャアアアァ!」


 爆発の衝撃に驚くユーリは声を上げながら背中から地面に叩き付けられる。ノワールや他の生徒達も爆発音とユーリの悲鳴を聞いて一斉にユーリの方を向く。


「どうしたのぉ!?」


 大きな声を出しながらマーガレットはユーリの下に駆け寄る。今まで力の抜けた様な口調をしていたマーガレットも生徒に何か遭ったのを知って力の入った口調になっていた。

 マーガレットがユーリの下に駆け寄り、姿勢を低くしてユーリに怪我はないか確かめ、そこへノワールや他の生徒も驚きの顔をしながらユーリの周りに集まった。ユーリは仰向けに倒れており、杖の先端は爆発で吹き飛び、服には倒れた時に付いたと思われる砂や爆発の時にできた焦げ跡がある。だが、幸いユーリ自身は大きな怪我はしていなかった。


「イタタタタ……」

「一体何があったのぉ?」

「い、いえ……大丈夫です……」


 ユーリは立ち上がって服に付いている砂を払い落とし、眼鏡を直した。マーガレットはユーリを見た後、彼女が使っていた杖を確認する。杖の状態からマーガレットは爆発の原因が何か理解して立ち上がった。


「……貴女、魔力を杖に送り過ぎたのねぇ? だから魔力が暴走して爆発したのよぉ~」


 マーガレットの言葉にユーリは何も言わずに俯く。周りにいる生徒達は意外そうな顔でユーリを見ていた。魔力を使い過ぎて魔法を失敗するなど初歩的な失敗だ。クラス委員長で成績優秀なユーリがこんな失敗をするとは生徒達は誰も思わなかったのだろう。


「こんな失敗をするなんて、貴女らしくないわねぇ? どうかしたのぉ~?」

「……いえ、何でもないです。少し考え事をして魔力をコントロールできなかっただけで……」

「そぉ? それならいいけど……気分が悪いのなら少し休憩してもいいのよぉ~?」

「平気です。まだ続けられますから」


 少し力の入った声を出すユーリは落ちている自分の杖を拾う。先端がボロボロになっており、もう使い物にならない杖を見てユーリは小さく舌打ちをする。こんな初歩的な失敗をした事が自分が情けなく思えた。


「……新しい杖を取ってきます」


 ユーリは杖を取りに行く為に訓練場を出て杖が保管されてある倉庫へ向かった。生徒達はそんなユーリの後ろ姿を黙って見ている。すると、マーガレットは生徒達を見て手をパンパンと叩く。


「ハァ~イ、ユーリは怪我とかは無いから、皆も練習に戻ってぇ~」


 マーガレットの言葉に生徒達は解散し練習を再開する。マーガレットも自分が座っていた椅子に戻り、再び腰かけると生徒達の練習を見守った。

 魔法の練習に戻った生徒達はユーリが失敗した事が未だに信じられないのか魔法の練習をしながら小声でユーリの事を話している。そんな生徒の中にはアリアとリゼルクもいた。


「ユーリちゃんが魔法を失敗するなんて、珍しいよね?」

「そうだな……まぁ、普段偉そうな態度を取って俺達を馬鹿にしているから罰が当たったんだろう?」

「そんな言い方ひどいよぉ!」

「でも、俺みたいな考え方をしている奴も他にいると思うぜ?」


 そう言ってリゼルクは遠くで魔法の練習をしている生徒達を見た。生徒達の中にはユーリを嫌っている者もおり、さっきのユーリの失敗を思い出して笑っている生徒も何人かいる。

 アリアはそんな笑う生徒を見て複雑そうな顔をする。確かにユーリはアリアやクラスメイト達を馬鹿にする事もあった。だが、だからと言って失敗を笑うのは可哀そうだとも思っていたのだ。

 二人の隣ではノワールがユーリを笑う生徒や笑う事無く一生懸命練習をする生徒達を黙って見ている。彼は三日間だけ教師をする事になっているのでこの学院の生徒達の関係や事情には興味が無く、関わろうとも考えていないようだ。


「さて、俺達も練習を再開しようぜ?」

「う、うん」


 リゼルクの言葉でアリアは中級魔法の練習を再開した。使う魔力の量を計算し、杖の先に魔力を送りながらアリアとリゼルクはそれぞれ自分の得意な属性の中級魔法をイメージした。

 ノワールは目の前で練習をするアリアとリゼルクを黙って見ている。するとノワールはアリアとリゼルクにそっとアドバイスをした


「いきなり中級魔法を使うのは難しいと思います。まずは少し魔力を抑えて使ってみたらどうでしょうか?」

「魔力を抑えて?」

「ハイ、最初から必要な量の魔力を使うとコントロールができなくて暴発する可能性があります。最初に弱い魔力で練習しながら少しずつ中級魔法に慣れていき、感覚を掴んだから普通に魔力を使って撃つ方がいいと思いますよ?」

「そ、そうなんだ……」

「よし、その方法でやってみようぜ」


 アドバイスを聞いたアリアとリゼルクは中級魔法を使う魔力よりも少し魔力を弱くして中級魔法を使ってみる事にした。ギリギリまで魔力を抑えて杖の先に魔力を送り、魔法をイメージすると遠くの的を見つめる。


火炎弾フレイムバレット!」

水撃の矢ウォーターアロー!」


 アリアとリゼルクが叫ぶとアリアの杖の先から火球が放たれ、リゼルクの杖からは水の矢が放たれた。火球と水の矢は真っ直ぐ的に向かって飛んで行き、そのまま的に命中した。火球は的に当たると爆発し、水の矢は的に小さな穴を開けている。火球も水の矢も小さく火弾ファイヤーバレット水の矢アクアアローと見間違えてしまいそうだが、ノワールは二人の魔法が中級魔法だと確信しており笑っていた。

 <水撃の矢ウォーターアロー>は水属性中級魔法で水の矢アクアアローの強化版。攻撃力は水の矢アクアアローより少し高いだけだが非常に速く撃ち出されるので回避が困難な魔法の一つと言われている。LMFではこの魔法は敵に命中するとその敵を貫通して後ろにいる敵にもダメージを与えるのだが、この世界では貫通するのかはまだダークやノワールにも分からなかった。

 魔法が成功したのを見てアリアとリゼルクは呆然とした。近くにいた別の生徒も二人が魔法を放った光景を見て驚いている。


「お、おい、今のって中級魔法なのか?」

「いや、小さかったし火弾ファイヤーバレット水の矢アクアアローじゃないのか?」

「でも、さっきの魔法、下級魔法よりも威力があったわよ?」


 生徒達はアリアとリゼルクを見ながら小さな声を出しており、マーガレットは意外そうな顔でアリアとリゼルクを見ている。


「へぇ~? あの子達、もう中級魔法が使えるようになったのぉ……ウフッ、ちょっとビックリねぇ~」


 意外そうな顔をしながらも最後には笑って嬉しそうな声を出すマーガレット。やはり教師にとって生徒の成長は嬉しい物なのだろう。

 アリアとリゼルクが呆然としているとノワールが二人に近づき、二人の服の袖を引っ張る。アリアとリゼルクがノワールの方を見るとそこには微笑みながら自分達を見上げているノワールの顔があった。


「成功しましたね。おめでとうございます」

「成功……それじゃあ、今のって中級魔法なのか?」

「ハイ、威力は小さかったですが間違いありません」


 自分達が中級魔法を使えた、それを聞かされたアリアとリゼルクはしばらく黙り込んでいた。だがすぐに現状を理解し、二人は笑顔で喜ぶ。


「やったぁ~! リゼ君、私達中級魔法を覚えたよぉ!」

「ああ、やったぜ!」


 喜ぶアリアとリゼルクを見てノワールは微笑みながら二人を見ていた。自分の教えで他の魔法使いが新しい魔法を覚えた事でノワールも少し嬉しさを感じているようだ。

 他の生徒達は自分達よりも先にアリアとリゼルクが中級魔法を覚えた事に驚きを隠せず、目を丸くしながら二人を見ている。そして、生徒達から離れた所では新しい杖を取って来たユーリの姿があり、アリアとリゼルクの姿を見ていた。


「あの二人が私よりも先に中級魔法を覚えた? クラスでも成績が下の方だった二人が、クラスでも最高の成績を持つ私よりも先に……?」


 ユーリは自分よりも成績が低いアリアとリゼルクが先に中級魔法を覚えたのを知り、二人を見ながら呟く。ユーリは新しい杖を強く握りながら歯を噛みしめる。彼女の表情からは悔しさと嫉妬が感じられた。


「……冗談じゃないわ! 小さい頃から努力をして今の学力を手に入れた私よりも成績の悪いあの二人が先に中級魔法を覚えるなんて……絶対に認めない!」


 アリアとリゼルクを睨みながら怒りと悔しさを口にするユーリ。プライドの高い彼女にとって自分よりも劣っていると思う者に先を越されるのは最大級の屈辱であったのだ。


「私はあんな落ちこぼれ同然の子達とは違う。いつも人一倍努力をして家族の期待に応える様に頑張って来た。その私があんな子達に先を越されるなんてあり得ない……あってはならない!」


 低い声でブツブツと言いながらユーリは生徒達の下へ歩いて行く。すると、一人の女子生徒が戻って来たユーリに気付いて彼女に駆け寄った。


「ユーリちゃん、聞いて! アリアちゃんとリゼルク君が中級魔法を使えるようになったらしいよ!?」

「……へぇ、そうなんだ? 意外とやるわね、あの二人も」


 ユーリはさっきまでの低い声や怒りの表情を消していつものクールな態度を取る。プライドが高い故に他人を恨んだり妬んだりしている時の姿を他の生徒達に見せたくないユーリは気持ちを素早く切り替えて生徒達と接する事は少なくなかった。

 女子生徒から話を聞いたユーリは遠くで生徒達に囲まれて驚かれているアリアとリゼルクと二人の隣で笑っているノワールに注目する。生徒達は自分にも中級魔法を習得するアドバイスをしてほしいとノワールにお願いしており、ノワールはそんな生徒達に丁寧にコツを話していった。

 ユーリは生徒達と楽しそうに話すノワールやアリア、リゼルクを見て小さく舌打ちをし、静かに魔法の練習に戻った。


「……見てなさいよ。習得するのはアンタ達が先だったけど、完全に使いこなすようになるのは私が先なんだから!」


 ユーリはアリアとリゼルクへの嫉みの言葉を口にしながら遠くの的を睨み杖に魔力を送り込む。生徒達はアリアとリゼルクに注目しており、そんなユーリを誰も見ていなかった。


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