第五十四話 図書館での出会い
アルメニスにあるダークの屋敷。ダークが買い取った土地の真ん中に建てられるその屋敷は大きく、そこらの貴族が住む屋敷とは比べ物にならないくらいの物だ。屋敷が建築されてからはこの屋敷にダークが住んでいるとアルメニス中に知れ渡り、近くを通りがかる者の殆どが立ち止まり、屋敷を見物すると言われている。
屋敷の二階にあるダークの自室ではダークが部屋の隅で机に向かって何かの作業をしている姿がある。ダークの部屋は大きなキングサイズベッドや本棚、そして来客用のテーブルとアンティークソファーが置いてあり、それなりに豪華さが感じられた。その中でダークはいつもの黒い全身甲冑の姿で机に向かって仕事をしている。
ダークは兜を外して机の上に置かれている数枚の羊皮紙を見つめている。羊皮紙にはこの世界の文字で細かく字が書かれており、それを見てダークは難しい表情を浮かべた。
「う~ん……どう計算しても微妙な結果になるなぁ……」
羊皮紙の書かれてある文字を見てダークは腕を組む。そして机の隅に置かれて革製の袋に視線を向けた。袋の中には金、銀、銅の大量の硬貨が入っており、窓から入ってくる日の光が金貨と銀貨を美しく光らせる。
実はダークは冒険者として稼いだ報酬を生活費やレジーナたちへの分け前などでどう分けるかを計算していたのだ。しかし何度計算しても納得する答えが出ないのでダークは困り果てていた。
「え~っと、レジーナとジェイクへの分け前がこれぐらいで……モニカさんへ渡す食費はこのくらい……ポーションのような回復系のアイテムを買う金を引くと……う~ん、やっぱり残りはこれぐらいになるか……」
羊皮紙に羽根ペンで計算式を書きながら低い声を出すダーク。
七つ星冒険者であるダークの稼ぎは少ないわけではない。だがそれでもレジーナたちの取り分や食費などを引けば残りは少なくなる。レジーナやジェイクも難易度の高い七つ星の仕事を共に引き受けているのだから、それに見合った額の報酬を出すのは当然と言えた。だがそうすると残りの報酬額は少なくなり、自由に使える金も少なくなる。そのため、ダークは何度も計算して残りの報酬を増やそうとしているのだが、なかなかいい答えが出ないでいた。
「七つ星の依頼と言ってもしばらく遊んで暮らせる、なんて言えるような額じゃない。たまに貴族が依頼する報酬の多い仕事も出てくるが、それは貴族が契約を交わしている冒険者パーティーに優先的に回されるからな。貴族と契約を交わしていない俺たちが効率よく金を稼ぐには多くの依頼を受けるしかない……だけどそんなことをすれば他の冒険者たちから反感を受けちまう。仕事の回数を少なくして多くの金を稼ぐには俺たちも貴族や名高い商人なんかと契約を交わすしかないってことか……」
持っている羽根ペンをインク瓶に差してダークは溜め息をつきながら椅子にもたれる。天井を見上げながらダークは困り顔を浮かべた。
「この世界でより大きく活動するためには何かと金が要る。今後のことも考えてもう少し効率よく稼げる方法も考えておいた方がいいかもしれない。しかし、どんな方法がいいのやら……」
ダークはいつかはこのセルメティア王国だけでなく、他国でも冒険者として活動しようと考えている。だがそのためには何かと資金が必要だ。生活や今後の冒険者としての活動のためにも何か効率の良く金を稼ぐ方法がないか、ダークは目を閉じて考えた。
難しい顔をしながら考えていると部屋の入口である扉をノックする音が聞こえ、ダークは目を開けて扉の方を向く。すると返事をする前に扉が開き、レジーナが笑いながら顔を出した。
「入るよ、ダーク兄さん」
「……レジーナ、他人の私室に入る時に返事をする前に入るのはやめろって前にも言っただろう?」
「えぇ~? いいじゃない、あたしたちは家族同然の関係なんだからさ」
「家族でも最低限の礼儀というものがあるだろう」
笑うレジーナを見てダークは呆れ顔で溜め息をついた。そんなダークを気にせずにレジーナは笑ったままダークの部屋に入った。
現在レジーナはこの屋敷に暮らしている。この屋敷が完成してから数日後、部屋の数が多いことでダークはレジーナに自分の屋敷へ引っ越さないかと尋ねた。その話にレジーナは悩むこと無くそっこうで引っ越すと返事をし、弟と妹を連れてこの屋敷に引っ越したのだ。最初はあまりにも広い屋敷に何度も迷っていたが、今では慣れて何処にどんな部屋があるのか覚えた。しかしレジーナの性格からさっきのように相手の返事を待たずに部屋に入ることがあるため、ダークやジェイクに怒られることがしばしばある。その度にダークたちは呆れたような反応を見せるのだった。
部屋に入ったレジーナはダークの隣にやってきて机の上の羊皮紙に気付く。レジーナは羊皮紙を覗き込んで書かれてある内容を見た。文章の隣に書かれてある見たことの無い数式にレジーナは思わずまばたきをする。
「何? この見たことの無い数式は?」
「ただの計算式だよ。今後の報酬をどんな風に分けてどう使うかっていうな」
「分けるって、あたしやジェイクへの分け前とか?」
「それだけじゃない。モニカさんに渡す食費とか今後の冒険者としての活動資金とかもある。今の稼ぎでは生活には困らないが冒険者として大きく活動するのは少し難しい。だから効率よく稼ぐにはどうしたらいいのかって考えてたんだよ」
「なるほどねぇ……それにしても、大きく活動するなんて、兄さんは何処まで名を轟かせようとしてるわけ?」
「この国だけ終わらせる気はねぇよ。いつかはこの国以外でも派手に暴れるつもりだ」
「そ、それはまた、随分と大きく出たわねぇ」
予想以上に大きいダークの目標にレジーナは目を丸くする。ダークは力だけでなく考え方も大きいことはレジーナも知っていた。しかし、此処まで大きかったとは思わなかったのだろう。
驚くレジーナを見てダークは小さく笑う。
「どんなことでも目標は大きく持たないといけない。やるなら大きく派手にだ。お前やジェイクにも付き合ってもらうつもりだから覚悟しておけよ?」
「ハイハイ、分かったわ……ところで、ノワールは何処にいるの?」
常にダークと共にいるはずのノワールがダークの肩に乗っていないことに気付いたレジーナは部屋を見回す。だが何処にもノワールの姿は無かった。
「ノワールなら図書館に行ってる。色々と調べたいことがあるらしい。ジェイクも付き合わされて一緒に図書館へ行ってる」
「あの二人が図書館にねぇ……」
何しに行ってるんだろう、レジーナは意外そう顔をしながらノワールが図書館へ向かった理由を考えた。するとまた扉をノックする音が聞こえ、ダークとレジーナは扉の方を向く。
「誰だ?」
「ダークさん、私です」
「モニカさんですか、どうぞ」
声の主がモニカだと知り、ダークが入室を許可すると扉がゆっくりと開いてジェイクの愛妻、モニカが入ってきた。レジーナと違い礼儀正しく部屋に入り、その姿を見たダークはレジーナの入室時の態度と比べて心の中でレジーナを笑う。
部屋に入ったモニカは既に部屋にいたレジーナを見て笑って挨拶をし、レジーナも軽く挨拶を返した。挨拶を終えるとモニカはダークの方を見る。
「ダークさん、アリシアさんとマティーリアさんがいらっしゃいましたよ」
「アリシアとマティーリアが?」
「ええ、ダークさんにお客さんを連れてきたとか」
「客? どんな人でした?」
「確か、お二人以外に三人いらっしゃいました。三人とも魔法使いのような格好をしていて、一人はお爺さんであとの二人は若い青年でした」
「爺さんに若い男二人ですか……」
ダークはアリシアが魔法使いらしき人物を三人も連れてきた理由が分からず腕を組んで考え込む。レジーナも来客が気になり、部屋の窓から玄関を覗き込んだ。だがレジーナが覗いている位置からは来客の姿は確認できず、レジーナは小さく舌打ちをする。
「……とりあえず会ってみましょう。アリシアたちは今何処に?」
「来客用のリビングです」
「分かりました。すぐ行きます」
そう言ってダークは立ち上がり、机の上に置いてある兜を手に取るとそれを頭に被る。フルフェイスの兜で顔を隠し、素顔が見えなくなるとダークは机の上にある硬貨の入った袋を取り、ポーチにしまうとレジーナの方を向き目を赤く光らせた。
「レジーナ、行くぞ」
ダークは声を低くして、暗黒騎士としてのダークに変わる。一瞬で素のダークから暗黒騎士としてのダークに口調と声を変える姿を見てモニカは少し驚いたような反応を見せた。もう長いことダークと生活をしているが、やはりこの口調と声の切り替わりの速さには毎度驚かされるようだ。
「あたしも一緒に行くの?」
「アリシアがわざわざ連れてきたんだ。恐らくただの客人ではない。念のためにお前も一緒に話を聞いておけ。もしかするとお前の力が必要になるかもしれないからな」
「……確かにそうね、分かったわ」
少しめんどくさそうな口調をするレジーナだがその表情は嫌そうではなかった。ダークはレジーナを連れて自室を出ようとモニカの前を通る。二人が部屋を出るとモニカも部屋を出て静かに扉を閉めた。そしてそのままダークとレジーナをアリシアたちが待つ来客用リビングへ案内する。
案内されたダークとレジーナはアリシアたちがいる部屋の前で立ち止まった。二人を案内し終えるとモニカは静かにその場を後にする。モニカが去るとダークはドアノブを掴んでゆっくりと扉を開けた。
「失礼します」
中に入ると部屋の中央にある来客用のアンティークソファーにはアリシアとマティーリア以外にモニカが言っていた魔法使い風の老人が座っていた。その老人は白いローブを着て白髪に長い白髭を生やした小柄の老人で、その老人を見たダークは意外そうな反応を見せる。なんとその老人はセルメティア王国の魔導士部隊を束ねる主席魔導士のザムザス・ルーバだったのだ。彼の後ろでは魔法使いと思われる青年が二人立っており入室してきたダークとレジーナを見る。どうやらザムザスの部下らしい。
ダークとレジーナが部屋に入ると座っていたアリシアが席を立ち二人の方を見て簡単な挨拶をする。
「ダーク、突然訪ねてきてすまないな」
「いや、問題ない。それよりもアリシア、今日はどうしたんだ? なぜザムザス殿が此処に?」
「それは今から説明する」
なぜザムザスを連れて屋敷に来たのか、アリシアがその理由を話すと聞いたダークはとりあえずアリシアの隣へ移動してアンティークソファーへ座る。アリシアも一緒になって座り、レジーナは二人の後ろに立ち黙ってザムザスや彼の部下である青年たちを見ていた。マティーリアもレジーナの隣へ移動して興味の無さそうな顔でダークたちを見る。
「フォッフォッフォッ。こうして直接話すのは初めてじゃったかのぉ、ダーク殿?」
「ええ、そうですね」
「なら、改めて自己紹介をするとしよう。儂はザムザス・ルーバ、この国の主席魔導士にして魔法関係の総責任者をしておる」
「冒険者ダークです。よろしくお願いします」
ダークとアリシアが座るのを見たザムザスは笑いながら自分の白髭をいじって挨拶をする。そんなザムザスにダークも挨拶を返した。セルメティア最強の冒険者であるダークと王国最高の魔法使いのザムザスが向かって話し合う姿を見たアリシアは少し緊張した様子を見せる。
「それで、私にどんな御用でしょうか?」
屋敷を訪ねてきた理由を尋ねるとザムザスは髭をいじるのをやめ、ダークの顔を見ながら口を開いた。
「……実は用があるのはお主ではなく、ノワール君なのじゃ」
「ノワールに?」
自分ではなくノワールに用があると聞いたダークは意外そうな声を出す。隣に座っているアリシアも知らなかったのか少し驚いたような顔をしていた。
「すまんが直接話したいのでノワール君を呼んでもらえないかのう?」
「生憎、ノワールは今外出しているんです」
「なんと、おらんのか……」
「もうしばらくすれば帰ってくると思いますので、ザムザス殿のご都合がよろしければお待ちくださっても構いませんが……」
「おお、それはありがたい。それならお言葉に甘えて待たせてもらうとしよう。できれば今日中にノワール君に話しておきたかったのでのう」
ノワールが戻るまで屋敷で待たせてくれるダークにザムザスは笑みを浮かべて感謝する。
ザムザスの言葉を聞いたダークは急ぎの用があるのだと気付く。ノワールにどんな用があるのか、ダークは気になり笑っているザムザスを見つめる。
「いったい、ノワールにどんな用があっていらっしゃったのでしょうか?」
「うむ、実はのう……」
ノワールにどんな用があって来たのか、ザムザスはダークやアリシアたちに説明し始める。その内容はダークたちにとって意外なものだった。
――――――
ダークの屋敷にザムザスたちが訪ねてきた時と同時刻、アルメニスの北側にある図書館では人間姿のノワールが調べ物をしていた。図書館の中央にある広場には沢山の縦長机や本棚が並べられている。ノワール以外にも多くの人が図書館を訪れて本を読みながら調べ物をしている姿があった。
縦長机に座っているノワールは一冊の本を開いてその内容を黙読している。ノワールの左右には既に多くの本が積み上げられており、図書館を訪れていた他の住民たちはその光景を目にして驚いていた。
ノワールの向かいの席では彼に付き合って図書館に来ていたジェイクが座っており、黙読するノワールを頬杖をしながら見ている。
「……おい、まだ終わらないのかぁ? もう二時間近くも調べてるぞ?」
「すみません、もう少しだけ待ってください」
「ハァ、ちゃっちゃとしてくれよ? こっちは退屈すぎて死にそうなんだならよぉ」
溜め息をつきながらジェイクは愚痴をこぼす。そんなジェイクを気にもせずにノワールは黙読を続けた。
ジェイクがノワールに付き合って図書館を訪れたのには理由があった。実はこの図書館には魔法の呪文や知識が書かれた本なども置かれており、どうすれば魔法が覚えられるのか、自分が使う魔法にどんな効果があるのかを知ることができる。ただし、その本を読んだり借りたりすることができるのは冒険者か魔法使いの資格を持つ者だけで、一般の住民や魔法使いの資格を持たない者は借りることができず、魔術書などの類が置かれてある場所へ行くこともできない。
ノワールは魔法は使えるがこの世界での魔法使いの資格は持っていないので、そんな本を読んだり借りたりすることができない。だから冒険者であるジェイクを連れてきてその本を借りて読んでいるのだ。
「……よし、これでお終い」
全て読み終えたノワールは開いている本を閉じて立ち上がる。それを見たジェイクはやっと終わったかと言いたそうに深く息を吐いた。
「ようやく終わったか……」
「ハイ、待たせてすみませんでした」
「それじゃあ、さっさと本を返してきて帰ろうぜ」
「ハイ」
ノワールは積み上げられている本を持ち上げて元あった場所へ戻しに行く。ジェイクもノワールが持てなかった分の本を持ち上げてノワールの後をついていく。大量の本を運ぶ少年と巨漢の姿に図書館で働く職員や本を読みに来ている住民たちはただまばたきをしていた。
二人は図書館の奥にある魔術書などが置かれてあるフロアにやってきた。フロアの入口前では職員と思われる男が椅子に座っており、冒険者や魔法使い以外の人間がフロアに入らないように見張っている。ノワールとジェイクが本を持って職員に近づくと職員は二人に気付いて顔を上げた。
「読み終わったので返しに来ました」
「ご苦労様です……それにしても、この本、もう全部読んだんですか?」
「ハイ」
「そ、そうですか……では、どうぞお入りください」
職員はノワールとジェイクを魔術書フロアへ通し、二人も堂々とフロアへ入っていく。中に入った二人は持ち出した本を本来あった本棚へ一冊ずつ戻していった。ノワールは何処にどの本があったのか覚えているが、ジェイクはまったく分からずに戻すのに時間を掛けてしまう。結局、ジェイクの持っていた本は自分の持っていた本を全て戻し終えたノワールが代わりに戻した。
本を戻して魔術書フロアを出たノワールとジェイクは図書館の入口に向かって歩いていく。ジェイクは本を戻すことが疲れたのか肩を回しながら疲れたような表情を浮かべていた。
「フゥ~、慣れないことをするもんじゃねぇな。本が元あった場所を見つけるだけで疲れちまったぜ」
「冒険者が本を返すだけでそんなに疲れるって言うのはどうかと思いますよ?」
「うるせぇな……それよりも、今日はいったい何を調べてたんだ?」
ジェイクがノワールが図書館で調べた事について尋ねるとノワールは一枚の丸めてある羊皮紙を取り出してジェイクに見せた。
「この世界の魔法についてとアイテム調合について調べてたんです。ここに重要な情報が細かく書いてあります」
「魔法とアイテム調合?」
「ハイ。この世界にはLMFには存在しない魔法もいくつかありますからね。それがどんな魔法でどうすれば使えるようになるのかを調べていたんです」
「フ~ン、LMFにも存在しない魔法があるとはなぁ……それで、アイテム調合っていうのは?」
「それはですね……」
ノワールが歩きながらジェイクに説明しようとした時、前の方から何かが落ちる音が聞こえて二人は前を向く。図書館の入口前でうつ伏せに倒れている一人の少女と倒れている少女と少女の前に無数の本が落ちているのが二人の視界に入った。どうやらさっきの音は少女が転んで持っていた本が落ちた時の音のようだ。
「ううぅ~、また転んじゃったぁ……」
少女は起き上がって泣きそうな声を出す。少女は十代半ばくらいで紅の三つ編みの髪をしている。何処かの学校の制服の様な服を着てスカートを穿き、黒いマントを付けていた。見た感じでは彼女は魔法使いのようだ。
座り込んだまま少女は落ちている本を一つずつ拾う。それを見ていたノワールは少女に近づき、落ちている本を拾って少女に差し出した。少女は突然自分に本を差し出す少年を見て目を丸くして驚く。
「大丈夫ですか?」
「え? う、うん、ありがとう」
ノワールに礼を言って少女は本を受け取る。全ての本を拾うと少女は立ち上がり、拾った本を近くの机に置いて服やスカートに付いているゴミやホコリを払い落とす。
「怪我とかはありませんは?」
「うん、転んだだけだから大丈夫」
服を払い終わると少女はノワールを見て微笑みを浮かべる。ノワールも笑って少女を見上げており、ジェイクはノワールの後ろにやってきて少女を黙って見ていた。
ノワールは少女が持っていた本をチラッと見る。本の表紙には火属性魔法の魔導書や魔法発動短縮方法などのタイトルか書かれてあり、それを見たノワールは少女が魔法使いだと確信した。
「貴女は魔法使いなんですか?」
「え? ……うん、まだ見習いだけどね」
「見習い?」
「私、この首都にある魔法学院に通っているの。学院に通っている生徒は卒業するまでは見習い魔法使いとして扱われて、卒業する時になりたい職業を選ぶのよ」
「へぇ~、そうなんですね」
ノワールは初めて知った情報に意外そうな顔を浮かべる。
(そういえば、前にアリシアさんからこの首都には魔法使いを育成する魔法学院と騎士を育成する騎士養成学院があるって聞いたことがあるなぁ……僕やマスターには関係ないことだからあまり詳しく話を聞いたり調べたりはしていなかったけど……)
昔アリシアから教えてもらったことを思い出したノワールは目の前に立つ少女を見上げる。ダークの使い魔で彼をサポートするのが仕事であるノワールには魔法学院や騎士養成学院に関する知識は必要ないのだが、魔法学院の生徒と出会ったことで少し興味が湧いたようだ。
「そういえばまだ自己紹介してなかったよね?」
「あ、そうでした。僕はノワールって言います。後ろにいるのがジェイクさんです」
「よろしくな、嬢ちゃん」
「あ、ハイ。よろしく……」
ノワールの後ろにいる背の高いジェイクを見て少女は少し驚いた表情を浮かべながら頭を下げる。少女はジェイクの体格と顔からすぐに彼が冒険者だと気付き、少し緊張したような態度を見せた。どうやら冒険者と直接話をするのは初めてだったのだろう。
「ところで、お姉さんの名前は?」
「あ、ゴ、ゴメンね。私はアリア、アリア・スカレットって言うの」
「アリアさんですね、よろしくです」
ニコッと笑うノワールを見てアリアは少し頬を赤くする。この時、アリアは心の中でノワールのことを可愛いと感じていた。
ノワールはその幼い外見と礼儀正しさからアルメニスに住む多くの女性の人気を得ていた。更にアルメニス最高の冒険者と言われているダークの関係者ということもあり、多くの人からダークと同じくらいの注目を集めている。ただし、それは人間の姿をしている時であって、子竜の姿をしている時はそれほど注目されていない。そして、なぜ可愛い少年が黒騎士であるダークと共にいるのかを疑問に思う者もいた。
図書館の入口前でノワールたちが会話をしていると、アリアの背後から男の声が聞こえてくる。
「アリア、ここにいたのか」
声をかけられたアリアが振り返るとそこには一人の少年が立っていた。蒼い短髪でアリアと同年齢くらいの外見をしており、服装はアリアと同じ服で長ズボンを穿き、黒いマントを付けている。どうやらアリアと同じ魔法学院の生徒のようだ。
「あ、リゼ君。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。お前がなかなか待ち合わせ場所に来ないから探しに来たんだ」
「え? もう待ち合わせの時間だったの? ゴメン、すっかり忘れてた」
「ハァ、お前って時々そういうところがあるよなぁ……ところで、そこの二人は誰なんだ?」
少年はノワールとジェイクを見てコゼットに尋ねる。少年は何処か警戒するような目で二人を見ていた。幼い少年の姿をしたノワールならともかく、巨漢でどこか怖さを感じられる顔をしたジェイクを警戒するのは無理もないことだ。
アリアは警戒する少年を見るとノワールとジェイクの方を見て二人を紹介する。
「この人たちはさっき会った人たちなの。こっちの男の子がノワール君で大きい人がジェイクさん。私が転んで本を落としたのを拾ってくれたのよ」
「ああぁ、そうだったのか……」
少年は二人が怪しい存在ではないことを知ると安心したのか警戒を解いた。
「紹介します。彼はリゼルク・ラピラズ、私の幼馴染で同じ魔法学院に通っているんです」
「そうなんですか……よろしくお願いします」
「よろしくな」
「あ、ああ、よろしく」
挨拶をする二人を見てリゼルクは返事をし、アリアはノワールたちのやり取りを小さく笑いながら見守る。
「リゼ君、借りてきた本を返してくるから少し待っててくれる?」
「仕方ねぇな、分かったよ。ちゃっちゃと返してこい」
「うん、ありがとう!」
「お、おう……」
笑顔で礼を言うアリアにリゼルクは照れくさそうな顔をする。そんなリゼルクの顔を見たノワールとジェイクはリゼルクはアリアに気があると気付き、彼に気付かれないように笑う。
「それじゃあ、僕たちはこれで失礼します」
「じゃあな、お二人さん」
二人っきりにしてあげようと考えた二人は話を終わらせて図書館から出ていき、アリアは笑顔で手を振り二人を見送った。
ノワールとジェイクが図書館を後にするとアリアは机に置いてある本を積み上げて持ち上げて返しに行こうとする。すると、リゼルクが入口の方を見たままジッとしているのに気づき、アリアは足を止めてリゼルクの方を向く。
「どうしたの、リゼ君?」
「いや、さっきの二人の内、デカいおっさんがいただろう?」
「ジェイクさん?」
「ああ……確かあの有名な冒険者ダークの仲間の名前もそんな名前だったような……」
「え? ダークって先日コレット様をお助けしたあの暗黒騎士って呼ばれているダーク?」
アリアは町の話題となっているダークのことを思い出してリゼルクに確認する。するとリゼルクはアリアの方を向き真面目な顔で頷いた。
「そうだ。黒騎士でありながらとても温厚な性格で、騎士団や冒険者ギルドからの信頼もとても厚いって言われている。しかも冒険者の最高位である七つ星で英雄級の実力を持っているとか……」
「へぇ~、凄い人の仲間なんだねぇ」
「いや、さっきのおっさんがそのジェイク本人かどうかは分からないぜ? 同姓同名ってことも考えられるしな」
「それじゃあ、ノワール君は?」
「分かんねぇ、ただ最近町中でよく見かけられるらしい。あと、噂だけどその暗黒騎士ダークの知り合いだとかなんとか」
「本当!?」
声を上がてリゼルクに近づき確認するアリア。そんなアリアにリゼルクや図書館内にいる住民や職員たちは驚き一斉にアリアの方を向く。リゼルクは図書館にいる人たちに迷惑を分けないようにアリアを落ち着かせる。
「う、噂だよ、噂。俺も本当かどうかは知らないんだ……」
「そうなんだ……」
ノワールのことが少し分かると思って期待していたアリアは何も分からないと聞かされて少し残念そうな顔をする。そんなアリアを見てリゼルクは苦笑いをしながら頭を撫でた。
「そんな暗い顔すんなよ。今度会った時に訊きゃあいいじゃねぇか」
「……うん、そうだね」
少しだけ元気になったのかアリアはリゼルクを見て小さく笑う。リゼルクもそんなアリアを見てニッと笑顔を返す。その後、二人はアリアが借りた本を返し、図書館で本を読むことなく図書館を後にした。
第六章投稿開始しました。今回はノワールを中心にした物語にする予定です。