第三百二十五話 己の意志
セイギャールンを受けたジャスティスは斬られた箇所からは血が噴き出しながら後ろに倒れる。攻撃を受けたことで白銀の全身甲冑は砕け、フルフェイス兜も半分が破壊されてジャスティスの顔が露わになった。
「まさか……真正面から斬られるとは……」
距離を取ろうとしたことが原因で敗北したのが信じられないのか、ジャスティスは驚きの表情を浮かべながら仰向けに倒れる。倒れた拍子に折れたノートゥングも手を離れ、高い音を立てながら地面に落ちた。
ダークは軽く呼吸を乱しながらジャスティスを見下ろす。仰向けのまま起き上がろうとしないジャスティスを見て、ダークは決定的なダメージを与えることができたと感じた。同時に傷と出血量からジャスティスは致命傷を負ったと悟る。
「勝負あり、ですね?」
「……ええ、私の負けです」
低い声で決着がついたのを確認するダークを見ながらジャスティスは小さく笑う。先程まで自分の敗北に驚いていたジャスティスだったが、今はダークとの戦いを楽しんだかのような満足げな笑みを浮かべている。ダークは笑みを浮かべるジャスティスを無言で見つめていた。
離れた所で戦いを見守っていたアリシアは目を見開きながらダークとジャスティスを見ている。激しい攻防を見て感覚が鈍くなっているのか、アリシアは呆然と二人を見ていた。
「……ダークが、勝ったのか?」
「ダーク様が勝ったぁ!」
アリシアがダークを見ながら呟くと隣にいたファウが声を上げ、大きな声に驚いたアリシアはファウの方を向く。それと同時にファウも笑顔を浮かべながらアリシアの方を向いた。
「アリシアさん、ダーク様が勝ちました! ジャスティスを倒したんですよ!」
「あ、ああ……」
興奮するファウに驚くアリシアは頷きながら返事をし、もう一度ダークを確認する。傷を負いながらセイギャールンを握って立つダークを見たアリシアは改めてダークが勝利したことを理解し、軽く俯きながら目を閉じて微笑む。
「ダークは勝ってくれたんだな。私たちでは絶対に敵わない神に匹敵する力を持った聖騎士に……」
「ええ、流石はダーク様です!」
ダークは必ず勝つと信じていたファウは歓喜し、アリシアもダークの勝利を心から喜ぶ。ジャスティスに勝利したということは戦争に勝利したことを意味し、同時に世界が救われたことになるため、二人が喜ぶのは当然と言えるだろう。
しかし、ダークが勝利したとは言え、まだジャスティスが生きている可能性があるため、アリシアは喜びを感じながらも油断してはならないと感じていた。アリシアは笑顔を消し、真剣な表情を浮かべるとチラッとファウの方を向く。
「ファウ、とりあえずダークの下へ行こう。今のダークはジャスティスとの戦いで体力に限界が来ているはずだ。念のために彼と合流して護衛するんだ」
「あ……そうですね、分かりました」
ダークの勝利に喜んでいたファウはまだ油断できない状況であることを思い出し、アリシアの方を向いて頷く。ファウの返事を聞いたアリシアはダークに向かって走り出し、ファウもそれに続いて走り出す。走る度に鈍い痛みがファウを襲うが、そんなことでいちいち立ち止まってなどいられず、ファウは痛みに耐えながら走った。
アリシアとファウがダークの下にやって来ると、ダークは倒れているジャスティスを無言で見下ろしている。ダークは二人がやって来たことに気付いたのか、二人と合流したのに合わせるかのように左手で自分のフルフェイス兜を外して素顔を露わにした。そして、目を僅かに細くし、どこか寂しそうな顔でジャスティスを見つめる。
「なぜ、そんな顔をするのです? 戦いに勝利したのですから、もっと喜ぶべきだと思いますが……」
「……友人だった人を斬って喜ぶほど、俺は冷酷じゃありませんよ」
「フ、フフフ……そうでしたね。すみません……」
倒れたまま僅かに掠れた声で笑うジャスティスをダークは表情を変えずに見つめる。ダーク自身、覚悟を決めたとはいえ、やはり嘗ての戦友であったジャスティスを斬ったことに対して心が痛むのだ。
ダークの隣にやって来たアリシアとファウは無言で倒れたままのジャスティスを見ている。二人が見守る中、ダークは笑うジャスティスを見ながら静かに口を動かした。
「……ジャスティスさん、貴方途中から手を抜きましたよね?」
ジャスティスが手加減していたという言葉を聞き、アリシアとファウは驚きながらダークを見る。ジャスティスは笑顔を消し、無表情でダークの顔を見た。
「私が? いつ、手加減を……?」
「俺がセイギャールンを手に入れた直後からです。途中からジャスティスさんの動きが遅くなったり、攻撃が軽くなっていました」
「……それは、ダークさんの思い違いですよ。私は一切手加減はしていません」
「いいえ、貴方は本気じゃありませんでした。もし本気を出していたのなら、変わり身の術で攻撃をかわした直後に聖界断罪剣のような強力な技を叩き込んで俺を倒していたはずです。なのにジャスティスさんは普通にノートゥングで攻撃してきただけ、明らかに俺を殺す気が無かったと感じられました」
「それはダークさんに確実に攻撃を当てるためですよ。神聖剣技は発動するのに若干時間がかかります。それでは避けられる可能性があったので通常攻撃をしたまでです」
「そんなはずはありません。貴方なら俺に避けられることなく確実に神聖剣技を叩き込むことができたはずです」
「……フフ、買い被りすぎです。私は本当に手加減なんてしていません。本気で戦っていました」
ダークの言葉を否定し続けるジャスティスは目を閉じて小さく笑う。そんなジャスティスを見ながらダークは納得できなさそうな表情を浮かべた。アリシアとファウはダークとジャスティスの会話をただ黙って見守っている。
ジャスティスはゆっくりと目を開けると微笑みながら大きく広がる青空を見つめた。
「……正直に言うと、ダークさんがセイギャールンを手に入れた時点で負けてしまうのではと感じてはいました。ですが、だからと言って諦めるつもりもありませんでした。負ければ誰も傷つかず、争いの無い真の平和な世界を創るという夢も断たれてしまいますから……」
「……それだけ、ジャスティスさんの真の平和な世界を創りたいという想いは強かったのですね」
「ええ、私のように家族を殺される悲しみ、信じていた物に裏切られる絶望をこの世界の人々に味あわせたくありませんから……」
やり方に問題があったとはいえ、ジャスティスの異世界に住む人々を不幸にしたくないという気持ちは本物だとダークやアリシア、ファウは改めて理解する。どんな状況だろうと、最後まで自分のやり方を貫こうとするジャスティスの意志の強さは見上げたものだとダークたちは感じた。
しかし、それでも異世界の秩序を勝手に作り変えること、そのための異世界の人々を利用し、言うことを聞かせてよい理由にはならない。ダークはジャスティスを止める決意をし、ジャスティスを自らの手で斬った。罪悪感が無いと言えば嘘になるが、ダークは後悔はしていない。
「ジャスティスさん、貴方の誰も傷つけたくないという意志は理解できます。ですが、世界を作り変えていい権利は俺やジャスティスさんは勿論、誰にもありません。俺たちにできるのはその世界の秩序に従いながら、その秩序の中で精一杯生きていくことです。例えモンスターに襲われたり、戦争が起きて大勢の人々が傷つく世界であったとしても……」
「……ダークさんは、そんな日常的に人が傷つく世界を、認めると言うんですか?」
「認める、というのは少し違います……俺は受け入れようと思っているんです。どんなに厳しい世界でも生き方を自分で決められる世界であれば、俺はその世界で精一杯いきます。そして、その世界で自分の幸せを手に入れます」
「この世界には、力が無く、自分で幸せを手に入れられない人も大勢います。そんな人たちを救うためにも、世界の秩序を変えるべきなのではないでしょうか?」
「確かに人を救える力があるのであれば、その力で人々を救うべきでしょう。ですが、救うためと言って力を貸してばかりはその人はいつまで経っても一人で生きていくことも、幸せを手に入れることもできません。その人を信じ、自分で自分の幸せを得られるよう見守ることも大切だと思っています。それでもその人が苦しんでいる時は手助けぐらいはするつもりです。それが、俺がこの世界で生きていくために選んだ道です」
自分にとって異世界とはどんな世界なのか、異世界をどう思っているのかをダークは素直に語り、アリシアとファウはダークの話を真剣な表情で聞いている。顔にこそ出していないが、自分たちの世界で一生懸命生きていくと語るダークに二人は心の中で嬉しさを感じていた。
仰向けのままダークを見ていたジャスティスは、ダークの意思を知ると軽く息を吐いて視線を空に向ける。どんな世界であろうと、その世界の秩序に従って生きていくというダークの強さにジャスティスは心を打たれたような気分になった。
「時には見守り、時には手を差し伸べる……確かにそれも人々を幸せにするための道、と言えるでしょうね」
「……」
「どうやらダークさんは私よりも力も心も強かったようですね……私は元の世界にいた時から現実から目を反らし、自分の不幸を理由に他人に考えを否定して自分こそが本当に人のことを考えていると思い込んでいただけ……情けない男です」
過ちに気付き、自分を哀れむジャスティスをダークは黙って見つめる。
人の幸せを願い、それを助けようとする行為は決して間違ってはない。だが、そのやり方に間違いがあればそれは結局その人を傷つけるだけの行為となる。今回のジャスティスの行動もそれに似た行為であったため、ダークは最後の最後でジャスティスがそのことに気付いてくれたのだと嬉しく思った。
「……ダークさん、貴方はこの世界の秩序に従い、人々を見守りながら生きていく道を選んだと言いました。もし、私のように強い力を持ち、この世界の秩序を変えようとする者と出会っても、貴方はその意志を貫き通す自信がありますか?」
ジャスティスは顔を上げ、ダークの方を見ながら意味深なことを尋ねる。話を聞いていたアリシアとファウはジャスティスの言葉の意味が分からず、小首を傾げながら難しそうな顔で考え込む。
アリシアとファウが考えている中、ダークはジャスティスを見ながら黙り込んでおり、やがて静かに口を開いた。
「それはその時が来るまで分かりません。ですが、俺は誰が相手であろうと、自分の意志と信念、生き方を貫いて行きます」
「……フッ、そうですか。ダークさんがそう言うのなら大丈夫でしょう……これで私も安心して逝けますよ」
ジャスティスは起こしている顔を倒し、空を見上げて微笑む。夢を叶えることはできなかったジャスティスだが、なぜか満足そうな笑みを浮かべている。まるでダークなら形は違えど、自分が望んだ平和な世界を築いてくれる、そう信じているような顔をしていた。
笑みを浮かべるジャスティスは静かに目を閉じ、それを見たダークはジャスティスの命が消えかかっていると気付いて目を軽く見開いた。アリシアとファウもジャスティスを見て死が近づいていることに気付く。
「……もし、向こうで妻と娘に会ったら、謝罪した後にダークさんのことを話しますよ。強くて優しい友達がいた、とね……」
悔いの無さそうな口調で語ったジャスティスは静かに息絶える。そして、ジャスティスの体は足元から金色の光の粒子となって消え始めた。
ジャスティスの体は全身甲冑やフィルギャ、マントも一緒に光の粒子と化していき、それを見たダークたちは少し驚いた表情を浮かべる。どうやらLMFプレイヤーは異世界で命を落とす時、肉体は残らずに消滅してしまうようだ。LMFでもプレイヤーのHPがゼロになった時、肉体は残らずに消滅してしまうので、死ぬ点はLMFも異世界も同じなのだとダークは知った。
光の粒子と化していくジャスティスの体をダークたちは無言で見届け、遂にジャスティスの体は完全に消滅する。残ったのは剣身が真ん中から折れたノートゥングだけだった。
ダークはセイギャールンを背負うと落ちているノートゥングを拾い上げた。自分の憧れだったジャスティスが残した聖剣の一部をダークは無言で見つめる。そんなダークにアリシアとファウが静かに近づく。
「終わったな、ダーク」
「……ああ」
折れたノートゥングを見つめながらダークは低い声で返事をし、アリシアはダークの様子から明らかに元気が無いと彼の背中を見ながら気付く。
覚悟していたとはいえ、やはり憧れだったジャスティスと戦い、殺したことに心を痛めているのだとアリシアは直感していた。ファウもアリシアと同じようにダークの気持ちを感じ取り、同情する眼差しでダークの背中を見ている。
「ダーク、元気を出せ。と言っても、憧れだった人を斬った後で元気を出すなど無理なことだが……」
何と声を掛けたらいいのか分からず、アリシアは慰めの言葉を口にする。すると、ダークは左手で持っていたフルフェイス兜をゆっくりと被った。
「……大丈夫だ。宣戦布告をされた時から私は覚悟していた。今取り乱したらジャスティスさんに笑われてしまう」
素の口調から暗黒騎士としての口調に戻ったダークは問題無いことをアリシアに伝える。そんなダークを見てアリシアは強がっているのではと感じたが、ここで更に慰めたらダークの覚悟を否定したことになるのではと感じ、アリシアはダークの言葉を信じて何も言わずにそっとしておくことにした。
「ジャスティスは最後まで真の平和な世界を創るつもりでいたようですが、私たちと和解し合うことはできなかったのでしょうか?」
ファウはジャスティスが考えを変えて再びダークの友として生きる道を選ぶことはできなかったのかと疑問に思う。アリシアはファウの言葉を聞いて可能性としてあり得たかもしれない感じる。戦いの最中にもしジャスティスの気が変わればダークも嘗ての友を斬らずに済んだかもしれない、そう思うとジャスティスが考えを変えなかったことが残念だと感じられた。
「……ジャスティスさんは自分が正しいと思ったことは決して曲げない性格だった。だから途中で考え方を変えるようなことは絶対にしない。LMFにいた頃からそうだった」
ダークは折れたノートゥングを見つめながらジャスティスは考えを改めなかっただろうと語り、アリシアとファウは真剣な表情を浮かべながらダークの方を向く。
「途中から自分の考え方が間違っているかもしれないと感じたとしても、あの人は自分の考え方を貫き通す。だから仮に私たちのやり方が正しいと思ったとしても心変わりをすることはなかっただろう」
「……どの道、ジャスティスが私たちと同じ道を歩むことはできなかったというわけか」
ジャスティスとは決して相容れぬ立場だと知り、アリシアは残念そうに呟く。ファウもアリシアと同じように残念に思っているが、同時に最後までダークの考えを理解しなかったジャスティスを哀れに思った。
ダークは折れたノートゥングをポーチにしまい、ジェーブルの町の方へ歩き出す。移動を開始したダークを見てアリシアとファウは意外そうな表情を浮かべた。
「ダーク、何処へ?」
「決まっているだろう? ジェーブルの町でジャスティスさんを倒したことを報告し、今後の戦争方針についてセルメティア軍と話し合うんだ」
立ち止まったダークはジェーブルの町にいるセルメティア軍と合流することを説明し、それを聞いたアリシアとファウは少し驚いたような顔をするが、すぐにダークが何を考えているのか理解した。
ダークは敵の最高戦力であり、今回の戦争の元凶とも言えるジャスティスを倒した。だが、ジャスティスを倒したからと言って戦争が終わった訳ではない。まだジャスティスと同盟を結んだアドヴァリア軍が残っているため、彼らを何とかしなくては本当に戦争が終わったことにはならなかった。
戦争を終わらせるにはまだ残っている敵戦力を何とかしなくてはならないとダークは考え、セルメティア軍と合流しようと思っていたのだ。
「ジャスティスさんを倒しても何も知らないアドヴァリア軍の進軍は続けているはずだ。ジャスティスさんを倒したことを伝えれば敵の士気が低下し、アドヴァリア軍も降伏するかもしれんが、降伏せずに進軍を続ける可能性もある」
「た、確かに……」
「それにジャスティスさんが死んでも浮遊島が残っている可能性がある。ノワールを復活させて浮遊島がどうなっているのか確認する必要もある」
敵の主戦力を倒したからと言って戦争が終わるわけではない。ジャスティスという敵の中で最大の脅威と言える存在を倒したことで安心し切っていたアリシアとファウは基本的なことを忘れており、そんな自分たちを情けなく思う。
だが、ジャスティスを倒したことで自分たちが負けることは無いと感じているのか、アリシアとファウは戦争で負けることは無いと確信していた。
ダークはゆっくりとアリシアとファウの方を向き、目を薄っすらと赤く光らせながら二人を見た。
「まだ私たちの戦いは終わらない……さあ、急いで町へ戻るぞ!」
そう言ってダークはジェーブルの町に向かって歩き出し、アリシアとファウは早足でダークの後を追い、ジェーブルの町へ戻って行った。