第四十二話 神の力
正門前でスカルジャイアントを背後に不敵な笑みを浮かべるミュゲル。そんな彼をダークとアリシアは黙って見ていた。
「幽霊船の正体が上級アンデッドだと気付いたようですが、今更気付いたところで意味はありません。貴方がたは港へは行けず、此処でスカルジャイアントにひねり潰されるのですからね。仮に港へ行けたとしても貴方がたではコフィンシップには勝てません」
「コフィンシップ……棺桶の船か」
ダークはミュゲルが口にした上級アンデッドの名前を聞き、その意味を理解する。そんな中、ミュゲルは両手を広げて笑いながらコフィンシップのことを語り始めた。
「コフィンシップは無限に下級アンデッドを生み出す力を持っています。更に周囲にある物を動かし、それを敵に投げつけるなどして攻撃することもできるのです。コフィンシップの力によってこの町を一晩で死者の町へ変えてくれます。そして貴方がたのお仲間もその死者の一員となるのですよ。ホホホホ」
「貴様……」
楽しそうにとんでもないことを語るミュゲルを見てアリシアはミュゲルに対する怒りを更に強くする。死者の体を弄んでおきながら自分の研究を受け入れなかった王国を逆恨みし、人々をアンデッドに変えて自分の駒にするミュゲルの考えはもはや許し難いものだった。アリシアは王国を守る騎士として必ずミュゲルを倒すと心に誓う。
エクスキャリバーを構えながらミュゲルを睨むアリシアの隣ではダークがポーチから取り出して賢者の瞳を使ってミュゲルとスカルジャイアントの強さを調べていた。片眼鏡の中のミュゲルとスカルジャイアントの近くには情報が浮かび上がり、ミュゲルの名前の隣にはレベル38と職業名のネクロマンサーが浮かんでいる。そしてスカルジャイアントの近くには名前とレベル60、種族や細かい情報が浮かび上がっていた。
敵のレベルや情報を掴んだダークはアリシアの方を向いて余裕そうな態度で声をかけた。
「アリシア、アイツらはどちらも大したことない。いつもどおりに戦えば楽に倒せる」
「え?」
不思議そうな顔でダークの方を向くアリシア。そして彼が持っている片眼鏡を見て、ミュゲルとスカルジャイアントのレベルを調べたことに気付く。
「レベルを調べたのか?」
「ああ、ミュゲルのレベルは38でスカルジャイアントは60だ。だがそれでも油断するな? ミュゲルは魔法使いで遠距離から攻撃をしてくる。スカルジャイアントもレベルは低くても上級モンスターだからな」
ダークはアリシアを見ながら忠告し、アリシアも真剣な表情でダークを見ながら頷いた。
自分たちと違って魔法使いのミュゲルは魔法による攻撃をしてくる。接近すれば戦士の方が有利だが、離れている場合は魔法で攻撃をする魔法使いの方が有利だ。そのため、接近するまでは魔法使いの方が有利な状態にあるということになる。だからたとえ相手のレベルが自分より低くても決して油断してはいけない。
スカルジャイアントもレベルが低いと言っても油断できない。モンスターは人間よりも力が強く人間にはできないことができる存在だ。レベルの高い人間が自分よりレベルの低いモンスターと戦っても必ず有利な戦闘になるとも限らない。モンスターよりもレベルを高くしてようやく人間はモンスターと互角に戦うことができるのだ。モンスターとの戦いで必ず有利に立ちたいのであればレベルを一つや二つ高くするだけではなく、倍近くのレベルにする必要がある。その点ではこの世界の戦い方はRPGと同じと言えた。
「……今の言葉、聞き捨てなりませんね?」
ダークがアリシアに忠告する姿を見ていたミュゲルはダークの言葉を聞いてピクリと反応した。ダークが自分とスカルジャイアントのレベルを見抜いたことへの驚き、同時に自分たちに簡単に勝つことができると言われたことに怒りを感じたのだ。
「私とスカルジャイアントのレベルをどうやって知ったのかは分かりませんが、貴方がた二人だけで私と私の息子に本当に勝てると思っているのですか? なんと愚かなことでしょう」
「……私からしてみれば愚かなのはお前の方だと思うぞ? 自分が誤った道を歩んでいることも知らずに自分こそが正しいと言い張るところなど特にな?」
低い声で挑発するダークを見てミュゲルは険しい顔を見せる。普段の彼なら安い挑発として流しているが、研究を完全に否定し、自分やスカルジャイアントに楽に勝てると言うダークにミュゲルはプライドを傷つけられて非常に腹を立てていた。今のミュゲルの頭の中にはダークとアリシアを抹殺することしかなかったのだ。
「……なるほど、これ以上貴方がたには何を言っても無駄なようですね。いいでしょう、だったらその愚かさを地獄の底でたっぷり後悔しなさい!」
これ以上ダークと会話をしたくないのかミュゲルはダークを睨みながら一方的に話を終わらせて杖を掲げる。するとミュゲルの杖の先が薄っすらと紫色に光りだし、ミュゲルは魔法を発動させた。
「物理攻撃強化! 物理防御強化! 魔法防御強化!」
ミュゲルは補助魔法を発動させてスカルジャイアントの物理攻撃力、物理防御力を上げる。更に<魔法防御強化>を発動させて魔法防御力も強化した。どうやらミュゲルは補助魔法も一通り習得しているようだ。
魔法で強化されたスカルジャイアントを見てダークとアリシアはそれぞれ自分の剣を構えて戦闘態勢に入る。
「私がマジックダイスで魔法を使ってくることを警戒して魔法防御強化もかけたか……意外と用心深いのだな」
「ダーク、どうする?」
「そうだな……とりあえずは敵の動きを観察しながら隙を見て攻撃していこう」
「分かった」
ダークとアリシアが作戦を決めて行動を開始しようとする。するとスカルジャイアントが大きく右腕を振り下ろしてダークに攻撃してきた。ダークは後ろへ跳んでスカルジャイアントの攻撃を回避する。
いきなりダークが攻撃されたのを見てアリシアは驚く。そんな彼女にもスカルジャイアントの左腕が迫った。左腕を外側から大きく横に振って攻撃し、アリシアもダークのように後ろへ跳んで攻撃をギリギリでかわす。いきなり攻撃してきたスカルジャイアントをアリシアは鋭い目で睨んだ。
「クッ、なんて攻撃だ。一撃でも受ければただじゃすまないな」
アリシアは予想以上にスカルジャイアントの攻撃が強力なのを見てより警戒心を強くしながらエクスキャリバーを構える。そんなアリシアに再びスカルジャイアントは攻撃を仕掛けた。左腕を振り下ろしてアリシアを叩き潰そうとするがアリシアはその攻撃を華麗に回避し、腕の右側へ移動する。そしてエクスキャリバーを勢いよく振り下ろして反撃した。
エクスキャリバーの剣身は大きなスカルジャイアントの手首を切る。手首に大きな切傷ができ、傷口を光の粒子が包み込む。それと同時にスカルジャイアントに大ダメージを与えた。
「な、なんと……」
アリシアの姿を見てミュゲルは思わず驚愕する。たった一人の騎士が巨大なスカルジャイアントに大ダメージを与えるなど考えられないことだからだ。
そんな驚くミュゲルに追い打ちをかけるように更に驚きの出来事が起こる。スカルジャイアントの一撃をかわしたダークが高く跳び上がって大剣を大きく横に振り、スカルジャイアントの右腕の前腕部に大きな傷を付けた。
左手首だけでなく右腕にも傷を付けられたことでスカルジャイアントは声を上げる。ミュゲルもその光景を見て思わず一歩下がった。
「ば、馬鹿な……なぜこのようなことが……」
たった二人の騎士に自分の最愛の息子であるスカルジャイアントが押されていることが信じられないミュゲルは目を見開く。スカルジャイアントはダメージを受けながらも倒れることなくなんとか体勢を保った。
スカルジャイアントに傷を負わせたダークとアリシアはスカルジャイアントとミュゲルから少し距離を取って合流する。ミュゲルは離れた所でこちらを睨むダークとアリシアを黙って睨み返す。
(どういうことですか……私の息子が二人の騎士に押されるなど考えられません。あの女は聖騎士ですからアンデッドに対して有利に戦えるのは分かります。だが、あっちの黒騎士はなんなのです? 私とスカルジャイアントのレベルをピンポイントで見抜き、どんな手を使ったかは知りませんが魔法まで使った。魔法を使える黒騎士が存在するはずがない。そもそもあの二人は補助魔法を使ってもいないのにどうして補助魔法で強化されたスカルジャイアントを相手に有利に戦っているのです? あの者達、いったい何者なのでしょう……)
ミュゲルは予想以上の力を持つダークとアリシアを見て二人の正体を必死に考える。だが、いくら考えてもミュゲルが納得する答えは出てこなかった。
「なんだ、もうお終いか? こんな奴がお前の最愛の息子とは、やはり貴様の腕も研究とやらも大したことはないな」
自分たちを睨んだまま黙り込んでなにもしてこないミュゲルを見てダークが挑発するように言い放つ。それを聞いたミュゲルは歯を噛みしめながらダークを睨み、再生能力で傷を少しずつ治しているスカルジャイアントに視線を向けて杖を掲げる。
「立ちなさい、我が息子よ! 霊魂の火炎!」
杖の先から青白い炎が出てスカルジャイアントに当たる。スカルジャイアントは体を青白い炎に包まれながら声を上げた。するとダークとアリシアに付けられた傷がもの凄い速さで回復する。
<霊魂の火炎>は闇属性の中級魔法で青白い炎を放ち、敵に攻撃することができる魔法である。命中すれば敵を一定の確率で火傷、もしくは呪い状態にすることが可能だ。攻撃魔法であるため、普通ならダメージを与えるがアンデッドであるスカルジャイアントに放てば傷を癒すことができる。
闇属性の魔法で両腕を元に戻したスカルジャイアントを見てアリシアは一瞬驚くがすぐにスカルジャイアントを睨みつける。ダークは大剣を構えたままミュゲルを見ていた。
「こちらがスカルジャイアントにダメージを負わせてもミュゲルがいる限りスカルジャイアントはすぐに回復してしまうか……」
「どうする、ダーク? 先にミュゲルから攻撃するか?」
「いや、奴もそれを計算してスカルジャイアントに自分の身を守らせるはずだ。あのデカブツをなんとかしなくては私たちはミュゲルに近づけん」
「ではどう攻めるんだ?」
攻撃をするスカルジャイアントとそれを援護するミュゲル、ダークは大剣を構えながらミュゲルを見つめ、頭の中でどう攻めるかを考える。アリシアもダークの答えを待ちながらミュゲルとスカルジャイアントを警戒し、自分でも作戦を考えた。
「闇の光弾!」
なにもしてこないダークとアリシアを見てミュゲルは先に攻撃を仕掛けようと杖の先端を二人に向け、そこから紫の光弾を放って二人に攻撃を仕掛けた。
<闇の光弾>は下級の攻撃魔法で闇属性の魔法を扱う者であれば誰でも習得できる魔法。攻撃力は低いが消費する魔力は少なく、命中すれば一定の確率で相手のステータスを低下させることができる追加効果がある。闇属性魔法は攻撃力が低い代わりに追加効果を持つ魔法が多いので使い方によっては戦闘を有利に進めることができるのだ。
飛んでくる光弾を見てダークは大剣でその光弾を簡単に掻き消す。そこへ更にスカルジャイアントが右ストレートを打ち込んできた。ダークはアリシアを抱きかかえると大きく跳んでその場を移動し、スカルジャイアントの攻撃を回避する。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない」
アリシアを下ろしてミュゲルとスカルジャイアントの方を向くダーク。ミュゲルは杖の先端をダークとアリシアに向けて再び魔法を放って攻撃しようとする。スカルジャイアントも二人の方を向いていつでも攻撃できる態勢に入っていた。
「ミュゲルも戦闘に参加してきたか……つまり魔法を使って戦わないと私たちに勝てないと考えたようだな」
「かもしれないな……しかし、上級アンデッドと言うからレベル60でも油断せずに戦おうと思っていたが……まさかこの程度だったとはな」
ダークは持っている大剣を垂らしながらガッカリしたような口調でスカルジャイアントを見る。最初は楽に倒せると言ったがレベルが六十代なのでグランドドラゴンの姿だったマティーリアとの戦いのように今度の敵も強いかもしれないと思いダークは慎重に戦っていた。しかし思っていたよりもスカルジャイアントが大したことがなかったのでダークは警戒して戦う気が無くなったのだ。
アリシアは大剣を垂らすダークをまばたきしながら見ている。するとダークは前に出て垂らしていた大剣を構え直して目を赤く光らせる。
「アリシア、君は下がっていろ。ここからは私一人でやろう」
「え?」
「敵が雑魚だと分かった以上、無駄に時間を掛ける必要は無い……さっさと終わらせる」
――――――
港から離れて沖の上に浮かぶ幽霊船。あれから幽霊船は移動し続け、港から3kmほど離れた所の海面に浮いている。幽霊船の甲板の上ではサリィの攻撃や飛んでくる樽などを回避するノワールの姿があった。幽霊船の正体が上級アンデッドのコフィンシップであることが分かってからノワールは敵の攻撃を回避し続けている。サリィの攻撃をかわして距離を取るとコフィンシップが動かす樽、木片、刃物などがノワールに向かって飛んでいき、それをノワールは下級魔法で正確に撃ち落としていった。そこへ更にコフィンシップが生み出したスケルトンの群れがノワールに攻撃し、ノワールを追いつめようとしている。
ノワールは甲板の真ん中で杖を構えながら周囲を見回してサリィや周りで宙に浮かんでいる樽、スケルトンたちなどの位置を確認する。いつどの場所からどのタイミングで襲ってきてもすぐに対処できるように細かく位置を確認していた。
周囲を見回すノワールを見てサリィは小さく笑いながら持っているペシュカドの剣身を光らせた。
「戦士である私一人を相手にするだけでも不利なのに、更にコフィンシップまで相手にすることになればもうお前に勝ち目は無い。お前の魔力にも限界があり、逃げることも叶わない……悪いことは言わない、降伏しろ。そうすれば苦しませず楽に殺してやる」
魔法使いであるノワールが一人で戦士であるサリィと上級アンデッドのコフィンシップを相手にするなど普通の人間から見れば無謀と言えた。こんな状況なら普通の魔法使いは死を受け入れて降伏するだろう。
だが、ノワールは違う。彼は普通の魔法使いではないし、まだ魔力にも余裕がある。何よりもノワールは勝ち目がないなどとは考えていない。
「……サリィさん、お聞きしたいことがあります」
ノワールは真剣な表情をしながら構えている杖をゆっくりと下ろしてサリィに語り掛ける。サリィはそんなノワールを目を細くしながら見つめた。
「……なんだ? 先に言っておくがお前が助かる道など存在しないからな?」
「別に僕が助かる方法があるのかとか、そんなことを訊く気はありません……なぜ貴女がこんなことをするのかが気になっただけです」
「こんなこと?」
「今回の事件の黒幕は貴女が仕えているミュゲルというネクロマンサーです。彼はこの町を襲い、多くの人をアンデッドに変えました。そんな非道なことをする男になぜ貴女は協力するんです?」
ノワールは死者を操って人々を襲うミュゲルに協力する理由が気になってサリィに尋ねる。するとサリィは目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「……私はミュゲル様のおかげで人生を救われたのだ。だから私はあのお方についていく。それだけだ」
「どういうことです?」
言っていることの意味が分からずにノワールは小首を傾げながら尋ねる。だがサリィはその問いかけに答えなかった。
サリィは幼い頃に母親を病で亡くし、父親と二人で生きてきた。だがその父親は飲んだくれて働きもせずに毎日酒ばかり飲んでいたのだ。酒を飲むと気が荒くなる父親は毎日のように幼いサリィに暴力を振り、サリィは怯えながら暮らしていた。
そんなある日、父親はたった一日の酒代欲しさに幼い我が子を奴隷商に売り飛ばした。サリィは父親に助けを求めたが父親は金を受け取るとサリィの顔を見ること無くその場を後にする。自分の父親に売り飛ばされたという現実は幼いサリィには残酷すぎることだった。
それからサリィは毎日地獄のような日々を過ごした。奴隷として高く売られるためにあらゆることを叩きこまれたのだ。家事や戦闘、時には性的な調教も受けた。それ以来彼女は自分以外を誰も信じず、心を殺して言われた通りに動く人形のように生きていくことになった。
だが、奴隷商に売られてから数年が経ち、成長したサリィはミュゲルに買い取られてその地獄から抜け出すことができた。自分を奴隷商から救い出してくれたミュゲルはまさに人生の恩人、彼のためならなんでもするとサリィは誓い、戦士としての腕を上げて今に至ったのだ。
心の中でミュゲルとの出会いを思い出したサリィはゆっくりと目を開けてペシュカドを構え直しノワールを睨む。
「私は私を救ってくださったミュゲル様のためにこの身も心も捧げると誓った。ミュゲル様の計画のためにも此処で必ずお前を殺す」
「……なるほど、どんな理由であれ、貴女がミュゲルに忠誠を誓っていることは分かりました」
話を聞いたノワールは目を閉じながら呟く。それを聞いたサリィは更に鋭い目でノワールを睨んだ。自分の気持ちがお前のような子供に分かるはずがない、そう言いたそうな顔をしている。
サリィに睨まれる中、ノワールはゆっくりと目を開けてサリィを見つめながら杖の先をサリィに向ける。
「……ですが、いくら恩返しのために協力していると言っても間違ったことをしている人の協力をする貴女をこのままにしておくわけにはいきません。貴女がミュゲルのために戦うように僕もマスターやアリシアさんたちのために貴女とこの幽霊船をここで倒します」
「フン、この状況でまだそんな減らず口を叩くとはな。お前は逃げ場の無い海のど真ん中で私とコフィンシップの相手をしているのだぞ? この状況でどうやって私たちを倒すというのだ」
「……それを今からお見せします」
余裕の表情で言い放つノワールにサリィは小さく舌打ちをする。
「……もういい、お前のような往生際の悪い子供は楽に殺す必要もない。降伏しなかったことを後悔するがいい!」
サリィはペシュカドの剣身を光らせ、ノワールに向かって勢いよくと跳んでいき、スケルトンたちも一斉に襲い掛かった。するとノワールの体が黄色く光り出し体が宙に浮かび上がる。どうやらレビテーションを使ったようだ。
ノワールはそのまま上昇してサリィの攻撃が届かない高さまで移動すると甲板から自分を鋭い目で睨んでいるサリィを見下ろした。
「チッ、空中に逃げたか……だがそれで私の攻撃から逃れられたと思うなよ? こちらにはコフィンシップがいるのだぞ!」
空中のノワールに向かってサリィが叫ぶように言うと宙に浮いていた樽や刃物が浮かんでいるノワールに向かって飛んでいく。ノワールは空中で移動し飛んでくる樽などを全て回避する。
すると、今度はマストに絡み付いていたロープが独りでに動き出してノワールに襲い掛かった。だがノワールは冷静に迫ってくるロープをかわして更に高く上昇する。ノワールはあっという間にコフィンシップから20mほどの高さまで移動してサリィとコフィンシップを見下ろした。サリィは更に上昇し、コフィンシップの攻撃も届かない場所へ避難したノワールを睨み付ける。
「……サリィさん、間違った道を歩んだとは言え、貴女は自分の主であるミュゲルに忠誠を誓い、彼に最後までついていくという意志を見せてくれました。そんな貴女の意志の強さに敬意を表し、僕の最高の魔法をお見せします」
遠くにいるサリィに聞こえるように少し声に力を入れて話すノワールは杖を手放して両手を大きく広げて目を閉じる。するとノワールの両手の中に赤い魔法陣が浮かび上がった。だがその魔法陣はすぐに消えてしまう。しかし次の瞬間、コフィンシップの上空にノワールの手の中に浮かび上がった魔法陣と同じ物が描かれる。ただし今度の魔法陣はコフィンシップ全体を囲んでしまうほど巨大なものだった。
「な、何なんだこの魔法陣は……」
突然頭上に描かれ、赤く光り真っ暗な夜を明るく照らす巨大な魔法陣を見てサリィは驚愕の表情を浮かべている。今まで彼女は多くの魔法使いと戦ってきたが、これほど巨大な魔法陣を描ける魔法使いには会ったことがなかったのだ。
サリィが驚いているとノワールは無表情でサリィを見下ろしながら説明をする。
「この世界に存在する魔法は下級魔法、中級魔法、上級魔法、そして最強と言える最上級魔法があります。ですが、僕が前にいた所では最上級魔法の上にもう一つ、極一部の人しか使うことができない魔法……神格魔法が存在するんです」
「神格、魔法……?」
聞いたことの無い魔法にサリィは動揺の混ざった口調で呟く。巨大な魔法陣を見た時点で既にサリィの頭の中は半分混乱していた。
目を見開きながら驚いてノワールを見上げていると頭上の魔法陣の中心から一本の光の槍が姿を見せる。大きさは魔法陣と比べると遥かに小さいが形状や光の強さから非常に大きな魔力で作られた物なのは間違いなかった。
「貴女がコフィンシップを港から引き離してくれたのはラッキーでした。おかげで港への被害を気にせずに神格魔法が使えるんですからね。まぁ、その程度のアンデッドなら上級魔法でも十分倒せたんですが、サリィさんへの敬意を考えてこちらにしました」
巨大な魔法陣を描いただけでなく、上級アンデッドのコフィンシップをその程度と言うノワールに最早サリィは目の前で起きていることが現実なのか、何を基準にして物事を考えていいのか分からなくなっている。今の彼女は戦士ではなく目の前の光景に驚き動揺するだけのただの女と化していた。
サリィが驚く中、魔法陣の光は更に強くなり、中心の槍もより強く光り出す。それを確認したノワールは甲板の上のサリィをジッと見下ろした。
「貴女とは違う形で会いたかったですよ。そうすればお友達になれたかもしれないのに……どうか安らかに眠ってください……断罪の神槍!」
ノワールが魔法の名を叫んだ瞬間、魔法陣から光の槍が真っ直ぐにコフィンシップに向かって落下する。サリィも落ちてくる光の槍に気付き、上を見ながら目を見開いた。
「ミュゲルさ……」
主の名を口にしようとした瞬間、光の槍はサリィの真上に落ちて大爆発を起こす。爆発の衝撃でコフィンシップやスケルトンたちは粉々に吹き飛び、高熱でバラバラになったコフィンシップやスケルトンの残骸は蒸発する。爆発の中心にいるサリィも全身から伝わる激痛と熱さに断末魔の悲鳴を上げ、最後には体は蒸発して消えてしまった。
大爆発による衝撃と爆風は爆発地点から半径1km先まで広がった。海面に波が立ち、爆炎で真っ暗な海が照らされる。ノワールにも衝撃と爆風が伝わるが術者である彼は殆ど感じていない様子だ。爆発が治まるとそこには初めから何も無かったかのようにただ波打つ海面だけがあった。
<断罪の神槍>はLMF最強と言われている神格魔法の一つで敵の頭上から光の槍を落とし、敵に命中するとそこを中心に大爆発を起こし広範囲を攻撃することができる。しかもこの魔法は敵の魔法防御力や属性耐久力を無視するので魔法攻撃力が高ければ高いほど大ダメージを与えることができるのだ。ただし、攻撃範囲が広いので味方が巻き込まれないように注意して発動する必要がある。当然のことだがダンジョン内や狭い場所で発動するのは自殺行為だ。
上空から爆発を見下ろしていたノワールは爆発が治まるのを見ると戦いが終わったと判断して小さく息を吐く。
「フゥ、これで幽霊船の方は片付いた……レジーナさんたちは大丈夫かな? 急いで港へ戻ろう」
港でアンデッドたちと戦っているレジーナたちのことが気になり、ノワールは急いで港の方へ飛んでいった。
――――――
目の前で大剣を構えるダークを見てミュゲルは目を鋭くして睨み付ける。自分の最愛のスカルジャイアントを雑魚呼ばわりした挙句、さっさと戦いを終わらせるなどと言われれば睨み付けたくなるのも当然だ。
「さっさと終わらせる? 随分とナメたことを言ってくれますねぇ……私の息子に傷を負わせたからと言っていい気になるのはやめてくれますか?」
「いい気になる? それは違うな。私はお前の息子の遊び相手をする気が無くなったのだ。それに港にいる者たちも心配なのでな、お前たちを此処で片付けて彼らの下へ行かなくてはならない」
「……ホホホホ、貴方は本気で私と私の息子に勝てる気でいるのですか? 自分たちの立場も分からずにそんなことを言えるなんて、本当におめでたい方ですよ、貴方は」
「その言葉、そのままお前に返そう。自分の研究が認められなかったことで逆恨みし、首都を滅ぼそうとする。そしてそのことに全く罪悪感の無いお前の頭の中の方がよっぽどおめでたい」
呆れるような喋り方で言い返すダークを見てミュゲルは聞こえないくらい小さな舌打ちをする。目の前にいる自分の研究の素晴らしさを理解しない黒騎士とこれ以上口論するのは愚かな行為だと思ったのだろう。
嘗て王国の魔導士たちの中でも一目置かれていた自分の研究を理解しなかった王族や貴族、そして同じ魔導士たちに自分を切り捨てたことを後悔させる。その目的を果たすためにも此処でダークとアリシアを始末し、バミューズに住む人間全てをアンデッドに変えて首都制圧のための戦力にする必要があった。
ミュゲルは杖の先で地面を強く叩くと小さく笑ってダークを見つめる。
「では、貴方の言うそのおめでたい男が作ったアンデッドに殺される栄誉を与えてあげましょう」
ダークを嘲笑いながらミュゲルが杖を掲げる。その瞬間、ミュゲルの後ろで控えていたスカルジャイアントが再び動き出し、右手をダークに向けて勢いよく突き出す。
迫ってくる巨大な骨の手をダークは黙って見つめ、手が一定の距離まで近づくと大剣を大きく横に振る。大剣の刃がスカルジャイアントの手を横から真っ二つにし、ダークの周りには骨の指や骨片が散らばった。スカルジャイアントの攻撃を防ぐとダークはその場からすぐに移動しミュゲルに向かって走り出す。
スカルジャイアントの手を一撃で破壊したダークの攻撃にミュゲルは驚く。さっきまでの攻撃とは明らかに破壊力が違ったからだ。だがそんなことでいちいち怯んではいられない。すぐにスカルジャイアントにダークを迎え撃つよう指示を出した。
ダークは大剣を片手に持ち、ミュゲルへ近づいていく。そこへ再びスカルジャイアントが攻撃を仕掛けてきた。無傷の左手が前からダークに迫っていき、ダークはその左手に集中してギリギリまで引き付けてから横に移動して攻撃をかわす。その直後に大剣でスカルジャイアントの左腕を前腕部から両断し、スカルジャイアントの左腕を切り落とした。
「な!? 馬鹿な!」
またスカルジャイアントに大ダメージを負わせたダークにミュゲルは驚愕の表情を浮かべる。
スカルジャイアントの両手を破壊したダークはそのままミュゲルに向かって走り、それを見たミュゲルはダークの赤く光る目を見て恐怖を感じ、杖の先をダークに向けてダークスピリッツを放つ。
ダークは飛んでくる闇の光弾を大剣で軽々と弾き落とし、ミュゲルの数m前まで近づくと高くジャンプをしてミュゲルの背後にいるスカルジャイアントの顔と同じ高さまで跳び上がる。そして大剣を両手で持つと勢いよく振り下ろした。ダークは大剣を振り下ろしながら降下していき、スカルジャイアントはダークの大剣によって抵抗する間もなく脳天から両断される。
ミュゲルは頭上から下りてくるダークを見上げると慌ててその場から移動する。その直後にダークはミュゲルが立っていた場所に着地し、両断されたスカルジャイアントの体に罅が入り高い音を立てながらに崩れ落ちた。
「そ、そんな……私のスカルジャイアントが……」
スカルジャイアントがたった一人の黒騎士に倒された光景を目にしたミュゲルはもはや言葉が出てこないくらい驚いていた。自分が十年かけて作り上げた上級アンデッドがいとも簡単に倒されてしまったことが信じられずに小さく震えている。
そこへ大剣を片手に持つダークが近づいてきて、それを見たミュゲルはダークに対する恐怖のあまりその場に座り込んだ。ダークは目を赤く光らせながら座り込むミュゲルを睨む。
「……さぁ、お前だけになったぞ? それともまだ何処かにアンデッドを隠しているのか?」
「……あ、貴方はいったい、何者なのですか? 一人で私の最愛の息子を倒すなど……」
「私は暗黒騎士ダーク、それ以上でもそれ以下でもない」
「た、ただの騎士がスカルジャイアントを倒せるはずがありません……貴方はもしや、神の使いですか?」
「神の使い? ……フッ、そんなデカい存在などではない」
自分を神の使いだと言うミュゲルを鼻で笑うダーク。そんな彼の隣にアリシアがやってきてダークの隣でミュゲルを睨む。そんな時、突如港の方から爆音が聞こえ、ダークたちは港の方を見る。港の方の空は明るくなっており、それを見たアリシアとミュゲルは驚きの表情を浮かべた。
「な、なんだあれは?」
アリシアが驚きながら空を見げてる。するとダークは空を見上げながら静かに声を出す。
「どうやらノワールたちの方も片付いたようなだ」
「え? ノワールたちが?」
「恐らく例の幽霊船、いや上級アンデッドのコフィンシップを沈めたのだろう」
「何?」
「ば、馬鹿な!」
ダークの言葉にアリシアは驚き、ミュゲルは目を見開きながら声を上げる。ダークがスカルジャイアントを倒したということだけでも驚いているのに、更にコフィンシップまで倒されたと聞かされれば震えながらダークを見ることしかできなかった。
そんなミュゲルに視線を向けたダークは持っている大剣をゆっくりと振り上げる。それを見てミュゲルはダークがこれから何をしようとしているのか気付いて固まった。
「さて、スカルジャイアントもコフィンシップも倒したことだし、残るはお前だけだな」
「ま、待ってください! 私は全てのアンデッドを失いました。もう町を襲うことも貴方たちと戦うこともできません!」
「……だからなんだ? まさか今更投降するから助けてくれ、なんて言わないよな?」
「ヒイィッ!」
低い声を出しながら殺意をむき出しにするダークにミュゲルは怯える。殺意を見せるダークの隣に立つアリシアは何も言わずに黙ってミュゲルを睨んでいた。彼女もミュゲルに対する怒りが大きく、ダークと同じことを考えているようだ。
「お前は今までさんざん死んだ者たちの体を使ってアンデッドを生み出し、多くの人間たちを殺してソイツらをアンデッドに作り変えた。お前のこれまでの行いは万死に値する」
「あ、ああ、あああああ……」
「……アンデッドを操るネクロマンサーが死を恐れるか……滑稽だな」
ダークはそう言って怯えるミュゲルに向かって大剣を振り下ろした。冷たい風が吹く闇夜に中、長いようで短かった戦いは幕を下ろした。
――――――
夜が明け、バミューズに住む人々が外に出ると港や正門前に転がっている大量のアンデッドに驚きの声を上げた。自分たちが寝ているあいだに数え切れないアンデッドが町に入り込み、町を襲おうとしていたのだから当然だ。機能を停止したアンデッドたちは兵士たちや自警団によって片付けられたが、あまりにも数が多く、港が使えるようになるまで数時間も掛かったと言う。
バミューズの酒場の二階にある個室ではダークたちが集まって昨夜の戦いのことを話し合っていた。昨夜の戦いが終わった直後に簡単に戦闘の結果を報告し合ったのだが、全てを話すことができなかったのでこうして酒場に集まり改めて話し合いをすることにしたのだ。
ノワールたちは港でミュゲルの仲間であるサリィとコフィンシップと戦ったこと、港から離れたコフィンシップが沖の方で大爆発に巻き込まれて跡形も無く消滅したことなどを話す。ダークたちも正門前でミュゲルとスカルジャイアント、大量の下級アンデッドと戦ったこと、そしてリーザ隊の兵士四名が戦死したことを伝える。自分の兵士が四人も死んだことにリーザは最初は悲しそうな表情を浮かべていたが、悲しんでもいられないと言って気持ちを切り替えた。そんなリーザを見てダークとアリシアはリーザが強い騎士であると感じる。
「……まさか黒幕があのミュゲルだとはな」
リーザが椅子に座りながら意外そうな声で言う。周りではダークたちが同じように椅子に座りながらテーブルを囲んでリーザの方を見ている。
「自分の不老不死の研究を否定されただけでこんな事を仕出かすとは……いやぁ、頭のイカれた魔法使いっていうのは恐ろしいな」
「本当ね……でも、あたしは少し不老不死に憧れちゃうなぁ。歳も取らずに永遠に若くいられるんだもの」
「おいおい、本気か? 周りの人間が死んでいく中で自分だけは死ぬことなく生き続けるんだぞ? 俺だったらそんなのは御免だな」
「わ、分かってるわよ。冗談よ、冗談」
不老不死を否定するジェイクにレジーナは苦笑いを浮かべながら言う。やはり一部の人間は老いて死ぬことを恐れて若く居続けたいと思っているようだ。
レジーナとジェイクの隣ではマティーリアが腕を組み椅子にもたれながら二人の話を興味の無さそうな顔で聞いていた。
「……妾は正直不老不死には興味ないのう。妾たちドラゴンは人間よりも遥かに寿命が長いからのう、半不老不死のようなものじゃからな」
「……気のせいかしら? さり気なく寿命が長いことを自慢されたような気がしたんだけど?」
「んん?」
ジト目で自分を見るレジーナにマティーリアは不思議そうな顔を見せる。
不老不死の話をしているレジーナたちを見てダークたちは昨夜の事件の話から脱線していることに呆れ果てる。そんなレジーナたちをそのままにダークたちは事件の話を続けた。
「それでダーク殿、昨夜の戦いが終わった後、この町の周辺を調べに行かれたが、何か見つけたのか?」
「ええ、ノワールとマティーリアが見つけたコフィンシップが隠された海食断の洞穴の近くを調べたら洞窟を見つけましてね。奥に進むと隠し扉があり、そこを通って更に奥へ進むと隠れ家があったんです」
「隠れ家?」
「血まみれの道具や本、あと死体が保管されてありました。恐らくミュゲルの隠れ家でしょう」
「なるほど、幽霊船を隠してある洞窟の近くに隠れ家があれば幽霊船に何かあった時にすぐに対処できるというわけですか」
「あと、その隠れ家を調べていたらこんな物を見つけました」
ダークは懐から丸めてある羊皮紙を取り出してアリシアとリーザに見せる。羊皮紙を受け取ったリーザは羊皮紙を広げ、アリシアや子竜の姿に戻りダークの肩に乗っているノワールもその中を覗き込む。そこには誰かがミュゲル宛に書いたと思われる文章が細かく書かれてあった。アリシアとリーザはそれを頭の中で読んでいき、徐々に表情が鋭くなっていく。
羊皮紙に書かれてある内容を読み終えると羊皮紙を机に置き、それを見つめながらリーザが口を開く。
「……どうやらミュゲルはこの十年の間、デガンテス帝国に身を潜めていたようだ。そしてその間、デガンテス帝国の貴族たちから資金やアンデッドを作るための死体を提供されていたらしい」
「帝国が? ……だが追放されたとは言え、なぜ帝国がセルメティア王国の人間であるミュゲルに資金やアンデッドの材料を提供していたのでしょうか……」
「ここに書かれてある内容によると、彼らは資金などを提供する代わりにミュゲルの不老不死の研究が完成し、誰でも不老不死になれるようになったら自分たちを不老不死にしてもらう約束をしていたらしいのです」
「……なるほど、永遠の命を得るためにあんな外道に協力していたとは……その帝国の貴族も相当異常ですな」
ミュゲルに力を貸した帝国貴族の考えがあまりにも道を外れていることにダークは低い声を出す。リーザも気に入らないのか不機嫌そうな顔で羊皮紙を睨んでいる。
「リーザ隊長、今回のミュゲルの件は勿論ですが、この羊皮紙に書かれてある内容もマーディング卿に話すんですか?」
「ああ、首都を滅ぼそうとしたミュゲルに帝国の貴族が手を貸していたなんてとんでもないことだ。大事になるのを避けるのであればこのまま私たちだけの秘密にするべきだが、私たちにそんなことを決める権利は無い。何よりも無かったことにしてまた帝国の連中が同じような問題を起こしたら大変だ。ちゃんとマーディング卿に話しておいた方がいい」
「そう、ですよね……」
王国の騎士である自分たちには国と国が関わる問題をどうこうすることはできない。だったらここは貴族であり騎士団の総責任者であるマーディングに任せるのが賢明だとアリシアは考える。
それからもうしばらくミュゲルのことや昨夜の事件のことを話し、ダークたちは解散する。ただの幽霊船の調査と出没するアンデッド討伐のはずだった今回の仕事、それがセルメティア王国の運命が関わった大きな事件だったことにダークたちはこれまでにない疲れを感じるのだった。
第四章が終了しました。次章はまたしばらくしたら投稿します。それまでお待ちください。