第三十三話 港町からの依頼
翌朝、ダークは朝早くからノワールを連れて町の中を歩いていた。別に何か用事があるというわけではない。ただ散歩がてら町の様子を見るために歩いているだけだ、ジェイクは昨日の依頼で疲れたせいかまだ拠点で眠っている。ノワールは主であるダークが散歩に行くというので使い魔として同行していた。
日が昇ったばかりだからなのか町は静かで住民の姿も少ない。ダークがいる街道も人気は少なく、出店の準備をしている者ぐらいしかいなかった。そんな人の少ない街道で漆黒の全身甲冑を纏うダークの姿は一段と目立っている。
街道を歩くダークに住民たちは一斉に注目し、そんな住民たちの視線にダークは小さく溜め息をつく。
「やれやれ、人気の少ないこの時間なら住民たちに見られることなくのんびり散歩ができると思ったのだがな……」
「こんなに早くお店の準備をする人もいたんですね……」
「ハァ……落ち着くまで視線を気にしながら町を歩かないといけないのかよ……」
「ア、アハハハ……」
素の口調と声で愚痴るダークを見てノワールは苦笑いを浮かべる。ダークが七つ星になったのはほんの数日前、それから今日まで住民たちは七つ星の冒険者であるダークを目を輝かせながら見た。まるで突然町に現れた有名人を見て驚く住民たちのように。そんな風に見られるとダークの生活にも支障が出てしまうため、ダークも困っている。だが、それも時間が経てば自然に元に戻ると考え、今は我慢して元に戻るのを待とうとダークは考えていた。
視線を気にしながら街道を歩いていると、ダークはいつの間にか冒険者ギルドの施設の前にやってきていた。施設の前に来たことに気付いたダークは立ち止まって施設を見上げる。
「いつの間にかこんな所まで来ちまったんだな……」
「本当ですね……」
「……そういえば、この時間にギルドに入ったことは一度もなかったな……」
いつも冒険者はギルド関係者の人間が大勢いる時にしか施設を訪れないため、人気が少なく静かな施設に入ったことは一度もなかったダークは今の時間施設内はどうなっているのか少し気になっていた。しばらくその場に立って考えると、ダークは目の前にある出入口の扉を見つめる。
「……せっかくだ、少し中を覗いてみるか」
「あ、それもいいですね」
施設に入ることに反対する様子もないノワールを見てダークは扉に向かって歩き出す。そして両手で二枚扉を開いて施設内に入る。施設の中には掲示板の依頼を確認したり、テーブルに付いて朝食を食べたりする数人の冒険者と施設内を掃除する受付嬢やギルド関係者の姿があるだけで昼間と違いとても静かだった。ダークはそんな静かな施設内にゆっくりと入り、いつもと雰囲気の違う施設内を見回す。
「ほぉ? 人も少なくとても静かだな。まるで開店したばかりの喫茶店のようだ」
「朝食を食べてる人もいますから掲示板や受付が無ければ完全に喫茶店ですね」
ダークとノワールは施設の中を見てそれぞれ感想を口にする。一通り施設内を見回すとダークは奥へ進んでいく。
先に来ていた冒険者やギルド関係者たちはダークの姿を見ると一斉に態度が変わった。驚きや憧れなど様々な思いの籠った目でダークを見つめ、それに気づいたダークは「此処でもか」と言いたそうに小さく肩を落とす。
そんな時、受付の方から男と女の声が聞こえ、ダークは声の聞こえた方を向く。ダークとノワールの視界には受付台を挟んで話をしているリコと三十代後半ぐらいの男の姿があった。
「なんでしょう?」
「さあな……会話の様子から楽しい内容ではなさそうだ。それにあの男、この町では見かけない男だ」
「別の町から来たってことですか?」
「分からない……」
アルメニスで見かけない男がリコと何か深刻そうに会話をしているのを見てダークのノワールは会話の内容が気になり、話を聞くために二人に近づいていった。
男は受付台の向こう側にいるリコを真剣な顔で見ている。一方でリコは複雑そうな顔で手元の羊皮紙を見つめていた。そこには細かい字で何かが書かれており、その内容を確認したリコは表情を変えずに男の方を見る。
「……やはり、この依頼ですと冒険者が見つかるまで数日かかりますね」
「そこをなんとかできませんか? お願いします」
「しかし、依頼の内容に適した冒険者を選んで募集しなくては冒険者や貴方がたにも危険が及んでしまいます……」
必死に頼み込む男を見てリコは困り顔になる。
どうやら男は冒険者ギルドに依頼をしにやってきたのだが、その依頼に適した冒険者が見つからないのでなんとかしてほしいとリコに頼み、それをどうすればいいのか分からないリコが困り果てているようだ。
そんな二人にダークは近づき、暗黒騎士の低い声と口調で二人に話しかけた。
「どうかしたのか?」
突然声をかけてきたダークに男は驚いて振り返り、目の前に立つ黒騎士を見て目を丸くする。リコもいきなり現れたダークに一瞬驚いたが、すぐに表情を戻してダークに挨拶をした。
「ダーク様、おはようございます」
「おはよう」
「申し訳ありません。昨日のアースクロコダイルの報酬はまだ届いておりませんのでまた後日お伺いいただけますか?」
「いや、今日は報酬を受け取りに来たのではない。散歩のついでに少しギルドを覗きに来ただけだ」
「あ、そうでしたか」
「ああ……それより、どうした? 何か難しそうな話をしていたようだが……」
ダークがなんの話をしていたのか内容を尋ねるとリコは少しは慌てたような顔をして首を横に振った。
「い、いえ、なんでもありません」
「なんでもないようには見えなかったぞ。何か難しい依頼でも入ったのか?」
「え、え~っと……」
言い辛そうな顔で目を逸らすリコ。そんなリコを見てダークは何か面倒な依頼が入り込んだのだと確信した。
ダークがリコを見つめていると、さっきまでリコと話をしていた男がダークに声をかけてきた。
「あ、あの、貴方は冒険者なのですか?」
「ん? ええ、一応」
「見たところ、黒騎士のようですが……」
「黒騎士の冒険者なのです……それが何か?」
「い、いえ、別に何も……」
自分の発言でダークの機嫌を悪くしたのでは、そう感じた男は慌てて首を横に振る。リコもダークを見ながら思わず息を飲み黙り込む。周りにいるギルド関係者や冒険者たちも緊迫した空気に固まりながらダークを見つめた。
「……それで、貴方は彼女となんの話をされていたのです?」
周りにいる者たちが自分を見て固まるのを見たダークは場の空気を変えようと男に話しかける。男はダークが機嫌を損ねていないことを知ると安心したのか胸を撫でおろす。リコたちもホッとして小さく息を吐いた。
一般の人間でもなることができる冒険者は依頼人に従って仕事をするだけなので権力のようなものは持っていない。だが七つ星になれば冒険者でも多少の力を持つことができ、冒険者によっては貴族を動かすことも可能なのだ。
ダークも七つ星の冒険者であり、騎士団からも信頼されているため、それなりに騎士団や貴族に顔が利く立場になっている。彼のことを知っている者であればダークを怒らせるとどうなるのか分かっており、怒らせないよう注意しているのだ。もっともダークには七つ星であることを利用しようなどとは考えていないため、ただ普通に冒険者として活動しようとだけ考えていた。
落ち着いた男の顔から緊張が消え、男は一度大きく息を吐いてリラックスする。そしてダークの顔を見ると少し小さい声で説明し始めた。
「彼女に依頼の内容について話をしていたのです」
「ほう、ギルドへ依頼をしに?」
「ハイ……ああ、申し遅れました。私、ベンと申します。バミューズで町長の補佐をしております」
「バミューズ、此処から北にある港町か……」
聞いたことのある町の名にダークは反応する。その町はアリシアたちが騎士団の仕事で向かうことになっている町と同じ場所だった。だがダークはアリシアたちが今日任務で町を出ることを知っているが、バミューズに向かうことは知らない。ダークは気にすることなくベンの話に耳を傾けた。
「それでどんな依頼をしたのです?」
「おおぉ、貴方は依頼を受けてくださるのですか?」
期待を胸にベンは笑いながら尋ねる。だが、ダークもどんな依頼でも受けるほどお人好しではない。冒険者にだって拒否権はある。まずは依頼の内容を聞いてから決めるのが常識だ。
「それは依頼の内容をお聞きしてから決めさせていただきます」
「そう、ですね……確かにその通りです」
少しガッカリしたような顔でベンは呟く。だが、七つ星の冒険者が目の前にいることをベンはチャンスだと感じていた。もし七つ星のダークがこの依頼を受けてくれたら必ずいい結果になると確信していたのだ。彼はなんとしてもこの依頼をダークに受けてもらおうと考えていた。
ベンはダークに詳しい依頼の内容を話すために施設の奥にある酒場にダークを案内する。二人は円形のテーブルに向かい合って座って依頼の話を始めた。
「私たちの住んでいる町は漁船や貨物船など多くの船が行き来する町で港からは沖が一望でき、ちょっとした観光名所にもなっております」
「ほほう」
「……実は数日前から夜になると沖に不気味な物が見えるようになり、町の者たちが不安になっているのです」
「不気味な物?」
小さく俯いて暗い声を出すベンを見てダークは聞き返した。ノワールも不思議そうな顔でベンを見つめている。
「……夜になると町は霧に包まれ……沖の方で船のような物が目撃されたのです」
「船?」
「ええ、最初は目の錯覚だと思っていたのですが、最初に目撃された時から何度も町が霧に包まれ、その度にその船が大勢の住民たちに目撃されており、我々もそれが錯覚でないと分かりました」
「どんな船なのです?」
「中型の帆船でした……ですが、船体や帆はボロボロでどう見ても普通の船ではなかったのです。住民たちの中には死霊が乗る幽霊船かもしれないと言う者もいまして……」
ベンの話を聞いてダークは腕を組んで黙り込む。すると肩に乗っているノワールが顔を近づけて小声でダークに話しかけてきた。
「……かもしれないって、霧のかかった沖で目的されるボロボロの帆船って、どう考えても幽霊船じゃないですか」
「ああ、私もそう思っていた……だが少し気になることがある」
「何ですか?」
「幽霊船がそう何度も同じ場所に現れると思うか?」
「……確かに普通なら考え難いことですよね……というか、その帆船が本当に幽霊船なのかも分かりませんし……」
同じ港町の同じ場所に同じ状況で現れる幽霊船など存在するはずがない。ダークとノワールはその幽霊船には何か秘密があると考えた。
しかし、この世界の幽霊船はダークが以前いた世界の幽霊船と違って何度も同じ場所に現れる物なのかもしれない。そしてこの世界では幽霊船が現れると周囲は霧に包まれるようになる可能性もある。だが答えを出すにはあまりにも情報が少なすぎた。ダークとノワールは答えが分からずに考え込む。
「我々が依頼するのはその幽霊船と思われる帆船の正体を調べ、町に近づかないようにしてほしいということです。そのことを先程の受付のお嬢さんにお話ししたら難しい仕事なので六つ星か七つ星のどちらかに依頼することになると言われたんです。更にもし幽霊船であればアンデッド族のモンスターと遭遇する可能性があるのでアンデッドに対抗する力を持った冒険者に依頼することになりました。しかしアンデッドに対抗する力を持った冒険者は今この町にはおらず、引き受けてくれる冒険者が現れるのは時間が掛かるだろうと……」
(なるほど、さっきリコと話していたのはそれだったのか……)
施設に入って会話をしているリコとベンのことを思い出し、ダークは心の中で納得する。ノワールも「なるほど」と言いたそうに小さく数回頷く。
ダークの知る限りではこの町でアンデッド族モンスターに対抗できる職業を持った冒険者は十人以上いる。だがその殆どが五つ星以下で六つ星以上のこの仕事を受けられる者はいない。六つ星にも三人ほどいるのだが、その全員が今アルメニスの外に出ている。七つ星の冒険者はこの町に五人しか存在せず、その一人であるダークを除いて全員が町を出ているので受けることはできない。しかもその四人は全員が同じパーティーなのだ。
そんな依頼を受けてくれる冒険者がおらず途方に暮れていたベンの前にダークが現れ、ベンはダークにこの依頼を任せるしかないと感じたのだ。
「ダークさん、改めてお願いします。この依頼、引き受けてくださいませんか? 報酬は見合った額をご用意しますので……」
立ち上がったベンは深く頭を下げてダークに依頼を受けてくれるよう頼む。頭を下げるベンをダークは腕を組みながら見つめる。肩に乗るノワールはダークが答えを出すのを黙って待っていた。
「……見てお分かりのように私は黒騎士です。黒騎士が使う暗黒剣技は闇の属性、アンデッド族のモンスターと遭遇した場合は私の暗黒剣技は使えません。それでも貴方は私にこの仕事を依頼すると仰るのですか?」
「ハイ! 帆船が目撃されてから今日まで町の住民たちは夜が来るたびに怯えながら過ごしています。彼らに以前のような平和な暮らしをさせるためにも一日でも早く船の正体を突き止め、問題を解決しなくてはならないのです。いつ現れるかも分からない冒険者を待つわけにはいきません。でしたら、黒騎士であろうと七つ星である貴方に依頼するのがよいと思いまして……」
「なるほど……」
ベンの話を聞いて納得したような返事をするダーク。心の中では依頼を引き受けてくれる者であれば誰でもよかったと思われていることに少し不愉快な気分になったが、町のために早く冒険者を見つけたいベンのことを考えれば仕方がないと思えた。
自分たちを助けてくれるかもしれない存在が目の前にいるのであれば、いつ来るか分からない適任の冒険者を待つよりもアンデッドとの相性が悪いとはいえ七つ星の冒険者に依頼した方がいいと考えたのだろう。
ダークは真剣な顔で自分を見つめるベンの顔を見ながらしばらく黙り込む。すると答えを出したダークはゆっくりと席を立った。
「……分かりました。その依頼、お受けしましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
依頼を受けてくれたダークにベンは笑みを浮かべて礼を言う。
「ただし、七つ星である私に依頼したのです。高額の報酬は覚悟してくださいね?」
「ええ、分かっています」
冗談の入ったような口調で話すダークにベンは笑いながら頷く。話が終わるとダークはリコのいる受付の方へ歩き出した。
「早速依頼を受けたことを受付嬢に話してきます。準備が終わり次第、すぐに出発しますのでベンさんは先に正門前の広場に行っててください」
「分かりました。私もそれまでに食料などの準備をしておきます。此処からバミューズまでは早くても二日は掛かりますから」
「では、またあとで」
「ハイ」
返事をしたベンは走って施設を出ていき、出発のための準備に向かう。ダークはベンの依頼を受けたことをリコに知らせるために受付へ歩いていく。
「……ところでマスター。今回の依頼、レジーナさんやジェイクさんも連れていくんですか?」
肩に乗っているノワールがダークにレジーナとジェイクを連れていくのかを尋ねた。今回受けた調査依頼の難易度は六つ星と七つ星の間といったところだが、どちらかと言えば六つ星に入る。ダークにとっては難しいというほどの依頼ではない。だが、一人よりも三人で依頼を受けた方が効率よく、そして短時間で依頼を完遂することができると考え、ノワールは二人を連れていくのかを尋ねたのだ。
ダークは受付の少し前で足を止め、肩に乗っているノワールを見ながら頭をそっと撫でた。
「いや、今回は二人は連れていかない。レジーナもジェイクも昨日依頼を終えて帰ってきたばかりで家族とのんびり過ごしたいはずだ。それなのに私が勝手に受けた依頼で二人をまた家族から離すわけにはいかないだろう」
「あ~、確かにそうですね……」
ノワールはダークの話を聞いて納得してコクコクと頷く。レジーナとジェイクには一緒に暮らす家族がいる。二人が依頼で町の外に出ている間、二人の家族は寂しい思いをしているだろう。そして無事に帰ってきた時にそれぞれの家族は笑顔でレジーナとジェイクに再会する。ダークは寂しい思いをしている二人の家族とレジーナとジェイクに家族と一緒にいる時間を与えるためにあえて二人は今度の依頼に連れていかないことにしたのだ。
ダークのその優しさにノワールはダークの顔を見ながらまるで仔犬のように尻尾を振る。ノワールは自分の主が仲間に優しくする姿を見て心の中で誇らしく思っていた。
「さて、リコに依頼を受けたことを話したらジェイクとレジーナたちにもこのことを話さないとな」
「そうですね」
リコに依頼のことを伝えるためにダークは再び受付に向かって歩き出す。その時、施設の出入口の扉が開きジェイクが入ってきた。ジェイクは施設の中を見回し、ダークの姿を確認すると手を上げてダークに声をかける。
「兄貴、こんな所にいたのか」
「ジェイク、どうしたんだ?」
「モニカから兄貴が散歩に行ったって聞いたんだけど、いつまで経っても帰ってこないから探しに来たんだよ」
「おお、そうだったか……」
「早く帰ろうぜ? モニカが朝飯の準備して待ってんだ」
朝食の支度ができていることを話しながらジェイクはダークに向かって歩いてくる。ダークも丁度ジェイクが来たので今回の依頼のことを話すことにした。
「ジェイク、丁度いいところに来た。先にお前には話しておこう」
「何がだよ?」
「ついさっき新しい依頼を受けた。港町バミューズからの依頼だ」
「え、もう新しい依頼を受けたのか?」
「ああ、この後に準備をして出かけるつもりだ……だが今回は私一人で行く。お前とレジーナは町でゆっくりしていろ」
「は? どうしてだよ?」
「お前たちは昨日帰ってきたばかりで疲れも溜まっているだろう。それにやっと帰ってきたのにまた依頼で出かけるなんてことになればお前の家族も寂しがる。今日は家族と一緒にいてやれ」
「兄貴……」
自分が家族と一緒にいられる時間を与えてくれるダークにジェイクは感動したのか小さく声を漏らした。
外見は漆黒の全身甲冑を纏い、怖そうな雰囲気を出しているが中身はとても仲間思いの優しい心を持った美青年。しかもレベル100と神に近い力を持っている。そんなダークが自分の仲間であることをジェイクは嬉しく思った。
「私は受付で依頼を受けたことを知らせてから戻る。朝食が済んだら準備して出かけるからレジーナにはお前から伝えておいてくれ」
「……いや、俺も一緒に行くぜ?」
「何?」
ジェイクの口から出た答えにダークは意外そうな声を出す。肩に乗っているノワールも少し驚いたような顔をしてジェイクを見ていた。ジェイクは両手を腰に当てながら胸を張り、ダークとノワールを見ながらニッと笑う。
「兄貴が一人でバミューズに依頼を受けに行くと聞いて自分だけのんびりしてられねぇよ。俺も一緒についていって手伝うぜ」
「え、いいんですか? やっと帰ってきたのにまた依頼で外に出ることになったらモニカさんやアイリちゃんも納得しないんじゃ……」
「大丈夫だ。アイツらも兄貴のおかげで人生を救われたんだ。俺が兄貴のために依頼についていくと言えばアイツらも納得してくれるさ」
「だといいんですけど……」
モニカとアイリが文句を言うのではとノワールは不安そうな顔で前脚で顔を掻く。ダークは家族と一緒にいるよりも自分と一緒に行くと言うジェイクを黙って見つめる。一家の大黒柱としては問題ある発言だが、冒険者として自分についてきてくれるという意志にはダークも嬉しく思っていた。
ジェイクにとって家族と一緒に過ごす時間は大切だが、ダークはジェイクにとって人生の恩人だ。もしダークと出会わなかったら自分も妻も娘もパラサイトスパイダーによって命を落としていたかもしれない。それを救ってくれたダークが冒険者として働こうという時に自分だけ家族と安全な所で楽しく過ごすなどジェイクのプライドが許さなかったのだろう。だから家族との時間を無くしてまでダークについていくと言ったのだ。
(俺がベンさんの依頼を受けちまったからジェイクはモニカさんやアイリちゃんと過ごせなくなっちまったんだな……次から依頼を受ける時は町に戻ってしばらくしてからにしよう)
家族との時間よりも自分との仕事を選ぶジェイクを見てダークは心の中で反省する。だが今回は既に依頼を受けてしまったため、断ることはできない。ついてくるなと言ってもジェイクはついてくるに決まっている。そう考えたダークは小さく溜め息をついた。
「……仕方がないな」
「いいんですか? マスター」
「ジェイクが家族との時間を無くしてまで私についてくると言ったのだ。ダメだと言うわけにはいかないだろう」
「……まぁ、そうですね」
ジェイクを同行させることになりノワールは仕方が無さそうな顔をする。自分を連れていくことになりジェイクは再びニッと笑ってダークとノワールを見た。するとジェイクはふとあることに気付き、腕を組みながら難しい顔で何かを考え込んだ。
「……ジェイク、どうかしたか?」
ダークはジェイクが難しい表情を浮かべていることに気付いて尋ねる。ジェイクは腕を組んだままダークとノワールの方を見て口を開いた。
「なぁ、兄貴。レジーナはどうする? アイツは置いていくのか?」
「レジーナか……元々今回の依頼は私一人で行くつもりだったし、そのことをレジーナにも伝えるつもりだった……まぁ、このことを知らせる時についでに訊いてみるか」
「その方がいいぜ? もしアイツが俺みたいに一緒に行くつもりで何も知らされずに置いてかれた時にゃあ文句とか言いそうだしな」
「あり得ますね……」
レジーナが文句や嫌味を言う姿を想像してノワールとジェイクはめんどくさそうな顔をする。
活発で好奇心旺盛なレジーナの性格を考えれば有名な観光地ともされている港町バミューズからの依頼が入ったと聞けば行くと言うかもしれない。もしここでレジーナに何も話さずにバミューズに行けば依頼が終わった後に嫌味を言う可能性は十分ある。それを考えるとレジーナを置いていくのはマズいと言えた。
「……とりあえず行きましょうか、マスター?」
「そうだな……」
「まぁ、アイツが行くって言っても弟や妹が行くのを反対する可能性もあるし、もしかしたら家族とくつろぐために行かないと言うかもしれねぇ」
「どちらにせよ、アイツの家に行ってみなくては分からないな」
ダークの言葉にノワールとジェイクはダークの顔を見ながら黙って頷いた。
それからダークはベンの依頼を受けたことをリコに伝えてから一度拠点に戻り朝食を済ませる。その時にジェイクはモニカとアイリにバミューズに行くということを話した。モニカはともかく、やはりアイリは少し納得できないような反応を見せる。そんなアイリをジェイクは説得し、結果、帰ってきたらしばらく一緒にいることとバミューズでお土産を買ってくるということを条件で許してもらったのだ。許可を得るとダークたちはすぐに拠点を出てレジーナに会いに彼女の家に向かった。




