第五十二話 狂気の本性
城を出たダークたちはガーヴィンから話を聞くために彼の屋敷へ向かった。ガーヴィンの屋敷がある上位貴族の住宅街はそこに住む上位貴族の許可を得た者しか入れず、許可の無い者は住宅街の入口前で見張りの兵士に追い返されてしまう。だがダークたちは王城のメイドであるメノルと一緒にいたおかげで難なく入ることができ、堂々と住宅街の中を歩いてガーヴィンの屋敷に向かっている。
屋敷へ向かう間、ダークたちはメノルから今回の一件にマッケン家が関係していないことを聞かされる。そしてマッケン家の紋章が入った装備品を手に入れることができるのはマッケン家よりも爵位が上の上位貴族だけだということも知った。それを聞いてダークはガーヴィンが今回の事件の黒幕だと確信する。
「……決まりだな。ガーヴィンは暗殺に失敗した時に自分の身代わりにするために、マッケン家の紋章の入った装備を手に入れて暗殺者たちに渡したんだ」
「恐ろしいことを考える男だな……しかし、どうしてガーヴィンは婚約者であるコレット殿下を暗殺しようとしたのだ?」
「それは直接本人に訊いてみれば分かる」
ダークとアリシアは歩きながら低い声で会話をし、そんな二人の後ろでレジーナたちは二人の背中を黙って見ていた。
しばらく歩くと遠くに他の屋敷よりも大きな屋敷が見えてきた。メノルは屋敷を確認するとダークの隣に移動して遠くに見える屋敷を指差す。
「見えました、あれがラパルタン家の屋敷です」
「あれがか……」
ダークはメノルが指さす屋敷を見て呟く。ダークたちは昨夜、モニターレディバグが映し出した映像を見てガーヴィンの屋敷を確認しているので、メノルが指さす前から屋敷がガーヴィンの物だとすぐに気づいた。屋敷を見てアリシアの表情が鋭くなり、レジーナとジェイクも少し緊張した様子を見せる。
「さてさて、黒幕がどんな反応をするか楽しみだな」
「行きましょう、ダーク兄さん」
「お前、兄貴の邪魔をするようなことはするんじゃねぇぞ?」
「アンタもね!」
後ろで言い合いを始めるレジーナとジェイクに振り返ったアリシアとメノルは呆れたような表情を浮かべて二人を見つめる。これから王女暗殺未遂事件の黒幕を捕まえるというのにレジーナとジェイクの緊張感の無いような態度にアリシアは溜め息をついた。
ダークはレジーナとジェイクが言い合う姿を見ると小さく溜め息をつき、そのままガーヴィンの屋敷へ向かう。アリシアとメノルも先に行くダークを見て後についていく。残された二人はしばらくしてダークたちに置いていかれたことに気付き、慌ててダークたちを追った。
屋敷に到着して広い敷地の中を通りダークたちが玄関の前に立つと、メノルは玄関の扉を軽くノックをして呼びかける。しばらくすると玄関の扉が開き、中からガーヴィンと執事と思われる男が姿を現した。
「おや、これはメノル殿。どうなさいました?」
「こんな早い時間に申し訳ありません」
「いえいえ、朝食を終えて少し休んでいたところなので大丈夫です」
爽やかな笑顔を見せながらガーヴィンは返事をする。メノルはそんなガーヴィンの顔を真剣な顔で見つめていた。
(かぁ~っ! よくあんなわざとらしい笑顔ができるもんだなぁ。ああいう作り笑顔をする奴は大抵が人に気に入られようと自分の本性を隠す猫かぶり野郎ばかりだ。恐らくアイツもその類の奴だろうな)
メノルの後ろでガーヴィンの笑顔を見るダークは心の中で呆れと苛立ちを呟く。レジーナとジェイクもダークと同じ気持ちなのか彼の後ろで呆れた表情を浮かべてガーヴィンを見ていた。
しばらくメノルと会話をしていたガーヴィンはメノルの後ろにいるダークたちを見て不思議そうな表情を浮かべる。
「……ところで、今日はどんな御用でこちらへ? 冒険者のダーク殿たちが一緒なのを見ると、何か事件が?」
屋敷に尋ねてきた理由が分からずガーヴィンは再びメノルの方を見て尋ねる。そんなガーヴィンの態度を見たメノルはピクリと反応した。昨日の夕方にコレットが襲われたのだからダークたちが一緒なら訪ねてきた理由はそのことに関係することだと普通は考える。しかしまるで何があったのか分からないような態度を取るガーヴィンを見てメノルはガーヴィンはコレットのことを心配してないのではと感じた。
メノルはガーヴィンの態度に僅かな苛立ちを感じながらも表情を変えずガーヴィンと向かい合う。そしてゆっくりと口を動かして訪ねてきた理由を話し出す。
「……実は先程、姫様が城内で襲われました」
「えっ!? なんですって?」
「昨日、城下で姫様を襲った者たちと同じ姿をしていたのでその者たちの仲間だと陛下たちは考えています」
「そ、そんな……それで、その者たちはどうしたのです?」
「全員捕らえました。姫様も無事です」
「そ、そうですか……よかった」
コレットが無事なのを知ってガーヴィンは安心したのかそっと胸を撫でおろす。彼の後ろにいる執事も同じように安心の表情を浮かべていた。しかし、ダークはガーヴィンの態度を見て目を赤く光らせる。
(コイツ、婚約者が命を狙われたと聞かされたのに最初にコレット様の安否を確認しなかった。いきなり暗殺者たちのことを訊くなんて、まるでコレット様よりも暗殺しようとしていた連中を心配をしているように聞こえた)
自分が結婚する相手が襲われたと聞かされれば誰だって真っ先に結婚相手が生きているのかを確認する。しかしガーヴィンは暗殺者がどうなったのかを最初に尋ねてきた。ダークはガーヴィンがコレットのことをなんとも思っていないと考える。
コレットが生きていることを知って安心した様子を見せていたガーヴィンはメノルの方を向くと笑みを浮かべて頭を下げた。
「わざわざコレット様の無事を知らせに来てくださってありがとうございます」
「いえ、今日お伺いしたのは姫様の安否をお伝えに来たわけではないのです」
「え? それはでなんの御用で?」
「実は私達は――」
「貴方がコレット様を襲わせたと考えているのです」
メノルが説明しようとすると割り込むようにダークが会話に加わってメノルの代わりに説明する。メノルはいきなり会話に入って来たダークに少し驚いた様子を見せていた。
ダークの言葉を聞いたガーヴィンはダークを見ながら驚きの表情を浮かべていたが、すぐに苦笑いを浮かべる。
「な、何を仰っているんですが、ダーク殿? コレット様は私の婚約者ですよ? なぜ私が自分の婚約者を襲わせなければならないのです」
「それを聞くために私たちは此処へ来たのです」
「ア、アハハハ、酷いなぁ。なんの証拠も無しに私をコレット様暗殺の犯人にしようなんて、いくらダーク殿でも言って良いことと悪いことがありますよ?」
「勿論、貴方が今回の一件の黒幕であるという証拠はあります。貴方は昨日の夕方、コレット様を襲った男たちが仮面を付けていたことを知っていた。あの時、私たちはまだ陛下にも仮面のことを話していなかった。なのになぜ貴方はコレット様を襲った奴らが仮面を付けていたのを知っていたのです?」
「そ、そんなの、普通に考えれば分かることではないですか。王族を襲うとなると素顔を見せるわけにはいかない。だから仮面を付けて顔を隠して襲ったのだと私は考えて発言し、それが偶然当たっただけではないですか!」
「顔を隠すだけなら仮面じゃなく、フードを深く被るだけでもいいはず……だが貴方は仮面とハッキリと言った。偶然で片付けるには無理があるのではないでしょうか?」
必死で誤魔化そうとするガーヴィンに対してダークは冷静な態度で言い返す。状況では明らかにガーヴィンが押されており、このまま追い込んでいけばいずれガーヴィンは逃げ道を失い捕まえることができるだろう。
「ガーヴィン殿、詳しいはお話を聞きたいので、城までご同行願います」
ダークが取り調べをするためにガーヴィンを城へついてくるよう要求する。すると、さっきまで追い込まれていた様子のガーヴィンが突然表情を険しくしてダークを睨み付けた。
「いい加減にしろ! 僕は知らない、何も知らないんだっ!」
「……さっきと言っていることが無茶苦茶だぞ?」
「うるさいっ! いきなり訪ねてきて失礼なことを言うなんて、気分が悪い! これ以上お前たちと話すことは何も無い。さっさと帰れ!」
怒鳴り散らしながら一方的に話を終わらせたガーヴィンは執事を連れて屋敷の中へ戻り、勢いよく扉を閉めた。
「ガーヴィン殿! まだ話は済んで……」
メノルがガーヴィンを呼び戻そうとするとダークが腕を前に出してメノルを止める。ダークは閉まった扉を見つめたまま黙り込んでいる。
「どういうつもりだ、ダーク殿!? ガーヴィン殿から話を聞こうとしたのに怒らせてしまっては何も聞き出せないではないか!」
「……いや、あの態度だけ見ればもう十分ですよ」
「え?」
「追い込まれた犯人ほど自分は犯人ではないと感情的になって否定するものなのだ。これまでの根拠とあの男の態度、そしてコレット様を襲ったあの黄緑の髪の男、これらを考えれば黒幕はガーヴィンしかいない」
「だが、それでもまだ決め手と言えるものが……」
メノルはガーヴィンを黒幕として捕まえることはできないと考えて不安そうな顔でダークと話す。すると、突然ダークがメノルの顔の前に手を出して彼女の発言を止めた。ダークの頭の中に突然ノワールの声が響いたのだ。
「マスター」
「ノワールか、どうした?」
ダークは頭に響くノワールに語り掛ける。どうやら城にいるノワールが何か情報を手に入れてメッセージクリスタルで連絡を入れて来たようだ。
突然独り言を言い始めるダークにメノルはまばたきをしながらダークを見つめる。アリシアたちはダークの姿を見てノワールとメッセージクリスタルで会話をしているのだと気付き黙ってダークを見つめていた。
「コレット様を襲った男たちのことでお話が」
「何か分かったか?」
「ハイ。奴等はラパルタン家の私兵部隊らしく、やはりガーヴィンの命令でコレット様を襲ったそうです」
「フッ、決まりだな。やはりガーヴィンがコレット様を襲わせた黒幕だったか」
ガーヴィンが黒幕である証拠、そして彼を捕まえるための条件が揃い、ダークは小さく笑いながら呟いた。
ダークの口から出た言葉を聞き、アリシアたちは表情が鋭くなった。メノルはガーヴィンが黒幕だと聞かされると信じられないのか驚きの表情を浮かべ、そのすぐ後にガーヴィンに対する怒りを顔に出す。
「それから、例の黄緑色の髪の男はダウリングというらしく、昨夜ガーヴィンからコレット様を暗殺するよう命令されたと白状しました」
「昨日の夜、モニターレディバグの映像に映っていた時にその男が話していた相手はガーヴィンだったのか……それで、なぜガーヴィンはコレット様を襲わせたんだ?」
「ダウリングの話ではラパルタン家の未来のためだからとガーヴィンに言われたと……」
「どういうことだ?」
「さぁ? 詳しくは聞いていないそうです」
「そうか……分かった、ご苦労。お前は引き続きマティーリアと一緒にコレット様を守っていろ。私たちはこれからガーヴィンの捕縛に掛かると陛下に伝えておいてくれ」
「分かりました」
そう返事をするとノワールの声は聞こえなくなった。
ノワールとの会話が終わるとダークは屋敷の敷地の外へ向かって歩き出す。敷地から出ていこうとするダークを見てアリシアたちは慌ててダークの後を追いかけた。
「お、おいダーク、どうしたんだ?」
「これからガーヴィンを捕縛する。そのための準備にかかる」
「捕縛ってどうするのだ? さっきの会話からノワールが何かを知らせてきたようだが、ガーヴィンが黒幕だという証拠を手に入れたのか?」
「ああ、例の黄緑の髪の男が全て白状した。やはりガーヴィンが全ての黒幕だそうだ」
「なんと……それで、これからどうするんだ?」
「言っただろう、捕縛の準備をするとな」
「準備って、何をするんだ?」
「歩きながら説明する」
そう言ってダークは早足で屋敷の敷地を出る。そして上位貴族の住宅街からも出るために出入口の方へ向かう。アリシアたちはただ黙ってダークの後を追うようについていった。
「……幼き王女の命を奪おうとした愚かな貴族よ、断罪の始まりだ」
低い声で呟きながらダークは目を赤く光らせた。
――――――
ダークがガーヴィンの屋敷を去ってから一時間後、屋敷は騒がしくなっていた。屋敷の玄関前には鉄製の鎧を着て槍を持つ男が三人立っている。どうやらラパルタン家の私兵部隊の戦士のようだ。
屋敷の中ではガーヴィンが険しい顔をしながら早足で屋敷中の部屋を回り、色んな物を大きなカバンに詰めている姿があった。その様子を先程ダークたちの前にガーヴィンと一緒に現れた執事がオドオドした様子で見ている。
「ガ、ガーヴィン様、どうされたのですか?」
「うるさい! お前もボケッとしていないで金目の物や使えそうな物を集めて鞄に詰めろ!」
「お、落ち着いてください。どうされたのです? 王城のメイドが来てから何やら慌てている様子ですが……」
「アイツらは僕を王女暗殺の黒幕として捕まえようとしている。こんな無礼なことがあるか! 奴らがまた来る前に僕はアルメニスを出る。お前たちも早く支度を手伝え!」
「お、お待ちください。ガーヴィン様がコレット殿下暗殺の黒幕でないのであれば堂々としていればいいのです。こんな夜逃げするような行動を取ればますます怪しまれますぞ?」
「う、うるさい! いいから手伝え!」
目くじらを立てるガーヴィンに執事は驚き、慌てて部屋を飛び出していく。残ったガーヴィンは歯を噛みしめながら手元にある鞄を拳で叩いた。
ガーヴィンがコレットを暗殺させようとした黒幕であることは間違いない。だが、ガーヴィンがコレットの暗殺を計画したことはダウリングを始めとする極一部の者しか知らないことだ。当然先程のメイドはガーヴィンがコレットを暗殺させようとしていたことなど知らない。ガーヴィンは真実を知らない者たちに何も話さず、自分が濡れ衣を着せられていると嘘をついて逃げ出すための手伝いをさせていた。
「此処で捕まれば僕はラパルタン家から追放される。いや、それだけじゃ済まない。王族を暗殺させようとしたんだ、待っているのは確実な死刑だ。幸い父上は私用で首都を出ている。このことが父上に知られれば間違いなく僕は見捨てられる。そうなる前に持てるだけの金品を持って逃げてやる! 屋敷の奴らには僕が逃げ出すまでの時間稼ぎになってもらおう」
屋敷にいる者たちを騙していることに対して全く罪悪感の無い様子でガーヴィンはアルメニスから逃げ出す手順を確認している。そこにはかつての爽やかな笑顔を見せる紳士的なガーヴィンの姿は無い。あるのは自分の罪から逃れようと本性を見せて悪あがきをする愚かな男の姿だけだった。
ガーヴィンが屋敷の中で逃げ出す準備をしている間、屋敷の外では私兵部隊の兵士たちが屋敷の周囲を見張っていた。
「おい、ガーヴィン様は何を騒いでいらっしゃるのだ?」
「知らねぇよ。俺らはただ屋敷に誰も入れるなって命令に従えばいいんだよ」
「そうだな。余計なことは考えない方がいい」
玄関前に立つ三人の兵士はガーヴィンが屋敷の中で何をしているのか考えずに敷地内を見回して誰もいないかをチェックする。彼らもガーヴィンがコレットを暗殺しようとしていたことを知らずにいつも通り自分たちの仕事をしていた。
「しかし、今回はいつもと仕事の内容が違ってるよなぁ。敷地に入ってきた者は追い返し、屋敷に侵入しようとする者は殺しても構わないとまで言ってたんだから」
「ああ、しかも俺たちに指示した時のガーヴィン様はいつもと違って別人のようだった。いつもはとても紳士的な態度を取っているのに、今のガーヴィン様の態度は横暴そうに見えた」
自分たちの主の変わりようを兵士たちは不思議に思っている。どうやらガーヴィンは城だけでなく、屋敷の中でも自分の本性を隠して猫かぶりをしていたようだ。
兵士たちが敷地の中を見回していると、敷地の隅にある茂みがガサガサと動きだす。それに気付いた兵士たちは槍を構えて動いた茂みを見つめた。
「おい、今あの茂み、動いたよな?」
「ああ、俺も見た」
「誰かが隠れているのか?」
茂みを見つめながら兵士たちはゆっくりと動いた茂みの方へ歩き出す。もし茂みの中に誰かがいたら力尽くで追い出すように言われているので兵士たちは槍を強く握り、いつでも攻撃できる態勢に入った。
兵士たちが茂みの数m前まで近づくと茂みが再び動き出す。動いた茂みを見て兵士たちは立ち止まり、槍先を向けながら警戒する。
「おい、誰かいるのか? 隠れていないで出てこい!」
茂みの中に誰かが隠れていると考え、一人の兵士が一歩前に出て呼びかける。だが茂みからは返事は聞こえない。兵士は槍で茂みを軽く突いて様子を窺おうとした。その時、突如茂みの中から小さな何かが飛び出して兵士の額と喉に当たる。額と喉に痛みを感じた兵士は一瞬声を漏らすがその直後にその場で膝を突いて倒れた。
「お、おい、どうした!?」
他の二人は突然仲間の兵士が倒れたのを見て驚き、倒れた仲間に近寄る。兵士が倒れた仲間の顔を確認するとなんと額に銀色の釘が深く刺さっており、喉にも同じ釘が刺さっていた。兵士は釘が刺さった箇所から血を流しておりピクリとも動かず、既に死んでいた。釘が刺さった二箇所の傷が致命傷だったようだ。
死んでいる仲間を見て二人の兵士は驚き思わず死体から離れる。すると再び茂みから何かが飛び出して兵士の二の腕に当たった。兵士が痛みで顔を歪ませながら腕を見ると腕には釘が刺さっており、それを見た二人の兵士は慌てて茂みから離れる。兵士が茂みから離れると再び茂みが動き出し、中から巨大な蟻の姿をしたモンスターが現れた。そのモンスターは黒と緑の体をしており、前脚の先にはのこぎりの刃と金づちの頭が付いている。それはダークが屋敷を建築するのに召喚していたカーペンアントだった。
「な、なんだこのモンスターは!? こんな奴、見たこと無いぞ!」
「いや、そんなことよりもどうして首都の中にモンスターがいるんだ!?」
いきなり現れたカーペンアントに驚きを隠せない二人の兵士。すると、カーペンアントが出てきた茂みや近くにある別の茂みから新たにカーペンアントが姿を見せる。
次々に姿を現すカーペンアントは兵士たちの前に集まり、大きな目で驚く兵士たちを見つめる。その数は全部で十二匹。目の前にいるカーペンアントの群れに兵士たちの顔から血の気が引いた。
「ど、どうなってるんだよ、これ……」
「そんなことは後だ! それよりも、早くこのことをガーヴィン様たちに……」
腕に傷を負った兵士がガーヴィンたちにカーペンアントのことを伝えるよう仲間に言おうとした時、一匹のカーペンアントが口から何かを吐き出して兵士たちを攻撃する。よく見るとそれは先端の鋭い釘だった。さっき兵士たちに刺さった釘はカーペンアントが吐き出した物だったのだ。
釘は兵士の顔に命中し、兵士は全てを言い終える前に絶命し倒れる。また仲間がやられたのを見て最後の一人は恐怖のあまり取り乱し、持っている槍を捨てて屋敷へ向かって走り出す。カーペンアントたちは逃げる兵士の後をゆっくりと追いかけた。
カーペンアントたちが兵士を追いかけて屋敷に向かっていくと敷地の中にダークたちが入ってきた。ダークはガーヴィンの屋敷を去った後、自分の屋敷に待機させておいたカーペンアントたちを連れて再びガーヴィンの屋敷に戻り、カーペンアントたちに屋敷を包囲させていたのだ。勿論、それはガーヴィンを逃がさないようにするためだった。騎士団の兵士たちを使うという手もあったのだが、ガーヴィンに恐怖を植え付けることを考えてカーペンアントたちを使う方法を選んだ。
腕を組むダークの後ろではアリシア、レジーナとジェイクがカーペンアントの働きを見て感心するような表情を浮かべている。屋敷を建てるためのモンスターだと聞いていたので戦闘では役に立たないと感じていたのだが、実際戦う姿を見て戦いでも使えるモンスターだと知り、意外に思ったのだろう。そんなアリシアたちの隣ではメノルがカーペンアントたちを見て呆然としている姿があった。
「モ、モンスターが言うことを聞いている……どうなっているんだ……いや、それ以前にモンスターを操ることができるなんて、ダーク殿、貴方は何者なのだ?」
「……ただの暗黒騎士ですよ」
メノルの問いにダークは適当な答えを出す。勿論、メノルがそんな理由で納得するはずがない。だが今はガーヴィンを捕まえることが先なので深く追及しようとしなかった。
兵士が玄関を開けて屋敷へ逃げ込むと、カーペンアントたちは玄関や窓の前に移動し、誰も屋敷から逃げ出せないように包囲した。カーペンアントの包囲が完了するとダークたちは玄関へ向かい、扉を開けて屋敷の中へ入る。
屋敷に入ると赤いカーペットが敷かれたエントランスがダークたちの視界に入った。エントランスには先程カーペンアントに襲われた兵士やメイド、執事が驚きの表情を浮かべてダークたちを見ている姿がある。
「さて、ガーヴィンは何処にいるんだ?」
ダークがエントランスを見回してガーヴィンを探しているとエントランスの奥の扉から大きな鞄を持ったガーヴィンと執事が姿を現す。ガーヴィンはダーク達の姿を見ると目を見開いて驚いた。
「き、貴様ら!」
「また会ったな、ガーヴィン?」
「な、何をしに戻ってきた!?」
「決まっているだろう。コレット様暗殺未遂事件の首謀者であるお前を捕らえに来たのだ」
ダークがガーヴィンに向かって言い放ち、エントランスにいるメイドや執事たちはそれを聞いて驚きながらガーヴィンの方を向く。ガーヴィンは何も知らないメイドや執事たちに秘密がバレてしまったことで表情が変わる。
「ふ、ふざけるな! 僕は何も知らないって言っただろう! そもそも僕がコレット様を狙ったという証拠はあるのか!?」
執事たちに本当のことがバレるとマズいと感じ、ガーヴィンは声を上げながら否定する。だがダークは既にガーヴィンを追い込む切り札を持っているので慌てることなく話を続けた。
「先程、城にいた私の仲間が来てな。コレット様を襲った者の一人がお前にコレット様暗殺を命令されたことを自白したと教えてくれた」
「なっ、なんだと!?」
「確か、ダウリングと言っていたな。ソイツは昨日の夜、お前からコレット様を暗殺するよう命じられたと言っていたそうだ」
「し、知らない! 僕はダウリングなんて男など知らない!」
「おっ? どうしてダウリングが男だということを知っているんだ?」
「……あっ!」
「私はコレット様を襲った連中が男だと言ったが、そのダウリングという人物が男であるとは一言も言っていないぞ。なのになぜお前がダウリングの性別を知っている?」
とんでもないミスをしたことに気付いたガーヴィンの表情が固まった。今の発言は自分がダウリングのことを知っている、つまりダウリングにコレットを殺すように指示したのを認めたことを意味している。もはやガーヴィンに言い逃れはできなかった。
「いい加減に観念しろ。お前の負けだ」
低い声でガーヴィンに敗北を宣言するダーク。ガーヴィンは俯いたまま持っていた鞄を床に落とす。中には大量の金貨や銀貨が入った革製の袋、売ればかなりの値段になるであろう宝石などが沢山出てきた。それを見たダークたちはガーヴィンはすぐに首都から逃げ出そうとしていたのだと知る。
俯いたまま黙り込むガーヴィン。するとガーヴィンは突然体を震わせながら笑い出した。
「……フ、フフフフフ、アーッハハハハハハ! なんて馬鹿なミスをしてしまったんだ。最後の最後で墓穴を掘っちまうなんてなぁ!」
いきなり狂ったように笑い出すガーヴィンを見てダークたちは目を鋭くしてガーヴィンを見つめる。周りにいるメイドや執事達もガーヴィンの変わりように言葉を失っていた。
「そうだ、僕があのチビを殺すように指示したんだ! 文句あるかぁ!?」
「ようやく本性を現したか……」
「……ガーヴィン殿……いや、ガーヴィン、なぜ姫様のお命を狙った? そのまま結婚していれば王族の身内となり、ラパルタン家の未来も安定したはずなのに」
メノルが鋭い目でガーヴィンを睨みながら尋ねる。彼女の言う通り、あのままコレットと婚約し続け、そのまま結婚すればガーヴィンにとってもラパルタン家にとっても都合がいいはず。なのになぜ婚約者である王女を殺させようとしたのか、誰だって疑問に思うことだった。
高笑いしていたガーヴィンはチラッとメノルの方を向き、まるで他人を見下すような表情を浮かべた。
「ハッ、何を馬鹿なことを! あんな幼いチビなんか僕の花嫁に相応しくない! 僕に相応しいのはアルティナ様のような美しく男に忠実な女性なんだ。あんな偉そうな態度を取るガキなどと結婚すればいい笑い者だっ!」
ガーヴィンが口にしたコレット暗殺の動機を聞いてメノルは耳を疑う。ガーヴィンがコレットを殺そうとした理由、それはコレットのように幼い年下の少女と結婚するのが嫌だという無茶苦茶な理由だった。このあまりにもくだらない動機にはダークとアリシアたちも呆れ果てる。
自分勝手な動機でコレットを殺させようとしたガーヴィンにメノルの怒りは限界まで来ていた。肩を震わせながらメノルはガーヴィンを睨み付け、隠し持っているナイフを取り出して構える。
「ガーヴィン! 自分勝手な動機で王族を殺そうとした貴様だけは決して許さない! 姫様のためにも貴様をここで成敗する!」
「ハッ! たかがバトルメイド如きが偉そうなことを言うな! それに僕を成敗? そういうことはコイツを倒してから言うんだなっ!」
そう言ってガーヴィンは指をパチンと鳴らす。するとガーヴィンが出てきた扉の奥から何者かが姿を見せる。身長はダークと同じくらいでボサボサの茶色い長髪に長い髭面をした三十代後半ぐらいの大男だ。利休茶色のボロボロの服とズボンを穿いている。丸太のように太い腕と足をしており、腕や足には血管が浮かび上がっていた。
大男はゆっくりと歩いてガーヴィンの隣までやってくる。ガーヴィンはその男を見て笑みを浮かべていた。
「あ、あの男は!」