第五十六話 魔法学院
太陽が傾いて空がオレンジ色になる頃、ザムザスの依頼の話が終わり、話を終えたザムザス達はダークの屋敷を後にした。
ダーク達はザムザス達を見送った後、明日から通う騎士養成学院と魔法学院の下見をする為に町へ出た。そしてダークとノワールは学院の場所を知る者達と共に自分達が通う学院へと向かう。ノワールもレジーナとジェイクを連れて魔法学院の下見へ向かった。
「騎士の養成学院はこの先にあるのだな?」
「ああ」
街道を歩きながらダークはアリシアに騎士養成学院のある方角を尋ね、アリシアは返事をする。ダークは下見に行くのにアリシアとマティーリアと同行させ、マティーリアは両手を後頭部に当てながら黙ってダークと右隣を歩いており、アリシアはダークの左隣を歩いていた。
「……ハァ、何だか面倒な事になってしまったな」
ダークは騎士養成学院の教師をやる事を引き受けた事に溜め息をつく。本当はやりたくなかったのにマティーリアのおかげでやる流れになってしまい、ダークは疲れた様な口調で呟く。その様子を見てマティーリアはニヤニヤと楽しそうに笑っている。
「そう思うのなら断ればよかっただろう? ザムザス殿はノワールに用があって貴方への頼みはついでだったのだから」
溜め息をつくダークを見てアリシアは呆れる様な顔で声をかける。彼女の言う通り、ザムザスはノワールに魔法学院の教師をやる事を頼みに来たのでダークへの依頼はついでだった。だからやる気が無いのであれば断る事もできたのだ。
しかし、ダークはそんな依頼を引き受けてしまい、結果、明日から三日間教師をする事になった。
「主席魔導士様が直接頭を下げて頼んでいたのだぞ? その頼みを断れば首都の魔法使い、特に彼を慕う者達を敵に回す事になる。それだけは避けないといけない。今後の活動にもかかわるからな」
「そう思うのならいつまでも後悔していないでしっかりと依頼を熟す事を考えた方がいいんじゃないのか?」
「まあ、確かにな……」
アリシアの言う通りだと感じたのかダークは後悔するのをやめ、明日から見習いの騎士達とどう接していくのかを考える事にした。
「それにしても、まさかダークの付き添いに私が選ばれるとは思わなかったぞ」
ダークが明日の事を考えているとアリシアが空を見上げながら少し力のはいった声を出した。
屋敷でザムザスの依頼を引き受けた時、ダークは自分とノワールに教師をしている間に自分達をサポートしてくれる者を用意してほしいとザムザスに頼んだ。その時にザムザスはノワールに魔法学院の教師を付き添いとして付ける事にし、騎士養成学院の教師をする事になったダークには意外にもアリシアを付き添いとして付ける事にしたのだ。
実はアリシアは騎士養成学院で騎士としての知識や剣術を学び、卒業した後に騎士団に入団したのだ。つまりアリシアは今騎士養成学院に通っている見習い騎士達の先輩という事になる。騎士団養成学院の規則や校舎の事に詳しく、ダークと親しい関係にあるアリシアが付き添いにピッタリだと考えてザムザスはアリシアに付き添いをさせる事にしたのだ。
アリシアも最初は自分を指名された時は驚き、騎士養成学院の教師の方が適任ではないかとザムザスに話したがザムザスはダークの事を何も知らない教師よりもダークの事をよく知っているアリシアの方がいいと話し、結局アリシアはダークの付き添いをする事になった。
「ザムザス殿も私が教師の仕事を上手くやれるように君を選んだのだと思うぞ?」
「それは分かっている。だがそれでもいきなり指名されたのには驚いた……私にも騎士団の仕事があるのだし、最初は断ろうと思ったくらいだ」
「だからザムザス殿が君が安心して仕事ができる様にマーディング殿に伝えておくって言っていただろう」
「ああ、流石にあそこまでされると断れないからな。私も引き受ける事にしたよ」
ザムザスの計らいにアリシアも断る訳にはいかないとダークの付き添いとして騎士養成学院に行く事を決めた。アリシアもダークと同じで最初はザムザスの頼みを断ろうと思っていたのだ。
「まあ、若殿ほどの男なら一度は誰かに自分の持つ技術を教える立場になって見るのも悪くないと思うぞ? 今後の事を考えるといい機会になるようだから頑張ってみるとよい」
さっきまで黙って二人の話を聞いていたマティーリアが楽しそうにダークに語り掛ける。それを聞いたダークは目だけを動かしたマティーリアを睨む。
「その原因を作ったのはお前だろう?」
「ハハハハ、そうじゃったな」
低い声を出すダークにマティーリアは楽しそうに笑う。マティーリアの態度を見てダークは悪いと思っていないなと感じ、周りには聞こえないくらい小さく舌打ちをする。アリシアもダークの隣でマティーリアを見ながら呆れ顔になっている。
「おい、アリシア」
突如前の方から名を呼ばれ、アリシアはふと足を止める。ダークとマティーリアもアリシアを呼ぶ声を聞いて立ち止まり、三人は声のした方を見た。
三人の視線の先には自分達の方に歩いて来るリーザの姿があり、彼女の隣にはリーザと同じくらいの若さの茶色い短髪の男がいる。そしてリーザとその男の間には黒髪のツインテールをした小さな女の子がいた。リーザは騎士の姿をしておらず、左腕にバックをかけ、右手で女の子と手を繋いでいる。
「リーザ隊長、家族で何処かへお出かけですか?」
アリシアは微笑みながらリーザに尋ねた。ダークとマティーリアはアリシアの言葉を聞き、リーザと一緒にいる男と女の子がリーザの家族だと理解する。リーザの隣にいる男は前にアルティナの誕生日パーティーで聞いたナルビィズ家の当主であり、リーザの夫であるファルム・ナルヴィズ。二人の間にいる女の子がリーザとファルムの娘であるリーファ・ナルヴィズだ。
微笑みを浮かべるアリシアを見てリーザは小さく首を横に振った。
「いや、出かけて来てこれから帰るところだ」
「そう言えば、今日は休暇でしたよね」
「ああ、久しぶりに家族で町に出ていたんだ。この子には寂しい思いばかりをさせているから、休暇の時は一緒にいてあげる事にしている」
そう言ってリーザはリーファの頭を優しく撫でる。そこには騎士団の神官騎士として兵士達を統率していた騎士リーザの姿は無く、一人の母親としての姿だけがあった。
そんなリーザを見た後にアリシアはリーザの隣にいるファルムに頭を下げて挨拶をする。
「ファルム殿、ご無沙汰しています」
「ああ、久しぶりだね。リーザから聞いているよ、最近とても活躍しているそうじゃないか?」
「いえ、そんな……全てダークのおかげです」
アリシアは謙遜しながらチラッとダークの方を向く。ファルムもダークの方を向き、ゆっくり近づいてダークに挨拶をする。
「貴方がダーク殿ですね? リーザの夫のファルムです。そしてこの子は娘のリーファです」
「暗黒騎士ダークです。よろしくお願いします」
初対面の二人は簡単な自己紹介をしてから握手を交わす。ダークはリーザの隣にいるリーファを見下ろした。するとリーファはリーザの後ろに隠れてしまう。照れているからなのか、ダークが怖いからなのかは分からないがダークはリーファが隠れた事を気にする様子は無かった。
「お噂は妻からよく聞かされています。黒騎士でありながら国の為に尽くし、コレット殿下や多くの人々を救った英雄だと」
「いえ、私は所詮は冒険者、英雄などと呼ばれるような存在ではありません」
「何を仰るのですか。貴方は英雄と呼ばれるにふさわしい働きをなさっています。もっと胸を張るべきですよ」
「……フッ、そう言ってもらえると光栄です」
リーザがファルムに話した内容を聞き、ダークは少し過大評価しているのではと思っていたが、自分が英雄と呼ばれる事は決して悪い事ではない。ダークは心の隅でそう呼ばれた事を誇りに思う。
「ところで、お前達はこんな所で何をしているのだ?」
リーザはダーク達が街道で何をしているのか気になりアリシアに尋ねた。
「ああぁ、実は……」
アリシアはリーザに自分達が騎士養成学院の下見に行く途中だという事、そしてザムザスから教師の仕事を依頼された事を話す。別に誰にも話してはいけないと言われていないのでアリシアはリーザ達に全てを話した。
数分後、アリシアの説明が終わり、それを聞いたリーザは微笑みを浮かべる。リーザも騎士養成学院に通っていたので、ダークが教師をやり、アリシアがその付き添いをするという話を聞いて見習い騎士の時を思い出したのだろう。
「騎士養成学院か……私もファルムと婚約した後に騎士になる事になって学院に通った。その学院での生活も今ではいい思い出だ」
昔の思い出を懐かしみながらリーザは微笑む。
当時、教会で神官をしていたリーザはファルムの跡を継いで騎士になる事になった。しかし神官をしていた彼女にとって騎士養成学院の訓練はとても厳しく、途中で何度もくじけそうになる。だがその度にファルムの事を思い出して壁を乗り越え、無事に騎士養成学院を卒業し、神官騎士となったのだ。
騎士養成学院の生活を思い出していたリーザはダークの方を見て微笑みながら語り掛ける。
「ダーク殿、貴方ほどの騎士が教師をするのであれば生徒や他の教師達もそんなに不満がらないと思います。確かに貴方は黒騎士ですが、それ以前に国とコレット殿下をお救いした英雄なのですから」
「そう言っていただけると少しは気が楽になります。ありがとうございます」
リーザの励ましを聞いてダークは軽く頭を下げて礼を言う。別にダークは生徒達に教える事を不安に思ってなどいないが、自分の事を心配してくれているのだから素直に礼を言った方がいいと思ったのだ。
「それでは、私達はこれで失礼する。アリシア、しっかりダーク殿をサポートするんだぞ?」
「ハ、ハイ」
最後にアリシアに声をかけてリーザ達は立ち去った。幸せな一家の後ろ姿を見てアリシアは微笑みを浮かべる。彼女も心の中でいつか自分もあんな幸せな家庭を築きたいと思っていた。
「さて、さっさと下見を終わらせてしまおう。ダーク、マティーリア、行くぞ?」
アリシアは二人に声をかけて騎士養成学院のある方へ歩き出す。そんなアリシアの姿を見てダークとマティーリアは黙って後をついて行った。
――――――
翌朝、ダークとノワールはそれぞれ自分達が教師をする学院へ行く為に屋敷を出る。町に出るとダークとノワールは二手に分かれ、ダークは騎士養成学院へ、ノワールは魔法学院へと向かって歩き出す。
人間の姿のノワールは杖を片手に持ち、まだ人の少ない街道を歩いて魔法学院を目指す。ノワールも昨日の内にレジーナとジェイクを連れて魔法学院を下見に行っていたので道を間違える事なく真っ直ぐ魔法学院へ向かった。
屋敷を出てから十数分後、ノワールは目的地の魔法学院の入口前に到着した。学院は四階建ての校舎で部外者が侵入できないように大きな柵で囲まれている。校庭には魔法の実技訓練をする為の訓練場の様な物があり、以前バルガンスの町で見た魔法訓練場も大きかったが、こちらの訓練場は更に大きかった。
「さて、昨日は学院の前に来ただけで帰っちゃたけど、今度は学院内に入らないとね」
ノワールは一度深呼吸をしてから入口の校門へと近づいて行く。校門はノワールの三倍くらいの高さがあり、大人が数人がかりで開閉できるくらいの大きさだった。ノワールはどうやって学院内に入るのか分からずに左右を見回す。すると何処からか若い女の声が聞こえて来た。
「貴方がノワール君ねぇ~?」
「ん?」
名を呼ばれ、ノワールは声のした方を向く。そこには一人の若い女が立っていた。見た目は二十代前半ぐらいで黒い長髪をしており、長身でスタイルはよく、若干肌が露出している服を着て妖艶な雰囲気を出している。頭には大きめの三角帽を被って黒いマントを付けており、その女の格好から彼女が魔法使いである事がすぐに分かった。
女はゆっくりとノワールに近づいて行き、ノワールの前まで来ると立ち止まりノワールを見下ろす。ノワールは目の前にスレンダーな女をまばたきをしながら見上げる。
「こんにちはぁ~、私はマーガレット・パパルパ。この学院の教師で今日から三日間、貴方の付き添いをする事になったの。よろしくねぇ~?」
「あ、ハイ、よろしくお願いします」
ノワールがあいさつをするとマーガレットは姿勢を低くして目線をノワールに合わせる。ノワールは目の前のマーガレットの顔を見た後に彼女の体に目をやった。スタイルと服装からどう見ても学院の風紀を乱すようなものだと言える。それを見たノワールは心の中でこの人が教師で大丈夫なの、と感じていた。
マーガレットは目の前の幼い少年を見つめて微笑みを浮かべた。
「ウフフフ、学院長から聞いたけど、本当に小さいのねぇ? 何歳なのぉ?」
「え~っと……十二歳、ですけど……」
どこか力の抜けた様な口調で年齢を訊いて来るマーガレットを見てノワールは答えた。十二歳だと言ったが、この年齢はダークが考えたこの世界での設定であって本当の年齢ではない。LMFでは使い魔に年齢など無いので、ダークがノワールの人間の姿の見た目からそれに合った年齢として十二歳という事にしたのだ。
「十二歳で魔法が使えるなんて、凄いわねぇ? お父さんかお母さんに教わったのぉ~?」
「い、いえ、僕に親はいません」
「あら、そうだったのぉ。ごめんなさいねぇ~?」
「いえ、気にしないでください」
悪い事を聞いたと思い込んでいるマーガレットを見てノワールは慌てて首を左右に振る。初日から重い空気にするのはマズいと感じてノワールは空気を変える為に話を変えるにした。
「ところで、学院に入りたいんですけど、どうすれば校門が開くんですか?」
「ああぁ、この門ねぇ……ちょっと待っててぇ~」
マーガレットは校門の方へ歩いて行き、校門の隣にある丸い紫の水晶の様な物にそっと手を当てる。すると水晶が光り出し、校門が独りでに動き出した。
いきなり横に動く校門にノワールは驚き目を見開く。校門が完全に開くとマーガレットは水晶から手を離してノワールの所へ戻って来た。
「さぁ、これでいいわぁ。入りましょ~?」
「ハ、ハイ」
ノワールはマーガレットに連れられて学院に入って行く。二人が中に入ると校門が再び動き出してゆっくりと閉まった。ノワールは歩きながら独りでにしまった校門を見てまばたきをする。
「あのぉ、今のは一体……」
「あの校門はねぇ、隣にある水晶に魔力を送る事で開く事ができるのよぉ~? 一度開くとしばらくすれば勝手に閉じるからいちいち閉じる必要は無いのぉ~」
「へぇ~、便利ですね?」
「ウフフ、そうねぇ……ただ、あの門は魔力を使わない限り開く事はできないのぉ。つまり、魔法使い以外は開く事ができないって事よぉ~」
「魔法使い以外は学院内には入れないって事ですね」
「ええ、この学院には図書館でも見られない重要な魔法の書物が沢山保管されているからぁ~」
抜けた口調のままだが真面目な表情で話すマーガレットを見てノワールは意外そうな反応を見せる。口調からマーガレットはめんどくさがり屋なのではと感じていたのだが、その表情からマーガレットは教師としての誇りを持っているという事を理解した。
しばらく歩き、正面玄関から校舎に入ったノワールは校舎内を見回した。広いホールと二階に上がる為の階段、廊下の隅に置かれたる高価そうな壺や彫刻、そして壁に掛けられている絵画などがノワールの目に飛び込んで来る。ノワールは校内の雰囲気からかなり歴史のある学院なのだと感じた。
ノワールが校内を見渡しているとマーガレットは目の前にある階段を上がり始めた。
「あの、マーガレットさん、どちらへ?」
「んん~? まずは学院長室よぉ、貴方が来たのをザムザス学院長にお伝えしないとねぇ~?」
「ああぁ、そうですね」
学院に来ていきなり教師をするはずがないとノワールは気付き、マーガレットの後を追って学院長室へ向かった。階段を上がっていき、最上階の四階まで上がる。四階に上がるとしばらく廊下を歩いて二枚扉の前にやって来た。扉の横にはこの世界の文字で学院長室と書いてある室名札がある。既にこの世界の字を覚えたノワールは室名札に書かれてあある文字の意味がすぐに分かった。
ノワールが室名札を見ていると、隣に立つマーガレットが軽く扉をノックした。
「学院長、ノワール君がいらっしゃったのでお連れしましたぁ~」
「うむ、入りたまえ」
扉の向こうからザムザスの声が聞こえ、ノワールの表情が変わる。マーガレットは扉のノブを回してゆっくりと扉を開けて中に入り、ノワールもその後に続いた。
学院長室に入ると部屋の奥には大きな木製の机があり、その後ろある窓から外を眺めているザムザスの姿があった。その近くには紺色のローブ姿の四十代半ばくらいの中年の男が立っている。男は入室して来たノワールとマーガレットを真面目な表情で見ており、二人は緊張する様子も見せず、黙って机の前までやって来て立ち止まった。
二人が机の前で立ち止まると外を眺めていたザムザスはゆっくりと振り返り、並んで立っているノワールとマーガレットの方を向いて二人の方へ歩いて行く。そしてザムザスはノワールの前にやって来るとノワールを見て小さく笑う。
「おはよう、ノワール君。よく来てくれたな」
「おはようございます、ザムザスさん」
「今日から三日間、よろしく頼むぞ……とは言っても、昨日ダーク殿の屋敷で話した通り、君にやってもらうのは実技の授業で生徒達に魔法を教えたりするだけの簡単な事だ。緊張せずに落ち着いてやりなさい」
「ハイ、分かりました」
「分からない事があればこのマーガレット君に相談しなさい。性格に少々問題はあるが頼りになる人じゃ」
「学院長、その言い方は酷いんじゃありませんかぁ~?」
さり気なく酷い事を言うザムザスにマーガレットは不満そうな顔をする。そんなマーガレットを見てザムザスは髭を整えながら笑うのだった。
ザムザスがマーガレットと会話をしていると中年の男が懐中時計を取り出して時間を確認する。そして笑うザムザスに声をかけた。
「学院長、そろそろお時間です」
「おお、そうか。では儂は王城へ行くかのう。教頭先生、後は頼むぞ?」
「ハイ」
教頭と呼ばれた中年の男は頭を下げて返事をする。ザムザスはもう一度ノワールの方を向いて笑いながらノワールの頭に手を置いた。
「すまんな、儂はこれから王城へ行かないといけない。詳しいの事はマーガレット君に聞いてくれ」
「あ、ハイ」
「ではな……」
ザムザスは簡単に挨拶をすると学院長室を後にした。残ったノワール達はザムザスが出て行った扉を黙って見つめている。
「……ザムザスさん、お城に行かれるんですか?」
「ええぇ、ザムザス様は此処の学院長であると同時にこの国の主席魔導士でもあるからねぇ。陛下や上級貴族の方々と会議で色々なお話をしないといけないの、だからこの魔法学院には滅多にお顔を出さないのぉ~」
「へぇ~、そうだったんですね……」
自分が想像していた以上にザムザスは忙しいのだと知ったノワールは意外そうな顔を見せる。同時に高齢者なのに主席魔導士と魔法学院長に両方を掛け持っているザムザスの事を少し尊敬するのだった。
「……さぁ~て、挨拶も済んだし、私達も行きましょうかぁ? そろそろ授業が始まる頃だしねぇ~」
「あ、ハイ。分かりました」
ザムザスへと挨拶が済んだのでマーガレットはノワールが担当する教室へ連れていく為に学院長室から出て行き、ノワールもそれに続いて学院長室を後にする。
二人が出て行くと一人残った教頭は深く溜め息をついて出入口の扉を見つめた。
「……まったく、あのようなはしたない姿をした女が教師をやっているだけでも問題だと言うのにあんな小さな子供を教師として雇うなど、学院長は何を考えておられるのだ?」
教頭はザムザスが何を考えてノワールとマーガレットに教師をやらせているのか分からず疲れ切ったような声で呟く。どうやら魔法学院の教師の中には今の学院のやり方に疑問を持つ者も少なからずいるようだ。
ノワールとマーガレットは階段を下りて二階へ移動し、長い廊下を歩いていた。此処に来るまで二人は誰とも会わず、通り過ぎる教室から生徒や教師の声が微かに聞こえてくる。既に他の教室ではホームルームが始まっているようだ。
「あの、マーガレットさん、他の教室ではもう授業が始まっているみたいですけど、急がなくていいんですか?」
「あらぁ、廊下は走っちゃダメなのよぉ? どんなに急いでいても学院の規則はしっかりと守らないとねぇ~?」
「は、はあ……」
やる気の無さそうな態度を取っているのにしっかりと校則は守っているマーガレットにノワールは何処か調子が狂うような感覚がした。そんな会話をしているとマーガレットは一つの教室の前で立ち止まり、ノワールもつられて足と止める。
二人の前には教室に入る為の扉があり、その扉の隣の壁には中等部二組と書かれた室名札が掛けられてあった。
「此処が貴方が三日間教師をするクラスよぉ? 中等部の中で魔法の実技に入るのが少し遅れたクラスなのぉ。だからできるだけ分かりやすく魔法を教えてあげてねぇ~?」
「あ、ハイ。分かりました」
「それじゃあ、行きましょうかぁ~」
マーガレットは微笑みながらゆっくりと扉を開けて中に入り、ノワールもそれに続いて教室に入った。
教室に入るとノワールとマーガレットの前には教卓があり、教室の奥に行くほど高くなる階段状の座席がある。どうやら魔法学院の教室は階段教室になっているらしい。
教卓の前には一人の教師と思われる男が立っていた。男は二人が入って来るのに気づくと二人の方を向く。そして、階段席には多くの生徒達が座っており、生徒達はいきなりは入って来たマーガレットと見知らぬ少年を見て驚きの表情を浮かべている。
ノワールは自分に注目する生徒達を黙って見ている。そんな中、マーガレットは教師の男に近づいて小声で何かを話す。話を聞いた男は意外そうな顔でマーガレットの後ろにいるノワールを見つめ、もう一度マーガレットと会話をする。そして一通り話が終わると教師は生徒達を真剣な顔で見つめた。
「皆! 昨日話した今日から三日間、この教室で実技を教えてくれる事になった先生が来たから紹介する」
教師が生徒達の注目を集めるとノワールの方を向き、自己紹介をするよう目で伝えた。マーガレットも笑いながらノワールに教卓の前へ行くよう指示し、ノワールは黙って言われた通りにする。
生徒達はノワールを見ながら何者なのかと言いたそうな表情を浮かべている。中には幼いノワールの姿を見て可愛いと思っているのか微笑んでいる女子生徒もいた。生徒達が色んな表情でノワールを見ている中、ノワールは教卓の前へ行き生徒達の方を向く。
「今日から三日間、皆さんに実技を教える事になりましたノワールです。よろしくお願いします」
ノワールが小さく笑いながら自己紹介をすると、それを聞いた生徒達は一斉に驚きざわつきだす。自分達よりも年下の少年が自分達に魔法を教えると言うのだから驚くのは当然だった。
ざわついている生徒を見たノワールは苦笑いを浮かべていた。生徒達が予想通りの反応をしたので思わず笑ってしまったようだ。すると、突然生徒達の中から一人の女子生徒が声を上げた。
「ああぁっ! 君は昨日のっ!」
突然の声にざわついていた生徒達は一斉に黙り込み声を出した女子生徒に注目する。ノワールもその声に聞き覚えがあり声の聞こえた方を向いた。なんとそこには昨日図書館で会った少女アリアの姿があったのだ。
「あれ? 貴女は……」
アリアの姿を見てノワールは意外そうな声を出す。アリアの隣の席には昨日アリアと一緒にいた少年、リゼルクの姿もある。昨日偶然出会った少年と少女が魔法学院、しかも自分が担当する教室の生徒だと知り、ノワールは流石に驚いた。
「あらあらぁ、貴方達、ノワール君を知っているのぉ~?」
「あ、ハイ。昨日図書館に行った時に出会って……」
「あらまぁ、そうなのぉ。凄い偶然ねぇ~?」
マーガレットは二人の生徒がノワールと知り合いだという事を知り、意外そうな顔をしていたがすぐに笑顔になる。生徒の中に知り合いがいればノワールも気持ちを楽にして授業ができると思ったのだろう。
生徒達が静かになると教師は手を叩いて生徒達の注目を集めた。
「皆、ノワール君はあの七つ星冒険者である暗黒騎士ダークの仲間で彼と共にコレット殿下をお救いした人物だ。ザムザス学院長がその功績から彼に依頼をし、お前達の実技教師をする事になった。子供だからと言ってからかったり見下したりしないように」
「……お世話になります」
ノワールは頭を下げ、改めて生徒達に挨拶をする。生徒達はノワールが今有名なダークの知り合いでコレットを救った魔法使いだと知り、再びざわつきだす。そんな生徒の中でアリアとリゼルクも目を丸くしながらノワールを見ていた。