第三百二十三話 神殺しの魔剣
お互いの使い魔が死亡したことにダークとジャスティスは衝撃を受け、同時に相棒が死んだことに辛さを感じる。アリシアとファウもノワールが死んだことに辛く思っていたが、ノワールがハナエと戦って相打ちになったことを聞き、ノワールが無駄死にした訳ではないと知って少しだけ辛さが和らいだ。
しかし、ノワールが死んだことに変わりは無いため、アリシアとファウは微かに表情を暗くしながらダークとジャスティスを見ている。
「ノワールとハナエが共に命を落とした……」
「ええ、お互いに敗北はしなくても勝利もしていない、ということです……」
信頼している使い魔の死に対し、ダークとジャスティスは若干暗い声で会話をする。いつ命を落としても不思議ではない戦場にいるとはいえ、最も身近な存在が死んだことには二人も流石にショックを隠せないようだ。
ダークとジャスティスはしばらくの間、自分のメニュー画面を見ながら黙り込み、アリシアとファウは複雑そうな顔で二人を見ている。やがて二人はメニュー画面を閉じ、相手の方を見ながら目を薄っすらと光らせた。
「ダークさん、お互いにこの戦いで負けられない理由が一つ増えましたね?」
「ええ、勝った方が自分の使い魔を復活させるという理由がね」
先程とは違い、力の入った声を出しながらダークとジャスティスは得物を構え、二人の姿を見たアリシアとファウは軽く目を見開く。ダークとジャスティスがさっきまで見せていた動揺がもう消していることに驚き、同時に使い魔が蘇ると言うことを聞いてアリシアとファウは驚いたのだ。
LMFではプレイヤーのHPがゼロ、つまり死亡してログアウトすると使い魔も自動的に消滅するようになっており、再度ログインすれば再び使い魔も蘇るようになっている。しかし、異世界にはそんなシステムは存在しないため、プレイヤーが死亡すれば使い魔も死亡し、LMFのように蘇ったりすることはない。普通に生きている人間と同じ状態になっているということだ。
再度ログインすれば蘇る使い魔も、異世界では蘇ることはない。しかし、LMFではログインし直さなくても使い魔を蘇らせる方法がある。それは使い魔専用の蘇生アイテムを使用することだ。そのアイテムを使用すれば例えプレイヤーがログインし直さなくても死亡した使い魔を蘇らせることができる。
ダークとジャスティスは今の戦いに勝利し、勝った方が死んだ使い魔を蘇らせようと考えていた。アリシアとファウはノワールを復活させることができると知って一安心する。しかし、同時にアリシアの中で一つの疑問が生じた。
(あの二人、勝った方が使い魔を蘇らせると言っていたが、どうして今蘇らせようとしないのだ?)
なぜわざわざ戦いが終わった後に蘇らせようとするのか、アリシアは理由が分からず、ダークを見つめながら不思議に思った。
戦闘中である今の段階で使い魔を蘇生させれば使い魔と共に戦うことができ、戦いを有利に進めることができる。それはLMFプレイヤーでないアリシアにも分かることだ。だが、アリシア以上にLMFプレイヤーとの戦いを知っているダークとジャスティスは何故か使い魔を蘇らせなかった。
アリシアが考えている中、ダークとジャスティスは得物を構えて敵の出方を窺っている。二人は蘇生アイテムを使う様子は見せず、戦うことだけに集中していた。
(使い魔専用の蘇生アイテムで復活させる場合、使い魔はHPが10%の状態で蘇り、MPも死亡する直前の状態になっている。まともに戦えない状態で戦闘中に復活させたら敵の攻撃を受けて一撃でやられちまう。そうなったら貴重な蘇生アイテムを一回損することになっちまうからな、戦いに勝った後に使うのが賢明だ)
蘇ってもすぐに倒されてしまっては使う意味が無いので、戦いが終わって安全が保証できる状態にしてから蘇生アイテムを使うべきだと考え、ダークは戦闘中にノワールを蘇生させようとしなかったのだ。そして、ジャスティスもそれを分かっているため、すぐにハナエを蘇らせようとしなかった。
使い魔を蘇らせるためにまずは目の前に立つ敵を倒さなくてはならない、ダークとジャスティスはより闘志を強くして戦いに集中する。アリシアとファウは使い魔を蘇らせない理由が分からないまま、ただ黙って戦いを見守ることにした。
蒼魔の剣を構えながらダークはどのように戦うか考えた。現在、ダークはジャスティスの攻撃を受けてそれなりのダメージを負っている。戦況を少しでも有利にするには紫光命吸剣で攻撃し、少しでHPを回復させて戦った方がいいと考えていた。
対してジャスティスは殆ど無傷の状態だ。しかも変わり身の術を使用しているため、一度だけ敵の攻撃を無効化できる。防御ではジャスティスの方が上であるため、ダークは迂闊に近づくこともできなかった。
(……変わり身の術を無効化させてジャスティスさんにダメージを与えるには距離を詰め、連続で強力な攻撃を叩き込むしかない。だが、下手に近づくのは危険だし、正面から突っ込んで倒せるほどジャスティスさんは弱くない。何よりもジャスティスさんは俺の攻撃パターンを読んでいるため、簡単に攻撃を当てさせてくれないだろう……)
自分が不利であることを再確認しながらダークはジャスティスを見つめる。ここまでの戦いで既にダークの戦術の殆どがジャスティスに把握されているため、今の状況ではジャスティスに攻撃を当てることすら難しかった。
これまでと同じ戦い方ではジャスティスに勝つのは無理だと感じたダークはジャスティスの動きを警戒しながら作戦を練る。しかし、かと言って時間を掛ける余裕も無く、時間を掛ければますますダークが不利になってしまう。
(こっちの戦術が見抜かれている以上、普通の攻撃は通用しない。ジャスティスさんが知らない戦術で戦わないと勝つのは難しい……せめて、アレが使えれば……)
「作戦を考えているところをすみませんが、これ以上時間を掛けるわけにはいかないので、来ないのでしたらこっちから行かせてもらいます」
ジャスティスは考え込んでいるダークに声を掛けるとノートゥングとフィルギャを強く握り、ダークに向かって走る出す。ダークはジャスティスが向かってくることに気付くとフッと顔を上げ、素早く蒼魔の剣を振り上げて剣身に黒い靄を纏わせる。
「黒瘴炎熱波!」
暗黒剣技を発動させたダークは蒼魔の剣を勢いよく振り下ろし、走ってくるジャスティスに向かって黒い靄を一直線に放つ。靄が勢いよくジャスティスに向かって行く中、ジャスティスは回避行動などを取らず、真っすぐ靄に向かって走り続け、フィルギャを逆手に持ち替えた。
持ち方を変えた瞬間にフィルギャが光り出し、ジャスティスの前に白い障壁が張られて黒い靄からジャスティスを護った。どうやらフィルギャに備わっていた防御能力を発動させたようだ。
ジャスティスは障壁に護られながら走り続け、障壁によって防がれた靄はジャスティスの手前で拡散するように掻き消されていく。ダークは靄を掻き消しながら走ってくるジャスティスを見て悔しそうに声を漏らし、距離を取るために後ろに跳ぼうとする。しかし、靄の中を突っ切ってきたジャスティスはあっという間にダークの目の前まで距離を詰めてきた。
ダークに近づいたジャスティスは障壁を消すとフィルギャを順手に構え直し、ノートゥングと同時に振り下ろす。ダークは咄嗟に蒼魔の剣でジャスティスの振り下ろしを防ぎ、防御したことで強い衝撃がダークに襲い掛かる。ダークは体勢を崩さないように下半身に力を入れた。
(クソッ、既に脚力強化の効力も切れてやがる。これじゃあ耐えられるかどうかギリギリだ!)
今体勢を崩せばジャスティスの攻撃をまともに受けてしまうため、ダークは力を入れてジャスティスの攻撃を止める。だが、ジャスティスがそんな余裕の無いダークに気付かないはずがなく、がら空きになっているダークの左脇腹に蹴りを入れた。
蹴りを受けたダークは痛みに耐えながら何とが持ち堪え、蒼魔の剣で止めているノートゥングとフィルギャを素早く払ってジャスティスに反撃する。しかし、ジャスティスはダークの攻撃をフィルギャで難なく防いだ。
カウンター攻撃を防がれたダークは態勢を整えるために大きく後ろに跳んで一気にジャスティスから距離を取る。ジャスティスは離れていくダークを見ながらノートゥングを掲げて剣身に冷気を纏わせた。
「聖剣冷壊弾!」
ジャスティスはノートゥングを勢いよく振り、剣身から無数の氷弾をダークに向けて放つ。ダークは正面から迫ってくる氷弾を見ると蒼魔の剣で素早く叩き落していく。だが、速い氷弾を全て叩き落すことはできず、数発がダークの体に命中してダメージを与えた。
ダークは氷弾の痛みに耐えながらも飛んでくる残りの氷弾を落としていく。そして、最後の一つが飛んできたのでそれを蒼魔の剣で落とす。だが、氷弾と蒼魔の剣がぶつかった瞬間、剣身が高い音を立てて真ん中から折れてしまった。
「何っ!」
蒼魔の剣が折れてしまったことにダークは驚き、戦いを見守っていたアリシアとファウもダークが持つ剣が折れたことに驚いて目を見開く。ダークが持つ武具は全て異世界では見つけることすら難しいほど強力で貴重な物ばかり、その一つである蒼魔の剣が折れたのだからアリシアとファウも驚きを隠せなかった。
折れてしまった蒼魔の剣は地面に刺さり、ダークは剣身の半分を失った蒼魔の剣を見て小さく舌打ちをした。
「チッ! 戦っている間に耐久度に限界がきていたか」
ジャスティスとの戦いだけに集中して武器がいつ壊れるかを計算していなかったことにダークは悔しさを露わにする。
LMFでは戦闘で攻撃したり、敵の攻撃を防いだりすると武具の耐久度が徐々に低下していく。戦う相手の攻撃力によって耐久度の減りは変わってくるが、耐久度に限界がきても放置し続けていれば最終的には武具は壊れてしまう。
最悪の場合、修理不可能な状態になってしまうため、プレイヤーは常に武具の耐久度がどれ程なのか確認し、細目に修理しなくてはならない。浮遊島での空中戦でもジャスティスの全身甲冑はダークとの戦いでボロボロの状態となり、ジャスティスは全身甲冑が壊れることを恐れてアリシアたちを追撃しなかった。
ダークはプレイヤーとして基本的なことを忘れていたことを情けなく思い、その様子を見ていたジャスティスは構えているノートゥングとフィルギャをゆっくりと下ろした。
「武器が壊れたのなら、新しいのに変えてもいいですよ? それまでこっちは手を出しません」
ジャスティスから武器の変更を許す言葉を聞いてダークはジャスティスの方を向きながら意外そうな反応を見せる。アリシアとファウも驚きながらジャスティスの方を向いた。
「意外ですね、今の私は武器を失っているため最も倒しやすい状態です。この戦いは私たちにとって決して負けられない戦い、それなのになぜ倒しやすい状態の私にわざわざ武器を交換させる暇を与えるんです?」
「確かに負けられない戦いを私たちはしています。しかし、だからと言って武器を持たない相手を一方的に攻撃するのは私のポリシーに反します。それが私と同等の力を持つ戦士なら尚更です」
いかなる状況でも平等の戦いをしたいと言うジャスティスを見てダークも小さく笑う。負けられない戦いをしていても自分の戦い方だけは貫き通すというジャスティスの考えにダークは変わっているなと感じる。だが、同時に戦士として見上げた心構えを持っていると感服した。
「……そうですか、ではお言葉に甘えてそうさせてもらいます。でも、後になって変えさせなければよかった、なんて後悔しないでくださいね?」
少しでも自分が有利に戦えるよう、ダークはジャスティスが与えたチャンスを利用することにし、メニュー画面を開いて装備する武器を選び始める。ジャスティスはそれを黙って見守った。
(……とは言え、俺が使える武器の中で一番扱いやすく、性能が良いのは蒼魔の剣だった。それ以外の剣はどれも性能が低く、装備してもジャスティスさんに勝つのは難しい。釜茹でゴエモンさんが作った武器はどれも性能がいいからそれを使うという手もあるが、手元にある釜茹でゴエモンさんの武器は槍や斧と言った使い慣れていない武器しかない。どうするか……)
ジャスティスに勝つにはどの武器を選べばいいか、ダークは心の中で悩みながら武器選択画面を操作する。その時、ダークたちがいる平原の南側から無数の何かが飛んでくるのが見え、飛んでくる何かに気付いたダークとジャスティス、アリシアとファウが南の方を向く。
ダークたちの視界に入ったのは天使の翼を広げて飛んでくる権天騎士、能天導士、主天闘士と言ったLMFの天使族モンスターたちだった。数は二十数体で飛んでくる天使族モンスターたちを見たアリシアとファウは目を見開き、ダークは薄っすらと目を光らせる。
「あれは……」
「恐らくミカエルが指揮していた天使たちでしょう。ミカエルが倒されたことで混乱し、バラバラになっていた天使たちが再び此処に戻ってきたのだと思います」
ジャスティスと戦っている最中に面倒な敵が戻ってきたとダークは小さく舌打ちをする。離れた所ではアリシアが近づいてくる天使族モンスターたちを睨みながらフレイヤを構え、ファウも痛む体で何とか立ち上がり、サクリファイスを握った。
最強の聖騎士であるジャスティスと彼が召喚した天使族モンスターたち、二つの戦力を前にしてダークはフルフェイス兜の下で表情を僅かに歪ませる。すると、ダークは何かを思いついたような反応を見せ、武器選択画面を操作し、画面に映し出されている武器の名前を見つめた。
(今の状況なら条件をクリアでき、アレが使えるようになってジャスティスさんに勝てるかもしれない。だが、上手くいかなければ……ええい! 悩んでいてもしょうがない。一か八かだ!)
心の中で何かを決意したダークは映し出されている武器を選択してそれを装備した。
ダークが武器を装備する中、ジャスティスは近づいてくる天使族モンスターたちを見ている。ダークと一対一で戦っている最中に配下の天使族モンスターたちがもし乱入してきたら折角の戦いを台無しになってしまう、そう感じていたジャスティスは視線だけを動かしたダークを見た。
「ダークさん、安心してください。私と貴方の戦いが終わるまでは、彼らには私たちの戦いの邪魔も町への攻撃もさせません。ですから安心して私との戦いに集中してください」
「……ありがとうございます。ですが、そんな心配は無用です」
「ん?」
ジャスティスはダークの言葉の意味が理解できずに小首を傾げる。すると、装備変更を終えたダークの手から壊れた蒼魔の剣が消え、代わりにダークの背に片刃の大剣が現れた。それはダークが普段使っている愚者の大剣だった。
ダークが新しく装備した大剣を見てジャスティスは少し驚いたような反応を見せた。ダークが装備した愚者の大剣は装備している間、敵を倒した時に得られる経験値を増やす性能がある。だが、そのリスクとして装備している間、プレイヤーの全ステータスを大幅に低下させてしまう。ジャスティスは自分と戦うのに弱体化する愚者の大剣を装備したダークの考えが理解できなかった。
ジャスティスが愚者の大剣を装備することに疑問を抱いているとダークは大剣を抜き、天使族モンスターたちの方に向かって走り出す。天使族モンスターたちに向かって行く途中、ダークはアリシアとファウの真横を通過した。
「ダーク?」
「ダーク様、ジャスティスを放っておいて何を……」
ジャスティスを無視して天使族モンスターたちに向かって行くダークを見てアリシアとファウは意外そうな顔をする。ダークは何をしようとしているのか、この時の二人には理解できなかった。
アリシアたちに注目される中、ダークは走り続けて天使族モンスターたちとの距離を縮める。天使族モンスターたちも向かってくるダークに気付き、一斉にダークに突撃した。
ダークは天使族モンスターたちを見ると目を赤く光らせ、飛んでいる天使族モンスターたちに向かって勢いよくジャンプし、一番近くにいる権天騎士を大剣で斬る。目の前の権天騎士を倒すと空中で体の向きを変え、近くにいた別の権天騎士を斬り捨てた。斬られた二体の権天騎士は光の粒子となって消滅する。
「まず二体、計算が正しければあと六体!」
権天騎士を倒したダークは周りにいる天使族モンスターを見ながら下りていき、地面に足が付くと再びジャンプして空中の天使族モンスターたちに近づく。そして、目の前にいる主天闘士を大剣で両断した。
ダークが主天闘士を倒すと背後から二体の能天導士が杖をダークに向け、火球を放って攻撃してくる。しかし、火球はダークの背中に当たる直前に消滅し、それを見た能天導士たちは驚きの反応を見せた。
能天導士の攻撃に気付いたダークは後ろを向き、両断した主天闘士の体を蹴り、その反動で能天導士たちに近づき、大剣を横に振って二体の能天導士を同時に斬り、斬られた能天導士二体と主天闘士の体は光の粒子と化した。
「これで五体、残りは三体!」
ダークは少し力の入った声を出しながら倒した天使族モンスターの数を数えていき、再び周囲を見回して天使族モンスターの位置を確認する。アリシアとファウ、ジャスティスは未だにダークが何をやっているのか分からず、ダークの戦いを見ていた。
(……ダークさんは何をしようとしているんだ? 戦いに勝てないと悟って現実逃避をしている? いや、ダークさんは勝てないからと言ってそんなことをする人じゃない。戦いの最中に無意味なことをするはずがない……となると、天使たちを倒しているのも何か意味があることなのか?)
ジャスティスはダークが天使族モンスターたちを倒すのは自分との戦いに何か関係があるのではと感じ、ダークが何を企んでいるのか考える。そうしている間にダークは更に飛んでいる権天騎士と能天導士を二体倒した。
七体の天使族モンスターを倒したダークは地上に下り立ち、大剣を構えながら生き残っている天使族モンスターたちを確認する。すると、ダークの背後から主天闘士がハンマーを振り上げて襲い掛かってきた。だがダークは主天闘士の存在に気付いており、慌てず冷静に振り返る。
「これでラストだ!」
振り返りながらダークは大剣を横に振り、背後から襲ってきた主天闘士を腹部から両断した。主天闘士は持っていたハンマーを落とし、光の粒子となって消える。ダークは主天闘士を倒すと大剣を軽く払った。すると、突然大剣から脈打つような音が聞こえ、大剣が赤く光り出す。
光り出した大剣を見てアリシアとファウは驚いており、ダークは目を赤く光らせて嬉しそうに笑っている。大剣は光りながら徐々に形を変えていき、やがて光が治まり大剣がハッキリと見えるようになり、大剣を見たアリシアたちは目を大きく見開く。なぜなら大剣が光る前と形を変えていたからだ。
片刃で真っすぐな剣身だった大剣は若干反りのある黒い剣身と赤い刃をした片刃の大剣に変わっていた。剣身には赤い装飾が施され、悪魔の翼のような鍔が付いている。その見た目は形が変わる前の大剣とは違い、敵を威圧する覇気のようなものが感じられた。
ダークは大剣をゆっくりと持ち上げて剣身を見つめる。すると、まだ残っている天使族モンスターたちが一斉に空中からダークに襲い掛かった。天使族モンスターたちに気付いたダークは視線だけを動かして天使族モンスターたちを見る。
「失せろ!」
力の入った声を出しながらダークは大剣を横に構える。すると、大剣の剣身が黒い炎を纏い、その状態でダークは大剣を右に振りながら一回転する。それと同時に剣身の黒い炎はダークを中心に勢いよく燃え広がり、空中から迫ってきた天使族モンスターたちを呑み込んだ。
炎に呑まれた天使族モンスターたちはあっという間に消滅し、炎が治まると天使族モンスターの姿は無く、大剣を握るダークだけが立っている。彼の足元の草は炎の熱のせいか黒焦げになっており、所々から煙が上がっていた。
「す、凄い、あの数の天使を一撃で……」
アリシアはダークが天使族モンスターたちを倒した光景を見て目を大きく見開き、ファウも驚きのあまり言葉を失う。これまでに何度もダークが大勢のモンスターを蹴散らす姿を見てきたが、今回は暗黒剣士の力だけでなく、謎の黒い炎を操って敵を倒したため、今までとは違う驚きを感じていた。
ダークは大剣を軽く振るとアリシアたちの方へと歩き出す。アリシアとファウは近づいてくるダークを呆然と見つめており、ダークは二人の真横に来ると静かに立ち止まった。
「ダ、ダーク……」
「大丈夫だ、これで私の勝率は一気に上がった」
先程までと違って余裕の態度を取るダークにアリシアはまばたきをする。ダークはアリシアと話した後にファウの方を向き、大丈夫であることを目で伝えるとジャスティスの方へと歩いて行く。残ったアリシアとファウはただ無言でダークを見ていた。
ダークは天使族モンスターに向かって行く前と立っていた場所に戻るとジャスティスと向かい合い、持っている大剣を肩に担ぐ。ジャスティスは戻ってきたダークと彼が持つ大剣を見ながら目を薄っすらと青く光らせた。
「お待たせしました、ジャスティスさん」
「……いいえ、問題ありません。それよりもダークさんに訊きたいことがあります」
「この大剣ですか?」
「ええ、それはいったい何なのです? 先程までダークさんが使っていた愚者の大剣とは違うようですが……」
愚者の大剣の性能を知っていたジャスティスは天使族モンスターたちを瞬殺した光景を見て、ダークが持っている剣が愚者の大剣とは全く違う物だと確信している。同時に性能が愚者の大剣よりも遥かに優れていることにも気付いていた。
ダークは肩に担いでいる大剣を前に出し、ジャスティスによく見えるようにする。改めて確認するとダークが持つ大剣からは威圧感と並の武器では感じられない神々しさが感じられた。
「この剣のことを説明する前にジャスティスさんに訊きたいことがあります……ジャスティスさんは超越武具を知っていますか?」
大剣を見せながらダークはジャスティスに尋ね、ジャスティスは超越武具と言う言葉を聞いて反応した。
「……LMF最強と言われているあの超越武具のことですか?」
「ええ」
ジャスティスが確認するとダークは小さく頷いた。
超越武具とはLMFでも入手が極めて難しい装備アイテムのことを言う。入手するための条件が厳しく、神格魔法よりも手に入れるのが難しいと言われており、ダークが異世界に来る直前でも超越武具を入手しているプレイヤーは一人もいなかった。しかし、入手が難しい分、その性能は強力で装備するプレイヤーによってはレベル100以上の強さを得られるとまで言われている。
ダークが超越武具の話を始めたことから、ジャスティスはダークが持っている大剣がその超越武具なのかと感じる。しかし、入手困難と言われているアイテムをダークが持っていることがジャスティスには信じられなかった。
「……まさか、その大剣が超越武具だと言うんですか?」
「そのとおりです」
ジャスティスの問いにダークは小さく頷き、ダークの答えを聞いたジャスティスは嫌な予感が的中したこと、ダークが超越武具を手に入れたことに驚きを見せる。アリシアとファウもダークがいつも使っていた大剣がとんでもない物に変わったと知って目を丸くしながら驚いていた。
ダークは大剣の重さや振り心地を確かめるかのように軽く振り、確認が終わると大剣を再び前に出した。
「コイツは神殺魔剣セイギャールン、私が愚者の大剣を手に入れた時から狙っていた魔剣です。ある条件をクリアすると愚者の大剣がこの姿になるんですよ」
大剣を見つめながらダークは名前や自分が探していた武器であることを説明し、ジャスティスは初めて見る超越武具を前に警戒心を強くする。
<神殺魔剣セイギャールン>は闇と火の二つの属性を持つ魔剣の超越武具。攻撃力と切れ味が非常に高く、闇属性と火属性をプレイヤーの好きなタイミングで切り替えることができ、戦況に応じて戦い方を変えることができる。更に攻撃系の特殊能力が複数あり、使用すれば戦況を一瞬で変えることができるほど強力な能力だ。
セイギャールンは入手条件を全てクリアすることで愚者の大剣が変化する超越武具でその条件は超越武具の中でも難しい方だと言われている。入手条件は二つあり、一つは使い魔やギルドメンバーの助力、職業の能力などに一切頼らず、愚者の大剣の通常攻撃だけで人間、つまりプレイヤーを四千四百四十四人、モンスターを六千六百六十六体キルすること、二つ目はHPが三分の一以下の状態で愚者の大剣を装備していることだ。この二つの条件をクリアすればセイギャールンを入手できる。
HPを減らすことは大して難しくはないが、弱体化させる愚者の大剣を装備した状態で仲間の力に頼らず、普通の攻撃だけで四千を超えるプレイヤーとモンスターをキルするのは難しい。しかもプレイヤーの場合はモンスターとは違い、同じプレイヤーをキルしてもカウントされず、四千四百四十四人全てが違うプレイヤーでなくてはならないのだ。
レベルの低いプレイヤーばかりを狙えば条件は簡単にクリアできると思われそうだが、レベルに差があり過ぎるとPVPを行うことができないため、戦える低レベルプレイヤーは限られている。
条件をクリアしようと低レベルのプレイヤーをキルしている内にもし別ギルドに所属しているプレイヤーをキルしてしまったらそのギルドに所属しているプレイヤー全てを敵に回してしまう可能性があるので、キルするプレイヤーを慎重に選ぶ必要がある。そのため、LMFではセイギャールンの条件をクリアするのは不可能ではないかと言われていた。
ダークも最初はプレイヤーキルの条件をクリアするのは難しく、セイギャールンを入手するのは無理だろうと思っていた。しかし、異世界に転移したことで同じプレイヤーをキルすることは無くなり、戦争中に敵を倒せば敵対組織を増やす心配も無くなるため、ダークはそれらを利用して再びセイギャールンの入手に挑戦することにしたのだ。幸いセイギャールンの入手条件は異世界に来ても変わっておらず、異世界の人間を倒してもしっかりカウントされていた。
レベル100である自分の力を抑えるために愚者の大剣を装備していたが、セイギャールンを入手するための条件をクリアすることもちゃんと考えていたようだ。
「セイギャールンを手に入れるにはとんでもない数の人間とモンスターを倒さなくてはならないので、こっちの世界に転移した私は戦争やモンスターの討伐なので敵を倒し、少しずつ条件をクリアしていこうと思っていました。ですが、ジャスティスさんから宣戦布告を受けた時、セイギャールンを入手しておいた方がいいと感じ、急いで条件のクリアに取り掛かりました。そしてさっき、HPが低下した状態で六千六百六十六体目のモンスターを倒し、条件をクリアしたという訳です」
「成る程、まさか愚者の大剣にそんな秘密があったとは驚きました……もしかして、あの空中戦の後に姿を隠していたのは私との戦い方を研究する以外に、条件をクリアするために人間やモンスターを倒すためだったのですか?」
「そのとおりです。もっとも人間は既に四千四百四十四人倒していましたので、倒したのはモンスターだけでしたけどね」
空中戦の後に何をしていたのかを瞬時に見抜くジャスティスを見てダークは凄い洞察力だと感じ、同時に超越武具を前にしても動じないジャスティスの精神力に感服した。
「本当はモンスターも六千六百六十六体倒してからジャスティスさんと再戦するつもりでしたが、その前にジャスティスさんが前線に出てきたので条件をクリアせずに前線に戻ったんです」
「成る程、それで天使たちを倒していたんですか」
ダークの行動に納得したジャスティスはセイギャールンを見つめながらノートゥングとフィルギャを構える。ダークがLMFで最強と言われている武器を使ってくる以上、これまでと同じ感覚では戦えないと感じていた。ダークも身構えるジャスティスを見てゆっくりとセイギャールンを中段構えに持つ。
「ジャスティスさん、私は蒼魔の剣の代わりにコイツで戦います。まさか最強の超越武具の使用は認めない、なんて言いませんよね?」
「勿論です。武器を見て戦いの条件を変えるほど私は心の小さな男ではありません。それに決して負けられない戦いなのですから、お互い全力で戦わなければいけませんからね」
セイギャールンの使用を認めるジャスティスを見てダークは小さく笑いながら足の位置を動かし、ジャスティスがどう動いてもすぐに対応できる体勢を取った。ジャスティスもダークの動きに合わせて膝を曲げたり、剣を持つ手に力を入れる。
構えを取りながらダークとジャスティスは睨み合い、アリシアとファウは真剣な表情を浮かべながらダークを見守る。しばらく無言で向かい合っていると、ダークは先制攻撃を仕掛けるために先に動いた。
「脚力強化!」
能力を発動させたダークは再度脚力を強化し、能力を使ったダークを見てジャスティスは警戒心を強くする。その直後、ダークは強く地面を蹴ってジャスティスに向かって跳んだ。
脚力を強化したダークは一瞬でジャスティスの目の前まで近づき、両手でセイギャールンを強く握りながら袈裟切りを放つ。ジャスティスは迫ってくるセイギャールンを見て、素早くフィルギャを動かして防御体勢を取る。その直後、セイギャールンとフィルギャの剣身がぶつかり、凄まじい衝撃が周囲に広がった。
「ぬおおおぉっ!?」
フィルギャから伝わってくるとてつもない衝撃にジャスティスは思わず声を上げる。蒼魔の剣を防いだ時も強い衝撃が感じられたが、今回はそれとは比べ物にならないくらい衝撃が強く、重い攻撃だった。
離れた所で戦いを見守っていたアリシアとファウも伝わってきた衝撃に驚きの表情を浮かべる。そして、二人は衝撃に耐えられずに仰向けに倒れてしまう。
「な、何て衝撃だ。さっきとはまるで違う!」
「こ、これが……LMF最強の武器の力なの!?」
アリシアとファウは驚いたまま顔を上げ、セイギャールンを振るダークを見つめ、さっきとは強さがまるで違うと感じた。
ダークはセイギャールンを防いで怯んでいるジャスティスを見ながらセイギャールンでフィルギャを払い、そのまま右から横切りを放つ。フィルギャを払われたジャスティスは咄嗟にノートゥングでダークの横切りを防ぐが、僅かに体勢を崩されていたため耐えることができずに後ろに飛ばされてしまう。
ジャスティスは後ろに飛ばされながらも体勢を直し、足が地面に付くと足を地面に擦り付けながら何とか停止する。止まるとジャスティスはすぐにダークの方を向いてノートゥングとフィルギャを構え直す。ダークも距離を取ったジャスティスを見ながら中段構えを取った。
「ジャスティスさん、どうやら超越武具は私たちが想像している以上に強力みたいです」
目を薄っすらと赤く光らせながら、ダークはセイギャールンがとてつもなく強い武器であることを語る。