表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第四章~港町の死霊~
40/327

第三十九話  戦慄のアンデッド軍団


 夜が深くなってほぼ真夜中の状態になるとバミューズの町も少しずつ静かになっていき、民家や店の明りも消えていく。町の住民たちはいつも以上に戸締りや鍵などをしっかりしていた。昨晩にアンデッドが町に侵入してきたことで自分たちがアンデッドに襲われるのではないかと住民たちは強く警戒しているのだ。そんな静まり返った町にはダークたちのようなアンデッドと戦うことのできる者しかおらず、住民がいるのにゴーストタウンのような状態になっていた。

 ダークたちは昨夜と同じように港に集まっていた。ただ、今回はアリシアたち騎士団の姿もあり、沖を警戒しながら今夜の活動について話をしている。


「……今日も幽霊船は姿を見せるだろうか?」

「可能性は高い。昨夜の戦いで森に隠れていたスケルトンやゾンビ、港から侵入してきてスカルバードを全て倒したんだ。黒幕も私たちを危険と判断し、始末するためにまたアンデッドを嗾けてくるはずだ」


 松明の明りだけで照らされる暗い港でダークとアリシアは会話をしており、その周りにはレジーナとジェイク、そしてマティーリアやリーザ、アリシアの小隊の兵士数人が会話を聞いている。

 現在この町にいる騎士団の兵士でまともに動けるのは昨夜の戦闘で軽傷を負っただけのリーザ隊の兵士数人と町の警備をして戦闘に参加しなかったアリシア隊の兵士たちだけだった。今夜も町の周辺を調査するために動ける兵士全員を連れてアリシアたちは町の外に出るつもりでいたのだ。昨夜の戦闘で夜中に町の外に出るのは危険だと言う者もいたが、アンデッドは夜に活動するため、有力な情報を得るためにもアンデッドと遭遇する夜中に調査をすることになった。


「昨日あんなに沢山のアンデッドと遭遇したのにまたアリシア姉さんたちだけで調査をする気? 危険よ」

「ああ、俺もそう思う」


 また夜に町を出てアンデッドと遭遇すると危ないと感じたレジーナとジェイクはアリシアたちを止めようとする。だがアリシアたちも騎士団に所属する者として危険だから町から出ないというわけにはいかなかった。


「心配するな。昨日は突然囲まれて苦戦してしまったが今度は同じような失敗はしない。それに昨夜の戦いでアンデッドの殆どを倒したのだ。もう苦戦するほどの数はいないだろう」

「そうじゃそうじゃ、少しは妾たちの力を信用せい。アンデッド如きに後れはとらんわ」


 アリシアの隣でマティーリアが胸を張りながら余裕の態度を取る。そんなマティーリアをレジーナとジェイクは呆れるような顔で見つめた。


「……昨日の夜、そのアンデッドの奇襲を受けて囲まれていたのは後れを取ったことになるんじゃないの?」

「都合の悪いことは無かったことにしてやがるぜ、このチビッ子……」

「やかましいわい!」


 触れてほしくないところを触れられ、マティーリアはムキになってレジーナとジェイクを睨み付ける。そんなマティーリアをレジーナとジェイクは呆れ顔のまま見ていた。

 レジーナたちが騒いでいる隣ではダークがアリシアとリーザの二人と会話をしている。今夜アンデッドたちが現れたらどうするか、町に侵入してきたらどうするかなど真剣な話をしているのかアリシアとリーザは真面目な表情でダークと向かい合っていた。


「今回はアリシアの隊の兵士全員と私の隊で動ける者を数名連れて町の外へ出ます。動ける者を全員連れていきますので、ダーク殿には申し訳ないが今夜は貴方とお仲間の冒険者たちだけで港の警備と町の防衛に就いてもらいます……」

「ええ、分かっています」

「本来なら何人かは残しておくべきなのですが、昨夜の件もありますので外に出ていく時にはできるだけ戦力を減らしたくないのです……申し訳ない」


 ダークたちだけに町のことを任せることに抵抗があるリーザは頭を下げて謝罪する。だがダークは気にする様子は一切見せずに軽く首を横に振った。


「気になさらないでください。町よりも危険な外に行くのですからそちらの戦力を大きくするのは当然のことです。皆さんは私たちのことは気にせずに仕事をしてください」

「そう言っていただけると助かります」


 心の広いダークにリーザは小さく笑って感謝した。国への忠誠を失った黒騎士でありながら困っている人を自分から助け、他人のことを優先する。リーザは目の前にいる男がなぜ黒騎士などをやっているのか、心の中で疑問に思っていた。


「ダーク、貴方にこんなことを言うのは変かもしれないが……くれぐれも無理はしないでくれ?」

「……フフフフ、心配ない。君こそ油断するなよ?」

「ああ、分かっている。さっきも言ったように同じ失敗はしない」


 友達同士が会話するように話すダークとアリシアを見てアリシアの隣に立っているリーザは不思議そうな顔をしている。黒騎士と聖騎士、対となる職業クラスを持つ二人がどうしてこんな風に会話ができるのか、なぜ二人はお互いをここまで信頼しているのか、リーザにはそれがとても不思議に思えたのだ。

 一通りの話が終わり、アリシアたちは正門に向かおうとする。ダークたちもまた幽霊船が現れることを警戒して沖の方を見張ろうとした。すると、突然沖の方が霧に包まれ、その場にいる全員がそれに気づき、一斉に顔に緊張が走る。


「沖の方に霧が……」


 リーザは少し驚いた表情を浮かべて沖を見つめる。兵士たちもリーザと同じように驚きながら沖を見ていた。さっきまでハッキリと沖の方が見えていたのに突然忍び寄るように現れれば誰だって驚く。

 ダークたちは昨夜も同じような光景を見ていたのだ驚くこと無く沖を見ている。アリシアやマティーリアもこういう事態には慣れているため、驚くこと無く真剣な顔をしていた。

 アリシアはゆっくりとダークの隣に近づき、沖を見つめながらダークにそっと声をかける。


「……ダーク、沖に霧がかかったということは……」

「ああ、どうやらお出ましのようだ」


 ダークは背負っている大剣を握り、アリシアもエクスキャリバーを抜く。それを見てレジーナとジェイクもエメラルドダガーとスレッジロックを構え、マティーリアも遅れじとロンパイアを構えた。すると霧がかかり遠くが見えなくなっている海から何かが港にゆっくりと近づいてくる。ダークたちが目を凝らして見つめると霧の中からノワールとマティーリアが海食崖の洞穴で見つけたボロボロの帆船が姿を見せた。

 帆船を見てリーザやアリシアの部隊の兵士たちは更に驚きの表情を浮かべる。アリシアやレジーナたちも幽霊船である帆船を初めて見たため、少し驚いた顔をしていたが、帆船を見たことのあるダーク、ノワール、マティーリアは驚くことは無かった。


「あれが幽霊船か……思ったよりもデケェ」

「幽霊船ってことは……あの中にはアンデッドがいるってことよね? ……レイスとかゴーストとかは出るのかしら……」

「ハァ、また始まったぜ……」


 霊体系のアンデッドを怖がるレジーナを見てジェイクは溜め息をついた。二人の後ろでは徐々に近づいてくる幽霊船を見て兵士たちが動揺する姿があり、ジェイクはそんな彼らを見て大丈夫なのかと不安になる。

 レジーナやリーザたちが驚いている中、ダークは幽霊船を黙って見つめていた。静かに近づいてくる幽霊船はやがてバミューズの港に入り、それを見てリーザや兵士たちは慌てて剣や槍を構える。すると、幽霊船を見ていたダークにある疑問が浮上した。


「……おかしい」

「マスター?」

「どうして今回に限って幽霊船が港に入ってきたんだ? 今までは沖の方で浮いていただけなのに……」

「確かにそうですね……」


 ダークの言葉にノワールも変だと感じたのか、ダークの肩に乗ったまま近づいてくる幽霊船を見つめた。

 今までは沖の方で姿を見せるだけだった幽霊船が今回はなぜか港に入ってきた。ダークたちは理由が分からずに黙って幽霊船を見つめている。

 全員が幽霊船を見ているとさっきまで驚いていたリーザが落ち着きを取り戻し、騎士剣を抜いて近くにいる兵士に声をかけた。


「急いで正門にいる者たちを呼んでこい! あの幽霊船には大量のアンデッドがいる可能性がある。今の状態で戦闘に入ればこちらが不利だ。全ての戦力で迎え撃つ!」

「ハ、ハイッ!」


 指示された兵士は慌てて正門の方に走っていく。それを見届けたリーザは改めて幽霊船を見て騎士剣を構え、残りの兵士たちも武器を構えて幽霊船を睨み付けた。

 リーザが兵士に出した指示を聞いていたダークは走っていく兵士の背中を見つめている。この時、ダークはリーザが兵士に出した指示を聞き、あることが気になっていたのだ。


「全ての戦力……ッ! まさか!」


 何かに気付いたダークは大剣の柄から手を離して正門のある方を向く。


「マスター、どうしたんですか?」

「……ノワール、私は正門の方へ行く。お前は此処に残って幽霊船の相手をしろ」

「え? どうしてですか?」

「私の予想が正しければこれは敵の罠だ。正門にいる兵士たちを港に呼ぶとマズい」

「罠? それはいったい……」

「説明している時間は無い。幽霊船はお前が片付けろ……場合によっては例の魔法の使用も許可する」

「ッ! ……分かりました」


 ダークの態度を見てノワールは深く訊こうとせずに真剣な表情で返事をしてダークの肩から離れる。長い間ダークと共に戦い、ダークのことを誰よりもよく知っているノワールだからこそ、ダークが何を考えているのかすぐに理解できたのだ。

 ノワールが肩から離れるとダークは隣にいるアリシアの肩を掴んで自分の方に寄せた。


「ダ、ダーク!? いきなり何を?」


 いきなり抱き寄せられたことでアリシアは驚き思わず声を上げる。アリシアの声を聞いたレジーナたちも一斉にダークとアリシアの方を向き、ダークの行動を見て目を丸くして驚いた。


「アリシア、私と一緒に来てくれ」

「一緒にって……何処へ?」

「正門前だ」


 そう言ってダークはアリシアを抱きかかえてお姫様だっこの状態になると正門がある方角を向く。


「脚力強化」


 能力を発動させて脚力を強化するとダークは両足に力を入れて勢いよく地を蹴る。アリシアを抱きかかえたままダークは高く跳び上がり、民家の屋根に飛び移った。そして屋根から屋根へと移動しながら正門の方へ向かう。

 とんでもないジャンプを見せたダークに彼の正体を知らないリーザや兵士たちは目を丸くする。レジーナとジェイクはいきなり何処かへ行ってしまったダークに少し呆然としていたがすぐに我に返り、残ったノワールの方を向いた。


「ちょ、ちょっとノワール、ダーク兄さん、何処行っちゃったの?」

「しかも姉貴まで連れていって」


 レジーナとジェイクは驚きながらノワールに尋ね、二人の後ろではマティーリアが黙ってノワールを見ている。幽霊船を前にしてダークが突然アリシアを連れて港からいなくなったのだからレジーナとジェイクが驚くのは当然だ。二人が驚いている中、ノワールは子竜の姿から少年の姿に変身し、持っている杖を構えた。

 ノワールが少年の姿になったのを見たレジーナとジェイクはノワールが本気で戦おうとしていると気付き表情が変わる。リーザや彼女の部下たちはいきなり姿を変えたノワールを見て更に驚いたのか固まっていた。


「……マスターは何かに気付かれたらしく、正門の方に行かれました。アリシアさんを連れていったのにも何か理由があるはずです」

「理由? 何じゃそれは?」

「それは僕にも分かりません。マスターはこの幽霊船の相手をしろとだけ言われましたから」

「相手をしろって……あんな大きな帆船、どうしろって言うのよ?」


 レジーナは近づいてくる幽霊船を困り顔で見つめ、ジェイクも同じように幽霊船を見てスレッジロックを強く握った。すると、幽霊船の中から何かが出てきて港にいるノワールたちに向かって飛んでくる。それは昨夜ダークが一人で倒した骨の鳥、スカルバードと同じものだった。だが今回は昨夜と違い数がとても多く、それを見たレジーナたちは一斉に驚く。


「うわあぁ!? スカルバードがあんなに沢山!」

「パッと見ただけでも二十体はいるんじゃねぇか?」

「いや、それだけではないと思うぞ?」

「ええ……恐らく、あの幽霊船の中にはまだ沢山のアンデッドがいるはずですよ」


 ノワールとマティーリアが杖とロンパイアを構えながら真剣な表情で呟くとレジーナとジェイクは驚愕の表情でノワールとマティーリアの方を向く。


「そんな状態なのにダーク兄さんは正門の方に行っちゃったの!?」

「おい、兄貴は本当に何しに正門に行ったんだよ!?」

「落ち着いてください」


 取り乱す二人にノワールが少し力の入った声で言う。珍しく声に力を入れたノワールにレジーナとジェイクは意外そうな顔で彼を見つめる。


「……お忘れですか? 僕がマスターの使い魔であることやマティーリアさんが竜人であるということを?」


 二人の方を向き、ノワールが自分とマティーリアを指差しながら尋ねてくる。それを見てレジーナとジェイクはノワールとマティーリアが強いということを思い出してハッとした。強力な魔法を使えるノワールと空を飛び、英雄級の実力を持つマティーリアがいればこちらの人数が少なくてもアンデッドたちに勝てるかもしれない。そう感じた二人の表情から焦りや動揺が消えた。


「確かにノワールとマティーリアがいればあの程度のアンデッドたちなんて怖くないわね」

「ああ、安心して戦えるってもんだ」

「いや、だからと言って油断しないでくださいよ?」

「そうじゃぞ。妾とボウヤが強くても敵は大勢おるんじゃからな」


 急に態度が変わったレジーナとジェイクを見てノワールとマティーリアは忠告してから改めて近づいてくる幽霊船とスカルバードの群れを睨む。四人の後ろではリーザや兵士たちが大量のスカルバードを見ても慌てないノワールたちの姿に驚いていた。


「な、なんなんだよ、アイツら……」

「あんなに沢山のスカルバードがいるっていうのにどうしてあんなに冷静でいられるんだよ……」

「あまりの数にショックを受けて危機感が無くなっちゃったんじゃないの?」


 僅か数人で大量のアンデッドを相手にしなくてはならない状態に兵士たちは恐怖を感じる。幽霊船が現れて驚いている中、更に大量のアンデッドが現れて襲い掛かってきたのであれば誰だって恐怖してしまう。

 兵士たちの近くではリーザが騎士剣を構えながら動揺する兵士たちを見ていた。なんとか兵士たちを落ち着かせようとリーザは兵士たちを睨みながら活を入れる。


「しっかりしろ、お前たち! 正門前の部隊が来るまでに私たちだけでなんとか持ち堪えるんだ!」

「で、ですが……」

「それに彼らは英雄級の実力を持つ者たち……実力は私たちよりも上だ。彼らと一緒に戦えば勝機はある。彼らを信じて戦うんだ」


 リーザの言葉でなんとか兵士たちは落ち着きを取り戻して自分たちの武器を構える。リーザも兵士たちが落ち着くのを確認すると騎士剣を構え直した。


(……勝機はある、まるで負ける可能性もあるというように聞こえますね……まぁ、僕のレベルや力を知らなければそう考えるでしょう。だったら、使い魔の誇りにかけて彼らをアンデッドたちから守らないといけませんね)


 レベル94の自分がいるにもかかわらず生き残れるか不安になっている兵士たちを守るため、そして自分の力を見せて驚かせるためにノワールは心の中で気合を入れる。ノワールたちは近づいてくる幽霊船とスカルバードの群れを睨みながら戦闘態勢に入った。

 その頃、正門では港に幽霊船が侵入してきていることなど知らないアリシア隊の兵士たちがアリシアたちの到着を待っていた。正門前には十数人の兵士たちが並んで立っており、正門の上にある見張り場には三人の兵士が町の周囲や外側の正門前を見張っている姿がある。そして正門の外では昨夜の戦いで軽傷だけで済み、動くことのできるリーザ隊の兵士が四人おり、周囲を警戒していた。


「遅いな、隊長たち?」

「きっとダーク殿たちと今夜の活動について話し合いをしてるんだろう」

「それでも遅すぎじゃないのか?」

「そうよね……何かあったのかしら?」


 なかなか正門前に来ないアリシアたちに正門前で並んでいる兵士たちは話し合う。正門から港まではかなり距離があるので、夜中でも港の騒音や声などは一切聞こえてこない。彼らは幽霊船とスカルバードの群れが町に入ってきているなど全く想像していなかった。

 正門の上の見張り場では同じアリシア隊の兵士三人が下で話している兵士たちを見下ろしていた。自分が仕事をしているのに下では仲間たちが喋っている姿を見て少し不満そうな顔をしている。


「アイツら、俺たちが真面目に外を見張っているっていうのにお喋りなんかしやがって……」

「まぁ、いいじゃないか。俺らが此処で見張りをしている間、アイツらは危険な外に出て調査をするんだから。あれぐらいは大目に見てやれよ」

「チッ、仕方ねぇな……」


 隣で同じ見張りの仕事をしている仲間に言われ、兵士は渋々仕事に戻る。すると今度は町の外で正門前を見張っているリーザ隊の兵士たちを見下ろした。


「おーい、何か見えるかぁ?」

「こんな真っ暗な中、篝火や松明の明りだけじゃ何も見えないわよぉ」

「ハハハ、そうだな。もう少ししたら交代するから頑張ってくれや」

「分かったわぁ!」


 大きな声で返事をしながら見張り場の兵士たちに手を振るリーザ隊の女兵士。彼女の周りにいる二人の兵士と一人の女兵士も同じように見張り場の兵士を見上げている。

 正門前に立てられている四本の篝火と兵士二人が持っている松明の明りが正門前にある茂みやと目の前の一本道を照らす。とても静かで風が吹く音だけが兵士たちの耳に入ってくる。その音はどこか不気味に聞こえていた。


「……昨日、この近くの森でアンデッドと戦っていたということを考えると突然アンデッドが飛び出してくるんじゃないかって不気味だわ」

「おい、そういうこと言うなよ。本当に出てきたらどうするんだ?」

「ハハハハ、出てくるわけねぇじゃねぇか。お前はビビり過ぎなんだよ」


 怯える兵士を他の三人の兵士が笑って見ており、笑われた兵士は少しムッとした顔で三人を睨んだ。すると、正門から少し離れた所にある茂みが揺れ、その音を笑われた兵士が聞いてふと茂みの方を向く。


「……おい、今あそこの茂みが揺れなかったか?」

「はあ? 風だろう? お前、俺たちがからかったから仕返しに脅かそうとしているのかぁ?」

「違う! あれは風で揺れたような感じじゃなかった。まるで誰かが意図的に揺らしたような……」

「それじゃあ獣か何かでしょう?」

「いや、それにしては……」


 女兵士の言葉に残りの二人も笑う。まったく兵士の言うことを信じていない様子だった。

 兵士は動いた茂みに不気味さを感じて不安そうな顔で見つめる。すると、そんな兵士を見て今まで会話に参加していなかったもう一人の女兵士が小さく笑いながらやれやれと言いたそうな顔を見せた。


「本当に心配性なんですから……分かりました、私が見てきますよ」


 女兵士は笑いながら茂みの方に歩いていく。


「お、おい、危ないぞ!」

「大丈夫ですよ」


 心配する兵士に笑顔を返しながら茂みの前まで来た女兵士は茂みの中を覗き込んだ。だがそこには何もおらず、女兵士は苦笑いを浮かべて兵士たちの方を向いた。


「何もいませんよ。やっぱり風だったんじゃないですか?」

「ほ、本当か?」

「ホラ見なさい。だから言ったでしょう?」


 茂みの中に何もいないことを聞かされた兵士は納得のいかない顔をする。周りにいる二人は笑いながら兵士を見ており、茂みを調べた女兵士も笑いながら兵士たちの方に戻っていく。


「これで何もいないことが分かったわけですから、気持ちを切り替えて仕事をしま……」


 女兵士が仕事に戻ろうと三人に言おうとした、その時、突如さっき調べた茂みの中から何かが飛び出して女兵士に背後から飛び掛かってきた。それは濃い灰色の毛を持った狼の姿をしている動物だ。だが、脚や腹部からは骨が剝き出しになっており、目も白く濁っている。どう見ても生きているようには見えない。

 兵士たちは茂みから飛び出してきたその狼の姿をしたものを見て驚きの顔を浮かべる。そして狼の姿をしたものは女兵士の背中に飛び付き、鋭い犬牙で女兵士の肩に嚙みついた。


「うわああああぁっ!?」


 突然肩から伝わる激痛に女兵士は悲鳴を上げ、背後に付いている狼のようなものを見ると驚きながら必死に振り払おうとする。だが前脚の鋭い爪が服越しに肉に食い込んでなかなか離れない。

 悲鳴を聞いて正門上の見張り場にいた兵士たちも正門前を覗き見る。そして女兵士を襲っている狼の姿をしたものを見て驚いた。


「どうした!?」

「……おい、ありゃあ、ゾンビウルフだ! どうしてこんな所にいるんだよ!?」


 見張り場にいた兵士が狼の姿をしたものをゾンビウルフと言いながら驚く。他の兵士たちもゾンビウルフ、アンデッド族モンスターが仲間を襲っている姿を見て驚きを隠せずにいた。

 正門前にいる兵士たちは仲間がゾンビウルフに襲われているのを見て驚きのあまり固まっている。いきなり茂みから飛び出して仲間を襲ったのだから動揺するのも無理はなかった。だがそうしている間にも女兵士はゾンビウルフに襲われ続けている。


「ぐうっ! 離せ、離してぇっ!」


 持っている剣でゾンビウルフを刺したり切ったりなどして攻撃するが物理攻撃に強いアンデッドには殆ど効果は無く女兵士から離れない。寧ろより嚙む力が強くなっていった。

 女兵士がゾンビウルフに抵抗していると、茂みから更に二体のゾンビウルフが飛び出してきた。二体のゾンビウルフは女兵士に真っ直ぐ向かっていき、女兵士の下腿や前腕に噛みつく。

 新たにゾンビウルフが現れて今度は足と腕に噛みつかれ、女兵士は痛みと噛みつかれた時の力でその場に倒れてしまう。そこに更にもう一体のゾンビウルフが現れ、四体となったゾンビウルフは倒れる女兵士を容赦無く襲った。


「いやあああぁっ! 痛いぃ! 助けて、助けてぇ!」


 女兵士は恐怖と痛みで涙を流しながら仲間たちに助けを求めるが三人の仲間は恐怖のあまり動けなかった。ゾンビウルフたちは暴れる女兵士の足や腕、喉などを噛みながら強く引っ張っている。その光景はまるで暴れるシマウマを群れで襲い捕食するハイエナのようだった。

 やがて抵抗していた女兵士はピクリとも動かなくなり、声も聞こえなくなった。そんな女兵士をゾンビウルフたちは一斉に貪り食う。仲間が捕食されるというおぞましい光景に兵士たち三人は固まった。

 兵士たちが驚いていると一体のゾンビウルフが兵士たちの方を向いて目を光らせた。口元は血で真っ赤に染まっており、それを見た兵士たちは寒気を感じてゆっくりと後退する。すると他の三体のゾンビウルフたちも捕食をやめて兵士たちの方を向き、一体が三人に向かって走り出した瞬間、他の三体も続いて走り出し兵士たちに襲い掛かった。恐怖に包まれて静かになっている正門前で更に二人の男と一人の女の断末魔の悲鳴が響く。


「な、なんということだ……」


 見張り台の上から仲間がゾンビウルフの餌食になる光景を見て驚愕の表情を浮かべる兵士。その隣では捕食される光景を見て気分を悪くしたのか座り込んでいる兵士がいる。内側で待機していた兵士たちも町の外から聞こえてくる断末魔の悲鳴に動揺を見せていた。


「とんでもないことになっちまった……早くこのことをアリシア隊長たちに……」

「お、おい、あれ見ろよ……」


 兵士がアリシアたちにこの状況を知らせようとした時、隣で同じように外を見ていた別の兵士が指を差した。指差す方を見ると篝火の明りで薄っすらとしか見えないが正門から50mほど離れた所に何かがいることに気付く。兵士が目を凝らしてそれを確認すると兵士は言葉を失った。

 とんでもない数のスケルトンやゾンビが町に近づいてくる光景があったのだ。しかも昨夜アリシアたちが森で戦ったアンデッドたちよりも遥かに多く、二百体はまず超えているであろう数だった。


「なんなんだ、あのアンデッドの数は……」

「マズイぞ。あんな数のアンデッドに攻められたらこの町の門なんて簡単に壊されちまう……」

「どうすればいいんだ……」


 目の前の状況にどう対処していいのか分からない兵士たちは混乱する。内側の正門前では外がどんな状態になっているのか分からない兵士たちが騒ぎ出す。彼らは自分たちが何をすればいいのか分からないようだ。

 すると突然兵士たちの真上を何かが通り過ぎ、それに気づいた兵士たちは一斉に上を向くが何も無かった。

 正門前で兵士たちが上を向いている時、見張り台の兵士たちはアンデッドの軍勢を見ながら固まっている。そんな兵士たちの後ろに何かが下り立ち、兵士たちは一斉に振り返った。そこにはアリシアを抱きかかえるダークの姿があり、いつの間にか自分たちの背後にいた二人に兵士たちは驚いていたが、それ以前にダークに抱きかかえられているアリシアに兵士たちは目を丸くする。


「ア、アリシア隊長……その……」

「何も訊くな」


 頬を赤くしながら兵士に言うアリシア。兵士たちも深く追及しない方がいいと考えて何も言わなかった。

 ダークはアリシアをゆっくりと下ろし、二人は町の外の様子を窺う。そして近づいてくる大勢のアンデッドたちを見てアリシアは驚きの表情を浮かべる。しかしダークは驚かずに舌打ちをした。


「チッ、やっぱりこういうことだったか……」

「ダーク、どういうことだ?」

「幽霊船は囮だったんだ」

「囮?」

「幽霊船を港に侵入させてバミューズの戦力を全て港に集めさせる。そうすることで正門の守りは弱くなり、その隙にこのアンデッドの軍団で正門を突破し、町を一気に制圧する……それが敵の狙いだったんだ」

「そ、そうだったのか……」

「更に港と正門の両方から同時に攻めれば敵は挟撃することも可能だ。挟まれた私たちは逃げ場を失いあっという間に全滅する。黒幕は相当頭の切れる奴がいるようだな」


 敵の狙いをダークは分かりやすく説明し、アリシアもそれを真剣に聞いている。そんな二人の姿を見た兵士たちはアンデッドの軍勢を前にしてどうしてそんなに冷静でいられるのか理解できない顔をしていた。


「隊長! 今は冷静に話をしている場合じゃありませんよ!」

「ん? ああ、すまない」

「既に外を警備していたリーザ隊長の部下が四人やられました。このままでは我々も……」


 仲間がアンデッドの犠牲になったことを聞かされたアリシアは真剣な顔で外にいるアンデッドたちを見つめながらどうするか考える。すると隣に立っていたダークが大剣を抜いてアリシアの肩に手を乗せた。


「アリシア、先に私が一人で外のアンデッドどもを片付ける。君は私がやつらを粗方片付けたら外に来てくれ」

「……ダーク、大丈夫なのか?」

「心配ない。あの程度なら私一人でも十分だ」

「……分かった。頼む」


 ダークの余裕の声を聞いたアリシアは小さく頷く。二人の話を聞いていた兵士たちはダークとアリシアの会話の意味が理解できないのか目を丸くしている。当然だ、黒騎士がたった一人で二百近くいるアンデッドを一人でなんとかすると言うのだから。

 驚く兵士たちを無視してダークは見張り場から飛び下り、正門前に着地した。周りを見るとゾンビウルフに襲われた兵士たちが変わり果てた姿で倒れており、その周りには四体のゾンビウルフがダークを見て唸り声を上げている。遠くからは大勢のアンデッドがゆっくりと近づいてきており、ダークは敵の配置と数を簡単に確認すると大剣を構えた。


「フッ、数が多くても所詮は下級アンデッド。私の敵ではない」


 余裕の口調でアンデッドたちに言い放つダーク。だが理性や自我の無いアンデッドたちにはそんなダークの言葉が理解できるはずも無く、警戒すること無くダークとの距離を縮めていく。

 ダークは大剣を強く握り、目を赤く光らせてアンデッドたちを睨む。


「生者を襲う亡者とその亡者を利用する愚かな黒幕よ……断罪の始まりだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ