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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第五章~王国の暗躍者~
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第四十六話  謎の少女と戦闘メイド


 大広間を出たダークとアリシアはバルコニーで夜空を眺める。招待客たちが騒いでいる大広間と違ってバルコニーには二人しかおらずとても静かだった。

 バルコニーの手すりにもたれながらアリシアは星空を見上げており、その隣ではダークが腕を組みながら遠くの山を眺めている。二人がいるバルコニーは城の三階にあり、山だけでなくまだ微かに明るい城下町も見下ろすことができた。


「しかし、さっきは驚いたぞ? いきなりマッケンの顔にワインをかけたんだからな」


 アリシアがチラッと隣に立っているダークを見て先程の出来事を思い出す。するとダークは腕を組んだまま視線を変えずに返事をした。


「私はああいう他人を平気で傷つける者が嫌いなんでな。だから懲らしめただけだ」

「それは分かるが、冒険者が貴族に逆らったり恥をかかせれば後々どうなるか分からないぞ?」

「……確かにな。だが、やってしまったことは仕方がないし、私は後悔はしていない」

「……まぁ、今回は明らかにマッケンが悪いし、ザルバーン団長もいたんだ。マッケンも権力を使って貴方をどうこうしようとは考えないだろう。何より団長がそんなことはさせないはずだ」


 小さく笑いながらアリシアは手すりにもたれるのをやめ、ダークと同じように遠くの山を眺める。バルコニーに優しい風が吹き、アリシアはそれを目を閉じて感じる。今日まで色々な任務に就いて忙しかった彼女にとって今回のパーティーは疲れを取るいい機会でもあった。

 話が終わってしまい、バルコニーで黙り込むダークとアリシアを見たノワールはこの静かな雰囲気をどうにかするために会話の話題を出そうと考える。すると、先程のマッケンとの一件で耳にしたあることを思い出し、ノワールはアリシアに語り掛けた。


「それにしても、リーザさんが平民出身だっていうのは驚きましたよ。てっきり貴族出身だったと思ってたんですけど……」

「ん? ……ああぁ、そう言えば二人には話してなかったな」


 アリシアはダークとノワールの方を向いてリーザのことを話していなかったことを思い出す。アリシアは再び山がある方を向き、小さく俯きながら口を動かした。


「私も詳しくは聞いていないんだが……リーザ隊長は結婚する前、つまり平民だった時は首都の教会で神官をしていたらしい。ご両親は幼い頃に二人とも病気で亡くなり、教会に住み込みながら働いていたと聞いている」

「身寄りがいなかったのか」

「苦労されたんですね」


 リーザの過去を知り、ダークとノワールは意外そうな声で呟く。現在の暮らしと違い、昔はとても苦労していたのだと知って驚いたようだ。


「ある日、リーザ隊長が教会の前で倒れている一人の騎士を見つけたんだ」

「その騎士がファルム・ナルヴィズ殿、リーザ殿の旦那さんだったのか?」

「ああ、全身ボロボロの重傷を負った彼を見てリーザ隊長は慌てて教会の中へ運び、回復魔法や薬草を使って看護したんだ。そのおかげでファルム殿は一命を取り留めた」

「そうだったのか」

「でもどうして首都の中でそんな重傷を負っていたんです?」


 ノワールはなぜ首都の中でファルムが重傷を負っていたのか疑問に思いアリシアに尋ねた。セルメティア王国に存在する町で最も守りの堅い首都の中で重傷を負えば疑問に思うのは当然のことだ。


「私が聞いた話では町で暴れていた評判の悪い冒険者のパーティーを止めるために戦闘になって重傷を負ったそうだ。相手は六つ星の冒険者のパーティーでかなり苦戦したそうだ」

「ファルムさんもその戦いで怪我をしてなんとか教会の前まで移動したってことですか」

「それからファルム殿は自分を助けてくれたリーザ隊長に一目惚れをして二人は付き合うようになったんだ。当時、ナルヴィズ家の当主、つまりファルム殿のご両親は平民出身であるリーザ隊長との交際に酷く反対されたらしい。だが、ファルム殿の固い意志にご両親も折れて二人の交際を認め、めでたく結婚したというわけだ」

「よかったじゃないですか」

「だが、一つだけ条件があった」

「なんですか?」

「ファルム殿は一命を取り留めたが怪我の後遺症で騎士として働くことができなくなってしまったんだ。だからリーザ隊長にナルヴィズ家の騎士として騎士団に入り、国のために尽くすということだ」


 リーザが神官騎士として騎士団の入っている理由を知り、ダークとノワールは納得した表情を浮かべる。

 ナルヴィズ家は昔から騎士の家系としてセルメティア王国に仕えてきた。そのため、ナルヴィズ家の当主は必ず騎士でなければならない。だが、ファルムが騎士を続けられなくなった以上、その妻であるリーザが騎士として尽くす必要があった。幸いリーザは神官をやっており、回復系や光属性の魔法を扱うことができる。そんな彼女が剣を学び、騎士としての力をつけて神官騎士となったことでナルヴィズ家に嫁いだリーザもナルヴィズ家の当主代理として騎士団に入り、騎士として務めることが許されたのだ。

 だが中にはマッケンのように平民でありながら貴族として騎士を名乗る彼女を良く思わない者もおり、最初は色んな嫌がらせをリーザにしてきた。だが彼女はそんな嫌がらせにも耐えて今では嫌がらせもされずに多くの者から認められる存在となったのだ。それはリーザの誇りであり、幸せでもある。そしてそんな自分を愛し、支えててくれた夫をリーザは心から愛していた。


「リーザ隊長にとっては自分の人生を変えてくれたファルム殿はかけがえのない存在なんだ。そのかけがえのない存在を侮辱されれば誰だって頭に来る」

「だからさっきのマッケンとの言い合いであそこまで感情的になっていたのか」

「ああ。もし、あの時ダークがマッケンにワインをかけなければ彼女がマッケンを殴っていただろう。そうなればナルヴィズ家の立場も危うくなる。あの時ダークがマッケンを懲らしめてくれたおかげでリーザ隊長とナルヴィズ家の立場は守られたんだ……リーザ隊長は貴方に感謝しているだろう」

「私は別に感謝されるようなことをしたつもりは無いのだが……まぁ、感謝してくれているのであればそれでもいい」

「フフ、素直じゃないな?」


 アリシアはダークの反応を見てクスクスと笑う。ノワールもアリシアにつられるように小さく笑った。ダークは何かおかしなことを言ったかと疑問に思いながら二人の顔を見る。

 今まで苦労してきたリーザが貴族となり、最高の幸せを得ていることを聞かされ、ダークとノワールは心の中でリーザの幸せを願う。アリシアも元部下としてリーザの幸福を誰よりも強く望んでいる。

 バルコニーに風が吹き、その風でアリシアの髪が揺れる。アリシアは微笑みながら髪を整えていると何かに気付いてふと表情を変えた。


「……おい、ダーク。あそこ」

「ん?」


 何かを見つけたアリシアを見てダークはアリシアが見ている方角に視線を向ける。ダークたちがいるバルコニーから数十m離れた所に別のバルコニーがあった。ダークたちがいるバルコニーより少し広く、同じ三階にある。そのバルコニーの手すりの上に誰かが乗っている姿があったのだ。

 手すりの上でバランスを取ろうとしているその人影を見てアリシアは目を見開きながら驚いた。


「な、何をやっているんだ! 此処は三階だぞ!?」

「この下は城の中庭になっているが池や川のような物は何一つない。落ちれば確実に死ぬぞ」

「ダーク、アイツを止めに行こう!」

「ああ、恐らくパーティーで飲み過ぎて酔った奴がふざけているんだろう。止めてガツンと言ってやる」


 ダークとアリシアは手すりの腕でふざけている人影を止めに行こうとバルコニーを出ようとする。するとダークの肩に乗っていたノワールがゆっくりと飛び上がった。


「マスター、僕は空から先に行ってあの人を止めてきます」

「分かった。私たちが行くまでなんとか止めておけ」

「ハイ!」


 返事をしたノワールは遠くのバルコニーに向かって飛んでいき、ダークとアリシアもバルコニーを飛び出すと大広間の中を通って廊下の方へ走り出す。

 大広間の中ではレジーナたちが相変わらず料理や酒を楽しんでいた。レジーナとマティーリアの口の周りにはソースなどが付いており、ジェイクも大量の酒を飲んでほろ酔い状態になっている。そんな中、三人は走って大広間を出ていくダークとアリシアの姿を見つける。


「あれ? 兄さんと姉さん、どうしたんだろう。あんなに慌てて……」

「ああ? 随分と慌てた様子だったなぁ……」

「なんじゃ、便所か?」

「あっ、かもしれないわねぇ」


 ダークとアリシアはトイレに行ったのだと言うマティーリアの言葉にレジーナは笑う。それにつられてマティーリアも笑い出した。だが、ジェイクはあの二人はトイレに行くためにあそこまで慌てるとは思えないと考えている。ほろ酔い状態になってもしっかりと状況を分析することができるようだ。


「兄貴と姉貴が便所であそこまで慌てるとは思えねぇな」

「なんじゃ、心配なら後をついていけばいいじゃろう?」

「……いや、あの二人なら心配ねぇだろう」


 そう言ってジェイクはまたワインや別の酒を飲み始める。ジェイクも心の中では酒が飲みたいようで適当な理由をつけて誤魔化す。そんなジェイクを見てレジーナとマティーリアはやれやれと言いたそうな顔を見せた。

 パーティー会場である大広間から離れた所にあるバルコニー、ダークとアリシアは人影を見た場所だ。そこにはバルコニーで寛ぐために使われる机や椅子が幾つか置いてあった。そのバルコニーの手すりの上をフラフラとしながら歩く人影がある。それは白いドレスを着た十二歳ぐらいの小麦色の長髪をした少女だった。頭の上には小さなティアラが載っており、とても高貴な雰囲気を出している。

 少女は手すりから飛び下りてバルコニーに下り立つと遠くに見えるパーティー会場を見てつまらなそうな表情を浮かべた。


「ハァ……皆楽しそうじゃのう……妾もパーティーに参加したかったぞ……」


 パーティー会場を眺めながら少女はマティーリアのような口調で呟く。どうやら彼女は今回のパーティーに参加したかったのだがそれができないことを不満に思っているようだ。そのため、今いるバルコニーからパーティー会場を眺めているらしい。

 少女は小さく頬を膨らましながらバルコニーの中を歩き回りながら不機嫌な様子を見せる。


「まったく、お前はまだ幼いからもう寝ろ、などと……あの人は妾は子供扱いしすぎじゃ! 妾だってこの国の……」


 不機嫌な態度を取っている少女の声が次第に小さくなっていき、その声から寂しさを感じさせていく。少女は再びバルコニーの手すりに近づき、遠くのパーティー会場を眺める。すると遠くから何かが近づいてくるのに気づき、少女は目を凝らしてその近づいてくる物を見つめる。

 目を凝らす少女はもの凄い勢いで近づいてくるノワールを確認すると目を見開いて驚きの表情を浮かべた。そしてノワールは少女の目の前で急停止する。


「うわああぁ!?」


 いきなり目の前で止まるノワールに少女は驚いて尻餅をつく。座り込む少女を見ながらノワールは手すりに下り立つ。


「危ないですよ? 手すりの上に乗って遊ぶなんて」

「イタタタ、妾がどこで何をしようと勝手ではないか……ん?」


 立ち上がって尻を擦る少女は注意するノワールに言い返そうとした。だが少女は言い返すより先に目の前の子竜が喋ったことに気付き、再び目を見開いてノワールの方を向く。


「お、お前、ドラゴンなのに人間の言葉が喋れるのか!?」

「え? え、ええ……一応は……」

「な、なんとぉ! この世界に言葉を喋るドラゴンがいるのかぁ! ……いや、それ以前になぜこの城にドラゴンがいるのじゃ?」


 ノワールが喋ることに興奮していた少女は突然冷静になって城の中にドラゴンがいること自体を不思議に思う。ノワールはそんな少女をまばたきしながら見ている。

 しばらく難しい顔をしていた少女は考えるのが面倒になったのかノワールの方を向いてニッと笑い出した。


「まぁ、そんなことはどうでもよいのう。お前、名をなんと申す?」

「え、僕ですか? ……僕はノワールと言います」

「ノワールか、変わった名前じゃのう。お前、どこから来たのじゃ? どうして人間の言葉を喋れるのじゃ?」

「え、え~っと……」


 再び興奮した様子で質問を連続でしてくる少女にノワールは困った様子を見せる。すると少女はそんなノワールを見てハッとし、苦笑いを浮かべた。


「す、すまんな。困らせてしまったか?」

「い、いえ、ちょっとビックリしただけです」

「ハハハ、そうか」


 少女は手すりに乗るノワールの隣に移動し、手すりに両手を乗せながら笑顔でノワールを見た。


「お前、ドラゴンなのに人間を襲ったりしないのか?」

「僕はそんなことはしません。第一、そんなことをしたらマスターに怒られてしまいますから」

「マスター? 主人がおるのか?」

「ええ」

「そうか……残念じゃのう。主人がいないのであれば妾のペットにしようと思ったのじゃが……」

「ペ、ペット?」

「うむ、妾の話し相手として共に暮らそうと思っていた」


 少女は前を見ながら手すりにもたれる。すると手すりに小さな罅が入り、小石が少女の足元に転がった。罅が入った時の音は小さく、ノワールと少女はそのことに気付いていない。


「妾はこの城でいっつも勉強などをしていて友達がおらんのじゃ。いつもメイドや執事に見張られてイライラしておる」

「この城でって……君はこのお城の人なんですか?」

「……なんじゃ、妾を知らぬのか?」


 自分のことを知らないノワールを見て少女は意外そうな顔をする。すると少女は誇らしげに笑いながら手すりに体重をかけた。


「では教えてやろう。妾はこの国の……」


 少女が更に手すりに体重をかけてノワールに名を名乗ろうとした次に瞬間、手すりの罅が一気に大きくなり、少女がもたれている部分だけが外側に倒れてしまう。手すりにもたれていた少女はバランスを崩してバルコニーから外に向かって倒れる。


「……え?」

「……ッ! マズイ!」

 

 何が起きたのか分からない少女と落ちそうになる少女を見てノワールは声を上げる。ノワールは急いで少女の後ろに回り込んで少女を背中から押した。

 少女の足はバルコニーに付いているが、体はバルコニーの外に倒れており、ノワールに支えられてなんとか落下を免れている状態にあった。


「お、お前!」


 自分の背中を支えながら飛んでいるノワールに少女は声を上げる。ノワールは小さな体で自分よりも大きな少女の体をなんとかバルコニーに押し戻そうとするが、今のノワールの体では難しかった。


「ぐぐぐぐっ! さ、さすがにこの姿だと厳しい、ですね……」


 歯を食いしばりながらノワールは全身に力を入れるが少女を押し戻すことはできない。人間の姿ならともかく、子竜の姿では子供を押し戻すことは不可能だ。

 少女を支えている内にノワールの体力も少しずつ削がれていく。もしノワールが支えられなくなったら少女はそのまま三階から中庭に向かって真っ逆さまに落下してしまい命は無い。いいアイデアも思い浮かばず、まさに絶体絶命の状態だった。すると、ノワールの体力に限界が来たのか少女の体は徐々にバルコニーの外に傾いていく。少女はこのまま落ちてしまうのかと感じ、目元に涙を浮かべる。そして遂にノワールは少女を支えられなくなり少女の背中から離れた。同時に少女の体もガクッと外に向かって倒れる。

 だがその時、倒れる少女の細い腕を何者かが掴んで少女の落下を止めた。少女は突然止まった自分の体に涙を流しながら呆然とする。前を見るとそこには自分の手を掴んでいるダークの姿があったのだ。ダークは少女の腕を引いて少女をバルコニーに引っ張り抱き留める。少女の体は僅かに震えており、落下しそうになった恐怖が伝わってきた。


「フゥ、ギリギリセーフだったな」


 ダークは少女を助けることができて小さく息を吐いた。ダークのすぐ後ろではアリシアが息を切らせながら少女の無事を確認し安心している姿がある。するとそこへ少女を支えていたノワールが飛んできてダークの顔の前で停止した。


「マスター」

「ノワール、遅くなったな?」

「いえ……すみません、僕がもう少ししっかりしていれば……」

「いや、その姿でよくこの子を支えていた。もしお前が支えていなかったら私たちはこの子を助けることができなかった……よくやったぞ」


 小さな体で少女を助けた自分の使い魔をダークは誇りに思いながら褒める。ノワールは笑みを浮かべながらダークの顔を見た。そんなノワールの隣にアリシアがやってきて彼の頭を優しく撫でる。ノワールは気持ちよさそうな顔を浮かべた。

 ダークは震える少女を近くの椅子に座らせて様子を窺う。少女は少し落ち着いた様子だがそれでもまだ少し震えていた。


「……大丈夫か?」

「う、うむ……大分よくなった」


 ダークの問いに少女は疲れたような顔で返事をする。とりあえず怪我などはしていないようだ。


「お、お前たちは妾の命の恩人じゃ……改めて、礼を……」


 少女が礼を言おうとした瞬間、少女は意識を失いテーブルにもたれる。それを見たアリシアは驚いて少女に近づいた。


「ど、どうした、大丈夫か!?」

「心配するな。緊張が解けて一気に疲れが出たんだろう」

「……まぁ、死にそうな目に遭ったのだから無理もないな」


 アリシアは少女の頭をそっと撫でる。幼い少女が死を目前にすれば気絶してもおかしくない。だがこの少女は助かってからしばらく気絶することなく意識を保っていたのだ。普通の子供とは違いしっかりしているとアリシアは感じる。

 しばらく少女を見守っているとアリシアは目の前で眠っている少女を見て何かに気付いて表情が変わった。


「そういえば……この子、何処かで見たことがあるような……」

「なんだ、知り合いか?」

「いや、そういうのではない。ただ、最近何処かで……」


 アリシアは少女の顔を見ながら思い出そうとし、ダークは腕を組みながら、ノワールもダークの肩に乗りながら眠っている少女を見ていた。すると、突然背後から殺気を感じ取り、ダークとアリシアは横へ跳んだ。その直後、何者かが二人の立っていた場所に長い棒のような物を振り下ろして攻撃してきた。

 ダークとアリシアは突然の奇襲に驚くがすぐにその人影から離れて合流した。すると今度は何処からかナイフが飛んで来て二人の足元に刺さる。ダークとアリシアは警戒しながら前を見るとそこには二人のメイドの姿があった。

 一人は水色の長髪に眼鏡をかけたメイドで手に数本のナイフを持っている。先程の投げナイフによる攻撃は彼女によりものだろう。そしてもう一人は紺色のショートボブにデッキブラシを持ったメイドだ。どうやら彼女がダークとアリシアを背後から襲った人影らしい。二人ともアリシアと同じくらいの若さだ。

 突然現れて敵意を向けている二人のメイドにダークとアリシアは少し驚いた様子を見せている。そんな二人をメイドたちは睨み続けた。


「貴方たち、いったい何をしているのですか?」

「姫様に手を出すとは……貴様ら、賊か!?」

「え? ちょ、ちょっと待ってくれ、私たちは……」


 アリシアがメイドたちに説明しようとするが、メイドたちはアリシアの話に耳を傾けずに襲い掛かってきた。

 眼鏡をかけたメイドがダークとアリシアに向かってナイフを投げて攻撃する。ダークとアリシアは咄嗟に横に移動してナイフを回避した。そこに今度はショートボブのメイドがデッキブラシを回しながら走ってきてダークにデッキブラシで攻撃する。ダークは落ち着いてメイドの攻撃をかわし、隙を見つけると素早く後ろへ移動して距離を取った。

 ダークは戦いに慣れた様子のメイドたちを見て少し驚いており、ダークの肩に乗るノワールも驚いてメイドたちを見ていた。


「このメイドたち、随分と戦い慣れしているな……」

「恐らく、彼女たちはバトルメイドだろう」

「バトルメイド?」

「その名の通り戦闘を行うメイドだ。貴族や王族が敵から身を守るための護衛として傍に置いている」

「バトルメイド……またLMFに存在しない職業クラスか……」


 ダークはまた聞いたことの無い職業クラスのことを知り、興味が湧いてきたが、今はそんなことを考えている時ではない。目の前のバトルメイドたちを止めることが先だった。

 バトルメイドたちはナイフとデッキブラシを構えながらダークとアリシアを警戒し、自分たちの後ろで眠っている少女のことを気にする。


「……この者たち、いったい何者でしょう?」

「一人は我が国の騎士のようですが、もう一人は黒騎士の姿をしていますね……もしかすると、城に潜入するために騎士の姿をしている暗殺者では……」

「なら、わざわざ忌み嫌われる黒騎士の姿をする必要は無いでしょう? 暗殺者がそんな愚かな考え方をするとは思えません」

「では、いったい何者なのです?」


 ダークの姿を見ながらバトルメイドたちは小声で会話をする。二人はダークとアリシアがパーティーに招待された者だとは知らないようだ。


「……彼らは何者であろうと、まずは捕らえることが先です……私がこの二人の相手をします。メノル、貴女は急いで衛兵の方々を呼んできてください」

「分かりました、姉さん」


 メノルと呼ばれたショートボブのバトルメイドは眼鏡をかけたバトルメイドを姉と呼び、衛兵を呼ぶためにバルコニーを飛び出した。バルコニーから出て行ったメノルを見たダークは面倒なことになりそうだと感じる。


「今、衛兵を呼びに行きました。貴方たちが捕まるのも時間の問題ですよ?」

「待ってくれ、私たちは怪しい者ではない。パーティーに招待されたのだ」


 ダークはバトルメイドに自分とアリシアが何者なのかを説明する。だがバトルメイドが黒騎士であるダークの言葉を信用するはずがなかった。


「貴方たちが招待客? 嘘をつくならもっと上手くつきなさい。大体、黒騎士である貴方が怪しい者ではないと言っても説得力に欠けますよ?」

「……フム、それは言えてるな」

「納得してどうする!?」


 落ち着いた態度でバトルメイドの言うことに納得するダークにアリシアは声を上げる。アリシアはなんとか誤解を解こうとバトルメイドを必死で説得する。


「聞いてくれ、私は調和騎士団第五中隊隊長のアリシア・ファンリードだ。私と彼は本当に招待されたのだ。ここに招待状もある」


 アリシアはそう言って自分の招待状をバトルメイドに見せた。だが招待状を見たバトルメイドはつまらなそうな表情を浮かべる。


「城に侵入することを考えるのであれば、よくできた偽の招待状を持っているのは当然のことですね」

「何っ!?」

「……どうやら彼女は私たちのことを完全に侵入者だと思っているようだな」


 全く信用してくれないバトルメイドにダークは呆れたような声を出す。その隣ではアリシアがどうすれば信じてくれるのかを必死に考えたが何もいい案が浮かばなかった。


「……これ以上、貴方たちのつまらない言い訳を聞く気はありません。大人しくしないというのであれば、少々痛い目に遭ってもらいます」


 バトルメイドは新しいナイフを取り出してダークとアリシアを睨み付ける。ダークはこれ以上の説得は無駄だと感じたのかゆっくりと構えを取ってバトルメイドを迎え撃つ態勢に入った。そして、バトルメイドはダークとアリシアに向かってナイフを投げようと動き出す。だがその時、バトルメイドの後ろから大きな声が聞こえてきた。


「やめんかっ!」


 突然の声にダーク達は一斉に動きとめる。そして声の聞こえた方を向いて意識を取り戻した少女の姿を確認した。


「姫様!」

「シルヴァ、お前は何をやっておるのじゃ?」

「え? あの、姫様を襲おうとした暗殺者の相手を……」


 なぜか不機嫌そうな様子の少女にシルヴァと呼ばれたバトルメイドは少しオドオドしながら説明をした。すると少女はキッとシルヴァを睨み付ける。


「たわけぇ! その者たちは妾がバルコニーから落ちそうになったのを助けてくれた恩人じゃ!」

「……え?」


 少女の言葉にシルヴァは力の無い声を出す。

 シルヴァはチラッとダークとアリシアの方を向くとそこには疲れたような表情を浮かべているアリシアと両手を腰に当てて自分を見ているダークの姿がある。肩に乗っているノワールも呆れたような顔をしていた。それを見てようやくシルヴァは自分が思い違いをしていることに気付き、表情が一気に変わる。


「お、恩人?」

「うむ、助けられて椅子に座った直後に妾は意識を失ってしまってな……先程意識が戻ったところじゃ」

「で、ですが……あの二人のうち、一人は黒騎士ですよ?」

「黒騎士であろうとなんであろうと、妾の命を救ってくれたのは事実じゃ」


 事実を口にする少女の鋭い目を見てシルヴァの顔に少しずつ汗が流れ始める。とんでもない失敗をしたことに焦りを感じているようだ。

 シルヴァの顔を見た少女は一度溜め息をつくとダークとアリシアの方へ歩いていき、軽く頭を下げた。


「妾のメイドが無礼なことをした。コイツらも妾を守ろうとしてやったことなのじゃ、許してほしい」

「いや、私たちは別に気にはしていない」


 頭を下げる少女を見ながらダークは軽く首を横に振る。すると、ダークの隣で少女を見ていたアリシアが突然大きく目を見開いた。


「ああぁーーーっ!!」

「どうした?」


 いきなり声を上げるアリシアにダークは彼女の方を見て問いかける。アリシアは驚きの表情を浮かべながら目の前に立っている少女を指差す。


「お、思い出した。この子……いや、このお方は、コレット殿下だ!」

「コレット殿下?」


 初めて聞く名前にダークは聞き返し、もう一度少女の方を向く。すると少女はダークを見上げて笑いながら胸を張った。


「いかにも! 妾はセルメティア王国第二王女、コレット・ビ・ヴィズ・セルメティアである!」


 元気よく自己紹介をする少女。そこには先程まで死にそうになって震えていた時の姿は一切無かった。


(……ええぇ~っ!? そ、それじゃあこの子もアルティナ様と同じ、王女様なのかぁ!?)


 コレットの正体を知ったダークは心の中で驚きの声を上げる。アリシアもようやくコレットのことを思い出して目を見開いたまま彼女を見つめた。ノワールもダークの肩に乗ったまま意外そうな表情を浮かべている。

 周りが驚く中、コレットは目を閉じながら笑い、驚かれたことに小さな愉悦を感じている。するとそこへメノルが数人の衛兵を連れて戻ってきた。


「姫様、姉さん! ご無事ですか!? ……ん?」


 デッキブラシを持ってバルコニーに飛び込んできたメノルと彼女が連れてきた衛兵たちはバルコニーの現状が理解できずに呆然とする。


「おお、メノル、戻ってきたか」


 戻ってきたメノルを見てコレットは笑いながら手を振る。さっきまでの緊迫した雰囲気が無くなっていることにメノルはただただ、まばたきをしていた。


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