第四十三話 招待状
日が沈み、オレンジ色に染まっている空の下に広がるセルメティア王国の首都アルメニス。暗くなってきているせいか町には殆ど住民の姿は無くとても静かだった。
そんな静かなアルメニスの北東にある広場、ダークがこの町に来た時に買い取り、ダークたちが生活する拠点がある空き地だ。だがそこには最初にあったゴミや瓦礫の山は無くなってとても綺麗になっている。更に凸凹していた地面は綺麗に整地され、まるで学校の校庭のようだった。
その整地された広場の中心では何やら大きな建物の建設作業が行われている。ただし、その建設作業を行なっているのは人間ではなく、大型犬ほどの大きさを持つ十数匹の蟻のようなモンスターだった。見た目は蟻と大して変わらないが、体は黒と緑の二色になっており、二本の前脚の先はこぎりの刃と金づちの頭になっている。
蟻のモンスターたちはのこぎりで近くにある木材を切り、切った木材を顎で咥えて建築現場に運んでいる。広場の隅にはダークの拠点の入口である古い倉庫があり、その前では兜を外して素顔を見せて腕を組んでいるダークと彼の肩に乗っているノワール、そして驚きの表情を浮かべるジェイクが建設作業を見物している姿があった。
「ス、スゲェな……」
「この調子なら明日の夜には完成するだろう」
驚くジェイクの隣でダークが素の口調で建設作業の終わりを計算する。ジェイクはダークから聞かされた完成の予定日を聞いてダークを見ながら目を丸くした。
実はダークたちの前で建設作業をしているモンスターはダークがLMFのアイテムで召喚したモンスターで、自分たちが住む屋敷を建設させているのだ。この世界に来てかなりの時間が経っており、いつまでも倉庫の中に作った拠点に住むわけにもいかないと考えたダークが新しい拠点を作ることを決め、昨日の夜から建設を始めている。
既に屋敷は骨組みまで出来上がっており、後は中と外装を作れば完成する段階まできていた。僅か二日足らずでここまで建設を進めたモンスターにジェイクは感心の表情を浮かべて見ている。
「大したもんだぜ、短時間で骨組みまで作っちまうなんてな」
「もっと召喚すればもう少し早く完成するんだけど、これ以上奴らを召喚すると後々面倒なことになるからな。あと、貴重なアイテムを無駄遣いしたくねぇし」
「アハハハ、そっちが本音かよ」
ダークの話を聞いてジェイクは小さく笑う。ダークもジェイクの方を見てニッと笑みを浮かべていた。それからしばらく黙って建設作業を見ていたダークとジェイク。するとジェイクが真面目な顔をし、ダークの方を見て口を動かした。
「……ところで兄貴、どうして今頃になって屋敷なんかを建てようって気になったんだ? 今まで通りあの倉庫の拠点を使えばいいだろう」
ジェイクはなぜ突然屋敷を作り、そこに住もうと考えたのかダークに尋ねた。最初にダークから屋敷を建てると聞かされた時はジェイクと彼の家族も意味が分からずに呆然としていたが、ダークのことだから何か考えがあるのだと感じて屋敷の建設に賛成した。だがやはり理由が気になるため、ジェイクは詳しい事情を訊くことにしたのだ。
質問されたダークも真剣な顔になって一度ジェイクの方を見る。そしてもう一度建設作業をするモンスターたちの方を見て口を開く。
「確かに普通に生活をするのならあの拠点でも十分だろう。だが、今の俺たちはミュゲルの一件を解決して国の危機を救った存在として見られている。今じゃ俺たちのことは町中に広まり、有名人だ。町で有名になれば王族や貴族たちも俺たちのことを知り、詳しい素性や拠点を調べるために動き出すだろう」
「そ、そうなるな……」
「それでもし拠点作成石で作った拠点なんかを見られれば俺が未知のマジックアイテムを持ち、レベル100だということがバレる。最悪の場合は此処とは違う世界、LMFから来たということもな」
「そうなれば、僕らの今後の生活にも問題が出てしまいます」
真剣な顔で話すダークと肩に乗って会話に参加してきたノワールを見てジェイクは思わず息を飲んだ。
港町バミューズでの事件からもうすぐ一週間が経つ。バミューズからアルメニスに戻るとアリシアとリーザはすぐにマーディングにミュゲルの一件を話した。当然マーディングは首都を滅ぼそうとしたミュゲルを倒し、首都とバミューズを救ったダークたちに感謝をし、そのことを王族や貴族に報告したのだ。するとその次の日から首都はその話題で持ちきりになり、今ではダークたちは冒険者でありながら首都を救った最高の冒険者などと言われるようになっていた。
しかし首都を救った英雄であるダークのことを首都に住む者の殆どが知らなかった。素性や首都の何処に住んでいるのかも。そうなればダークの情報を得るために王族や貴族がダークの周辺を調査する可能性が高くなる。そして調査されればいつかは拠点の存在や秘密もバレてしまう。今回の屋敷の建設はそれらから逃れるためにダークが考えた秘策なのだ。
「屋敷があってそこに俺たちが住んでいれば倉庫の拠点の存在はバレずに済む。まぁ、いきなりデカい屋敷が建っているってことも変に思われるだろうが、拠点の存在がバレた時よりは誤魔化しやすい」
「未知のマジックアイテムが存在することがバレる程度なら僕等の生活にも支障は出ませんしね」
「ああ、あくまでも俺たちが別の世界から来たってこととレベルが高いってことがバレなければいいんだ」
「た、確かに屋敷を一瞬で建てちまう魔法やアイテムならこの世界にも存在しているからな。そっちに俺らのことを調べようとする連中の意識が行けば秘密がバレる心配はねぇな」
今後王族や貴族に自分たちのことを調べられても大丈夫なように屋敷を建てていることを知ったジェイクは納得した様子を見せる。常に先のことを計算して行動するダークの行動力にジェイクは心の中で感服した。
ダークたちがモンスターたちの建設作業を眺めていると、広場の入口の方からアリシアがレジーナとマティーリアを連れてやってきた。
「ダーク、ジェイク! ちょっといいかぁ?」
アリシアはダークとジェイクの姿を確認すると大きく手を振り、レジーナとマティーリアを連れて二人の方に歩いていく。だがその途中で屋敷を建てているモンスターを見ると驚きの表情を浮かべた。
「な、なんだ、このモンスターは!?」
「なんで町の中にモンスターがいるのよ!?」
「というか、こ奴ら、家を建てているようじゃが?」
モンスターを見て驚くアリシアとレジーナ、そして冷静にモンスターの行動を観察するマティーリア。アリシアとレジーナはモンスターを警戒しながら鞘に納めてあるエクスキャリバーとエメラルドダガーを抜こうとする。するとそこへダークが歩いてきて武器を抜こうとするアリシアたちを止めた。
「待て待て、大丈夫だよ。コイツらは俺が屋敷を建てるために召喚したモンスターなんだ」
「え? 召喚した? 屋敷を建てる?」
ダークの言っていることがいまいち理解できないアリシアは小首を傾げる。レジーナとマティーリアもダークの方を見て不思議そうな顔をした。ダークはアリシアたちにジェイクに説明した時と同じように説明する。
説明が終わるとアリシアたちは納得し、警戒を解いた。拠点の入口である倉庫の前に集まり、モンスターたちの建設作業を見物しながら会話をする。
「正体がバレないようにするために屋敷を建てようとしていたとはな……だから昨日の昼に騎士団の詰め所に来て此処に貴方の関係者以外を通さないようにしてくれと言ってきたのか」
「ああ、モンスターを使って屋敷を建設しているところを見られたら大騒ぎになるからな」
「確かにモンスターが建設をしているというのも凄いが、首都にモンスターが入り込んでいるなんてことが知れれば大パニックになる」
ダークとアリシアは建設作業を見ながら昨日詰め所で話したことを思い出す。二人の後ろではレジーナとジェイクがモンスターが首都にいることを知った町の住民たちが混乱する姿を想像して苦笑いを浮かべている。
レジーナとジェイクが苦笑いを浮かべていると、二人の間に立っていたマティーリアがダークの隣まで移動し、建設作業をしているモンスターを興味津々に見つめた。
「それにしても、よく働くのう? ……あの蟻、なんと言ったかのう?」
マティーリアが働いているモンスターを指差し、ダークを見上げて尋ねる。するとダークの肩に乗っているノワールがマティーリアの方を向き、ダークの代わりに説明を始めた。
「彼らはカーペンアントという拠点を作ることのできるモンスターです。材料を出して作りたい拠点の構造を教えればあとは勝手に建築してくれます」
「ほほう? LMFには拠点を作るモンスターもおるのか」
「ハイ。他にもいろいろなモンスターがいますが、拠点を作ることができるのはあのカーペンアントを含めてもほんの数種類です。他のモンスターは戦いで援護するぐらいしかできません」
ノワールは建築作業を続けるカーペンアントを見ながら説明し、マティーリアはアリシアたちはノワールの説明を聞いて意外そうな顔を見せている。
LMFにはプレイヤーたちを襲うモンスター以外にプレイヤーたちに召喚されて彼らの味方をするモンスターも存在している。そのモンスターは全てNPCで勝手に行動する存在だが、プレイヤーが指示を出せばその指示に従って行動するのだ。モンスターを召喚する方法は二種類、一つは職業を召喚士にして専用のモンスターを召喚して従わせること。もう一つはイベントクエストや有料ショップでモンスター召喚のアイテムを手に入れて使用すること。ダークは後者の方法でカーペンアントを召喚して屋敷の建築を命令したのだ。
召喚されたモンスターはモンスターとの戦闘や役目が終わるとモンスターの姿から召喚アイテムに戻るので次の戦闘で再び召喚することが可能だ。だが召喚されたモンスターが倒されるとそのまま消滅してしまい召喚アイテムにも戻らない。つまり倒されたらもうそのモンスターは召喚できないということだ。
「……しかしマスター、建築作業が終わったら、彼らはどうしますか?」
「そうだな……この広場にアイツらの小屋か何かを作ってそこに住ませるか、ボド村に送って村の役に立てるか……まぁ、それは建築が終わってから考えるか」
小声で話しかけてくるノワールにダークは小声で返事をする。二人は難しい顔で作業をするカーペンアントを見つめた。
モンスターの召喚方法などはLMFと同じだが、一つだけLMFとこの世界とで違うところがあるのが分かった。それは一度召喚したモンスターは召喚アイテムに戻らないということだ。一度召喚したらそのまま残り続ける。それはある意味でとても面倒なことだった。アイテムに戻らずにこのまま首都に残り続ければ騒ぎになり、ダークの秘密がバレる恐れもある。カーペンアントたちの存在がバレる前に何か策を練る必要があった。
「……そういえばアリシア、俺たちに何か用があったんじゃないのか?」
「……あっ、そうだった。あの蟻たちに夢中になっててすっかり忘れていた」
ダークの言葉でアリシアは自分が広場に来た理由を思い出す。レジーナたちもダークとアリシアの会話を聞いて二人に視線を向けた。
「例のミュゲルの一件について、さっきマーディング卿から話を聞いてきたんだ」
「ああぁ、例のミュゲルに協力していた帝国の貴族のことについてか?」
「そうだ。私たちがアルメニスに戻ってマーディング卿にそのことを話した日にマーディング卿は陛下にお話ししたそうだ。そしたら陛下はとても驚かれたらしい」
「当然だな。十年も前に追放した男が帝国の手を借りて力をつけ、この首都にアンデッドの軍勢と共に攻め込もうとしてたんだから」
自分の知らない所で国を追放された男が復讐のために首都を攻め滅ぼそうとしていた、なんてことを知れば誰だって驚くことだ。ダークはアリシアの話を聞いてこの国の王族や貴族がどれだけミュゲルのことを恐れ、嫌っていたのかを想像する。死体を使ってアンデッドを作っていたのだから並の人間なら絶対に近寄ろうとしないはずだ。
「陛下はミュゲルの隠れ家で見つかった羊皮紙の内容を見てミュゲルに手を貸した帝国貴族のことを詳しく知るために近々帝国の皇帝へ親書を送られるそうだ」
「手紙を送るの? 直接行って聞いたり調べてきた方がいいんじゃないの?」
話を聞いていたレジーナが両手を後頭部に当てながら言う。するとジェイクが腕を組んで呆れたような顔でレジーナの方を向いた。
「ミュゲルに手を貸した貴族の情報が少ないのにいきなり他国に王様や貴族が行くわけにはいかねぇだろう? まずは手紙でミュゲルに手を貸した帝国の貴族の情報を得ることが大切だ」
「ああ、いきなり王族が帝国に行ったりなどすれば帝国側がこちらの動きを挑発と見る可能性もある。それでは後々面倒事になるからな。相手を刺激しないためにも手紙を送るのが一番のやり方だろう」
ジェイクとアリシアが親書を送る理由を説明し、それを聞いたレジーナはほうほうと納得したような顔をする。
セルメティア王国とデガンテス帝国の関係を悪くしないためにも慎重に帝国貴族の情報を得て、詳しいことが分かり次第、その帝国貴族をどうするかを考える。それが一番安全で平和的なやり方と言えた。
「……しかし、もし帝国がそんな貴族はいないと白を切ったらどうするつもりじゃ? 帝国はお主らが思っている以上に勝手な連中じゃぞ? 何しろ負傷した妾を実験体にし、この姿に変えたのが帝国の奴らなのじゃからな」
マティーリアはムッとした様子でアリシアたちを見上げながら会話に参加してきた。マティーリアはグランドドラゴンの姿をしていた時に帝国領に入り、そこで帝国に捕まって魔法の実験体にされて今の姿を手に入れたのだ。そしてマティーリアは自分の実験体にした帝国の者たちを全員倒してセルメティア王国へ戻ってきた。
負傷したドラゴンを平気で魔法の実験体にするような者たちであれば自分たちの都合の悪いことは無かったことにする可能性も十分あり得る。マティーリアはそう考えていたのだ。彼女の話を聞いてダークたちは一斉にマティーリアの方を見る。するとアリシアは小さく息を吐いて難しい顔を見せた。
「それはまだ分からない。まずは帝国へ親書を送り、返事の手紙が送られてきてからだ。その内容によって陛下や貴族の方々がどうするかを決められる。私たちはただ待つことしかできない」
「ハァ、政治のことは王族や貴族に任せるしかないとは……政治に関われない点では騎士や冒険者は役立たずじゃのう?」
「や、役立たずって、そんな言い方は無いでしょう……」
「それはこの世界では当然であり、仕方がないことだと思うぞ?」
騎士や冒険者が政治の前では役に立たないと指摘するマティーリアをレジーナとダークは目を細くしながら見る。アリシアやノワール、ジェイクも同じような目でマティーリアを見つめていた。
今後のセルメティア王国とデガンテス帝国の関係が今まで通りのままなのか、それとも二つの国の関係に変化が生まれるのか、それらは全て王族や貴族の行動によって決められる。戦場で戦う騎士や冒険者は政治のことには口出しせずに戦場で敵と戦うことしかできない。だがそれは王族や貴族ではなく騎士や冒険者にしかできないことだ。王族と貴族、騎士と冒険者、それぞれ自分たちにしかできないやり方で国を安定させるという役目を持っているのだ。
政治の話で少し空気が重くなっている中、アリシアが何か話題を変えようと難しい顔を浮かべる。すると、何かを思い出したかのようにハッとしてダークたちの方を見た。
「そうだ、もう一つ皆に話さなければならないことがあった!」
「なんだ?」
ダークがアリシアの方を向き不思議そうな顔で尋ねると、アリシアは微笑みながら何かを取り出してダークたちの前に差し出す。それは赤い蝋印を押された三つの白い横長の封筒だった。
アリシアから封筒を受け取ったダーク、レジーナ、ジェイクは不思議そうな顔で封筒の裏表を確認するが封筒には何も書かれていなかった。
「姉貴、なんなんだこりゃあ?」
「明日、城で行われるパーティーの招待状だ」
「何ぃ!?」
「パーティー!?」
パーティーの招待状を渡されたことにジェイクは驚き、レジーナは目を輝かせる。二人とも冒険者でもごく普通の一般人なのでパーティーに招待されたことなど当然無い。だから城で開催されるパーティーに自分たちが招待されたことが信じられず、驚きと喜びを感じているのだ。
ダークは驚きも喜びもしないが、意外そうな顔で招待状の入った封筒を見つめている。
「どうして俺たちにパーティーの招待状を?」
「勿論、ミュゲルの一件を解決したことへの恩賞だ。あと、マーディング卿が貴方たちのことを陛下にお話ししたら陛下が是非ダークたちに会ってみたいと仰られたらしい」
「それでこの招待状を俺たちに?」
「ああ、マーディング卿から預かってきた」
「へえぇ」
ダークは封筒を開けて中から招待状らしき物を取り出した。そこには細かい字が招待する者へ送るメッセージが書かれており、ダークは頭の中でそれを読んでいく。
(どうしたもんかなぁ? 現実の世界では友達の結婚式に二、三度出席したことはあるけど、こんなデカいパーティーには出席したことは無いんだよなぁ……ちょっと不安だ)
初めて大きなパーティーに出席することに少々不安を感じるダーク。だが、こっちの世界に来てからもう随分経つ。今更パーティーに出席することぐらいでおどおどなどしていられなかった。
ダークの後ろではレジーナとジェイクも招待状の内容を確認し、楽しみになってきたのか笑みを浮かべている。
「しかし、まさかただの冒険者である俺らが王族や貴族たちが出席するパーティーに出られるとは夢にも思わなかったな……」
「なぁに言ってるのよ? 今のあたしたちは冒険者の最高峰である七つ星なのよ? 貴族のパーティーに出席してもおかしくないわよ」
パーティーに出席できることがまだ信じられないジェイクを見てレジーナは笑いながらジェイクの脇腹を軽く肘で突く。ミュゲルの一件を解決したことでレジーナとジェイクはダークと同じ七つ星となり、アルメニスに住む住人たちから一気に注目されるようになり、冒険者として更に期待されるようになっていた。
ただの盗賊に過ぎなかった自分が七つ星にもなり、パーティーにも出られるようになった事でレジーナは嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべる。するとレジーナがある事に気付き、アリシアの方を見て彼女に問いかけた。
「ところで、アリシア姉さんも招待されているの?」
「ああ、あの事件に関わった者には招待状が送られている。私たち以外にもマティーリアとリーザ隊長にもな」
「ふっふ~ん、当然じゃな。首都を滅ぼそうとした者を倒したのじゃ。招待されて当然じゃのう」
マティーリアは自分もパーティーに招待されていることに胸を張りながら楽しそうに語る。そんな彼女の姿にアリシアは困り顔を浮かべていた。マティーリアがパーティーに出席して問題を起こすのではと心配なのだろう。
パーティーに出席できることで浮かれるレジーナたちの近くではダーク一人だけが難しい顔をしている。それに気づいたアリシアがダークに近づいて声をかけた。
「どうかしたのか、ダーク?」
「いや、パーティーに出席する時にどんな格好をすればいいのかと思ってな。さすがにこの闇騎士王の鎧の姿で出席するのは失礼だろ?」
ダークは自分が着ている全身甲冑を見ながら呟く。さすがに王族や貴族が出席するパーティーで漆黒の全身甲冑を着ていくのは問題があると感じたようだ。だがアリシアはダークを見ながら小さく首を横に振った。
「いや、騎士であるのなら鎧を着て出席しても大丈夫だ。私もこの格好で出席するしな」
「え、いいのか?」
「陛下は暗黒騎士ダークに会いたがっておられるのだ。その姿で出席しないと貴方がダークだと分からないだろう? 貴方はその素顔を誰にも見せていないのだから」
「あ、言われてみればそうだな……」
暗黒騎士ダークとしてまだ一度も町の住民たちに素顔を見せていないことにダークは気付く。ダークの素顔を誰も知らない以上、全身甲冑姿でパーティーに参加しないと誰もダークが今話題の七つ星冒険者だと分からない。だったら、迷わずに全身甲冑でパーティーに出席するべきだ。
ダークとアリシアがパーティーの時の格好を話しているとそれを聞いたレジーナとジェイクが目を丸くしてアリシアに話しかけてきた。
「おい姉貴、俺たちはどんな格好をしてパーティーに行けばいいんだよ?」
「そうよ、あたしたちパーティーに着ていくような服なんて持ってないわよ!?」
レジーナとジェイクは少し慌てた様子でアリシアにどんな服を着ていけばいいのかを尋ねた。二人はダークたちと出会うまではごく普通の盗賊だったのだ。当然パーティーに出席するようなことなど無いのでパーティー用の服など持っていなかった。
だが、ダークと出会って人生が大きく変わり、今では貴族が出席するパーティーにも出られるようになったのだ。パーティーに着ていく服をどうやって用意すればいいのか全く分からなかった。
「慌てるな。二人の服はちゃんと用意してある」
「ほ、本当?」
「レジーナは私が持っているドレスを着ていけばいい。ジェイクの服はマーディング卿が用意してくださるそうだ」
「そうか、そりゃあ助かったぜぇ」
「よかった~! ……でも、アリシア姉さんってドレスなんて持ってたの?」
「私だって貴族の家系なのだぞ? パーティードレスの一着や二着ぐらい持っている」
アリシアがドレスを持っていることを意外に思うレジーナをアリシアは目を細くして睨む。そんなアリシアを見てレジーナは失礼なことを言ったと感じ苦笑いを浮かべた。
「……そういえば気になっておったんじゃが、ノワールの招待状は無いのか?」
ダークたちの招待状があるのにダークの相棒であるノワールの招待状が無いことに気付いたマティーリアがアリシアに尋ねた。レジーナたちもミュゲルの事件で活躍したノワールが招待されていないことを知って意外そうな顔を見せる。
「僕は別に構いませんよ。今回は皆さんの活躍で解決したんですから」
「何言ってやがる。お前のあのデカい魔法を使わなければ幽霊船は沈められなかったんだぞ? 俺やレジーナよりもお前が招待されるべきだろう」
「そ、そう言いましても……」
ノワールが招待されていないことに納得できないジェイクを見てノワールは困り顔になる。するとアリシアがダークの前にやってきて彼の肩に乗っているノワールの頭にそっと手を置いた。
「この姿でいれば招待状が無くてもパーティー会場に入れる。別に招待状を持っている必要は無い」
「え? そうなのか?」
ジェイクはノワールがパーティーに出席できることを知るとまばたきをしながらアリシアを見る。アリシアはジェイクを見て小さく頷いた。
アリシアとジェイクが話をしているとダークが二人の会話に参加してきた。そして肩のノワールを見ながら口を動かす。
「ノワールが人間の姿をしている時なら招待状を貰えるかもしれないが、俺たち以外にノワールが人間に変身することができ、強力な魔法を使えることを知らない。ノワールの秘密がバレないようにするためにもコイツが人間になれるということは内緒にしておくべきだ。それを考えるとドラゴンの姿でパーティーに出席できることはラッキーだ」
「まぁ、そういう考え方をすればそうだな……」
「でもよかったわね。ノワールもパーティーに出られて」
レジーナが笑いながらノワールを見て言う。ダークの肩に乗っているノワールもちょっと嬉しいのか小さく笑っていた。
パーティーに出席することと着ていく服のことについて話が終わると次はパーティーの日取りと時間の話を始めた。
「パーティーは明日の夜九時に行われる。私の屋敷に迎えの馬車が来るから八時までに私の屋敷に来てくれ」
「分かった」
パーティーの時間と集合場所を聞いたダークは頷く。それからアリシアはパーティーに着ていく服を見せるためにレジーナたちを連れて自分の屋敷へ向かった。残されたダークとノワールは建築作業をするカーペンアントたちを見つめる。
「パーティー、ちょっと楽しみですね?」
「ああ、そうだな」
笑いながら話しかけるノワールを見てダークを小さく笑いながら返事をする。だがこの時、ダークはパーティーで何か問題が起こるんじゃないかと心の中で少し心配をしていた。
第五章を開始します。いつも通り正確な更新日は決まっていません。