第五十一話 二度目の襲撃
明朝、太陽が町を照らし、また新しい一日が始まる。城の四階にある一室ではネグリジェ姿のコレットが小さな寝息を立てながらキングサイズのベッドで眠っていた。部屋にはベッドの他にアンティークな机や椅子、化粧台やタンスなどが置かれてある。幼いとは言えコレットも王女、王族が使うのにふさわしい高価な家具が置かれてあった。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、コレットの顔に当たるが彼女は反応を見せず眠り続けている。昨日の外出と仮面の男たちの襲撃で肉体的にも精神的にも疲れていたコレットはいつもなら起きているこの時間でもまだ目を覚まさない。昨夜は何者かが城に侵入してきたなどという事件は起こらず、コレットもゆっくり休むことができた。だがそれでもまだ疲れが取れていないのかベッドの真ん中で布団をかぶっている。
コレットが小さく声を出しながらベッドの中で寝返りをする。すると入口である大きな二枚扉を誰かがノックした。
「姫様、おはようございます」
「まもなくご朝食のお時間です」
「んん……んん~……」
扉の向こうから二人のメイドの声が聞こえてくる。だがコレットは起きる様子を見せずに眠り続けた。
部屋の外ではコレットを起こしに来た二人のメイドは返事をしないコレットに不安げな表情を浮かべてお互いを見つめ合う。彼女たちの昨日の襲撃事件のことは知っている。だからコレットの身に何かがあったのではないかと感じていたのだ。
「……コレット様?」
一人のメイドが少し力を入れてもう一度ノックをする。だがやはりコレットは返事をしない。メイドたちは更に不安な表情を浮かべる。そこへコレットの警護であり世話係であるシルヴァとメノルがやってきた。
「貴女達、どうしたのですか?」
「姫様は起きられたのか?」
「あっ、シルヴァさんにメノルさん。さっきからノックしているのですが、コレット様がお返事をなさらないのです」
「何っ!?」
メイドたちからコレットの返事がないと聞かされたシルヴァとメノルの顔に緊張が走る。コレットの身に何かあったのかと感じる二人はスカートの下に隠してあるナイフを取り出す。それを見たメイドたちは慌ててその場から移動し廊下の隅へ行く。
シルヴァとメノルは扉に耳を当てて中から音が聞こえるかを確認する。そして僅かに音が聞こえ、それを聞いたシルヴァとメノルの目を鋭くなった。二人はお互いに見つめ合い、一度頷いてから同時にドアノブを捻り、飛び込むように部屋に入る。中を見ると不審者などの姿は無く、ベッドの上で眠っているコレットの姿だけがあった。
コレットが眠っている姿を見たシルヴァとメノルは呆然としながらまばたきをした。返事がなかったのかコレットが連れさらわれたのではなく、ただ熟睡していて返事をしなかっただけだと知り、ナイフを持つ手を下ろしながら溜め息をつく。
「あ、あの……シルヴァさん、メノルさん?」
「ハァ……姫様はご無事です。眠っていて返事をされなかっただけですよ」
「え……そ、そうだったんですか?」
「よかったぁ~」
メイドたちはコレットが無事なのを知ると力が抜けたのかその場に座り込む。シルヴァとメノルも疲れたような顔をしながら持っていたナイフをしまう。
「……あとは私たちがやっておく。お前たちは朝食の準備の手伝いをしてきてくれ」
『ハ、ハイ』
メノルの指示を聞いたメイドたちは慌てて立ち上がり、朝食の準備に向かう。メイドたちが行くとシルヴァとメノルも仕事に取り掛かった。
シルヴァがカーテンを開けて部屋に日の光を入れる。ベッドの中のコレットは日の光を目に受け、眩しさのあまり顔を布団で隠す。そんなコレットにメノルが近づき、布団をかぶるコレットの体を揺すった。
「姫様、起きてください」
「う~ん……なんじゃあ?」
「おはようございます」
「……おおぉ、メノルか……おはよう」
「まだ眠ってらっしゃったのですか? もういつもならお目覚めになられているお時間ですよ?」
「んん? なんじゃ、もうそんな時間かぁ……」
いつもより寝すぎたことを知ったコレットは起き上がって目を擦る。そして布団をどかすと大きく口を開けて欠伸をした。そんなコレットの姿を見てシルヴァとメノルは安心したのか小さな笑みを浮かべる。
ベッドから出たコレットは化粧台の前に座ると髪を梳かし、用意された洗面器の水で顔を洗う。それが済むとシルヴァとメノルはコレットの着替えを手伝った。コレットがネグリジェを脱ぐとシルヴァとメノルがコレットにドレスを着せていき、コレットは化粧台の鏡を黙って見つめている。
「姫様を起こしに来たメイドたちが、姫様が返事をされなかったので凄く不安そうな顔をしてましたよ?」
「そうか……悪いことをしてしまったのう」
「眠っておられたのですから仕方がありません……しかし、いつも起きておられる時間まで眠ってらっしゃるとは、やはり昨日のことでお疲れだったのですか?」
「うむ、それもある……」
「それも?」
コレットの後ろでドレスの編み上げひもを結ぶシルヴァが不思議そうな顔でコレットの顔を見る。鏡を見つめていたコレットは暗い顔をしながら小さく俯いた。
「……昨夜はなかなか眠れなかったのじゃ。妾が眠っている間に賊が侵入して妾を殺しに来るのではないかと不安になってのう。ベッドの入ってからしばらくは眠ることができなかった」
「そうだったのですか……」
シルヴァは俯くコレットを見つめながら気の毒そうな顔をする。自分よりも幼いコレットが賊から命を狙われ、しかもまた賊が襲ってくる恐れがあるのだ。不安にならない方がおかしい。シルヴァがそう思っていると俯くコレットの肩が微かに震えているのに気づく。それを見たシルヴァとメノルは着替えの手を止めてコレットの肩に手を置いたり、手をそっと握ったりなどする。
コレットがふと顔を上げて鏡に映るシルヴァとメノルの顔を見ると二人の顔はまるで妹を支える姉のような暖かい笑顔だった。
「大丈夫です。姫様は私たちが命を懸けてお守りします」
「どうかご安心ください」
「シルヴァ、メノル……すまぬ」
自分を励ましてくれるシルヴァとメノルにコレットは目を閉じて礼を言う。彼女にとって二人は自分の世話をし、身を守るバトルメイドであるのと同時に頼りになる姉のような存在と言えた。
着替えを終えたコレットはシルヴァとメノルを連れて食堂へ向かう。彼女たちが食堂に着くと既にマクルダムやロイク、アルティナが先に席に着いており、三人はコレットが食堂に入るのを見ると笑顔を浮かべた。無事に彼女が一夜を過ごしたことにホッとしたらしい。コレットは家族に挨拶をしてから自分の席に着き、全員が席に揃うと執事とメイドは王族たちの前に料理を運んだ。
朝食が済むとコレットはしばらくマクルダムたちと会話をしてから食堂を出た。自室へ戻る間、コレットはシルヴァとメノルから今日一日の予定を聞かされる。勿論、その内容はコレットにとって楽しいものではなかった。
「姫様、今日のご予定ですが、午前中に歴史、政治のお勉強。午後にはピアノのレッスンと礼儀作法のお勉強となっております」
「ハァ、昨日あんなことがあったのに今日も勉強か……」
「それとこれとは話が別です」
さっきまで優しい姉のような態度だったシルヴァは厳しいメイドの態度へと変わっていた。状況の応じて態度を素早く変えるところは長年メイドをやっていた彼女だからこそできることだ。勿論メノルも同じで勉強を嫌がるコレットの味方をすることなく黙っていた。そんな二人にコレットは深い溜め息をつく。
自室の前にやってきたコレットは扉の前で立ち止まり、また深いため息をつく。そしてゆっくりと振り返り、後で並んで立つシルヴァとメノルを見た。
「まもなく歴史の先生がお見えになります。それまではお部屋でお待ちください。何かありましたら私たちは外におりますのでお呼びください」
「分かった……」
めんどくさそうな顔をしながらコレットは扉を開けて部屋へと入る。コレットが中に入ると扉はゆっくりと閉まった。
コレットは部屋に入るとシルヴァとメノルは扉の左右に立ち、壁に背を向けながら立つ。バトルメイドである二人はコレットの警護も仕事なのでコレットが自室にいる間に彼女に何かあったらすぐに部屋へ入れるよう常に扉の前に控えている。
コレットが部屋に入ってからしばらく経ち、その間、シルヴァとメノルは無駄な動きをせずに立っていた。そんな中、メノルがシルヴァの方を向き、小声でシルヴァに語り掛ける。
「姉さん、お訊きしたいことがあるのですが、いいですか?」
「なんです?」
「例のマッケン家の紋章が入った装備なのですが何か分かりましたか?」
メノルは昨日コレットを襲撃した男たちが身に付けていたマッケン家の紋章の入った装備品のことが気になりシルヴァに尋ねる。それを聞いたシルヴァは視線だけ動かしてメノルを見た。
実は昨日のうちにマクルダムは、マッケン家の屋敷へ兵を向かわせて彼らから男たちが持っていた装備品のことについて詳しく話を聞いていた。シルヴァはマクルダムたちからマッケン家が話した内容を聞いていたが、メノルはあの後ずっとコレットに付いていたので何も聞いていなかったのだ。
「……例の装備について、マッケン家は何も知らないと言っていたらしいです」
「何も知らない?」
「ええ、男たちに装備品を渡していないし、男たちのことも何も知らないと言っていました」
「マッケン家の人間が嘘をついているのでは?」
「陛下たちも最初はそう考えておられたようです。ですが、彼らには姫様を襲う理由がありません。それにマッケン家は姫様が昨日外出されることを知らなかったのです。ですから昨日姫様を襲った連中はマッケン家の差し金ではないということになります」
「ではやはり何者かがマッケン家に罪を擦り付けるためにマッケン家の紋章の入った装備品を男たちに渡したと?」
「その可能性は高いでしょうね。マッケン家の使っている装備品はマッケン家が契約している武器屋や防具屋から購入している物です。つまり、その契約している店には同じ物が売っているということですから誰でもマッケン家が使っている物と同じ装備品を手に入れることができるのです」
「ですが、同じ装備品を手に入れることができても貴族であるマッケン家の紋章の入った装備品を手に入れることなどできませんよ」
「ええ、確かに……普通のお客さんにはできないでしょうね」
「え?」
ジルヴァが口にする意味深な言葉にメノルは反応する。
「一般のお客さんには貴族の紋章の入った装備品を手に入れることはできません。ですが、マッケン家以上の立場にある者なら手に入れることは可能です」
「それって、つまり……」
「姫様を襲わせた黒幕は伯爵以上の爵位を持つ貴族、そして姫様が外出されることを知っていた者ということになります。それを考えれば黒幕の正体も絞られてくるでしょう」
「しかし、いったい誰が……」
黒幕が誰でなんのためにコレットを襲ったのか分からないシルヴァとメノルは難しい顔をして考え込んだ。
「……うわああああああっ!」
突如部屋の中から聞こえてきたコレットの悲鳴にシルヴァとメノルは反応する。二人は隠してあるナイフを取り出し、勢いよく扉を開けてコレットの部屋へ飛び込んだ。
「姫様!?」
「姫様、どうされました!?」
シルヴァとメノルが叫びながら部屋に入ると、そこには昨日コレットを襲おうとした男たちと同じマッケン家の紋章の入った装備を身に付け、ドクロの仮面をつけた五人の男たちが立っていた。そして真ん中にいる男の腕の中には喉元にシミターの刃を付きつけられたコレットの姿がある。コレットが部屋に入ってから大きな物音は一切しなかった。恐らく男たちはコレットが朝食で部屋を出ている間に忍び込みどこかに隠れていたのだろう。
「シルヴァ、メノル……」
「姫様!」
「動くな!」
メノルがコレットを助けようとすると、コレットを拘束している仮面の男がシミターの刃を光らせた。喉元で光る刃を見てコレットは震える。下手に動けばコレットの命は無いと知り、メノルは歯を噛みしめながら仮面の男たちを睨む。
「貴様等、昨日コレット様を襲った連中の仲間だな! どうやって此処まで来た!?」
「それを素直に話すと思うか?」
「クッ、貴様ぁっ!」
「落ち着きなさい、メノル!」
感情的になるメノルをシルヴァは落ち着かせた。彼女も本当はすぐにコレットを助けたいと思っているが、コレットが人質になっている以上、下手に動くことはできない。今は冷静になり、時間を稼ぎながらコレットを助ける方法を考えるしかなかった。
「貴方たち、姫様をどうするつもりですか?」
「当然、殺す。我々はそのためのこの城に来たのだからな」
「なぜ姫様を狙うのです? 恨みか何かですか?」
「違う。我々は殿下に何の怨みも無い。ただ、主から殺せと命じられたので殺すだけだ」
「主……やはり貴方たちの後ろに黒幕がいるのですね? それもこの国で強い権力を持つ者が……」
「フフフフ……」
シルヴァの言葉に仮面の男は笑いながらシミターの刃をコレットの顎に付ける。近づく刃にコレットは涙目で固まった。
「やめろっ!」
メノルが仮面の男に向かって叫ぶ。すると男はゆっくりとコレットの顎に付けていた刃を放した。
「……安心しろ、まだ殺さない。少なくとも我々がこの城から脱出するまでの間はな」
コレットを城から脱出するための人質にする仮面の男達にシルヴァとメノルは表情を鋭くする。どうすればコレットを無傷で助けることができるのか、二人は男たちを睨みながら必死に考えた。
動けないシルヴァとメノルを見て仮面の男たちはコレットの部屋から脱出するために動こうとした。すると、男たちの背後にある大きな窓の外から何かがコレットの部屋に向かって飛んでくる。シルヴァとメノルはその飛んでくる何かに気付いてそれを見つめた。それは勢いを弱めること無く真っ直ぐ飛んできて徐々に大きくなり、姿もハッキリ見えるようになってくる。それはなんと、漆黒の体をした子竜、ノワールだった。
飛んでいるノワールはコレットの部屋の窓が近づいてくると更に速度を増す。そしてそのまま部屋の窓を破り、コレットの部屋に突入した。いきなり窓を割って飛び込んできたノワールにシルヴァとメノルは目を見開いて驚く。
背後から窓が割れる音がし、仮面の男たちは一斉に振り返り部屋に飛び込んできたノワールに気付く。ノワールはコレットを人質に取っている男に向かっていき、勢いよく背中に頭突きをする。頭突きをされた男は体勢を崩し、捕まえていたコレットの手を離す。コレットが解放されるとノワールの突入に驚いていたシルヴァは正気に戻り、急いでコレットに駆け寄り彼女を保護する。
コレットが保護されたのを確認したノワールはシルヴァとメノルの前に移動して彼女たちに背を向けて、飛んだまま仮面の男たちを見る。男たちが怯んでいるのを確認するともう一度コレットたちの方を向いた。
「大丈夫ですか?」
「貴方は……ノワール、殿?」
「どうして此処に?」
「マスターに言われたんです」
「ダーク殿に? どういうことですか?」
「説明は後です。まずはこの状況をなんとかしないと……」
そう言ってノワールは説明を一度やめて仮面の男の方を向く。男たちは体勢を直して落としたシミターや短剣を拾う。そして突如現れたノワールを見て全員が武器を構える。
「な、なんなんだ、このちっこいドラゴンは?」
「知るか! だが、俺たちの敵であることは間違いないな……隊長、どうしますか?」
「構わん、どうせコレット殿下と共にそこのメイドたちも殺す予定だったのだ。ドラゴンの一匹が増えたところで作戦に変更はない。殺せ!」
コレットを人質に取っていた仮面の男が指示すると他の男たちも一斉に目の前で飛んでいるノワールを見つめる。そんな男たちを見てノワールはやれやれと言いたそうに溜め息をつく。するとノワールの体が光り出し、ノワールは子竜の姿から少年の姿へと変わった。
いきなり目の前に現れた杖を持つ少年にコレットたち、そして仮面の男たちは呆然とする。ノワールは驚く男たちを見て持っている杖を前に出した。
「……弱い者いじめになっちゃうかもしれませんね」
少し面倒そうな口調でノワールが呟く。すると、驚いていた仮面の男たちは我に返り、一斉にノワールに襲い掛かった。シルヴァとメノルは男たちが少年に襲い掛かるのを見て助けなければならないと感じ持っているナイフを構える。だが、次の瞬間、彼女たちは驚くべき光景を目の当たりにする。
一人の仮面の男が短剣でノワールに切りかかる。ノワールは短剣をかわすと持っている杖で男の顔を殴打した。殴られた男は大きく飛ばされて壁に叩き付けられて動かなくなる。仲間が一撃で倒されたのを見て四人の男は固まって飛ばされた仲間を見ており、その隙にノワールは素早く他の男たちに攻撃した。
ノワールは二人目の男の腹部を杖で叩いて倒し、その隣にいる男に蹴りを打ち込み後ろへ蹴り飛ばす。攻撃を受けた二人は何もできずに一撃で戦闘不能になった。
更に二人の仲間が倒されたのを見て別の男がシミターを振り下ろしてノワールに攻撃する。ノワールは杖でシミターを払い、軽くジャンプして男の顔面にパンチを打ち込んだ。ノワールのパンチで男の仮面は砕け、殴られた男も糸の切れた操り人形のようにガクッと膝を突いて倒れる。あっという間に四人を倒し、残るはコレットを人質に乗っていた男だけだった。
僅か数秒で仮面の男四人を倒したのを見てコレットたちは目を丸くして驚く。ノワールは魔法使いで接近戦は不得意なほうだが、レベルが94ならたとえ苦手な接近戦でも仮面の男たち程度には負けず楽に倒すことができた。
残された男も目の前の少年の強さに驚きを隠せずにいる。ノワールが男を見て杖を構えると男はやけになったのかシミターを両手で握りながらノワールに突っ込む。ノワールは何も考えずに正面から突っ込む男を見て小さく溜め息をつき、杖の先を男に向ける。
「衝撃!」
ノワールが叫ぶと杖の先が薄っすらと白く光り出す。その直後、杖の先から見えない何かが放たれて男の腹部に命中した。腹部に衝撃を受けた男は何が起きたのか分からずに大きく後ろに飛ばされてコレットのベッドに叩き付けられ、そのまま意識を失う。ノワールは最後の一人を倒すと杖を下ろして軽く息を吐いた。
<衝撃>は風属性の下級魔法の一つで相手を吹き飛ばす効果のある魔法だ。殺傷能力は無く、命中しても敵はダメージを受けない。その代わり、素早く発動でき、敵を大きく吹き飛ばして距離を取ることができるため、敵に囲まれた時や体勢を立て直したい時にはよく使われる。ただし、この魔法を使う者よりもレベルが二十以上高い敵は吹き飛ばせない。つまりレベル94のノワールには吹き飛ばせない敵はいないということになる。
仮面の男を全員倒したノワールは振り返ってコレットたちに近づく。三人はノワールの驚くべき強さを目にして未だに呆然としている。
「コレット様、大丈夫ですか?」
「……え? あ、ああ、大丈夫だ」
「そうですか、よかった」
「……お、お前、ノワールなのか?」
「ハイ、そうですが?」
目の前にいる少年があの子竜のノワールだと知り、コレットやメイド姉妹は更に驚きの表情を浮かべる。竜が他人の力を使わずに自分で人間の姿になるなどあり得ないことだからだ。あのマティーリアでも帝国の魔法使いたちの力を借りて竜人となったのだから。
ノワールは座り込んでいるコレットに手を差し伸べ、それを見たコレットはノワールに手伝ってもらいゆっくりと立ち上がる。コレットは人間の姿になったノワールの顔を見ると照れているのか少しだけ頬を赤くする。
「そ、それはそうとノワール、お前はどうして此処におるのじゃ? ダークに言われて来たと言っておったが……」
「ああ、そのことですか……マスターに黒幕を捕まえるまでコレット様の傍にいろと言われて来たんです」
「傍にいるとは、妾を守れということか?」
「ええ、そうです」
コレットは自分を守るためにわざわざノワールを向かわせたダークの心遣いを知り、目を閉じて小さく笑いダークに感謝する。このノワールの救援こそが昨夜ダークがノワールに言っていた頼みだったのだ。コレットの暗殺に失敗した敵は必ずまたコレットを殺すために動くとダークは確信しており、彼女の身を守るためにダークはノワールを護衛として送った。そのおかげで今回もコレットは暗殺されずに済んだ。
二人の隣ではシルヴァも自分の主を守ってくれたノワールと彼を護衛として送ってくれたダークに感謝しているのか微笑みを浮かべていた。一方でメノルは幼い子供の姿をしているノワールに助けられたことが少し悔しいのかノワールから目を逸らしている。だがそれでもノワールに感謝しているのか自分の頬を指で掻きながらチラチラとノワールを見ていた。
ノワールはコレットたちに自分が城に来た理由を説明すると、倒れている仮面の男たちの方を向いて彼らを睨み付け、ゆっくりと男たちに近づいていく。
「……昨日暗殺に失敗してまたコレット様を狙ってくると思っていましたが、まさか翌日、しかもこんな明るいうちに動くとは思いませんでした」
少し低い声を出しながら呟くノワールはコレットを人質に取った仮面の男の前まで来るとポケットに手を入れて、ポケットの中からメッセージクリスタルを取り出した。
仮面の男たちを見回してからノワールは四角い水晶を顔に近づけ、メッセージクリスタルを使用する。するとメッセージクリスタルは水色に光り出した。コレットたちはノワールが持っている水晶が突然光り出したことに驚きその水晶に注目する。
「マスター、聞こえますか?」
「……ノワールか」
「ハイ、マスターの読み通り、早速奴らが動きました」
「何、こんなに早くか?」
「ええ、また昨日の男たちと同じマッケン家の装備をしてコレット様の部屋でコレット様を襲っていました」
「チッ、大胆な連中だ……それでコレット様は?」
「無事です。賊は僕が全員片付けました」
「そうか……分かった、私もアリシアたちを連れてそっちへ行く。お前はそのままコレット様の傍にいろ」
「分かりました」
ノワールがそう言うとメッセージクリスタルの光は消え、水晶は砕け散り消滅した。
水晶が砕けるとノワールは目の前で倒れている仮面の男を睨みながら彼の前で姿勢を低くする。するとコレットがノワールに驚きの表情を浮かべながら話しかけてきた。
「ノ、ノワール、さっきのは何じゃ? 水晶からダークの声が聞こえたが、あれはマジックアイテムの一種なのか?」
コレットはノワールが使ったアイテムに興味があるのかノワールに近づいて色々尋ねてくる。そんなコレットを見て困り顔を浮かべるノワールは状況を考え、また今度説明するなど話して適当に話を終わらせた。
ノワールは目の前で倒れている仮面の男を見つめるとドクロの仮面を外して素顔を確認する。なんとそこには昨夜ダークたちがウォッチホーネットの目を通して確認したあのガーヴィンの屋敷にいた黄緑の長髪の男、ダウリングの顔があった。
男の顔を確認したノワールの表情は変わり、彼は今回の一件の黒幕がガーヴィン、もしくはガーヴィンの家の者だと確信する。ノワールは持っている仮面を床に置くと真面目な顔でコレットたちの方を向く。
「……コレット様、すぐに陛下たちを呼んできてください。今回の一件の黒幕が分かりました」
「何? 本当か?」
「ええ、今マスターたちがこちらへ向かっています。説明はマスターが来てからしますので」
「……分かった。シルヴァ、すぐに父上たちを呼んでまいれ」
「かしこまりました」
シルヴァは早々と部屋を出てマクルダムたちの下へ向かう。残ったノワールたちは部屋で倒れている仮面の男たちを見ながら彼らが目を覚ましてまた襲ってくるのではないかと考えながら警戒してダークたちの到着を待った。
それからしばらくしてシルヴァがマクルダムとロイクの王族、数人の衛兵を連れて戻ってくる。マクルダムたちは部屋で倒れている仮面の男たちを見て驚きの顔を見せるが、コレットが無事であることを知ると安心の表情を浮かべた。コレットから事情を聞いたマクルダムはコレットを助けた少年、ノワールに礼を言う。だがすぐにマクルダムは見知らぬ少年が城内にいるのことを不審に思う。そんなマクルダムにコレットはノワールがダークの使い魔である子竜であることを説明した。マクルダム達は子竜が人間の姿になるなど信じられないとコレットと同じように驚きの反応を見せ、それを見たノワールは苦笑いを浮かべる。本当はノワールが子竜で人間に変身できるということは隠しておきたかったのだが、状況が状況なので仕方がないとノワールは考えた。
マクルダムたちが部屋に来てから数分後、ダークたちが城門前に来ていることを衛兵が知らせにやって来た。マクルダムはコレットから黒幕の正体が分かったことを聞いて詳しいことを知るためにダークたちを通すように指示する。しばらくするとマクルダムたちの前に衛兵に案内されたダークがアリシア、レジーナ、ジェイク、マティーリアの四人を連れて現れた。
「マスター!」
「ノワール、ご苦労だったな」
「いえ……それよりも、コレット様を襲った連中の中に例のガーヴィンの屋敷にいた男がいました」
「……やはりな。その男がコレット様の暗殺に加わるのではないかと予想はしていた」
ノワールからダウリングのことを聞いたダークはコレットの部屋を覗き込む。部屋の中ではダウリングを始め、コレットを暗殺しようとした男たちが縄で縛られて座り込んでいる姿がある。その近くには槍を持った衛兵の姿があり、ダウリングたちを見張っていた。
ダウリングたちが大人しくしている姿を見たダークたちは、とりあえずこれ以上の騒ぎにはならないと感じる。すると真剣な顔をしたマクルダムがダークに近づいてきて声をかけてきた。
「ダークよ、登城してそうそう悪いのだが、我々に説明してもらえるか? 今回のコレットの暗殺の黒幕が分かったとそなたの……使い魔だったか? そこの少年が言ったのだが、本当なのか?」
「ええ」
人間の姿をしたノワールがダークの連れていた子竜だということがまだ受け入れきれていないのか少し動揺した口調をするマクルダム。そんなマクルダムにダークは冷静な口調で返事をした。
ダークはマクルダムの話の内容からノワールが子竜から人間に変身したのを見られたのだと知った。しかし、コレットを守るために変身したのだと気付き、ノワールを責めること無くマクルダムとの会話を続ける。
「結論から言いますと、コレット様を襲わせた黒幕はガーヴィン・ラパルタンかその家の者です」
「な、なんだと!?」
「ダーク、どういうことじゃ!?」
意外な人物の名前が出たことでマクルダムとコレットは思わず驚きの声を出す。周りにいるロイクや衛兵たちも驚愕の表情を浮かべている。
「な、何を言っておるのじゃ! あの者は妾の婚約者じゃぞ? なぜガーヴィンが妾を暗殺するようなことを……」
「それはまだ私にも分かりません。ですが、彼が今回の暗殺に関わっているという証拠は幾つもあります。そして何より、そこで倒れている男は昨夜ガーヴィンの屋敷にいた男なのです」
ダークが拘束されて座り込んでいるダウリングを見つめ、マクルダムたちも一斉にダウリングに視線を向ける。ダウリングは拘束する時に目を覚ましており、マクルダムたちが自分の方を向くと目を逸らした。
マクルダムはダウリングが自分たちから目を逸らしたのを見て何か知っていると感じ、ダウリングに近づき問いかける。
「おい、ダークの言ったことは本当なのか? そなたは昨夜、ガーヴィンの屋敷にいたのか?」
「クッ……」
ダウリングはマクルダムの質問に答えずに黙り込む。その反応を見たダークはマクルダムに声をかける。
「陛下、普通に訊いてもきっとその男は何も喋りません。こんなことをする連中ですから敵に捕まった時に情報を漏らさないように訓練を受けているはずです。恐らく普通の尋問や拷問程度では何も喋らないでしょう」
「では、どうやって情報を聞き出すのだ?」
マクルダムがダークの方を向いて少し不機嫌そうな口調で尋ねる。するとダークはダウリングを見つめながら目を赤く光らせた。
「普通じゃない方法で聞き出せばいいだけですよ」
「……は?」
ダークの言っていることの意味が分からないマクルダムは思わず声を漏らす。周りにいるコレットたちも意味が分からずに難しい顔を見せていた。
「ノワール、お前は此処に残ってこの男から情報を聞き出せ。多少であれば手荒なことをしても構わない」
「分かりました。マスター」
「マティーリア、念のためにお前も残れ。もしまたコレット様の命を狙おうとする者が現れたらノワールと共にソイツらの相手をしろ」
「ハァ、仕方がないのう」
「何か分かったらすぐに知らせろ?」
ノワールとマティーリアに指示を出すとダークはポーチから新しいメッセージクリスタルを取り出してノワールに渡す。そしてダークは座り込むダウリングをもう一度見つめてから彼に背を向けて部屋から出ていき、廊下を歩いて何処かへ移動し始める。
「ダーク、何処へ行くのだ?」
突然何処かへ行こうとするダークを呼び止めるマクルダム。ダークは立ち止まり、マクルダムの方を向いた。
「私たちはこれからガーヴィンの屋敷へ向かいます。ここまで来た以上は奴を捕らえて詳しい話を聞く必要があります」
「ま、待て、まだガーヴィンがコレットを暗殺しようとしているという確たる証拠は無いのじゃぞ?」
「確たる証拠は無くてもその男がガーヴィンの家の関係者であることは間違いありません。そしてその男はコレット様を暗殺しようとしていた。それだけでもガーヴィンを捕らえる理由としては十分だと思いますが?」
「そ、それは……」
「もし、ガーヴィンが黒幕ではなかったのであれば私はどんな罰でもお受けします。ここは私に任せていただけませんか?」
罰を受ける覚悟はある。そのダークの言葉を聞き、マクルダムは考え込む。これまで何度も国とコレットを救ってくれた黒騎士が何も考えず、なんの覚悟もせずにこんなことをするとは思えない。そう感じるマクルダムは目の前の黒騎士にやらせてもいいのではと考える。
周りにいる者たちは黙ってマクルダムを見つめている。王としてどう答えを出すのか気になっているようだ。やがて、考え込んでいたマクルダムはダークを見て口を動かした。
「……よかろう。そなたの好きにせよ。ただし、ガーヴィンが黒幕ではなかった場合はいくらそなたでも責任は取ってもらうぞ?」
「ええ、勿論」
ダークとマクルダムの会話を聞き、コレットたちは再び驚きの表情を浮かべた。ダークの凄さを知っているアリシアたちは少し意外そうな表情を浮かべるが驚いてはいない。アリシアたちもダークと同じでガーヴィンが黒幕だと確信しているからだ。
マクルダムの許可を得たダークはアリシアたちを連れて城を出ようと廊下を歩き出す。すると突然コレットの隣にいたメノルが一歩前に出てダークに声をかけた。
「待ってくれ」
「……何か?」
「私も同行させてほしい。姫様をこんな目に遭わせたのが本当にガーヴィン殿なのか、この目で確かめたいのだ」
「……貴女はコレット様の警護でしょう? 彼女の傍にいるべきではないのですか?」
「確かに……だが、婚約者であるガーヴィン殿が姫様のお命を狙っているということが事実だとしたら決して許されないことだ。もし彼が本当に黒幕で姫様のお命を狙っていたのであれば、私がこの手であの男を……」
仕えているコレットを殺そうとしている、それは彼女の警護を務めているメノルにとって決して許せないことだ。しかし、それよりも重要なのはコレットが婚約者に命を狙われているかもしれないということだった。
メノルは自分の後ろで暗い表情を浮かべているコレットを見て、彼女のためにも真実を確認しなければならないと感じ、ダークたちと共にガーヴィンの屋敷へ向かい、ガーヴィンから話を聞く必要があったのだ。
主のために真実を知りたいと思うメノルをダークは黙って見つめる。するとダークはマクルダムの方を見て連れていいかと目で問う。するとマクルダムは何も言わずに頷き、連れていっていいと許可した。
「……分かりました」
「すまない」
マクルダムの許可を得たダークはメノルを連れていくことにし、メノルも連れていってくれるダークに感謝した。話が済むとダークはアリシア、レジーナ、ジェイク、そしてメノルを連れてガーヴィンの屋敷へ向かうために城を後にする。




