第五十五話 主席魔導士からの依頼
図書館から戻ったノワールとジェイクは屋敷の敷地内へと入った。屋敷の庭には花壇などのような物は無く、ただ休むための木製のベンチが幾つか置かれてあるだけ。少し寂しいが屋敷が大きいだけで十分だとダークは庭を手入れしようとはしなかった。
ノワールとジェイクは真っ直ぐ屋敷へと向かい、玄関前に来るとノワールは軽く扉をノックする。するとゆっくりと扉が開いてモニカか顔を出す。戻った二人を見たモニカは優しく微笑みを浮かべる。
「おかえりなさい、二人とも」
「ただいまです」
「ノワール君、貴方にお客さんが来てるわよ?」
「え? 僕にですか?」
モニカの言葉にノワールは意外そうな顔を浮かべる。ダークならともかく、使い魔である自分に客が来るなど全く心当たりが無かった。
「最初はダークさんのお客さんだと思ったのだけど、どうやら貴方に用があって来たみたいなの」
「どんな人ですか?」
「アリシアさんが連れてきた方で、確か王国の主席魔導士を務めていらっしゃるとか……」
「主席魔導士?」
「おい、ノワール、主席魔導士って言ったら前にお姫様のパーティーで見たあのザムザスって爺さんじゃねぇか?」
以前、アルティナの誕生日パーティーで見たザムザスのことを思い出したジェイクは、ノワールに声をかけた。ノワールも思い出したのか少し驚いた顔でジェイクを見上げる。
「間違いありません。でもどうしてそんな偉い人が僕を訪ねてきたんでしょうか……」
「さぁな……モニカ、その主席魔導士様は今何処にいるんだ?」
「奥にある来客用の部屋でダークさんたちがお話ししてるわ」
ダークたちがザムザスと話していると聞き、ノワールは真面目な顔で来客用の部屋がある方を向く。ノワールは自分が戻ってくるまでダークたちがザムザスの話し相手をしてくれていたのだとすぐに悟った。
帰宅してすぐにモニカがザムザスのことを知らせてきたということは、ダークはモニカにノワールが戻ったらすぐにこのことを知らせてほしいと言ったのだろう。つまり急ぎの用だということになる。
ノワールはこれ以上ザムザスを待たせるのはよくないと感じ、真面目な顔のままモニカの方を向く。
「……分かりました。すぐに会いに行きます」
礼を言うとノワールはザムザスが待つ部屋へ向かって歩き出す。ジェイクも一緒に話を聞いた方がいいかもしれないとノワールの後をついていこうとした。すると、エントランスの左隅にある扉が開きアイリが姿を現す。
アイリはジェイクの姿を見ると満面の笑顔を浮かべてジェイクに駆け寄り勢いよく抱きついた。
「パパ、お帰り!」
「おお、アイリ。いい子にしてたか?」
「うん! 今ね、ダン君とレニーちゃんと遊んでいたの」
笑うアイリの頭を撫でるジェイクはモニカが出てきた扉の方を見る。そこには扉の陰からこちらを見る少年と少女の姿があった。二人ともモニカと同じくらいの年齢で少年は短髪で少女は両サイドに髪をまとめている。そして髪の色はレジーナと同じ緑色をしていた。この二人こそレジーナの弟と妹であるダン・バリアンとレニー・バリアンである。
ダンとレニーは自分を見るジェイクを見て少し照れくさそうな顔をしている。ダークの屋敷に引っ越してきてからダークたちと顔を合わせることが多くなったが、引っ越す前は姉のレジーナ以外の人と殆ど接したことがなかったので、まだジェイクやダークと会話することが慣れていないのかすぐにレジーナの後ろや物陰に隠れてしまう。しかし、歳が近いアイリとはすぐに打ち解け合うことができて一緒に遊ぶようになった。
「……フッ、そうか。ダンとレニーは仲良くしてたか?」
「うん!」
「そうか」
喧嘩することなく冒険者仲間の兄弟と遊んでいた愛娘を見てジェイクは笑顔を浮かべる。今のジェイクの顔は冒険者ではなく一人の父親としての顔をしていた。
「ねぇ、パパ。一緒に遊ぼうよ」
「え? だけどパパはこれから兄貴たちと大事な話があるんだけどなぁ……」
「ええぇ~!? 遊ぼうよぉ~!」
「アイリ、パパを困らせたらダメよ?」
駄々をこねるアイリを見てモニカが注意すると、アイリは小さく頬を膨らませて不満そうな顔をする。ジェイクはそんなアイリを見て困り顔を浮かべた。冒険者として働いてばかりいるため、娘と遊んでやることも殆ど無かったので少しばかり罪悪感を覚えていたのだ。
ジェイクはチラッとノワールが歩いていった方を向いてしばらく黙って考え込む。ザムザスはノワールに用があるわけで自分が聞かなければならないというわけでもない。それなら後でダークたちから話を聞く形でもいいだろうと考えた。
「……よし、一緒に遊ぶか」
「本当? やったぁ~!」
父親と一緒に遊べるということでアイリは笑顔で跳びはねる。そんなアイリを抱き上げて肩に乗せたジェイクはダンとレニーの方へ歩いていく。近づいてきたジェイクにダンとレニーは少し驚いた様子を見せるが、ジェイクが笑って二人を見下ろすとダンとレニーも少し安心したのか顔から緊張が抜けて小さく笑う。ジェイクは子供たちを連れて部屋へと入り、そんな彼らの姿をモニカは見守っていた。
ジェイクが子供たちと遊んでいる頃、ノワールはザムザスたちがいる来客用の部屋の前までやってきていた。髪や服装を整えたノワールは軽く扉をノックした。
「誰だ?」
「ノワールです。今帰りました」
扉の向こうからダークの声が聞こえ、ノワールは帰宅したことを伝えた。
「入れ」
「失礼します」
入室を許可されたノワールは扉を開けて部屋へと入る。部屋の真ん中では向かい合ってアンティークソファーに座っているダークとアリシア、ザムザスの姿があり、彼らの後ろではレジーナとマティーリア、ザムザスの弟子である魔法使い二人が立っていた。
ノワールが部屋に入るとダークたちは一斉にノワールの方を向く。ノワールは不思議そうな顔でそんな彼らをまばたきしながら見ている。すると座っていたザムザスが立ち上がり、笑いながらノワールの方へ歩いてきた。
「待っていたぞ、ノワール君」
ザムザスはノワールの前に来るとノワールの手を取り簡単な握手をする。そんなザムザスを見てノワールはいまだに現状が理解できずにまばたきをした。
「え~っと、ザムザス、さんでしたっけ?」
「ん? おおぉ、そうじゃ。覚えていてくれてたか?」
「ハ、ハイ、それで、どのような御用で……」
ノワールが屋敷に来た理由を尋ねると、ザムザスは目的を思い出したのかフッと表情が変わる。
「おお、すまない。今から説明するからこちらへ来てくれ」
掴んでいた手を離したザムザスはアンティークソファーへと戻っていく。ノワールはザムザスを見てからチラッとダークの方を向き、どういうことですかと目で問う。ダークは問いに答える代わりに自分とアリシアの間を指差して此処に座れと合図を送る。ノワールはとりあえず言われた通り、アンティークソファーに座ることにした。
ノワールはダークとアリシアに挟まれる形で座り、正面にいるザムザスを見つめた。ダークたちの後ろではレジーナがダークとアリシアに挟まれて座っている姿を見て楽しそうに笑っている。
「フフフ、なんだか兄さんと姉さんに挟まれているノワールが二人の子供みたいに見えるわね」
「まぁ、見えなくもないな……」
ダークたちの後ろでレジーナは彼らに聞こえないような小さな声でマティーリアに話しかける。マティーリアは三人の後ろ姿を興味の無さそうな顔で見ているが、見た感想を小声で正直に言った。そんな二人の会話が聞こえていないのかダークたちは二人を気にせずにザムザスの方を向いている。
ノワールはザムザスの真面目な表情を見て、これから話すことはとても重要なことであると悟った。ダークとアリシアはノワールが来る前にザムザスから話を聞いていたため、話の内容を知っている。だから落ち着いた態度でザムザスの方を向いていた。
「……それで、僕にどんな御用ですか?」
「ウム……お主はコレット殿下が賊に襲われた時に魔法を使ってコレット殿下をお守りしたな?」
「ええ」
「その年で魔法が使えるとは大したものよ。相当苦労したのではないか?」
「え? い、いえ、そんなことは……」
「そのお主の優れた魔法の才能を見込んで頼みがあるのじゃ」
「頼み?」
魔法が関係していることで自分に頼みがあると聞き、ノワールは訊き返す。セルメティア王国最高の魔導士が頼んでくるとなるとかなり難しい頼みだとノワールは考えた。もし、恐ろしいモンスターの討伐や魔法の実験に協力してほしいという依頼であれば、ダークの許可を取る必要があると真剣な顔をしながらノワールはザムザスを見つめる。
しかし、次の瞬間、ノワールが予想していなかった言葉をザムザスは口にした。
「明日から三日間、儂が学院長をしている魔法学院の講師をやってもらいたいのだ」
「……え?」
難しく、危険な頼みをされると思っていたノワールは予想外の内容に思わず声を漏らす。隣でその反応を見ていたアリシアは小さな声で笑い、ダークは腕を組みながら黙ってノワールを見ている。レジーナとマティーリアもノワールが来る前に頼み事の内容を聞いていたので、ノワールが拍子抜けの声を出すのを見て思わず笑ってしまう。
レジーナとマティーリアが後ろでクスクスと笑っているのをジト目で見るノワール。だがすぐにザムザスの方を向いて詳しい内容を尋ねた。
「講師って、どういうことですか?」
「言葉の通りじゃ。君には明日から三日間、生徒たちに魔法のことについて色々と教えてもらいたいのだ」
「魔法のことを教えるのでしたら僕よりも適任な人が大勢いると思いますが……」
「いや、君のように幼くして魔法が使える子は普通の魔法使いよりも魔力が高く、人並み以上に努力をしてきているはずじゃ。そんな者に教われば生徒たちも大きく成長すると儂は思っておる。だから君に講師を依頼しに来たのじゃ」
「は、はあ……」
自分を高く評価するザムザスを見てノワールは少し複雑な気持ちになっていた。
ノワールの強さ、すなわち魔法の力はLMFでダークによって与えられたもの。使える魔法の種類や魔法の力、そして技術も特別なアイテムによって与えられたものであるため、ノワール自身が努力して手に入れたわけではない。それを考えるとザムザスたちを騙している気持ちになっていた。
「ですが、僕が生徒さんたちに魔法に関する知識をちゃんと教えられるかどうか……」
「いや、知識を教えるのはちゃんとした教師の資格を持つ者にやらせる。君には実技授業で生徒たちに魔法を教えてほしいのじゃ」
「魔法を?」
予想していたよりも簡単な内容にノワールは意外に思う。てっきり黒板の前に立ち、生徒たちに色んなことを教えたり、質問に答えたりするのだと思っていたのだ。だが、実技の授業で魔法の使い方などを教えるという簡単な内容だと知り、ノワールは少し安心した。
「……ですが、僕はまだ子供ですし、教えられる魔法の数なんてたかが知れているかと……」
「大丈夫じゃ。実は君が来る前にダーク殿に君への依頼内容を簡単に説明しておってのう。その時にダーク殿から君が多くの魔法を使えると聞いた」
「え?」
「それを聞いてますます君に頼みたいと思うようになったのじゃ」
笑いながらザムザスを見た後、ノワールはチラッと目だけを動かして隣に座りダークを見る。そして顔を少し近づけてザムザスには聞こえないような小さな声で語り掛けた。
「マスター、いいんですか? 使い魔である僕が沢山の魔法を使えるなんて話して? 下手をしたら首都中にこのことが広がって冒険者として活動し難くなるんじゃ……」
「その点なら問題ない。あくまでも私とお前がLMFから来た存在であること、レベルが高すぎることがバレなければいいんだ。さすがにそれらがバレると面倒なことになるが、私が強大な力を持つことや子供の姿のお前が魔法が使えることが知られても誤魔化すことができるから問題ない」
ダークの話を聞いたノワールは安心したのか納得した様子で頷く。
小声で会話をするダークとノワールを見たザムザスは小首を傾げながら二人を不思議そうな顔で見ている。
「……どうかしたかのう?」
「いえ、なんでもありません」
尋ねてくるザムザスを見てダークは軽く首を横に振って答える。
「そうか……それでノワール君、この仕事、引き受けてくれるかのう?」
「え~っと……」
受けるべきかノワールは腕を組んで考える。正直、自分は上手く生徒たちに教えられるかどうか少し不安なノワールは断ろうと考えていた。しかし、自分の実力を見込んでわざわざ来てくれたザムザスの頼みを無下に断ることはできない。ノワールは小さく低い声を出して考え込んだ。すると隣に座っていたダークがノワールの頭にポンと大きな手を置いた。
「引き受けてもいいんじゃないか、ノワール?」
「マスター?」
「お前は魔法使いとしては一流の実力を持っているし頭もいい。教師として生徒たちに教えるのもいい経験になると思うぞ?」
「で、ですが……」
「何事も経験だ。やってみろ」
依頼を引き受けることを勧めるダークにノワールは難しい顔のまま黙り込む。そしてしばらく考えると答えが出たのかザムザスの方を見て口を開いた。
「……分かりました。お引き受けします」
「おおぉ、そうか! 感謝するぞ!」
講師の仕事を引き受けたノワールにザムザスは立ち上がりノワールの手を取って握手を交わす。アリシアとレジーナも引き受けたノワールを見て微笑みを浮かべた。
(マスターの言う通り、誰かに何かを教えるのはいい経験になるし、これからの活動にも何かしら役に立つかもしれない。だったら、一度講師としての仕事をやってみるのもいいかな)
自分の経験がダークの活動に役に立つ日が来るかもしれないと考えたノワールは、悩むのをやめて講師の仕事を頑張ってみることを決意する。それはノワールのダークへの想いと忠誠心が生み出した答えだった。
ザムザスの依頼を引き受けるノワールをダークは黙って見ている。言葉には出していないが、心の中では王国の主席魔導士に仕事を依頼される自分の使い魔のことを誇りに思っていた。ダークもノワールを心から信頼しているのだ。
「……なぁ、少しよいか?」
さっきまでダークの後ろで会話を聞いていたマティーリアが突然会話に加わってきた。ダークたちは一斉に声をかけてきたマティーリアの方を向く。
「どうした、マティーリア?」
アリシアが問いかけるとマティーリアは小さく笑いながらダークの方を見る。
「ノワールが講師をやるのだ。せっかくだから若殿にも講師をやってもらってはどうじゃ?」
「……は?」
マティーリアの口から出た予想外の意見にダークは思わず声を出す。アリシアたちも目を見開きながらマティーリアの方を見ていた。
(いやいやいやいや! 何をどう考えたらそうなるんだよ!? どうして俺が教師をやらないといけないわけ!?)
心の中で取り乱しながらダークはマティーリアを見つめる。さっきまでノワールが魔法学院の臨時講師として雇うという話をしていたのに、騎士であるダークに講師をさせるなんて全く理解できない状態になっていた。
勿論、混乱しているのはダークだけではない。アリシアたちも呆然としながらマティーリアを見ている。
「ちょっと待て、マティーリア。何をどうしたらそういうことになる? ザムザス殿は魔法使いであるノワールを魔法学院の講師として雇いに来たのだぞ? なぜ騎士であるダークに教師をやらせる必要があるのだ?」
「そうよ。黒騎士である兄さんが魔法学院で教師をやったってなんの意味も無いじゃない」
アリシアが呆れたような顔でマティーリアに問いかけると、それに続くようにレジーナも呆れ顔で言った。マティーリアはそんな二人の顔を見た後に落ち着いた様子で口を開く。
「誰も若殿に魔法学院の講師をやらせろとは言っておらぬ。若殿には騎士養成学院の講師をしてもらったらどうじゃと言っておるのだ」
「騎士養成学院の講師?」
「そうじゃ。ノワールは魔法使いとしてとても優れておる。それなら騎士としてとても優れておる若殿にも騎士の見習いである若者たちに剣などを教えたらいいと思ったのじゃ」
マティーリアの提案にアリシアたちは一斉に反応する。確かに七つ冒険者にしてミュゲルの一件とコレット暗殺事件を解決したダークは騎士として一流の実力を持つ。そんなダークから剣を教えてもらえば騎士養成学院の生徒たちも大きく成長するはずだ。
アリシアたちはマティーリアの考え方にも一理あると感じて考える。すると黙って話を聞いていたダークが低い声を出した。
「そんなことができるのか? 知ってのとおり私は黒騎士だ。黒騎士は国への忠誠心を無くした存在として忌み嫌われている。そんな私がこれから王国の騎士となる見習い騎士たちに剣を教えるのは問題があるのではないのか?」
ダークは自分の職業のことを考えているアリシアたちに話した。それを聞いたアリシアたちは考えるのをやめてダークの方を見る。
この世界での仕事を探す時に、ダークは当初騎士団に入ることを考えていた。だが、国への忠誠心を無くした存在である黒騎士を騎士団へ入れることはできないと言われてダークは冒険者となったのだ。国への忠誠心を失った黒騎士が国に忠誠を誓う存在となる見習い騎士たちに剣を教えるなんてことになれば騒ぎになる可能性がある。そもそも見習い騎士たちが黒騎士から剣を教えてもらうことに納得するとは思えない。
ダークのもっともな意見を聞いてアリシアは考え込む。いくら王国に尽くしてきたダークでも職業は黒騎士、しかも報酬次第で動く冒険者だ。そんな彼から素直に教わろうとする生徒は殆どいないだろう。それに騎士養成学院の教師たちが納得するとも思えなかった。
(そもそも俺は人に教えるのが苦手なんだよなぁ……)
心の中で本音を呟きながら兜の下で複雑そうな表情を浮かべるダーク。困っていたノワールに経験するべきだと言ってやらせた自分が人に教えるのは苦手など言えない。ダークはなんとかこの話を終わらせようとした。
「ザムザス殿、ダークに騎士養成学院の講師をさせることはできるのですか?」
ダークの隣で難しい顔をしていたアリシアは正面に座るザムザスに尋ねた。
「ん? 陛下と騎士養成学院の学院長の許可を取れば可能だと思うが……」
(え、そうなの?)
ザムザスの言葉を聞いてダークは心の中で驚く。彼の周りにいるアリシアたちも意外そうな顔でザムザスを見ている。
「一応お二人の確認は必要じゃが……王国に尽くしてくれたダーク殿なら陛下も騎士学院の学院長も許してくださるだろう」
(……マジかよ)
騎士団への入団を許さなかったのに騎士養成学院への講師をすることは許すという何処か矛盾した話にダークは驚きの呆れを感じる。一方でアリシアやノワールたちはダークが講師をさせてもらえるかもしれないということに嬉しさを感じており笑みを浮かべていた。
「よかったな、ダーク? 貴方が国のために尽くしてきたからこそ、講師になることを許してもらえたんだ」
「……いや、私は講師をやるとは一言も言っては……」
勝手に話を進められたことに困った様子を見せるダーク。するとマティーリアがダークの肩にポンと手を置いてニッコリと笑う。
「……若殿、何事も経験じゃ♪」
いたずらっぽい笑顔のマティーリアを見た瞬間、ダークはマティーリアにはめられたと感じた。彼女は最初からダークを困らせることが目的でダークに講師をさせてもいいんじゃないかと持ち掛けてきたのだ。完全にはめられたことに気付いたダークは深い溜め息をつく。
溜息をつくダークにザムザスは真剣な顔で声をかける。
「ダーク殿、ついでという形になってしまうが、お願いする。ノワール君と同じように三日間、騎士養成学院の講師をしてもらえないだろうか? 王国の未来を背負う騎士たちのためにも、どうか頼む」
ザムザスは頭を下げてダークに頼み込む。王国主席魔導士のザムザスに此処までさせておいて断りでもしたら暗黒騎士ダークの評判が悪くなるのは明白。ダークはもう諦めるしかないと感じたのかもう一度溜め息をついた。
「……頭をお上げください、ザムザス殿……陛下の許可が出るのでしたら喜んでご協力しましょう」
「おおぉ! やってくれるか?」
ダークの返事にザムザスは笑みを浮かべる。ここまで来たらもうやるしかないと感じるダークはザムザスを見ながら頷く。
「……その代わり、一つだけ希望があるのですが」
「ん? 何かな?」
「私とノワールに一人ずつ付き添いを付けてほしいのです。私もノワールも学院の規則などについては何も知りません。ですから三日間の間、私たちをサポートしてくれる者を用意してほしいのです」
「そんなことならお安い御用だ」
ダークとノワールが臨時講師をすることが決まり、それからダークたちはザムザスと明日からの詳しい話を始めるのだった。