第四十五話 大広間に集う強者
マクルダムの挨拶が終わり、自由行動になってから大広間はより賑やかになった。王城の料理人が作った料理と一級品の酒を楽しむ者もいれば、酒を片手に他の招待客と会話をする者もいる。場所が王城の大広間で招待客が貴族や騎士であることを除けば学校の同窓会とほぼ同じと言えた。
貴族や騎士が優雅にパーティーを楽しむ中、レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人は楽しそうに食事を取っていた。パーティーの心得や作法を知っている貴族や騎士たちと違い少し行儀の悪いところがあり、すぐ近くにいる招待客たちは目を細くしながら三人を見ている。
レジーナは目の前にある高級料理を皿に確保してから隣にある肉や魚の料理を次々に取っていく。まるで食べ放題のバイキング料理を楽しんでいるようだった。レジーナの隣ではマティーリアが同じように大量の料理を皿に取っている姿がある。彼女の場合はドラゴンであるため、肉料理を中心に取っていた。
「……んん~! この肉もなかなかいけるではないかぁ!」
「ちょっと、マティーリア。お肉ばかり食べてないで野菜や魚料理とかも食べなさいよね?」
「うるさいのぉ、どんな料理を食べようと妾の自由ではないか」
「他の人の分が無くなっちゃうでしょう?」
「何を言っておる。此処は城じゃぞ? 食材は沢山あるのだから妾が食べ過ぎたってすぐに代わりの料理が来るはずじゃ」
「ハァ……全く、遠慮というものを知らないんだから、アンタは……」
「それはお互い様じゃろう?」
マティーリアはレジーナが持っている皿にてんこ盛りになっている料理を見ながらジト目で言い返す。レジーナは自分の皿を一度見た後にてへっ、と舌を出しながら笑って誤魔化した。
二人から少し離れた所ではジェイクが高級ワインを飲んでいる姿がある。ワイングラスの中に入っている濃い赤紫色の液体を見つめながらジェイクは小さく笑う。
「ほぉ~? これは美味そうな酒だ。どれ、早速一口……」
滅多に飲めない高級ワインを味わおうとグラスを口に近づけるジェイク。すると周りでは自分と同じようにワインを飲んでいる貴族や騎士の姿を見てジェイクはグラスを口に付ける前に止める。小さく一口だけ飲み、その味をゆっくりと堪能する高貴な姿を見たジェイクはいつものようにガブガブ飲むのはマズいと感じた。
ジェイクは周りの招待客たちの飲み方を真似して一口ずつゆっくりと静かに飲み始める。いつもと違う飲み方に少し慣れない感じがするが、離れた所で行儀悪く食事をしているレジーナとマティーリアを見て彼女たちのように恥をかかないようにするために我慢した。
少しずつワインを飲んでいるので味がいまいち堪能できずジェイクは不満げな顔を浮かべながらグラスを見つめる。
(あ~あ、本当だったらもっと飲みてぇんだけど、此処でいつもの飲み方をしちまったら俺自身だけじゃなく、兄貴と姉貴にも恥をかかせることになるからな。我慢だ、我慢……)
心の中で自分やダークたちに恥をかかせないようにするためにジェイクは酒を豪快に飲みたい気持ちを抑える。その一方でレジーナとマティーリアはガツガツと料理を食べていく。そんな彼女たちを見てジェイクは自分の我慢が無駄なのではないかと感じていた。
レジーナたちが食事と酒を楽しんでいる中、ダークとアリシアは大広間の隅でワイングラスを持ちながらレジーナたちの姿を見ていた。アリシアはドレスを着ているのにいつも通りの食べ方をするレジーナとマティーリアを見て呆れながら手で顔を隠す。
「まったく、アイツらは此処を酒場だと思っているんじゃないのか……?」
「まぁ、普段食べることができない料理が目の前にあるんだ。興奮するのも無理はないな」
「それでも少しは行儀よく食べてもらいたい。幸い今陛下は大広間を出られているからよかったが、もし陛下がいらっしゃったら陛下や殿下たちはあきれられるぞ? それでも周りの貴族の方々が目を細くして見ているというのに……」
アリシアは周りを見ていないレジーナとマティーリアを見て疲れたような口調で言う。その隣に立っているダークは二人を見ながら楽しんでいるような口調で話した。顔は兜で隠れているがダークは笑っているだろう。彼の肩に乗っているノワールも苦笑いを浮かべながらレジーナとマティーリアを見ていた。
レジーナとマティーリアを見た後、ダークは大広間の中を見回した。大広間にあちこちにいる貴族や騎士たちを見たダークは隣でレジーナとマティーリアに呆れ果てているアリシアに話しかける。
「それにしても、アルティナ様の誕生パーティーと言うだけあって招待客もかなりの人数だな?」
「……それはそうさ。何しろ王族の誕生日を祝うのだからな。特に今回はこの国でも名門貴族や優秀な騎士が多く参加されている」
「優秀な騎士?」
冒険者として、暗黒騎士として騎士に興味があるダークはアリシアの言葉に反応する。そんなダークを見たアリシアは詳しく話そうと大広間を見回して有名な騎士を探す。すると奥で二人の騎士と会話をしている一人の男を見つける。四十代後半ぐらいで濃い茶色の短髪をした男だ。鉄の胸当てをつけ、その上に腰の辺りまである真紅の上着を着ている。一見、貴族のように思えるがその目つきは鋭く、戦いを知っている者の顔をしていた。
アリシアは貴族風の男を見ながら彼を指差し、ダークもアリシアが指さす方を見て貴族風の男を見る。
「アリシア、彼は?」
「あの方はダグマス・ヘルフォーツ殿。名門ヘルフォーツ家の当主で近衛隊長を務めていらっしゃる」
「近衛隊……つまり直轄騎士団か」
「ああ、彼は王国でも一二を争う槍の名手でレベルも57はあると聞いている」
「ほぉ、英雄級の実力者か……できるものなら一度手合わせしてみたいものだな」
ダークはヘルフォーツを見ながら楽しそうな声で呟く。そんな彼を見たアリシアとノワールはやれやれと言いたそうに笑った。
ヘルフォーツの説明を終えるとアリシアは再び周りを見て別の騎士を探す。すると今度は窓際で数人のドレスを着た女と会話をしている若い女騎士を見つける。赤い長髪に銀色の鎧を着て白いマントを羽織っている二十代半ばくらいの若い女だ。
「彼女はパージュ・ローズナイン殿。女の騎士だけで構成された直轄騎士団の一つ、赤薔薇隊の隊長だ」
「女だけの部隊か……貴族の女性と話をしているが、彼女も名門貴族の人間なのか?」
「そうだ。彼女の家であるローズナイン家はこの国に古くから存在する名門中の名門だ。王族とも深い関係を持っており、パージュ殿とアルティナ殿下は親友同士だとか」
「王女と親友か……」
パージュが王女であるアルティナと親友であることを知り、ダークはパージュの家がかなりの権力を持っていることを知り興味のありそうな反応を見せる。
「因みに彼女もレベルが五十代の英雄級の実力者だ。しかも彼女の職業は火炎騎士と言う中級以下の火属性魔法を使う事ができる上級職だ」
「火炎騎士? 聞いたことの無い職業だな……」
「……? LMFには存在しない職業なのか?」
「ああ……この世界にはLMFには存在しない魔法があることは知っているが、まさか職業までLMFに存在しないものがあるとはな……」
魔法だけでなく職業にも自分の知らないものが存在することを知ってダークは低い声を出しながら遠くにいるパージュを見つめる。アリシアは真剣な雰囲気を出すダークを黙って見つめていた。
「しかし、こっちの世界に来て随分経つが、今頃になって知らない職業が存在しているのを知るとはな」
「……マスター、魔法だけじゃなく、職業のことももう少し詳しく調べてみた方がいいかもしれませんね」
「そうだな……まぁ、此処はLMFとは全く違う世界なんだ。私やノワールが知らない事があっても不思議じゃない」
「確かにそうですね」
少しだけ驚き、すぐに落ちついた態度を取るダークとノワール。すぐに状況を飲み込むことができる二人の性格にアリシアは恐れ入ったような目でダークとノワールを見つめた。
「それで、他にはどんな騎士がいるんだ?」
「え? ……ああぁ、そうだな……」
アリシアは再び大広間の中を見て他に有名な騎士がいないかを確認する。すると彼女の視界に青い短髪をした二十代後半ぐらいの男の騎士、身長2mはある三十代半ばぐらいの巨漢騎士、小柄で長い白髭と白髪をした白いローブ姿の老人を確認した。
「あそこにいる青い髪の騎士がリダムス・べルモット殿。直轄騎士団の蒼月隊の隊長で多くの戦技を使う剣士だ。あっちの背の高いのがゲッタ・トリーザム殿。同じく直轄騎士団に所属している嵐風隊の隊長だ。そして、あそこの小柄な老人がザムザス・ルーバ殿。王国魔導士部隊を束ねる主席魔導士で最上級魔法を使う数少ない魔法使いの一人だ」
「騎士だけではなく優秀な魔法使いもいるのだな」
三人の姿を見ながらアリシアは順番にその三人のことをダークに説明していき、ダークも遠くにいる強者たちを見つめながら返事をする。
「……最上級魔法を使える魔法使いがいるのにあまり驚かないのだな?」
「ん? ……ああぁ、まぁな」
ダークを見ながらアリシアは意外そうな表情を浮かべ、ダークもザムザスを見ながら小さく頷いた。
この世界の住人なら最上級魔法を使う魔法使いがいると聞けば普通は驚くが、ダークの使い魔であるノワールは最上級魔法より強力でこの世界には存在しない神格魔法を使うことができる。最上級魔法を使う者がいても驚くことは無かった。
「何しろノワールは最上級魔法よりも強力な魔法を使えるからな」
「え? 最上級魔法以上の魔法?」
アリシアはダークを見ながら驚いた表情を浮かべる。最上級魔法はこの世界で最高位の魔法。それを超える魔法など存在しないので驚くのは当たり前だった。
驚きの表情のままアリシアはダークの肩に乗っているノワールに視線を向け、ノワールは目を丸くしながら自分を見つめるアリシアを見た。ノワールはアリシアに神格魔法のことを話してもいいのかとダークの方を向き無言で尋ねる。するとダークはノワールを見て一度頷き説明を許可した。それを確認したノワールはアリシアの方を見て神格魔法について話し始める。
「LMFには最上級魔法の上に神格魔法と言う魔法が存在するんです。消費するMP、魔力が高くて発動までに時間が掛かりますがとても強力で常識では考えられないような事ができるんです」
「神格魔法……そういえば、バミューズの町でお前がコフィンシップを倒したとダークが言っていたが、まさかその神格魔法を使って?」
「ええ」
「……ダーク、今までどうして神格魔法のことを教えてくれなかったのだ?」
「話す時が来るまで黙っていようと思っていただけだ。神格魔法……神の力に匹敵する魔法が存在するなんてことがバレれば面倒なことになるからな」
「騒ぎを大きくしないために黙っていたと?」
アリシアの問いにダークは黙って頷く。
ダークは面倒事に巻き込まれないようにするために自分のレベルが100であることを隠している。それと同じでノワールが神の魔法を使えるということが知られれば大変なことになってしまう。それを防ぐためにダークは強大な力に関わることは全て隠していようと考えていたのだ。
「……まぁ、面倒事に巻き込まれたくないから隠すということは私にも理解できるからな。仕方がない」
「そう言ってくれるとありがたい」
アリシアはダークが神格魔法を隠していた理由を聞いてとりあえず納得し、ダークも納得してくれたアリシアに礼を言った。
「アリシア、ダーク殿」
二人が会話をしているとどこからか声が聞こえたので、ダークとアリシアは声の聞こえる方を向く。そこにはワイングラスを持ち、微笑みを浮かべながら歩いてくるリーザの姿があった。
「リーザ隊長!」
「楽しんでいるか?」
「ええ、それなりに」
「ハハハ、それはよかった」
リーザはアリシアの隣にやってきて持っているワインを一口飲む。アリシアもそれに続いてワインを飲んだ。そして二人は同時にダークの方に視線を向ける。兜で顔を隠したダークがどうやってワインを飲むのか気になっていたのだ。特にリーザはダークの素顔を知らないのでワインを飲むために兜を外すのを少しワクワクしながら待っている。だが、そんなリーザの期待はアッサリと打ち消された。
ダークがワイングラスを顔に近づけると兜の口の部分がスライドするように横に動いて小さな穴が開いた。ダークはその空いた穴からワインを一口飲み、ワイングラスが口から離れると口の部分が元に戻る。それを見たアリシアとリーザは目を丸くする。
「ダ、ダーク、なんだ今のは?」
「ん? ああぁ、向こうではフルフェイスの兜を装備したまま食事ができるように口の部分だけが開く作りになっているんだ」
「そ、そうなのか……」
「ず、随分と変わった兜を持っているのだな。ダーク殿は……」
リーザは苦笑いを浮かべながらダークを見て言う。同時に心の中で素顔が見られなかったことを残念に思っていた。
LMFの町では酒場などで料理や飲み物を注文し、それを食べればHPやMPが回復する設定になっている。味は殆ど無いがポーションなどの回復アイテムを買って使うよりも安く済むので回復のために酒場などで注文をするプレイヤーは多い。フルフェイスの兜で顔を隠しているプレイヤーはわざわざ兜を外さなくても食べられるように口の部分が動いて兜を被ったまま食べられるようになっているのだ。
ダークも食事をする時にいちいち兜を外すのが面倒なのでLMFではいつもこの方法で食事を取っていた。だが、こっちの世界では素顔を知られると色々とマズいので外に出ている間、兜を外さないようにするためという理由もある。その点を考えると口の部分が動くのはラッキーと言えた。
酒を飲みながら周りでパーティーを楽しむ招待客たちを三人は眺めている。そんな中でリーザは笑い合って話をしたり食事をしたりする招待客たちを見ているとどこか懐かしそうな顔を見せた。、
「……こんな賑やかなパーティーに参加するのは結婚式の時以来だな」
「結婚式?」
リーザの話を聞いてダークは反応する。
「リーザ殿、貴女は結婚されているのですか?」
「ん? ああ……言っていなかったか?」
「初耳です」
「そうか、すまなかったな?」
初めてリーザが結婚していることを聞いたダークを見てリーザは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。そんなリーザを見てダークは気にしていないと言いたそうに首を横に振った。別に結婚していることを必ず話さなくてはいけないということではないので、ダークは教えてもらっていないことでリーザに文句を言う気など無い。
「リーザ隊長は五年前に旦那様のファルム・ナルヴィズ殿と結婚されてナルヴィズ家に嫁がれたんだ。今では三歳になるお嬢さんもいらっしゃる」
「ほお? お子さんまでいるのか」
「ああ、私も何度か会ったことがあるがとても可愛い子だったぞ?」
アリシアがリーザの代わりに彼女の家庭のことをダークに説明し、それを聞いたダークも少し驚いた反応を見せる。自分の娘のことを紹介されて恥ずかしいのかリーザは俯きながら小さく笑っていた。
「そんな所で何を静かにしているのだ?」
突然聞こえてきた中年の男の声にダークたちは反応する。そして遠くから笑いながら歩いてくるザルバーンの姿を確認した。
ザルバーンは三人の前に来ると笑いながら両手を腰に当ててダークたちを見る。
「せっかくパーティーに来たのだからもっと楽しんだらどうだ?」
「団長! 団長もパーティーに招待されていたのですか?」
「ああ、これでも調和騎士団を束ねる立場だからな。殿下の誕生日パーティーに参加せんとマズいだろう?」
驚くアリシアを見てザルバーンはニッと笑いながら答える。するとアリシアの隣に立つダークに視線を向けて彼と向かい合った。
「ダーク殿、パーティーは楽しんでおられるか?」
「ええ、とても」
「それはよかった。この度は貴方とファンリードたちのおかげでミュゲルの計画を潰し、首都を守ることができた。改めて礼を言わせてもらうぞ」
「いえいえ、お気になさらず。私はミュゲルの行いが気に入らなかったから奴を倒しただけです」
「ハハハハ、そうか……ダーク殿、これからもどうかよろしく頼むぞ?」
そう言ってザルバーンは手を前に差し出す。ダークはザルバーンの手を見ると自分もゆっくりと手を出して握手を交わした。そんな二人の握手する姿をアリシアとリーザは微笑みながら見守る。
最初はダークのことをあまり信用していなかったザルバーンも今日までのダークの活躍からマーディングのように彼を信用するようになった。黒騎士だろうが冒険者だろうが素性が分からなかろうが、そんなことは関係ない。ダークがセルメティア王国のために冒険者として戦っていたのは事実だ。彼ならきっとこれからもこの国のために尽くしてくれるとザルバーンは感じていた。
ダークとの握手を済ませるとザルバーンはアリシアとリーザの方を向き、二人の肩にポンと手を置いた。
「ファンリード、ナルヴィズ、お前たちもよくやってくれた。これからもこの国、そして陛下たちのために騎士として尽くしてくれ」
『ハイ!』
自分たちに期待をしてくれているザルバーンを見て、二人とも彼の信頼を裏切らないためにも騎士として頑張ろうと考えながら力強く返事をした。
「調和騎士団の中隊長に何ができるというのだ?」
何処からか聞こえてくる男の声に反応し、ダークたちは声のした方を向く。四人の視線の先には二人の執事風の男を連れて歩いてくる貴族風の男の姿があった。二十代後半くらいの若い長身の男でダークたちを不敵な笑みを浮かべながら見ている。
男の姿を見てアリシアとリーザは目を鋭くする。それを見たダークは視線を二人から歩いてくる男に向けた。
「たった一度反逆者の計画を阻止しただけで彼女たちがこれからもこの国の役に立つようになるとは限らないだろう?」
「……相変わらず失礼な態度を取るな? マッケン」
ザルバーンは男をマッケンと呼びながら睨み付け、そんなザルバーンを見ながらマッケンはザルバーンの前にやってきて馬鹿にするような表情を見せる。
「貴方は相変わらずそんな下級貴族の女たちの肩を持つのですね、ザルバーン団長? そんな考え方をしているから貴方が上級貴族出身なのに調和騎士団の団長止まりなのですよ」
「私は自分の意志で調和騎士団の団長を務めているのだ。それに国の役に立つ、立たないに上級も下級も無いだろ」
険しい顔をするザルバーンと笑っているマッケン。そんな二人の会話する姿を見ていたマッケンの執事たちは緊迫した空気にゆっくりと後ろに下がる。
二人の会話を聞いていたダークは隣に立つアリシアに小声で話しかけた。
「アリシア、あの失礼な男はなんなんだ?」
「……ビシャルト・マッケン殿、マッケン伯爵家の息子で来月から直轄騎士団に入団することになっている男だ」
「アイツも貴族か……」
「あの男は父親が伯爵であることから自分よりも位の低い者たちを見下すという歪んだ性格をしているため、多くの貴族たちから嫌われている。騎士の腕もそんなに高くないのに口だけ達者でしかも女癖がとても悪い。だから私もリーザ隊長も他の女性騎士たちもあの男を嫌っている……」
「……前にもそんな奴を見たことがあるな」
ダークはマッケンを見ながら過去に出会った一人の人物を思い出す。モルトン家の娘でアリシアと共に任務に就いていたべネゼラ・モルトン。父親の権力を使って騎士に入り、やりたい放題していたその女騎士と目の前にいるマッケンが同じタイプの人間だということにダークは心の中で呆れ果てる。なぜ貴族だというだけで位の低い者を見下すのか、ダークはそのことが全く理解できなかった。
ザルバーンと話をしていたマッケンはアリシアの隣に立っているダークを見つけるとザルバーンとの会話を適当に終わらせてダークの前にやってくる。そして頭からつま先まで彼を観察した。
「……なぜこんな所に黒騎士なんかがいるのだ?」
「……彼は暗黒騎士ダーク、今回私やリーザ隊長と共に陛下からパーティーに招待された冒険者です」
アリシアが低い声でマッケンに説明し、それを聞いたマッケンは興味の無さそうな顔を納得する。
「はじめまして、勇敢な冒険者殿。私はビシャルト・マッケンと言う……以後、お見知りおきを」
「……どうも」
マッケンは自分よりも背の高いダークを見上げながら笑って挨拶をするその表情はさっきと変わらず人を馬鹿にするような笑顔だった。ダークはそんなマッケンに簡単な挨拶を返した。
ダークとの挨拶を済ませるとマッケンはすぐにアリシアとリーザの方を向く。マッケンの顔を見たアリシアとリーザははらわたが煮えくり返るような気分になる。
「お前たちも貴族なのだから一度陛下からお褒めの言葉を頂いたくらいで調子に乗らずにしっかりと国のために尽くすようにしろ? そうでないと同じ貴族である私たちも調子に乗っていると平民たちから見られてしまうのだからな」
「私もリーザ隊長も調子に乗ってなどいません。騎士としてこの国のためにこれからも精一杯戦っていくつもりです!」
「フッ、だといいのだがな……まぁ、ファンリード家の娘であるお前はともかく、そっちのナルヴィズ家の女はどうだろうな?」
アリシアを鼻で笑った後、マッケンは視線を隣に立つリーザに向けた。
「その女はナルヴィズ家の息子に好かれて平民でありながら貴族の身分となった。貧乏な平民から金持ちである貴族になって調子にのっていてもおかしくないだろう?」
マッケンのリーザが平民だったという話を聞いたダークは思わず反応する。てっきりリーザは結婚する前は別の貴族の出身だと思っていたのだが、実は平民出身であったことを知って意外に思っていた。アリシアはリーザが平民出身であることを知っていたらしく、マッケンの話を聞いても表情を変えずに黙ってマッケンを睨んでいる。
平民出身であるリーザを嘲笑するマッケンに歯を噛みしめるリーザ。本当なら言い返してやりたいのだが、自分よりも位が上のマッケンに意見して後でなんらかの嫌がらせでもされたらナルヴィズ家に迷惑が掛かると考えて我慢していた。
「お前のような貧乏くさい女を妻に迎えるとは、ナルヴィズ家の息子はよっぽど女を見る目がなかったということだな」
「……! 今のは聞き捨てなりません。私のことはいくら貶してもかまいませんが、あの人のことを悪く言うのはやめてもらいたい!」
「事実ではないか? まぁ、あのような小便臭い奴にはお前のような女がお似合いだけどな。ハハハハハハハッ!」
楽しそうに笑うマッケンを見てリーザはワイングラスを持っていない方の手を握り震わせる。自分のことなら我慢できるが自分の愛する夫を侮辱されれば黙ってなどいられない。リーザは今にもマッケンに殴りかかりそうだった。
リーザの様子を見てアリシアとザルバーンは止めに入ろうとする。すると、黙って話を聞いていたダークが動き、マッケンの隣にやってくると持っているワイングラスの中身をマッケンの顔にぶっかけた。
「うわっ!?」
突然ワインをかけられて驚くマッケンは笑うのをやめ、手で顔に付いているワインを拭う。ダークの突然の行動に周りにいたアリシアたちは驚きながらダークの方を向いた。
「な、何をする!?」
「おっと、失礼……手が滑ってしまいまして……」
ワインを拭ったマッケンはキッとワインをかけたダークを睨み付ける。そんなマッケンを見ながらダークは冷静な態度で謝った。
だが、ダークの行動から周りにいた者全員がダークがわざとマッケンにワインをかけたことが分かっていた。勿論、マッケン自身も分かっている。だから余計に腹が立っていた。
「貴様ぁ、わざと私にワインをかけたなぁ?」
「わざと? フフフ、私が貴族にワインをわざとかけるなど、そんな恐れ多いことをするはずないでしょう?」
「クウゥッ! 認めないつもりか、この無礼者めぇ!」
険しい顔をしながらマッケンはダークに掴みかかろうとする。だがダークはワイングラスを持っていない手でマッケンの手を掴むと素早くマッケンの背後に回り込んで腕を背中に回した。
背後を取られ、更に片腕を後ろに回されたことでマッケンは完全に動きを封じられる。ダークの素早い動きにアリシアたちは目を見開きながら驚いていた。
「は、放せっ!」
マッケンは背後にいるダークに手を離すよう要求する。するとダークがマッケンの耳元に顔を近づけて小さな声で語り掛けてきた。
「……私が前にいた所では剣やナイフを使わずに素手で敵を殺す技術があるのです。敵の腕や足の骨を折り、動きを封じたところで最後に首の骨を折り即死させるんです」
「なっ!?」
「……よろしければ、今此処でお見せしましょうか?」
ダークはそう言ってマッケンの腕を強く握った。するとマッケンの表情が一気に変わる。今からこの黒騎士は自分の腕を折ろうとしていると感じ、マッケンの顔から血の気が引いた。
「や、やめろぉ! 放せぇ!」
マッケンは声を上げてダークから逃れようとする。するとダークは掴んでいたマッケンの手を離して彼を解放した。そしてポーチからハンカチを取り出してマッケンに差し出す。
「どうぞ、これでお顔をお拭きください」
マッケンは弱々しくダークを睨みながらハンカチを乱暴に受け取り、それで自分の顔を拭いた。それを確認したダークは空になったワイングラスを近くのテーブルに置いて大広間と繋がっているバルコニーの方へ歩いていく。呆然とダークを見ていたアリシアも慌ててその後をついていった。周りではダークとマッケンのやり取りを見ていた貴族や騎士たちが少し驚いたような顔でダークに注目している。
「クソォ、なんなんだあの男は……」
「ハハハ、見っともない姿を見せてしまったな?」
ハンカチで顔を拭きながら離れているダークを睨むマッケン。そんなマッケンを見てザルバーンは楽しそうに笑う。この時、他人を見下すマッケンの無様な姿を見てザルバーンは心の中ではいい気味だと思っていた。
離れていくダークの後ろ姿を見ながらリーザは微笑みを浮かべ、マッケンを懲らしめてくれたダークに心の中で感謝していた。