第三十五話 港町バミューズ
日が沈み始め、空はオレンジ色に染まっていた。そんな空の下にある林の中をダークたちの荷馬車は進んでいる。あれから休息を取りながら此処までやってきたが、モンスターに遭遇することもなく予定通り進むことができた。その間、ダークはどう幽霊船を調べるかなどを考えており、ノワールとジェイクは町に着いたらまずどうするかを話し合う。そしてレジーナは霊体系のアンデッドが出ませんようにと心の中で祈っていた。
林を抜けて見渡しのいい場所へ出ると遠くに海が見え、その近くに城壁で囲まれた町があるのが見えた。目的地である港町バミューズだ。
「マスター、町が見えますよ」
ダークの肩に乗りながら町を確認したノワールが小声でダークに話しかける。ダークはノワールが見ている方角を見て町を確認する。レジーナとジェイクも遠くに見える港町を見て少し驚いたような表情を見せた。
港町バミューズは森と海に挟まれて、丁度その真ん中に存在していた。外から侵入されないようにするために森側には城壁があり、反対側は青い海に囲まれている形になっている。港には多くの小型船や帆船が停泊しており、海や港の状態を確認するための高台が建てられていた。港では多くの住民や船乗りが買い物や作業などをしてとても賑わっている。
「思ってたよりも大きな町だな」
「ハイ、町の周りにも城壁がありますし、防衛力もかなりありそうですね」
町全体を見渡して感想を口にするダークとノワール。二人はもう少し小さな町を想像していたのだが、予想以上の大きさに意外そうな反応を見せていた。町の広さはアルメニスほどではないがそれでもかなり多くの人間が住めるくらいの大きさと言ってもいい。
ダークとノワールの後ろではジェイクが少し驚いたような顔をして町を見ていた。彼はダークと共にいろんな場所へ行って依頼をこなしてきたが、港町には来たことが無いため、初めて見るバミューズに感動しているようだ。
「でけぇな。モニカやアイリにも見せてやりたかったぜ」
「バミューズは観光地としてもそれなりに知られている町ですから旅行で訪れる方も大勢いらっしゃいます」
御者席のベンが驚くジェイクを見て笑って説明する。自分の町を見て感動してくれたことにベンは嬉しく思ったのかそれからも町の名物などを楽しそうに話し、ジェイクも興味があるのかベンに近づいて彼の話に耳を傾けた。
楽しそうにベンと会話をするジェイクの隣ではレジーナが黙って町を眺めている。そして町の周りにある森を見ながら小さく溜め息をついた。
「……これで幽霊船の件が無ければ素直に喜べるんだけどなぁ……そのせいで町を見ても楽しい気分になれないわ……」
「今更それを言うか?」
落ち込むレジーナの方を向いてダークが呆れるような口調で尋ねる。ノワールもレジーナの方を向いて少し呆れたような顔をしていた。
少し前までスケルトンのような実体のあるアンデッドとなら戦えると言って余裕の態度を取っていたのに幽霊船の話が出るとまた落ち込むレジーナ。ダークたちはそんな彼女と相手をするのが次第に面倒になってきていた。
ダークとノワールが呆れながらレジーナを見ているとレジーナがどこか不安そうな顔でダークの方を向いた。
「ねぇ、ダーク兄さん。本当にゴーストみたいな霊体系のアンデッドが出たら、兄さんたちがなんとかしてくれるのよね?」
「ああ、任せろ」
「ホッ、よかったぁ……」
霊体系アンデッドと戦わなくてもいいということを再確認し、レジーナは安心する。そんなレジーナを見てダークとノワールは黙って見つめていた。
(コイツゥ、最初から霊体系アンデッドと戦う気なんかねぇなぁ? もう既にそっち系は俺たちに任せることを決めてやがる……)
兜の下で呆れ顔を浮かべながらダークはレジーナを見つめていた。だが、霊体系のアンデッドを目にすると怖がってまともに動けなくなるのなら戦いに参加させず、自分たちだけで戦った方が効率がいいと考えダークは口を閉ざす。だがその代わり、スケルトンやゾンビのような実体系のアンデッドと戦うことになった場合はレジーナに自分たち以上に戦ってもらおうとダークは考えていた。
ダークとノワールがレジーナと話していると、さっきまでベンと話をしていたジェイクがダークたちの下に戻ってきてレジーナの隣に座る。するとジェイクは何かに気付き、ベンには聞こえないような声でダークに話しかけた。
「そういえば兄貴、アンデッドと戦う方法はあるのか?」
「ん? どういう意味だ?」
「だって、兄貴って暗黒騎士……こっちの世界で言う黒騎士だろう? 黒騎士が使う暗黒剣技は全てが闇の属性だ。もしアンデッドと戦うことになったら暗黒剣技が通用しないのにどうやって戦うのか気になってな」
ジェイクは黒騎士であるダークがどうやってアンデッドと戦うのか分からず、気になっていた。レジーナもジェイクの話を聞いて気になったのかダークの方を向く。
二人が注目している中、ダークは座ったまま腕を組んで二人を見つめた。
「……フッ、私も甘く見られたものだな?」
「え?」
「私がそのことに気付いていないと思っていたのか?」
「あ、いや、そのぉ……」
「当然アンデッドのような暗黒剣技が通用しない相手と戦う手段も用意してある。いざとなったらノワールもいるしな」
「そ、そうよね……」
レジーナとジェイクは愚問だったと苦笑いを浮かべる。今日までダークと何度も依頼を受け、その度にダークの戦いやその強さを目にしてきた。ダークなら自分の弱点を当然理解しており、それをカバーするための方法も用意してあるはず。二人は少し考えれば分かることだと心の中で反省した。
「……まぁ、私の場合は普通に攻撃してもただのアンデッドなど一撃で倒せるからその手段を使うこともないだろうがな」
「あ~、確かにそうだな……」
「うん、ダーク兄さんのパワーなら、ね?」
レベル100のダークの力ならたとえどんなモンスターと遭遇しても弱点など関係なく一撃で倒せる。それを考えるとますますさっきの質問が馬鹿らしかったとレジーナとジェイクは思う。そんなことを話すダークたちを乗せながら荷馬車は少しずつバミューズに近づいていくのだった。
森の中にある一本道を進んでいき、ダークたちはバミューズの正門に向かっていく。少しずつ大きくなってくる城壁を見てダークたちはあれならアンデッドは町に侵入できないだろうと確信する。
「……おや?」
御者席のベンが前を見て何かに気付き声を漏らす。ダークたちはベンの声を聞いて一斉に彼の方を向く。
「どうかしましたか?」
「いや、あれなんですが……」
ベンが正門の方を指差し、ダークたちは正門の方を見る。正門の前には鎧を着て手に剣や槍を持った数人の男たちが正門を警備している姿があった。冒険者かと思われたが、全員が同じ格好をしており、鎧にはセルメティア王国の騎士団の紋章が描かれている。どうやら王国騎士団の兵士のようだ。
「どうして騎士団の兵士がこの町に? バミューズには自警団は存在しますが騎士団はいないはずです」
「何もご存じないのですか?」
「ええ、私は町長から首都の冒険者を呼んでくるようにと言われました。騎士団が来ることなど聞いていません」
「ではなぜ騎士団がこの町に……」
ダークは騎士団がバミューズにいる理由が分からずに正門前の兵士たちを見つめる。自分たちと同じように幽霊船の調査をするために騎士団が派遣したのか、それとも別件でこの町を訪れたのか、いずれにせよ今の段階では何も分からずダークは小さく声を漏らしながら考えた。
正門前に着くと兵士たちは荷馬車を止めてベンに身元と町に入る理由を尋ねた。ベンは自分がこの町の住人で首都から戻ってきたことを伝えると兵士は開門の指示を出す。荷台のダークたちは黙ってベンと兵士のやり取りを見ていた。
「あ、あのぉ、皆さんはどうしてこの町に?」
ベンが自分の身元を確認した兵士にバミューズにいる理由を尋ねる。すると兵士はベンの方を向いて真面目な顔で口を開いた。
「最近、この町の周辺でアンデッド族のモンスターが出没するという報告を受け、その調査をするためにやってきたんです」
「え? 騎士団が調査をするのですか?」
兵士の話を聞いてベンは驚いた。夜になると町の周辺にアンデッドが出没することは知っている。だが、その原因を調べるために騎士団が動くとは思わなかったのだ。しかもベンや町の住民たちは騎士団がこの町にやってくることなど誰も知らなかった。突然の騎士団の登場に動揺を隠せないでいる。
まばたきをしながら兵士を見ているベンに後ろでは荷台に乗ったダークたちも兵士を見ている。するとベンに説明をした兵士がダークの姿を見た瞬間に驚いたような反応を見せた。
「貴方は、暗黒騎士ダーク殿ですか?」
「ん? ああ、そうだが?」
「やはり! 貴方のお話は隊長から聞かされています。王国でも数少ない七つ星の冒険者だと」
「隊長? 君はどこの部隊だ?」
「ハイ、第五中隊の第一小隊の者です」
「第五中隊……アリシアの部隊か」
アリシアが隊長をしている中隊の隊員がバミューズに来ていることを知って意外そうな声を出すダーク。肩に乗っているノワールやレジーナとジェイクも意外そうな顔で兵士の話を聞いている。
(そういえばあの時にアリシアとマティーリアから任務でアルメニスの外に出ると言っていたな……もしかして)
アースクロコダイルの依頼から戻ってきた日にアリシアと会話した時のことを思い出したダークは目の前のバミューズの正門を見上げる。そしてチラッと兵士の方を向いて問いかけた。
「……この町にアリシアはいるのか?」
「ハイ、アリシア隊長は第五中隊の総隊長を務めていらっしゃるのと同時に第一小隊の隊長でもありますから」
「そうか……なら会って挨拶しておかないとな」
同じ町にアリシアがいるのなら挨拶しておくべきだと考えてダークはそっと呟く。肩に乗っているノワールもその方がいいと言いたげに頷く。
アリシアたちがバミューズの周辺に出没するアンデッドの調査と討伐をするために来ており、ダークたちはバミューズで目撃されている幽霊船らしき帆船の調査をしに来た。そして幽霊船とアンデッドがなんらかの形で繋がっている可能性がある。場合によってはお互いに協力し合うことになるかもしれないため、挨拶をするのは当然と言えた。もっともダークは協力とかそんなことは関係なく、ただアリシアたちに挨拶していこうとだけ考えていたのだ。
ダークたちが会話をしているとようやく正門の扉が動き始める。低く大きな音を立てながら少しずつ開いていき、ある程度開くと門扉は止まった。それを確認したベンは馬を動かしてバミューズへ入っていく。荷馬車が入るのを確認した兵士たちは再び門扉を動かし正門を閉ざすのだった。
町に入ると荷馬車は街道の真ん中をゆっくりと進んでいく。すでに夕方になっているせいか住民たちの姿は殆どなく静かだった。だが港がある方角からはまだ大勢の人の声が微かに聞こえており、ダークたちは声の聞こえた方を黙って見ている。
しばらく街道を進んでいくとベンは一軒の大きな家の前で荷馬車を止める。荷馬車が止まると御者席のベンや荷台に乗っていたダークたちは下りて目の前の家を見上げた。此処は町長の家でダークたちは詳しい話を聞くために最初に町長の家にやってきたのだ。
「此処が町長の家です。まずは町長から詳しい話を聞いてください」
「分かりました」
町長から話を聞くためにダークたちはベンに案内されて町長の家に入った。
ダークたちが中に入ると目の前には大きなテーブルを挟んで五十代後半ぐらいの男とアリシア、リーザが話をしている姿があった。アリシアたちは突然入ってきたダークたちの方を一斉に向く。そしてアリシアとリーザはダークの姿を見た瞬間に驚きの表情を浮かべた。
「ダ、ダーク!?」
「ダーク殿、どうしてこちらに?」
驚くアリシアとリーザの姿を見てダークは軽く手を上げて挨拶をした。ダークの後ろからレジーナとジェイクも姿を見せ、ダークのように手を振る。二人の姿を見たアリシアはダークの時のように驚いたり声を上げたりはしなかった。ダークがいるのだから冒険者仲間のレジーナとジェイクがいるのは当然だと思っていたらしい。
ベンや男はアリシアとリーザの反応とダークの姿を交互に見ながら少し驚いた顔をしていた。それぞれの反応を見て二人は双方が知り合い同士ということに気付く。
「あ、あの、ダークさんはこちらの騎士の方々とお知り合いなのですか?」
「ええ、騎士団とは何度も共に戦っていますからね。彼女たちとも一緒に仕事をしたことがあるんです」
問いかけてくるベンにダークはアリシアたちとの関係を簡単に説明する。するとそこへアリシアが驚いた顔のままダークの前までやってきた。
「ダーク、どうして貴方が此処に?」
「私たちはこのベンさんから依頼を受けて来たんだ。最近夜になると沖の方で不気味な帆船が現れると聞いてな。その調査のために来たんだ」
「そうだったのか……私たちは任務で来たんだ。アルメニスの酒場での騒ぎを片付けた時に貴方たちに言っただろ? あの時に言ったのが今回の任務だ」
「やはりそうだったか」
自分の想像通りの答えだったことにダークは低い声で呟く。肩に乗っているノワールもアリシアの任務の場所とダークの受けた依頼の場所が偶然同じだったことに少し驚いたような顔をしていた。
「……そういえば、マティーリアはどうした?」
「ああぁ、アイツなら他の兵士たちと一緒に酒場にいる。今夜から早速周辺を調べるから兵士たちには少し早めに食事を取らせることにしたんだ」
「そうか……私たちも今夜から始めるから後で食事を取ることにしよう」
この町の住民たちは何日も前から幽霊船とアンデッドに怯えていたのだ。それを考えるとダークたちはすぐにでも仕事を始めて原因を突き止めようと思っていた。
ダークとアリシアが会話をしているとアリシアの後ろに立っているリーザが少し困ったような顔をしながらアリシアに語り掛けてきた。
「おい、アリシア。まだ町長殿が説明している最中だぞ?」
「え? ……ああ、申し訳ありません」
リーザの言葉で状況を思い出したアリシアは振り返ってリーザと男に謝る。どうやらアリシアとリーザと向かい合っている五十代後半の男がバミューズの町長のようだ。
アリシアが町長の方を向いて話を聞こうとするとベンは町長の隣までやってきてダークが幽霊船の件を引き受けてくれた冒険者であると伝える。それを聞いた町長は少し嬉しそうな顔をしてダークに近づき頭を下げた。
「貴方が例の件を受けてくださる冒険者の方ですか。よく来てくださいました」
「ダークです。後ろにいるのが私の冒険者仲間のレジーナとジェイクです」
挨拶をする町長にダークは自分とレジーナとジェイクの紹介をする。紹介されたレジーナとジェイクは頭を下げたり笑ったりなどして町長に挨拶をし、町長もそんな二人に頭を下げて挨拶をした。
簡単に挨拶を済ませると町長は早速ダークに細かい依頼の話をしようとするが、アリシアとリーザの姿を見てまだ騎士団との話が終わっていないことを思い出す。
「……申し訳ありませんが、まだ騎士団の方々とのお話が済んでいませんので説明は後程ということでよろしいでしょうか?」
「私は構いません……いや、せっかくですので私たちも彼女たちの話を聞く事にしましょう。もしかすると私たちも彼女たちの仕事を手伝うことになるかもしれませんので」
「え?」
ダークの話していることの意味がいまいち理解できない町長は小首を傾げながらダークを見る。アリシアとリーザもよく分からないのか難しい顔をしてダークの話を聞いていた。
「……ダーク、それはどういうことだ?」
「君たちはこの町の周囲に出没するアンデッド族モンスターの討伐と調査することが仕事なんだろう?」
「ああ」
「私たちが調査する対象になっている幽霊船と思われる帆船なのだが、町の周りに出没するアンデッドたちと繋がっているかもしれないのだ」
「幽霊船とアンデッドが繋がっている?」
「どういうことです、ダーク殿?」
リーザが尋ねるとダークは幽霊船とアンデッドたちが繋がっている理由をその場にいる全員に説明し始めた。
二つの件にアンデッドか関わっていること、幽霊船とアンデッドが目撃された時期が同じなこと、偶然同じにしてはでき過ぎていると考えてるダークはこの二つの件が繋がっており、陰で手を引いている者がいるかもしれない。ダークはアリシアたちに細かく説明をした。勿論、ダークの考えすぎということもあり得るかもしれないが、少しでも可能性があるのなら警戒しておくに越したことは無いと言える。
ダークの説明を聞いたアリシアたちは難しい表情を浮かべた。二つのアンデッドが関わっている件がほぼ同じ頃に起き、しかもどちらもバミューズの周辺で起きている。偶然にしてはでき過ぎているとアリシアたちも考えていた。
「この町の周辺で二つのアンデッドが関わる事件が同時にしかも同じ時期に発生している……」
「確かに偶然とは思えないな……もしかすると、ダーク殿が説明されたようにこの二つの件には黒幕が存在しているかもしれない」
「……リーザ隊長、幽霊船の方も調べてみる必要があるかもしれませんね」
「そうだな。アンデッドの調査をしながらその幽霊船と思われる帆船の正体も突き止める必要がありそうだ」
「ハイ……ダーク、私たちも貴方たちの調査を手伝わせてほしい。構わないか?」
アリシアがダークに尋ねるとダークはアリシアを見ながら小さく頷く。自分たちの仕事をアリシアたちが手伝ってくれると言うのだ。ダークたちには断る理由は無い。
「ありがとう、ダーク」
「いや、礼を言うのは私たちの方だ。頼んでもいないの協力してくれるのだからな」
「それは私たちも同じだ。貴方だって私たちの仕事であるアンデッドの討伐を手伝ってくれるのだからな」
「フッ、確かにそうだな」
ダークが小さく笑いながら納得し、アリシアはダークを見ながら微笑みを浮かべる。
調査する物が違ってもそれらの陰から糸を引いている黒幕が同じなら協力し合って事件を解決した方が効率がいい。ダークたちとアリシアたちは今まさにその状態だった。
協力し合うことが決まり、ダークたちはお互いの仕事内容を説明する。町長やベンも二つの問題が解決するのであればダークたちの好きなようにしてくれていいと了承した。
それからしばらくして話し合いが終わり、ダークたちは準備をするために町長の家を出る。
「さて、今夜から早速仕事に取り掛かる。お前たちもそれまで準備をしておけよ?」
「おう!」
「分かったわ」
元気良く返事をするレジーナとジェイクは早速準備をするためにダークたちと別れて港の方へ向かう。町に来るまでの間、ずっと暗かったレジーナもアリシアたちと一緒に仕事をすることになって少しだけ安心したのか表情が明るくなっていた。
「……さて、私も仕事の準備をするために先に宿へ戻らせてもらおう」
レジーナとジェイクが港へ行くのを見届けるとアリシアの隣にいたリーザが準備をしに宿へ向かおうとする。するとリーザがゆっくりと振り返りダークに声をかけてきた。
「ああ、それとダーク殿。我々はあくまでも仕事でこの町に来たのです。よほどの事が無い時は自分たちの仕事を優先するという形でいいですね?」
「ええ、構いません」
リーザの確認を聞き、ダークは彼女を見ながら頷いて返事をする。
ダークたちもアリシアたちもそれぞれ自分達がやるべき仕事を持っている。いくら協力し合うと言っても自分たちが受けた仕事は相手の仕事よりも優先してやるのは当然のことだ。ダークたちも本当に協力し合わないといけない時以外は自分たちの仕事を優先するということを話し合いの時に決めていた。
優先する仕事の順番を確認するとリーザは改めて宿に向かって歩き出す。残ったダークとアリシアも少しだけ会話をしてから自分たちの泊まる宿へ向かう。アリシアは自分たちで見つけた宿に向かい、ダークはベンが自分たちのために用意してくれていた宿へ向かっていった。
――――――
バミューズに着いてから二時間後、太陽は完全に沈み、夜空がバミューズの上空に広がる。町の住民たちは夜になると一斉に家に戻っていった。幽霊船と町の外に出没するアンデッドのことを考えれば夜に外に出ようとは誰も思えない。夕方の時とは違いバミューズの町は静寂に包まれていた。
そんな静まり返った町の港でダークは腕を組みながら遠くに見える沖を見つめている。ダークの後ろにはレジーナとジェイクが立って同じように沖の方を見つめており、三人の周辺には篝火のような物がいくつも立てられてあり、暗い港は少しだけ明るくなっていた。
「……静かだなぁ。夕方頃はあんなに賑やかだったのによぉ」
ジェイクがスレッジロックを肩に担ぎながら周囲を見回して呟く。ダークとノワールは黙って沖の方を見ており、レジーナは暗くて静かな港の雰囲気に不安そうな表情を浮かべている。
「明るい時は賑やかだった港が夜になるとここまで不気味な雰囲気になるとは……こりゃあ何かが出ても不思議じゃないな。そんな状況でもし幽霊船なんて出ちまったら……」
「ちょ、ちょっとジェイク! 怖いこと言わねいでよねっ!」
レジーナが弱々しくジェイクを睨みながら注意し、そんなレジーナを見てジェイクはニッと笑った。どうやら少しレジーナをからかうつもりで言ったようだ。
怖がるレジーナをからかうジェイクを見たノワールは呆れ顔で小さく溜め息をついた。ダークはレジーナとジェイクの方を見ること無く、黙って沖を見つめ続けている。するとそこにマティーリアを連れたアリシアがやってきた。
「ダーク、此処にいたか」
「こんな夜中にご苦労なことじゃな?」
「アリシアにマティーリアか」
アリシアとロンパイアを担ぐマティーリアに気付いたダークとノワールは二人の方を向いた。言い合いをしていたレジーナとジェイクも二人に気付きアリシアとマティーリアのところに歩いていく。
ダークたちと合流したアリシアとマティーリアは人気の無い港を見回す。そしてダークたちが幽霊船である帆船を探していることを知った。
「……まだ例の帆船は姿を見せないのか?」
「ああ。ベンの話では帆船が出る時は必ず海に霧がかかると言っていた。まだ霧は掛かっていないからな。帆船は出てこないだろう」
「帆船が現れるまで待ち続ける……忍耐との戦いだな」
「そういうことだ……ところで君たちもこれから仕事か?」
「ああ、今からリーザ隊長の部隊と共に町の外に出て周辺を調べに行くところだ」
アリシアは正門のある方角を見ながら腰に納めてあるエクスキャリバーを握る。今回はアリシアとマティーリアの二人がリーザと彼女の小隊に同行して町の周辺を調べ、アリシアの小隊には町に残り町の警護についてもらうことになった。もし町で何か問題が起きた時に二つの小隊が同時に町の外に出てしまったら対処できなくなってしまう。それを考えて二つの小隊の内、片方を町に残しておくことにしたのだ。
「もし私たちが町にいない間に何か起きたらその時は頼んだぞ? 一応私の小隊を置いていくが……」
「まぁ、若殿たちがいればあの者たちなど必要ないかもしれないがのう?」
「マティーリア、私の前で部下たちを侮辱するのはやめてもらおうか?」
小隊の兵士たちを馬鹿にするような発言をするマティーリアをアリシアは鋭い目で見つめる。アリシアが気分を悪くするのを見たマティーリアはいたずら好きな子供のように笑って誤魔化した。
これから任務だというのいきなり不穏な雰囲気になる二人を見て困ったような顔をするレジーナとジェイク。するとダークが空気を変えようと会話に参加してきた。
「分かった。何か遭ったら私たちでなんとかしよう。だが、もし私たちだけで対処できない時があったら、君の小隊の兵士たちを借りるが構わないか?」
「ん? ……ああ、好きに使ってくれ」
自分の部下を信頼してくれていると感じ、アリシアの表情が少しだけ和らいだ。そんなアリシアを見たマティーリアは心の中で単純だな、感じていた。
「それじゃあ、行ってくる。町の方は頼んだぞ」
「失礼するぞ、若殿」
アリシアとマティーリアはリーザたちと合流するために正門の方へ向かう。残ったダークたちもいつ幽霊船が現れても対応できるように港に残って沖の方の警戒に戻った。