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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第四章~港町の死霊~
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第四十一話  決戦開始


 港での戦闘が始まってから一時間、アンデッドの数はかなり減って少しずつレジーナたちが有利になってきた。だがそれでもまだ多くのアンデッドが港内にあり、レジーナたちは油断すること無く戦いを続ける。

 レジーナたちが戦っている時、ノワールは幽霊船の甲板の上でサリィと向かい合っている。短剣を突きつけるサリィをノワールは真剣な顔で見つめた。


「僕が何者か、ですか?」

「そうだ」

「……ただの魔法使いですよ」

「お前のような幼く、浮遊レビテーションのような浮遊魔法を使える者がただの魔法使いだというのか?」

「信じられませんか?」

「当たり前だ」


 鋭い視線でノワールを見つめるサリィは持っている短剣を光らせる。ノワールはサリィの態度や表情を見て適当なことを言って誤魔化すことはできないと感じたのか小さく息を吐いた。


「……僕は子供の姿をしていますが、本当の姿はドラゴンなんです。そして職業クラスがハイ・メイジだから中級魔法なんかも自由に使えるんですよ」

「……お前、ふざけているのか?」


 目を閉じながら説明するノワールをサリィは睨み続けた。幼くして中級魔法を使えるため、ノワールが普通の子供ではないとサリィは感じていたが、正体が人間ではなくドラゴンなどと言われても信じられるはずがない。

 サリィが睨む中、ノワールはゆっくりと目を開いてサリィを見つめる。彼女の睨みつけに怯む様子も見せずにノワールは堂々としていた。そんなノワールにサリィは小さな苛立ちを感じている。


「正直に答えるつもりはないのだな?」

「だから、正直に言ったじゃないですか。僕はハイ・メイジでドラゴンが人間になった存在だって……」

「嘘ならもっとまともな嘘をつけ」

「ハァ、困りましたね……」


 自分のことを全く信じてくれないサリィにノワールは困り顔を見せる。そんなノワールを見たサリィはしばらく黙ってノワールが本当のことを言うのを待った。だがノワールは困り顔を見せるだけで何も言わない。するとサリィは腰に納めてあるもう一本の短剣を取り出し、両手に一本ずつ持って構えを取った。


「……真実を言いたくないのなら言わなくてもいい。お前の正体がなんにせよ、此処で死ぬことに変わりはないのだからな」


 サリィの鋭い視線と冷たい言葉にノワールの表情も険しくなる。ノワールはサリィの雰囲気と構え方を見て彼女が人を殺すことに慣れている存在だとすぐに気づいた。


「ミュゲル様の悲願のためにも、お前には此処で死に、ミュゲル様のアンデッド兵となってもらう」

「……生憎、僕もこんな所で死ぬつもりはありません。これからもマスターのお役に立つ為にも貴女に勝ちます」


 ノワールは杖を構えてサリィに言い返した。サリィは魔法使いでありながら戦士である自分に接近戦を挑むノワールを心の中で哀れみながら短剣を構える。

 サリィはノワールを睨みながら右手に持っている短剣を強く握り、左手に持っている短剣を逆手に持って構える。彼女が持つ二本の短剣はどちらも同じ物でS字湾曲の剣身をしていた。ノワールはサリィの持つ短剣を見て目を鋭くする。

 

(……ペシュカドですか。殺傷能力の高い短剣でLMFでは一定の確率で敵を即死させる追加効果がありましたけど、こっちの世界ではどうなのでしょうか)


 ノワールはサリィの持つ短剣を見て情報を確認する。LMFでは即死効果のあった武器がこっちの世界でも同じような効果があるのか気になり頭の中で考えた。

 だが今までこちらの世界でLMFに存在する武器と同じ物を何度も見かけたが、LMFのような効果は無く、全てが普通の武器だった。それを思い出したノワールはサリィの持っているペシュカドもただの短剣だと考える。


(……まぁ、追加効果があるにせよ無いにせよ、あの短剣が殺傷能力の高い武器であることは間違いありません。油断せずに全力で行きましょう)


 ペシュカド本来の性能に注意し、ノワールは杖を構えて魔法を放とうとする。すると突然サリィが右手に持っているペシュカドをノワールに向かって投げつけてきた。ノワールは咄嗟に右へ移動して飛んでくるペシュカドを回避する。かわされたペシュカドは飛んだ先にあるボロボロの樽に刺さった。

 上手くペシュカドを回避したノワールはすぐにサリィの方を向いて警戒しようとする。だがノワールがサリィの方を向いた時には既にサリィは追撃の態勢に入っていた。


疾風斬しっぷうぎり!」


 逆手持ちペシュカドの剣身が薄紫色に光らせながらサリィはノワールに向かって勢いよく跳んで距離を縮めてきた。


「レジーナさんと同じ戦技!」


 サリィがレジーナが使っている戦技と同じものを使う姿を見てノワールは少し驚いた顔を見せた。そんなノワールの顔にペシュカドの剣身が迫ってくる。ノワールは慌てずに冷静に近づいてくる剣身に集中し、ノワールの鼻の数cm前まで近づいてきた瞬間、ノワールは姿勢を低くしてサリィの疾風斬りを回避した。

 疾風斬りをかわされたサリィは意外そうな顔で後ろにいるノワールを確認した後、最初にかわされたペシュカドが刺さった樽の所まで移動する。樽に刺さっているペシュカドを抜いたサリィは振り返ってノワールの方を向いて構え直した。ノワールも態勢を整えて杖を構えながらサリィの方を向いている。


「……なかなか速い攻撃でしたね? 少し驚きました」

「驚いたのは私の方だ。私の最初の攻撃を完璧にかわしたのはお前が初めてだ。褒めてやるぞ」

「それはどうも……」

「しかし魔法使いで私の疾風切りをかわすとは……ますますお前の体をミュゲル様に差し出したくなった」

「僕は自分の体がアンデッドに変えられるなんて真っ平ですからね。全力で抵抗させてもらいますよ?」


 そう言ってノワールは杖を軽く掲げて魔法を発動させる。


物理防御強化アタックプロテクション! 移動速度強化スピードアップ! 魔法攻撃強化マインドアップ!」


 補助魔法を唱えて物理防御力と移動速度を強化し、更に<魔法攻撃強化マインドアップ>で魔法攻撃力を強化したノワール。それを見たサリィはこれ以上ノワールを強化させてはならないと感じ、攻撃するためにノワールに向かって走り出す。

 走ってくるサリィに気づいたノワールは迎撃するために杖の先をサリィに向ける。


火弾ファイヤーバレット!」


 杖の先に火球を作り、それをサリィに向かって放ち攻撃する。だがサリィは走りながら横へ移動して火球を回避した。サリィは戦士だけでなく、魔法使いとの戦いにも慣れているらしく、どのタイミングで回避すれば魔法に当たらずに済むのか知っているようだ。

 火球を回避したサリィは一気にノワールに近づいて右手に持っているペシュカドで攻撃する。ノワールは持っている杖でペシュカドの刃を止めて攻撃を防いだ。だがそこへサリィのもう一本のペシュカドが左から迫ってくる。ノワールは杖でペシュカドを止めたまま後ろに跳んで左からの攻撃を回避した。

 サリィと距離を取って態勢を立て直すノワール。そんなノワールをサリィは意外そうな顔で見ており、手に持っているペシュカドを指で器用に回し出す。


「驚いたな。魔法使いのくせに私の攻撃をかわすだけの身体能力を持っているとは……まぁ、移動速度強化スピードアップで移動速度を上げていなければ死んでいただろうがな」


 攻撃を回避できたのは補助魔法のおかげだとサリィはノワールを鋭い目で見ながら言い放つ。ノワールはそんなサリィを黙って見つめていた。

 ノワールのレベルは94、サリィのレベルは45から50の間ぐらいだ。補助魔法を使わなくてもノワールはサリィの攻撃を簡単に回避することはできる。にもかかわらずノワールは補助魔法で物理防御力と移動速度は強化していた。それは自分自身の本来の身体能力の高さを誤魔化すためだ。もし補助魔法を使わずにサリィの攻撃を回避すれば自分が高レベルだということがサリィにバレてしまう。だが補助魔法を使えばたとえレベルが高くて回避できたとしてもそれは補助魔法で身体能力を強化したからだと誤魔化すことができる。これは自分のレベルの高さを悟られないようにするためであり、補助魔法で強くなっているとサリィを欺くためのノワールの策なのだ。

 杖を構えてノワールが次の魔法を放とうとした時、サリィは魔法を放つより先に動き出した。両方のペシュカドを逆手持ちにして高くジャンプし、ノワールの頭上に移動する。いきなり自分の真上に移動したサリィにノワールはまた驚いたような顔を見せた。


死突角落衝しとつかくらくしょう!」


 サリィが叫んだ瞬間、二本のペシュカドの刀身が薄紫に光り出し、その状態でノワールの真上から落下する。それと同時に二本のペシュカドの切っ先をノワールに向けて振り下ろして攻撃した。

 <死突角落衝>は短剣系の武器を使う者が体得できる中級戦技の一つ。敵の頭上から落ちた時の重力と短剣を振り下ろした時の力を使って敵を攻撃することができる。更に気力で剣身を強化している為、敵の盾や下級の魔法障壁程度なら簡単に貫通することができるのだ。

 ノワールは頭上から襲い掛かってくるサリィを見て魔法で防ぐか回避するか考える。その結果、ノワールは後ろに跳んでサリィの攻撃を回避した、サリィがノワールの立っていた所に着地し、次の攻撃に移ろうとノワールの方を向く。だがそれよりも先にノワールが動いた。


風の刃ウインドカッター!」


 ノワールの杖の先から真空波が放たれてサリィに向かって飛んでいく。着地した直後で回避するのは難しい状況だった。だがサリィは飛んでくる真空波を見ても冷静なままで動こうともしない。そんな中、サリィはノワールに気付かれないような小さい不敵な笑みを浮かべる。

 真空波がサリィに迫っていき、あと少しで命中するという所まで来た次の瞬間、突然甲板の上に転がっていた古い樽が浮き上がってサリィの前に移動する。


「んんっ!?」


 独りでに動き出した樽を見てさすがのノワールも驚きを見せた。真空波は樽に命中し、樽は粉々になったがサリィは無傷だった。サリィは小さく笑いながら体勢を直して両手に持つペシュカドを構える。


「今のはいったい……」


 ノワールは目の前で起きたことに驚きながらサリィを警戒した。勝手に動いてサリィを魔法から守った樽、ノワールは幽霊船の中を見回しながら何が起きたのかを考える。そんなノワールをサリィはただ小さく笑って見ているのだった。


――――――


 正門前ではダークとミュゲルが向かい合っていた。ダークの後ろではアリシアがまばたきをしながらダークとミュゲルの会話を聞いており、ミュゲルの後ろでは大勢のアンデッドたちが動かずに立っている。


「……私の研究が、幼稚ですとぉ?」

「そうだ、お前の研究は幼稚で愚かなお遊びに過ぎない」

「お、おお、お遊びですって!? 私が十年以上も研究してきた不老不死の研究がお遊びですと!?」


 自分が何年も研究してきたことを否定されたことにミュゲルは感情的になりながらダークを睨む。当然だ、長い間自分の人生を懸けて研究してきたことを完全否定されれば誰だって頭に来る。それは異常な性格をしているミュゲルも同じだった。

 感情的になるミュゲルをダークは落ち着いた様子で大剣を肩に担ぎながらミュゲルを見ており、落ち着いたまま低い声で話し続けた。


「人間というものは自然に歳を取って死んでいくのだ。自分の寿命がある間に世界に何を残し、何を後世に伝えるのか、それを考え行動することで人間は生きていると言える。確かに不老不死は人間の憧れと言えるだろう。だが、周りの人間が死んでいく中、自分だけは歳も取らず、死ぬことも無く生き続ければやがては孤独になる。それは死ぬよりも恐ろしいことだ。死ぬことや苦しむことを恐れ、寿命や老いから逃げるような道を選ぶのは生きているとは言えない……だから私はそれを研究することがくだらないと言ったのだ」

「……生きて何かを残す? 後世に伝える? 私からしてみればそれこそがくだらないことです!」


 自分の考えを否定されたようにミュゲルもダークの考えを頭ごなしに否定する。そんなミュゲルをダークは興奮すること無く黙って見つめた。


「何を残すだの伝えるだの言いますが、人間なんて死んでしまえばそれでお終いです。死んでしまえば誰からも見てもらえず、誰からも慕われない。生きて自分の存在を世界に残すことこそが人間の価値と言えるのです。それを理解しようとせず否定までする貴方は私の研究を否定した王国の貴族や無能な魔導士どもと同罪です!」

「私のことをどう思おうとそれはお前の勝手だ。だが、ちっぽけな逆恨みでこの国を恨み、関係の無い者たちを殺してアンデッドにするお前をこのまま見過ごすわけにはいかない……」


 これ以上話しても無駄だと感じたダークは肩に担いでいる大剣を両手で握って構え直す。アリシアはダークが構えるのを見ると彼の隣にやってきてエクスキャリバーを構えて戦闘態勢に入る。

 剣を構えるダークとアリシアを見てミュゲルもこれ以上話しても自分の研究の素晴らしさを理解しないと感じたのか杖を握って高く掲げた。するとミュゲルの杖の先が紫色に光り出し、それと同時にミュゲルの背後にいるアンデッドたちも動き出す。


「貴方がたは私の可愛いアンデッド兵として役立ててあげようと思いましたが、私の研究を侮辱した貴方がたはアンデッドにする価値もありません! 此処で私の息子たちの餌食となりなさい!」


 ミュゲルが杖を振り下ろすとさっきまでダークの強さを恐れて動こうとしなかったアンデッドたちが一斉にダークとアリシアに襲い掛かる。主人であるミュゲルに命令されればその命令が絶対であるため、恐怖などを感じること無く命令に従うのだろう。

 迫ってくるアンデッドたちに向かってダークは勢いよく走り出す。アリシアもそれに続いてアンデッドたちに向かっていく。


「邪魔だ」


 ダークが目の前にいるスケルトンを大剣で両断し、その隣にいる別のスケルトンも袈裟切りで簡単に倒した。既にダークの周りには十数体のアンデッドが取り囲んでいるが、ダークは動揺する様子は見せていない。少し離れた所ではアリシアがエクスキャリバーを振り回してスケルトンやゾンビの首を切り落としていく姿がある。彼女も数体のアンデッドに囲まれているが落ち着いた様子で一体ずつアンデッドを倒していった。マジックダイスを使ったことでアンデッドの数はかなり減っており、高レベルの二人ならあっという間に全滅させられるくらいの数だった。


「戦いが始まった時と比べるとかなり数は減っているが、それでもまだかなりの数がいるな……」


 周りを見回してダークがアンデッドの数を確認しながら呟く。別に数が多いから自分が不利な状況だと思っているわけではなく、ただ弱いモンスターをまだ倒さなければいけないと思うとめんどくさく思えてきたのだ。

 そんなダークの背後から一体のゾンビがロングソードを振り下ろして攻撃してくる。だがダークは前を向いたまま大剣だけを背後に回してゾンビの振り下ろしを簡単に防ぎ、振り返りながら大剣を横に振ってゾンビの首をはねてアッサリと倒した。そしてそのまま他のスケルトンやアンデッドにも攻撃し、次々と自分を取り囲むアンデッドたちを倒していく。

 アリシアもエクスキャリバーで周りにいるアンデッドを苦戦すること無く倒している。元々エクスキャリバーはアンデッド族や魔族の敵と戦うのには打ってつけの剣であるため、下級のアンデッドたちは一撃で倒すことができた。だがそれでもまだ多くのアンデッドがいるのでアリシアも油断せずに戦っている。


「まだこんなにいるのか……すぐに終わらせるためにも神聖剣技は惜しみなく使った方がよさそうだ」


 周りにいるアンデッドの位置を確認したアリシアはエクスキャリバーを両手で持ちながら掲げた。するとエクスキャリバーの剣身が黄色く光り出し、その光は徐々に大きくなっていき、大きな剣身の形へと変わる。それはエクスキャリバーの本来の剣身の倍の大きさはあった。


神光幻刀斬しんこうげんとうざん!」


 アリシアは光の剣身と化したエクスキャリバーを勢いよく横に振りながら一回転した。するとアリシアの周りにいるアンデッドたちはエクスキャリバーの光の剣身で腹部から両断され、そのまま光の粒子となって消滅した。

 <神光幻刀斬>は中級の神聖剣技の一つで剣身を光に変え、その状態で剣身を大きくし、攻撃範囲を広げて攻撃することができる技である。更にこの攻撃は光属性であるため、光属性に弱い敵に囲まれた時や固まっている多くの敵を攻撃する場合には非常に役に立つ。

 周囲のアンデッドたちを一掃したアリシアはエクスキャリバーの剣身を元に戻し、小さく息を吐く。今の一撃でアリシアの周りにいたアンデッドはほぼ全滅した。


「ほお? いつの間にかあんな技を覚えていたのか……」


 見たことの無い神聖剣技を使うアリシアを見てダークは驚く。だがそんなダークの周りには彼に倒されて機能を停止した大量のアンデッドが転がっていた。暗黒剣技を使わずに大量のアンデッドを僅かな時間で全滅させてしまうダークの方が強力な神聖剣技を見せるアリシアよりも凄いと言える。戦いを再開してから僅か数分、数十体いたアンデッドたちはダークとアリシアによって全て倒された。

 正門の見張り場の上ではダークとアリシアの戦いを見守っている兵士三人の姿があり、数分でアンデッドたちを片付けてしまった二人に呆然としている姿があった。


「す、凄い……たった二人であんなに沢山いたアンデッドを全部倒しちまうなんて……」

「ダーク殿が凄いのは分かってはいたが、アリシア隊長もいつの間にあんなに強くなっていたんだ?」

「もしかするとアリシア隊長、英雄級の強さを持っているんじゃ……」


 兵士たちはアリシアが自分たちの知らないうちにとんでもなく強くなっていることに驚きながらアリシアを見つめる。少し前までアリシアはごく普通の聖騎士だったのにいつの間にかダークのような強者の隣に立ち、英雄級とも言える力を手にしていたのだから驚くのは当然と言えた。

 ダークとアリシアが全ての下級アンデッドを倒して合流すると、二人は残されたミュゲルの方を向く。ミュゲルは全てのアンデッドを倒されたことに驚いているが、兵士たちほど驚いてはいなかった。落ち着いた様子で遠くに立つ二人をジッと見つめながら長い髭を整えている。


「……なかなかやりますね。たった二人で私の息子たちを全滅するとは……どうやら貴方がたを倒すには私の最高の息子を使うしかないようです」

「最高の息子?」

「ええ、見せてあげましょう。私がこの十年の間に作り上げた最高にして最愛の息子を……来なさい!」


 ミュゲルは振り返って叫ぶように誰かに呼びかけた。すると突然地面が揺れ出し、ダークとアリシアは地面を見ながら倒れないよう両足に力を入れる。二人がミュゲルの方を向くと、ミュゲルの足元の地面が突如膨れ上がり、地面の下から巨大なスケルトンが姿を現した。その大きさはさっきまでダークとアリシアが戦っていたスケルトンの四、五倍の大きさはあり、下半身が地中に埋もれたまま上半身だけで動いている。その姿は日本の怪談に出てくる妖怪、がしゃどくろに似ていた。

 いきなり現れた巨大スケルトンをダークは意外そうな様子で見上げているが、アリシアは驚きの表情を浮かべながら巨大スケルトンを見ている。こんな巨大スケルトンが地中に隠れていたなどアリシアは予想もしていなかったようだ。


「なんだ、このがしゃどくろみたいなデカいスケルトンは?」

「こ、これは、スカルジャイアント!」

「スカルジャイアント?」


 巨大スケルトンの正体を知っているアリシアが叫ぶように言い、ダークはアリシアの方を向いて訊き返す。アリシアはエクスキャリバーを構えながら鋭い目でスカルジャイアントを睨んだ。


「……コイツは見た目はスケルトンに似ているがパワーや大きさが桁違いの上級アンデッドだ。防御力が高く、攻撃を受けても傷を治す力を持っている厄介なモンスターだ」

「防御力が高く、再生能力を持っているか……確かに少々面倒そうだな」


 ダークはスカルジャイアントを見上げながら落ち着いた態度で感想を口にする。アリシアは暗黒剣技が使えない状態で上級アンデッドのスカルジャイアントを前にしても冷静でいるダークを見て頼もしく思えたのか小さく笑った。だが、その一方でミュゲルは落ち着いた態度のダークを睨んでいる。


「……少々面倒? まるで少し苦戦するかもしれないが負けはしないと言っているように聞こえたのですが?」

「違うな。面倒だとは言ったが苦戦などしない。この程度のモンスターなど楽に倒せる」


 ミュゲルは自分の発言を否定し、簡単に勝てると言うダークを見て更に癇に障ったのか表情に険しさが増した。


「……いいでしょう。そこまで仰るのであれば見せてもらいましょう。黒騎士である貴方が私の最愛の息子であるこのスカルジャイアントを倒すところをね!」

「言われなくても見せてやろう。そのお前の最愛の息子を倒せばお前の切り札は無くなる。港に入ってきた幽霊船も沈めてお終いだ」


 そう言ってダークは大剣を構え直し、アリシアもエクスキャリバーを強く握る。すると突然ミュゲルは小さく俯きながら笑い出した。


「フフフフフフ……」

「何を笑っている?」


 笑い出すミュゲルを見てアリシアはミュゲルを睨みつけながら尋ねる。するとミュゲルは顔を上げ、ダークとアリシアを見ながらさらに大きな声で笑う。


「ハーハハハハハッ! おめでたい方々ですねぇ? 貴方がたはこのスカルジャイアントが私の切り札だと思っているのですか?」

「何?」

「……どうせ最後なのですから教えて差し上げましょう。実は私はこのスカルジャイアント以外にもう一体上級アンデッドを作っておいたのですよ」

「なんだと!?」


 スカルジャイアント以外にも上級アンデッドがいることを聞かされて驚くアリシア。ダークも少し驚いたのか小さく声を漏らしてミュゲルを見ている。

 驚く二人を見てミュゲルは楽しそうに話し続けた。


「そのアンデッドには私の右腕と共に港から侵入し町を襲うように指示しています。今頃町は地獄と化しているでしょう」

「港から侵入? 馬鹿な、港からはスカルバード以外のアンデッドは侵入できないはずだ」

「いいえ、ちゃんと侵入していますよ? とても大きなアンデッドがね」

「そんなアンデッドなど私たちは見ていな……ッ!?」


 アリシアが上級アンデッドを見ていないと否定しようとした時、何かを思い出してハッと顔を上げる。


「ダークッ!」

「……どうやら君も気付いたようだな」


 慌てた様子でダークの方を向くアリシアにダークは静かに語り掛ける。どうやらダークは既にもう一体の上級アンデッドの正体に気付いているようだ。


「ダーク、どうやら私たちはとんでもない誤解をしていたようだ……」

「ああ、まさかあれが上級アンデッドだとはな……」


 ダークとアリシアはチラッと町の方を見て港で戦っているであろうノワールたちのことを気に掛ける。すると、そんな二人にミュゲルが笑いながら杖を向けて話しかけてきた。


「アンデッドの正体に気付いたようですが、貴方がたは港には行けませんよ? 此処で私のスカルジャイアントに殺されるのですから!」


 ミュゲルはダークとアリシアの処刑宣告をして杖を掲げる。するとスカルジャイアントは大きな声でうめき声を上げながらダークとアリシアを見つめ戦闘態勢に入った。

 アリシアも目の前にいるスカルジャイアントをなんとかしなくては港へはいけないと考えてスカルジャイアントと戦うことに集中する。その隣では落ち着いたダークはスカルジャイアントを黙って見つめていた。


――――――


 港では侵入してきた下級アンデッドたちを全て片付けて休んでいるレジーナたちの姿があった。皆、激しい戦いで相当疲れたのか港に座り込んで疲れ切った表情を浮かべている。レジーナたちの周りには機能を停止した多くのスケルトンやゾンビが転がっていた。

 最初はとんでもない数に苦戦を強いられていたが、ノワールとマティーリアが多くのアンデッドを倒してくれたおかげで残った僅かなアンデッドたちを楽に倒すことができたのだ。おかげで今回の戦いでは一人の戦死者も出てない。


「ふぅ~、疲れたわねぇ……」

「ああ、こんなにキツイ戦いは久しぶりだ」


 背中を合わせながら座り込むレジーナとジェイクは少し大きな声を出して疲れを訴える。離れた所ではリーザや彼女の部下である兵士が休んでいる姿もあった。彼女たちも疲れているのか一言も喋らずに座り込んでいる。

 レジーナとジェイクの近くではロンパイアを肩に担いでマティーリアが周りを見回して生き残ったアンデッドがいないかを確認していた。


「……どうやらもうこの港にはアンデッドはいないようじゃな」

「そうね、これで後は例の幽霊船をなんとかすれば今度の仕事はお終いね」

「そうじゃな。それでは早速その幽霊船を……んん?」


 マティーリアが海の方を向くと驚いたような表情を浮かべる。なんとさっきまで目の前にあった幽霊船が港から姿を消していたのだ。驚くマティーリアは港を見回して幽霊船を探すが何処にも幽霊船の姿は無い。

 

「……無い、幽霊船が何処にも無いぞ!」

「えっ? そんなはずは……」


 レジーナが立ち上がって周りを見回すがマティーリアの言う通り何処にも幽霊船の姿は無い。ジェイクも立ち上がってレジーナと同じように周りを見回して探し始める。


「確かに何処にもねぇな……」

「どうやらアンデッドとの戦いに集中しすぎて気付かなかったようじゃな……」

「嘘でしょう? あんな大きな帆船が音も立てずに消えちゃうなんて……あっ! そういえば、ノワールは何処なの?」

「ッ! そうじゃ、幽霊船の甲板にいた人影を確認すると言って幽霊船に乗り込んだのじゃが……まさか……」


 嫌な予感がし、三人は霧がかかって見難くなっている沖の方を向く。消えた幽霊船に乗り込んだままノワールは無事なのか、レジーナたちは心の中でノワールの心配をした。

 レジーナたちが港で幽霊船を探している時、その幽霊船は既に港から1kmほど離れた海の上にいた。周りには薄っすらと霧がかかっており、遠くはハッキリと見えない。そんな霧の中、幽霊船の甲板の上ではノワールがサリィと向かい合っている姿があった。


「……いったいさっきのはなんだったんだ?」


 ノワールは杖を構えながら離れた所でペシュカドを構えるサリィを見つめている。先程、勝手に浮かび上がった樽が自分の放った真空波を止めてサリィを守る光景を目にし、ノワールはその理由を頭の中で考えた。そんなノワールを見てサリィは右手に持つペシュカドを指で回しながら不敵な笑みを浮かべる。


「どうした? 突然樽が浮かび上がって私を守ったことが不思議か?」

「……それを言うってことは、やっぱりあの樽が動いたことには貴女が関係しているんですね?」


 ノワールが鋭い視線を向けて訊き返すとサリィは小さく鼻で笑うだけで質問に答えなかった。するとサリィはペシュカドを回すのをやめ、ノワールを見ながら不思議なことを言い出す。


「ところで、お前は気付いているか?」

「何がですか?」

「……この幽霊船がバミューズの港から出ていることにだ」

「ッ!?」


 サリィの言葉を聞いてノワールは初めて驚きの表情を浮かべる。慌てて船の外を見るが周りは霧がかかっていて何も見えない。すると幽霊船を囲んでいる霧がゆっくりと薄くなり出し、少しずつ遠くが見えるようになってきた。

 ノワールが目を凝らして遠くを見ると、1kmほど遠くにさっきまで自分がいたバミューズの港が薄っすらと見えてノワールは目を見開いた。


「いつの間にこんな遠くに……」

「お前が私と戦っている間にコイツを移動させたのだ」


 驚くノワールを見ながらサリィはつま先で幽霊船の甲板を軽く叩く。ノワールはサリィの方を向くと再び鋭い目でサリィを見つめる。


「移動させた? 他にも仲間がいてその人にこの幽霊船を動かさせたんですか?」

「フッ、違うな。この船には私とお前以外に生者は乗っていない」

「それじゃあ、いったいどういう……」


 仲間がいないのに幽霊船を動かさせた、その意味が理解できないノワールはサリィに尋ねようとする。するとノワールは何かに気付いて表情を変えた。気付かないうちに動いていた幽霊船、自分が放った魔法を勝手に動いて止めた樽、自分とサリィ以外に生きている者はいない、これらの情報からノワールは一つの答えに辿り着き、驚きの表情を浮かべて幽霊船の甲板を見回す。


「まさか、この幽霊船……」

「ようやく気付いたか……そうだ、この幽霊船はミュゲル様が作られた上級のアンデッドなのだ」


 サリィが自慢する様に幽霊船の正体を明かす。ノワールは自分が上級アンデッドの上にいるということを知り、表情を鋭くする。

 最初は黒幕であるミュゲルが魔法で動かしていたボロボロの帆船かと思われていたが、ネクロマンサーであるミュゲルが大きな帆船を動かす魔法を使えるとは考えられない。だが、幽霊船自体がアンデッドならばネクロマンサーであるミュゲルにも操れるし、仲間であるサリィの言う通りに動いても不思議ではない。同時にアンデッドであれば静かに移動したこと、樽が勝手に動いたこと、生者がいないこと、そして幽霊船が現れる度に霧が発生することも説明がつく。それらが全てアンデッドである幽霊船の仕業なのだから。

 ノワールは目の前にいるサリィを見ながら周囲にも警戒し始める。アンデッドである幽霊船に乗っている、それはつまり敵に囲まれているのと同じ状態にあるということだ。

 警戒心を強くするノワールを見てサリィは小さな笑みを浮かべている。


「お前はこの船、コフィンシップに乗り込んできた時から既に逃げ場を失い囲まれていたのだ。そうとも知らずに私を勝つつもりでいるのだから驚いたぞ?」

「……なるほど、戦いが始まる前から僕は不利な状態だったということですか」

「お前は魔法使いとしてとても優秀だ。お前を殺し、その体をミュゲル様に差し出させてもらうぞ」


 サリィはペシュカドを構え直してノワールを見つめる。同時に、甲板の隅に転がっているボロボロの樽や木片などが独りでに浮かび上がりノワールを取り囲む。コフィンシップもノワールを倒そうと戦闘状態に入ったようだ。

 ノワールはサリィと周りに浮かぶガラクタを見ながら杖を構える。そして敵がどう攻めてくるのか警戒し始めた。だが、敵に囲まれて不利な状態にあるにもかかわらず、ノワールは追いつめられた様子を見せていない。


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