第四十七話 王女コレット
戻ってきたメノルと衛兵にシルヴァは事情を説明し、それを聞いたメノルは目を丸くして驚いた。自分が仕えている王女を助けた恩人を暗殺者と間違えてしまったのだから無理もない。
シルヴァとメノルは騒ぎを大きくしないために呼んできた衛兵たちに誤解であることを説明して持ち場に戻るように伝える。衛兵たちは何があったのか分からないまま持ち場へと戻っていった。
「大変失礼しました。姫様を助けてくださった方々を賊と間違えるとは……」
「どうか、お許しください」
衛兵たちが戻ると改めてシルヴァとメノルはダークとアリシアに謝罪をする。深く頭を下げる二人を見てダークとアリシアは気にしないでほしいという素振りを見せ、コレットは平謝りする二人を見て小さく溜め息をついた。
「まったく、こ奴らは一度熱くなると後先考えずに暴走することがあるからのう……確か、ダークとアリシアと言ったか? 改めて妾のメイドが失礼なことをしてしまったことを詫びる」
「い、いえ、頭をお上げください、殿下」
「私たちは気にしていません」
二人のバトルメイドの隣に立ち、頭を下げるコレットを見てダークは落ち着いて対応し、アリシアは少し動揺した様子を見せる。ダークはともかく、アリシアは自分の国の王族が頭を下げているのだから動揺するのは当然だった。だが、動揺するアリシア以上にシルヴァとメノルは自分たちの勘違いで主であるコレットに謝罪させてしまったことに強い罪悪感を覚えている。
シルヴァとメノルは頭を上げると小さく俯いたままコレットの方を向く。そんな二人に気付いてコレットも頭を上げて二人の方を向いた。
「姫様、今回は私たちの失敗で姫様に恥をかかせてしまいました。申し訳ありません」
「気にするでない。もとはと言えばお前たちの目を盗んで一人でバルコニーに出ていた妾がいかんのじゃ」
「いえ、それでも姫様の恩人に失礼な態度を取ったことは事実。しかも姫様の警護を務める身でありながら姫様がバルコニーから落ちそうになった時に近くにいなかった私たちは警護失格です」
「私と姉さんは姫様の警護に相応しくありません……ただいまを以って、姫様の警護兼世話役をやめさせていただきます」
「な、何ぃ?」
突然警護をやめると言い出すシルヴァとメノルにコレットは驚く。アリシアも目を見開いてシルヴァとメノルを見ていた。
「お前たち、突然何を言い出す!?」
「私たちは姫様を御守りするには力不足だと悟ったのです」
「もしこちらのお二人がいなければ姫様は今頃……それを考えると私たちがどれだけ情けない存在なのかハッキリと分かりました」
「私たちよりも優れたメイドは大勢います。ですから……」
「馬鹿者! 一度失敗したぐらいで何を言っておる!」
「その一度の失敗で姫様は死んでしまうところだったのですよ? でしたらそんな状況を作り出した私たちなどいない方が……」
コレットの説得も聞かずにシルヴァとメノルはメイドを辞める方向に考えて話を進めていく。コレットは二人がどうすれば考え直すのか分からずに困り顔を浮かべる。
アリシアは話がとんでもないことになっているのを見て少し慌てる様子を見せていた。自分とダークが原因でシルヴァとメノルがコレットのメイドを辞めるということに僅かに責任を感じ、どうにかできないかと考える。すると、黙っていたダークがコレットの隣に移動してシルヴァとメノルを見ながら呆れたような声を出す。
「ハァ……愚かな考え方ですな?」
「何?」
ダークの言葉を聞いてメノルを反応した。自分たちが傍にいなかったせいでコレットを危険な目に遭ってしまったのは分かっている。だから二度とこんなことがないようにするために自分たちはコレットのメイドを辞めようと決意したのだ。だが、その決意を愚かな考え方だと言われればさすがにカチンと来る。メノルは自分を見下ろす全身甲冑の黒騎士を小さく睨んだ。
「……今の言葉を聞き捨てならない。私たちが貴方たちを賊と勘違いしたことは申し訳ないと思っている。だが、姫様を危険な目に遭わせてしまい、その責任を取ることを私と姉さんは決めた。それを否定することは貴方でも許さないぞ?」
「やめなさい、メノル!」
妹がダークに怒りを向けるのを見てシルヴァは止めに入った。またしても緊迫した空気になりそうな状況にアリシアとコレットは緊張する。
ダークとメノルはしばらく黙って見つめ合う。メノルは自分の決意を否定したダークを睨みながらデッキブラシを強く握る。もしまたダークが自分と姉の決意を否定するようなことを言えばデッキブラシで殴りかかろうとするような状態だった。シルヴァはメノルの肩を掴んで落ち着かせようとする。するとダークはメノルとシルヴァを見ながら隣に立っているコレットの肩にそっと手を置いた。
「貴女たちがコレット様を危険な目に遭わせてしまったことを後悔するのは自由です。ですが、後悔したままコレット様の下を去ってもまた同じことを繰り返すだけだ」
「なんだと?」
「一度後悔すればその後の考え方が自然と後ろ向きになってしまい、それは新たな失敗を生みます……後悔することよりも反省することが大切なんですよ」
「反省、ですか?」
「反省すればもう二度と同じことを起こさないように何に気を付ければいいのか、どう対策をとればいいのかを考えられる。そうすれば二度と同じ失敗をすることはありません。貴女たちがコレット様を危険な目に遭わせてしまったことを申し訳ないと思っているのなら、これからもコレット様に仕えて同じ失敗をしないようにしたほうがいいと私は思いますがね」
シルヴァとメノルはダークの話を聞いて僅かに表情が変わる。ただ失敗の責任を取るためにコレットの前から消えてはそれは失敗した現実から目を逸らすことになり、コレットを裏切ることにもなる。それではダークの言う通り、何も変わらずにこの先も同じ失敗を繰り返すだけだ。ダークの話を聞いて同じ失敗を繰り返さないためにもしっかりと反省することがこれからの自分たちの為になり、コレットの為になるとシルヴァとメノルは気付いた。
自分たちの間違いに気づいたシルヴァとメノルはコレットの方を向き、ゆっくりと頭を下げる。
「……姫様、身勝手なことを言って申し訳ありませんでした」
「今後二度と姫様を危険な目に遭わせないようにするために精進いたします。ですから……もう一度姫様のお傍に置いていただけないでしょうか?」
「図々しいということは重々承知しております。ですが、ダーク様のお話を聞いて自分たちが本当は責任から逃げていることに気付いたのです。その責任をしっかりと取るためにも、これからも姫様にお仕えしたいのです」
「お願いします!」
頭を下げて必死に頼み込むシルヴァとメノル。そんな二人を見てコレットは疲れたような表情を浮かべた。
「……置いてほしいも何も、妾はまだお前たちを解雇するとは言っておらん。お前たちが勝手に話を進めて勝手にやめたと思い込んでいるだけじゃ」
「そ、それでは……」
シルヴァとメノルが顔を上げてコレットを見るとコレットはニッと笑みを浮かべた。
「妾の世話役はお前たち姉妹しかおらん。これからもよろしく頼むぞ?」
『……ハイ!』
コレットの言葉に感動し、シルヴァとメノルは声を揃えて返事をする。
シルヴァとメノルがコレットのメイドを辞めることがなくなったのを見てアリシアは安心の表情を浮かべる。ダークも兜の下で小さく笑いながらコレットとメイド姉妹を見ていた。
コレットとの話が済むとシルヴァとメノルはダークの方を見る。シルヴァはダークに感謝しているのか微笑みを浮かべており、メノルは照れているのか目を逸らしながら頬を少し赤くしていた。
「ダーク様、貴方のおかげで私たちは間違いに気づくことができました。ありがとうございます」
「……まぁ、黒騎士に説教されたのは癪だが、とりあえず礼を言うぞ?」
「メノル、貴女はもぉ!」
素直に礼を言わないメノルを見てシルヴァは呆れる。そんな姉妹の会話を見てアリシアとコレット、ダークの肩に乗るノワールは笑っていた。
すると廊下の方から複数の足音が聞こえ、ダークたちは一斉の廊下の方を向く。その直後、バルコニーの入口前に慌てた様子のマクルダムがロイク、近衛隊長ヘルフォーツ、赤薔薇隊長パージュ、蒼月隊長リダムス、嵐風隊長ゲッタ、主席魔導士ザムザスを連れて飛び出す様に現れた。
「コレット!」
「大丈夫か!?」
「ち、父上に兄上?」
「おお、無事だったか! 衛兵からお前が賊に襲われていると聞き、慌てて飛んできたのだ!」
「えっ?」
マクルダムが賊の件を知っていることにコレットは思わず目を丸くする。シルヴァとメノルも驚きの表情を浮かべていた。
「メノル、どういう事なの? なぜ陛下が騒ぎのことを?」
「わ、私も知りません……もしかすると、私が声をかけた衛兵の一人が陛下に報告したのかも……」
小声で話をするシルヴァとメノルはマクルダムたちの方を向いて青ざめる。騒ぎを大きくしたくないことと、自分たちの失敗をマクルダムたちに知られたくなかったということを考えてメノルが連れてきた衛兵たちを適当に誤魔化したのだが、その場にいなかった衛兵がマクルダムに報告してしまったようだ。勘違いで騒ぎを起こしたことをマクルダムに咎められると考え、シルヴァとメノルは汗を掻く。
「それで、賊は何処におるのだ? ……と言うよりも、なぜダークとファンリードが此処におるのだ?」
「え、え~っと、それは……」
マクルダムがバルコニーを見回して賊の姿を探すが何処にもいない。それなのになぜか招待客のダークとアリシアがバルコニーにいるのかを不思議に思っていた。
コレットはオドオドしながらなんと話せばいいのか考える。正直に話せば自分がこんな夜中に部屋を抜け出したことがバレてしまい、シルヴァとメノルの失敗もバレてしまう。それでは自分とメイド姉妹がマクルダムから咎められるのは間違いない。コレットは必死に頭の中でこの状況を逃れる方法を考えた。
「どうした、コレット? 賊は何処だ?」
「え~っと、そのぉ……」
目の前にやってくるマクルダムを見ながら苦笑いを浮かべるコレット。もう誤魔化せないと感じ、覚悟を決めて正直に話そうとする。その時、黙って話を聞いていたダークが助け舟を出した。
「賊でしたら先程そこのバルコニーから飛び下りて逃げました」
「何?」
ダークの言葉を聞いてマクルダムはバルコニーの外を見る。そしてコレットがもたれた時に壊れたバルコニーの手すりを見て表情を変える。どうやらマクルダムはそこから賊が飛び下りたのだと勘違いしているようだ。ダークの咄嗟の助け舟にコレットとメイド姉妹はホッとする。
マクルダムは近衛隊長のヘルフォーツを連れて手すりに近づいて下を見た。地上から100m以上離れた三階のバルコニーから賊が飛び下りて無事でいるはずがないとマクルダムは考える。だが下にある中庭には賊に死体などは見当たらなかった。
「……ヘルフォーツ、どう思う?」
「……死体はおろか人影すら見当たりません。もしここから飛び下りて生きているのであれば、敵は腕利きの盗賊かレンジャー系の職業、もしくは飛行魔法を使える魔法使いということになるでしょうな」
「では、賊はもうこの城から出ているのか?」
「いえ、それはあり得ません。今宵はアルティナ様の誕生パーティー、警備は特に厳重にしております。もし怪しい者がいればすぐに衛兵が報告に来るはず。簡単に脱出することはできません」
「では、まだ城内の何処かに隠れていると?」
「あるいは、最初から賊などいなかったのか……」
ヘルフォーツは小さな声で呟いてからチラッとダークの方を向いて意味深な視線を向ける。この時、ヘルフォーツはダークの賊がいたという発言に違和感を感じた。ダークは自分を見るヘルフォーツと黙って目を合わせる。
しばらくダークを見ていたヘルフォーツは再びバルコニーの下に視線を向けてマクルダムに声をかけた。
「とにかく、一度城内を詳しく調べて賊がいるかを確認します。陛下はパーティー会場である大広間に報告をお待ちください。人の多い所なら賊に襲われることもないはずです」
「分かった、頼むぞ」
マクルダムにパーティー会場へ向かうよう指示を出したヘルフォーツはバルコニー前で待機している各直轄騎士団の隊長たちの下へ向かう。
「聞いていたな? この城にまだ賊がいる可能性がある。各自衛兵を連れて城内を隈なく調べろ!」
『ハッ!』
ヘルフォーツから指示を聞き、隊長たちは力強い声で返事をする。
「ローズナインは二階、ベルモットは四階、トリーザムは一階を調べろ。私はこの三階だ」
「分かりました」
「ハッ」
「任せてくれ」
指示を聞いてパージュ、リダムス、ゲッタはそれぞれ返事をし、すぐに行動を開始する。ダークは走って城内を調べに向かう隊長たちを見て、心の中で嘘をついたことを少し悪く思った。だが、コレットたちを守るためには仕方がないと考えて口を閉ざす。
「ザムザス殿、貴方は探知系の魔法を使い、この城内に怪しい者がいるかを調べていただきたい」
「……承知した」
ヘルフォーツは残ったザムザスに指示を出し、自分も捜索を始めるためにマクルダムたちに挨拶をしてバルコニーを後にする。ザムザスも王族たちに頭を下げてからヘルフォーツの後を追った。
バルコニーにはダークとアリシア、マクルダムたち王族だけが残った。騎士たちがバルコニーから去ってからしばらくするとマクルダムはダークとアリシアの前にやってくる。
「とんだ騒ぎに巻き込んでしまったな」
「いえ……」
「……それで、ダーク、ファンリード。改めて訊くが、パーティー会場にいたはずのお主たちがなぜコレットと一緒におるのだ?」
「え、ええぇ……そ、それは……」
「ち、父上。この者たちは妾が賊に襲われているのを見かけて助けてくれたのです」
なんと答えていいか分からないアリシアの代わりにコレットがマクルダムに説明した。それを聞いたアリシアは少し驚いたような顔でコレットを見る。
「何、そうなのか?」
「ハイ、あそこから見えるパーティー会場のバルコニーから妾が襲われていたのが見えたらしく助けに来てくれたのです。ジルヴァとメノルたちだけでは歯が立たなく、この者たちが来てくれなければ、妾たちは今頃……」
「そうだったのか……ダーク、ファンリード、礼を言うぞ?」
「ありがとう。妹を救ってくれて、感謝する」
マクルダムがダークとアリシアに礼を言うと後ろにいたロイクも頭を下げて礼を言う。ミュゲルの一件で首都を守っただけでなく、王女を助けたともなればダークとアリシアは更に高く評価される。これにより王族は二人のことを強く信頼するようになったはずだ。
礼を言うマクルダムとロイクを見たアリシアはそっとダークに声をかけた。
「……ダーク、これでいいのか? 私たちは存在しない賊からコレット殿下を守ったということになっているぞ?」
「いいんじゃないのか? 賊のことは嘘だが、コレット様を助けたのは事実なのだから」
「それはそうだが……」
王族を騙していることに複雑な気持ちになるアリシアはチラッとコレットとメイド姉妹の方を見た。マクルダムとロイクの見えない所でコレットはダークとアリシアを見ながら笑ってウィンクし、気にするなと目で伝える。
「お主たちには本当に感謝している。ミュゲルの件だけでなく、娘の命まで救ってくれたのだからな。後日、改めてお主たちに恩賞を贈ろう」
「い、いえ! そんな恩賞だなんて……」
ミュゲルの件で今回のパーティーに招待されただけでなく、更に恩賞まで貰えることにアリシアは驚きながら謙遜する。するとダークがそっとアリシアの肩に手を置いた。
「アリシア、せっかく陛下が恩賞を与えると仰られているのだ。断るのは逆に失礼だぞ」
「ダ、ダーク……」
「ハハハハ!」
落ち着いた態度を取るダークを見て思わず力の抜けたような声を出すアリシアにマクルダムは笑う。ロイクやコレットも小さく笑っており、メイド姉妹も笑いを堪えていた。すると、マクルダムは突然笑うのをやめてチラッとコレットの方を向く。
「……それはそうとコレット、床に就いたはずのお前がなぜバルコニーにいるのだ?」
「あ……いや、あのぉ……」
僅かに低くなった父の声にコレットは再び動揺を見せる。表情は変わらないが声を聞けばマクルダムが怒っているのが分かった。
「子供はもう寝る時間なのだから、寝室から出ないで眠れと言ったであろう?」
「……ハ、ハイ」
「お前が言いつけを守って床に就いておればこんなことにならずに済んだのではないか?」
「……申し訳ありません、陛下」
自分の過ちを認め、コレットは王女らしい口調で頭を下げる。謝るコレットの姿をシルヴァとメノルは気の毒そうな顔で見ていた。
コレットはまだ幼いが王女としてパーティーに参加したいと思っていた。だが、まだ幼い彼女に夜更かしをさせることはできず、眠るよう父であるマクルダムから言われていたのだ。だからこっそりと寝室を抜け出してパーティーを遠くから眺めるためにバルコニーに出ていた。その結果、手すりから落ちて死にそうな目に遭ってしまう。夜更かししてみたいという小さな気持ちから寝室を抜け出した結果の災難だった。
俯いて反省しているコレットをしばらく見ているマクルダム。ロイクもマクルダムの隣でコレットを見ている。マクルダムたちのやり取りをアリシアは見ており、落ち込むコレットにフォローを入れようかとアリシアは考えていたが、騎士に過ぎない自分が他人の家庭、しかも王族の家庭に口を出すなどという恐れ多いことはできずに黙っていた。
やがてマクルダムは一度溜め息をついてからそっとコレットの頭に手を乗せる。頭に手が乗り、コレットはビクッと反応した。
「……まぁ、今回はダークとファンリードのおかげで無事だったのだから、それで良しとしよう。だが、もしまた寝室を抜け出して夜更かしなどをすれば勉強の時間をいつもの倍にするからな?」
「ハ、ハイ!」
怒鳴るなどせずに注意しただけで許してくれたマクルダムにコレットは顔を上げて返事をする。
マクルダムとコレットを見てダークとアリシアはとりあえず一件落着と感じ安心した。すると廊下の方から一人分の足音が聞こえ、ダークとアリシアはチラッと廊下の方を見る。マクルダムたちも捜索に行った騎士の誰かが戻ってきたのかと廊下の方を向いた。
「コレット様、ご無事ですか?」
聞こえてきたのは捜索に向かった騎士たちとは違う声だった。ダークたちが声の主が誰なのか考えていると一人の青年が姿を見せる。外見は二十代後半ぐらいで貴族の服を着て眼鏡をかけたオレンジ色の短髪をしていた。
青年はバルコニーを見てコレットの姿を見ると笑顔で近づき、姿勢を低くして視線をコレットに合わせた。
「ご無事でしたかコレット様。賊に襲われたと聞き、心配になり慌てて飛んできたのですが……お怪我はありませんか?」
「おおぉ、ガーヴィンか。妾は大丈夫じゃ」
「それはよかったです」
笑って無事を伝えるコレットにガーヴィンと呼ばれる青年は笑顔を返した。
突然現れて王女のコレットと親しく話す男を見てダークは不思議に思いアリシアに小声で尋ねる。
「アリシア、彼は?」
「あの人はガーヴィン・ラパルタン殿。ラパルタン侯爵家のご子息だ」
「ほぉ、侯爵家か……随分とコレット様と親しいようだが、どんな関係なんだ?」
「……彼はコレット様の婚約者なのだ」
「何っ?」
意外な関係を聞いてダークは驚きコレットとガーヴィンの方を見る。ノワールも驚いてまばたきをしながら二人に注目していた。
「どうしてコレット様と婚約を?」
「私も詳しくは知らないが、ラパルタン家は古くから王家に仕えており、王家を支えてきた一族らしい。ガーヴィン殿は長い間、政治などで王家に助力をし、その功績から王女であるコレット殿下と婚約することを許されたと聞いている」
「王族と血縁関係になるところまで行くとは、大したものだな。いくら長い間王家に仕えていたとしても王女の婚約者になれるなんて、なかなかあることではないぞ?」
「ああ……」
アリシアは爽やかな笑顔のガーヴィンを見て小さく頷く。王女の婚約者になれるなんて今までかなり努力されたはずだとアリシアは心の中で考えていた。
ダークとアリシアが見ている中、ガーヴィンは笑顔のままコレットの顔を見つめていた。
「コレット様、貴女は私の妻となられるお方です。あまりご無理をなさらないでくださいね?」
「分かっておる、お前は心配し過ぎじゃ。妾はもう十一歳なのじゃぞ?」
「ハハハ、私から見れば姫様はまだまだ心配をかける幼いお転婆姫ですよ」
「な、何ぃ~!? 妾だってあと五年すれば姉上に負けないくらいのレディーになるのじゃぞ! いつまでも子供扱いするでない!」
「アハハハハ、申し訳ありません」
笑いながら謝るガーヴィンにコレットは頬を膨らませながらそっぽを向く。そんな二人のやり取りをマクルダムとロイクは笑って見守っている。シルヴァとメノルは主であるコレットをからかうガーヴィンが気に入らないのか小さく睨んでいた。
コレットとの会話が終わるとガーヴィンはダークとアリシアの前にやってきて軽く頭を下げた。
「コレット様をお救いいただき、ありがとうございます。貴方がたがいなければ、私は将来の妻を失うところでした」
「いえいえ、お気になさらず」
「私たちは騎士として当然のことをしたまでです」
「ハハハ、なんて素晴らしい騎士道精神をお持ちなのでしょう。感服しました」
笑顔でダークとアリシアを褒めるガーヴィンにアリシアは少し照れくさそうな顔をする。だがダークは黙って笑うガーヴィンを見ていた。
(……なんだが、嘘くさい笑い方だなぁ。そもそも、婚約者であるコレット様が賊に襲われたと聞いて慌てて飛んできたって言ってたが、来たのは陛下たちが来てしばらくしてからじゃないか。普通は誰よりも先に飛んでくるはずなのに遅れてくるなんて、どういうことなんだ?)
ダークはガーヴィンの行動に疑問を抱きながら笑顔のガーヴィンを見つめた。
会話が一段落つくと、黙ってダークたちの会話の様子を見ていたコレットが何かを思いついたような反応を見せてマクルダムの方を見た。
「父上、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」
「明日の妾の外出なのですが、この二人に警護を任せてよろしいでしょうか?」
「何?」
「姫様、いきなり何を……」
コレットの発言にマクルダムは意外そうな顔をし、シルヴァは驚きの表情を浮かべる。二人の声を聞いたダークたちはコレットたちの方を向く。
「どうしました?」
「ダーク、アリシア、実はお前たちに頼みがあるのじゃ」
「頼み?」
「なんでしょう?」
「うむ……実は明日、妾は身分を隠して町へ外出することになっておる。町の様子を見がてら遊びに行くためにのう。当然、妾が城下に行くとなるとそれなりの警護を付けねばならない。じゃが、近衛隊や騎士などを警護に付けてしまえば妾の正体がバレる可能性がある。そこで、冒険者と調和騎士団の騎士であるお前たちに妾の警護と道案内を頼みたいのじゃ」
「ええ?」
アリシアはコレットからの意外な頼みに驚き声を上げる。ダークも少しだけ驚いたような反応を見せてコレットを見ていた。
本来なら王族の警護は直轄騎士団の団員がするべき重要な役割だ。だがそれを調和騎士団の団員と冒険者である自分たちに頼んでくれた。それは自分たちのことを信頼してくれている証ということになる。
普通は喜んで引き受けるべきなのだが、出会ったばかりの自分たちにそんな大きな仕事を頼むことが信じられず、アリシアは驚きを隠せなかった。
「な、なぜ私たちなどにそんな大役を?」
「お前たちが城下に詳しい調和騎士団の騎士と冒険者だからじゃ。それに妾の命の恩人、お前たちなら警護を任せてもよいと妾は感じた」
「し、しかし、突然そんなことを仰られても……」
「そうですよ、姫様。陛下のお許しも無しに勝手に話を進めてはいけません」
マクルダムの許可を得ずに話を進めていくコレットにシルヴァが注意をし、コレットはシルヴァの方を見ながら頬を膨らます。
コレットはマクルダムの答えを聞くために父の方を向く。マクルダムは腕を組みながら目を閉じて黙り込んでいる。しばらくしてマクルダムはゆっくりと目を開けてダークとアリシアの方を向いた。
「……確かに、この二人は直轄騎士団よりも城下のことは詳しい。何よりもこの者たちなら信用してもいいだろう」
「父上、それじゃあ……」
「……ダーク、ファンリード、明日のコレットの外出時の警護、お主たちに任せてもよいか?」
「えっ!?」
マクルダムから直接頼まれてアリシアは驚く。ロイクとメイド姉妹たちもマクルダムが出した意外な答えに驚いており、コレットはマクルダムを笑顔で見つめていた。
「父上、よろしいのですか?」
「ああ、この二人なら任せてもよいと儂は思っておる。お前もそう思っているのだろう、ロイク?」
「え、ええ、まぁ……」
心を見抜かれていたことにロイクは少し照れるように目を逸らした。
「改めて、そなたたちに依頼しよう。娘の警護を引き受けてくれ」
「……分かりました。喜んでお受けします」
ダークは迷うこと無くマクルダムからの依頼を引き受けた。アリシアも最初は戸惑っていたが、国王であるマクルダムからの依頼を断る気は無く、マクルダムの方を向いて頭を小さく下げる。
「私も喜んでお引き受けいたします。陛下」
「よし、決まりじゃあ!」
マクルダムの許可を得て、ダークとアリシアが依頼を引き受けたのを聞いたコレットは声を上げて喜ぶ。それを見たシルヴァとメノルは呆れたような顔で溜め息をついた。
「さて、話も終わったことだ。儂らも大広間へ行くとしよう……コレット、お前も来い」
「え? よろしいのですか?」
「賊がまだこの城にいる可能性がある以上、お前はこのまま眠らせるわけにはいかん。安全が確認されるまで、お前もパーティーに参加するのを許そう」
「……やったぁ~~!」
「姫様、はしたないですよ」
パーティーに参加することができるのが嬉しくてコレットは跳びはねて大喜びする。それを見てシルヴァはコレットを注意して止めた。コレットがはしゃぐ姿を見てアリシア、ロイク、メノルは苦笑いを浮かべ、ガーヴィンは笑っている。
ダークたちはパーティー会場の大広間へ向かうためにバルコニーを出て廊下に出る。そんな中、ダークはマクルダムたち王族の後に続いてバルコニーを出ようとするガーヴィンの顔を見た。するとダークの視界にマクルダムたちに見えない位置でコレットの後ろ姿を睨みながら舌打ちをするガーヴィンの顔が入る。
ガーヴィンの顔を見たダークは反応し、自分の前を通過するガーヴィンを目で追った。黙ってガーヴィンを見ているダークに気づいたアリシアは不思議そうな顔でダークを見つめる。
「ダーク、どうした?」
「……いや、なんでもない」
そう言ってダークはバルコニーを出てマクルダムたちの後に続き大広間に向かう。アリシアも小首を傾げながらダークの後を追って大広間へ戻った。
(……なんだ、ガーヴィンの今の表情は?)
さっきまでコレットに見せていた爽やかな笑顔とは正反対に気に入らないものを見た時のような歪んだ表情を見せたガーヴィン。彼の後ろ姿をダークは黙って見つめ、同時にガーヴィンには何か秘密があると心の中で感じた。
その後、ダークたちは大広間へ向かいパーティーを再び楽しむ。コレットと賊のことについては招待客たちが混乱することを考えて極一部の者にしか話さなかった。
それから直轄騎士団の騎士たちが賊を見つけるために城内を捜索したがダークがでっち上げた存在しない賊が見つかるはずも無く、捜索は何も見つけられずに終了する。それからしばらくして、アルティナの誕生パーティーも何事も無く終わった。