第四話 巨大ドラゴン襲来!
夜が明け、ダークたちは再び首都のアルメニスを目指して出発する。アリシアが乗る馬を先頭に兵士たちの乗る馬がそれに続き、ダークはアリシアの隣を黙って歩いていく。
昨夜野宿した川を出発してから既に二時間が経ち、ダークたちはボド村とアルメニスの丁度中間辺りにある平原を歩いていた。此処まで何度も簡単な休憩を取りながら来たため、アリシアたちには疲れた様子は殆ど見られない。それは馬に乗っているから当然と言える。
一方でダークはアリシアたちと違い、徒歩でアルメニスを目指しているのに全然疲れた様子を見せずに進んでいた。そんなダークを見てアリシアたちは馬に乗りながら驚いている。
「……ダーク殿、大丈夫ですか?」
「何がです?」
「いや、此処までずっと歩きっぱなしですが、疲れていないのかと……」
「ええ、大丈夫です」
「そ、そうですか……」
歩きながら平然と答えるダークを見てアリシアは苦笑いを浮かべる。後ろでは二人の会話を聞いていたアリシアの部下である兵士たちが呆然とダークの後ろ姿を見ていた。
少し前に一度休憩を取っていたのだが、その時に取った休憩も僅か十五分ほど。とても疲れが取れるような時間ではない。にもかかわらずダークは最後の休憩からすでに一時間は歩き続けているのに疲れた様子も見せず、疲れを訴えることも無かった。とても常人とは思えない体力にアリシアたちは内心驚いている。
「いったい何者なんだよ、あの男は?」
「知らねぇよ。盗賊を一人で倒したってこと以外は何も聞いてないし……」
「それも信じられないよな? 村長の話では魔法も使ってたって話だけど」
「だとすると、人間かどうかも怪しいな……」
「黒騎士ってことは、何処かの国に仕えていたってことだけど……」
「大方、何処かの国から追放されたんだろう?」
兵士たちは馬に乗りながら小声でダークのことを疑う様な話を始めた。この世界では黒騎士、つまり暗黒騎士は王国に仕える者たちにとっては忌み嫌われる存在だ。しかも疲れを一切見せないのだから変に思ったり疑ったりするのは仕方がない。
ダークはそんな兵士たちの小声の会話を聞き取り黙って聞いている。別に怒る様子も見せず、ただ前を向いたまま歩き続けていた。だが、使い魔のノワールは主人を悪く言う兵士たちが気に入らないのか、ダークの肩に乗ったまま兵士たちを睨んでいる。
すると、ダークの隣にいたアリシアは兵士たちのヒソヒソ話を聞いて呆れるような顔で溜め息をつく。
「……オホンッ!」
兵士たちに聞こえるようわざと大きく咳をするアリシア。それを聞いた兵士たちはハッとした後に一斉に黙り込む。
アリシアの行動にノワールは意外そうな顔で彼女を見つめ、ダークも前を向いたまま視線だけを動かしてアリシアを見た。
「……ダーク殿、部下が失礼なことを言った。皆に代わって謝罪します」
「……なんのことですか?」
「いや、先程の部下の無礼な発言を……」
「私は何も聞いていませんが?」
ダークの言葉にアリシアは驚きの表情を浮かべる。
アリシアもダークが兵士たちの話を聞いていたことは気付いていた。それなのに兵士たちの会話を気にもせず、聞こえていないフリまでするダークの寛大さにアリシアは思わず感服する。それと同時になぜこれほどの人物が黒騎士などになったのかと不思議に思うのだった。
「ところでアリシア殿」
「え? ……あ、ハイ。なんでしょう?」
「アルメニスにはあとどの位で到着するのでしょう?」
「そうですね……このペースなら夕方前には着くはずです」
「そうですか」
目的地の首都まではまだ掛かることを聞かされた、ダークは前を見ながら返事をする。
(今のところ、モンスターや盗賊の類と遭遇してはいない。このまま何事も無く首都に辿り着ければいいだけどなぁ……)
ダークは明らかにフラグのようなことを考えながら無事に首都に着けることを祈った。そんなダークの隣ではアリシアが500mほど先にある崖の前に広がる荒地を見つめていた。
「ダーク殿、あそこに見える荒地を抜けた所で一度休憩しましょう」
「分かりました」
次に休憩する場所が決まり、ダークたちは荒地に向かって進んでいく。
数分後、ダークたちは何事も無く荒地に入った。大きな石などが転がっている進み難い地形が広がっており、馬達は足元に注意しながらその中を歩いていく。
ダークも足元に気を付けながら進んでいき、足場が良くなると歩きながら周りを見回した。
「しかし、随分と変わった地形ですね? 平原を出た途端に荒地とは……」
「この辺りは数十年前の天変地異の影響で草木も残らない岩と砂だけの地となってしまったのです。あの崖の上も此処と似た状態になっています」
アリシアが右側にある大きな崖を指差し、ダークは歩きながらその崖を見上げる。
その時、ダークは崖の上に何かの影を見つけて足を止めた。アリシアは突然立ち止まったダークを見てすぐに馬を止める。勿論、後ろをついてきた兵士たちも一斉に止まった。
「どうかしたか? ダーク殿」
「……アリシア殿、この辺りには何か生き物が棲み付いているのですか?」
「生き物? いや、こんな状態ですから動物どころか昆虫すらも棲めなくなっています……それがどうかしたのですか?」
「いや……」
ダークは崖の上を見つめたまま動こうとしない。アリシアはダークが何を見ているのか気になり崖の方を向いた。だが、崖の上には何もいない。
不思議に思ったアリシアは再びダークの方を向き、どうしたのか尋ねようとする。だがダークは崖の上を見ておらず、少し俯いた状態で立っていた。
「ダーク殿、どうしたのだ?」
アリシアが尋ねてもダークは返事をしなかった。黙って突っ立っているダークをアリシアと兵士たちは黙って見つめている。しかし、ノワールだけはダークを見て何かを感じたのか、飛び上がり彼の肩から離れた。
そして次の瞬間、ダークはフッと顔を上げて空を見上げた。
「上だっ!」
「え?」
ダークの突然の言葉にアリシアは一瞬理解できなかったが、すぐに上を向き、兵士たちも遅れて上を見た。
全員が上を向くと青空の中に一つだけ黒い影があるのが見え、その影は自分たちに向かって下りてくる。徐々に大きくなっていく影を見たアリシアはハッと表情を変えて兵士たちの方を向く。
「……全員散開!」
アリシアの命令を聞いた兵士たちは一斉に馬を動かしてバラバラになる。アリシア自身も急いで馬を走らせてその場を離れ、ダークも走ってその場を移動した。その直後、大きな影がダークたちが立っていた所に下り立ち、周囲に突風と砂埃を広げる。
巻き上がった突風で近くにいた兵士たちは馬ごと吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。ギリギリで離れることができたアリシアは馬を急停止させて下りてきた大きな影を見つめる。その正体は緑色の鱗と甲殻を持ち、黒い角と大きな竜翼を生やした十数mはある巨大なドラゴンだった。
突然のドラゴンの出現にアリシアや兵士たちは驚愕の表情を浮かべる。
「コ、コイツは……グランドドラゴン!?」
驚きながらドラゴンの名を口にするアリシア。兵士たちも目の前にいるドラゴンを見て言葉を失い固まっていた。
アリシアの近くではダークがマントを揺らしながら目の前のドラゴンをジッと見つめており、その隣ではノワールが飛んでいた。
「コイツは……」
「大きなドラゴンですね」
「ああぁ、こんなデカい奴はLMFの世界でも滅多に見られないぞ」
ダークは過去にLMFの世界で遭遇したモンスターのことを思い出し、目の前にいるドラゴン程巨大なモンスターを見たことが無いと驚く。だが、少し驚くだけで恐怖のようなものは感じていなかった。
「アリシア殿、このドラゴンはなんなんです?」
離れた所で馬に乗りながらドラゴンを見て固まっているアリシアにダークが尋ねると、アリシアはハッとしながらダークの方を向く。
「コイツはグランドドラゴン、ドラゴンの中でも特に巨大で気性が荒い非常に厄介なモンスターです」
「グランドドラゴン、か……」
アリシアの説明を聞いてもダークはあまり驚かず、冷静なままだった。ノワールもダークの隣で飛びながら目の前の同族を見上げている。
グランドドラゴンの周りでは取り乱した兵士たちが騒いでおり、それを見たグランドドラゴンは兵士たちを鋭い眼光で睨み付けた。
「こ、こっちを見てやがる!」
「逃げろぉ!」
兵士たちはグランドドラゴンに対する恐怖の呑まれ、もはや冷静な判断ができなくなり一斉に逃げ出す。そんな兵士たちに向けてグランドドラゴンは口から灼熱の炎を吐く。兵士たちは炎に呑まれ、熱さのあまり断末魔の悲鳴を上げる。
部下がグランドドラゴンの炎で焼き殺された姿を見てアリシアの表情が歪む。行動する前に部下を死なせたことに悔しさと絶望を感じているようだ。その一方でダークは何も感じていないのか、焼け死んでいく兵士たちをジッと見ている。
(とんでもない光景だな。向こうにいた時ならショックで倒れていただろうに……)
現実の世界にいた時の自分がもし兵士たちが焼かれる光景を見ていたらどうなっていたか、ダークはそれを頭の中で考えた。
ダークが視線を戻してグランドドラゴンを眺めていると、アリシアは大きな声を出してまだ生き残っている兵士たちに指示を出した。
「皆ぁ! このままでは全滅してしまう。バラバラになって逃げるんだ! 固まっていると炎に呑み込まれるぞ!」
兵士たちを助けようと必死に指示を出すアリシア。命令が聞こえた兵士たちは馬に乗ってグランドドラゴンから逃げていく。しかし、グランドドラゴンも兵士たちを逃がすまいと大きな竜翼を羽ばたかせて風を巻き起こす。
グランドドラゴンの起こした突風により兵士たちは馬ごと吹き飛ばされてまた地面に倒れる。倒れた兵士が立ち上がろうとすると、グランドドラゴンは大きな口で立ち上がった兵士を飲み込み食ってしまう。更に足元で倒れている兵士を踏みつけたり、尻尾で薙ぎ払ったりなどし、兵士たちは次々とグランドドラゴンにやられていく。
「み、皆……」
アリシアは兵士たちが死んでいく姿を見て愕然とする。目の前にいる巨大なドラゴンによって部下が殺され、そして自分は何もできずにそれを見ている。アリシアはグランドドラゴンに対して恐怖を感じながら無力な自分が情けなく思った。
「フム……」
目の前で兵士に向かって炎を吐くグランドドラゴンを見つめるダークは落ち着きながらポーチの中に手を入れる。ポーチの中から片眼鏡のようなレンズを取り出し、それを使ってグランドドラゴンを覗いた。するとレンズの中にカタカナでグランドドラゴンと名前が浮かび上がり、その隣にレベル63と続けて浮かぶ。その下にドラゴン、飛行というグランドドラゴンの種族や特徴が浮かび、更にその下にはグランドドラゴンの簡単な情報が日本語で浮かび上がってきた。
ダークが使ったのは<賢者の瞳>と呼ばれるアイテムで覗いたモンスターの名前や情報を知ることができる物だ。このアイテムはLMFの世界にあるNPCの店で安く手に入るため、LMFのプレイヤーの殆どが使っている。戦いを有利に進めるには敵の情報を得る必要があるため、初めて戦うモンスターがいるダンジョンに行くには欠かせないアイテムの一つだ。因みにダークはこの賢者の瞳を所持可能な限界数まで持っている。
グランドドラゴンの情報を得ると賢者の瞳は光の粒子となって消滅する。ダークは賢者の瞳が消えたことを気にせずにグランドドラゴンを見つめながら背負っている大剣を抜く。
「レベル63か。LMFの世界では楽に倒せるレベルだけど、こっちの世界ではどうだろうな。しかもあれだけのデカさだ、ちょっと本気を出さないとマズいかもしれない」
ダークはLMFでの戦いを思い出しながら大剣を構える。そう、彼は目の前のドラゴンと戦うつもりなのだ。
戦闘態勢に入るダークを見たノワールはダークがグランドドラゴンと戦おうとしていることに気付き、ダークの顔の横まで来ると羽ばたきながら話しかける。
「マスター、僕はどうすればいいですか?」
ノワールはグランドドラゴンと戦うことに反対せず、それどころか自分はどうすればいいのかと尋ねた。ノワールはダークが負けるとは思っていないようだ。
「……お前はアリシアを守れ。アイツは私一人で相手をする」
「大丈夫ですか? LMFではマスターは敵無しでしたがこっちの世界での戦闘能力は分かりません。そんな状態であのドラゴンに単身で挑むのは少々危険かと……」
「それは私が弱いと言いたいのか?」
「いえ、決してそんなつもりは!」
「お前も使い魔なら主人を信じて見守れ。もし本当に危なくなったらすぐに呼ぶ。お前はそれまで彼女を守るんだ」
「……分かりました」
納得したノワールは後ろに下がりアリシアの下へ飛んでいく。残ったダークはノワールが飛んでいくのを確認すると再びグランドドラゴンを見て大剣を構え直し、グランドドラゴンに向かって歩き出した。
ノワールはアリシアのところまで移動すると彼女の隣でダークを見守る。アリシアはグランドドラゴンに近づいていくダークを見て驚く。
「ダ、ダーク殿、何をする気ですか!」
「マスターは今からあのドラゴンと戦うんですよ」
「……は?」
アリシアはノワールの言葉に思わず耳を疑った。
「た、戦うって、あのグランドドラゴンとですか?」
「ハイ」
「む、無茶です! 何十人もの戦士が束になってようやくまともに戦える相手なんですよ? そんなドラゴンに一人で挑むなんて自殺行為です!」
「僕はマスターを信じます」
「信じるって、そんな言葉だけでは……」
落ち着いた様子でダークを見守るノワールを見ながら勝てるはずないと慌てるアリシア。ノワールはただ黙ってダークをジッと見つめていた。
ノワールがアリシアと会話をしている時、ダークはグランドドラゴンに少しずつ近づいていた。まだグランドドラゴンはダークの存在に気付いていないらしく、崖の上や空に向かって炎を吐いている。
ダークはギリギリまで近づくために気付かれないよう注意しながら接近していく。そして100mほど先にあるグランドドラゴンの大きな右足を見つめた。
「さて、まずは挨拶から始めるか……」
大剣をしっかりと両手で握るダークはグランドドラゴンの右足に向かって走り出す。もの凄い速さでグランドドラゴンの足元まで来ると大剣を勢いよく横に振って右足に切りつけた。
右足から伝わる痛みに気付いたグランドドラゴンは足元を見下ろす。そして足元に立っているダークを見つけると大きな声で吠えて威嚇する。どうやらダークの攻撃は殆ど効いておらず、寧ろグランドドラゴンを逆上させてしまったようだ。
「やっぱりこんな中途半端な攻撃は通用しないか。だったら……」
ダークは興奮するグランドドラゴンを見上げながら大剣を構え直す。するとグランドドラゴンが右足を上げてダークを踏みつぶそうとする。しかしダークは逃げようとせずに自分の真上にある大きな足を見上げていた。
そして、グランドドラゴンは勢いよく右足を下ろす。踏みつけるのと同時に轟音と砂煙が周囲に広がり、その踏み付けの威力を物語った。
「ダーク殿!」
アリシアはダークがグランドドラゴンに踏みつけられる光景を見て思わず声を上げる。だがノワールは取り乱す様子も見せず黙ってグランドドラゴンの足元を見ていた。
砂煙が消えてグランドドラゴンの足元が見えるようになると、グランドドラゴンの右足のすぐ近くにダークが立っている姿を見つける。
ダークが無事な姿を見るとアリシアはホッとした。
「よ、よかった……運よく踏みつけられずに済んだみたいだ……」
「いいえ、マスターは避けたんです」
「えっ?」
「グランドドラゴンが踏みつける直前に横へ跳んでギリギリでかわしたんですよ」
「あの踏みつけをかわしたと?」
ノワールはアリシアの問いかけに黙って頷く。アリシアはグランドドラゴンの攻撃を簡単にかわしたダークに驚きを隠せずにいた。
アリシアが驚いてグランドドラゴンを見ている時、ダークはグランドドラゴンを見上げながらゆっくりとグランドドラゴンの正面へ移動している。
「……さてと、私の存在に気付いてもらったわけだし、こっちも少し本気で攻撃するとしよう」
自分の存在をグランドドラゴンに知ってもらい、ようやく全力で攻撃できるとダークは嬉しそうな声を出す。そんなダークをグランドドラゴンは見下ろしながら睨み付け、鋭い爪を生やした手でダークに攻撃する。
迫ってくるグランドドラゴンの手を見ながらダークは中段構えを取り、両足に力を入れる。
「脚力強化」
ダークが呟いた瞬間、ダークの体が薄っすらと水色に光り出す。グランドドラゴンの手がダークに襲い掛かる瞬間、ダークは勢い良くジャンプし、グランドドラゴンの攻撃を回避した。だがダークは普通にジャンプしたのではなく、グランドドラゴンの顔と同じ高さまで跳び上がっていたのだ。実はダークはジャンプする直前に自身の能力を発動させていた。それがダークが口にした脚力強化という能力だ。
<脚力強化>はハイ・レンジャーが体得できる能力の一つで発動すると脚力が上昇し、走る速度やジャンプ力が大幅に上昇するのだ。ダークは技術で素早さアップⅡとジャンプ力アップを付けて移動速度とジャンプ力は強化されているが、脚力強化を発動すれば更に移動速度とジャンプ力が上昇し、上手く使えば50mの高さまでは楽々とジャンプできるようになる。
ダークは目の前にあるグランドドラゴンの顔を見つめながら目を赤く光らせ、大剣を両手でしっかりと握り上段構えを取った。
「暗黒の麻薬」
ダークはまた新たな能力を発動させた。ダークの体は紫の靄のような物で包まれていき、ダークは大剣を握る手に更に力を込める。
<暗黒の麻薬>は自身のHPを10%削ることで攻撃力と防御力を一定時間上昇させる暗黒騎士の強化型の能力。LMFではHPがどれだけ削られたかが分かるが、こっちの世界ではHPは表示されないため、どれだけHPを失ったか分からない。だが、今のダークには自分にどれだけのHPがあるのか感じ取ることができるのでHPが表示されなくても大した問題ではなかった。
攻撃力と防御力が強化されたダークはすぐに攻撃するのかと思われたが、上段構えのまま大剣を振り下ろそうとはしなかった。
「黒炎爆死斬!」
暗黒の麻薬を発動させた直後、ダークは更に能力を発動させる。今度はダークの持つ大剣に黒い炎が纏われ禍々しい雰囲気を出している。
全ての準備が整ったのか、ダークはグランドドラゴンの顔に向かって勢いよく大剣を振り下ろす。大剣の刃がグランドドラゴンの左目を切りつけた瞬間、グランドドラゴンの左目が大爆発を起こした。
左目の激痛に今度は流石のグランドドラゴンも大きく鳴き声を上げて後ろに下がる。
ダークは無事に地上に着地し、激痛に悶えるグランドドラゴンを見上げた。
「チッ、即死はしなかったか……」
つまらなそうな声を出しながらダークは呟いた。
さっきダークが発動させた能力、<黒炎爆死斬>は黒瘴炎熱波と同じ暗黒剣技の一つ。剣に黒炎を纏わせ、その状態で敵に攻撃し、敵に闇属性と火属性のダメージを与えることができる。そして、一定の確率で相手を即死させることができる強力な効果もついているのだ。だが、グランドドラゴンにはその効果は発動しなかった。
左目から煙を上げて苦しむグランドドラゴンは鳴き声を上げた後、竜翼を広げて飛び上がり、何処かへ逃げていった。グランドドラゴンが逃げていく姿を見たダークは大剣を背中に納める。
「……フッ、意外と楽な戦いだったな」
レベル63のグランドドラゴンとの戦いの結果に余裕の口調で語るダーク。今回の戦いでダークは自分が異世界のレベル63のドラゴンを楽に撃退できるほどの実力を持っているということを知ることができた。
ダークが飛び去ったグランドドラゴンを見ている姿をノワールは小さく笑いながら見ている。だがアリシアは目の前で起きた現実が信じられないのか呆然とした顔をしていた。そんなアリシアを見たノワールは少し驚いたような顔をしてアリシアの顔に近づく。
「アリシアさん? 大丈夫ですか?」
「……わ、私は、夢を見ていたのか?」
「いいえ、現実です」
「そんなはずはない。何処の世界にグランドドラゴンに一人で挑み、しかも撃退してしまう戦士がいるというのだ?」
「……目の前にいるじゃないですか」
ノワールはそう言って視線をアリシアからダークの方に向けた。ダークは既にアリシアとノワールの近くまで来ており、二人の目の前まで来ると立ち止まって馬に乗っているアリシアを見つめる。
アリシアは目の前までやってきたダークを見つめてしばらく黙り込む。やがてゆっくりとその口を開いた。
「……ダーク殿、貴方は一体何者なのですか?」
「言ったはずですよ? ただの暗黒騎士だと……」
「ふざけないでください! ただの暗黒騎士が一人でグランドドラゴンと戦い、勝つことができるはずないでしょう!?」
ダークに対してアリシアが初めて感情的になる。流石にあれだけダークの力を見てしまえばただの暗黒騎士と言って納得できるはずがない。
真剣な表情を見せるアリシアを見て、ダークはこれ以上嘘をついても意味がないと感じたのか、小さく低い声を出す。
「……私が何者か、知りたいですか?」
ダークの問いかけにアリシアは黙って頷く。それを見たダークは俯きながらしばらく黙り込み、やがてゆっくりと顔を上げてアリシアに視線を戻した。
「分かりました。貴方には全て話しましょう」
「マスター?」
全てを話す、それを聞いたノワールは驚きながらダークの方を見た。面倒事を起こさないようにするために正体や何処から来たのかを隠していたのにいきなり全て話すと言うのだから驚くのも無理はない。
驚くノワールを見たダークはノワールを落ち着かせ、再び視線をアリシアに向ける。
「あの状況を脱するためとは言え、彼女には私の力を見せてしまったんだ。彼女には真実を知る権利がある」
「で、ですが……」
「それに、私は彼女を協力者にしようと思っている」
「協力者?」
ダークの口から出た言葉にノワールは小首を傾げる。アリシアもダークの言っていることの意味が分からずにまばたきをしながらダークを見ていた。
「私たちはこっちの世界がどんな所なのかは理解した。だが、この世界の常識など細かいことは何も知らない。この世界で生きていくにはこの世界の住人に協力してもらった方がいい」
「それでアリシアさんを選んだんですか?」
「そうだ」
今、自分たちがいる異世界がどんな場所でどんな国があるのかは分かるが一般常識や法律、そして人と人の接し方のようなことは何も知らない。それではこの世界で上手く生きていくことは無理だ。だからアリシアに全てを話し、協力者になってもらおうというのがダークの考えだ。
ダークの考えを聞いたノワールは一理あると感じたのか飛びながら腕を組んで考え込む。しばらくしてノワールは一度アリシアを見てからダークの方を向いた。
「……そうですね。確かに常識を知らずに生きていくのはある意味で非常に危ないことですから」
「賛成、なんだな?」
「ハイ、と言うよりも、僕はマスターが決めたのであればそれに従います」
ノワールの遠回しな賛成を聞いてダークは頷く。すると、さっきから黙って話を聞いていたアリシアが話の内容についていけず、二人に声を掛けてきた。
「あのぉ! 私を置いて話を進めないでくれますか?」
「おっと、失礼」
「……で、結局貴方たちは何者なんです?」
アリシアがダークとノワールにもう一度何者なのか尋ねた。ダークはアリシアに自分が何者なのかを話そうとする。ところが、説明しようとした直後にダークは振り返り、アリシアに背を向けた。
「……話す前に生存者がいるか確認しましょう。生き残っている兵士がいるかもしれない」
ダークは正体を話す前にグランドドラゴンに襲われた兵士の中にまだ生きている者がいるか確かめようと言い出し、遠くで倒れている兵士たちの下へ歩き出す。
アリシアも兵士たちのことを思い出し、馬を降りると慌てて兵士たちの下へ走り出した。
兵士の無事を確認しに向かう二人を見るノワールはアリシアが乗っていた馬をしばらく見つめた後に二人の後を追う。馬は離れている二人と一匹の後ろ姿を黙って見つめていた。