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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百十九話  ノワールvsハナエ


 ビフレスト王国領の東にある海の上空に浮く浮遊島、その西側ではビフレスト王国の飛行モンスターによって構成された部隊が浮遊島を攻撃しており、浮遊島を護るジャスティスの軍団のモンスターたちがそれを迎え撃っていた。

 ビフレスト軍は死神トンボ、ダークグリフォン、ハンターファルコン、ワイバーンなど大勢の飛行可能なモンスターで構成されており、全てが前衛に出ている。後方ではダークが浮遊島に進軍する際に乗っていた城塞竜が待機していた。

 城塞竜の背中には浮遊島を攻撃する砲撃蜘蛛が二体と浮遊島に下り立った後に進軍すると思われる青銅騎士、白銀騎士、黄金騎士が大勢乗っており、飛行モンスターたちが浮遊島の防衛部隊を倒すのを待っている。青銅騎士たちは浮遊島を攻略するために予めダークが召喚しておいた者たちでレベルは全て50以上になっている精鋭部隊だった。

 対するジャスティスの軍団は浮遊島に攻め込んで来た敵に対抗するために対空能力の強いモンスターで構成されている。浮遊島を囲むように端に建てられている城壁の上には長距離攻撃が可能な砲撃蜘蛛や自動人形オートマタのOM03が配備されており、浮遊島の周りでは飛行可能なモンスターやドラゴンたちがビフレスト軍のモンスターたちと戦っていた。

 城壁の内側には長距離攻撃や空中戦闘が行えないLMFのモンスターたちが大勢待機しており、城壁の外側から聞こえる騒音を動かず聞いていた。


「……今のところは戦況は互角、と言ったところね」


 浮遊島の王城ではハナエがモニターレディバグが映し出す映像を見ながら戦況確認をしている。ハナエの前に映し出されている全ての映像には浮遊島の西側で起きている戦いが映し出されていた。

 三十分ほど前、突然ビフレスト軍が現れて浮遊島に奇襲を仕掛けてきた。奇襲に気付いたハナエは防衛部隊に迎撃させ、その間に主人であるジャスティスに奇襲を受けていることを報告する。その時にハナエはジャスティスから奇襲を仕掛けてきた敵の排除を命じられ、ハナエは防衛部隊を動かしてビフレスト軍と交戦を開始した。

 モニターレディバグの映像を見ながらハナエは戦場がどうなっているのかを確認し、押されている部隊を確認したら増援部隊を送るようにしていた。ジャスティスとの通信が終わってからハナエはこの作業を続けている。


「……第三部隊を西側に向かわせなさい。今配備されている戦力では押し切られてしまうわ。急いで!」


 ハナエは左手に持つメッセージクリスタルに力の入った声で語り掛け、メッセージクリスタルの向こう側にいる仲間に指示を出す。ハナエが指示を出すとメッセージクリスタルから小さな返事が聞こえ、それを聞いたハナエは視線をメッセージクリスタルから映像に向ける。

 映像にはビフレスト軍に向かって砲撃する砲撃蜘蛛やOM03の姿が映し出されており、それを見たハナエは僅かに目を鋭くした。


「やっぱり今浮遊島にいる砲撃蜘蛛たちだけじゃ敵の飛行モンスターを全て撃墜するのは難しいわ。空中に待機させていたドラゴンたちもダークさんたちが襲撃してきた時の大勢倒されてしまったし、二個大隊程度の戦力でも敵のモンスターはどれもレベルが高い奴らばかり……まったく忌々しい」


 モニターレディバグの映像を見ながらハナエは悔しそうな顔で握り拳を作る。数では浮遊島の防衛部隊が遥かに勝ってはいるが、レベルはビフレスト軍の方が勝っているため、今の段階では戦況に大きな変化は出ないだろうとハナエは感じていた。


「相手がモンスターだけならこのまま戦っていても問題は無いわ。だけど……」


 ハナエは僅かに低い声を出しながらチラッと右側に映し出されている映像に視線を向ける。その映像には空中を移動しながら防衛部隊のドラゴンと戦うノワールの姿が映し出されていた。

 ノワールは浮遊魔法で空中を移動しながらドラゴンたちと交戦し、次々と魔法でドラゴンたち倒していく。戦いが始まって三十分ほど経過しているが、既にノワールは十体近くのドラゴンを倒していた。


「ノワールの前では高レベルのドラゴンたちも殆ど役に立たない。防衛部隊の戦力の半分をノワール一人に回すという手もあるけど、それでは他の敵を足止めすることができなくなってしまう……」


 現在の防衛部隊の戦力ではノワールを倒すことは勿論、足止めをするのも難しいと感じるハナエは俯きながら対抗策を考える。浮遊島はジャスティスや自分たちにとって本拠点であり、作戦の要となる重要な物であるため、何があっても護り抜かなければならなかった。


「時間を掛ければ掛けるほどこちらの戦力が失われていく。かと言って、ノワールを倒せるほどのレベルを持ったモンスターはいないわ……」


 戦力を傾けず、敵の中でも一番厄介な存在であるノワールはどうやって倒すか、ハナエは考えながら顔を上げてモニターレディバグの映像を見る。

 映像の中のノワールの勢いを落とすことなくモンスターと戦い続けており、その映像を見たハナエは更に表情を鋭くしながらしばらく映像のノワールを見つめていた。


「……やっぱり、やるしかないわね」


 何かを決意したハナエは呟きながらモニターレディバグの映像を全て消し、ゆっくりと部屋の出入口の方へ歩き出す。


「ノワールを倒せるのは同じ使い魔でレベルも互角である私だけ。各部隊に指示を出していた私が前線に出ると命令系統が混乱する可能性もあるけど、そんなことを言っている余裕もないわ」


 ノワールを倒し、浮遊島の防衛戦に勝利するには自分がノワールと戦うしかない、ハナエは自分に言い聞かせるように呟きながら静かに部屋を後にする。部屋に役目を終えたモニターレディバグたちだけが残っていた。

 その頃、ビフレスト軍は浮遊島を攻略するために敵の防衛部隊と激闘を繰り広げていた。どちらの戦力も空中で敵モンスターと交戦したり、遠くから長距離攻撃を放ったりして少しずつ敵の数を減らしていく。

 数では防衛部隊の方が勝っているため、何体倒しても防衛部隊の数が減っているようには感じられない。だが、それでもビフレスト軍のモンスターたちは怯むことなく防衛部隊のモンスターたちと戦い続ける。そんな中でノワールは空中を飛び回りながら敵モンスター、特にレベルの高いドラゴンたちを優先して倒していく。


貫通熱線バーナーレーザー!」


 ノワールは勢いよく飛行しながら右手の人差し指からオレンジ色の熱線を真っすぐ放ち、正面にいる黒いドラゴン、キングワイバーンに攻撃する。熱線はキングワイバーンの胸を貫き、キングワイバーンは鳴き声を上げながら海に向かって真っ逆さまに落ちて行く。

 キングワイバーンを倒したノワールは停止し、宙に浮いたまま落ちて行くキングワイバーンを見下ろした。


「フゥ、これで倒したドラゴンは十三体、前回の攻撃でマスターたちが多くのドラゴンを倒したそうだけど、それでもまだ沢山残っているなんて……ジャスティスさんは上級ドラゴンを召喚できるサモンピースを幾つ所持しているんだろう?」


 これまでに倒したドラゴンの数からノワールはジャスティスが大量のサモンピースの持っているのではと感じて腕を組みながら考え込む。

 ノワールが考えていると、背後から一体の赤いドラゴン、バーニングドラゴンが現れ、大きく口を開けてノワールに噛み付こうとする。ノワールは背後からの攻撃に気付き、視線だけを動かして後ろを見た。


次元歩行ディメンジョンムーブ


 慌てることなくノワールは魔法を発動させ、一瞬でその場から消える。ノワールが消えたことで嚙みつきは失敗し、バーニングドラゴンは周囲を見回して消えたノワールを探す。しかし、ノワールの姿は何処にも見当たらなかった。

 バーニングドラゴンが周囲を見回していると、背後にノワールが現れて右手をバーニングドラゴンの背中に向け、右手の中に青い魔法陣を展開させる。


凍結突撃槍フリーズランス!」


 ノワールは魔法陣から氷の槍を放ち、バーニングドラゴンを背後から貫く。氷の槍を受けたバーニングドラゴンは先程倒したキングワイバーンのように鳴き声を上げながら真っ逆さまに落ちて行き、そのまま海の中へと消えた。

 バーニングドラゴンを倒したノワールは軽く溜め息をつく。勿論、ノワールは体力的には全然疲労を感じていない。ただ、何体もドラゴンの相手をしているため、精神的に少しだけ疲れていた。

 ノワールは周囲を見回して他にドラゴンがいないかを確認する。すると、右側から五体の黒い鳥形のモンスターが飛んでくるのが見えた。そのモンスターは牛と同じくらいの大きさで黒い羽根と黒いくちばしを持ったカラスのような姿をしている。黒い鳥型モンスターは五体全てが真っすぐノワールに向かって来ていた。


「あれはジャイアントレイブン、確かレベル40から47の鳥族モンスターでそれなりに強いモンスターだったかな」


 飛んでくる黒い鳥型モンスターの種類を思い出しながらノワールはまばたきをする。レベル40から47のモンスター五体が近づいて来ていると知れば普通は慌てるものだが、レベル100であるノワールにとっては何の脅威にもならなかった。

 ジャイアントレイブンたちは高い鳴き声を上げながら勢いよくノワールに向かって飛んで行く。ノワールはジャイアントレイブンたちを見ながら左手を前に出し、手の前に緑色の魔法陣を展開させた。


流動竜巻トルネードストリーム!」


 ノワールが叫ぶと魔法陣から竜巻がジャイアントレイブンに向かって勢いよく放たれ、五体のジャイアントレイブンを全て呑み込んだ。

 竜巻に呑まれたジャイアントレイブンたちは風圧と風の刃で体を傷つけられながら高い鳴き声を上げ、しばらくの間、風に弄ばれるかのように竜巻の中で回転する。やがて竜巻は消滅し、呑み込まれていたジャイアントレイブンたちは体中を傷だらけにしながら海へ落下していった。


「フゥ、ジャイアントレイブンまで防衛部隊に入っていたとは、流石はジャスティスさんたちの本拠地、と言ったところかな。この分だとまだまだ出てきそうだ」


 ノワールは浮遊島の方を向き、浮遊島の中にある町に注目する。町は大きく、その中には大勢のモンスターの姿があり、空中で防衛部隊と戦う自分たちを見上げながら険しい顔をしていた。そして、町の中からは飛行可能なモンスターたちが次々と飛び立って自分たちの方へ飛んできている。

 町から出て来るモンスターの数と種類から、ノワールは浮遊島の戦力は自分が予想していたより多いと感じ、このまま戦いを続ければ何時かは自分たちの戦力が削がれ、浮遊島を攻略することはできなくなると悟った。


「モンスターのレベルはこちらが上だけど、戦力は向こうの方が上、こちらの戦力が尽きる前に何とかしないと……」


 自分たちが不利になる前に敵を片付けなくてはならない、ノワールはどうやって敵戦力を一掃するか、町を見つめながら考える。しばらくして、答えを出したノワールはゆっくりと両手を横に伸ばした。


「……神格魔法を使えば、一撃で町ごとモンスターたちを吹き飛ばすことができる。幸い、あの町にはモンスターしかいないから、住民なんかを気にすることなく町を吹き飛ばせるかな」

「そんなこと、させないわよ」


 何処からか聞き覚えのある声がし、ノワールは大きく目を見開く。その直後、ノワールの正面、数mほど離れたところにハナエが転移した。

 突然現れたハナエにノワールは一瞬驚くが、ハナエが現れることは予想していたらしく、すぐに表情を鋭くしてハナエを見つめる。ハナエも浮遊魔法で宙に浮いたまま自分を見つめるノワールをジッと見た。


「やっぱり浮遊島にいたんですね、ハナエさん?」

「当然でしょう? 私は浮遊島の守護を任されているのだから」


 お互いに真剣な表情で相手を見つめながらノワールとハナエは静かに会話をする。目の前にいるのは嘗て共にLMFの世界を冒険した仲間の使い魔、しかし今では自分の主の邪魔をする敵でしかなく、二人は空中でこれから戦うであろう敵に鋭い視線を向けた。


「てっきりハナエさんは後方でモンスターたちに指示を出すだけだと思っていたんですけど……」

「最初はそのつもりだったわ。だけど、貴方が現れた以上はモンスターたちではどうすることもできないからね。私自身が前線に出るしかないでしょう? しかもマスターのところにはダークさんが現れたんだから、さっさと貴方たちを倒してマスターを安心させたいのよ」

「そうですか、マスターとジャスティスさんも戦いを始めましたか……」


 予定どおりに事が運んでいることを聞かされたノワールは目を閉じながら呟く。

 ダークとジャスティスが戦いを始めたことでジャスティスが浮遊島にやって来ることは無くなり、ノワールはハナエだけを警戒して戦えると心の中で安心した。しかし、逆にダークも自分の救援にはやって来ないということなので、油断せずにハナエと戦おうとノワールは心の中で自分に言い聞かせる。


「……その口ぶり、どうやら貴方はダークさんが無事だってことを知っているみたいね?」

「ええ、勿論です。何しろ今日までマスターが行方不明になっていたのは僕とマスターが計画していた作戦なんですから」

「作戦……つまり、マスターに敗北して海に落下したのも、今日までずっと姿を隠していたことも貴方たちの計算どおりだったという訳ね……いったい何のためにこんなことを?」

「ハナエさんなら、薄々勘づいているんじゃないですか?」


 ノワールは問いかけてくるハナエを見ながらからかうように笑い、それを見たハナエは僅かに目を細くした。確かにノワールの言うとおり、ハナエはなぜダークが今日まで姿を隠していたのか大体予想できる。ここまでの流れから、ダークは自分やジャスティスを油断させるために身を隠していたのだとしか考えられなかった。

 ハナエはノワールの問いかけに答えずに無言で目を閉じる。ハナエの様子を見ていたノワールはやはり気づいていたか、と心の中で呟き、同時にハナエの頭の回転の良さは健在だと感じた。そんな中、ハナエはゆっくりと目を開けてノワールを指差す。


「貴方たちの狙いどおりに事が運んだとしても、私たちは敗北した訳ではないわ。ここで貴方を倒し、ビフレスト軍を撃退すれば済むだけのことだから」

「確かに……しかし、僕も負ける気はありません。マスターやアリシアさんたちのためにも、此処でハナエさんを倒し、あの浮遊島を制圧します。場合によっては、浮遊島を落とすつもりでいますので」

「やれるものならやって見せなさい? 私がいる限り、そんなことは絶対にさせないわ」


 ノワールを睨みながら両手を横に伸ばし、それを見たノワールも表情を鋭くして構える。周囲でモンスターたちが戦っている中、二人の使い魔は無言で目の前の敵と睨み合った。


(ハナエさんはこれまで戦ってきたどの敵よりも強い。手を抜いて戦ったらまず勝てないし、返り討ちに遭う。ハナエさんに勝つにはまず万全の状態にしないと……)


 まずは自身の強化から始めるべきと考えたノワールはハナエを警戒しながら補助魔法を発動させる。


魔法攻撃力強化マインドアップ! 魔法防御力強化マジックオーラ! 物理防御力強化アタックプロテクション! 移動速度強化スピードアップ! 竜の魂ドラゴニックソウル! 魔法の防御服マナジャケット! 魔力回復マナキュア!」


 連続で補助魔法を発動させ、ノワールは少しでも有利に戦えるようステータスを強化し、戦いで役に立つ効果を付与していく。これまで戦闘の前には補助魔法を掛けて自分を強くしてきたノワールだったが、今回はこれまで以上に念入りに自分を強化していた。

 <魔法の防御服マナジャケット>は土属性の上級魔法で敵からの魔法攻撃を一度だけ無効化することができる。下級、中級魔法は勿論、同じ上級魔法も無効化することが可能だ。しかし、最上級魔法と神格魔法は無効化できず、一度無効化すると効果が消えてしまうため、敵の攻撃を無効化したかをしっかり覚えておくことが重要だ。

 <魔力回復マナキュア>は水属性上級魔法で一定時間、MPを自動回復してくれる魔法。少量ではあるがMPを少しずつ回復してくれるため、魔法使い系の職業クラスを持つ者には重宝される魔法の一つだ。しかし、ポーションやマジックアイテムを使用することなくMPを回復するという強力な効果であるため、習得するのは難しい。

 ノワールが補助魔法を発動させている間、ハナエは妨害することなく黙ってノワールを見ている。ハナエは全力のノワールと戦い、勝利したいと思っているため、あえて何もせずにいたのだ。勝利を優先するのならハナエの行動は愚行だが、戦士として考えるのなら見上げたものと言えるだろう。

 しばらくノワールを見ていたハナエは自分も戦いの準備に入るため、補助魔法を発動する。


魔法攻撃力強化マインドアップ! 魔法防御力強化マジックオーラ! 移動速度強化スピードアップ! 魔力回復マナキュア! 竜の魂ドラゴニックソウル! 魔法の防御服マナジャケット! 素子防御の光エレメントヴェール!」


 ノワールと同じようにハナエは補助魔法を発動させて自身を強化していく。殆どの魔法がノワールが使ったのと同じ魔法だが、中にはノワールが使っていない魔法も含まれていた。

 <素子防御の光エレメントヴェール>は光属性の上級魔法で全ての属性の耐久力を高めることができる。更に状態異常になる確率も下げることができ、消費するMPも少ないため、戦闘で非常に役立つ魔法の一つだ。

 ハナエが自分を強化する姿を見たノワールは僅かに目を細くし、面倒そうな表情を浮かべた。


(やっぱり素子防御の光エレメントヴェールを使ったか。あの魔法は全属性の耐久力を強化してダメージを減らす効果があるから、魔法使いを相手にする時は非常に心強い魔法だ。本当なら僕も使うべきなんだけど、あれは光属性魔法だから僕は習得できないんだよねぇ……)


 素子防御の光エレメントヴェールを使えないことに対してノワールは心の中で悔しく思う。

 ノワールのメイン職業クラスであるハイ・メイジは神格魔法を複数習得でき、多くの魔法を使うことができるが、光属性魔法だけは習得することができない。そのため、素子防御の光エレメントヴェールのような優れた魔法が存在してもそれを使うことは不可能なのだ。

 対してハナエはハイ・メイジと同じ魔法使い系の上級職であるマジックマスターをメイン職業クラスにしている。この職業クラスはハイ・メイジと違って神格魔法は一つしか習得できないが、全属性の魔法を習得でき、習得数もハイ・メイジより上であるため、LMFではハイ・メイジよりも優れた職業クラスではないかと言われていた。

 ノワールが役立つ魔法が使えないことを悔しく思っているとハナエが自身の強化を終えてノワールを見つめる。ハナエが自分を見ていることに気付いたノワールは軽く首を横に振り、気持ちを切り替えてハナエと向かい合う。


「さて、これでお互いに戦いの準備が整ったわけだし、早速始めましょうか?」

「ええ……念のためにもう一度言っておきますが、僕は負けるつもりはありません。そして、手加減もしませんので覚悟してください?」

「その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ」


 ハナエはそう言うと素早く両手をノワールに向け、右手の中に白い魔法陣、左手の中に緑色の魔法陣を展開させた。


聖なる光線ホーリーレイ! 流動竜巻トルネードストリーム!」


 二つの魔法を同時に発動させ、ノワールに向かって白い魔法陣から白い光線、緑の魔法陣から竜巻を放たれた。ノワールは慌てることなく、勢いよく向かってくる光線と竜巻を見つめる。


次元歩行ディメンジョンムーブ!」


 ノワールは冷静に転移魔法でその場から消える。光線と竜巻はノワールに命中することなく、ノワールが浮いていた場所を通過した。

 攻撃に失敗したハナエは周囲を見回し、ノワールが何処に転移したのか探し回る。すると、ハナエの後方、10mほど離れた位置にノワールが現れ、右手の人差し指をハナエの背中に向けた。


貫通熱線バーナーレーザー!」


 がら空きになっているハナエの背中にノワールはオレンジ色の熱線を放つ。熱線は真っすぐハナエに向かって行き、命中すると思われた。ところが、ハナエはノワールの攻撃に気付いていたらしく、慌てることなく迫ってくる熱線に視線を向ける。


炎の盾フレイムシールド!」


 ハナエが魔法を発動させると、彼女の背後に炎の盾が現れ、ノワールが放った熱線からハナエを護った。熱線が止められたのを見てノワールは僅かに悔しそうな表情を浮かべる。

 <炎の盾フレイムシールド>は炎の盾を作り出して敵の攻撃を防ぐ中級魔法。神格、最上級以外の火属性の魔法や攻撃を全て防ぎ、他属性の攻撃もある程度なら防げる。ただし、炎の盾であるため、水属性の魔法や攻撃は一切防げない。

 やがて熱線が静かに消滅し、炎の盾も役目を終えて消えた。ハナエはゆっくりと振り変えり、目を細くしながらノワールを見つめる。


「背後からの攻撃なんて私には通用しないわよ? 転移した後に敵の背後に回って攻撃、ある意味で最も読みやすい攻撃だわ……あまり私を軽く見ないでよね」

「そんなつもりはありません。僕はただ、少しでも相手に攻撃を当てられる可能性が高い方法で攻撃しているだけです」

「普通の敵が相手なら当てられるかもしれないけど、私には通用しないわ……流星の光弾シューティングスター!」


 ハナエが右手をノワールに向けて魔法を発動させると右手の中に白い魔法陣が展開された。その直後にハナエの周りに無数の白い光球が現れ、一斉にノワールに向かって放たれる。

 真正面から迫ってくる無数の光球にノワールは全速力で右へ飛んで移動する。全ての光球はノワールが移動すると方角を変えてノワールの後を追う。ノワールは移動しながら後ろを確認し、追尾してくる無数の光球を見ながら厄介そうな表情を浮かべた。

 

「弱いとは言え追尾能力がある魔法、面倒な魔法を使ってきたなぁ」


 小さな声で呟きながらノワールは体勢を変え、移動したまま光球の方を向くと右手を前に出し、手の中に赤い魔法陣を展開させる。


深紅の新星クリムゾンノヴァ!」


 ノワールが叫ぶと魔法陣から大きな火球が光球に向かって放たれ、飛んでくる光球の内の一つとぶつかり大爆発を起こす。火球が爆発したことで他の光球も呑み込まれ、光球は全て消滅する。光球を消すことに成功するとノワールは急停止し、遠くにいるハナエの方に向かって飛んで行く。

 光球を掻き消し、勢いよく自分の方に飛んでくるノワールを見たハナエは無言で右手をノワールに向けて伸ばし、手の中に青い魔法陣を展開させた。


雹の連弾ヘイルブラスト!」


 ハナエは魔法陣から無数の雹をノワールに向かって放ち、ノワールは正面から飛んでくる雹を右にずれて回避する。雹をかわしたノワールは移動しながら右手をハナエに向けた。


砂の四角形サンドキューブ!」


 新たに魔法を発動させたノワールの右手の中に黄色い魔法陣が展開され、それと同時にハナエの頭上に四角形の砂の塊が出現し、真っすぐハナエに向かって落下する。砂の塊に気付いたハナエは後ろに移動して落下してきた砂の塊をかわした。

 砂の塊は海に向かって落下していき、ハナエはそれを確認するとノワールの方を向く。ノワールは既にハナエの数m前まで近づいて来ており、接近を許してしまったハナエは軽く奥歯を噛みしめる。


電撃の槍エレクトロジャベリン!」


 距離が縮まり、攻撃を命中させるチャンスであるため、ノワールは攻撃速度の速い電撃の槍エレクトロジャベリンで攻撃を発動させ、青白い電気の槍をハナエに向かって放つ。

 ハナエは電気の槍を何とかかわそうと体を右へ反らす。だが、回避は間に合わず、電気の槍はハナエの左腕に命中する。しかし、魔法の防御服マナジャケットを発動していたため、電気の槍を受けてもハナエにはダメージが無く、服や体に傷は付かなかった。

 ダメージは受けずに済んだが、折角発動させていた魔法の防御服マナジャケットの効果を中級魔法に使ってしまったため、ハナエはどこか不満そうな表情を浮かべていた。そんなハナエにノワールは攻撃を続ける。


貫通熱線バーナーレーザー!」

「クッ、次元歩行ディメンジョンムーブ!」


 ノワールがハナエに向かって熱線を放つのと同時にハナエも転移魔法を発動させ、ノワールの熱線をギリギリでかわす。姿を消したハナエを見てノワールは視線だけを動かしてハナエを探した。

 宙に浮いたまま、その場を動かずにハナエを探していると、ノワールの右側、数m離れた場所にハナエが現れ、それに気付いたノワールは右手をハナエに向けて伸ばし、ハナエもノワールと目が合うと素早く右手をノワールに向ける。同時に二人の手の中に赤と青の魔法陣が展開された。


深紅の新星クリムゾンノヴァ!」

深海の砲アビスキャノン!」


 ノワールは大きな火球を、ハナエは大きな水球をそれぞれ右手から放ち攻撃する。火球と水球はぶつかるのと大きな音を立てながら蒸発し、同時に水蒸気が周囲に広がり、ノワールとハナエを包み込んだ。

 <深海の砲アビスキャノン>は大きな水球を敵に向けて放つ深紅の新星クリムゾンノヴァの水属性版と言える上級魔法。攻撃力が高いのは勿論だが、敵に命中すると水球が破裂して周囲に大量の水を広げ、水球が当たった敵だけでなく、近くにいる他の敵を呑み込み、ダメージを与えることができる。

 濃い水蒸気に包まれて視界を奪われたノワールは視線を動かしてハナエを探す。水蒸気によって敵の姿を確認できなくなっているが、逆に言えば敵から姿を隠すことができている。ハナエがこの状況を利用しないはずがないとノワールは確信し、ハナエの気配を探ることに集中した。

 しばらくその場を動かずにハナエを探していると、ノワールの左側の水蒸気が大きく動き、それに気付いたノワールは左を向いた。その直後、水蒸気の中からハナエが姿を現す。


「隙あり!」

「クッ!」


 隙をつかれたノワールは体の向きをハナエの方に向けて迎撃態勢に入ろうとする。だが、それよりも速くハナエが攻撃を仕掛けてきた。


火炎弾ファイヤーバレット!」


 ハナエは右手から火球を放ってノワールを攻撃する。火球はノワールの体のど真ん中に命中するが、火球はノワールの体に傷を付けることも服に焦げ目をつけることもできずに消滅した。ノワールも魔法の防御服マナジャケットで一度だけ魔法を無効化させることができたので無傷で済んだのだ。

 ノワールは魔法の防御服マナジャケットの効果を使用してしまったことに対して、しまったという顔をしながら後ろに下がってハナエから距離を取ろうとする。だが、ハナエがそれを許すはずもなく、距離を取らせまいとノワールの後を追う。

 ハナエはノワールとの距離を保ったまま右手で手刀を作り、それを見たノワールはハナエが何をしようとしているのか気付き、自分も右手で手刀を作った。


次元斬撃ディメンジョンスラッシュ!』


 同じ魔法を発動させたノワールとハナエは相手に向かって同時に手刀を大きく振る。すると、二人の間で見えない斬撃がぶつかり、剣戟のような高い音が響く。攻撃が相殺されるとノワールはすぐに次の攻撃に移るために行動を開始する。

 追撃を避けるためにノワールはまず素早く右へ移動してハナエから距離を取り、移動しながらハナエに向けて左手を伸ばした。


深紅の新星クリムゾンノヴァ!」


 ノワールは再び大きな火球を放ってハナエに攻撃する。ハナエは迫ってくる火球をを見ながら目を僅かに細くした。


次元歩行ディメンジョンムーブ!」


 転移魔法を発動したハナエは火球をかわし、そのままノワールの真正面に転移する。突然目の前に現れたハナエにノワールは軽く目を見開いて驚き、ハナエは驚くノワールを見ながら右手で手刀を作った。


次元斬ディメンジョンスラ――」

衝撃ショックバーン!」


 ハナエが手刀を振ろうとした瞬間、ノワールはハナエに向けて衝撃波を放ち、ハナエを大きく後ろの吹き飛ばした。飛ばされたハナエは僅かに表情を歪ませながら体勢を立て直してノワールを見つめる。


「流石ね、ノワール? 戦い始めてまだそれほど時間は経ってないけど、一度もダメージを受けていないなんて……やっぱり貴方は凄いわ」

「いいえ、ハナエさんこそ凄いです。高い魔力とこっちの攻撃に対して焦ることなく冷静に対処できる程の決断力、流石はジャスティスさんの使い魔です」


 小さな魔導士たちはお互いに相手の力と技量を認めながら小さく笑う。決して負けられない戦いであるため、真面目に戦うべきだということはノワールもハナエも分かってはいる。だが、異世界に来てから自分に匹敵する力を持つ魔法使いと会ったことが無かったため、戦っている内にどうしても強者との戦いが楽しくなってしまうのだ。

 戦いを楽しむという気持ちを抱きながらも、二人は自分の主人のためにも必ず勝つという気持ちは忘れておらず、目の前にいる嘗ての戦友を見ながら構え直した。


「……本当はもう少し戦いを楽しんでもいいと思っているのだけれど、これ以上時間を掛けるわけにはいかないの。ここからはお互い、遠慮無しで行きましょう?」

「そうですね……僕もそう思っていました」


 もう様子見などはせず全力でぶつかろう、ノワールはそう思いながら両手を強く握る。ハナエもノワールを鋭い目で見つめながら両手を横に伸ばした。


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