第三十四話 アンデッドが集う町
静かな夜闇の下に広がる林、その中をフードを被った人影が歩いている。そこは港町バミューズから2kmほど離れた所にあり、その人影以外に生き物の気配が無い不気味な雰囲気だった。
フード付きマントで姿を隠しながらその人影は林の中を進んでいく。しばらく進んで林を抜けると少し大きめの洞穴の前に出て、人影は周囲を見回し誰もいないのを確認してから洞穴に入った。
洞穴の中は一本道で壁に付けられている無数の松明だけが一本道を明るく照らしており、人影はその中を静かに歩く。やがて一番奥までやってくると人影は立ち止まる。目の前には岩の壁があり、行き止まりでこれ以上先には進めなくなっていた。
人影は左側の壁に近づき、目の前の小さな岩を手で軽く押す。すると、行き止まりだった岩の壁が左右に動き出して隠し通路が姿を現した。人影は隠し通路の中に入り更に奥へ進んでいく。人影が奥へ進むと隠し扉の壁が再び閉じて元の行き止まりに戻った。
隠し扉が閉じると人影はフードを外す。フードの下からは銀色の短髪をした若い女の顔が現れ、歳は二十代半ばくらいだ。白い美しい肌をしているがその目は鋭く、何処か危険な雰囲気を漂わせていた。
「……フゥ、ようやく此処まで来られたか」
女は少し疲れたような声で小さく息を吐くと再び歩き出して奥へ進む。
隠し扉の先も洞穴と同じで一本道となっており、数本の松明が岩壁に付けられている。そんな薄暗い通路を女は表情を変えずに歩いていく。一番奥までやってくると木製の一枚扉が女の目に入り、女はその扉をゆっくりと開けた。中に入ると十畳ほどの広さの部屋があり、部屋の隅には本棚や机が置かれてある。ここまで通ってきた通路よりも部屋は明るく、明らかに誰かが使っている形跡があった。更に部屋にはなぜか死臭や血の臭いが充満しており、普通の人間ならすぐに気分を悪くしそうな状態だった。
そんな異臭の漂う部屋の奥には女とは別の人影があった。外見は五十代後半ぐらいの初老の男で黒と紫のローブを着ている。白いあご髭を生やして頭には黒いターバンのような物を着用しており、ターバンの間からは白髪がはみ出ていた。
男の前には手術台のような大きめの机があり、その上には血だらけの死体が仰向けに置かれてあった。男は手に持っているメスのようなナイフを使って死体を切りながら不気味な笑みを浮かべている。
「ホホホホ、なんと美しい。この者も私の手によって素晴らしい力を得るでしょう」
女が入室してきたことに気付いていないのか男は作業を続ける。そんな男を見ながら女はゆっくりと男に近づいていく。
「……ミュゲル様」
「んん? ……おおぉ、サリィですか」
ミュゲルと呼ばれた男は振り返って声をかけてきた女をサリィと呼びながら笑う。その表情は死体を切り刻んでいた時のような不気味な笑みとは違い、別人のようなさわやかな笑顔だった。
サリィと呼ばれた女はミュゲルの目の前で立ち止まりミュゲルの背後にある死体を覗き見た。
「新しい死体の状態はどうですか?」
「今回のは少し手間がかかっていますよ。何しろ傷んでいる箇所が多いですからねぇ。再利用するためにはしっかりと傷んでいる箇所を直しておかないといけませんから」
ミュゲルは血まみれの手袋を外しながら死体の状態をサリィに説明する。サリィは血まみれで異臭がする死体を顔色を悪くすることなく見つめていた。
手袋を外したミュゲルは近くにある机の前に行き、手袋を机の上に置くとタオルを取り、それで手に付いている僅かな血を拭き取る。血を拭き取るとミュゲルはタオルを床に捨てて机の上の羊皮紙を手に取った。
「貴方が此処に戻ってきたということは新しい素材が手に入ったのですね?」
羊皮紙を見ながらミュゲルは背後に立っているサリィに問う。サリィは視線を死体からミュゲルに変え、真剣な表情でミュゲルの背中を見つめながら返事をする。
「ハイ。今回はバミューズの近くを通りがかった商人の馬車とその警護についていた冒険者です。冒険者は三名で全員が三つ星、傷を付けないよう素早く始末しました」
「おお、そうですか。相変わらず仕事が早いですね。貴女のおかげでいつも効率よく死体が手に入ります。感謝していますよ?」
「ありがとうございます」
羊皮紙を机の上に置き、笑いながら自分を褒めるミュゲルにサリィは頭を下げる。褒められても笑うこと無く、目を閉じているサリィだが心の中ではミュゲルに褒められたことを喜んでいた。
頭を上げたサリィはマントの下から丸めてある羊皮紙を取り出してミュゲルに手渡した。
「冒険者と商人の死体はそこに書かれてある場所にそれぞれ保管してあります。勿論誰にも見つからないように細工をして……」
「ご苦労様です。後程私の子供たちに取りに行かせましょう。ホホホホホ」
ミュゲルは羊皮紙を受け取って死体が保管してある場所を確認しながら嬉しそうに笑った。
どうやらサリィは何処かで人を殺し、ミュゲルはサリィが殺した死体を使って何かの実験をしているようだ。人を殺し、その死体を切り刻むようなことをするのだから、ミュゲルとサリィが恐ろしい存在であることはまず間違いない。
羊皮紙には死体の隠し場所や何処にどの死体が保管してあるのかが細かく書かれてある。内容を確認するとミュゲルは羊皮紙を再び丸めて机の上に置いた。
「これでまた私の計画の成功に一歩近づきました。サリィ、これからもこの調子でお願いしますよ?」
「ハイ……ところでミュゲル様、少しお話があるのですが……」
「なんです?」
「此処に戻る途中、バミューズの様子を確認するために町に立ち寄ったのですが、その時に住民たちが気になることを話しておりまして……」
「ほぉ? どんな話ですか?」
「バミューズで目撃される帆船の調査を冒険者に依頼するために町長補佐のベンがアルメニスへ向かったらしいのです」
「帆船? ……もしや例の?」
「ハイ、恐らく……」
サリィの言葉にミュゲルは彼女の方を向いて自分の髭を整えながら嬉しそうに笑う。
「そうですか、ようやくあの町の者たちも首都の冒険者に依頼をしに行きましたか。これでようやく強い傭兵の死体を手に入れることができますねぇ」
「しかし、住民たちの話ではアルメニスの冒険者がいつ来るかは分からないと話していました」
「でしょうね。町の住民に危害を加えるようならまだしも、夜の海に現れるだけで危険の無い船を調査してほしいというだけの依頼を受ける物好きな冒険者はすぐには現れませんから」
バミューズで目撃される帆船についてミュゲルは髭を整えながら喋り、サリィはそれを無表情で聞く。話の内容からして、二人はバミューズで目撃されている幽霊船らしき帆船について何か知っているようだ。
「いずれにせよ、冒険者がこの町に来るまではもうしばらく時間が掛かりそうです」
「ええ、それまでは今まで通りバミューズの近くを通りがかった者やバミューズを訪ねてきた者たちを襲って死体を集めることにしましょう」
「承知しました」
「それから、私の子供たちにもしっかりと食事を与えておいてください? 子供たちの中には空腹になると暴れ出す子たちも大勢いますから」
「ハイ」
そう言ってサリィは振り返って出入口である扉へ向かって歩き出す。扉の前まで来ると再びフードを被って顔を隠し、静かに部屋から出ていく。
サリィが出ていくと残ったミュゲルは机の上の羊皮紙や本を見ながら不気味な笑みを浮かべる。
「ホホホホ、首都の冒険者はいつこちらにやってくるのでしょう。今からとても楽しみですねぇ」
そう言ってミュゲルは笑いながら羊皮紙と本を手に取り、書かれたある文章を確認するのだった。
――――――
青空の下に広がる草原、その中にある一本道を一台の荷馬車がゆっくりと移動していた。御者席には港町バミューズで町長の補佐をしているベンが座っており、荷車にはダークが座っている。その向かいにはジェイクとレジーナが座っていた。ジェイクは空を見上げながらくつろいでいるが、その隣に座るレジーナは俯いたまま暗い顔をしている。
「……おい、レジーナ。本当に大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫よ……」
ジェイクが俯くレジーナに声をかけるとレジーナは俯いたまま返事をする。その声はとても低くて疲れているような声だった。そんなレジーナをダークたちは黙って見ている。
「……レジーナさん、大丈夫でしょうか? アルメニスを出て二日経ちますが、ずっとこんな調子ですよ?」
「ああ、そうだな……」
ダークの肩に乗るノワールが小声でダークに話しかけてレジーナのことを心配する。ダークもレジーナを見ながら小声で返事をした。
ベンの依頼を受けてダークたちがアルメニスを出てから既に二日が経過し、もうすぐバミューズに辿り着くという所まで来ていた。レジーナはそれまでずっと深刻な顔をしていたのだ。
あの後、ダークとジェイクはレジーナにバミューズの依頼についてくるかを訊くために彼女の家を訪ねた。港町に行けると聞いてレジーナは最初はとても張り切っていたのだが、ダークがバミューズの沖に現れる帆船が幽霊船かもしれないと話した途端にレジーナの表情が一変した。そして突然急用があるからいけないと断り出したのだ。
しかしそこへレジーナと弟と妹が現れて何も急用は無いとダークたちに話し、それを聞いたレジーナは驚きの表情で弟と妹を見る。その時のレジーナの顔はまるで余計なことを言わないで、と言いたそうな顔をしていた。レジーナの嘘と弟と妹から聞いた用が無いという真実を聞いてダークは一つの答えを導き出す。
「……幽霊が怖いなら怖いと素直に言えばよかっただろうに……」
ダークは呆れるような声を出して目の前で俯いているレジーナに話しかける。するとレジーナはフッと顔を上げて取り乱したような表情を浮かべながら顔を左右に振った。
「ちちちち、違うわよ! あたしは幽霊なんて怖くなんか……」
レジーナはダークの言った言葉を慌てて否定する。そんな彼女の態度を見てノワールとジェイクは楽しそうに笑う。レジーナは笑うノワールとジェイクを見て赤くなりながら頬を膨らまし不機嫌そうな顔をした。
実はレジーナは幽霊やお化けの類が苦手でダークが幽霊船を調査するという話を聞いて、自分の苦手な幽霊が関係していることを知って断ろうと考えたのだ。
本来なら苦手だから行かないと言って断ればいいのだが、レジーナは弟と妹にとっては強くて頼りになる姉で通っている。二人の前で幽霊が怖いなどとカッコ悪い姿を見せたくなくて急用があると嘘をつき断ろうとしたのだが、二人に急用が無いとバラされてしまい、結果、行きたくない依頼についていくことになってしまったのだ。
「……幽霊が苦手なのに一緒に行くなどと言って意地を張るからこんなことになってしまったんだ」
「し、仕方ないでしょう? 弟と妹にとってはあたしはなんでもできる頼りになるお姉ちゃんで通ってるんだから……」
「嘘をついてまで頼りになると思われたいのか?」
少し力の入った声で尋ねるダークにレジーナは俯いたまま黙り込む。ノワールとジェイクはそんなダークとレジーナの会話を黙って聞いていた。
苦手な依頼についていき、全力が出せない状態でもし戦闘に入ったらその冒険者は仲間の足手まといになる可能性だってある。最悪、戦闘中に命を落とすかもしれない。それなら寧ろその冒険者はいない方がいい。その方が仲間の足を引っ張ることも命を落とす恐れも無くなるからだ。それは冒険者たちにとっては常識とも言える考え方だった。
勿論レジーナもそのことは分かっていた。だが、それでも彼女は弟と妹から頼れる存在だと思われたかったのだ。
「……あたしたちの両親が死んじゃったのは知ってるでしょう? それから今日まであたしは一人で弟と妹を養ってきたわ。冒険者として危険な仕事を受けたり、困ってる二人を後ろから支えたり、そんなことをしているうちにあの子たちはあたしのことを世界一のお姉ちゃんだって慕うようになったの。あたしもそんな二人の期待に応えるために一所懸命最高のお姉ちゃんになろうとした。あたしを頼ってくれるあの子たちの期待をあたしは裏切りたくないの……」
俯いたままレジーナは自分の本音を口にした。両親を失い、幼い弟と妹にとってはレジーナこそが唯一心から信じられる存在だ。同時に二人にとってはレジーナはなんでもできる冒険者でもあった。自分を信じてくれる弟と妹のためにもレジーナは決して弱い姿を二人に見せないように努力してきたのだ。
ダークたちは弟と妹を守るために強い姉でありたいというレジーナの話を聞き、黙って彼女を見つめる。自分を信じてくれる子たちを裏切らないためにも強い存在でありたいという気持ちはダークたちにも理解できた。
「……お前の気持ちも分かる。だが、嘘をついてたり意地を張ってまで強い姉であろうと考える必要は無いんじゃないのか?」
「でも、あたしは……」
「確かにお前は冒険者としても強いし、姉としても強い意志を持っている。だがそれ以前にお前は人間だ。人間なら苦手なものの一つや二つあっても不思議じゃないだろ?」
「そ、そうだけど……」
「もし嘘をついて苦手なものを前にしても大丈夫だと言って失敗し、無様な格好を見せたり、命を落としてしまったらどうなる? それこそカッコ悪いことなんじゃないのか?」
ダークの真面目な話をレジーナは黙って聞いている。ノワールとジェイクもダークの方を向いて話を聞いており、御者席のベンも前を向いたままダークたちの会話に耳を傾けていた。
「たとえ幽霊が苦手でもあの子たちにとっては、自分たちを守ろうとしてくれているお前はとてもカッコよく見えていると私は思うぞ」
「ダーク兄さん……」
レジーナはダークの言葉に心打たれたのか少し驚いたような顔でダークを見つめる。隣に座るジェイクも驚くレジーナを見ながらニヤニヤしており、ダークたちの話を聞いていたベンも小さく笑いながら前を向いていた。
「……ありがと、ダーク兄さん」
「気にするな。私にだって苦手な物の一つぐらいはあるからな」
『……え?』
ダークの口から出た意外な言葉にレジーナとジェイクは声を揃えて反応する。神に匹敵する力を持ち、多くのモンスターを蹴散らしてきたダークに苦手な物があるなど二人は全く想像していなかったのだ。このことはアリシアも知らず、ダークがこのことを話すのは今回が初めてだった。
目を丸くし、瞬きをしながらダークを見つめるレジーナとジェイク。そんな二人に気付いたノワールは苦笑いを浮かべている。
「……ダーク兄さんにも苦手な物があったのね……」
「当然だ。私だって人間だからな」
「いや、あの強さで人間だって言われても説得力無いわよ?」
「ああ、全くだ」
呆れたような顔をするレジーナの隣でジェイクが同じ表情を浮かべながら頷く。
二人の反応を見たダークは自分は二人にとってどれだけ大きな存在なのだろうと考える。今までダークは何度も強いモンスターと遭遇し、それを軽々と倒してきた。レジーナとジェイクはダークの勇姿を何度も見てきたが苦戦した姿を見たことは一度もない。だから苦手な物があると言われてもいまいち信じられないでいた。
(……まぁ、苦手な物って言っても、光属性の攻撃に対して防御力が低いとかそういうことなんだけどな。後は、現実の世界の食べ物で納豆が苦手っていう好き嫌いがあるくらいか……)
ダークは心の中で自分の苦手と言える物を想像する。暗黒騎士であるために光属性の耐性が低いこと、現実の世界の自分に好き嫌いがあること、それらをレジーナとジェイクに話そうか考えた。しかし、レベル100であるダークには並の光属性の攻撃は殆ど通用しない。更に納豆などという食べ物はこの世界には存在しないのでこの世界ではダークには苦手な物は無いと言える。そのため、自分の苦手な物はなんなのか二人に話すのはやめることにした。
どんな強者にも苦手な物はある。それを知ったレジーナとジェイクはダークも自分たちと同じ存在なのだと改めて理解する。だがそれでもダークの強さは自分たちの常識を遥かに超えているため、今まで通り心の底から頼りにしていた。
苦手な物の話が終わると三人は再び黙り込んで荷車に揺られながら先へ進む。すると今まで黙って前を向いていたベンがダークたちの方を向いて話しかけてきた。
「このままのペースで行けばあと三時間ほどでバミューズに到着します。次の休憩場所までもうしばらくご辛抱ください」
「分かりました」
自分たちを気遣うベンにダークは返事をする。町を出て二日、もうすぐ目的地の港町に到着することを考え、ジェイクは少し楽しそうな顔をした。港町には殆ど行ったことが無いため、ジェイクにとってはちょっとした旅行気分を味わっているようだ。
一方でレジーナもバミューズが近づいてきたことで小さく笑っているが、バミューズに幽霊船が出現するということもあり、やはり表情には暗さが感じられる。そのことを考えるとレジーナは自然と溜め息をついてしまうのだ。
「……あと三時間ってことは、町に着くのは夕方頃になるのか?」
「そうですね、恐らくそれぐらいになるでしょう……夜中に到着するということにならないのが幸いです」
ジェイクの問いに答えたベンが少し暗い口調で呟く。それを聞いたジェイクとレジーナは不思議そうな顔でベンの背中を見つめる。ダークとノワールもベンの態度を見て何かあるのかと感じていた。
「夜中に町に着くことに何か問題でもあるのですか?」
ダークが尋ねるとベンはピクリと反応する。それからベンはしばらく黙り込み、ダークたちも黙っているベンを見つめていた。やがてベンは深刻そうな顔でダークたちの方を向き、閉ざしていた口を動かす。
「……実は少し前から夜になると町の周辺に大量のアンデッド族のモンスターが出没するようになっておりまして」
「アンデッドが?」
「ハイ、昼間のような明るい時はアンデッドの習性か姿を見せることは無いのですが、夜になると町の近くなどをさまよい、町に近づく人々を襲っているのです」
「ほう……」
バミューズの周辺にアンデッドが出没すると聞いたダークは声を出す。ノワールとジェイクも真剣な顔でベンの話を聞いている。だが、レジーナだけは明らかに嫌そうな顔をしていた。
「夜になるとゾンビのうめき声やスケルトンが歩く時の音が聞こえ、そのせいで町の住民たちは夜も眠れないんです……」
「幽霊船だけじゃなくてアンデッドまで出るのかよ」
一つの町で二つの霊関係の事件が起きていることを知り、ジェイクは呆れるような顔をする。その隣にいるレジーナはさっきよりも更に暗い顔で俯いていた。
レジーナとジェイクがそれぞれ反応している時、ダークは腕を組みながら黙って何かを考えていた。これから自分たちが担当する幽霊船と思われる帆船の調査と町の周辺に出没すると言われるアンデッドたち。二つの霊関係の事件が同じ時期に同じ町で起きている。ダークはその二つの事件が同時に起きたことが偶然とは思えなかったのだ。
「……ベンさん、アンデッドか町の近くに現れるようになったのは例の帆船が目撃されるようになった時と同じ頃なのでは?」
「え? え、ええ、その通りです。幽霊船が沖の方で姿を見せるようになってから数日後にアンデッドが町の近くで目撃されるようになりました」
「やはり……幽霊船とそのアンデッドたちはなんらかの形で繋がっているかもしれないな」
ダークが自分の導き出した答えを口にするとレジーナたちは一斉にダークの方を向いた。
「繋がってるって、どういうこと?」
「詳しいことはまだ分からない。だが、幽霊船の目撃とアンデッドの出現、たまたま同時に起きた事件にしてはタイミングがよすぎる」
「……それって、誰かが仕組んで今回の騒動を起こしたってこと?」
「さあな……なんにせよ、まずは幽霊船のことをもっと詳しく調べてみる必要がある」
「そうね……」
「あと、もし幽霊船と出現するアンデッドが繋がっているとすれば、俺たちもアンデッドと戦うことになる。それは覚悟しておけ?」
アンデッドとの戦闘もあるかもしれない、ダークはレジーナとジェイクに低い声で忠告する。ジェイクは真剣な顔でダークを見ながら頷き、ノワールもコクコクと数回頷く。
一方でレジーナはまた暗い顔をして俯いていた。やはり幽霊などが苦手なレジーナにとってはアンデッドと戦うことに抵抗があるようだ。そんなレジーナを見てダークは心の中で今回レジーナは役に立たないなと感じていた。すると、突然レジーナが顔を上げて少し震えたような声でベンに話しかける。
「あ、あのぉ、町の近くに出るアンデッドってどんな奴らがいるの?」
「アンデッドですか? ……町の者たちが見たのはゾンビとスケルトンの二種類だけだと聞いていますが……」
「ゾンビとスケルトン?」
「ハイ」
「ゴーストやレイスみたいな奴は出てこないの?」
「それは分かりませんが、今日まではゾンビとスケルトン以外のアンデッドは目撃されていませんね」
「そ、そう……」
アンデッドがゾンビとスケルトンだけと聞いたレジーナは何かに安心したように小さく笑う。そんなレジーナを周りにいるダークたちは不思議そうに見ていた。
「……レジーナ、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも、アンデッドがもし現れたらちゃっちゃと倒しちゃいましょう!」
明らかにさっきまでと違い元気になっているレジーナを見てダークたちは更に不思議そうな顔をする。
「お前、さっきまで幽霊船のことで暗い顔してたじゃねぇか。どうしていきなりそんな元気になるんだよ?」
「え? ……え~っと」
不思議に思って尋ねてくるジェイクにレジーナはジェイクから目を逸らして苦笑いを浮かべる。ダークとノワールもアンデッドの種類を聞いてから途端に元気になったことが気になりレジーナに注目した。
自分に注目するダークたちにレジーナは目を合わさないようにしながら苦笑いで自分の頬を指で掻く。やがてダークたちの方を見ながら理由を話すために口を動かした。
「……実はあたし、アンデッドの全てが苦手ってわけじゃなくって……ゴーストやレイスみたいな奴らだけが苦手なの」
「……はああぁ?」
予想外の答えにジェイクは声を漏らす。ノワールもまばたきをしながらレジーナを見ていた。驚くノワールとジェイクを見てレジーナはペロッと舌を出して恥ずかしがる。
モンスターの種族の中には様々な種類があり、その種類の中にもいくつかの種類が存在する。例えば、ドラゴン族モンスターの中には空を飛ぶ飛竜系、海に生息する海竜系などの種類があるのだ。因みにマティーリアの種族であるグランドドラゴンは飛竜系にあてはまる。
今回ダークたちが相手にすることになるであろうアンデッド族にはゾンビやスケルトンのように実体を持つ実体系とゴーストやレイスのように実体を持たない霊体系がある。実体系と違い霊体系のアンデッドは物理攻撃などは一切通用せず、魔法関係の攻撃でしか倒せない。その代わり攻撃力は低く、HPも低めの存在だ。レジーナは幽霊船を調べることで霊体系のアンデッドに遭遇すると思い今まで暗かったらしい。
レジーナの出した答えにジェイクは呆れ果て、そんなジェイクを見てレジーナは顔を少しだけ赤くしながらムッとする。ノワールも予想外の答えに困ったような顔をしていた。だがダークは何も言わずに黙ってレジーナを見ている。
ダークが前にいた現実の世界でも幽霊のような心霊関係が苦手だが、ゾンビが出てくる映画などは平気で見る者も大勢いた。レジーナもその類の人間だと考えられるダークは驚いたり呆れたりもなかった。
「……お前がゾンビやスケルトンなどは平気なことは分かった……だが、幽霊船を調べている時にゴーストやレイスのようなアンデッドが出てこないとも限らないぞ?」
「うっ……そ、それは……」
「……まぁ、その時は私たちでなんとかする。お前は無理せずに大人しくしていろ」
「ハ~イ……」
幽霊船を調査している時に霊体系のアンデッドと遭遇する可能性があると聞き、レジーナはまた暗い顔を見せた。ダークの言う通り、アンデッドが出現する以上は実体系だけでなく霊体系のアンデッドとも遭遇する可能性は十分ある。レジーナは自分の不安が完全に消えないことに小さなショックを受けた。
荷車でのダークたちの会話を聞いていたベンは落ち込むレジーナを見て苦笑いを浮かべている。クールな性格のダークの仲間が自分の想像していた冒険者と違い軽い性格をしていると思わなかったのだろう。
「で、では、もしアンデッドが町の近くに現れた時は、皆さんにお任せしてもよろしいのでしょうか?」
「ええ、軽く蹴散らしてみせますよ……」
そう言ってダークは両目を赤く光らせた。