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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第四章~港町の死霊~
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第三十二話  複雑な竜人との関係


 多くの人で賑わうアルメニスの街道。出店の前で買い物をする町の住民やこれから仕事に出かける様子の冒険者など大勢の姿がそこにある。それはまさに平和な町の光景そのものだった。

 そんな大勢の人々がいる街道の中をいつもの漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーを纏って歩くダークの姿があった。背中には大剣を背負い、赤いマントを羽織るその姿は周りの者たちの視線を集める。

 ダークは肩に何かが詰まった大きな革製の袋を担いでおり、反対の肩にはノワールが乗っている。ダークの後ろにはレジーナとジェイクの姿があり、彼の後をついてきていた。


「今日もなかなか手強い敵だったわね」

「ああ。だが兄貴がいたから危険な戦いではなかったがな」


 レジーナとジェイクは笑いながら会話をし、ダークの後ろを歩く。ダークは後ろで笑っている二人の方を向くこと無く前を見ながら歩いていた。

 ダークたちは先程まで依頼でアルメニスの外に出ており、つい先ほど依頼を終えて戻ってきたのだ。その報告を冒険者ギルドにするために三人は冒険者ギルドの施設へ向かっていた。

 人の多い街道を抜けて冒険者ギルドの施設にやってきたダークたちは扉を開けて中に入る。中にはいつものように大勢の冒険者が掲示板を見て依頼を選んだり、酒を飲んで騒いだりなどしている姿があった。そんな光景を見たダークは真っ直ぐ受付嬢のリコのところへ歩いていく。

 冒険者たちはダークたちの姿を見ると一斉に反応する。彼らにとってダークは自分たちと同じ冒険者と言えるような存在ではなかった。


「おい、見ろよ。ダークだぜ?」

「ああ、もう戻ってきたのか。スゲェな……」

「いや、彼だからこそこれだけ早く戻ってこれたのさ」

「そうよね。この町で最高の冒険者と言われるくらいだもの」


 ダークを見て冒険者たちが小声で会話をする。そして、ダークが付けている冒険者の腕輪に注目した。腕輪には七つの宝石が付いており、それを目にした冒険者たちの顔に尊敬の表情が浮かぶ。

 マティーリアとの一件から既に半月が経ち、マティーリアの一件と今日まで受けてきた依頼の功績で遂にダークは冒険者の最高位である七つ星にランクアップした。ほんの少し前に町にやってきた黒騎士のダークが短い期間で最高位の冒険者になったことはアルメニスに住む人々に衝撃を与え、今ではダークはアルメニスに住む冒険者たちの中で特に有名な存在となっている。

 あまり目立たないように活動しようと考えていたダークにとって注目を集めることはいささか都合が悪かったが、自分の強さと依頼完遂が早いことで注目を集めてしまうのは当然のことだと考え、目立たないように活動することを諦めた。今では難しい依頼などをできるだけ受けるようにし、アルメニスの住人の全てが彼を知っているとまで言われるようになっていた。

 ダークと共に多くの依頼を熟してきたレジーナとジェイクもあれからレベルが上がり、六つ星の冒険者になった。二人も有名なダークの仲間ということで冒険者仲間の間でそこそこ有名になっている。施設内で冒険者たちに注目されていることで二人は少しだけ浮かれているのか嬉しそうに小さく笑っていた。


「あっ、これはダーク様。お戻りになられたのですね」


 受付にいたリコが自分の前に来たダークに気づいて挨拶をする。するとダークは背負っていた革製の袋をリコの前に置く。


「依頼された品だ。確認してくれ」

「あっ、ハイ。少々お待ちください」


 椅子に座っていたリコは立ち上がってダークが置いた袋の中を確認する。中には手の平サイズの茶色い鱗が大量に入っており、リコはその中の一枚を取って裏表を確認した。するとリコは少し驚いたような表情を浮かべて袋の中をもう一度確認する。そして驚きの表情のままゆっくりとダークの方を向く。


「こ、これ全てが鱗、ですか?」

「ああ、依頼されたアースクロコダイルの鱗だ」

「し、信じられません。たった数日でこれだけの鱗を集めるなんて……」


 ダークの言葉を聞き、リコは袋の中の鱗の量を見て驚きながら呟く。ダークたちを見ていた冒険者たちも驚いた様子で見ている。

 今回ダークたちが受けた依頼はアースクロコダイルという鰐そっくりな中型モンスターの鱗を集めてきてほしいというものだった。アースクロコダイルは凶暴で五つ星以上の冒険者でなければ倒せないと言われており、一匹倒すだけでもかなり苦労するモンスターなのだ。今回の依頼では鱗の量によって報酬の額が変わるという話になっており、鱗の量が多ければ多いほど報酬が跳ね上がるということになっている。

 英雄級の実力者でも三匹倒すのが限界だが、鱗の量からダークたちは最低でも十匹は倒したことになる。想像以上の数をダークたちが倒したことにリコは目を丸くしていた。


「……ダーク様が行かれたアースクロコダイルの生息地にはそんなに沢山のアースクロコダイルがいたのですか?」

「いや、生息地に着いた時にすぐに一匹を見つけて倒した。だが依頼の期限日までまだ時間があったので二日ほどその生息地の周辺を探索していたのだ。十一匹目を倒した時に期限が近づいてきたのに気付いてな。戻ってきたのだ」

「じゅ、十一匹も倒されたのですか?」

「最初はウジャウジャと出てきたのだが途中で出てこなくなって探し回っていたのだ。結局それで時間を食ってしまって十一匹しか倒せなかった」


 ダークの話を聞いたリコは呆然とダークを見ている。彼の話からアースクロコダイルは最初はダークたちを襲おうとしていたが、途中でダークたちの強さに怯えてアースクロコダイルたちが逃げてしまったのだと気付く。リコはダークが強い冒険者であることを知っている。だが、彼がどれほどの実力を持っているのかは分からない。そのためダークの底知れない強さに驚き言葉が出なくなっていた。

 冒険者たちもダークたちが七つ星の冒険者で非常に強いということは知っている。だがそれでもダーク達の強さをいまいち信じられない者も何人かいる。施設にいる冒険者たちの中にもそんなダークの強さを信じていなかった者がおり、ダークとリコの会話を聞いてリコのように目を丸くして驚いていた。


「枚数を確認して私が鱗を採ってきたことを依頼人に伝えておいてくれ」

「ハ、ハイ、畏まりました。報酬はこちらでお預かりしておきますので後日取りにいらっしゃってください」


 鱗をリコに預けたダークはレジーナとジェイクを連れて施設を後にする。残ったリコや冒険者たちはダークたちが自分たちの想像以上の結果を出したことに驚く。今まで何度もダークたちには驚かされてきたが今回は今までの中で最も驚きが大きく、ダークがどれだけの実力を隠しているのか気にしていた。冒険者たちがダークの強さについて会話をしているのを見ていたリコはとりあえず目の前にある鱗の枚数を確認するために袋を持って受付の奥へ移動するだった。

 ギルドを後にしたダークたちは帰宅するために街道を歩いていた。途中で多くの住民や冒険者とすれ違い、その度に全員がダークたちを見てはしゃいだり驚いたりする。すれ違う人たちの反応を見てダークはめんどくさそうな声を出しながら溜め息をつく。


「皆さん、マスターを見る度に目を輝かせてますね」

「ああぁ、私は正体がバレること以外にも周りからこんな風に注目されるのを避けるために目立たないようにしていたのだが、こんなことになってしまうとは……」

「まあ、マスターのお力は強いですからね。普通に冒険者として活動しているだけでも注目を浴びてしまいますから仕方がありませんよ」

「こんなことならもっと力を抑えて活動するべきだったな。失敗だ……」


 自分の力をギリギリまで抑えて冒険者の仕事をするべきだったとダークは後悔し、ノワールは肩に乗りながらそんなダークを見て苦笑いを浮かべる。すると、後をついてきていたレジーナがダークの隣までやってきて笑いながらダークの腕を軽く叩いた。


「いいじゃない。そのおかげで今では兄さんも七つ星になったし、貴族から依頼されるようになったんだから」

「他人事だと思って……」


 笑うレジーナにダークは低い声を出す。レジーナとジェイクはまだ六つ星でダークの仲間ということからダークほど注目されてはいないため、ダークのように輝いた目で常に見られることも無く、ストレスなどを感じずに生活することができた。そのため、レジーナはダークがどんな気分なのかいまいち理解できていないのだ。


「だ、大丈夫よ。最初は皆に注目されて落ち着かないだろうけど、時間が経てばまた以前のように戻るから!」


 低い声を出すダークを見たレジーナはダークの機嫌を損ねてしまったのではと感じ、少し慌てた様子を見せる。ダークはそんなレジーナを見て小さな溜め息を吐く。話を聞いていたノワールとジェイクもただ苦笑いを浮かべながら二人を会話を見ていた。

 すると、突然ジェイクはダークとレジーナの後ろを歩きながら空を見上げ、懐かしそうな顔で口を開いた。


「それにしても、不思議なもんだよなぁ」

「何が?」

「少し前までしがない盗賊だった俺が兄貴と出会って六つ星の冒険者になって家族と笑って生活しているんだからな。しかもレベルも51になって今じゃ実力も英雄級、今でも時々長い夢を見てるんじゃないかって思っちまうんだ」

「それならあたしも同じよ。あたしも兄さんと出会う前までは二つ星の貧乏な盗賊だったのよ? それが今じゃレベル49になって六つ星、そして弟や妹と贅沢な生活をしている。夢のような人生よ」


 レジーナとジェイクは立ち止まり、ダークと出会う前の自分と今の自分を比べ、今の生活が自分たちの都合のいい夢ではないかと考えながら懐かしんだ。ダークも歩くのをやめて過去を振り返っている二人を黙って見つめる。

 二人はマティーリアとの一件の後で多くの依頼を熟して六つ星になった。更にダークと共に依頼を受けることでレベルの高いモンスターとも遭遇し、ダークの力を借りながらそんな強力なモンスターたちを倒してレベルも上がっていき、今では普通の盗賊だったレジーナとジェイクは英雄級の実力者となっている。ダークと出会ったことで二人の人生は大きく変わったのだ。

 貧しく、大変な生活を送っていた過去から不自由のない生活を歩めるようになったことで二人とその家族の人生は明るくなった。レジーナとジェイクはそのきっかけを作ってくれたダークに心から感謝している。

 レジーナとジェイクはダークの方を向いて小さく笑った。


「ダーク兄さん、改めて感謝するわ。兄さんと出会わなかったらあたしたち今頃どうなってたか」

「ああ、兄貴がスゲェ力を持ってたおかげで俺らは今こうしていられるんだ……ありがとよ」

「……フッ」


 強大な力を持っているダークと出会って自分たちは変われたと感謝するレジーナとジェイクを見てダークは小さく笑う。二人には笑っているダークの表情は分からないが、兜の下ではダークはどこか嬉しそうな顔で笑っていた。

 目立たないように力を抑えておけばよかったとさっきまで考えていたが、自分の大きな力のおかげでレジーナとジェイクの人生は変わり二人から礼を言われる。ダークはこういうのも悪くないと考え、これからはもう少し派手に活動するのも悪くないかもしれないと思っていた。そんな時、突然ダークの後ろにある建物の中から一人のガラの悪そうな男が飛び出してきた。


「なんだぁ?」


 飛び出してきた男にジェイクは不思議そうな表情を見せる。ダークとレジーナも男の方を向き、周りにいる町の住民たちも足を止めて男を見ていた。男が飛び出してきたのは酒場で中からは数人の男の声が聞こえる。どうやら酒場で喧嘩をしており、喧嘩の勢いで店の外に放り出されたようだ。状況を把握した周りの住民たちは面倒に巻き込まれたくないと考えたのか倒れる男から静かに離れた。

 倒れていた男は後頭部を摩りながら起き上がり酒場の方を睨む。すると、酒場からもう一人誰かが出てくる。それはなんとロンパイアを肩に担いだマティーリアだった。白い肌に銀色の長髪、左目に緑色の眼帯を付けて頭に黒い角を二本生やし、騎士団の鎧を身に付けている。しかし、今のマティーリアには竜翼と尻尾が無く、外見は人間の姿のノワールに似ていた。

 マティーリアは倒れている男を見つめながらゆっくりと近づいていき、男の首元にロンパイアの切っ先を突きつけた。


「……酔っぱらって隣の客と喧嘩をし、他の客に迷惑をかけたこと、少しは反省したか?」

「な、何が反省だ! 酒も飲めねぇガキがデカい口叩くな!」

「妾は見た目は幼いが歳はお主よりも遥かに上じゃ。年上の言うことは素直に聞くものじゃぞ、ボウヤ?」


 挑発的な態度を取るマティーリアに男は険しい顔でマティーリアを睨み付けた。緊迫する空気に住民たちは緊張に包まれる。


「大人しく帰れ。今帰れば今回のことは無かったことにしてやるぞ?」

「こ、この野郎!」

「ほぉ、まだやるか? さっきは手加減してやったが、今度はどうなっても知らんぞ?」


 そう言ってマティーリアはロンパイアを引いて構えを取る。どうやらさっき男を吹き飛ばしたのはマティーリアのようだ。男はロンパイアを構えるマティーリアを見て表情が変わり、自分では勝てないと悟ったのか慌てて立ち上がりその場から立ち去った。

 逃げるように去っていく男の後ろ姿を見て呆れるマティーリア。すると酒場から今度はアリシアが出てきたマティーリアの隣までやってくる。そしてアリシアも呆れ顔になりマティーリアを見つめた。


「マティーリア、あまり派手に暴れるのはやめろ。酔っぱらった客たちを大人しくさせればそれでいいんだ」

「あ奴が妾の話を聞かずに殴りかかってきたからやり返しただけじゃ。正当防衛という奴じゃな」

「ハァ、お前ならあの程度の男、簡単に押さえ込めただろう? もう少し騎士団のやり方に合わせてくれ。今のようなやり方を続ければいつか騎士団の信頼が無くなってしまう」

「やれやれ、面倒じゃのう」


 マティーリアは肩をすくめながら首を横に振りながら言い、それを見たアリシアは深く溜め息をついた。

 マーディングたちからマティーリアの監視を任されたアリシアは、マティーリアを自分の実家に住ませながら面倒を見ることにした。かつてグランドドラゴンだったせいか、マティーリアは人間としての暮らしの常識をまるで知らず、最初の頃はアリシアもかなり苦労していたようだ。食事の仕方から人との接し方などをアリシアは一からマティーリアに教えていき、ようやく日常生活に支障が出ないくらいまでになった。だが騎士団の仕事を手伝う時に町で起きる事件などをどう対処していいのかまではまだ分かっておらず、先程のようにやり過ぎてしまうこともしばしばあるのだ。

 マティーリアに振り回されて疲れているアリシアを見たダークたちは二人に近づき声をかけることにした。


「アリシア、マティーリア」

「ん? ……ああぁ、ダーク」

「おお、若殿」


 ダークの姿を見てアリシアとマティーリアはそれぞれ反応する。彼の後ろにいるレジーナとジェイクにも気付き、アリシアとマティーリアは手を振るなどして簡単に挨拶をした。


「いったいどうしたんだ?」

「ああ、酒場で酔っ払い同士が喧嘩をしていると聞いて止めに来たんだ。一人は私の部下たちが取り押さえたが、もう一人はさっきの通りだ。マティーリアが店の外まで蹴り飛ばしてしまってな……」


 呆れが顔を見せるアリシアを大変そうに思うダーク。肩に乗っているノワールやダークの後ろにいるレジーナとジェイクが苦笑いを浮かべていた。するとアリシアの話を聞いたマティーリアは小さく頬を膨らませて不満そうな顔をする。


「妾は大人しくしろと忠告したのに無視して殴りかかってきたあの男が悪い」

「相手は酔っぱらっているのだぞ? 冷静な判断ができないと分かっているはずだ。もう少し考えて行動しろ」

「フン……」


 注意されるマティーリアは腕を組んでそっぽを向いた。アリシアはそんなマティーリアを見て深く溜め息をつく。

 アリシアとマティーリアのやり取りはまるで手のかかる妹に困る姉のような光景だった。実際アリシアとマティーリアの外見とやり取りを見た町の住民たちはよくアリシアとマティーリアを姉妹と勘違いしている。勿論アリシアを姉、マティーリアを妹だと考えており、そのことを二人の前で話すとマティーリアは不機嫌になり、その度にアリシアはマティーリアを宥めていた。

 常にマティーリアに振り回されて疲れが溜まり、疲労の顔をするアリシアを見てダークたちは気の毒に思っていた。


「君も大変だな?」

「ああ……まぁ、最初と比べたら人間らしく生活してくれているから、以前と比べると楽になった」

「まるでやんちゃな子供に振り回される母親だな?」

「似たようなものだ……」


 マティーリアに苦労していることを愚痴るアリシアを見てレジーナとジェイクは笑い出す。一方で自分を子ども扱いすることが気に入らないのかマティーリアは腕を組みながらムッとしてアリシアたちを睨んでいた。

 ダークはマティーリアの反応を見て此処で怒らせるとまた面倒なことになると感じたのか、話題を変えることにした。


「そういえば、竜翼と尻尾が消えているが……どうしたんだ?」


 マティーリアに竜翼と尻尾はどうしたのかダークが尋ねるとマティーリアはダークの方を向いて背中を見せた。そして小さく笑い出し自慢げに竜翼と尻尾のことを話し出す。


「フッフッフッ、妾ほどの竜人なら翼と尻尾を消して人間のような姿になることができるのじゃ。今の妾は人間の姿になったノワールと同じ、じゃから目立って周りの人間たちに注目されることもない。普通に生活できるということじゃ」

「角が生えている時点で十分注目を集めると思うぜ?」

「うん、あたしもそう思う」


 レジーナとジェイクは自慢げに話すマティーリアを見て呆れ顔で呟く。だが角が生えていることを除けばマティーリアも人間の姿になったノワールも普通の人間と変わらない外見をしている。町に出ても驚かれたりすることは無いため、町を出歩くことに関してはなんの問題も無かった。

 ダークはノワールによく買い物などを任せることがあり、その度にノワールには人間の姿になって町に出てもらっている。そして、町の住民たちから怖がられたりされずにノワールが普通に町を出歩くことができることをダークは嬉しく思っていた。


(ノワールは俺にとって大切なパートナーだ。そんなノワールが周りから嫌われたり避けられたりする光景は見たくないからな。コイツが普通に町に出ることができてよかったよ)


 肩に乗っているノワールを見ながらダークは心の中で呟く。主人として、そして家族としてダークはノワールが楽しく過ごせることを素直に喜んだ。


「ところで、ダークたちはどうして此処に? 酒でも飲みに来たのか?」

「いや、仕事を終えてついさっき町に戻ってな。これから家に戻るところだ」


 マティーリアの話をしたことで少しだけマティーリアの機嫌もよくなり、場の空気が少しだけ落ち着くとアリシアはダークたちに何をしていたのかを尋ねる。するとダークはさっき依頼を終えて戻ってきたことを伝えた。


「なるほど、ここ数日姿が見えないと思ったら、依頼で外に出ていたのか」

「さすがに今回は町を出ている時間が長かった。帰ったらとりあえず疲れを取ることにする」

「そうか、ゆっくり休んでくれ」

「ああ、そうさせてもらう」


 会話が終わるとダークはレジーナとジェイクを連れてアリシアとマティーリアに別れを告げて歩き出す。アリシアとマティーリアも帰宅するダークたちの背中を黙って見送った。

 ダークたちの姿が見えなくなるとアリシアは酒場の方を向き、酒場の主人と会話をしたり酔っ払いを押さえている部下たちを見る。するとマティーリアはダークたちが歩いていった方角を見ながらアリシアに話しかけた。


「……よかったのか? 若殿にあの任務のことを話さなくて?」

「……あれは私たちに与えられた任務だ。ダークには関係ない。それにいつまでもダークの力を借りるわけにもいかないだろう? 自分たちでできることなら自分たちの力だけでやらないといけない」

「フッ、なるほどな」


 真剣な表情で答えるアリシアの言葉にマティーリアは目を閉じて小さく笑う。かつて自分に部下を殺されて震えていた時とは違い、今では自分を負かして監視するほどの存在になっている。マティーリアは敵だったアリシアの成長した姿を見て少しだけ騎士らしさを感じて見直したのだろう。

 マティーリアがそんな風に考えている中、アリシアは部下たちに指示を出している。同時にアリシアはマティーリアが言ったあの任務について思い出していた。


――――――


 数十分前、アリシアはマティーリアと共に騎士団の詰め所にあるマーディングの部屋にいた。部屋にはアリシアとマティーリア、マーディング以外にリーザの姿があり、アリシアとマティーリアは自分の机についているマーディングの前に横に並んで立っている。マーディングの左後にはリーザが立っており、アリシアとマティーリアの姿を見つめていた。

 突然呼び出され、真剣な表情でマーディングを見ているアリシアとその隣でめんどくさそうな顔で両手を後頭部に当てながら天井を見上げているマティーリア。そんな二人をマーディングを見つめており、リーザはマティーリアの態度に少し不機嫌そうな顔をしていた。


「バミューズ、ですか?」

「ハイ。最近アルメニスの北にある港町バミューズの周辺にモンスターが多く出没するという噂を聞き、調査をすることになりました。そこでアリシアさんには明日、リーザさんと共にバミューズへ行ってバミューズ周辺の調査をし、モンスターが出没すれば討伐していただきたいのです」


 マーディングから突然港町へ行ってモンスター出没の調査をしてほしいと言われてアリシアは少し意外そうな顔をする。どうやら新しい任務で呼び出されたようだ。話を聞いて少し驚いていたアリシアだったが、同時にリーザがマーディングの部屋にいる理由を知って納得した。

 港町バミューズはアルメニスの北にある港町で多くの漁師が働く町である。町で獲れる魚を使った料理も美味しくセルメティア王国ではそこそこ有名な場所でもあった。

 最近その町の周辺でモンスターが目撃され、町の住民や町に近づく人たちを襲っているという噂が流れ、気になり騎士団を派遣することが決まった。その任務に選ばれたのがアリシアとリーザの中隊ということだ。


「お二人にはそれぞれ自分の中隊から一個小隊を選び、その部隊と共に明日の朝、バミューズに向けて出発していただきます。どの小隊を選ぶかはお二人にお任せしますので明日の朝までに決めておいてください」

「分かりました」

「……ここまでで何かご質問はありますか?」

「……一つ、いいかのう?」


 さっきまでめんどくさそうな顔で話を聞いていたマティーリアが突然手を挙げる。マティーリアの行動を見てアリシアたちは意外に思ったのか少し驚いた顔でマティーリアに注目した。


「なんですか? マティーリアさん」

「……なぜわざわざ二つの中隊から小隊を一個ずつ選ぶ必要があるのじゃ? どちらかの中隊から二個小隊を選んでその者たちに任務を任せればよかろう?」


 マーディングを見つめながら真面目な顔でマティーリアは尋ねた。マティーリアの問いにアリシアとリーザは反応する。確かに別の中隊から一個小隊を選ぶよりも同じ中隊から二個の中隊を選んだほうが時間も手間もかからない。更に同じ中隊であればお互いを知っているため、息も合い任務も熟しやすくなる。にもかかわらずマーディングは二つの中隊に任務を与え、それぞれ一個小隊を選ばせた。なぜそんなことをするのかマティーリアは分からなかったのだ。勿論、アリシアとリーザも同じだった。

 マティーリアの質問を聞いたマーディングはゆっくりと席を立ち、窓から外を眺める。そして口を開きマティーリアの質問に答えた。


「……実はバミューズの周辺に出没するモンスターに少し問題がありましてね」

「問題?」


 突然低い声で説明を始めるマーディングを見てアリシアは訊き返す。リーザもマーディングの話を聞いて少し表情が鋭くなり、マティーリアもジッとマーディングを見つめる。マーディングはアリシアたちに背を向け、外を眺めながら説明を続けた。


「目撃されたモンスターがアンデッド族のモンスターらしいのです」

「アンデッド族? スケルトンやゾンビのようなモンスターですか?」

「ええ……ご存知のようにアンデッド族のモンスターは物理攻撃に強く、効率よく倒すには魔法か光属性の攻撃を使うしかありません。ですが、騎士団には魔法を使える者はおりません。そこで聖騎士であるアリシアさんと神官騎士であるリーザさんのお二人の部隊にこの任務をお任せすることにしたのです」


 マーディングの話を聞き、アリシアとリーザは納得の表情を浮かべた。

 聖騎士であるアリシアの神聖剣技はアンデッド族のモンスターとは相性がよく戦いやすい。更にリーザの職業クラスである神官騎士は聖騎士のように神聖剣技は使えないが中級以下の光属性魔法が使えるのだ。攻撃と回復の両方の魔法が使えるため、アンデッドに攻撃することも仲間の傷を癒すこともできることから戦場では重要な職業クラスと言える。

 アンデッド族モンスターと戦う以上、光属性の力を使える職業クラスを持つ者が一人でも多く必要だった。だからアリシアとリーザにそれぞれ一個ずつ小隊を率いて任務に就いてもらいたいと考え、マーディングは二人の隊に任務を与えたのだ。

 アリシアとリーザの二人に任務を与えた理由を聞いて納得しマティーリアは腕を組んで数回頷く。アリシアもアンデッドが相手なら自分とリーザが行くべきだと考えて納得の表情を浮かべた。


「アンデッド族モンスターがどれだけいるか分からない以上、貴女がただけでなく王宮の魔導士部隊にも協力を要請するべきなのですが、噂程度の情報では彼らは動きません。申し訳ありませんが、お二人の部隊だけで今回の任務に就いていただきます」

「私たちは大丈夫です」

「ハイ。それにアンデッドが物理攻撃に強いと言いますが決して効かないわけではありません。私たちの部隊でそのアンデッドたちを倒してみせます」


 マーディングが心配しているとリーザとアリシアが気合の入った声を出す。光属性の力を持つ自分たちがいればアンデッドなど敵ではないという自信が二人にはあった。更にマーディングとリーザは知らないがアリシアのレベルは70であるため、彼女がいればそこら辺のモンスターに苦戦するようなことはまず無い。王宮の魔導士部隊がいなくても彼女たちなら苦戦すること無く熟せる任務だった。

 すると気合を入れるアリシアとリーザを見ていたマティーリアは突然ニッと笑い出す。そして一歩前に出てまた手を挙げた。


「妾も一緒に行こう」

「え?」

「何っ?」


 マティーリアの口から出た言葉にマーディングとリーザは驚く。勿論アリシアも驚いてマティーリアを見ていた。


「マティーリア、いきなり何を言い出す」

「アンデッドに対抗できる戦力が一人でも必要なら妾も同行した方がよい。アンデッドは光属性だけでなく火属性の攻撃にも弱いからのう。妾は炎を吐いて攻撃することができる。連れていって損はないと思うぞ?」

「……お前は今は騎士団の一員として扱われているが、正式な騎士団員ではない。任務に口を挟むのはやめろ」


 アリシアは楽しそうな態度で任務の内容に口を挟むマティーリアに注意をした。マティーリアはそんなアリシアをニヤニヤしながら見上げる。

 以前の決闘でアリシアはマティーリアを殺しはしなかったが、部下を殺した彼女のことを許したわけではない。もし彼女が自分やアルメニスの住人、そしてダークたちに危害を加えるようなことをすれば容赦なく攻撃するつもりでいる。そんな状態でいきなりマティーリアが力を貸すと言っても信用できない。何かやましいことを考えているのではないかと疑ってしまうのは当然だ。


「なら、マーディングに決めてもらおうではないか。マーディングがダメだと言うのなら妾は大人しく町で留守番をしている」


 そう言ってマティーリアはマーディングの方を向き、アリシアとリーザもマーディングの方を見た。マーディングは自分の席に座り、しばらくマティーリアを見つめながら黙り込む。彼女はワイバーンを率いてこの町を襲おうとした存在、彼女をアリシアたちに同行させてよいのか、マーディングは思考を巡らす。

 やがて答えが出たのかマーディングはマティーリアを見つめながら口を開いた。


「……いいでしょう。マティーリアさん、貴女もアリシアさんたちに同行してください」

「マーディング卿!?」


 予想外の答えにアリシアは驚き思わず声を漏らした。リーザもその答えは予想していなかったのか驚いてマーディングを見ている。


「マーディング卿、よろしいのですか?」

「今は一人でもアンデッドに対抗できる力を持つ方が必要です。彼女がこの町を襲おうとした存在であることは知っています。ですが今はアリシアさんと共に戦う存在、私は彼女を信じてみようと思います」

「で、ですが……」

「アリシアさん、どうか私に免じて彼女を連れていってあげてください。もし、彼女が貴女たちに危害を加えるようなことをした場合は貴女が対処してくださって結構です。責任は全て私が取ります」

「……分かりました」


 真剣な顔のマーディングから言われ、アリシアは少し納得のいかない顔で了承する。リーザも不服そうに腕を組んでいた。


「フフフフ、安心せい。妾は裏切ったりなどしない」


 楽しそうに笑いながら言うマティーリアをアリシアは不安そうな顔で見ている。今は自分のことを仲間だと言っているがその言葉がどこまで信用できるのか分からなかった。


――――――


 そんな会話が数十分前にあったのを思い出したアリシアは自分の隣でニヤニヤ笑いながらアリシアの部下の兵士たちを見ているマティーリアを目を細くしながら見ている。


(……アイツは私の歩む道を見届けると言っていたが、本当にそれが目的なのか? 少なくとも負かされたことで私に復讐をしようとは思っていないはずだが……)


 マティーリアを見ながらアリシアはマティーリアが何を考えているのかを必死に考えるが答えは見つからない。とりあえず、今は少しずつマティーリアの様子を窺いながらマーディングから与えられた任務をこなすことだけを考えた。


第四章、投稿開始します。更新は決まっておらず、早い時もあれば遅い時もあります。どうか気長に更新をお待ちください。

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