第三話 異世界の形
村長の家の中で木製のテーブルを挟み村長と向かい合って席に着くダーク。その隣にはアリシアが座って三人は会話をしていた。ダークは自分の正体を明かさないように注意しながらこの世界のことについて村長とアリシアに尋ねてみようと考えながら二人と話している。一方でアリシアはダークがどのようにして盗賊を倒したのかをダークと村長に尋ねてきた。
そんなアリシアを見たダークはこの世界のことについて訊く前にアリシアに盗賊との戦いを説明することにした。その方がゆっくりとこの世界のことについて訊くことができるからだ。
「……その話、本当なのですか、村長?」
「ハ、ハイ。この目で見ましたので……」
ダークから盗賊との戦いのことを話を聞いたアリシアは耳を疑い、目を見開きながら村長に尋ねる。たった一人の騎士が十人以上いた盗賊の半数以上を倒し、しかも魔法まで使ったと聞けば驚くのも無理はない。アリシアは隣に座るダークを見上げて目を丸くしていた。
「ダーク殿、貴方はいったい何者なのですか? ただの騎士ではないのでしょう?」
「……それは聞かない方がいいですよ? お互いのためにもね」
「ん? それはどういうことですか……」
「…………」
アリシアに質問に答えずにダークは黙り込む。自分が別の世界から来て魔法を発動できるアイテムを持っています、などと話せばダーク自身が多くの人間に注目され、色々と面倒なことに巻き込まれてしまう。更に話を聞いたアリシア自身もダークが何者であるかを聞けばダークのことを知りたがる者たちに付きまとわれて大変なことになる。面倒なことにならないためにもダークは自分の正体については何も話さずにいた。
盗賊との戦いについて話が終わるとアリシアはまだ信じられないのか難しい顔をしながら考え込むように俯いた。
「……では、こちらの話は終わりましたので、今度は私が質問してもよろしいですか?」
「ハ、ハイ、なんでもお聞きください」
村長は村の恩人であるダークが質問してきたのを見て慌てて返事する。盗賊を一瞬で倒してしまうほどの強者であるダークの機嫌を損ねてはマズいという気持ちもあるのか落ち着きのない様子だった。
「そ、それでどのようなご質問を……?」
「まずは此処が何処なのか教えていただけませんか?」
「此処? 此処とは、この村のことですか?」
「それもありますが、この村のある国について、そしてその周辺の国について教えていただきたいのです」
ダークの口から出た予想外の質問に村長と考え込んでいたアリシアはダークの方を見ながら呆然とした。盗賊を一人で撃退できるほどの実力を持つ者がこの国や周辺国のことについて何も知らないなど想像もしていなかったからだ。
二人の反応を見たダークはもう少し遠回しに訊けばよかったかと心の中で後悔した。だがすぐに気持ちを切り替え、アリシアと村長を誤魔化すために話を続ける。
「実は私はこの数年、森や山の中に籠って修業をしていたので、周辺や現在の一般的な情報を知らないのです。この村を助けたのも、その修業を終えて人里へ向かう途中にあの姉弟が逃げる姿を目撃したからなのです……」
「……なるほど、そういうことでしたか」
「修業をされていたのでしたら、盗賊たちを一人で倒すことができるのも納得です」
ダークの少し強引な説明を聞いて村長とアリシアは納得したらしい。上手く二人を誤魔化せたことにダークはホッとする。
「では、私の知る限りのことをお話しします。まず、この村ですが……」
村長はダークに今いる村のこと、この村が何処にあるのかを詳しく説明し始めた。
現在、ダークがいる村はセルメティア王国領の東端にある<ボド村>と呼ばれる小さな村で周囲に森や林などが広がり、そこにある果物や薬草を栽培し、それを売って生活しているらしい。そしてセルメティア王国の東にある国が<デガンテス帝国>。巨大な騎士団を持ち、周辺にある国の中でも最大の領土を持つ国だという。次に、セルメティア王国とデガンテス帝国の丁度北にある国が<マルゼント王国>。魔法使い系の職業を持つ者たちで構成された<魔導連撃師団>という戦力を用い、国内に存在するエルフやドワーフ、リザードマンなどの亜人種と共存している国らしい。最後に、マルゼント王国とは正反対にセルメティア王国とデガンテス帝国の南にあるのが<エルギス教国>。他の三つの国と比べて少々過激的な国でマルゼント王国と違い亜人種を支配しており、彼らを奴隷のように扱っている人間上位国家だ。人間に逆らう亜人がいれば容赦なく処刑すると言われている。
周辺国家について聞き終わると、ダークは次に遠回しにこの世界の通貨について尋ねた。この世界では通貨はファリンと呼ばれているらしく、10ファリンで薬草が一つ買えるらしい。ダークは自分のポーチの中にこっそりと手を入れてLMFで使っていた硬貨を取りチラッと確認する。
(この世界ではLMFの金は使えないか……こりゃあ、一文無しで新しいゲームを始めるみたいなもんだな……)
自分に力はあっても金は無い。ダークは心の中で自分がこの世界は貧乏人であることを実感しへこんだ。
「……どうしました? ダーク殿」
突如黙り込んだダークに声を掛けるアリシア。ダークはアリシアの声を聞くと素早く硬貨をポーチに戻し、アリシアの方を向き首を横に振る。
「いえ、お気になさらずに。ところでアリシア殿、貴女たち王国騎士団は何処を拠点にしているのですか?」
「私たちですか? 私達はこの村から北西にあるセルメティア王国の首都アルメニスです」
アリシアはテーブルの上に広げられている地図を指差し首都の場所をダークに教えた。ダークは首都アルメニスのある場所と今いるボド村の場所を確認する。
「……此処からだと首都まではどれぐらい掛かりますか?」
「馬を使えば一日で着きますね。この村は首都の周辺にある村で一番近い所にありますから」
「そうですか……」
ダークはより多くの情報を得るためなら大きな町へ行った方がいいと考え、アルメニスに行こうと思っていた。だが、馬で一日も掛かる場所に徒歩で、しかも未知の世界を一人で移動するのはある意味で危険だと考える。
すると、ダークはアリシアの方を見てこんなことを尋ねた。
「アリシア殿、もしよろしければ私を首都に連れていってもらえませんか?」
「え? ダーク殿をですか?」
「私はまだこの国のことを何も知りません。そんな状態で放浪していたらいつかは飢えてしまいます。ですからこの国の首都まで行き、そこを拠点にして活動しようと思っているんです」
「なるほど、そういうことですか……分かりました。そういう理由でしたらお連れしましょう」
「ありがとうございます。それで、セルメティアの騎士団にはどのようにして入団するのですか?」
「入団?」
突然騎士団への入団方法を尋ねてきたダークにアリシアは訊き返すとダークは頷いた。
「私も騎士の端くれです。ですから騎士団に入団して働こうと思いましてね」
「えっ……」
ダークの言葉を聞いた途端、笑顔だったアリシアの表情が変わる。今まで真剣な表情や明るい表情を見せていたアリシアが初めて困った様な顔を見せたのだ。ダークは当然不思議に思い、アリシアの顔を見つめる。
「どうしました?」
「いや、あの……」
何かを言いたそうで言えないような態度を取るアリシア。そんなアリシアの姿を見たダークはさっき自分が言った騎士団入団のことが原因だと気付く。
とりあえず、アリシアを落ち着かせるためにダークはアリシアの肩にそっと手を置いた。
「落ち着いてください、アリシア殿」
「あ、ハイ……」
「……私が口にした騎士団の入団に何か問題があるのですか?」
「そ、それは……」
「正直に言ってください。どんな答えであろうと、私は気にしませんから」
ダークの言葉を聞いて少しだけ安心したのかアリシアの顔に少しだけ落ち着きが戻った。アリシアは自分が動揺した理由を正直に伝えるためにゆっくりと深呼吸をする。ボド村を救った人物にこんなことを言っていいのか悩んだが、黙っていても仕方がないと考えたアリシアはダークの顔を見ながら口を開いた。
「……実は、ダーク殿は騎士団に入団できないのです」
「入団できない? なぜですか?」
「ダーク殿が黒騎士だからです」
「黒騎士だから?」
なぜ黒騎士、つまり暗黒騎士では騎士団に入団できないのか、ダークはその理由が分からずに小首を傾げる。
アリシアはダークの全身甲冑の姿を下からゆっくりと見上げていき、その理由を話す。
「黒騎士は王国に仕えていた騎士が主への忠義を忘れ、己の野望のためにその剣を振る職業だと昔から忌み嫌われているのです。ですから、その黒騎士は国と王のために剣を振ることを誓った騎士団に入団することを禁じられているんです」
「……なるほど、黒騎士が入団すれば裏切られる可能性がある、そして一度、主を裏切った者は二度と信用できない。という理由なんですね?」
「ハイ……」
黒騎士だという理由で騎士団への入団が認められない。それを聞いたダークは腕を組みながら黙り込む。さっき、どんな答えであろうと気にしないと言ったため、文句を言うことはできない。
だが、ダークは不快な気分にはなってないし、気にもしていなかった。黒騎士、つまり暗黒騎士が職業ということで周りから嫌われるような立場になるのではないかとなんとなく予想していたのだろう。
黙り込むダークを見たアリシアは機嫌を悪くしてしまったと感じ、彼の機嫌を直そうと代わりの話を持ち出した。
「……騎士団には入団できませんが、町には冒険者ギルドがありますから、そこで冒険者として登録することはできます」
「冒険者?」
「ええ、騎士団に所属しない者たちが依頼を受けてモンスターの討伐、依頼人の警護などをする職業です。依頼を達成すればその依頼に合った報酬を受け取れます」
「依頼を受けて報酬をもらう……傭兵みたいなものですか?」
「まぁ、そうとも言いますね」
「冒険者、ですか……」
騎士団には入れないが冒険者にはなれる。ダークは冒険者が傭兵に近い存在であることを知ると腕を組んで考え込む。
冒険者は騎士団と違って組織されたものではなく、情報網はよくないが、その分、自由に行動ができ、好きな依頼を受けられる。そして依頼によっては騎士団以上に報酬を得られる場合があるため、ある意味では騎士団よりも都合がいい職業かもしれない。
しばらく考え込んでいたダークは腕を組むのをやめ、ゆっくりと顔を上げるとアリシアの方を向いた。
「……では、騎士団に入るのは諦めて、その冒険者とやらになるとしましょう」
機嫌を損ねずに騎士団になることを諦めて冒険者になることに決めたダークを見てアリシアは少しホッとする。それからダークはアリシアともうしばらく会話をし、首都に着いた後にどうするかを簡単に決めた。
ダークたちの話が終わり、村長の家から出ると空は夕日でオレンジ色に染まっており、生き残った村人たちとアリシアが連れてきた兵士たちが協力して盗賊に壊された建物の片づけをしている。
村人の中には家族を殺されて酷くショックを受けた者もいるが、いつまでも落ち込んではいられなかった。悲しさを抑え込んで片付けや今後どうするかを話し合い、村のために働いている。その中にあの姉弟のアンナとリンクの姿もあった。
村人達の働く姿を見てダークは異世界ではこのようなことが日常的に起こっていることを知り、以前の自分がどれだけ安全な暮らしをしていたのかを実感した。だが、それも数時間前のこと、元の世界へ戻る方法が分からないのなら自分もこの世界で暮らすことになる。死と隣り合わせの世界で暗黒騎士として生きていく覚悟をしないといけない、ダークはそう考えていた。というよりも、ダークには元の世界に戻れなくても構わないと思っているのだ。
「……こっちの世界に来て、人を殺してしまった以上、もう元の世界に戻っても今まで通りの暮らしをすることはできないだろう。下手をすれば、向こうの世界でも人を殺してしまう可能性だってあるのだからな」
少し前に自分が盗賊を殺したこと、そして盗賊を殺しても何も感じなかったことを思い出したダークは村を見渡しながら呟く。この世界の秩序に干渉してしまった以上、人を殺めてしまった以上、もう自分は元の世界に戻ってはいけない。
罪を背負いながらこの世界の人間として生きていくべきだ、ダークはそう自分の心に言い聞かせる。これは人を殺めてダークが自分に与えた罰と言えた。
「マスター」
「ん? どうした、ノワール」
ダークは腕を組みながら夕日を眺めているとノワールがダークの隣まで飛んできて声をかけてきた。
「たった今、この村の上空から周囲を確認してきましたが、北西の方に大きな町があるのを見つけました」
「きっとそれが首都のアルメニスだろうな。距離はどれぐらいか分かるか?」
声を本来の声に戻したダークがノワールに距離を尋ねるとノワールは目を閉じて首を軽く横へ振る。
「すみません、詳しくは分かりませんでした」
「そうか……、まぁ、アリシアさんは一日で着くって言ってるんだし、大した距離じゃねぇだろう」
首都に着くのに時間は掛からないと考えたダークはノワールの頭を優しく撫でる。ノワールは撫でられて気持ちがいいのか目を閉じたまま小さな声で鳴く。
ダークにとってノワールは使い魔であるのと同時に今唯一心を許せる存在だ。しかもLMFをやり始めてからずっと自分に付き従ってくれていたのでダークにとっては家族のような存在であり、ある意味でLMFの仲間たちよりも信頼できた。
「ダーク殿」
背後から聞こえてきたアリシアの言葉にダークは振り返り、気持ちをダークマンから暗黒騎士ダークに切り替えた。
「なんでしょう? アリシア殿」
「村の復興作業が一通り片付いたので、そろそろ出発しようと思うのですが……」
「そうですか。私はいつでも行けます」
「では、すぐに出発しましょう……ところで、ダーク殿は馬をお持ちですか?」
「馬? いいえ」
「馬をお持ちでない……」
ダークが馬を持っていないことを聞くとアリシアは難しい顔をして考え込む。そんな彼女を見てダークとノワールはお互いの顔を見つめ合い不思議そうな顔をする。
「……どうかなさいましたか?」
「いや、私たちは皆、馬に乗って首都から移動してきてたんです。ですが、馬は人数分しかなく、ダーク殿が使う馬が……」
「ああぁ、なるほど、そういうことですか。……私は結構です。歩いてついていきますから」
「え? ですが、此処が首都から一番近くにあるとしてもかなりの距離がありますよ? 徒歩では結構キツイ道のりかと……」
「心配ありません。ずっと修行をして来たので足腰には自信がありますから」
「ですが……」
「本当に辛くなったら言いますので、お気になさらずに……」
「……分かりました。では、すぐに出発の準備をさせます」
アリシアは遠くにいる兵士の一人を呼んで出発のために話し合いを始めた。ダークは足腰に自信があるので馬に乗らなくても平気だとアリシアに伝えたが、本当の理由は自分が馬に乗れないことを隠すためだ。
LMFには馬やモンスターに乗る設定は無く、こっちの世界で馬に乗っても上手く乗りこなせるはずがない。それがバレないようにするためにダークは適当な理由を付けたのだ。
(盗賊を一人で倒した暗黒騎士が馬に乗れません、なんてカッコ悪すぎるからなぁ……)
心の中で本音を口にしながらダークは目の前で兵士に出発の準備をさせるアリシアを見ていた。
それから準備を終えたアリシアたちは全員馬に乗ってボド村を出発し、ダークとノワールも共に村を発つ。村長やアンナたちは村を救ったダークに感謝をしながら手を振って見送り、ダークもそんな村人たちに軽く手を振って別れた。
――――――
村を発ってから一時間後、空はスッカリ暗くなり、これ以上進むのは危ないと感じたアリシアたちは野宿で一夜を過ごすことにした。
アリシアたちは焚火を囲み、自分たちが持つ保存食を口にして簡単な食事を取った。ダークとノワールはアリシアたちから少し離れた所で大きめの石の上に座り込んでアリシアたちの様子を窺っている。そんな二人の下に保存食と水の入った水筒を持ったアリシアが近づいてきた。
「どうぞ、ダーク殿とそちらの使い魔の分です」
「ありがとうございます」
「すみません」
保存食と水筒を受け取ったダークは立ち上がり、騎士たちから離れていく。
「ん? ダーク殿、どちらへ?」
「ああぁ、私たちは大勢で食事をするのが苦手でして、あちらで食べさせていただきます」
「……そうですか」
ダークの言葉から彼は人見知りをする性格などだと思い納得するアリシア。ダークはノワールを連れてアリシアたちから見えない所へ移動した。アリシアも仲間たちの下へ戻ろうとする。だが、ダークのことが気になるのか、足を止めてゆっくりと振り返りダークの歩いていった方を向いた。
アリシアと分かれたダークとノワールは川の前で座り込み、受け取った保存食と水を分け合った。
ノワールはダークから受け取った保存食をパクパクと口にし、ダークは被っている兜を外して深呼吸をする。
「……フゥ~、やっと兜を外せたぜ」
「大丈夫ですか?」
「ああぁ、ちょっと暑苦しいだけだ」
兜を外し、設定したアバターの顔を見せたダークはノワールを見ながらアリシアから受け取った水筒の水を飲む。水を飲み喉を潤すとその水筒をノワールに渡し、手の中の保存食を一口食べる。
「……うむ、なかなかいけるな?」
「ハイ、少し硬いけど、味はしっかりしてます」
保存食を口にしながら軽い会話をするダークとノワール。その姿は主と使い魔と言うよりも兄弟に近かった。
ダークは保存食を口の中で噛みながら星空を眺めてリラックスする。こっちの世界に来てからずっと緊張続きで落ち着ける時間が少なかったため、本来の自分を表に出せて落ち着いたようだ。
「さて、俺たち、これからどうなるんだろうなぁ……」
「とりあえず、首都に行って冒険者になってから考えましょう。冒険者になれば色々な情報が得られるってアリシアさんが言ってましたから」
「そうだな、冒険者になればこっちの世界のことが色々分かるだろう」
「別の世界から来た僕たちにとってはこの世界は全てが未知ですからね」
「ああ……」
ノワールの話を聞きながら保存食を食べるダーク。食事をしながら目の前の川を見つめ、しばらく川を見てからゆっくりと夜空を見上げて小さく息を吐いた。
異世界に来て最初の夜を迎えたダークのノワール。まだ何も知らない異世界でこれからどのように生きていくのか、そんなことを考えながら二人か簡単な夕食を続けるのだった。