エピローグ
ジャスティスを倒したあとは連合軍の都合のいいように事が運んだ。町へ戻ったダークたちは町の防衛をしていたリダムスやセルメティア軍と合流し、敵の大将であるジャスティスを倒したことを伝え、それを聞いたリダムスたちは驚きの反応を見せた。
アドヴァリア聖王国と同盟を結び、モンスターたちを操る聖騎士を倒したという報告に一部のセルメティア騎士や兵士は信じられないような反応を見せたが、アリシアとファウが説明したことで真実だと知り、リダムスたちは喜び一気に士気を高める。だが、まだ戦争が終わった訳ではないため、ダークはリダムスたちと今後どうするか話し合うべきだと語り、それに同意したリダムスは急いで部隊長を集めた。
リダムスたちと今後の方針について話し合う前にダークは死んだノワールをマジックアイテムで蘇生させた。復活したノワールはダークからジャスティスを倒したことを聞かされ、ダークの勝利を喜んだ。だが同時に主人であるダークの友だったジャスティスが死んだことを心の中で悲しく思う。
しかし、ジャスティスが死んでも戦争が終わるわけではないことをすぐに理解し、ノワールは気持ちを切り替えて話し合いに参加することを決める。復活したばかりで現状をきちんと把握できていないはずなのにしっかりしているノワールを見てアリシアとファウは感服した。その後、ダークたちはノワールを加えてアドヴァリア軍をどうするか話し合いを始める。
話し合いの中、ダークたちはノワールから浮遊島を破壊したことを聞かされ、ダークたちはもう一つの脅威が消えたことに安心する。浮遊島が消滅したことでセルメティア軍の士気は更に高まり、話し合いは順調に進んで行く。話し合いの中、リダムスは前線でアドヴァリア軍と戦っているセルメティア軍、エルギス軍、マルゼント軍、帝国軍にジャスティスが死んだことを伝えるべきだと考え、早馬を走らせることを提案した。
アドヴァリア軍を降伏させ、戦争を少しでも早く終わらせるにはジャスティスが戦死したことを伝えるのが一番だとリダムスたちは考える。仮に降伏しなくてもアドヴァリア軍の士気を低下させることはできるだろうと感じ、急いで馬を走らせる準備をさせた。
だが、距離を考えるとセルメティア王国以外の同盟国に知らせるにはかなりの時間が掛かる。そう感じたダークは転移魔法を使って報告に向かわせるべきだと語り、ノワールに転移魔法を発動させ、ジャスティスが死んだこと、浮遊島が消滅したことを報告するため、セルメティア兵たちを各国に向かわせた。
セルメティア兵たちを転移させたあと、ダークたちも転移魔法を使って負傷したレジーナたちの下へ向かう。転移した先でレジーナたちと合流すると全員がアリシアやファウと同じようにダークが生きていたことに驚く。そして、海に落ちたダークは偽物で今まで特訓をするために姿を隠していたことを聞かされると、レジーナたちは最初は呆然としていたが、我に返ると一斉に無事なことを隠していたダークに文句を言う。勿論、ダークに協力していたノワールも同じように文句を言われた。
ダークとノワールは文句を言うレジーナたちに謝罪し、何とか許してもらったがアリシアと同じように二度と同じようなことをしないと約束させられ、二人は悪く思いながら了承した。
その後、ダークは落ち着きを取り戻したレジーナたちに戦争を終わらせるためにもう一度前線に出てほしいと頼み、レジーナたちは迷うことなく前線に戻ることを受理する。アリシアの回復魔法やダークのポーションなどを使って完治したレジーナたちはアドヴァリア軍を迎え撃つためにそれぞれが担当する国の前線へ向かう。ダークたちもセルメティア王国の前線やバーネストに移動し、迎撃と首都の防衛に向かった。
それから戦争は連合軍の有利に進んで行った。ジャスティスが死んだことでダークの読みどおりアドヴァリア軍の士気は低下し、アドヴァリア軍は徐々に押し戻されていく。そして、最終的にアドヴァリア領まで押し戻されたアドヴァリア軍は勝ち目が無いと判断し、降伏した。
アドヴァリア軍が降伏したことで戦争が終わり、連合に所属している国の王族や民は勝利を心から喜んだ。ダークたちも戦争が終わったことを心の中で喜んでいたが、今回の戦争で出た犠牲者や損害は多く、ジャスティスが死んでことで召喚されたLMFのモンスターたちは大陸中に拡散したため、終戦後、全ての国が復興作業やモンスター討伐をするために忙しい日々を送ることになる。
――――――
雲一つない青空の下にあるビフレスト王国の首都バーネスト、町の中では住民たちが普段通りの生活を送っていた。市場で買い物をする者や冒険者ギルドを訪れる冒険者もいれば、まだ明るいのに酒場で騒ぐ若者もいる。中には先の戦争で命を落とした家族や友人に挨拶するために共同墓地を訪れる者もいた。
アドヴァリア聖王国との戦争が終わってから既に二週間が経過しており、各国の町や村では復興作業が進められ、少しずつ開戦前の状態に戻りつつある。だが、戦争で出た被害は大きく、完全に元どおりになるには半年近くは掛かると予想された。しかし、住民たちは落ち込むことなく、復興作業を行いながら平和な日常を過ごしている。
ビフレスト王国の王城にある訓練場ではビフレスト王国の騎士や兵士たちが訓練をしている。またいつか起こるかもしれない戦争に備え、少しでも強くなろうと剣の腕を磨いていた。その中にはジェイクとマティーリアの姿があり、訓練する騎士や兵士たちを指導している。
「もっと気合いを入れんか! 戦争になれば敵は殺す気で襲い掛かってくる。訓練だろうが実戦のつもりで取り組めっ!」
マティーリアはジャバウォックを肩に担ぎながら訓練する者たちに渇を入れ、マティーリアの声を聞いたビフレスト騎士や兵士たちはより気合いを入れて訓練用の木剣を振る。マティーリアは大量の汗を流すビフレスト騎士と兵士たちを鋭い目で見つめ、その隣に立つジェイクは腕を組みながら苦笑いを浮かべてマティーリアを見ていた。
「……今日も気合入ってんなぁ? 少しは加減してやったらどうだよ」
ジェイクは厳しすぎるマティーリアを見て手加減を進める。すると、マティーリアは目だけを動かし、鋭い視線をジェイクに向けた。
「戦場に出れば弱い者は簡単に命を落とす。そうならないようにするために妾は敢えて厳しく鍛えておるのじゃ」
「だからってこれはちょっとキツすぎねぇか? 訓練を始めてから殆ど休憩せずに続けてるんだぜ?」
ビフレスト騎士や兵士たちの様子を見ながらジェイクは困ったような顔をする。確かに訓練する者の中には限界が来ているのか動きが鈍くなっている者もおり、下手をすれば倒れてしまう可能性があった。
いくら強くするためとは言え、倒れて訓練ができなくなってしまっては意味が無いと感じたジェイクはマティーリアの訓練内容を変えるべきだと考えていた。マティーリアはジェイクを見ながら彼の言いたいことを察し、視線をビフレスト騎士や兵士たちに戻して静かに口を開く。
「……先の戦争でこの国だけでなく、セルメティア王国や他の国は多くの戦死者を出してしまった。その中には家族や想い人がおる者もおり、残された者たちは酷く悲しんだに違いない」
「ああ、それは間違い無いだろうな……」
突然深刻な話を始めたマティーリアを見てジェイクも真剣な表情を浮かべる。ジェイクは現状とマティーリアの話の内容から、彼女が何を考えているのか察しがついた。
ビフレスト騎士や兵士たちを強くすることで彼らが死ぬ確率が低くなる。騎士や兵士たちが死ぬ確率が低くなれば、彼らを大切に想う者たちが悲しむことも無くなる。マティーリアは騎士たちを強くすることで死ぬ者と悲しむ者の二つを減らすことができると考え、訓練で厳しくしていたのだ。
「戦争はいつ起きるか分からん。いつ起きるか分からない状態で生半可な鍛え方をしていては強者と戦う時になった時に簡単に殺されてしまう。そうなれば残された者たちが傷つき、より多くの犠牲者が出てしまう。そうなってからでは遅いのじゃ」
「だから、犠牲者や悲しむ奴らを出さないようにするためにこれだけ厳しく鍛えてるってわけか」
「それもあるが、強くなるに越したことはないじゃろう?」
マティーリアは軽く息を吐きながら、ビフレスト騎士や兵士たちを強くすることが本人たちのためになると語り、訓練する騎士たちを見守る。ジェイクはマティーリアが自分なりの考え方で騎士たちのことを心配しているのだと知って小さく笑い、同時にグランドドランとして長いこと弱肉強食であるモンスターの世界を生きてきたからそういう考え方をするのだと納得した。
「だけど、いくら騎士たちのためとは言え、やっぱ厳しすぎると思うぜ。もう少し休憩を入れて休ませてやった方がいいんじゃねぇんか? 休んだ方が効率よく強くできると俺は思うけどな」
強くするのなら尚更休憩を多くしてビフレスト騎士や兵士たちを休ませてやるべきだとジェイクは語り、マティーリアはジェイクの言葉を聞くと黙り込んで騎士たちを見る。そしてしばらくすると、溜め息をつきながら自分の頭を掻いた。
「……確かにそうじゃな。もう少ししたら休ませるとしよう」
マティーリアが休憩を取ることを許可するとジェイクはよし、と言いたそうに笑う。今後、ジャスティスたちのような強者が現れることを予想し、ジェイクはマティーリアと効率よく騎士たちを強くしていこうと考えた。
――――――
王城の近くにある魔法薬研究所の一室ではヴァレリアが薬草などを調合して新しい魔法薬の開発に取り組んでいる。同じ部屋の中ではレジーナが椅子に座りながらヴァレリアが調合した魔法薬の試作品が入った小瓶を手に取って見ていた。
「ふ~ん、これがこの前できた新しいポーションねぇ……」
「見るのは構わないが粗雑に扱って落としたりするな? 試作品とは言え、ようやく完成した物なんだからな」
「分かってるって」
ヴァレリアの忠告に対してレジーナは笑いながら軽い返事をし、持っている魔法薬の小瓶を近くの机に置く。小瓶を置く時に若干力が入っていたためか少し大きめの音が部屋に響き、ヴァレリアはレジーナを見て、本当に分かっているのかと呆れたような表情を浮かべていた。
盗賊であり、魔法薬の調合などには興味を持たないレジーナがなぜヴァレリアの魔法研究所にいるのか、実は少し前までレジーナはダンとレニー、ジェイクの娘であるアイリと遊んでいたのだが、子供たちの元気の良さについていけず、ダークの手伝いがあるなどと適当な理由を付けて三人から逃げ出し、普段なら滅多に行かない魔法研究所に逃げ込んで身を隠していたのだ。
魔法研究所にやって来たレジーナから理由を聞いたヴァレリアは呆れ果て、仕事の邪魔をしないという条件で仕方なく置いてやることにした。
「二週間前までアドヴァリアとの戦争で構ってやれず、心配をかけたんだ。少しは弟や妹の我が儘を聞いてやってもいいんじゃないか?」
「戦争が終わってから今日までず~っと遊んであげてるのよ? これじゃあいくら英雄級の力を持つあたしでも体力が持たないわよぉ。それに戦争が終わったからこそ、あたしものんびりしたいのよ」
「まったく、最近の若い者はどうしてこうだらしないんだろうな」
「見た目が同じくらいのおばあさんに言われたくないんだけど~」
試験管の中の液体をフラスコに入れるヴァレリアを見ながらレジーナはジト目で見た目を指摘する。確かにヴァレリアは七十代でありながら秘術で二十代前半にまで若返っているため、レジーナを若者と言っても説得力が無かった。
レジーナの小馬鹿にするような発言を無視し、ヴァレリアは魔法薬の調合を続ける。レジーナは自分の挑発に乗って来ないヴァレリアをつまらなく思いながら椅子にもたれて天井を見上げた。部屋の中にはレジーナとヴァレリアしかおらず、二人が黙れば部屋は途端に静かになる。
「……そう言えば、もう二週間になるけど他の国などうなってるの?」
終戦後、セルメティア王国や他の国がどうなったのか詳しく知らないレジーナはヴァレリアに他国の現状について尋ねる。ヴァレリアは空になった試験管を試験管立てに差し込み、液体が入った別の試験菅を手に取ってフラスコの中にそっと入れた。
「今のところ、どの国も復興作業は順調に進んでいるそうだ。だが、戦争で出た犠牲者はこの国とは比べ物にならないくらい多く、軍や冒険者の数が不足しているそうだ。あと、武器や魔法薬の在庫などもな」
ヴァレリアは質問に答えながら持っているフラスコを回して中に入っていた液体と新たに加えた液体を混ぜる。すると、小さな爆発が起きてフラスコの中から煙が上がった。
煙からは鼻を刺すような強烈な臭いがし、臭いを嗅いだレジーナは思わず指で鼻をつまんだ。
「魔法薬と言えば、セルメティアやエルギスからポーションや解毒系の魔法薬の大量に送ってほしいって要請が来てるそうだけど、そっちの方は大丈夫なの?」
「ああ、問題無い。と言うか既に送ってある」
フラスコを机の上に置きながらヴァレリアは答え、レジーナは相変わらず仕事が速いと心の中で感心した。
先の戦争で連合軍に参加した各国は負傷者の治療などをするために国にあるポーションなどの魔法薬を大量に使用してしまったため、魔法薬の数が不足していた。
魔法薬が無くては負傷者の傷を癒すことは勿論、神官など回復魔法を使う者たちの魔力を回復することもできないため、魔法薬が不足している国は他国に魔法薬を分けてほしいと要請を出している。そして、セルメティア王国とエルギス教国もビフレスト王国に要請を出したのだ。
要請を受けたダークは魔法薬の調合と開発を任されているヴァレリアに魔法薬を用意するよう指示を出し、ヴァレリアは早急に魔法薬を用意してセルメティア王国とエルギス教国に送らせた。
「魔法薬を同盟国に送るのはいいけど、この国は大丈夫なの? この国でも魔法薬を必要とする人が多いんでしょう?」
「心配ない、ちゃんとこの国が不足しないように計算してセルメティア王国とエルギス教国に送った。それに足りなくなったら私たちが新たに調合すればいいだけのことだ」
「……終戦したばかりだっていうのによく働くわね」
自分のやるべきことをしっかりとやるヴァレリアを見てレジーナは微笑みを浮かべる。魔法薬の調合をダークから任されている者として職務を全うするというヴァレリアはやはり自分よりも長い時間を生きた大人なのだと感じた。
作業をするヴァレリアを見ていたレジーナは立ち上がると出入口である扉の方へ歩き出した。
「もう行くのか?」
「ええ、アンタが一生懸命働いてるんだから、あたしもちゃんとダンたちの相手をしてあげないとね」
働いているヴァレリアと比べたら子供たちの相手をする自分は楽な方だと感じ、レジーナはもう一度ダンたちの相手をするために部屋を後にする。レジーナが出ていくヴァレリアは目を閉じながら小さく笑みを浮かべた。
――――――
桜の花びらが舞う王城の中庭、その真ん中でダークが腕を組みながら空を見上げている。右肩には子竜姿のノワールが乗っており、同じように空を見上げていた。
戦争が終わってから既に二週間が経過しているが、ダークとノワールの心の中ではまだジャスティスとハナエを倒したことが強く残っているため、時々中庭に来て気持ちを落ち着かせているのだ。
ダークとノワールはこれといって会話をする訳でもなく、ただ無言で空を見上げている。そんな中、アリシアが一枚の丸められた羊皮紙を持って中庭にやって来た。
「ダーク、此処にいたのか」
アリシアはダークの姿を確認すると彼の方に歩き出す。彼女の様子からしてずっとダークを探していたようだ。
ダークはアリシアの声を聞くと彼女の方を向き、肩に乗っているノワールも空を見上げるのをやめて歩いて来るアリシアの方を向いた。
「どうした、アリシア?」
「三日後に行われる各国との会談内容について確認してもらいたいんだ」
アリシアはダークの前までやって来ると持っていた羊皮紙を差し出し、ダークは羊皮紙を受け取ると広げて書かれてある内容を確認する。
実は三日後、先の戦争で連合軍に参加していた各国の王族がバーネストの王城に集まって会談を行うことになっている。内容は勿論、降伏したアドヴァリア聖王国との今後の接し方とジャスティスが死んだことで従う主を失い、大陸中に散らばったLMFのモンスターの討伐と対処方法についてだった。
各国に散ったジャスティス配下のモンスターの討伐についてはビフレスト王国がモンスターの情報を各国に提供するだけなので大して重要な課題ではない。しかし、アドヴァリア聖王国との接し方や対応についての話し合いは違った。
降伏したアドヴァリア聖王国はビフレスト王国を始め、連合軍に参加した国々に金銭や物資を差し出した。しかし、聖王であるタルタニスが死亡したことでアドヴァリア聖王国は乱れており、国を落ち着かせるために金銭や物資を必要としている。そのため、差し出せる金銭や物資の量も少なかった。
十分な金銭や物資を出せないのに許してほしいと願うアドヴァリア聖王国をどうするか、今後どのように接していくかを決めるのが会談で一番重要なこととなっていた。
羊皮紙には細かい字で会談の時に話し合う課題などが細かく書かれてあり、ダークと肩に乗っているノワールは羊皮紙の内容を黙読していく。
「……会談の内容に問題は無い。予定どおり、アドヴァリア聖王国との接し方などを中心に会談を行うことにする」
「分かった。では、ここに書かれてあるとおりに各国の配る羊皮紙を作成するぞ」
「ああ、頼む」
内容の確認を終えたダークは羊皮紙をアリシアに返し、羊皮紙を受け取ったアリシアはそれを再び丸める。羊皮紙を返したダークは再び空を見上げ、肩に乗るノワールも空を見た。
「……また、ジャスティスのことを考えていたのか?」
「ああ……」
空を見上げながらダークは返事をし、アリシアはダークはジャスティスを斬ったことを引きずっていると感じて複雑そうな表情でダークを見た。
「偉そうなことを言うが、ジャスティスを斬ったことはあまり気にしなくていいと思うぞ? あのままではこの世界の秩序はジャスティスの手によって全く違う秩序に変えられてしまっていた。貴方はこの世界を護るために仕方なくジャスティスを斬ったんだ。自分を責めることはない……」
「それは違いますよ、アリシアさん」
肩に乗っていたノワールがアリシアの方を向いて彼女の言ったことを否定する。ノワールの言葉を聞いてアリシアは意外そうな顔でノワールを見た。
「違う、とはどういうことだ?」
「マスターはジャスティスさんを斬ったことを気にしているわけではありません。ジャスティスさんのことは終戦後に吹っ切っています」
「それじゃあ……」
ジャスティスの何について考えていたのか、アリシアは小首を傾げながらダークに視線を向けた。ダークは空を見上げながらしばらく黙り込み、やがてアリシアの方を見る。
「ジャスティスさんが最後に言った言葉について考えていたんだ」
「ジャスティスが最後に言った言葉?」
「ああ、『もし、私のように強い力を持ち、この世界の秩序を変えようとする者と出会っても、貴方はその意志を貫き通す自信がありますか?』という言葉だ」
ダークの話を聞いたアリシアはジャスティスが死ぬ直前に言った言葉を思い出してハッとする。あの言葉に何か意味があるのかと感じたアリシアは難しい顔をしながら俯いて考えた。
「今回の戦いで私たちは強大な力を持つジャスティスさんと戦った。苦戦を強いられながらも私たちはジャスティスさんに勝利し、この世界を護り抜いた。……しかし、ジャスティスさんとの戦いは序章に過ぎなかったんだ」
「序章?」
「何時か起こるであろう、大きな戦いの序章だ」
いつの間にか話の内容が大きくなっていることにアリシアは顔を上げながらまばたきをし、ダークはアリシアの方にゆっくりと歩き出す。
「……あの時のジャスティスさんの言葉はこれから先、自分と同じようにこの世界を作り変えようとする敵が現れ、その敵と戦うことになった時に意志を貫き、敵を倒すことができるかというのを意味していたんだ」
「世界を変えようとする敵……ッ! もしかして!?」
何かに気付いたアリシアは驚きの反応を見せ、アリシアの隣までやって来たダークは立ち止まり、前を向いたまま目を薄っすらと赤く光らせる。
「そう……新たにこの世界にやってくるLMFプレイヤーたちのことだ」
ダークやジャスティス以外のLMFプレイヤーがこの世界にやって来る、ダークの言葉にアリシアは目を大きく見開きながらダークの方を向く。ダークもゆっくりとアリシアの方を向いて驚くアリシアと向かい合う。
「ジャスティスさんは自分や私以外のLMFプレイヤーがいつかはこの世界に転移してくることを感じ取っていたんだろう。だから私に負けて命を落とす直前に新たなプレイヤーが出現し、もしそのプレイヤーが敵対した時には自分の意志を貫きとおして戦うよう警告してくれたんだ」
「ま、待ってくれ。貴方やジャスティスがいるとは言え、強大な力を持つプレイヤーがそう何度もこの世界に現れるとは限らないだろう?」
「しかし、可能性はゼロじゃない」
「ええ、現にジャスティスさんがこの世界に転移した後にマスターも転移してますから」
「そ、それはそうだが……」
絶対にLMFプレイヤーはこの世界には来ないと断言できないというダークとノワールの言葉にアリシアは言い返せずに口を閉じる。ダークの言うとおり、ジャスティスがこの世界に転移し、その後にダークが転移してきているため、可能性はゼロではなかった。
ジャスティスのような強敵が再び自分たちの世界に現れるかもしれない、アリシアはそう思いながら微量の汗を流す。ダークがそんなアリシアを見ていると、肩に乗っているノワールが空を見上げながら口を開いた。
「マスターやジャスティスがどうしてこの世界に転移したのかは僕たちにも分かりません。お二人がこの世界に転移するための何らかの条件を持っていたのか、はたまた神様の悪戯なのか……」
「……こちらの世界の住人が何らかの方法でダークやジャスティスを転移させた可能性は?」
「それは無いと思います。もしそうならマスターやジャスティスさんを呼びよせた存在が接触してくるはずです。なのに、こっちの世界に来てから誰一人それらしい存在はマスターの前に現れなかった」
「つまり、私とジャスティスさんはこちらの世界から呼び出されたわけではないということだ」
「それじゃあ、LMFの世界に住む誰かの仕業なのか? それとも、本当に神の悪戯なのか?」
「さあな……いずれにせよ、何時かは向こうの世界から新たにプレイヤーがやって来るはずだ。一年後か十年後か、もしかすると明日なのか……」
何時かは分からないが、必ずLMFプレイヤーはやって来るというダークの言葉にアリシアは目を鋭くする。新たなプレイヤーがこの世界に転移し、敵対することになった場合はジャスティスと戦った時のように激しい戦いを繰り広げることになると感じ、アリシアは手を強く握って拳を作った。
「新たに現れたプレイヤーが私たちにとって脅威になるかは分からない。だが、もし脅威となる場合は戦わなくてはならない。ジャスティスさんが言ったように私は自分の意志を貫き、この世界を護る。私はもうLMFの人間ではなく、この世界の住人なのだからな」
「ダーク……」
世界を護るために自分と同じ世界から来た者と戦うことを覚悟したダークにアリシアは心を打たれる。そして、もしダークが新たに転移したLMFプレイヤーと戦う時が来たら自分もダークと共に戦い、彼を護ろうと強く決意した。
「ダーク、その時が来たら私も力になる。そして、貴方と共にこの世界を護る」
「……ありがとう」
アリシアを見下ろしながらダークは感謝の言葉を口にし、アリシアはダークを見ながら微笑みを浮かべ、二人のやりとりを見ていたノワールも小さく笑う。これは異世界で暮らす暗黒騎士として、暗黒騎士の生き方を見届ける聖騎士として、ダークとアリシアが新たな生き方を決意した瞬間だった。
「この事は三日後の会談でマクルダム陛下たちに伝えておくか?」
「いや、今はアドヴァリアとジャスティスさんのモンスターのことで忙しい。そんな状況でジャスティスさんのような存在が現れるかもしれないと言えば混乱してしまう。アドヴァリアとモンスターの件が片付くまでは黙っておこう」
「そうか」
まずは目の前の問題を解決するのが重要というダークの言葉にアリシアは納得する。すると、中庭にファウが入って来て早足で二人に近づいて来た。
「ダーク様、此処にいらっしゃいましたか」
「どうした、ファウ?」
ダークは近づいてくるファウの方を見ながら尋ね、アリシアとノワールも不思議そうな顔でファウの方を見た。ファウはダークの前に来ると真剣な表情でダークを見る。
「先程、テラームの町の近くの森でジャスティスの配下と思われるモンスターの集団を目撃したという報告が入り、討伐隊を派遣してほしいという要請が入りました」
「またか。思った以上に散らばっているようだな」
国のあちこちにいるジャスティスのモンスターにダークは僅かに低い声を出す。アリシアとノワールも僅かに目を鋭くして面倒に思っていた。
「……よし、できるだけ早く討伐隊を編制しろ。部隊の指揮は私が執る」
「ダーク様がですか?」
「三日後には各国の王族と会談が行われるのだ。早急にモンスターを片付け、安心して会談を行える状態にしなくてはならないからな」
やってくる他国の王族たちにモンスターだらけの国を見せたくないダークは自ら討伐隊の指揮を執ることにし、アリシアとノワール、ファウは反対する様子を見せずに黙ってダークを見ていた。
「アリシア、私が出撃している間、首都のことは頼むぞ。何か遭ったらメッセージクリスタルで連絡しろ」
「分かった」
「ファウ、お前は討伐隊の編成が終わり次第、アリシアの補佐に付け。念のためにレジーナたちにも私が出撃することを伝えておくんだ」
「ハッ!」
命令されえたアリシアとファウは力の入った声で返事をし、二人の反応を見たダークは肩に乗っているノワールに視線を向ける。
「ノワール、行くぞ」
「ハイ!」
ノワールが返事をするとダークは中庭の出入口の方へ歩き出し、アリシアとファウもダークに続いて歩き出す。
「異世界に災厄をもたらす者たちよ、断罪の始まりだ」
最強の暗黒騎士は目を赤く光らせて断罪を宣言した。
暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記、遂に完結しました。
2016年から今日までとても長く感じられました。どんな物語にするかネタに悩んだり、色んなことがありましたが今ではそれもいい思い出です。皆様からも評価をいただき、とても嬉しく思っております。
新しい作品については既に考えてあります。しかし、物語の流れや設定などを決めたり、確認をしたりしなくてはならないので投稿を開始するのはしばらく先になりそうです。もし新しい物語に興味がありましたら、是非覗いてみてください。
皆様、長い間読んでくださってありがとうございます。もしよろしければもう一度最初から読んでみてください。