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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第三章~復讐の竜王女~
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第三十一話  アリシアvsマティーリア


 アリシアの屋敷を後にしたダークは拠点に戻るために人気の多い街道を歩いていた。既に空は夕焼けでオレンジ色になっており、周りのいる人々も帰宅したり、街道に並んでいる店も片付けに入っている。そんな中をダークは前だけを見て歩いていた。

 ダークの肩に乗るノワールは黙って歩くダークを複雑そうな顔で見ていた。屋敷でのダークとアリシアの会話を聞いていた彼は二人の仲が悪くなったのではないかと心配していたのだ。


「……あのぉ、マスター。どうしてアリシアさんにあんなことを言ったのですか?」


 ノワールがダークが屋敷でアリシアに言った言葉について尋ねた。アリシアにとってマティーリアは自分の部下を殺した仇で彼女を倒すことが部下たちへの償いだと考え、アリシアはマティーリアと決闘をし、その命を奪うことを決意する。それがアリシアの選んだ騎士としての生き方、考え方だった。

 しかしそんなアリシアの考え方を否定し、殺してはいけないとダークは言った。ノワールはダークが何を考えてそう言ったのか全く分からずにいる。だからアリシアと別れた今になってダークの本心を尋ねることにしたのだ。


「マスターはアリシアさんに自分の考え方を貫けと言いました。ですが今回は彼女が自分で決めたことに反対し、マティーリアを殺すなと言われた。それでは以前マスターがアリシアさんに言ったことと矛盾するのでは……」

「……私は彼女の考え方に反対してはいない」

「え? ですが……」

「言っただろう? あれはあくまでも私の意見だと。アリシアがマティーリアを殺したいと言うのならそれでいい」

「では、どうして……」

「彼女自身に気付いてもらいたいからだ。憎しみからは憎しみしか生まれない、誰かが憎しみを断ち切らなければまた新たな憎しみが生まれるということをな。私はアリシアにそのことを気付いてもらうためのきっかけとして意見を述べただけだ」


 ダークの真意を聞いたノワールは少し驚いたような顔でダークを見る。アリシアに自分の考え方を強要しようとせず、アリシアに憎しみは新しい憎しみしか生まないということを自分で気付いてもらうために意見を言った。ダークはアリシアのことを考えてあのように言ったのだ。


「ただ頭ごなしに命を奪うのはよくないと言って無理やり納得させれば、それこそ考え方を強要したことになる。だが、彼女が自分で気づき、自分で新しい考え方を持つようになればなんの問題もない」

「確かにそうですね……でも、もしアリシアさんがそのことに気付かずにマティーリアを殺したらどうするんです?」

「その時はその時だ。アリシアがそれが正しい考え方だと思っていただけのこと。私は彼女を責めないし、今までどおり接するだけだ」

「そうですか……」


 ノワールはダークの答えを聞くと前を向いて納得する。アリシアがどんな答えを出しても今まで通りの関係を持って行く。ダークのアリシアに対する見方が変わらないことを知り、ノワールは少しだけ安心したようだ。

 ダークは肩に乗って納得しているノワールを見ずに黙って前を向きながら歩く。口ではアリシアがどんな道を選んで進もうと今まで通りに接すると言ったが、本心では彼女に憎しみで命を奪ってほしくないと思っていた。ダークは暗黒騎士である自分に協力してくれる心優しいアリシアが新たな憎しみを生み、その対象になることが気に入らなかったのだ。


(俺自身、彼女に自分の考え方を貫けと言ったんだ。俺には彼女を止める資格はないからな。できるのは彼女を信じることだけだ……)


 心の中で呟きながらダークは帰路を歩いていく。そして、歩きながら明日の決闘でアリシアが勝つこと、自分が望んだ結末になることを願った。


――――――


 翌日、ダークとジェイクはアリシアとレジーナと合流するために待ち合わせ場所であるアルメニスの正門前の広場へ向かっていた。時間は正午の少し前で約束の決闘の時間まであと僅かだ。ダークたちは正午には決闘の場所である広場に着けるように少し早く町を出ることにしていた。

 街道を歩き、正門前の広場に着いたダークたちは周囲を見回してアリシアとレジーナを探す。すると、広場の中央にあるシンボルのような柱の前にいるアリシアとレジーナの姿を見つけ、ダークとジェイクは二人の下へ向かう。

 柱にもたれながらダークたちの到着を待っていたレジーナは遠くから近づいてくるダークとジェイクの姿を見つけるともたれるのをやめ、笑って二人に向かって手を振る。アリシアは手を振るレジーナを見て彼女の視線の先を見た。そしてダークとジェイクの姿を確認すると表情を変えずに近づいてくる二人を見つめる。

 ダークとジェイクはアリシアとレジーナの前までやってくると軽く手を振るなどして挨拶をした。


「待たせたな」

「大丈夫、あたしもアリシア姉さんも少し前に来たところだから」

「フッ、そうか」


 笑いながら答えるレジーナを見てダークも小さく笑う。そんな中、ダークはレジーナの隣にいるアリシアの方に視線を向ける。するとアリシアはダークと目が合うと深刻そうな顔でダークから目を逸らした。どうやら昨日のことで目を合わせにくくなっているようだ。


(やっぱ、昨日のことをまだ気にしてるみたいだな……まぁ、無理もないか……というより、そのきっかけを作ったのは俺なんだよなぁ……)


 ダークは昨日の口論が原因でアリシアが目を合わせたがらないことに気付き、そんなアリシアをダークは黙って見つめた。

 合流した途端にダークとアリシアの間に重い空気が漂ったことに気付いたレジーナとジェイクは少し緊張しながらゆっくりとダークたちから距離を取って二人を見ている。


「ど、どうしちゃったの、二人とも?」

「さあな? ……ただ、兄貴も昨日帰ってきてから少し変だったぜ……」


 明らかに昨日と様子が違う二人を見てレジーナとジェイクはまごつく態度を取る。するとそこにダークの肩に乗っていたノワールが飛んできて二人の間で少し困ったような顔を見せた。


「実は昨日、アリシアさんの実家でちょっと問題が起きまして……」

「問題? なんだよそりゃあ?」


 ジェイクが目の前で飛んでいるノワールに尋ねるとノワールは昨日アリシアの屋敷で起きたことをレジーナとジェイクに説明した。マティーリアを憎み、彼女を手に掛けることを考えているアリシアとそれを止めようとするダーク、昨日の二人の会話をノワールは細かく説明する。

 ノワールから話を聞いた二人は難しい顔でダークとアリシアの方を向いた。


「なるほど、そんなことがあったのね……」

「まぁ、姉貴の気持ちも分からなくもないが、兄貴の言っていることにも一理あるな」

「……憎しみで誰かを殺せばまた新たな憎しみが生まれる。誰かがその憎しみを断ち切らなければ一生それが続くってことだもんね」

「ああ……だけど、俺がもし姉貴の立場だったら同じことを考えてたかもしれねぇな。もしモニカとアイリが殺されれば俺はその殺した奴を憎み、殺そうとするかだろうからな……」

「アリシア姉さんは今まさにそんな気持ちでいるのね」


 それぞれ自分の思ったことを口にするレジーナとジェイクは複雑な表情で遠くのダークとアリシアを見守っている。アリシアはマティーリアと戦い、どんな答えを出すのか、そしてアリシアが出した答えをダークはどう受け止めるのか、それが気になり二人はただ黙って二人を見つめた。

 離れて自分たちを見ているレジーナたちをチラッと見たダークはアリシアの方を向く。アリシアも目だけを動かし、黙ってダークを見た。


「そろそろ約束の広場へ行くぞ。準備はできてるか?」

「……ああ、問題ない」

「なら行こう。もし時間に遅れてマティーリアが気分を損ねたら何をするか分からな……ん?」


 突如、ダークが何かに気付いて口を止める。アリシアはいきなり黙り込んだダークを見て不思議そうな表情を浮かべた。


「ダーク、どうした?」

「動くな、そのままジッとしていろ……」

「え?」


 突然動くなと言われ、アリシアに緊張が走る。離れた所ではダークの様子がおかしいことに気付いたノワールが真剣な目つきでダークを見ており、レジーナとジェイクは何が起きたのか分からずにまばたきをしていた。

 ノワールはレジーナとジェイクをその場に残してダークの方に飛んでいき、彼の肩の上に乗ると顔を近づけてダークに小声で話しかける。


「マスター、どうしました?」

「……あそこに服屋があるだろう? その店の隣を見てみろ」


 ダークが自分の左側、約100m離れた所に建っている服屋を見るように言い、ノワールは肩に乗ったまま言われた服屋を覗く。ノワールの視線の先には貴族や金持ちが入りそうな高そうな服屋が建っており、高級店なのか店の前には殆ど客がいない。ただ店の右隣りからこそこそとこちらを覗き見ている人影がある。それはアリシアの元上官で第三中隊の隊長であるリーザだった。

 リーザがこちらを覗いている姿を見たノワールは意外そうな顔をし、再びダークに顔を近づける。今度は小声ではなく、目の前にいるアリシアにも聞こえるように少し大きめの声を出した。


「……リーザさんがこっちを見ていますね」

「え? リーザ隊長が?」

「ハイ。なんだが僕たちを見張っているような感じでした」

「リーザ隊長が私たちを……?」


 なぜリーザが自分たちを監視するような行動を取っているのか、理由が分からないアリシアはリーザの方を向こうとした。だがダークが手を動かしてアリシアをリーザの方を向こうとするのを止める。それはダークたちがリーザの存在に気付いていないとリーザ自身に思い込ませるためだ。


「……しかし、なぜリーザ隊長は私たちを見張っているのだ?」

「大方、私たちがマティーリア、つまり竜人をどうやって倒すのか知りたくて騎士団がリーザ隊長に監視を命じたのだろう。ワイバーンを操るほどの実力を持つ竜人だ、英雄級の実力者でなければまず倒せない。監視して、もし私たちが竜人を倒せばそれだけの実力を持っていることや、どんな戦い方をするのかが分かるだろうからな」

「貴方の情報収集のために隊長を監視に就かせた?」

「多分な……」


 優秀な騎士であるリーザを動かしてまでダークのことを調べようとする騎士団にアリシアは少しだけ情けなさを感じていた。今まで自分たちに何度も協力してくれたダークを監視してその強さを知ろうとするそのやり方がみっともなく思えたのだろう。

 アリシアが呆れたような顔で小さく溜め息をついている中、ダークは視線だけを動かして遠くにいるリーザを見ていた。これからマティーリアとの決闘の場所へ向かうのだが、レベル70となったアリシアの強さやエクスキャリバーなどの秘密を騎士団に知られるのはダークやアリシアにとって都合の悪いことだ。ここでリーザについてこられるわけにはいかない。

 ダークは肩に乗っているノワールを見て小さく頷く。するとノワールも黙って頷きダークの肩から下りると人間の姿になる。

 ノワールが人間の姿となり、見習い魔法使いの杖を構えて何やら魔法と発動させようとする。ダークは離れているレジーナとジェイクに向かって手招きし、呼ばれた二人はダークたちの下へ向かう。レジーナとジェイクがやってくるとノワールは杖の先で石畳の地面を軽く叩く。


転移テレポート!」


 魔法の名を口にした瞬間、ダークたちの姿は一瞬で消えた。

 突然姿を消したダーク達を見て、服屋の陰に隠れて見張っていたリーザは驚き思わず飛び出した。


「き、消えた!? どういう事だ?」


 驚くリーザは走ってダーク達が立っていた場所へ向かう。ダークたちがいた場所へやって来て周囲を見回すが、何処にもダークたちの姿は無かった。


「……一瞬にして消えるなんて……まさか、今のは転移魔法? ダーク殿は魔法まで使えるのか?」


 ダークは黒騎士でありながら魔法まで使える、そう考えるリーザは難しそうな顔で青空を見上げる。この時の彼女はダークは自分たちが想像している以上にとんでもない力を持つ存在なのではないかと感じていた。


――――――


 その頃、ダーク達はアルメニスから数百m離れた所にある広場に移動していた。そこは少し小さめな平原で辺りには数本の木が生えており、平原の近くにはアルメニスへ続く小さな道もある。此処がマティーリアと決闘を約束していた広場だ。

 さっきまで町の広場にいたのに気づいたら町の外、しかも町から離れた場所に移動していることにレジーナとジェイクは驚きを隠せず目を丸くして周囲を見回す。


「ど、どうなってるんだ!?」

「いきなり周りの風景が変わったわよ!?」

「……ハァ、お前たち、いい加減にそういう反応はやめてくれないか? もう一ヶ月近くも私と一緒にいて何度も驚く光景を見てきただろう。それにお前たちは前にも一度似たような経験をしているはずだ」


 驚くレジーナとジェイクを見てダークは呆れたような口調で声をかける。アリシアとノワールは小さく苦笑いを浮かべて驚く二人を見ていた。

 ノワールが先程使った魔法は<転移テレポート>。上級魔法の一つで別の場所へ移動することのできる移動魔法の一つだ。以前ダークが使った転移の札と似ているが、転移テレポートは転移の札とはレベルが違う。転移の札は誰でも使うことができるが転移できない場所があり、転移するのに少し時間が掛かる。だがテレポートは転移できる場所に制限が無く、魔法が発動すれば一瞬で移動することができるため、戦闘中や敵に追われている時には役に立つ魔法と言われているのだ。LMFでも魔法使いの職業クラスを持つ者は必ず習得するとまで言われている。

 ダークから説明され、自分たちが転移魔法で移動したことを知ったレジーナとジェイクはそんな上級魔法まで使えるノワールに衝撃を受けたのか目を丸くしたまま苦笑いを浮かべているノワールを見ていた。アリシアも驚く二人を見て少しだけ気持ちが楽になったのか小さく笑ってノワールたちのやり取りを見ている。


「ほう? 来たのか。意外に早いのう?」


 何処からか聞こえてくる少女の声にアリシアの顔に緊張が走る。ダークたちも声に反応して一斉に声のした方を向く。そして空中で大きく竜翼を広げながら自分たちを見下ろしているマティーリアを見つけた。

 不敵な笑みを浮かべるマティーリアを見上げてアリシアの心の中で再び怒りがこみ上がってくる。アリシアはマティーリアを睨みながらエクスキャリバーを掴んだ。


「……マティーリア!」

「よく逃げずにやってきたのう? 褒めてやるぞ、小娘」


 ゆっくりと降下してくるマティーリアを睨みながらアリシアは歯を噛みしめる。そんなアリシアをダークは黙って見守っており、ノワールたちも少し心配そうな顔でアリシアの後ろ姿を見つめた。

 下りてきたマティーリアはアリシアの数m前に着地し、ロンパイアを肩に担ぎながら自分を睨むアリシアを見つめる。怒りの表情を浮かべるアリシアに対し、マティーリアは余裕そうな顔でアリシアを見て笑った。


「フッフッフ、そんな怖い顔をするな。せっかくの美人が台無しだぞ?」

「黙れ!」

「フフフ、怖いのう? そんなにお前の部下たちを殺したことが許せないか? じゃがあれはお主の部下が弱かったのがいけないのじゃ。あの者たちが妾よりも強く、妾を撃退するだけの力を持っていれば死なずに済んだのじゃ」

「貴様……この期に及んでまだそんな御託を並べるか!」

「妾は真実を言ったまでのこと、それにあの時の妾は理性を持たない只の獣じゃった。理性を持つ今の妾に理性を持っていなかった時にやったことで責めるのはどうかと思うぞ?」

「……これ以上、貴様に何を言っても無意味なようだな」


 どれだけ口で言っても自分の罪を認めようとしないマティーリアの態度にアリシアはもう我慢の限界が来ていた。口で言って分からない者には体で分からせるしかない、アリシアはそう考えながらエクスキャリバーを抜いた。マティーリアに対する怒りは大きく、今すぐにでも切り捨ててやりたいとアリシアは思っている。だが、昨日ダークに言われたことを思い出して怒りに流されないよう、必死に冷静さを保っていた。そんなアリシアをダークは腕を組みながら見守っている。

 怒りを必死に抑え込んでエクスキャリバーを構えるアリシアを見てマティーリアは鼻で笑い、ロンパイアを両手で構える。両者ともに戦闘態勢に入り、いつでも決闘が始められる状態だった。


「ここからは私の戦いだ。皆は手を出さないでくれ」

「分かっている。だが、それは殺されそうになっても助けられないということだ……分かっているな?」

「ああ」

「それと、例のアイテムは?」

「ここにある」


 そう言ってアリシアは自分の右手を見せる。アリシアの人差し指、中指、薬指にはそれぞれ一つずつ指輪がガントレットの上からはめられており、その内の人差し指にはめられているのは以前ダークから貰った毒食いの指輪だった。中指には四角い青の宝石が付いている金色の指輪、そして薬指には水色の丸い宝石が付いた銀色の指輪がはめられており、この二つの指輪がダークから渡されたアイテムだ。

 ダークはアリシアが自分が渡した指輪を二つともはめているのを確認すると小さく頷く。


「よし……だがその指輪を付けているからと言って気を抜くな? その指輪はあくまでも君をサポートするためのアイテムだ。勝つかどうかは君の技術次第だ」

「分かっている。油断はしない」

「ならいい……負けるなよ?」

「ああ」


 真剣な顔で返事をするアリシアを見たダークはレジーナとジェイクを連れてアリシアから離れる。レジーナとジェイクは心配そうな顔でアリシアを見ていた。しかし決闘が始まってしまった以上は自分たちには何もできない。ただアリシアの勝利を信じて見守るしかなかった。

 ダークたちが離れるのを確認したアリシアはマティーリアを睨み付ける。そんなアリシアを見てマティーリアはまた不敵な笑みを浮かべた。


「フッ、よいのか? あの者達と共に戦えば勝てる可能性が高くなるというのに……」

「これは私と貴様の決闘だ。ダークたちの力を借りてはなんの意味も無い」

「……くだらんな。そもそも妾はあのダークという男と戦いたかったのじゃ。だがその前にお主がどうしても戦いたいと言うから望みを叶えてやっただけ。お主と真剣に戦う気などこれっぽっちも無い」

「なら、真剣に戦うようにしてやろう!」


 余裕の態度を取るマティーリアを睨みながらアリシアは怒りの籠った声で言い放つ。


「我が部下たちの仇……此処でお前を倒す!」

「やってみるがいい」


 ロンパイアを構えながらマティーリアは言い返す。そんなマティーリアにアリシアは踏み込んだ。

 一気にマティーリアに近づき、エクスキャリバーで袈裟切りを放つ。マティーリアはロンパイアの柄でアリシアの攻撃を止めた。柄から伝わる衝撃にマティーリアは意外そうな表情を浮かべる。


(……ほぉ? この娘、見た目のわりに意外と力を持っておるな。それに竜人である妾を恐れずに正面から攻撃してきた。ドラゴンの姿だった妾と初めて会った時とは明らかに雰囲気が違う。どうやら、あの時とは違うというのはハッタリではなさそうじゃ)


 心の中でアリシアが以前会った時と違うことを知り、マティーリアは少しだけアリシアへの見方を変えた。普通なら巨大なドラゴンだった時よりも体が小さく人間の姿になったことで恐怖を感じなくなったと考えるが、この世界ではドラゴンよりも竜人の方が力が強く、恐ろしい存在だと言われている。つまり、今のマティーリアはグランドドラゴンの姿だった時よりも強い存在になっているのだ。そんな自分を恐れること無く向かってきたアリシアを見てマティーリアはアリシアの精神が以前よりも強くなっていることを知る。少なくとも竜人を恐れない強い心を持っていることを理解した。

 マティーリアは自分を睨むアリシアを見ながら小さく笑う。まるで強い敵と出会ったことを喜んでいるようだった。


「……どうやら妾はお主を軽く見ていたようだ。確かにあの時と比べるとお主は多少は強くなっているかもしれん……じゃが、それでも妾には敵わぬ」

「何っ?」

「なぜなら、妾は竜人でお主が人間だからじゃ!」


 マティーリアはロンパイアの柄でエクスキャリバーを押し返してアリシアを後ろに下がらせる。自分からアリシアが離れるとロンパイアを横に振ってアリシアに反撃した。

 左から迫ってくるロンパイアを見てアリシアは素早くエクスキャリバーでマティーリアの攻撃を止めた。竜人であるマティーリアの力は強くとてつもない衝撃がエクスキャリバーを通じてアリシアに襲い掛かる。

 普通の人間なら止められずに吹き飛ばされている位の衝撃で以前のアリシアなら止められずに確実に飛ばされていただろう。しかし今のアリシアはあの時とは違いレベル70となり身体能力も高くなっていた為、飛ばされずに踏みとどまった。


「なんじゃと?」


 マティーリアはアリシアが自分の攻撃を止める姿を見て思わず声を出す。今回はさっきのように意外そうな表情ではなく、驚きの表情でアリシアを見ていた。無理もない、人間が竜人の攻撃を魔法などの補助も無しで防いで吹き飛ばされることなくその場に立っているなど、この世界では考えられないことだからだ。

 離れた所ではダークとノワールがアリシアとマティーリアの戦いを黙って見守っていた。だがダークの隣ではレジーナとジェイクがマティーリアの攻撃を防いだアリシアを見て目を丸くしながら驚いている。


「う、嘘でしょう? アリシア姉さんが竜人の攻撃に耐えた……」

「普通の人間ならまずあり得ないことだぞ……姉貴っていったい何者なんだ?」


 二人は声を震わせてアリシアを見つめる。今まで何度もアリシアの戦いを見て、アリシアの異常な強さにレジーナとジェイクはいつも驚かされていた。だが、それはアリシアが英雄級のレベルでそれだけの強さを持っていると考えていたからだ。だが、英雄級の強さを持つ戦士でも竜人の攻撃に耐えるなんてことはできない。アリシアがマティーリアの攻撃に耐えたのを見て、二人はアリシアが普通の人間ではないと感じ始めていた。

 レジーナとジェイクから驚かれている中、アリシアはマティーリアを睨みつけながらロンパイアをエクスキャリバーで払い、大きく後ろへ跳んで距離を取る。自分の攻撃を止めたアリシアを見てマティーリアの表情が鋭くなった。


(……あの小娘、いったい何者じゃ? 人間が魔法による肉体強化などもせずにレベル66の妾の攻撃を耐えるなど信じられん! ……いったいどんな手品を使ったのじゃ……)


 マティーリアはアリシアが自分よりもレベルが高いということを知らず、アリシアの力の秘密が何かを考える。すると距離を取っていたアリシアがエクスキャリバーを構え直し、それを見たマティーリアもロンパイアを構え直した。同時にマティーリアはアリシアが気を抜いた状態で勝てる相手ではないと考える。

 アリシアは再びマティーリアに向かって走り出し、エクスキャリバーで連続切りを放った。マティーリアはその攻撃をロンパイアの柄で防ぎながら後退して反撃の隙を窺う。攻撃を防いでいる間、マティーリアには何度も重い衝撃が伝わり、マティーリアの表情は徐々に変わっていく。アリシアの攻撃がここまで強いとは想像もしていなかったのだろう。


(コイツ、まだこれほどの力が……!)


 連続で重い攻撃を仕掛けてくるアリシアに驚くマティーリアは態勢を立て直すためにアリシアの連撃の隙を突いて大きく後ろへ跳んだ。そして両足が地面に付くのと同時に大きく息を吸い、口からもの凄い勢いで炎を吐く。竜人になってもドラゴンの時の能力はそのまま残っているらしくマティーリアは口から炎を吐いて攻撃することも可能だった。

 突然炎を吐いたマティーリアにアリシアは一瞬驚くが素早く右へ跳んで炎をかわす。だが、炎をかわして一瞬隙のできたアリシアにマティーリアが急接近してロンパイアで攻撃する。マティーリアの攻撃に気付いたアリシアは迫ってくるロンパイアの刃をエクスキャリバーでなんとか防いだ。あと少し遅れたら確実に一撃貰っていたというギリギリのタイミングだった。

 一度ならず二度までも自分の攻撃を防ぎ、その場に踏みとどまったアリシアを見てさすがにマティーリアも驚きを隠せずにいた。もはやアリシアは普通の人間ではない。そう感じたマティーリアは再び後ろへ跳んで距離を取り、ロンパイアの切っ先をアリシアに向けながら彼女をジッと見つめる。


「……小娘、妾はお主を過小評価しておった。その強さに敬意を表して妾は全力で相手をしてやろう」


 そう言ってマティーリアは竜翼を羽ばたかせてゆっくりと飛翔する。飛び上がって自分を見下ろすマティーリアをアリシアは鋭い目で見つめていた。

 マティーリアが空を飛んだのを見たレジーナとジェイクは驚きの表情を浮かべ、同時に焦りを見せていた。


「アイツ、空を飛んだわ! 汚い手を使ってぇ!」

「マズイな……戦いでは制空権を取った者が有利に立つ。いくら姉貴が強くても、敵が空を飛んでいる状態じゃさすがにキツイぜ?」

「……ダーク兄さん、何かいい手は無いの?」


 アリシアが不利になったことを心配し、レジーナはダークに何か策が無いか尋ねた。するとダークは腕を組んでアリシアを見つめながらレジーナの問いに答える。


「心配ない。こうなることを想定してアリシアにプレゼントを渡しておいた」

「プレゼント?」


 ダークが何を言っているのか意味が分からないレジーナとジェイクは不思議そうな顔をする。二人がそんな顔をしている間、ダークとノワールは落ち着いた様子で戦いを見守っていた。

 竜翼を羽ばたかせながら地上のアリシアを見下ろすマティーリア。空を飛んだことで自分が有利になったと感じ、アリシアを見下ろしながら笑みを浮かべていた。

 アリシアは飛んでいるマティーリアを見た後、右手の指にはめられている指輪を見た。するとダークから貰った指輪の内、薬指のはめてある指輪の宝石が水色に光り出し、同時にアリシアの体も薄っすらと水色に光り出す。すると、突然アリシアの体が浮かび上がり、そのままゆっくりとマティーリアと同じ高さまで上昇した。


「な……んじゃと……?」


 目の前の光景が信じられず、マティーリアは目を見開いて驚く。勿論、戦いを見守っていたレジーナとジェイクも同じように驚いていた。


「う、嘘……どうなってるの?」

「姉貴が……飛んだ?」

「……ダーク兄さん、どうなってるの?」


 アリシアがいきなり飛んだことに目を疑うレジーナとジェイク。飛んでいるアリシアを見上げているダークにレジーナは驚きながら尋ねる。するとダークは二人にアリシアが飛んでいる理由を説明し始めた。


「あれは天翔てんしょうの指輪の効果だ。あの指輪ははめている人間の意志で自由に空を飛ぶことができるようになる物だ」

「天翔の指輪……」


 レジーナは聞いたことの無いアイテムの名前に目を丸くしながら呟く。その隣ではジェイクがまばたきをしながらダークを見ていた。

 <天翔の指輪>はLMFの有料ガチャで手に入れる事のできる装備アイテムの一つ。装備している間、プレイヤーの意志で自由に空を飛び、好きな場所に移動することができる。LMFで空を飛ぶ方法は上級魔法の<羽根の衣フェザーヴェール>、異世界では<浮遊レビテーション>と呼ばれている魔法を使うか、空を飛べるモンスターを手懐けてそのモンスターの上に乗るしかない。だが、この指輪を装備すれば誰でも空を飛べる。ただ、装備アイテムでありながら一定時間使用すると消滅してしまうという欠点がある。そのせいで、高く上昇している時に指輪が消滅し、そのまま落下して落下ダメージによりHPをゼロにするプレイヤーも少なくない。そのため、手に入れても消滅を恐れて使わないプレイヤーや落下死することを恐れて手に入れても使わないプレイヤーが大勢いるのだ。

 ダークはマティーリアが空を飛ぶことを計算してアリシアに天翔の指輪を渡しておいたのだ。勿論、天翔の指輪の欠点などをしっかりと話しておいて、使うタイミングや時間に注意するよう伝えてある。空を飛ぶ相手と互角に戦うにはこちらも空を飛ぶしかないとダークは考えていたのだ。

 アリシアが空を飛ぶ姿に呆然とするマティーリア。アリシアはそんなマティーリアを睨みながらエクスキャリバーを構えた。それを見て我に返ったマティーリアはロンパイアを構えながらキッとアリシアを睨み返す。


「お主、人間でありながらなぜ空を飛べる? そんな力をどうやって手に入れた!?」

「……ダークのおかげだ。彼は私たちの想像を超える力を、神に匹敵する力を持っている」

「神、じゃと?」


 アリシアの口から出た言葉にマティーリアは耳を疑う。自分が戦おうとしていた黒騎士が神の力を持っていると言われれば誰だって驚く。だがマティーリアはそんなアリシアの言葉を信じようとしなかった。当然だ、いきなり黒騎士が神だと言われ信じる者などいるはずがない。

 マティーリアは馬鹿にされていると感じたのか不機嫌そうな顔でアリシアを睨みながらロンパイアをゆっくりと振りかぶる。その構えは薙刀の八相の構えに見えた。マティーリアが柄を握る両手に力を入れると突然ロンパイアの刃が赤く光り出す。どうやらマティーリアは戦技を使おうとしているようだ。

 アリシアはマティーリアが戦技を使う態勢に入るのを見るとエクスキャリバーを自分の口あたりまで持ってきて水平に構える。剣道の霞の構えに似た構え方だ。その瞬間、マティーリアは竜翼を大きく広げ、アリシアに向かってもの凄い勢いで飛んでいく。


剛爪竜刃撃ごうそうりゅうじんげき!」


 マティーリアは勢いよくロンパイアを振りアリシアに袈裟切りを放ち攻撃する。アリシアもエクスキャリバーを振って迫ってくるロンパイアの刃にエクスキャリバーの刃をぶつけた。これにより大きな衝撃波が空中で広がり、地上にいたダークたちはその衝撃で起きた風をその身に受ける。

 <剛爪竜刃撃>は刃を持つ武器を扱う者が体得できる上級戦技の一つ。気力で刃の切れ味と強度を高めて攻撃し、使う者によっては硬い岩を綺麗に切ることも可能。更にこの戦技はパワー系の戦技であるため、攻撃を盾などで防がれても盾越しに相手にとてつもない衝撃を与えることができるので防御も難しいと言われている。

 戦技を止めたアリシアはエクスキャリバーを握りながら伝わってくる衝撃に耐えようとする。だが今は空中にいるため、下半身に力を入れることができず腕だけで戦技を止めるしかなかった。だが、空を飛ぶのが初めてなアリシアは空中でどう衝撃を逃がせばいいのか分からず、マティーリアの戦技に押されて大きく後ろに飛ばされた。

 アリシアはなんとか体勢を立て直そうと全身に力を入れる。天翔の指輪の力も使い、なんとか空中で停止して体勢を立て直すことができた。アリシアは追撃に備えてエクスキャリバーを構えるがそこにマティーリアが再び攻撃を仕掛けてくる。


「馬鹿め! 空中戦では妾の方が上じゃ!」

「ぐっ!?」


 反撃の隙を与えまいとマティーリアはアリシアに連続攻撃を仕掛けた。ロンパイアを素早く振り回してアリシアに襲い掛かるマティーリア。アリシアはその連撃をエクスキャリバーで防いでいく。しかし全ての攻撃が防げるわけではなく、一部の攻撃を受けてアリシアの体中には無数の切傷が生まれる。体に傷ができる度にアリシアの表情は苦痛で歪み、少しずつアリシアの気力は削られていった。


「どうした、慣れない空中戦に防戦一方か? お主では妾には勝てん!」


 攻撃の手を休めること無くマティーリアはアリシアを押していく。確かにアリシアは空中で上手く飛ぶコツや移動速度の加減など何も知らない。戦闘中で初めて空を飛べば誰だってアリシアと同じ状態になる。本来なら昨日のうちに空を飛ぶ練習をしておくべきだったのだが、一定時間使用すると消滅してしまう天翔の指輪をおいそれと使うことはできない。そのため、今日の決闘の時まで使うわけにはいかなかったのだ。その結果、決闘で初めて空を飛ぶことになった。

 地上からアリシアが押されている光景に焦りの表情を浮かべるレジーナとジェイク。その隣ではダークとノワールが黙ってアリシアを見守っている。


「マズイわよ、このままじゃアリシア姉さんが……」

「おい、兄貴。何とかならねぇのか?」

「……これはアリシアの決闘だ。私には何もしてやれん。彼女もそれを分かってて決闘を受けたのだ」

「だけどよぉ!」

「信じろ、アリシアを……それにまだ彼女には奥の手がある」


 ダークは低い声でそう言いながらアリシアを見上げる。レジーナとジェイクはダークがなぜそこまで冷静でいられるのか分からず、心配しながらアリシアとマティーリアの戦いを見守った。

 空中でマティーリアの猛攻を防ぎ続けるアリシア。腕や足など鎧やガントレットで守られていない部分には既に大量の切傷ができており、そこから血がにじみ出ている。アリシアがそんな状態になってもマティーリアは攻撃の手を緩めなかった。


「未知の力で妾を一瞬でも驚かせたことは誉めてやろう。じゃが、いくら未知の力を持っていてもお主は所詮は人間、人間風情が竜人である妾に勝つなど不可能なことなのじゃ。お主は妾に傷一つ付けることもできずにここで妾に倒される。あの世に逝ったら部下たちに詫びることじゃな!」


 勝利を確信するマティーリアの言葉を聞き、アリシアは目を見開いた。ここで負ければ自分は死に、部下たちの仇も討てなくなる。ダークのおかげで強い力を得ることができたのに死んでしまう。それを考えた瞬間、アリシアは目を鋭くしてマティーリアを睨み付ける。

 エクスキャリバーを大きく横に振ってロンパイアを払いマティーリアの連撃を止めると後ろへ移動してマティーリアから距離を取る。そしてマティーリアを睨みながら閉ざしていた口をゆっくりと開いた。


「……調子に乗るんじゃない。まだ勝負はついていない」

「フッ、この状態でまだそんなことを言うのか? 既にお主は傷だらけ、空もまともに飛べない。どう考えてもお主に勝機があるとは思えんがのう?」

「……まだだ。私にはまだ策がある」

「ほほぉ? どんな策かのう?」


 小馬鹿にする様な口調でマティーリアは尋ねた。アリシアはエクスキャリバーを両手でしっかりと握って中段構えを取る。するとアリシアの中指にはめられている指輪の青い宝石が光り出す。同時にアリシアの体中の傷も薄っすらと赤く光り出した。

 突然アリシアの傷が光り出したことにマティーリアは警戒してロンパイアを構えた。その直後、アリシアはマティーリアに向かって飛んでいき、勢いよくエクスキャリバーを振り下ろして攻撃する。マティーリアは正面からの攻撃に呆れながらロンパイアの柄でエクスキャリバーを止める。だが次の瞬間、マティーリアにとてつもない衝撃が加わる。それはさっきまでのアリシアの攻撃で受けた衝撃とは比べ物にならないくらいのものだ。


「な、なんじゃこの力は!? まだこれほどの力を隠しておったのか?」

「この指輪の力を使うこと無く勝ちたかったのだが、やっぱり無理だったようだ!」


 マティーリアを睨みながらアリシアは両手に更に力を加えてマティーリアを押していく。マティーリアは自分が押されそうになっていることに気付き、急いでアリシアから距離を取った。攻撃を止めた時の衝撃でマティーリアの両手は震えており、その力にマティーリアは驚きの表情でアリシアを見た。

 地上でアリシアがマティーリアを押す姿を見てレジーナとジェイクは再び驚きの顔をした。傷だらけの状態でさっきまでと全然違う力でマティーリアに攻撃しているのだから驚くのは当然だ。


「な、何? アリシア姉さん、突然強くなったような気が……」

「体中にあれだけの傷を負っているのに……兄貴、どうなってるんだ?」

「アリシアがはめているもう一つの指輪、苦痛の指輪の効果だ」

「苦痛の指輪?」


 ジェイクは指輪の名を聞き、ダークを見ながら確認するように訊き返す。

 <苦痛の指輪>はダメージを受けるほど、つまりHPが少ないほど装備する者の全ステータスを強化する装備アイテムである。LMFではHPが満タンの状態で装備しても効果は無く、HPが減るにつれて少しずつステータスが強化されていく。四分の一以下になった時には全てのステータスが倍になり、並のモンスターなら一撃で倒せるほどに強くなる。勿論、ダメージを受ければ強化されるため、回復させれば逆にステータスは元に戻っていく。

 ダークはマティーリアに攻撃を仕掛けて逆に押しているアリシアを見ながら目を赤く光らせた。


「今のアリシアはかなりのダメージを負っている。傷つけば傷つくほど力を強くする苦痛の指輪をはめた今のアリシアはレベル80くらいの強さになっているはずだ」

「は、80!?」

「嘘でしょう!? 人間じゃ到達できないレベルじゃない!」


 アリシアがとんでもない強さになっていることを聞かされたレジーナとジェイクは思わず声を上げた。二人は知らないが今のアリシアはレベル70のため、苦痛の指輪の力で強くなればそれぐらいの強さにはなる。それを知っているダークとノワールは驚く二人をそのままに戦いを見届ける。

 さっきとは逆に今度は自分が押されていることにマティーリアは動揺を隠せずにいた。重いアリシアの一撃を防ぐたびに両腕に衝撃と痛みが伝わり、次第に力が入らなくなっている。


「ど、どうなっておるのじゃ。なぜ人間の小娘如きに妾が押されている? いや、それ以前にどうやってこんな力を人間如きが得たのじゃ?」


 マティーリアは表情を歪ませながら疑問を口にする。そんなマティーリアにアリシアは休むことなく攻撃を続けた。

 連続で攻撃し、マティーリアの攻撃を防ぐ速度が次第に遅くなっていく。すると一瞬だけマティーリアの反応が遅れ、防御に一瞬の隙が生じた。その隙を逃さなかったアリシアはエクスキャリバーに力を送り、剣身を白く光らせる。そして隙のできたマティーリアに向かってエクスキャリバーを勢いよく振った。


聖光飛翔槍せいこうひしょうそう!」


 アリシアはマティーリアに向けて神聖剣技を放つ。剣の刃の形をした光はマティーリアに向かって飛んでいく。隙を作ってしまったため、マティーリアは光の刃を防ぐこともかわすこともできずに神聖剣術をまともに受けた。


「ぐああああああぁっ!」


 体に伝わる痛みと熱さに声を上げるマティーリアは体勢を崩して真っ逆さまに地上に落下する。苦痛の指輪でアリシアの力は強くなっているため、神聖剣技の中でも一番威力の弱い聖光飛翔槍でもマティーリアにはかなりのダメージを与えることができた。

 痛みで体勢を直せないマティーリアは地面に叩き付けられ、周囲に砂煙が舞い上がる。それを見届けたアリシアは真剣な顔をしながらゆっくりと降下し、マティーリアの落下場所から少し離れた場所に下り立つ。するとアリシアのはめていた天翔の指輪に突然罅が入り、指輪か粉々に砕け散った。どうやらギリギリで指輪の力が無くなったようだ。

 アリシアがマティーリアを倒した姿を見てレジーナとジェイクは驚きの表情でアリシアを見ている。だが同時にアリシアが勝ったことに喜びを感じ、驚いた後には二人とも笑みを浮かべて喜んだ。

 ノワールもアリシアが勝ったことを喜び、笑いながらダークを見上げた。ダークはチラッとノワールを見て彼の頭をそっと撫でるとアリシアのところへ向かって歩き出す。ノワールもダークの後を追ってアリシアの下に向かった。

 マティーリアが落下した場所では仰向けに倒れているマティーリアの姿があった。体中や額からは血を流しており、服もボロボロになっている。もう自力では動けないくらいのダメージを負っているがまだ息はあった。


「……なんということじゃ……妾が人間ごときに敗れるとは……」


 自分が負けたことが未だに信じられないマティーリアは空を見上げながら呟いている。そこへエクスキャリバーを持ったアリシアが近づいて来て倒れているマティーリアを見下ろす。

 マティーリアは自分を睨み付けるアリシアを見るとゆっくりと目を閉じる。もう戦う力も無く、逃げることもできないと観念したようだ。


「……見事じゃ、妾の負けじゃ」


 潔く自分の敗北を認めるマティーリアをアリシアは何も言わずに黙って睨み続けている。


「……まさか人間の中にお主のような者がいるとは思わなかったぞ。……何処でそんな力を手に入れたのか気になるが、もうそれを知ることもできんな。 ……さぁ、止めをさせ」

「……ッ!」


 自らを殺すよう言うマティーリアを見てアリシアはピクリと反応し、ゆっくりとエクスキャリバーを逆さまに持って切っ先をマティーリアに向ける。そんなアリシアを見てダークとノワール、そして遅れて二人の後を追ってきたレジーナとジェイクは足を止めた。

 アリシアは目を閉じて殺されるのを待つマティーリアを黙って睨む。目の前にいる竜人の少女は自分の部下を殺した憎い仇だ。再会した時からずっと彼女を殺してやりたいと考え、今自分は決闘に勝利しマティーリアを殺すチャンスを得た。これでようやく仇を討てる。そう思っているのになぜかアリシアはエクスキャリバーを握る手を動かそうとしない。

 今、アリシアの頭の中で昨日ダークから言われた言葉が響いている。憎しみで人の命を奪えば新たな憎しみが生まれる。そして、今度はアリシアがその憎しみの対象となり命を狙われてしまう。それが永遠に続く憎しみの連鎖、それを誰かが断ち切らなくてはその連鎖は終わらない。ダークの言葉でアリシアはマティーリアを殺してはいけないと間接的に言われたことを知り、どうすればいいか悩んでいた。感情に任せてマティーリアを殺すか、感情を殺してマティーリアを殺さずに生かしておくか、アリシアの頭でその二つが混ざり合い、アリシアを混乱させていたのだ。

 歯を噛みしめながら手を震わせて目の前の仇を睨むアリシア。目を閉じたまま止めを刺されるのを待つマティーリア。アリシアを黙って見守るダークたち。それぞれが緊迫した空気の中で動かずにジッとしている。


「…………」


 しばらく動かずに倒れているマティーリアを見ていたアリシアはゆっくりとエクスキャリバーを下ろす。その姿を見たノワールたちは少し驚きの表情を浮かべる。ダークは黙ってアリシアを見ていた。


「……どうした? 部下の仇を討たぬのか?」

「……貴様を殺しても、死んだ部下たちは帰ってこない。それに感情に流されて憎い相手を殺したら貴様と同じになってしまうからな……」


 アリシアはダークから言われた言葉を口にしながらエクスキャリバーを鞘に納める。そして倒れるマティーリアに背を向けてダークたちの方へ歩き出す。

 マティーリアは痛む体をなんとか起こして離れていくアリシアを見つめる。なぜ自分をあれだけ憎んでいたのに殺さないのか、その理由が気になって仕方がなかった。


「どうして殺さぬ? 妾はお前の大切な部下を殺したのだぞ? 妾と同じになりたくないという理由で仇である妾を許すほどお主の部下に対する愛情は安いものなのか?」


 真剣な表情でマティーリアはアリシアに尋ねた。マティーリアの言葉を聞いたアリシアは足を止めてその場で立ち止まる。アリシアはしばらくその場から動かずに俯いて黙り込む。そんなアリシアの姿をダークたちは離れた所で見守っていた。


「……そんなはずがない。アイツらは私にとって大切な部下だった。その部下を殺したお前を私は許せるはずがない!」

「ではなぜ妾は殺さぬ?」

「……貴様のようになりたくない。そして、憎しみで命を奪えば新たな憎しみが生まれてしまう。私はこれ以上憎しみを生み出さないために貴様を殺さない。それが理由だ」

「じゃが妾を許せないことに変わりはないじゃろう?」

「ああ、貴様を許すことはできない……でも、命は奪わない。貴様にはこれから先、生きて罪を償ってもらう。それが私から貴様に与える罰だ」


 そう言ってアリシアは再び歩き出した。マティーリアはアリシアの背中を見ながら目を閉じて俯く。戦いで命を懸けた者が敵に破れ、勝者に救われることは殺されるよりも屈辱的なことだ。それをマティーリアに味わわせることがアリシアのせめてもの復讐なのだろう。

 戦いを終えて近づいてくるアリシアを見てダークたちはアリシアに近づこうとする。すると、突如空から何かが下りてきた。ダークたちは一斉に下りてきた物に驚きながら自分の武器を取り警戒する。アリシアも振り返ってエクスキャリバーを抜こうとした。

 ダークたちの目に飛び込んできたのはなんとグランドドラゴンだった。だが、以前ダークとアリシアが遭遇したグランドドラゴン、つまりマティーリアと比べたら遥かに小さく、ダークたちが倒したワイバーンと同じくらいだ。なぜこんな所に小さなグランドドラゴンがいるのか、ダークたちが理由を考えているとその小さなグランドドラゴンは地面に座り込んでいるマティーリアの前に下りて顔をマティーリアに近づける。マティーリアもグランドドラゴンの顔をそっと撫でて微笑んだ。


「おおぉ、よく此処が分かったな? 息子よ」

「えっ、息子?」


 マティーリアの口から出た言葉にレジーナは驚く。実は現れた小さなグランドドラゴンはマティーリアの子供だったのだ。

 大人のグランドドラゴンの身長が十数mであるため、当然卵や生まれてくる雛の大きさもかなりのものだ。生まれて間もない雛であればワイバーンと同じぐらいの大きさになる。ダークたちの目の前にいるグランドドラゴンも生まれて間もない存在だった。

 雛は大きな顔を小さなマティーリアの体に擦りつけながら喉を鳴らす。どうやら竜人になってもマティーリアが母親であることは本能で分かるようだ。そんな甘える雛をマティーリアは優しく撫で続ける。


「すまなかったのう、心配させて……しかし妾も運が良い。あの娘に殺されていたらこやつを悲しませてしまうところじゃった……」


 生きて子供に会えたことを喜ぶように呟くマティーリア。子供がいるせいか体の痛みは殆ど感じず、雛を撫で続けた。

 その光景を目にしたダークたちは意外そうな反応をしている。その中でアリシアだけは驚いたような顔をしていた。もし、自分が感情に流されてマティーリアを殺してしまっていたら、自分はあの雛から怨まれ、新たな憎しみがこの世に生まれていたのだと考える。自分が感情を抑えたことで新たな憎しみが生まれることも無く、マティーリアは再び雛と会うことができた。そしてそれはアリシアの判断は間違いではなかったことの証明にもなったのだ。

 しばらくマティーリアと雛の姿を見ていたアリシアは再びダークたちの方に向かって歩き出す。そしてダークの横を通り過ぎようとした時、ダークがアリシアにそっと声をかけてきた。


「……君は新たな憎しみが生まれるのを阻止した。君が感情を押し殺したことで憎しみにを持つ存在が生まれなくなり、君もあのグランドドラゴンから憎まれることも無くなった。君の判断は間違っていない」


 ダークは小声でそうアリシアに語り掛け、それを聞いたアリシアは立ち止まり黙って前を見ていた。この時、アリシアはダークがこのことに気付いてもらいたくて昨日マティーリアを殺す必要は無いと言ったことを知り、心の中で驚く。ダークが自分のことを考えて言ってくれたことを知ったアリシアは目を閉じながら俯く。そしてそのことに気付かなかった自分を恥ずかしく思った。

 俯いているアリシアをしばらく見たダークはマティーリアと雛の方を向く。ノワールたちもグランドドラゴンの雛が間近で見られることに驚いて雛を見つめている。やがて、アリシアは再び歩き出してアルメニスの方に向かっていく。ダークは歩き出したアリシアに気付いて彼女の背中を見た。するとアリシアは再び立ち止まり、アルメニスの方を見ながら口を動かす。


「ダーク……ありがとう」


 小さな声で礼を言って再び歩き出すアリシア。一人で先にアルメニスに戻っていくアリシアをダークは黙って見つめているが、兜の下では小さく笑いながらアリシアの背中を見ていた。

 アリシアの出した答えによってマティーリアは命を落とさず、雛も母親であるマティーリアを失うことも無くなった。一人の聖騎士の出した答えで憎しみが生まれることも無く、無事に決闘は終わった。アリシアのマティーリアに対する怒りは消えていないが、それでも少しだけ彼女の心は楽になっただろう。

 ダークが先に町へ戻るアリシアを見ていると雛を見ていたレジーナがあることに気付いてダークの方を向いた。


「そうだっ! ダーク兄さん、約束してたダーク兄さんのこと、早く話してよ!」

「おっ、そうだったな! 兄貴、決闘が終わったんだから教えてくれ!」


 さっきまで雛に見惚れていたのにいきなりダークの正体のことを知りたがるレジーナとジェイクを見てノワールは苦笑いを浮かべ、ダークはそんな二人を見て溜め息をついた。

 ダークは約束通り、アルメニスに戻りながら自分がLMFから来たこと、レベルが100であること、アリシアのレベルも70になっていることなど全てをレジーナとジェイクに話した。最初はかなり驚き、疑っているような態度を取った二人だが、ダークの強さと彼の持つアイテムを見てダークの言葉を信じ、アリシアと同じように協力者になることを約束する。また面倒なことになるのではとダークは心配していたが、自分が話すと決めた以上、二人もしっかりと守ることを決めた。

 残されたマティーリアは立ち上がってアルメニスへ戻っていくダークたちの姿を黙って見つめている。この時の彼女は心の中である重要なことを決意していた。

 

――――――


 決闘から二日後、ダークの拠点がある広場の真ん中で兜を外したダーク、子竜の姿のノワール、レジーナ、ジェイクが目を丸くしながら立っている。彼らの視線の先には困り顔のアリシア、その隣にはなんとマティーリアが立っていたのだ。しかも二日前に会った時と違い、革製の服ではなく、騎士団の鎧を着ていたのだ。


「お、おい、アリシア……これって、どういうことなんだ?」


 ダークが素の口調と声で困り顔のアリシアに尋ねるとアリシアは一度溜め息をついて答えた。


「……実は昨日、突然マティーリアが町に侵入してきて私の仲間になりたいと言ってきたのだ」

「はあぁ?」

「ど、どうしてそんなことに……?」


 ノワールがダークの肩に乗りながら尋ねるとアリシアの代わりにマティーリアが笑いながら前に出て口を開く。


「妾はこの娘に興味が湧いた。だから妾に勝利したこの娘がどんな道を歩んでいくのかを見届けるためにアリシアについていくことにしたのじゃ」

「ついていくって、どうしてそういうことになったんです? ……というか、騎士団の方々はなんと言っていたのですか?」

「妾がワイバーンを操っていた竜人、アリシアと決闘をした者だと話したら放っておくわけにはいかないから殺した方がいいと言ってきた者がおった。じゃが妾が人を殺さないと言ったらマーディングとかいう男が妾をしばらく監視して様子を見ようと言ったのじゃ」

「ず、随分アッサリと話がまとったんですね……」

「アッサリではないぞ? 最初は全員が妾を信用しておらんかったが、もし妾が人間を襲ったら殺してもよいと言うたらしばらく話し合いをして様子を見ようということになったのじゃ」

「そ、そうなんですか……」


 マティーリアの話を聞いて昨日騎士団の詰め所でとんでもない騒ぎが起きていたのだと知ったダークたちは呆れるような顔でアリシアとマティーリアを見ていた。アリシアも疲れた顔で俯きながら溜め息をつく。


「そして、マティーリアが私の言うことなら聞くと言ったらしく、私がコイツのお目付け役に選ばれたというわけだ……」

「マ、マジかよ……」

「大変ね、アリシア姉さん……」


 レジーナとジェイクは気の毒そうにアリシアを見つめる。そんな時、マティーリアがダークの前にやってきて両手を腰に当てながらダークを見上げた。


「というわけで妾は今日からアリシアの仲間になったわけじゃ。よろしく頼むぞ、若殿?」

「わ、若殿……」


 自分を変な風に呼ぶマティーリアを見て複雑そうな顔をするダーク。肩に乗っているノワールやレジーナとジェイクはまた面倒なことになったと言いたそうな顔でマティーリアを見ている。

 するとダークを見上げているマティーリアを見たアリシアは真剣な顔でマティーリアに声をかけた。


「マティーリア、言っておくが私はお前を許したわけではないし、仲間と認めてもいない。もしおかしなことをすればその時は許さないからな?」

「分かっておる、その時は煮るなり焼くなり好きにせい」


 警戒するアリシアを見てマティーリアは余裕の態度を取る。マティーリアが何か企んでいるのか、それとも本当にただ仲間になりたいと考えているのかダークたちは彼女の本心が分からずにいた。だが、マティーリアの態度から何か悪いことを考えているとは思えない。ダークたちは騎士団と同じようにしばらく彼女の様子を見ることにした。

 ダークたちから警戒されている中、マティーリアはダークたちの方を向き、ニッと笑い出す。


「さ~て、これからよろしく頼むぞ? 若人たちよ」


 楽しそうに笑いながら挨拶をするマティーリア。ダークたちはそんな竜人の少女を複雑な顔で見つめる。

 レジーナとジェイクにダークの秘密を話した直後に半分強引に仲間になってきたマティーリア。ダークたちはそれぞれの思いを胸にしながらまた新しく冒険の日々を送ることになる。


今回で第三章は終了しました。次回の投稿までしばらく休止をさせていただきます。

次回の投稿まで気を長くしてお待ちください。

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