第四十話 対峙
ダークが町の外に出てアンデッドの軍勢と向かい合っている頃、港では激しい戦いが繰り広げられていた。幽霊船は港に入るとノワールたちの前で停泊し、幽霊船の中からスケルトンやゾンビの下級アンデッドの群れが現れる。地上からはスケルトンとゾンビ、上空からはスカルバードが大群でノワールたちに襲い掛かった。それをノワールたちは僅か数人で迎え撃つ。
剣を振り回すスケルトンとゾンビの攻撃をレジーナが華麗に回避し、エメラルドダガーで反撃する。緑色の輝く刃がスケルトンの腕やゾンビの首を素早く切り落として次々にアンデッドたちを倒していく。だがそれでも一向にアンデッドの数は減らなかった。
「まったく、凄い数ね……」
倒しても次々に出てくるアンデッドたちを見てレジーナは表情を歪める。周りでは持っている杖を振り回したり、魔法を放って攻撃するノワール、自分たちの得物を振り回してアンデッドを倒しているジェイクとリーザたち、そして上空では竜翼を広げたマティーリアがスカルバードたちと戦っていた。ノワール、ジェイク、マティーリアはまだ余裕そうだがリーザや兵士たちの表情には僅かに疲労の様子が見られる。
レジーナが仲間たちの様子を窺っていると手斧を持ったスケルトンがレジーナに襲い掛かってきた。レジーナはスケルトンに気付くと素早くスケルトンの背後に回り込んでエメラルドダガーで切り捨てる。背後から切られたスケルトンは正面に倒れ、倒れるのと同時にバラバラになって動かなくなった。
「フゥ、これで何体倒したかしら……」
何体のアンデッドを倒したのかレジーナが倒れているスケルトンを見下ろしながら考え始める。するとその背後から二体のゾンビがうめき声を上げながらレジーナに襲い掛かろうとした。反応が遅れたレジーナは驚きの表情を浮かべながら振り返る。するとゾンビたちの首が突然宙を舞い、地面を転がって海へと落ちた。
首を失い機能を停止したゾンビは崩れるように倒れる。レジーナが驚きながら倒れたゾンビを見てからゆっくりと前を向くとそこにはスレッジロックを持つジェイクの姿があった。どうやらレジーナがゾンビに襲われそうなのを見て助けてくれたようだ。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
「アンデッドどもはまだ腐るほどいるんだ。一瞬でも油断すれば命取りになるぞ?」
「……そうね」
レジーナは小さな声で返事をし、持っているエメラルドダガーをジェイクに向かって投げる。エメラルドダガーはジェイクの顔の真横を通過し、彼の背後にいたスケルトンの額部分に刺さった。スケルトンは後ろに倒れてバラバラになり、エメラルドダガーが刺さった頭部はジェイクの足元に転がっていく。
ジェイクは足元に転がってきたスケルトンの頭部を拾ってレジーナの方を見る。そこにはいたずらっぽく笑ってジェイクを見つめているレジーナがいた。
「アンタこそ、油断しない方がいいわよ」
さっきの借りはこれで返した、と言っているような態度のレジーナを見てジェイクは小さく鼻で笑い、頭部に刺さっているエメラルドダガーをレジーナに軽く投げて返す。レジーナは投げられたエメラルドダガーをキャッチし、構え直してから再び周りにいるアンデッドたちを睨み付ける。
既に港の半分以上は幽霊船から出てきたアンデッドたちに占領されており、下手に港に入ればあっという間にアンデッドたちに取り囲まれてしまうほどだった。そんなアンデッドだらけの港の中央でノワールたちは油断せずにアンデッドたちと戦っているのだ。
近くにいるスケルトンやゾンビを倒し続けるレジーナとジェイクは背を向け合って互いの背後を守りながらアンデッドと戦っている。アンデットたちもそんな二人を取り囲んで少しずつ距離を詰めていく。
「これじゃあ切りがないわ。いったい何体いるのよ」
「さぁな? 何体いようが、一体ずつ倒していくしかねぇよ」
目の前にいるアンデッドたちを見てレジーナとジェイクは武器を構え、目の前にいるアンデッドを攻撃した。
港にいる下級アンデッドたちのレベルは15から22の間ぐらいでレベル49と51のジェイクなら余裕で倒せる強さだった。だが、レベルの差を補うようにアンデッドたちは数で攻めてきている。レジーナとジェイクも自分たちがアンデッドたちより高いレベルであっても油断すること無く戦っていった。
レジーナとジェイクから少し離れた所ではノワールがリーザたちと共にアンデッドと戦う姿があった。その真上ではマティーリアがロンパイアを振り回してスカルバードを一体ずつ落としている。
「火弾!」
ノワールは杖の先に火球を作り出してそれを離れた所にいるスケルトンに向かって放つ。火球が当たるとスケルトンの体はあっという間に炎に包まれ、骨だけのスケルトンは灰となる。すると今度は別の方向からスケルトンとゾンビがノワールに向かって迫ってくる。ノワールはその二体にも火球を放ち攻撃した。火球を受けたスケルトンとゾンビは炎に包まれながら前に倒れてそのまま動かなくなる。
既に十数体のアンデッドを魔法で倒しているがそれでもアンデッドの数は一向に減らない。何体倒しても減らないアンデッドを見てノワールは鬱陶しく感じていた。
「……敵の数が多すぎて幽霊船に近づけない」
うめき声を上げるアンデッドたちを見てノワールは杖を構えながら呟いた。
ノワールはこのアンデッドの群れを操る敵の正体を調べるためにアンデッドが出てくる幽霊船に入り込もうとしているのだが、大量のアンデッドに行く手を阻まれてなかなか近づけずにいたのだ。近づけないどころか敵の数がどんどん増えていき、ノワールも少しずつイライラしていた。
アンデッドたちを睨んでいるノワールの後ろではリーザと彼女の部下である兵士たちが必死にアンデッドと戦っている姿があった。ノワールたちと違ってリーザや兵士たちはアンデッドたちとレベルがほぼ同じであるため、余裕の態度を見せること無く必死に戦っている。
「散り散りになるな! 固まって戦え!」
「ハ、ハイ!」
目の前にいるゾンビの首を騎士剣ではねるリーザは後ろで戦う兵士たちに向かって叫び、その言葉に兵士たちも返事をした。
リーザは近くのアンデッドは騎士剣で倒し、離れた所にいるアンデッドは光属性の魔法で攻撃するという遠距離攻撃と近距離攻撃の両方をバランスよく使って効率よくアンデッドたちを倒している。一方で兵士たちは剣や槍を使って必死にアンデッドと戦っていた。兵士たちは目の前の敵にばかり集中して他のアンデッドは殆ど目に入っていない。リーザはそんな兵士たちがアンデッドに隙を突かれないようにカバーしながら戦っていた。
「……クソォ! このままではこちらの体力が持たない。正門からの援軍はまだか?」
騎士剣を構えながらリーザは正門の部隊が来るのを待っている。この時のリーザは町の外から大量のアンデッドがバミューズに迫ってきていることなど全く知らなかった。勿論レジーナたちや兵士たちも想像すらしていない。ただ目の前にいるアンデッドの群れを叩くことだけを考えて動いていた。
リーザたちが必死で戦っている中、ノワールは自分に迫ってきているアンデッドたちを見て両手で杖を持ってゆっくりと横に構える。すると持っている杖が赤く光り出し、杖の前に三つの火球を作り出した。
火球が三つ作られるとノワールは近づいてくるアンデッドたちを睨み付ける。
「三連火輪!」
ノワールが叫ぶと三つの火球を炎の輪と変わり、真っ直ぐ前へ飛んでいく。炎の輪は前にいるアンデッドたちの体を切り裂いていき、数m先まで飛んでいった。
<三連火輪>は三つの炎の輪を敵に向かって放つ中級魔法の一つ。直線上に数m先まで真っ直ぐ飛んでいき、射線上にいる敵全てを炎の輪で切り裂くのと同時に炎で焼き尽くすことができる。切り裂く時の攻撃と炎による攻撃で敵に二回分のダメージを与えることも可能だ。LMFでは一つの魔法で敵に二度ダメージを与える魔法は少なく、この魔法はその一つである。
炎の輪で切り裂かれたアンデッドたちは真っ二つになり、更に燃え移った炎で全身を焼かれた。ノワールの放った炎の輪によって十三体のアンデッドが倒され、ノワールの前は見通しがよくなる。その光景を見たリーザや兵士たちは驚きの顔を浮かべていた。
「す、凄い……一回の魔法であんなに沢山のアンデッドを……」
「あれが、七つ星冒険者の仲間の力かよ……」
「まさかあの子、英雄級の力を持っているのか?」
兵士たちがノワールの力を見て思わず声を漏らす。リーザは喋りはしないが驚きながらノワールの背中を見つめていた。彼女たちはノワールが英雄級の力を持っていると思っているようだが、ノワールの力は英雄の力すらも超えている。リーザたちはそのことはまったく知らず、想像すらしていなかった。
ノワールたちの上空ではマティーリアがロンパイアを肩に担ぎながら地上の戦いを呑気に見下ろしている。マティーリアには傷どころか服に汚れすらついていない。ただ普通に竜翼を広げて飛んでいた。
「ほほぉ? ノワールの奴、あんな魔法まで使えるとはのう……じゃが、まだあ奴は全然本気を出しておらん。一度でいいからノワールの本気をこの目で見てみたいものじゃ」
マティーリアはノワールが全力で戦っていないことを見抜き、彼の全力が見たいと小さく笑いながら呟いた。彼女にとってノワールは同じドラゴンであり、自分のように人間の姿になることができる共通点の多い存在だ。だからノワールが戦う姿を見れば彼がどれだけ強いのか興味が出てしまうのだろう。
地上でノワールたちが戦っているのを見たマティーリアはチラッと前を見る。周りには十数体のスカルバードが飛んでおり、マティーリアを取り囲んでいる状態にあった。ただ、マティーリアを警戒しているのか取り囲んではいるが近づこうとしない。
戦いが始まった時はスカリバードも数十体いたのだが、その殆どがマティーリアによって倒され、今では半分以下の数となっていた。
完全に警戒して動こうとしないスカルバードたちを見てマティーリアは大きく口を開けて欠伸をする。
「ふぁ~、なんじゃ、かかってこないのか? まさか妾に倒されるのが怖いのか? ……ハハハハ! 滑稽じゃのう? 既に死んでいるアンデッドが敵を恐れるとは」
アンデッドが敵に恐怖することがおかしいマティーリアはスカルバードたちを見ながら笑う。スカルバードはそんな笑うマティーリアを見つめたまま動こうとしない。すると、いつまで経っても攻撃してこないスカルバードたちにマティーリアはつまらなくなったのかロンパイアを構え直した。
「攻撃してこないのなら、さっさと終わらせてもらうぞ? 妾もお主らを片付けて下の連中に加勢しなくてはならんのでな」
さっさとスカルバードとの戦いを終わらせるためにマティーリアは竜翼を広げ、前方にいるスカルバードに向かって飛んでいく。スカルバードが攻撃範囲内に入るとマティーリアはロンパイアを大きく横に振って攻撃し、目の前のスカルバードを両断した。
倒されたスカルバードはバラバラになって地上に落下していき、スカルバードを倒したのを確認したマティーリアはすぐに移動して次のスカルバードに攻撃するために移動を開始する。スカルバードたちはそんなマティーリアを見て驚きの反応を見せていた。
マティーリアは凄まじい攻撃を繰り返す。ロンパイアで切り捨てる、口から吐いた炎で焼き払う、長い竜尾で叩き落とすなど様々な攻撃でスカルバードを次々に倒していく。そんな鬼神のように暴れるマティーリアにスカルバードは完全に押されていた。中には隙を見て攻撃しようとしたスカルバードもいたが、マティーリアはそんな攻撃を簡単にかわして反撃し返り討ちにする。マティーリアの一方的な攻撃によってスカルバードは倒されていき、数十体いたスカルバードはあっという間に全滅した。
「フゥ……ようやく蚊トンボを全て落とせたか。それでは、次は地上の死体どもを……ん?」
周囲を見回してからマティーリアは地上にいるノワールたちの援護に回るために降下しようとした時、マティーリアは停泊している幽霊船の甲板の上を見た。そこには甲板の上で港の戦闘を見下ろしている一人の銀髪の美女が立っており、革の鎧とショルダーアーマーを装備し、腰には二本の短剣を収めている。
アンデッドが出てきた幽霊船の甲板に生きた人間がいるのは明らかに変だと感じたマティーリアは甲板の上の女を見つめた。このまま甲板に向かって女の正体を確かめようと考えたが、先に地上の敵を倒そうと何もせずに降下する。
港ではノワールたちがアンデッドたちを一体ずつ倒していた。最初と比べると少しはアンデッドの数は減っている。そんな中でノワールが杖で殴ったり魔法を放って攻撃しているとマティーリアはノワールの隣に静かに下り立った。
「ノワール、ちょっとよいか?」
「どうしたんですか?」
「さっき空から幽霊船を見下ろしておったのじゃが、甲板の上の人間の女がいたぞ?」
「え? 人間?」
「うむ、アンデッドがおる幽霊船で怖がること無く堂々と立っておった……このアンデッドどもの仲間と考えてまず間違いない。あと、戦士のような接近戦をする装備をしておった」
「女戦士……マスターたちはネクロマンサーだと言っていましたから、てっきり魔法使いかと思ったんですけど……もしかして黒幕の仲間でしょうか?」
「それは分からん……どうする?」
マティーリアが女をどうするか尋ねるとノワールはしばらく黙り込んで目の前の幽霊船を見上げる。その間、レジーナたちは必死にアンデッドたちと戦っており、マティーリアもめんどくさそうな顔で近づいてきたスケルトンをロンパイアで両断した。
ノワールは振り返って戦っているレジーナたちの姿を確認し、このまま大量のアンデッドたちと戦っていればいずれ数の少ない自分たちが不利になると考える。すると、ノワールは答えを出したのか真剣な顔で幽霊船を見上げて杖を掲げた。
「浮遊!」
杖の先端が黄色く光り出し、同時にノワールの体も薄っすらと黄色く光り出す。するとノワールの体が浮かび上がり、それを見てマティーリアは驚きの表情を浮かべた。
<浮遊>は術者を浮遊させることができる中級魔法で浮遊したまま移動すること、つまり空を飛ぶことができる。主にモンスターから逃げる時や遠くへ移動する時、そして空を飛ぶ敵と戦う時に使われている魔法だ。LMFでも移動する時にモンスターと遭遇しないようにするためにこの魔法で空を飛んで移動するプレイヤーもいる。だが、飛行モンスターが多く生息する場所では逆に狙われやすくなるので使う時には場所を選ぶ必要があった。
1mほど浮かび上がったノワールはマティーリアの方を向くと杖で幽霊船を指した。
「今からその女戦士に会ってきます。マティーリアさん、すみませんが此処を任せてもいいですか?」
「何? それなら妾が行くべきであろう? 敵は戦士なのじゃ、だったら同じ戦士系の職業を持つ妾が行った方がいい。魔法使い系の職業を持つお主では戦いになった時に不利になる」
マティーリアは接近戦を苦手とする魔法使いであるノワールが行くよりも自分が行った方がいいとノワールを止める。いくらダークの使い魔であるノワールでも戦士と戦うのは危険だと思ったのだろう。
するとノワールはマティーリアを見てニッコリと笑ってみせた。
「心配ありません。並の戦士に負けるほど僕は弱くありませんから」
ノワールはそう言うと上を向いて一気に飛び上がって幽霊船の甲板へ向かった。
「本当に大丈夫なのかのう……」
飛び去っていくノワールを見上げるマティーリアは心配そうな顔で彼を見ている。そんな時、背後から気配を感じてマティーリアは振り返った。そこには剣を持ったスケルトン二体となにも武器を持っていないゾンビがマティーリアに近づいてくる姿があり、マティーリアは目を鋭くして三体のアンデッドを睨みながらロンパイアを構える。
「……いつまでも気にしてても意味がない。まずはコイツらを片付けるか」
マティーリアはノワールに任された自分の仕事をするために港にいるアンデッドたちとの戦いに集中する。まだ数え切れないぐらいいるアンデッドたちを見て、マティーリアは目の前のアンデッドに向かって大きく跳んだ。
幽霊船の甲板の上では銀髪の女は鋭い目で港でアンデッドと戦っているレジーナたちを見ていた。たった数人の人間相手に自分の指揮するアンデッドが大勢倒されているのを見て女は少し不機嫌そうな顔をしている。
「何をしているのだ、たった数人を相手に! ……しかしあの黒騎士は何処にいるのだ……まさか、自分だけ尻尾を巻いて逃げたのか?」
女は姿の見えないダークを探すために港の中を見回す。しかし何処にもダークの姿は無く、女は目を鋭くして港を見下ろしながら腕を組む。女はダークはアリシアを連れて正門の方に行ったことを知らず、自分だけ何処かに隠れているのだと思っていた。
「仲間を残して自分だけ逃げるとは、所詮は忠誠心を持たない黒騎士ということか……あのような者、ミュゲル様の研究材料にする価値もないな」
呆れるような顔で女が首を横に振ると突然下からノワールが飛び出すように姿を見せ、それを見た女は驚いてノワールを見上げた。
ノワールは甲板を見下ろして女の位置と甲板に他のアンデッドがいないのを確認すると空中で一回転して体勢を直し、甲板の上に着地する。女は突然甲板の上に下り立ったノワールに驚き慌てて振り返った。
「フゥ、無事に着地できました」
「な、なんだお前は?」
女は警戒しながらノワールに何者かを尋ねる。ノワールは振り返り、真剣な顔で女を見ながら頭を下げた。
「初めまして、ノワールと言います。この町の人に頼まれて幽霊船の調査をしている者です」
簡単な自己紹介をするノワールを見て女は表情を変える。幽霊船を調査、つまり自分と敵対する存在であることを知り、ノワールを鋭い目で睨み付けた。
「……この幽霊船を調査する者、つまりあの黒騎士の仲間か」
「マスターのことですか? ええ、確かにそうですけど……と言うよりも、貴女は何者なんですか?」
「敵に名乗るつもりなど無いが、お前のような子供に先に名乗られては答えるしかあるまい……サリィだ」
「サリィさん、ですか……いきなりで悪いんですが、幾つか質問させてください」
敵と会話をする時でも敬語で話すノワールを見てサリィは目の前の少年はなかなかの度胸を持っていると感じた。普通の子供ならアンデッドを見ただけで怖がり、まともに会話をすることなどできなくなるからだ。
だがノワールはそんな様子を一切見せずに普通に会話をしている。その時点でサリィはノワールが只の子供ではないと気付いていた。
「サリィさん、貴女がアンデッドたちを操り、バミューズの町を襲ったネクロマンサーなんですか?」
「……私の姿を見れば分かるだろう。こんな戦士風の格好をしたネクロマンサーが何処にいる?」
「……なるほど、貴女はネクロマンサーではない。つまり、アンデッドたちを作り、操っている黒幕は貴女ではなく、他にいるということですね?」
「ほお? 子供のくせになかなか鋭いではないか」
「お褒め頂き恐縮です」
「では今度はこちらから質問させてもらうぞ?」
自分が質問に答えたのだから今度はこちらの質問に答えろ、そう言うとノワールを睨みながらサリィは腰の短剣の一本を抜いて切っ先をノワールに向けた。
「……お前はいったい何者だ?」
冷たい声で問いかけるサリィ。そんな彼女をノワールは黙って睨み返した。
――――――
両手で大剣を強く握り、ダークは勢いよく大剣を横に振った。その一撃で数体のアンデッドが吹き飛ばされてバラバラになり、頭蓋骨や骨の欠片が地面に広がる。
ダークの足元には大量の動かなくなったアンデッドが転がっており、少し前まで正門前で激しい戦いが繰り広げられていたことを物語っている。倒れているアンデッドの中にはスケルトンにアンデッド、そして正門を守っていた兵士たちを八つ裂きにしたゾンビウルフもいた。戦いが始まった直後はアンデッドたちは勢いよくダークに襲い掛かったのだが、ダークの強烈な攻撃で次々に仲間のアンデッドが倒され、今では警戒しているのか近づこうとはしない。
「フン、脆いな。一撃で機能を停止するとは……どうやら私を楽しませてくれるようなアンデッドはいないようだ」
自分がレベル100であることを忘れているのか、ダークは近づいてこないアンデッドを見ながらつまらなそうな声を出す。アンデッドたちはダークの言葉の意味が分からないのかなんの反応も見せずにダークを見ているだけだった。
正門の上にある見張り場ではアリシアと三人の兵士たちがアンデッドの軍勢を相手に有利に立っているダークを見守っていた。アリシアが頼もしそうに笑っている隣で兵士たちはダークの強さに目を丸くしている。
「な、なんて力なんだ……」
「戦いが始まってまだ十分ほどしか経っていないのに、もう五十体以上倒したぞ……」
「いくら七つ星の冒険者でもあり得ないことだ……」
初めて見るダークの戦いに兵士たちはただ驚いていた。彼らも七つ星の冒険者が強く、英雄級の実力者揃いだということは知っており、戦闘を何度か見たこともある。
しかし、ダークの力はその英雄級とは次元が違っていた。英雄級でも百体以上のアンデッドを相手にするには大勢の仲間と共に戦わないといけない。だがダークはたった一人で多くのアンデッドを倒している。それで驚かない方がおかしいと言えた。
「あの程度の相手、ダークにはなんの脅威にもならない……もしかすると、私たちの出番は無いかもしれないな」
驚く兵士たちの隣でアリシアが小さく笑いながら呟く。そんなアリシアの言葉を聞いて兵士たちは彼女の方を向き唖然とする。目の前で常識では考えられない戦いが行われているのにそれを見ても冷静でいるアリシアに驚いているらしい。
アリシアたちに見守られている中、ダークはアンデッドを倒し続けていた。近づいてこないアンデッドたちに自分から近づいて大剣で切り捨て、隙を突いて攻撃してきたアンデッドはカウンター攻撃で返り討ちにする。ダークに戦いを挑めば必ずアンデッドたちが倒されていく。ダークは鬼神の如く大剣を振り回した。
「……それにしても、戦いを始めてから休まずに倒し続けているが、全然数が減らないな」
ダークは自分の前でうめき声を上げるスケルトンとゾンビの群れを見ながら低い声で呟く。戦いを始めてから攻撃し続けているにもかかわらずアンデッドたちの数は一向に減らない。ダークも長期戦は予想していたがいつまでも弱い敵を相手にするのは面倒になってきたのかアンデッドたちを見つめながら愚痴り始めた。
「さっきから出てくるのは下級のスケルトンやゾンビ、そしてゾンビウルフのみ、中級以上のアンデッドは一切出てこない。敵は下級アンデッドしか操れないのか、それとも正門を突破する程度なら下級だけでいいと考えているのか……いずれにせよ、これ以上こんな雑魚どもに時間を掛けるわけにもいかないな……仕方がない、少しやり方を変えるか」
大剣を右手に持ったまま、ダークは左手をポーチの中に入れて何かを取り出す。ダークの手の中には二つの水色の目をしたサイコロがあった。ダークがこちらの世界に初めて来た時にボド村を襲った盗賊たちに使った攻撃用マジックアイテムのマジックダイスだ。
手の中のマジックダイスを確認したダークはそれをアンデッドたちに向かって投げつける。マジックダイスはアンデッドたちの足元で転がっていき、やがて止まった。その直後、水色の目が光り出して魔法が発動される。一つのマジックダイスは周囲に無数の真空波を放ってアンデッドたちを切り裂き、もう一つのマジックダイスは爆発して近くにいるアンデッドたちを巻き込み消し飛ばす。
二つの魔法によって一瞬にして多くのアンデッドが倒されて数は一気に減った。見張り場にいた兵士たちは突然の魔法に驚きの表情を浮かべている。アリシアもダークがマジックダイスを使うのを見るのは初めてだったので少し驚いていた。だがマジックダイスを使ったダーク本人は少しつまらなそうな反応をしてる。
「チッ、もっと強力な魔法が出るかと思ったんだがな……まぁ、魔法はランダムで出るから仕方がないな。それに数も減らせたし、贅沢は言ってられん」
ダークは再び大剣を構え直してアンデッドたちを睨み付ける。マジックダイスの魔法で一気に数が減り、一気に畳みかけようとダークは足に力を入れた。その時、突然何処からか拍手が聞こえてきてダークや見張り場にいたアリシアたちは反応する。
拍手はアンデッドたちの後ろの方から聞こえ、ダークはアンデッドたちの後ろに見た。すると何者かがアンデッドたちの間を通ってダークに近づいてくるのが見え、ダークはその人影を警戒する。
見張り場からアンデッドたちを見下ろしていたアリシアもその人影に気付き、ダークと合流するために階段を下りて正門前に向かう。階段を下りるとアリシアは迷わずに真っ直ぐ正門前にいる兵士に駆け寄った。
「外に出る。すぐに門を開けろ!」
「え? 今ですか?」
「そうだ。私が外に出たらすぐに閉めろ。外のアンデッドが片付くまで絶対に開けるな!?」
「ハ、ハイ!」
「あと、もう少ししたら此処に兵士が一人来る。ソイツは港からの救援要請のための兵士だ。ソイツから詳しい話を聞き、此処にいる部隊を連れて港の救援に行け」
「え? 港? 救援? どういうことですか?」
「説明している暇は無い! 早く開けろ!」
「りょ、了解しました!」
アリシアの力の入った声を聞いた兵士は近くにある開閉用のレバーを動かした。すると正門は低い音を立てながらゆっくりと開き、僅かに隙間ができるとアリシアはそこを通って外に出る。アリシアが外に出ると兵士は慌てて開閉レバーを戻し、開いている途中の正門を戻す。そして正門は大きな音を立てて閉じた。
その直後、リーザの指示で正門に救援に向かっていた兵士がやってきて正門前の兵士たちに港に幽霊船が侵入してきたことを伝える。それを聞いた正門前の兵士たちは急いで港の救援に向かった。
外に出たアリシアは真っ直ぐダークの下に向かい、彼の隣までやって来るとエクスキャリバーを抜いてアンデッド達を警戒した。
「ダーク、大丈夫か?」
「アリシア、アンデッドを一通り片付けるまで待っていろと言っただろう?」
「一通り片付いているではないか? それに黒幕が現れたのだろう? だったら王国騎士である私もその正体を知っておかないといけないからな……」
「……確かにそうだな。なら、ここからは一緒に戦ってもらうぞ」
「ああ、任せろ」
ダークとアリシアはアンデッドたちを見つめながら黒幕が姿を現すのを待つ。やがてアンデッドの群れの中から一人の男が姿を現した。黒のターバンのような帽子を被り、黒と紫のローブを着て白い顎髭を生やした初老の男だ。脇には木でできた杖を挟んでおり、ダークたちの前に姿を見せてからも男はしばらく拍手をしていた。
「いやぁ~、お見事ですな。黒騎士でありながらアンデッドを相手に有利に立つとは。しかもどんな方法を使ったかは知りませんが魔法まで使えるなんて、そんな黒騎士の体を手にいられるとは私は幸せ者ですね」
「……お前がアンデッドを操ってバミューズの町を襲わせた黒幕か?」
「黒幕? ほほぉ、私はそんな風に呼ばれているのですか……確かにアンデッドを操っていたのは私です。そして港から目撃されている幽霊船を動かしていたのもね」
(……コイツ馬鹿か? 自分から幽霊船を動かしていたのが自分だってことや幽霊船とアンデッドが繋がっていることをバラすなんて……バレても問題ないから喋ったのか、それともただ口が滑っただけなのか……)
男の発言を聞いてダークは男が何を考えているのか心の中で考える。その隣ではアリシアがエクスキャリバーを強く握りながら男を睨んでいた。
「貴様、なぜこんなことをする? 何が目的だ?」
「おやおや、こんなにも美しい騎士殿までいらっしゃるとは、今日は本当についていますね」
「質問に答えろ! 何が目的だ!?」
「ホホホホ、まぁ落ち着いてください。まずは自己紹介からいたしましょう。私はミュゲル……ミュゲル・バッドレーナスと申します」
「何っ! ミュゲル・バッドレーナスだと!?」
アリシアは名前を聞いた途端に驚いて声を上げた。
「知っているのか? アリシア」
「ああ……まさか、黒幕の正体がミュゲル・バッドレーナスだったとは……」
「……何者だ、コイツは?」
ダークが低い声で尋ねるとアリシアはエクスキャリバーを構えるのをやめ、不敵な笑みを浮かべるミュゲルを睨みながら口を動かした。
「……ミュゲル・バッドレーナス、かつてはセルメティア王国の魔導士部隊に所属しており、一時は魔導士の教育管理官を務めていた。だが、ある事件を起こして十年前に国を追放され、そのまま消息不明となったんだ」
「セルメティア王国の人間だったのか? だが、リーザ殿はセルメティア王国にネクロマンサーはいないと言っていたぞ?」
「王国にいた時、この男の職業はネクロマンサーではなく、黒魔導士だったんだ。恐らく国を追われた後にクラスチェンジしたのだろう……」
「なるほど……それで、どんな事件を起こしたんだ?」
ダークがミュゲルの起こした事件についてアリシアに尋ねるとアリシアはしばらく目を閉じて黙り込む。やがてゆっくりと目を開け、ミュゲルを睨みながら言った。
「……死んだ者の体を使い、アンデッドに作り変えていたんだ」
「何?」
「首都アルメニスにある共同墓地を掘り返して密かに死体を盗んで自分の実験に利用していたんだ。病で死んだ者、戦死した者、老若男女問わずこの男は何十もの死者を生ける屍に変えていった」
「人聞きの悪いことを言いますね、お嬢さん?」
声に力を入れながらダークに説明するアリシアにミュゲルは声をかける。ダークとアリシアがミュゲルを見るとミュゲルは自分のやっていることを理解しないアリシアを哀れむような顔で見ていた。
「当時の私は人間に必ず訪れる死を超越するために不老不死の研究をしていました。不老不死となれば人々は老いや病、そして戦場で命を落とすことも無くなり、その恐怖を感じることも無くなる。それを成し遂げるために私は死んだ者たちの体を使って不老不死の研究をしていたのですよ。彼らがアンデッドになったのはその研究のために行なった実験の失敗によるものです」
「不老不死の実験のために死んだ者たちの体のアンデッドに作り変えたというのか! 貴様の作り出したアンデッドのせいで当時何人の人間が犠牲になり、アンデッドにされた死者たちの家族が悲しんだと思っている!? 王国はそんな非道な研究が許せなかったから貴様を追放したのだぞ!」
「非道ですって!? 何を言うのですか!」
アリシアの話を聞いていたミュゲルが突然声を上げる。さっきまで楽しそうな顔が一転して険しい顔になっていた。
「私は人の命を救うために研究をしていたのです。生きている人間を使って実験ができないのであれば死んだ者たちを使うしかないでしょう。そんな死者たちもアンデッドになったとはいえ、死を超越するための研究に役立つことができたのです。何よりも再び命を取り戻して生を得ることができた、感謝されることはあっても怨まれることはありませんよ!」
「貴様ぁ、あくまでも自分の犯した罪を認めないつもりか!?」
「罪? 貴女も命を救おうとした私の行いを罪だというのですか? どうやらこの国の人間は全員が無知な者ばかりのようですね。王国の連中も私の研究を頭から否定して私に国外追放の処分を下しました。国を追われた私は誓いました。私の研究を否定したセルメティアに必ず復讐すると!」
自分の研究を認めなかったセルメティア王国に復讐をする。あまりにも自分勝手な理由にアリシアは怒りと同時に呆れを感じていた。ダークは何も言わずに黙ってミュゲルの話を聞いている。
二人が黙って話を聞いている中、ミュゲルは自分がセルメティアに戻ってきた理由と目的を話し続けた。
「それから十年間、私は魔法使いとしての腕を磨き、ネクロマンサーにクラスチェンジしてより多くのアンデッドを操り、命を操る力を得ることができるようになったのです。そして復讐の始まりとしてセルメティアに戻ってきた私はこのバミューズの町の周辺にアンデッドたちを徘徊させ、幽霊船を目撃させました。そうすれば王国はこれをなんとかしようと騎士団や冒険者を派遣してくると確信していましたから。予想通り今日まで何度も騎士や冒険者が送られ、そんな彼らを殺してからアンデッドにして戦力を高めました。彼らを使い首都に攻め込み、首都を滅ぼしてこの国を死者の国へと作り変えるのです!」
ミュゲルの恐ろしい企みを聞いてアリシアの目は更に鋭さを増した。この男を放っておくとセルメティア王国が危ない、此処で捕らえるか殺すしかないと考えてアリシアはエクスキャリバーを構え直した。するとさっきまで黙っていたダークが前に出て少しだけミュゲルに近づく。すると、近づいてきたダークに気づいたミュゲルはダークを見て不気味な微笑みを浮かべる。
「どうです、私の死を超越する研究は? 死を乗り越えて全ての人々が永遠に生きることができるのです。歳を取ることも無く病に苦しむことも無い。それを理解しようとしない王国は本当に愚かだと思いませんか?」
まるで同情を求めるような喋り方をするミュゲルを見てアリシアは更に苛ついたのか歯を噛みしめた。するとダークがミュゲルを見て目を赤く光らせる。
「……くだらんな」
「……は? なんですって?」
「お前の幼稚で命を弄ぶだけの遊びがくだらないと言っているんだ」
「……よ、幼稚? 遊び?」
ダークの言っている言葉が理解できないのかミュゲルは小さく震えながらダークの言葉を繰り返した。そんなミュゲルにダークは更に罵声を浴びせる。
「お前のやっていたのは研究ではない。自分の欲求を満たすためのただのままごとだ」
「ま、ままま、ままごとぉ!?」
自分の研究を否定するだけでなく、くだらないままごとだと侮辱するダークにミュゲルは声を上げる。アリシアはミュゲルの研究を真っ向から否定し、挑発するダークを見て目を丸くしながらまばたきをしていた。