第四十九話 仮面の襲撃者
明らかな敵意を持つ仮面の男たちはメノルの背後に隠れているコレットを見て武器を構える。コレットはメノルの後ろで男たちを見ながら微量の汗を垂らしていた。
ダークは突然現れてコレットを殺そうとする男たちを前にしても驚く様子を見せずに、落ち着いて目の前の仮面の男を見ている。
「なんのことだ?」
「とぼけても無駄だ。その娘が第二王女コレットであることは分かっている」
「ほぉ? ではお前たちは王女だと分かっていてこんな無礼なことをしているのか?」
「当然だ」
冷静に対応するダークに対し、リーダーらしき仮面の男は少し声に感情を込めて話す。ダークは男たちの姿とコレットの正体を知っていることから目の前の八人組がただの小悪党でないことはすぐに分かった。
仮面の男たちが短剣やシミターの刃を光らせる中、ダークたちは周囲を見てどう動くかを考える。ダークたちがいるのは町を一望できる広場、前には仮面の男たちがおり、背後には何も無く後ろへ下がれば数m下にある地面へ真っ逆さまになってしまうという逃げ場のない状態だった。だがそんな状態にもかかわらず、ダークは落ち着いた様子で仮面の男たちを見ている。
「お前たちは何者だ? なぜ彼女の命を狙う?」
「我々がその質問に素直に答えると思っているのか?」
「……ああ、少し期待していた」
「ハハハハ! これは傑作だ。随分と余裕の態度を取っているが貴様は分かっているのか? 王族であるコレット姫を殺すのだ、その目撃者を生かして帰すわけにはいかない」
「つまり、私たちを皆殺しにすると?」
「ああ、そうだ」
仮面の男たちはそれぞれ短剣やシミターを構えてダークたちを見つめる。ダークは自分のレベルが100だということを知らずに僅か八人で自分を殺そうと考える男たちを心の中で哀れに思った。
(ま、この世界でレベル100の人間がいるなんて普通は考えねぇからな……)
心の中で呟きながらダークは仮面の男たちを見つめる。アリシアとノワールもダークの強さを知らずに彼と戦おうとする男たちを気の毒に思った。
仮面の男たちはゆっくりと動いてダークたちとの距離を縮めていく。ダークは後ろでコレットを守っているメノルを一度チラッと見てから再び男たちの方を向く。
「メノルさん、貴女はギリギリまで後ろに下がってコレット様を守ってください。コイツらは私とアリシアが相手をします」
「頼んだぞ」
メノルはコレットを背後に立たせたまま下がれるところまで下がり、隠し持っていたナイフを取り出す。コレットはメノルの服を掴みながらダークたちを見つめる。
「ノワール、マティーリア、お前たちは私とアリシアの後ろへ行け。もしコイツらの中に私たち二人が止められずにコレット様とメノルさんを狙おうとした奴がいたらお前たちが相手をしろ」
「やれやれ、仕方ないのう」
ダークに指示されてマティーリアはめんどくさそうな顔でコレットとメノルの前に移動する。ノワールも何も言わずにダークの肩から離れてコレットの隣に移動し、飛びながら仮面の男たちを睨む。
戦いの準備が整うとダークは一度アリシアと顔を見合わせて仮面の男たちの方を向く。アリシアは腰のエクスキャリバーを抜いて両手でしっかりと握る。ダークは背中の大剣を抜かずに両手で拳を作り顔の前に持っていく。それは格闘技の構え方だった。
アリシアとマティーリアは初めて見るダークの構えを見て少し驚いた表情を浮かべる。勿論、コレットとメノルも驚いてダークを見ていた。仮面の男たちも大剣を背負っているのにそれを使わずに格闘技の構えを取るダークを見て小馬鹿にするように小声で仲間同士会話をしている。
「……おい、ノワール。若殿は何をしておるのじゃ? 大剣を持っておるのにそれを使わないなんて……それにあの構え方、あれはモンク、格闘戦士の構えではないのか?」
マティーリアは隣で飛んでいるノワールにダークの構え方について尋ねるとノワールはダークを見つめたまま口を動かした。
「そういえば言っていませんでしたね。マスターは前いた所では空手の有段者だったんです」
「カラテ?」
「ハイ、ですから剣を使わない戦い方、つまり格闘技も使うことができるんですよ」
ノワールの説明を聞くマティーリアは一部理解できない点があり、小首を傾げながらノワールを見ている。アリシアも後ろでのノワールとマティーリアの会話を聞き、ダークを見ながら不思議そうな顔をした。
ダークは現実の世界では大学では空手部に入部しており、段位も三段という実力者なのだ。現実の世界で空手の実力者でもゲームではなんの意味も無いと普通は考えるが、VRMMORPGであるLMFは五感をコンピュータと接続しているのでLMFの世界でもプレイヤーの思った通りに動くことができる。そのため、武術の経験者はLMFの世界でも現実の世界で得た技術を活かすことができるのだ。
自分の才能を活かす為にLMFのプレイヤーの中で武術経験者は自分が得意とする武術に近い職業を選ぶ者が多い。更に大きな木を切ったり、硬い岩を両断したりなど現実の世界ではできない事が仮想世界であるLMFの中ではできるということが武術経験者であるプレイヤーたちに更なる興奮を与えた。
だがダークは空手の有段者であるにもかかわらず格闘系の職業ではなく剣士系の職業を選んだ。理由は剣士がカッコいいから剣士系を選びたい、現実の世界は格闘技を使えるのでLMFでは剣術で強くなりたいという簡単な理由だった。
仮面の男たちは構えるダークを笑いながら見ている。武器を持つ自分たちと素手で戦おうなど愚かな考え方だと思っているのだ。
「剣を使わずに素手で我々と戦おうとするなど、頭は大丈夫なのか? そもそも剣士でありながら剣を使わないとは、剣の腕によほど自信が無いようだな」
ダークの前にいるリーダーが挑発すると他の仮面の男たちも一斉に笑い出す。だがダークはそんな挑発を気にすること無く構えを取ったまま動かない。隣に立つアリシアはダークを見て彼が何も考えずにこんなことをするとは思えないと感じ、目の前の男たちに意識を向ける。
「ただでさえ数で我々に劣っているのに更に武器を使わずに戦うだと? 自ら殺してくれと言っているようなものだ。今なら剣を構えるまで待っててやってもいいぞ?」
「お前たちなど素手で十分だ。くだらない挑発はいいからさっさとかかってこい」
「……チッ、せっかく慈悲をくれてやったと言うのに……なら望み通り素手で戦わせてやる。そして死んでから素手で我らに勝てると思い込んだ自分の甘さを怨むがいい。殺れっ!」
リーダーの合図で仮面の男たちは短剣とシミターを握り、一斉にダークとアリシアに襲い掛かる。アリシアはエクスキャリバーを構えて自分に向かってくる男たちを睨む。ダークも構えを崩さずに自分に迫ってくる男たちを見つめた。
ダークが前から近づいてくる仮面の男たちを見ているとダークの右側面から短剣を持った男が襲い掛かる。ダークは視線だけを動かした右の男を確認した。男が短剣でダークに突きを放ち攻撃するとダークは冷静に短剣の切っ先の向きや男の立ち位置を確認し、素早く男の側面に回り込んだ。そして短剣を持つ手を左手で掴んで短剣を封じる。
仮面の男はダークの素早い動きに驚きながらダークの方を向く。するとダークは男の顔に正拳突きを打ち込む。男はダークのパンチを顔面に受け、仮面はダークのパンチで砕ける。そしてパンチを受けた男は数m先まで飛ばされ、背中から地面に叩き付けられて動かなくなった。
「な、なんだと……」
ダークを挑発していたリーダーは一瞬にして仲間がやられたのを見て愕然とする。勿論、他の仮面の男たちやコレット、メノルも驚いて目を丸くしていた。ダークの強さを知っているアリシアたちはダークが男を倒す姿を見て一瞬驚くもすぐに頼もしさを感じて笑みを浮かべる。
すると、今度はシミターを持つ仮面の男が大きくシミターを振り上げてダークに攻撃しようとする。それを見たダークは攻撃される前に男に近づき、右側面に回り込んでシミターを持つ男の手を両手で掴み、がら空きとなった腹部に蹴りを放つ。
腹部を蹴られた仮面の男は先程の男と同じように数m先まで飛ばされ、飛んでいった先にある木に激突し、そのままうつ伏せに倒れた。また一人仲間が倒されたことで男たちは徐々に余裕を無くしていく。
仮面の男が飛んで行ったのを見たダークは周りにいる男達の方を見て目を赤く光らせた。
「どうした? 素手の私に随分と苦戦しているな?」
「……だ、黙れ! まだ戦いは始まったばかりだっ!」
ダークの強さに驚きを見せながらも強がるリーダーはシミターを握って言い返す。周りの仮面の男たちもダークやアリシアを見て武器を構える。ダークは力の差が分からない男たちを見て心の中で呆れ果てた。
短剣を持つ仮面の男二人は目の前でエクスキャリバーを構えるアリシアを見て構える。アリシアも目の前にいる二人の男を見てエクスキャリバーを強く握った。そして二人の男は同時にアリシアに攻撃を仕掛けた。
二人のうち、一人はアリシアの正面から短剣で切りかかり、アリシアはその攻撃をエクスキャリバーで防ぐ。その隙にもう一人がアリシアの左側面に回り込み短剣で攻撃してきた。それに気づいたアリシアは体を反らして短剣の刃をかわす。攻撃をかわすとアリシアはエクスキャリバーを左手に持ち、左側にいる男に反撃した。男はエクスキャリバーをかわせずに革の鎧ごと切られてそのまま倒れる。
アリシアは仮面の男を倒すとすぐにエクスキャリバーを両手で持ち、目の前にいるもう一人の男に逆袈裟切りを放つ。男は仲間があっという間に倒されたのを見て驚き完全に隙だらけの状態になっていたため、アリシアの攻撃をかわせずにそのまま切り捨てられた。
「そ、そんな馬鹿な……」
アリシアと戦った仲間二人も一瞬で倒されたのを見てリーダーは震えて声を出す。最初は八人いたのに四人の仲間が僅かな時間で倒され、今では半分の四人になってしまったのだ。男たちも自分たちとダークとアリシアの二人の力の差に気付きさすがに動揺を隠せずにいた。するとダークがリーダーの方を向いて低い声で話しかける。
「まだやる気か?」
「グッ!?」
「これ以上戦っても死人が出るだけだ。武器を捨てて投降しろ」
投降を要求するダークを見て仮面の男たちは後ろに下がる。ダークとアリシアの強さは理解した。だが、だからと言ってこのまま素直に投降する気は男たちには無い。すると、リーダーがメノルに守られているコレットを見て小さく舌打ちをする。
「……こうなったら、コレット姫の命だけでも頂く!」
リーダーがそう叫ぶ、シミターを握ってコレットの方へ走り出した。他の三人の仮面の男も武器を持ってコレットに向かって走り出す。
「しまった!」
自分たちを無視してコレットに襲い掛かろうとする仮面の男たちを見て、アリシアは焦りの表情を浮かべた。メノルもコレットを襲おうとする男たちを見てコレットを守りながら短剣を構えて男たちを睨む。だが、ダークは落ち着いた様子で男たちを見ている。
仮面の男たちがコレットに向かって走っていくと目の前にマティーリアが立ち塞がる。走る男たちは突然前に現れたマティーリアに一瞬驚くが、マティーリアが幼い少女であることを知るとすぐに冷静になり武器の刃を光らせた。
「そこを退け、クソガキィ!」
「……はあ?」
仮面の男の言葉にマティーリアは反応し、僅かに額に血管を浮かび上がらせる。男は走りながら短剣を光らせてマティーリアに襲い掛かった。マティーリアはジャンプして短剣の刃をかわし、男の真上に移動する。そして服の下から竜尾を出して下にいる男の背中を竜尾で殴打した。
背中を殴られた仮面の男は地面に叩き付けられるように倒れて意識を失う。周りにいる三人の男が仲間がやられた光景を見て思わず急停止する。そんな男たちの背後にマティーリアが下り立ち、ギロッと男たちを睨んだ。
「……誰がガキじゃと? こう見えて妾はお主たちより年上じゃ」
力の入った声で言い放つマティーリアを見て仮面の男たちは思わず反応した。男たちがマティーリアに注目している真上からノワールが男たちを見下ろしている。男たちもノワールの存在に気付いてフッと真上を向く。その直後、ノワールは口から炎を吐いて男たちを攻撃した。
ノワールが吐き出した炎は仮面の男たちを包み込み、フード付きマントや服に燃え移る。男達はマントや服を燃やす炎に驚き、慌てて炎を消そうとするが熱さと炎の大きさに冷静さを失い、上手く消せずにいた。
「あああぁっ! アチィ、アチイイイィッ!」
炎の熱さに取り乱す仮面の男たちは思わず声を上げる。そこには先程までのダークを見下していた余裕の態度は見られなかった。
仮面の男たちが必死に炎を消そうとしていると、マティーリアが男たちに近づき、竜尾を大きく横に振って攻撃した。竜尾は三人の男たちに当たってまとめて吹き飛ばす。飛ばされた男たちは広場の端にある木製の長椅子にぶつかる。長椅子は男たちがぶつかったことで粉々になった。
あっという間に襲ってきた仮面の男たちを倒してしまったダークたちにコレットとメノルは呆然とする。そこへ戦いを終えたダークとアリシアが近づいてきた。
「コレット様、大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
「……あ、ああ、妾もメノルも大丈夫じゃ」
ダークとアリシアはコレットとメノルの安否を確認し、コレットは戸惑いながらも返事をする。怪我が無いことを知ってアリシアは安心して胸を撫でおろした。
コレットとメノルの無事を確認したダークは振り返って倒れている仮面の男たちを見る。半分はダークとアリシアの二人と戦って命を落としているが、ノワールとマティーリアと戦ったリーダーや他の男たちは気絶しただけで死んではいない。ダークは壊れた長椅子の近くで倒れているリーダーの下へ向かい、リーダーの胸倉を掴んで体を起こさせてドクロの仮面を外す。仮面の下からは三十代後半ぐらいの男の顔が現れた。
「お前たち、なぜコレット様を襲った? 誰の命令だ?」
ダークは低い声を出してリーダーにコレットを襲った理由を尋ねる。アリシア達もダークの後ろまでやってきてリーダーを見つめて答えるのを待つ。だがリーダーは目を逸らして黙り込んだ。
「……答える気は無いか。なら仕方ない……」
喋ろうとしないリーダーを見てダークは低い声を出しながら拳を振り上げる。それを見たリーダーはダークが自分を殴ろうとしているのに気づき、同時にダークに殴り飛ばされた仲間のことを思い出す。その瞬間にリーダーは恐怖に包まれる。
「ま、待て! 分かった、言う。俺たちは一生遊んで暮らせるだけの金を出すから王女を殺せと男に言われたんだ」
「男? 誰だ?」
「知らない! 顔はフードで隠れていて見えなかったんだ」
リーダーが声を上げながら首を左右に振り、それを見たダークはリーダーの態度と口調から彼は嘘をついていないと考える。
ダークがリーダーに尋問をしている時、メノルは倒れている他の仮面の男たちの素顔や装備品を確認していた。メノルはフード付きマントやシミターなどの武器を手に取り、コレットの暗殺を依頼した者の手掛かりを探す。そんな中、男たちが装備している革の鎧の端に小さな紋章が付いているのを見つける。メノルは鎧に顔を近づけてその紋章を確認した。しばらくその紋章を見ているとメノルは目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
「こ、これは……」
「どうしました、メノル殿?」
驚くメノルに気付てアリシアとノワールがメノルの隣に移動する。メノルは鎧に付いている紋章をアリシアとノワールに見せた。するとその紋章を見たアリシアも驚きの表情を浮かべる。
「こ、これは……マッケン家の紋章?」
「ああ、間違いない。これはマッケン家の私兵隊の物だ」
アリシアが紋章の家の名を口にするとメノルも真剣な顔をして頷く。アリシアの肩に乗って話を聞いていたノワールは意外そうな顔で紋章を見ており、尋問をしていたダークもアリシアたちの方を向く。勿論コレットも紋章の持ち主の名を聞かされて驚いていた。
マッケン家、昨夜のアルティナの誕生日パーティーでリーザを挑発し、ダークに恥をかかされたビシャルト・マッケンの家の名。ダークとアリシア、ノワールにとってはあまり思い出したくない名だった。
なぜマッケン家の紋章がコレットを殺そうとした男たちの装備している鎧に付けられているのか、更に増えた疑問の答えを知るためにダークは再びリーダーの方を向き胸倉を強く引っ張る。
「おい、なぜお前たちがマッケン家の紋章の入った鎧を着ていたんだ? お前たち、マッケン家に雇われたのか?」
「し、知らない! その鎧や武器は俺たちに殺しを依頼してきた男から受け取った物だ。この格好をしていれば正体がバレることは無いから安心して仕事ができるって言われて着たんだ。本当だ!」
リーダーは装備品を持っている理由を必死になって説明する。そして装備品にマッケン家の紋章が付いていたことも知らなかったと話す。
ダークはリーダーの男の胸倉を放し、立ち上がってコレットを襲わせた黒幕の正体が誰なのかを考える。しかし今は情報が少なすぎて誰が黒幕なのか全く見当がつかなかった。
「ダーク、とりあえず殿下たちを城はお送りしよう。此処でジッとしているより城へ戻った方が安全だろうからな」
考え込むダークを見てアリシアはコレットとメノルを城へ送ることを提案する。それを聞いたダークは考えるのをやめ、一度仮面の男たちを見てからアリシアの方を向いて頷く。
「……そうだな。陛下にもこのことを知らせなければならないからな」
「なら、急いで城へ向かおう。また何者かが殿下を狙って襲ってくるかもしれないからな」
「ああ……だがその前にコイツらは騎士団の詰め所に送らないといけない」
ダークは周りで倒れている仮面の男たちを見ながらアリシアに言った。それを聞いたアリシアも呆れたような顔で男たちを見ながら頷く。結局ダークたちはコレットとメノルを城へ送る前に騎士団の詰め所に男たちがコレットを襲ったことを伝えて、騎士団に男たちを任せてから城へ戻ったのだった。
城の正門前に着いた時、日はスッカリ沈んで暗くなっていた。星空が町を照らす中、ダークたちは正門を潜り、城の中に入る。城の入口前のエントランスに入るとメノルはすぐに近くにいた衛兵にコレットが襲われたことをマクルダムたちに伝えるように話し、それを聞いた衛兵は慌ててマクルダムに知らせに向かう。衛兵に知らせてから僅か数分後、マクルダム、ロイク、アルティナたち王族、そしてシルヴァがエントランスに飛び込むように入ってきた。
「コレット!」
エントランスに飛び込んだマクルダムは大きな声でコレットの名を叫ぶ。それを聞いたダークたちは一斉にマクルダムの方を向く。
「父上!」
マクルダムの姿を見たコレットは父を呼びながらマクルダムに向かって走り出す。駆け寄ってくる娘の無事な姿を見てマクルダムやロイク、アルティナ、シルヴァは安心の笑みを浮かべる。そしてコレットはマクルダムに抱きつき、マクルダムも抱きついてくるコレットを抱き返した。
「コレット、無事だったか? 怪我は無いか?」
「ハイ、妾は大丈夫です。ダークたちが守ってくれたので……」
コレットはダークたちの方を見ながら彼らが自分の身を守ってくれたことを伝える。それを聞いたマクルダムはコレットをロイクとアルティナに任せてダークたちに近づき、ダークの手を取って握手をしながら頭を下げた。一国の王が冒険者に頭を下げる姿を見てコレットたちやエントランスにいる衛兵やメイドたちは目を丸くする。
「ダークよ、礼を言うぞ。そなたはこの首都だけでなく、二度も娘の命を救ってくれた。感謝してもしきれない」
「陛下、頭をお上げください。私たちはコレット様の警護として当然のことをしたまでです」
「いや、町を、そして娘を守ってくれた者に頭を下げるのは口の上に立つ者として、そして父親として当然の事だ」
頭を下げるマクルダムを見てダークは握手をしながら困ったような反応を見せる。アリシアやダークの肩に乗るノワールも驚きと困りが混ざったような顔をしている。ダークとアリシアの後ろにいるマティーリアは無表情でその光景を見ていた。
しばらくしてようやく頭を上げたマクルダムにダークたちは襲撃事件のことを説明する。コレットを襲った男たちが何者かにコレットの暗殺を依頼されたこと、男たちがマッケン家の紋章の入った装備をしていたこと、そして男たちが依頼した男のことや装備に紋章が入っていることを知らなかったことなど、詳しくマクルダムたちに話した。
話を聞いたマクルダムたちは真剣な顔で考える。いったい誰がコレットを狙ったのか、コレットを襲った理由はなんなのか、ダークたちは頭をフル稼働させて考えたがやはり手掛かりが少なく、全く分からなかった。
「……コレットの暗殺を狙う輩に、そやつらが持っていたマッケン家の紋章の入った装備、これらのことを考えるとコレットを襲った男たちはマッケン家に雇われたならず者たちと考えるのは普通だが、王女であるコレットを暗殺しようと考える者がわざわざ自分の家の紋章の入った装備をならず者たちに渡すとは思えん」
「ええ、恐らく黒幕はコレット様の暗殺がバレた時に自分たちに疑いが向けられないようにするためにわざとマッケン家の紋章が入った装備を男たちに渡したのでしょう」
「……何者かがマッケン家に罪を擦り付けるために紋章の入った装備を渡した、と思っておるのか?」
「ええ」
マクルダムの問いにダークは頷く。マッケンやアリシアたちはダークの推理を聞き、可能性はあると考える。すると今度はロイクがマクルダムの隣にやってきて自分の考えを話し出す。
「父上、マッケン家の地位は伯爵です。伯爵家の紋章が入った装備を手に入れるなど普通の人間にできることではありません。恐らく、その顔を隠した男、貴族、それも伯爵以上の地位を持つ貴族に関係のある人物と見て間違いないでしょう」
「お前もそう思うか、ロイク」
「ハイ……一度、マッケン家に兵を送り、マッケン家の装備を持ち出した者がいないかを調べてみた方がよいでしょう」
「……そうだな。ロイク、すぐに手配してくれ」
「ハイ」
返事をしたロイクは一度コレットの頭を撫でてから階段を上がりマッケン家の家を調べさせる準備に向かう。残ったダークたちは再びコレットを襲わせた男について考え始める。
「ダーク、そなたはその黒幕と思われる男、何者だと思う? やはり貴族と繋がりのある者だと思うか?」
「そうですね……私は……」
ダークが自分の考えを口にしようとした時、突然城の入口の扉が開いて何者かが入城してきた。扉が開く音を聞いたダークたちは一斉に入口の方を向く。そこには汗を掻いて息を乱しているガーヴィル・ラパルタンの姿があった。
目を見開いているガーヴィンはエントランスの中を見回す。そしてアルティナと一緒にいるコレットの姿を確認すると笑みを浮かべた。
「コレット様!」
「ガーヴィン!」
お互いに婚約者の姿を見て笑みを浮かべるコレットとガーヴィン。ガーヴィンは笑いながら早足でコレットの下へ向かい、彼女の目の前まで来るとマクルダムに一度挨拶をしてから姿勢を低くしてコレットと視線を合わせる。
「兵士から貴女がならず者に襲われたと聞いて慌てて飛んできたんです。お怪我はありませんか?」
「うむ、大丈夫じゃ。心配かけたな?」
「いえ、貴女がご無事で何よりです」
ガーヴィンは笑顔でコレットを見つめながら安心し、そんなガーヴィンの顔を見てコレットも微笑み返す。二人のやり取りをダークたちは静かに見守る。
「……しかし、コレット様を襲うなんて、その仮面の男たちは何者なのでしょうか?」
「分からぬ、ただソイツらはマッケン家の紋章の入った装備をしておったのじゃ。だからマッケン家に関係を持つ者たちか、マッケン家以上の貴族が黒幕なのではないかと話しておったんじゃ」
「貴族が? まさか、あり得ません。この国を治める王族の命を狙う貴族などいるはずがありませんよ」
「儂らもそう思いたい。じゃが可能性がある以上は念入りに調べてみなくてはならない」
「陛下、考えすぎです。貴方がた王族はこの国や国の民たちのことを第一に考えていらっしゃいます。感謝することはあっても貴方がたを怨むことなどありません」
「ガーヴィン、そう言ってもらえると嬉しい。しかし儂らは王族である以前に人間だ。人間である以上は失敗もする。何処かで失敗し、その失敗が民や貴族たちの不満を買ってしまったという可能性もあり得るのだ。一度詳しく調べてみる必要がある」
「……そう、ですね。失礼しました、出過ぎたことを……」
口が過ぎたと感じたガーヴィンは頭を下げてマクルダムに謝る。マクルダムはガーヴィンの気持ちが分かっているのか肩にそっと手を乗せて気にするなと無言で伝えた。
「お父様、昨夜の私の誕生パーティーの時もコレットは賊に襲われています。もしかすると、その賊はダーク殿たちが戦った者たちでは?」
「その可能性はあるな。そのことも一度調べてみた方がいい。あと、しばらくの間、コレットの警護を強化する」
アルティナの話を聞いたマクルダムはダークのでっち上げた賊が今回コレットを襲った者たちと同一人物と考えて対策を練る。ダークは自分の嘘で面倒事になるのではないかと心の中で少し心配していた。
それからしばらく話をしてマクルダムたちは黒幕と思われる男とマッケン家の関係の調査、コレットの警護の強化など、これからするべきことを決める。王女であるコレットが狙われたということは騒ぎを大きくしないために一部の関係者のみに話すことにした。ダークたちもこの件は口外しないようにマクルダムから注意される。
「よし、やるべき事は決まった。皆、もう一度言っておくがくれぐれもこのことは内密に頼むぞ?」
「勿論です、陛下」
「ガーヴィン、そなたはコレットの婚約者だ。コレットの命を狙う者に利用される可能性もある。そなたも十分に注意しておいてくれ」
「ハイ、ありがとうございます」
自分のことを心配するマクルダムにガーヴィンは頭を下げて礼を言う。
話が終わるとコレットはシルヴァと共に自分の部屋へ戻っていく。アルティナも心配なのかコレットたちについていった。マクルダムはガーヴィンを連れて今後の対策をするために城の奥へ歩いていく。残されたダークたちは去っていくマクルダムたちの後ろ姿を黙って見つめている。するとコレットを見送っていたメノルがダークたちの前にやってきた。
「貴方達には本当に感謝している。私だけでは姫様を守り切ることはできなかった……改めて礼を言う」
「気にしないでください……それより、姫様の警護をできるだけ強化しておいた方がいいと思います」
「ああ、分かっている。私と姉さんだけでは対処しきれないことがあるかもしれないからな」
ダークの忠告にメノルは真剣な顔で頷く。昨日まで黒騎士であるダークはいまいち信用できなかったメノルも今回の件でダークやアリシアたちを信用するようになったようだ。
「では、そろそろ私たちは戻りますので……」
「失礼します」
頭を下げるとダークとアリシアは城を出るために出入口の方へ歩いていき、マティーリアもその後を追う。メノルは帰っていくダークたちの背中を見ながら何も言わずに一礼してダークたちを見送った。