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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第四章~港町の死霊~
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第三十六話  アンデッド急襲!


 ダークたちと分かれたアリシアとマティーリアはバミューズの正門前にやってきた。既に正門の前にはリーザと彼女の小隊が集まっており、外に出た後などについて話し合いをしている。アリシアは待たせてしまったリーザたちを見ると走って彼女たちの下へ向かう。一方でマティーリアはリーザたちを見ても走ること無く呑気に歩いてアリシアの後をついていった。

 部下の兵士たちと話をしていたリーザは町の方から走ってくるアリシアとマティーリアに気付くと兵士たちと話すのを一旦やめて二人の下へ歩いていく。


「遅かったな、アリシア」

「すみません。ダークたちに挨拶してきたので……」


 遅れたのを謝るとアリシアは集まっている兵士たちの下へ向かう。マティーリアは歩く速度を上げること無くのんびりとアリシアの後をついていった。

 アリシアとマティーリアが合流すると先に集まっていた兵士たちはやってきた二人に注目する。兵士たちはかつて自分たちと同じ第三中隊に所属していたアリシアを見ながら何やら小声で話をしていた。


「アリシア隊長、最近どんどん功績を上げているよな?」

「ああ、この前も西の森で暴れていたウォーグリズリーの群れを一小隊だけで全滅させたって話だ」

「ウォーグリズリーって言ったらスゲェ凶暴な熊だっていうじゃねぇか。一匹や二匹ならともかく、群れを全滅させるには二個小隊以上はいるって言われてるぞ? それを一個小隊でかよ……」

「マーディング卿や団長からお墨付きを得ているって話よ?」

「この調子なら特務隊の隊長にもなれるって言われてるらしいよ?」

「ウソォ? 凄いじゃない」

「ついこの間まで俺たちと同じ中隊に所属していたのに今じゃ一中隊長かよ……」

「さすが貴族出身は違うよな……」


 周りから聞こえる兵士たちの話をアリシアは前を向いたまま黙って聞いている。隣に立つマティーリアはそんなアリシアを黙って見上げていた。

 騎士団の中には急に昇進したアリシアに対して驚きや憧れ、中には嫉妬のような気持ちを抱く者も多くいる。そういった感情はどんな組織の中にも必ず生まれるものだ。だがアリシアはそんなことは一切気にせずに自分の仕事をこなしていった。周りの嫉妬や嫌味などをいちいち気にしていたらきりがないと考え、自分のやり方で騎士の仕事をしているのだ。

 兵士たちが小声で話をしているとリーザが手をパンパンと叩く。すると兵士たちは一斉に口を閉ざして前に立っているリーザの方を向いた。全員が自分に注目しているのを確認したリーザは兵士たちを見ながら任務の説明を始める。


「これより私たちは町の外に出て町の周辺に出没すると言われているアンデッド族モンスターの討伐と出没する原因の調査を行う。町長殿の話では出没するアンデッドはゾンビやスケルトンのような実体系のモンスターだけとのことだ。だが、実体系だけというのはバミューズに住んでいる住民たちがこれまで目撃したのが実体系だけだからだ。もしかすると実体系以外にも霊体系のアンデッドが現れるかもしれない。決して油断するな? もし霊体系が現れたらすぐに私かアリシアに知らせろ。いいな?」

『ハイッ!』


 リーザの言葉に兵士たちは声を揃えて返事をする。その中にはアリシアの姿もあった。だがマティーリアだけは返事をすることなく、欠伸をして眠たそうな顔をしている。兵士たちはそんなマティーリアの態度を見て軽蔑するような視線を彼女に向けた。

 

「おい、ヤル気を出している皆の前で欠伸をする奴があるか」

「妾は正式な騎士団員ではない。気分までお主たちに合わせる必要は無いじゃろう?」


 注意するアリシアを見ながらめんどくさそうな顔で答えるマティーリア。それを見た周りの兵士たちは不機嫌そうな顔でマティーリアを見ていた。

 マティーリアは少し前に突然アリシアの部隊の仮隊員としてやってきた存在。見た目が幼女であるうえに偉そうな態度を取ることから騎士団の中には彼女を良く思わない者も多く存在する。更に人間ではなく竜人であるうえに一度はワイバーンたちを従えてアルメニスを襲撃しようとしていたのだから、殆どの兵士や騎士たちはマティーリアを信用していないと言ってもいい。そんな中でアリシアはマティーリアが問題を起こさないよう必死だった。そのマティーリアが更に兵士たちの反感を買う度にアリシアは深く溜め息をつくのだ。


「ハァ……開門!」


 空気が悪くなりそうなのを見てリーザは兵士たちの気持ちを切り替えさせるために正門を開かせる。大きな音を立てながら開く正門を見て兵士たちの表情が変わった。アリシアも真面目な顔になり、隣でめんどくさそうな顔をしていたマティーリアも仕方が無さそうな顔で正門の方を見た。

 正門が完全に開くとアリシアたちは固まってバミューズの外に出ていく。正門の上や近くにある見張り台からは町に残るアリシアの部隊の兵士たちが外へ出て行くアリシアとリーザたちを見ており、心の中で無事に戻ってくることを祈る。アリシアたちが全員町を出ると正門は再び大きな音を立てながら閉まりだし、数秒後には完全に閉じた。

 町を出たアリシアたちは道に沿ってしばらく進んでいき、町から200mほど離れた所まで来ると道の左右にある大きな森の中へと入った。森はバミューズの町の半分以上を囲むくらい大きく薄暗い。月明りはほとんど入らない状態なため、兵士たちは松明を持って森の中を進んでいくが、それでも明るさは殆ど変わらないので森は不気味な雰囲気を漂わせていた。


「随分薄暗いな……気味が悪いぜ」

「最近はこの森の中や町の近くから不気味なうめき声が聞こえてくるらしいぞ?」

「それって例のアンデッド族モンスターのこと?」

「ええぇ!? 大丈夫なの、これだけの人数で?」


 森に入るとすぐに兵士たちの半分以上は薄暗い森に怯えたのか表情を暗くする。アリシアやマティーリア、リーザや一部の兵士たちは怯える様子も見せずに周囲を見回していた。

 今回の任務に就いたリーザの部隊の中には騎士団に入って間もない新人の兵士が数人いるため、彼らは初めての森での調査、しかも真夜中の任務でかなり緊張していた。騎士団に入って長い兵士ですら緊張するのに新人の兵士たちが落ち着けるはずがない。だが、彼らを一人前の兵士にするにはこういった任務も経験させておく必要があったのだ。

 新人の兵士たちが不安そうな顔で話していると先頭を歩いていたリーザが立ち止まり、アリシアたちの方を向くと真剣な顔で口を動かした。


「では此処で部隊を幾つかの班に分けて広範囲を調査する。私とアリシア、そして一部の兵士を班のリーダーとして町の周囲を細かく調べる。分かっていると思うがもしアンデッドと遭遇したら自分たちだけで倒そうなどと考えるな。必ずアンデッドと遭遇したことを大声で叫び、近くにいる別の班に知らせて協力して討伐するんだ。特に今回は新人の兵士も何人かいる。絶対に無茶はするな?」


 リーザの忠告を聞き、兵士たちは真剣な顔で一斉に頷く。アリシアも黙ってリーザを見ており、マティーリアは肩を回しながら話を聞いている。それからリーザは森を調査するために班のリーダーに相応しい者を選んでいくつかの班を作り、森の調査を開始した。

 班が決まると一斉にバラバラになり、広い森に散らばる。班は四人で一つの班とされ、全部で六つに分けられた。アリシアやリーザ、ベテランの兵士が班のリーダーとなり、残り三人の兵士を連れて調査を始める。因みにマティーリアは問題を起こす可能性があるので、班のリーダーには選ばれず、アリシアの班に入れられた。


「私たちは森の東側を調べる。はぐれないようにしろ?」

「ハ、ハイ!」

「分かりました」


 アリシアをリーダーとした班が森の東側に向かって進みだす。アリシアの後ろにはマティーリアと槍を持った男の兵士、剣を持った女の兵士が後をついていく。二人はどちらも十代半ばくらいの若さでリーザの隊に入ったばかりの新人だった。二人とも若くして聖騎士になったアリシアを見て感動しているのか緊張しているようだ。

 静かで暗い森の中をしばらく進むアリシアの班。森の中にはフクロウのような夜に活動する鳥の鳴き声などが聞こえ、森の中を調査する兵士たちを驚かす。アリシアも真剣な顔でそんな不気味な森を調査していった。

 

「ア、アリシア隊長、本当にこの森にアンデッドが出るんですか?」


 アリシアの後ろをついてくる新人の女兵士が不安そうな顔でアリシアに尋ねる。やはり新人で実戦経験が浅いのかモンスターと遭遇することを恐れているようだ。もう一人の男の兵士も同じように不安そうな顔している。


「……まだ分からない。だが町長や町の住民たちはバミューズの周辺、特にこの森で何度もアンデッドを目撃したと言っていた。今日もこの森に現れる可能性は高い」

「も、もしアンデッドと遭遇したらどうすれば……」

「現れるのは実体系のアンデッドばかりだと聞いている。霊体系なら私かリーザ隊長でしか倒せないが実体系のアンデッドなら物理攻撃でも倒せる。そんなに怯えることはない」

「そ、そうですか……」

「よかったぁ……」


 自分たちでもアンデッドを倒せると聞かされた兵士と女兵士は安心の笑みを浮かべる。そんな二人の顔を見てマティーリアはどこか呆れたような顔をしていた。

 いくら自分たちでも倒せる敵だと知っても決して油断してはいけない。少しの油断が命取りになるということを知っているマティーリアは安心する二人の新人を見て戦いを甘く見ているなと感じていたのだ。


「因みに実体を持つアンデッドはどう倒せばいいのでしょう?」

「スケルトンなどは普通に攻撃すればいい。何度も攻撃して骨の体をバラバラにすれば倒せる。だがゾンビのようなアンデッドは体に攻撃しても効果は無い。奴らの弱点は頭部だ。頭を破壊するか首を切り落とすかすればいい」


 アリシアはアンデッドとの戦い方を知らない二人の新人に分かりやすく対処法を教える。兵士と女兵士も真剣にアリシアの説明を聞いていた。すると三人の会話を見ていたマティーリアが聞こえないくらい小さく溜め息をつく。


(本当に大丈夫なのだろうか? 実戦経験の少ない新人じゃ、モンスターと遭遇した途端に恐怖に呑まれた戦えなくなるのではないかのう……)


 マティーリアは新人の兵士たちがアンデッドと遭遇しても落ち着いて対処できるのか心配した。

 モンスターと戦うのは人間は相手にするのとは違う。自分たちができないこと、想像もつかないことをして襲い掛かってくる。そんな敵を前にすればどんな戦士でも動揺を見せるだろう。モンスターとの戦いに慣れていない新人の兵士たちがそんな戦況に出くわした時、果たして冷静さを保っていられるのだろうか。マティーリアはそのことを心配していた。

 アリシアの部隊は慎重に森の奥へと進んでいく。アリシアを先頭にその後ろを新人の兵士二人、そして殿にマティーリアが付き、ゆっくりと進む。そんな中、アリシアたちが通ったところの土が僅かに動く。それに気づいたマティーリアは足を止めて動いた場所を見下ろす。


「どうした、マティーリア?」


 立ち止まったアリシアがマティーリアに尋ねるとマティーリアはゆっくりとアリシアの方を向く。


「……今此処の土が動いたような気がしてな」

「地面が?」


 アリシアは不思議そうな顔でマティーリアの足元を見る。だが、そこにはなんの違和感も無い地面があるだけだった。アリシアは小首を傾げながら地面を見つめ、新人の兵士二人もアリシアの後ろから黙って地面を見下ろしている。


「普通の地面だぞ? 気のせいじゃないのか?」

「ウム……気のせい、だったのか?」


 マティーリアはロンパイアを肩に担ぎながら難しい顔をして足元を見つめる。アリシアは呆れたような顔でマティーリアを見ており、新人の兵士たちは人騒がせだな、と言いたそうな顔でマティーリアを見ていた。しかし、マティーリアには気のせいとは思えなかったのだ。この森には何かある、何か恐ろしい秘密が隠されているとマティーリアは考えていた。

 そして、そのマティーリアの予感は的中することになる。

 アリシアの班から少し離れた所で四人の兵士によって構成された班が森の中を調べている。四人の内、二人はリーザの隊に入って長いベテランの兵士であとの二人は新人の兵士と女兵士となっていた。

 ベテランの兵士二人が横に並びながら進み、その後ろを新人二人がついていく。こちらの新人二人もアリシアの班の新人たちと同じで薄暗い森の中でアンデッドの調査をすることに緊張している様子だった。


「この辺りはでこぼこしていて歩き難い。おまけにこれだけ暗いんだ。気を付けて進めよ?」

「ハ、ハイ!」


 先輩の兵士に注意され、新人の兵士は緊張しながら返事をする。大きめの石や木の根っこなどが足に当たり、その度に新人の二人は驚き足元を見ていた。すると、新人の兵士が何かを見つけてピタリと足を止める。


「どうしたの?」


 新人の女兵士が立ち止まった兵士に問いかける。兵士は片手に松明を持ちながら姿勢を低くして地面に顔を近づけた。


「今、この辺りで何かが光ったような気がしたんだ」

「光ったって何が?」

「分からねぇよ。ただ銀色に光ってたから金属製の何かだと思うんだけど……」


 何かが松明の明りで光り、それを見つけた兵士はその正体を調べようとする松明を地面に近づける。すると、地面から先端の尖った金属製の何かが飛び出しているのを見つけた。

 それを見て兵士と女兵士は不思議そうな表情を浮かべた。そこへ同じ班のベテラン兵士二人が歩いてくる。新人たちがついてこずに立ち止まっているのに気づいて少し怒っている様子だった。


「おい、何を立ち止まっている?」

「あ、すみません。彼が何か光る物を見つけたらしくてそれがなんなのかを調べて……」


 女兵士が兵士たちに理由を説明しようとした、その時、尖った金属が飛び出している地面の下からもの凄い勢いで一体の骸骨が飛び出してきた。成人男性ぐらいの大きさで腰に布を巻いただけの動く骸骨。そう、アンデッド族モンスターのスケルトンだ。


「う、うわあああっ!?」


 飛び出してきたスケルトンに新人の兵士は悲鳴を上げながら座り込み、持っていた剣と松明を地面に落とす。近くにいた女兵士や近づいてきたベテランの兵士二人もいきなり現れたスケルトンに驚きの表情を浮かべる。スケルトンの手には先端の尖った短剣が握られており、落ちている松明の明りで短剣の刀身は銀色に光っていた。

 兵士の悲鳴を聞いたアリシアたちや離れた所を調べているリーザたちも一斉に悲鳴の聞こえた方を向く。そして地面の下から這い上がってくるスケルトンの姿を見て全員の顔に緊張が走った。


「あ、あれはスケルトン!」

「地面の下に隠れていたのか」


 スケルトンを見て驚くアリシアと落ち着いた態度で呟くマティーリア。新人の兵士と女兵士は初めて見るスケルトンに恐怖を感じたのか僅かに震えていた。

 マティーリアが現れたスケルトンを見ていると彼女の足元の地面が僅かに盛り上がった。それに気づいたマティーリアは視線をスケルトンから足元に地面に変える。すると再び地面が盛り上がり、それを見たマティーリアはハッとして後ろへ跳ぶ。その直後、地面が盛り上がっている場所から一本の人間の腕が飛び出す。白い肌であちこちに傷が付いており、人間の物とは思えない気味の悪い腕だった。

 飛び出してきた腕を見たマティーリアがロンパイアを構えると腕に続いて人間の上半身が地面の下から出てくる。だが、その地面から出てきた人間は普通ではなかった。血の気の無い白い肌をした成人男性でボサボサの髪にあちこち破れたボロボロの服を着ている。何より生気の感じられない濁った目をしており、低いうめき声を上げながら地面から這い上がってきた。スケルトンに続いて地面の下から出てきた人の姿をした存在。誰が見ても一目でそれがアンデッドだということが分かった。


「チッ、こっちからはゾンビか……」


 マティーリアは地面から這い上がってきた人間の姿をした存在を見て舌打ちをする。ゆっくりと立ち上がったゾンビはうめき声を上げながら目の前にいるマティーリアに近づいていく。

 新人の二人はスケルトンに続いて自分たちの近くにゾンビが現れた事に更に衝撃を受けて固まる。アリシアは現れたゾンビを見てエクスキャリバーを抜き、迎え撃とうとした。だがそれよりも先にマティーリアは動き、ロンパイアでゾンビの首をはねる。首を切り落とされたゾンビは糸の切れた操り人形のようにその場に倒れて動かなくなった。マティーリアが動かなくなったゾンビを見ているとアリシアが駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」

「問題ない。やはり地面が動いたと感じたのは気のせいではなかったか……となると」


 鋭い目でマティーリアが周囲を見回し、アリシアも同じように周りを見た。すると散らばっている班の周りの地面が盛り上がり、そこから次々とスケルトンやゾンビが飛び出してくる。突然目の前に現れたアンデッドたちにリーザや兵士たちは驚き、素早く武器を構えた。

 アンデッドたちは次々と地面から這い上がり、円を描くようにアリシアたちを取り囲んだ。散らばっていたアリシアたちは一ヵ所に集まって自分たちを囲むスケルトンやゾンビを睨む。スケルトンやゾンビには短剣や手斧などを装備している者もいれば何も持っていない者もいる。装備だけなら大したことは無いが、その数はアリシアたちを超えており、確認できるだけでも三十体はいた。アリシア達の人数は二十三人、数ではアンデッドたちより劣っている。

 リーザは騎士剣を構えながらゆっくりと近づいてくるアンデッドたちを睨む。彼女の背後にはエクスキャリバーを構えているアリシアがおり、アリシアはアンデッドたちを警戒しながらリーザに声をかけた。


「完全に囲まれてしまいました……リーザ隊長、どうしますか?」

「……態勢を立て直すために一点に穴を開けてそこから包囲を突破するという手もある。だが、アンデッドの数が此処にいる奴らだけとは限らない。まだ地面の下に隠れている可能性もある。下手に動けば不利になるかもしれない。それにこのアンデッドたちは町へ近づけるわけにもいかない」

「それじゃあ……」

「ああ、この状態で戦闘に入る。新人たちには自分の身を守らせ、私たちでアンデッドたちは倒していく」


 リーザが今の状態が一番戦いやすい状態だと考えてこのまま戦闘に入ることを決断する。アリシアも他に良い作戦が無い以上はそれが一番いいと考えた。

 アンデッドたちに有利な光属性の攻撃ができる自分とリーザ、そして竜人であるマティーリアが戦いの要であるため、自分たちは他の兵士たち以上に頑張らないといけないとアリシアは強くエクスキャリバーを握る。マティーリアもめんどくさそうな顔をしているが、自分からこの任務についていくと言い出したので嫌とは言わずにロンパイアを構えた。


「皆、此処にいるアンデッドたちを町に近づかせるわけにはいかない。私たちだけでコイツらを全員倒す! 光属性の攻撃ができる私とアリシア、あと竜人であるマティーリアが先陣を切ってアンデッドを倒していく。他の者たちも警戒しながらアンデッドを倒していってくれ。新人たちは無理に戦おうとするな。自分の身を守ることだけ考えろ!」


 作戦が決まるとリーザは周りにいる兵士たちに力の入った声で指示を出す。それを聞いた兵士たちは一斉に自分の武器を構え、アンデッドを警戒しながら戦闘態勢に入った。遂にアリシアたちとアンデッドたちとの戦闘が始まる。


――――――


 アリシアたちが森でアンデッドたちと戦闘を始めた頃、バミューズの港にはダークたちの姿があった。少し前まで幽霊船が現れるか沖の方を見張っていたのだが、町の外から悲鳴が聞こえて全員町の外にある森の方を向いている。真夜中でとても静かだったため、遠くから聞こえてくる悲鳴もダークたちにはしっかりと聞こえていた。


「い、今の悲鳴って……」

「町の外に行ったリーザ隊の奴の悲鳴だろうな」

「もしかして、アンデッドと遭遇したのかしら?」

「多分な……」


 悲鳴を聞いたレジーナは少し怯えているような表情で森のある方角を見ており、ジェイクは真剣な顔で同じ方角を向いていた。ダークも腕を組みながら二人が見ている方角を黙って見ており、肩に乗るノワールもまばたきをしている。

 するとダークの隣にレジーナがやってきて不安そうな顔でダークに声をかけてきた。


「……ダーク兄さん、アリシア姉さんたち、大丈夫かしら?」

「心配ない。アリシアはレベル70だぞ? スケルトンやゾンビのような低級のアンデッドが相手なら余裕で倒せる。それにマティーリアやリーザもいるんだ。リーザは神官騎士で光属性の魔法も使える。苦戦することは無い」

「それは分かってるけど……他の兵士の人たちは大丈夫なの? いくらアリシア姉さんたちが一緒でも特別な力を持たない兵士たちにはアンデッドの相手はキツイんじゃ……」


 レジーナはアンデッドに対抗する力を持つアリシアたち以外の普通の兵士たちのことを心配する。彼らは特別な職業クラスを持っているわけでもないごく普通の兵士だ。しかも戦技が使えるほどレベルが高いわけでもない。そんな兵士たちが普通の攻撃が効き難いアンデッドと戦えば多少は苦戦するはずだ。

 兵士たちがアンデッドと戦って生き残れるのか少し不安そうな表情を浮かべるレジーナ。すると隣に立っていたダークが腕を組んだまま森に方を向いて言った。


「……心配ない。彼女たちならアンデッドと遭遇しても必ず生き延びる。私たちは私たちの仕事に集中しよう」

「……信じてるの? アリシア姉さんたちのこと?」

「当然だ。彼女たちなら無事に戻ってくる……それにそれぐらいの窮地も乗り越えられないようではとても首都や国を守ることなどできない」

「そ、そりゃあ、そうかもしれないけど……」

「それともお前はアリシアたちが低級のアンデッドに負けると思っているのか?」

「そ、そんなことないわよ」


 少しからかうような口調で尋ねてくるダークを見てレジーナは慌てて首を左右に振って否定する。それを見てノワールやジェイクはおかしいのかクスクスと笑いを堪えた。


「なら信じて待っていろ。自分の強さを知っていながら信じてくれていないと知ったらアリシアも気分を悪くするぞ?」

「……そうね、分かったわ」


 アリシアのレベルの高さとその実力を考えてレジーナはアリシアたちが無事に戻ってくると信じることにした。ダークはそんなレジーナを見て小さく笑い、そっとレジーナの頭に大きな手を乗せて撫でる。突然ダークが自分の頭を撫でてきたことにレジーナは少し驚きながら頬を赤く染めて照れた。ノワールとジェイクはそんなレジーナを見て再びクスクスと笑い出す。

 ダークがアリシアの頭を撫でるのをやめてそっと手を退かす。すると突然ダークが何かに反応して海の方を向いた。いきなり海を見たダークにノワールたちは不思議そうな表情を浮かべてダークを見ている。

 

「どうしたんですか、マスター?」


 ノワールが肩に乗りながら尋ねるとダークは背負っている大剣の柄を握り、いつでも抜ける態勢に入った。それを見てレジーナとジェイクは何か危険なものが近づいてくると気付き自分たちの武器を握る。


「兄貴、もしかして……」

「ああ、どうやら客人のようだ」

「客人って、幽霊船?」

「いや、違う……モンスターだ。それも海からではなく空から来るようだ」


 幽霊船ではなくモンスターが空から近づいてくると聞かされ、レジーナとジェイクは驚きながらエメラルドダガーとスレッジロックを構える。

 ダークは技術スキルでモンスター察知を装備しているため、遠くから近づいてくるモンスターがいればすぐに気づくことができた。だから姿を目で確認できない位置からでも察知できたのだ。

 海を見ながらダークたちが構えていると突如沖の方に霧がかかり沖の方が見えなくなった。それを見てレジーナは不気味さを感じたのか背筋を凍らせる。


「な、なんだか沖の方に霧がかかったわよ?」

「ああ、本当だな」

「そういえば……幽霊船が出る時ってなぜかいつも沖の方に霧がかかるって……」

「そう言えば言ってたな……ということは」


 幽霊船が現れる条件が揃ったことに気付き、ジェイクは警戒心を強くし、レジーナは目を泳がせた。ダークとノワールは霧のかかっている沖を見つめながらモンスターが姿を現すのを待っている。

 すると沖の方から何やら鳥の鳴き声のようなものが聞こえてダークたちは一斉に反応した。ダークが目を凝らして沖の方を見つめると黒い点のような物が八つ見え、それを見たダークは大剣を抜く。黒い点は港に近づくにつれて大きくなり、やがて形がハッキリと確認できる所まで近づいてくる。その正体をなんと白骨化した鳥だった。大きさは1mぐらいで翼や背中には数枚の羽が付いている。

 白骨化した鳥を見てダークはそれがアンデッド族モンスターだとすぐに気づく。ノワールも空から現れたアンデッドに意外そうな顔をしており、レジーナとジェイクも驚きの顔で白骨化した鳥を見ていた。


「あれはスカルバード!」

「おいおい、アンデッドはスケルトンやゾンビだけじゃなかったのかぁ!?」


 突然現れた予想外の敵に驚きを隠せないレジーナとジェイク。町長や町の住民たちからは町の周辺に出没するアンデッドはスケルトンとゾンビだけだと聞いていた。そのため、空を飛ぶスカルバードの出現、しかも町へ侵入してくることなど全く予想していなかったのだ。

 動揺するレジーナとジェイクの前ではダークとノワールが黙って空を見上げている姿がある。二人とも動揺する様子は一切見せず冷静にスカルバードを見ていた。


「まさかあんなモンスターまで現れるなんて……」

「町長やベンは奴らのことは何も言わなかった。恐らく今日初めて現れたアンデッドだろう」

「やはりアイツらも外で目撃されたゾンビやスケルトンと同じ存在なのでしょうか?」

「ああ、間違いないだろう……」


 ダークとノワールは冷静にスカルバードの正体を分析する。すると空を飛んでいたスカルバードたちは港にいるダークたちの存在に気付いたのか、一斉にダークたちに向かって飛んでいく。

 勢いよく飛んでくるスカルバードを見てレジーナとジェイクは慌てて戦闘態勢に入った。ダークの大剣を構えて近づいてくるスカルバードに集中する。そして一匹のスカルバードがダークに向かって急降下し襲い掛かった。

 ダークは急降下してくるスカルバードを見ると大剣を大きく横に振る。大剣の大きな剣身はスカルバードの体を一撃で粉々にし、砕け散ったスカルバードの体はダークの足元に散らばった。


「フッ……所詮低級アンデッドではこの程度か」

「さ、流石は兄貴だな……」


 物理攻撃に強いアンデッドを一撃で倒したダークを見てジェイクも負けてられないと思ったのかスレッジロックを構えて上空を飛んでいるスカルバードたちを睨む。レジーナもエメラルドダガーを構えてスカルバードを警戒したが、相手は空を飛んでいるため、敵が高度を下げないことにはこちらの攻撃は届かない。二人は武器を強く握りながらスカルバードが下りてくるのを待った。

 ダークは接近戦でしか戦えない二人を見た後に空を飛ぶスカルバードたちに視線を戻して再びスカルバードたちが降下して襲ってくるのを待つ。だが仲間が一撃で倒されたのを見てダークを警戒したのかスカルバードたちは下りてこなくなった。


「……アンデッドのくせに敵を恐れて警戒するか」

「このままだといつまで経ってもアイツらは下りてきません……僕が飛んでいって倒してきましょうか?」

「いや、その必要は無い……せっかくだ。久しぶりにあれを使ってみることにしよう」


 ダークはそう言って持っている大剣を背中に納める。そして久しぶりにLMFのメニュー画面を開き、技術スキル欄を選択した。すると画面内にダークが今装備している技術スキルが表示されて、ダークはその中から幾つかを選択して技術スキルの装備を解除する。

 技術スキルを外すと装備に必要なスキルスターのポイントが増え、その増えたポイントを使いダークは<弓装備可能>と<精密狙撃>を選んで装備する。装備し終わるとダークは画面を戻して今度は装備欄を選択し、自分の装備画面を開く。ダークは今装備している大剣を外して別の武器を選んだ。するとダークが背負っている大剣が光の粒子となって消え、代わりにダークの手の中に大きな黒いグレートボウ、腰に長めの矢筒が現れた。

 突然現れたグレートボウを見てレジーナとジェイクは驚いて目を丸くした。


「あ、兄貴の手の中に長弓が出てきやがった」

「これがLMFの世界から来た人間の力なの?」


 驚くレジーナとジェイクを気にせずにダークは腰の矢筒から矢を一本取り、空を飛んでいるスカルバードに狙いを付けると目を赤く光らせる。


「私との戦闘で安全な場所など……無い!」


 そう言ってダークはスカルバードに向けて矢を放つ。矢はもの凄い速さで飛んでいき、スカルバードの体に命中し、そのまま貫通する。貫通した矢はその後ろを飛んでいた別のスカルバードにも命中し、一度の攻撃で二匹のスカルバードが倒された。

 また仲間が倒されたことに残りのスカルバードたちはダークたちから更に距離を取ろうとする。だが、ダークは慌てる様子などを見せずにゆっくりと次の矢を取って再び狙いを付けると低い声で呟いた。


「私の前では制空権など意味は無いぞ? 蚊トンボども」


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