第三十八話 見えてきた黒幕の正体
太陽が昇り、朝を迎えた港町バミューズ。町の人々はいつものように町へ出てまた一日を始める。しかし、今回はいつもと違うところがあった。港にはスカルバードの骨が大量に転がっており、それを数人の兵士たちが片付けている。港に来てそれを見た町の住民や船乗りたちが目を丸くしながら驚いていた。
「おい、いったい何があったんだ?」
「何でも昨夜またアンデッドが町の近くに現れたらしいぞ? それを町に来ていた騎士団の兵士たちが倒したってよ」
「それじゃあ、この骨はいったい……」
「騎士団が町の外でアンデッドたちと戦っている間に沖の方から飛んできたらしい。でもそれは町長が依頼した冒険者が倒してくれたってよ」
「ああぁ、昨日来たあの黒騎士かぁ……」
港に来て骨の後片付けをしているのを見ている野次馬たちは小声で会話をする。アンデッドが町の外に現れることは以前からあったことなので殆ど驚かないが、町の侵入してきたのは今回が初めてであるため、驚く住民たちも大勢いるようだ。そして同時に大きな不安を感じるようにもなっていた。
「それにしても、今までアンデッドが町に入ってくることは無かったのに、これから大丈夫かしら?」
「分からないなぁ……昨日は数体のスカルバードだけだったからなんとかなったらしいけど、もし大群が来たらどうすることもできないかもしれない」
今まで町の中にいれば安全だと感じていた住民たちにとってアンデッドの侵入は大きな衝撃を与えた。これでは安心して暮らすこともできず、いつかは自分たちもアンデッドに襲われてしまうかもしれない。住民たちはそう考えずにはいられなかった。
スカルバードの残骸を片付けている兵士たちは不安になっている住民たちを見て深刻な顔をしている。彼らも昨夜の戦いで仲間が大勢負傷したということに不安を感じていたのだ。自分たちでアンデッドたちをどうにかできるのか、もしかすると殺されてしまうのではないか、そんなことが兵士たちの頭に中を過った。
「……俺たち、このままこの町に残って調査を続けることになるのか?」
「そりゃそうだろう。このまま戻ったらこの町の住民たちはアンデッドの餌食になってしまうからな。それにお前も聞いただろう? 昨夜の戦闘でアリシア隊長たちが遭遇したアンデッドの数を?」
「ああ、六十体以上いたって聞いてるよ。しかもアリシア隊長たちの話によればまだ沢山のアンデッドか町の周辺に潜んでいるかもしれないって……」
兵士たちは作業をしながら町の住民たちには聞こえないよう小声で昨夜の戦闘について話した。
彼らは町の守りを任されていたアリシアの小隊の兵士たちで昨夜のアンデッドの戦いには参加していなかった。だが、帰還してきたアリシアたちの様子を見てアンデッドと激闘を繰り広げていたことを知り、アンデッドたちの脅威とこの町が危険な状態にあることを理解したのだ。
「だからこそ、俺たちが残らなくちゃいけないんだ。この町の自警団だけでどうにかできる数では無いからな」
「だ、だけどよぉ、それでもこっちの人数は四十人程度だろう? いくら七つ星の冒険者であるダーク殿たちがいてもあと何体いるか分からないアンデッドたちと戦うのは無謀ってもんだろう。首都に戻って騎士団の戦力を回してもらうようにした方がいいと思うけどなぁ……」
「此処からアルメニスまで二日以上かかるんだぞ? 行って戻ってくるだけでも四日近く、その間にこの町が滅んじまったらどうするんだ」
アルメニスに増援の要請もできず、自分たちだけでこの一件を解決するしかない状況に兵士たちはますます深刻な顔をする。実際、今バミューズにいる戦力だけで戦うのは厳しい状況だった。昨夜の戦いでリーザの部隊の兵士たちはほぼ全員が負傷しており、今は宿で体を休めている。
だが幸いにも重傷者はおらず、アリシアとリーザの回復魔法で軽い傷を負った者は回復して任務に戻っている。しかしそれでも動けるのはほんの数人、つまり今まともに動ける兵士は町に残っていたアリシアの小隊だけだったのだ。
仲間が怪我をして動けなり、戦力と言えるのは町に残っていた自分たちしかいないことに兵士たちは深く溜め息を吐いた。
「……そういえば、アリシア隊長たちは今何処にいらっしゃるんだ?」
「隊長たちなら町の外に出てるぜ? なんでも昨夜戦ったアンデッドが隠れていた森やその周辺を調べるらしい。ダーク殿たちも一緒に行ってるってよ」
自分たちが港の片づけをしている時にアリシアたちは再び町の外に出て周辺を調べている。そのことを考えれば自分たちの仕事は非常に楽で安全なものだと気付き、兵士たちは気持ちを切り替えてスカルバードの残骸の後片付けを続けた。アリシアたちはあとどれだけいるか分からないアンデッドたちと戦うことに不安を抱かず、弱気になることも無く仕事をしている。それを考えた兵士たちはなよなよしている自分たちを情けなく思い、兵士として最後まで戦おうと考えたのだろう。
その頃、ダークたちは昨夜アリシアたちがアンデッドと戦った森の中を調べ回っていた。夜と違って森の中は日の光でとても見やすくなっており、ダークたちは迷ったり転んだりすることなく歩いている。何よりも昨夜のような不気味は雰囲気は一切感じられなかった。
森の中には昨夜の戦いで倒したスケルトンやゾンビが大量に転がっている。森を調べる兵士たちは倒れているアンデッドたちが動き出すのではないかと注意しながら森を調べているが、ダークやアリシアたちのようなレベルの高い者たちは恐れること無く森を調べていった。
「……凄い数だな。私たちはこれだけのアンデッドと戦っていたのか」
「夜中だったからな。周りが暗いせいでハッキリと分からなかったんだろう」
周りに倒れているアンデッドにアリシアは歩きながら驚いており、その隣ではダークが同じように倒れているアンデッドを見回しながら歩いている。二人から離れた所ではレジーナたちが同じように周囲を見回しながら森の中を歩いていた。
レジーナたちが合流した後、アリシアたちは一気にアンデッドたちの殲滅に移っていた。レベル49とレベル51のジェイク、そして人間の姿になったノワールが参戦したことでアリシアたちは一気に優位に立ち、アンデッドたちを次々に倒していき、ダークがやってきた時にはアンデッドは数えるぐらいしか残っていなかった。その光景を見たダークは自分の出る幕は無いと思っていたが、何もせずに町へ戻るのもどうかと思ったのか、残りのアンデッドを全て倒したのだ。
ダークとアリシアは横に並んで森の中を歩いていき、おかしな所が無いか調べていく。日が昇っているとはいえ、アンデッドが襲ってくる可能性は十分ある。二人は警戒しながら進んでいった。
「……アリシア、君たちが戦ったアンデッドは全てこの森の地中に埋まっていたのだな?」
「ああ、最初の一体が出てきた直後に私たちを取り囲むように次々に飛び出してきた」
「なるほど……」
アリシアの話を聞いたダークはゆっくりと立ち止まって振り返って森全体を見渡す。遠くで森を調べているレジーナ達が倒れているアンデッドやアンデッドが隠れていた穴などを細かく調べている姿がある。
ダークはしばらく辺りを眺めており、しばらくすると近くで倒れているスケルトンに近づき、その頭蓋骨を拾い上げた。アリシアはダークが何を考えているのか分からずに不思議そうな顔でダークを見ている。
「……アリシア、この森でアンデッドたちと遭遇した時におかしいと思ったことはあるか?」
「おかしいと思ったこと?」
「ああ、どんなことでもいい」
突然昨夜の戦いで変に思ったことを訊かれたアリシアは腕を組んで考え込む。ダークは頭蓋骨を手でポンポンと軽く上にあげながらアリシアが答えるのを待った。
「それはやっぱりアンデッドたちが突然現れて私たちを取り囲んだことだ。あそこまでタイミングよく現れて私たちを取り囲むなんて普通では考えられないからな」
「そうか……他には何かないか?」
「他には? そうだなぁ……あと驚いたことと言えば、数だな。最初は三十体ぐらいだったのに次々に出てきて気付いたら五十体近くになっていた。私もあれにはさすがに驚いた」
「フム……」
「……それがどうかしたのか?」
頭蓋骨を見つめながら何かを考えるダークを見てアリシアが尋ねるとダークは持っていた頭蓋骨を捨て、周囲に倒れているアンデッドを見つめた。
「確かに突然襲ってきたことやこの異常なアンデッドの数はおかしい……だが、私はこの森にこれだけのアンデッドが隠されていたこと自体がおかしいと思っている」
「森に隠されていること?」
「自我や理性を持たないアンデッドが集団で同じ森の地中に自分から隠れると思うか?」
「いや……」
ダークと問いかけにアリシアは首を横に振って答える。ダークはチラッとアリシアの方を向いて目を赤く光らせた。
「つまりこの森に隠れていたアンデッドたちは誰かの手によってこの地中に隠されていたということだ」
「誰か……貴方が言っていた例の黒幕のことか?」
「その可能性は高いだろう。しかもこれだけのアンデッドを地中に隠すことができるとなると黒幕には大勢の仲間がいるということになる。あるいはその黒幕がアンデッドを操って地中に隠れさせることのできる力を持った職業を持っているのか……」
「アンデッドを操る職業……」
アリシアは難しい顔をしてアンデッドを操れる職業を考える。しばらく考えると、何かに気付いたのはハッと顔を上げた。
「……ネクロマンサー!?」
「やっぱりこっちの世界にも存在していたか……」
アリシアが口にした職業の名を聞いたダークは低い声で呟く。どうやらダークは職業がなんなのか気付いていたようだ。
ネクロマンサーは呪術を使って死体からゾンビやスケルトンのようなアンデッド族のモンスターを作り出すことのできる職業でアンデッドを作り出す以外にも闇属性の魔法を扱うことができるのだ。アリシアたちの世界では上級職とされているが、死体をアンデッドに変えるなどという人道的でないことをするため、極一部の者しか職業に選ばないと言われている。因みにLMFではネクロマンサーは中級職とされ、アンデッド族モンスターを召喚することが可能だ。召喚されたモンスターはNPCとして活動し、モンスターや敵プレイヤーと戦ってくれるので職業に選ぶプレイヤーも少なくないとされている。
今回の一件にネクロマンサーが絡んでいる可能性があると知ったアリシアの目が鋭くなる。上級職とされているネクロマンサーがアンデッドを使い、バミューズの町を襲おうとしているのだから当然だった。だが、アリシアにはもう一つ気になることがあった。
(……ネクロマンサーがなぜこの町を襲う? いや、それ以前にこの国にネクロマンサーなどいたか? この国には上級職の職業を持つ者は大勢いるがネクロマンサーをやっている者がいるなど聞いたことが無い。存在していれば必ずアルメニスで情報を得ることができるはず……それなのに聞いたことが無いということは、その黒幕はセルメティア王国の外から来たのか?)
なぜネクロマンサーがこの国にいてバミューズを襲うのか、その理由が分からずアリシアは心の中で考える。そんなアリシアを見ていたダークはそっとアリシアの肩に手を置いた。
「……そんなに深く考え込むな。黒幕がネクロマンサーかというのは可能性の一つだ。もしかすると大勢の仲間がいてソイツらに死体を隠させたかもしれない」
「いや、ネクロマンサーである可能性は高いかもしれない。貴方の言う通り大勢の仲間がいてソイツらにアンデッドたちを隠させたのだとしたらかなりの大人数ということになる。そんな大勢の人間が動けばバミューズの住民たちが気付くはずだ。それなのに誰もこの森で誰かがアンデッドを地中に埋める光景を見ていない。つまり、ネクロマンサーがアンデッドを操って地中へ隠れさせた可能性が高いということだ」
アリシアの推理を聞いたダークは黙ってアリシアを見つめる。すると肩に乗せていた手をそっと退かしてダークはゆっくりと腕を組む。
「……なるほど、そう考えれば仲間がいるという可能性は低くなるな」
ダークは低い声を出しながら呟き納得する。
「そうなると、私が目撃したあの人影が黒幕なのかもしれないな……」
「人影、ダークが昨夜港で見た幽霊船に乗っていたという?」
「ああ、町に侵入してきたスカルバードはその幽霊船があった方から飛んできた。恐らく幽霊船の中にスカルバードを隠しておき、襲う時に外に出したのだろう」
「それじゃあ、やはりその人影がネクロマンサーである黒幕ということか?」
「それはまだ分からん。断定するにはまだ情報が少なすぎる。もう少し情報を集めてから考えないといけない」
幽霊船に乗っていた人影が黒幕なのか、なんの目的でバミューズを襲うのか、ダークたちは小さいことは幾つか分かったが大きいことはまだ何も分かっていなかった。この事件を解決するには黒幕の正体と目的を突き止め、その黒幕を倒さないといけない。
だが黒幕がどんな姿でそこに潜んでいるのか分からない以上は大きく動くことはできない。下手をすればこちらの動きに気付いた黒幕が逃げてしまう可能性もあるからだ。今のダークたちにできるのは少しずつ敵の情報を集めることだった。ダークとアリシアが小さく俯いて考え込む。
「……マスター」
ダークとアリシアが黒幕の正体や目的について考えていると、ダークの頭の中にノワールの声が響く。声を聞いたダークはゆっくりと顔を上げる。
「ノワールか?」
返事をするダークの声を聞き、アリシアはふとダークの方を向く。ダークはノワールの会話をしているようだがノワールの姿は何処にも無い。アリシアがダークと共に町を出てこの森を調べに行く時には既にノワールの姿は無く、尋ねると別行動を取っているとアリシアは聞いていた。
ダークはアリシアが自分を見ていることを確認するとそのまま声を出したノワールと会話を続けた。
「お前から連絡してきたということは、何か見つけたのか?」
「ハイ、マスターに言われたとおり、幽霊船が消えた方角へ飛んで海に面した場所を調べていたらある物を見つけました」
「ある物?」
「大きな洞穴です」
バミューズの近くの海に面した場所に大きな洞穴を見つけた。ノワールからそれを聞いたダークはピクリと反応する。アリシアもダークが何かに反応したのを見て表情が分かった。
ダークたちが森を調べている頃、バミューズから2km程離れた所の上空ではドラゴンの姿をしたノワールが地上を見下ろしている姿があった。その後ろには竜翼を広げて同じ高さを飛んでいるマティーリアの姿もある。ダークに頼まれてノワールに同行しているのだ。
ノワールは前脚二本で自分の頭ほどの大きさはある四角い水晶を挟むように持っている。それは以前ダークがアリシアに渡したことのある遠くの仲間と会話ができるメッセージクリスタルだった。ダークはノワールと別行動を取る時にノワールにメッセージクリスタルを渡し、何かあったら連絡するよう指示していたのだ。
水色に光るメッセージクリスタルを持ったままノワールは遠くを見つめている。ノワールの視線の先には高さ200mはある海食崖があり、その海食崖には大きな洞穴が開いていた。
「大きさからして200mはある洞穴ですね」
「200mか……中型の帆船なら隠せそうだな」
メッセージクリスタルから聞こえてくるダークの声を聞いてノワールはチラッとメッセージクリスタルを見る。黙ってノワールとダークの会話を聞いていたマティーリアもチラッとノワールが持つ四角形の水晶を見つめた。
「どうしましょう、マスター? 調べてみましょうか?」
「そうだな、一度調べてみた方がいいだろう……ノワール、行ってくれるか?」
「任せてください」
「そうか、それなら頼むぞ……だがあまり深く調べるな? もしその洞穴に幽霊船が隠してあればそこが敵の隠れ家ということになる。どんな罠が仕掛けてあるか分からない。一通り調べたら町に戻れ」
「分かりました」
ダークとの会話が終わるとノワールの持っていたメッセージクリスタルの光が消え、高い音を立てて砕け散った。
メッセージクリスタルが消滅するとノワールは遠くに見える海食崖を見つめて飛んでいこうとする。するとそこに黙って会話を聞いていたマティーリアが近づいてきて面白そうな顔でノワールに話しかけてきた。
「なあなあ、ノワール。さっきの水晶、どんな仕掛けなのじゃ? どうやって遠くにいる若殿と会話をしていた?」
「……あれはマスターと僕がいた世界で作られたマジックアイテムですが、どんな仕掛けになっているかは僕やマスターにも分かりません」
「なんと、あれもLMFという世界の物じゃったか! 遠くにいる者と会話ができるアイテムまであるとは、お主たちのいた世界は本当に不思議な所じゃのう」
ノワールの話を聞いてマティーリアは竜翼を羽ばたかせながら笑う。
ドラゴンであった彼女にとっては人間の使う道具や技術などはとても珍しく見えマティーリアはなんにでも興味を持つようになった。そんな中でダークとノワールが別の世界であるLMFから来たと知り、そこではこの世界では考えられないようなアイテムが大量にあると知ると、更に興味が湧いたのかダークとノワールにLMFのことを色々訊いてくるようになったのだ。
ダークはなんでもかんでも訊いてくるマティーリアの相手をするのを面倒に思っており、ノワールも同じように感じている。後ろで空中を飛び回りながら楽しそうにしているマティーリアを見てノワールは小さく溜め息をついた。
「……それよりもマティーリアさん。僕はこれからあの洞穴を調べに行きます。マティーリアさんも一緒に来てもらいますよ?」
「うん? ……ああ、いいぞ。一緒に行ってやろう。一人で町に戻るよりもお主と一緒に行った方が楽しそうじゃからのう」
「ハァ……お願いですから騒ぎを起こすようなことはしないでくださいね? もしあそこがマスターの仰ったように敵の隠れ家だったら面倒なことになりますから……」
「分かっておる。儂もガキではない、それぐらいのことは承知しておる」
「……見た目はガキですけどね」
「何が言ったか?」
「いいえ、何も」
適当に話を終わらせるとノワールは海食崖の洞穴に向かって飛んでいく。マティーリアは飛んでいくノワールの姿をしばらく目を細くして見ていたが、すぐにノワールの後を追って飛んでいった。
海食崖に近づくとノワールとマティーリアは大きな洞穴の前でゆっくりと降下する。マティーリアは近くにある岩場に下り立ち、ノワールは空を飛んだままマティーリアの隣で洞穴を見た。二人がいる岩場には大きな岩や小さい石などが沢山あり、普通の人間では歩き難い場所になっている。更に海の方から海水も来て岩場にいる二人に水しぶきをかけた。だがノワールとマティーリアはそんなことを気にもせずに岩場を進んで洞穴に近づいていく。
洞穴の中に入ると二人は上を見る。洞穴は思ったよりも広く、少し声を出せば声が洞穴の奥まで響いた。ノワールは低空飛行で洞穴の奥へ進んでいき、マティーリアは歩いて進んでいく。すると、マティーリアが足を止めて下を見る。彼女の足元には水が広がっており、数匹の小魚が泳いでいた。
「洞穴の中は水浸しじゃな。小魚もおるし……どうやら満潮になるとこの洞穴の中は海水で満たされるようじゃな」
「もしここに例の幽霊船が隠してあるのなら潮が引いている時は幽霊船は出せませんが、満潮になれば海に出せるということになります。こんな潮が引くような場所に船を隠すとは誰も思いませんからね。船を隠すには打ってつけってことですよ」
「じゃがまだここに幽霊船があると決まったわけではないじゃろう?」
「ええ、それを確かめるためにももっと奥へ進まないといけません」
ノワールは暗い洞穴の奥へと飛んでいき、マティーリアもその後をついて奥へと進んでいく。奥に行くにつれて次第に暗くなり、ノワールとマティーリアは用心して奥へ進んでいった。
奥に進むにつれて鍾乳洞のような場所になっていき、外からの明りだけではハッキリと見えないくらい暗くなってきた。さすがにこんな暗い状態で先へ進むのは危険だと感じたのかノワールは進むのをやめる。
「どうした、進まんのか?」
「ちょっと待ってください。このまま進むのは危険ですので、明るくしましょう」
そう言ってノワールは子竜の姿から人間の姿に変身し、持っている杖を掲げた。
「小さな太陽!」
ノワールの杖の先に小さな光球が現れ、天井に向かって上昇していく。天井の数cm手前で止まった光球は光を放ち暗い洞窟内を照らす。
明るくなったことで暗かった洞窟内もハッキリと見えるようになった。天井には沢山の蝙蝠がぶら下がっており、突然明るくなったことに驚いたのは洞窟の外へ逃げ出していく。だがノワールは蝙蝠に群れなどに驚くこと無く洞窟の奥を見ていた。彼の視線の先には洞窟の奥でボロボロの帆船、昨夜ダークが港で目撃した帆船と同じ物が停泊している光景があったのだ。
「これは……」
「……これが例の幽霊船か?」
「まだ分かりません……ですが、バミューズの町の近くにある洞穴でボロボロの帆船が隠されていたんです。偶然とは思えません……これがマスターの見た幽霊船で間違いないでしょう」
目の前の帆船が幽霊船だと確信するノワールは杖を強く握る。洞窟内に自分たち以外に誰かいないかを確認しながら幽霊船に近づいていくノワール。マティーリアも幽霊船を見ながらノワールの後をついていく。
「……近くで見ると意外とデカいのう」
「そうですね。大きさからして輸送船か何かだったんでしょう。それが嵐か事故かで廃船となり、黒幕と思われる人物がそれを見つけて利用した、と言ったところですね」
「じゃがどうやってこんなデカい帆船を動かしとるんじゃ? ここまでボロボロだと海に浮かぶこともできないはずじゃぞ」
「アンデッドを扱うような人が黒幕ですよ? 大きな船を動かす魔法ぐらいは使えるはずですよ」
目の前の幽霊船をどうやって動かしていたのか、ノワールは幽霊船を見上げながら答える。マティーリアは両手を後頭部に当てながらノワールの話を聞いているがその表情は何処か退屈そうだった。
幽霊船を一通り観察したノワールは明るくなっている洞窟内を見回す。今自分たちがいる洞窟内には幽霊船があること以外変なところは無い。ノワールはそれが逆に変だと思っていたのだ。
(此処に幽霊船が隠されているという事は此処が敵の隠れ家ということになるはず。なのにこの洞窟内には僕とマティーリアさん以外気配を感じない。此処は敵の隠れ家じゃないってことなのかな……?)
黒幕が隠れている場所は別にあると考えるノワールはしばらく幽霊船を見つめた後、振り返って出口のある方へ歩き出す。
「どうした?」
「バミューズに戻りましょう。このことをマスターたちに報告しないといけません」
「なんじゃ、せっかく見つけたのに壊していかんのか?」
「ここで壊すのは簡単です。だけどそれだと幽霊船が壊されたことで黒幕に逃げられてしまう可能性があります。確実に黒幕を捕まえるためにもう少し泳がせた方がいいでしょう」
外見に似合わず大人のような考え方と話し方をするノワールを見てマティーリアは意外そうな顔をする。ノワールが出口に向かって歩いていき、マティーリアはもう一度幽霊船を見た後にノワールの後を追いかけた。二人が洞窟を出た直後に、小さな太陽の光球は消えて洞窟内は再び暗くなる。
――――――
仕事を終えたダークたちはバミューズの町へ戻った。ダークたちは港にある酒場の二階の一室に集まってすぐに情報の交換を始める。部屋にはダークと子竜の姿に戻ったノワール、隊長であるアリシア、リーザの姿がありそれぞれの情報を確認した。
ダークとアリシアは黒幕の正体がネクロマンサーであることを話し、ノワールは海食崖で見つけた洞穴の中に幽霊船があることを話した。一度に大きな情報が二つも入ったことにリーザは驚きの表情を見せている。
「黒幕の職業がネクロマンサーでバミューズの近くに幽霊船が隠されていた……敵は私たちが思っている以上に大きな力を持っているようだな」
リーザは椅子に座りながら真剣な顔を見せる。多くのアンデッドが町の周辺に現れたことから彼女も闇の力を持つ魔法使いが黒幕だと考えてはいた。だがリーザはてっきり呪術師のような中級職の敵かと思っており、上級職のネクロマンサーが黒幕だとは思っていなかったようだ。
「リーザ隊長、この国にネクロマンサーを職業に持つ者などいましたか?」
「いや、私は聞いたことは無い。この国で上級職を持つ者は殆ど首都であるアルメニスにいる。騎士団にいれば必ず耳に入るはずだ。だが今日までネクロマンサーの情報など聞いたことは一度も無い」
「ではやはり、黒幕は国外から来た者……」
「そう考えた方がいいな……」
リーザもセルメティア王国にネクロマンサーがいるなど聞いたことがないと言い、アリシアは黒幕がセルメティア王国以外の国から来たと考える。ダークとノワールはセルメティア王国以外の国については殆ど知識が無いため、アリシアの考えが正しいと思うしかなかった。
「黒幕はセルメティア王国以外の国の奴が……」
「でも、どうして他所の国のネクロマンサーがこの国にやってきたのでしょう? まさか他所の国がセルメティア王国に宣戦布告するための余興として……」
「それは考え難い。今日までセルメティア王国が他国といざこざがあるなど聞いていない……そうだろう、アリシア?」
「ああ、そんな問題は一切無い。恐らく、そのネクロマンサーが独断で行なったことだろう」
他国とのもめ事は何も無いと聞き、ノワールはダークの肩に乗りながら難しい顔をする。いったいなんのために、どうしてこの国でこんな事件を起こしたのか、ダークたちはまだ肝心なことを何も分かっていなかった。
「黒幕が何を考えているのか、それはその黒幕を見つけ出して直接訊くのがいいだろうな」
「でもその黒幕は何処にいるんでしょう? 幽霊船のあった洞窟には誰もいませんでしたよ」
「その幽霊船の隠し場所にいないとなると隠れ家は別にあるということになる。恐らく洞窟の近くだろう」
「それじゃあ、今から探しに行くのか?」
「いや、今から探しに行っても恐らく見つかる可能性は低いだろう。それにあまり幽霊船の近くを探し回っていると黒幕が感づいて逃げ出すかもしれない。それに兵士たちもまだ疲れが抜けていないはずだ。明日にしよう」
「でもその間にその黒幕が遠くに逃げてしまう可能性もあるのではないか?」
「それは無いだろう。これだけ長い間この町の周辺にアンデッドを徘徊させたり幽霊船を見せていたんだ。ここまで騒ぎを起こしておいて途中でやめるとは思えない。それに昨夜の戦いで私たちは大量のアンデッドを倒したんだぞ? 自分の駒であるアンデッドを倒されて黙って逃げるとも考え難い」
自分の手駒であるアンデッドを破壊されて黙っているネクロマンサーはいない。ダークは黒幕は絶対にこの町を諦めたり、逃げ出したりしないと確信していた。アリシアたちはダークの話を聞いてそうかもしれないと思ったのか異議を上げること無く黙って頷く。
――――――
日が沈み、闇夜がバミューズ周辺の森や林を暗くする。林の中にある小さな洞穴の奥にあるミュゲルの隠れ家ではミュゲルが右腕のサリィと向かい合って話をしている。サリィからの何かの報告を聞いているミュゲルは真剣な顔で自分の髭を整えていた。
「……そうですか、王国騎士団の兵士たちはまだ完全に回復していませんか」
「ハイ。ですがそれでもまだ全体の半分の兵士たちが戦える状態にあります」
「昨夜、私の可愛い息子たちが騎士団の兵士たちに倒されたと聞いた時は驚きました。何しろあの森には六十体近くのスケルトンやゾンビを隠しておきましたからねぇ……それがたった二十数人に全滅させられたのですから、最初は耳を疑いましたよ」
ミュゲルは髭を整えながら少し不機嫌そうな声で呟いた。サリィはそんなミュゲルを黙って見つめている。
昨夜、アリシアたちによって大量のアンデッドが倒されたということをサリィから聞かされた時、ミュゲルは耳を疑った。二十数人、しかも人間の部隊が自分の創り出したアンデッドたちを全て倒し、しかもアリシアたちには一人の戦死者も出ていないのだから驚くのは当然と言える。ミュゲルは自分のアンデッドが簡単に倒されたことにプライドを傷つけられたのか、それからずっと不機嫌そうな顔をしていた。
「どうやら王国騎士団の中にはそれなりの実力者がいるようですね。更にスカルバードを一人で倒したという黒騎士も……」
「ハイ、幽霊船から港の様子を見ていた時は驚きました。まさか一人で全てのスカルバードを倒す者がいるなんて……」
サリィは少し引く声を出してダークのことをミュゲルに話す。どうやら彼女は幽霊船から望遠鏡か何かを使って港の戦いを見物していたようだ。
「バミューズにいる騎士団の連中がどれだけの力を持っているのかを確かめるためにわざわざスカルバードを町に侵入させたというのに、とんだ大損をしてしまいました……ですが、悪いことばかりでもありませんね」
「ハイ?」
「私の息子たちを全滅させた連中とスカルバードを一人で倒した黒騎士、その者たちの体を使えば最強のアンデッドを創り出すことができます。なんとしてもその者たちの体を手に入れますよ!」
「ハイ! ……ミュゲル様がお望みとあらば、このサリィ、今すぐにでも奴らを始末してまいります」
「そうですねぇ……」
頭を下げるサリィを見てミュゲルは考え込む。このままサリィにやらせるのもいいが、それでは面白くないと考えるミュゲル。するとミュゲルは何かを思いついたのか不敵な笑みを浮かべてサリィの方を向いた。
「……せっかくです。私も行きましょう」
「ミュゲル様もですか?」
「ええ、私の息子たちを倒した者たちの顔を殺す前に一目見ておこうと思いましてねぇ……いや、死体になっても顔は見られるのですから同じですか……ですが、生きている時の顔も一度は見ておかないと。ホホホホ」
上を向いて楽しそうに笑うミュゲルをサリィは何も言わずに黙って見つめている。サリィは長いことそんなミュゲルを見ているのか気持ち悪がる様子を一切見せなかった。
ミュゲルは自分が妄想の中に入っていたことに気付くと小さく咳をしてから話を戻した。
「オホン……サリィ、貴女にはもう一度幽霊船に乗って海からバミューズに向かっていただきます。ですが、今回は昨夜のように騎士団の力を測るようなことはしません」
「どうするのですか?」
サリィが尋ねるとミュゲルは再び不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「……今晩、バミューズの町を地図から消します」