第三百十七話 邪悪な聖騎士
アリシアとファウが見つめる中、ジャスティスは二人の存在に気付いていないのか、ジェーブルの町に向かって歩き続ける。二人は警戒することなく歩いて来るジャスティスを睨みながら警戒し、同時に他に敵の姿が無いか平原内を確認した。
二人と共に町の東側を見張っていたセルメティア兵たちは突然平原の中に現れた騎士に驚きと困惑を感じているが、少し前に天使族モンスターたちが進軍してきた方角から歩いて来るのを見て、天使族モンスターたちの仲間かもしれないと多くのセルメティア兵たちが感じていた。
ジャスティスがジェーブルの町に近づいて来ていることを街にいるリダムスや他の場所を護っている仲間たちに知らせるため、東側を護っていた数人のセルメティア兵は急いで階段を駆け下りて街へ向かう。その間もジャスティスはペースを変えることなくゆっくりと近づいて来ており、残っているセルメティア兵たちは持っている槍や弓矢を構えてジャスティスを警戒する。
「……まさか、ジャスティス本人が出てくるとはな」
「ダーク様との戦闘で傷を負い、鎧もボロボロになったのでしばらく前線には姿を出さないと思っていたんですけど、これほど早く出てくるなんて……」
「ああ、それもまだダークが見つかっていないという最悪の状況でだ」
自分たちにとって都合の悪い時に大将であるジャスティスが現れたことでアリシアは僅かに表情を歪ませ、ファウも奥歯を噛みしめながら不満そうな顔をする。だが、戦争は何が起こるか分からず、敵も自分たちの都合のいいように動いてはくれない。アリシアとファウはそう感じながら目の前の現実を受け入れた。
「それにしても、何でジャスティスは一人で現れたのでしょう?」
「分からない。少なくとも降伏するために現れたわけではないだろうな」
これまでに得たジャスティスの強さ、性格などの情報からアリシアはジャスティスが平和的に戦いを終わらせるためにジェーブルの町に現れたわけではないと推測する。ファウもジャスティスが友好的に接してくるとは思っておらず、目を細くしながら遠くにいるジャスティスを見つめた。
「降伏するために現れたのではないとすると、目的はミカエルが制圧できなかったこの町を代わりに制圧するためでしょうか?」
「かもしれないな……だが、それならなぜこの町に現れた? さっきの悪魔の報告によると、レジーナたちは他の上級モンスターを倒して敵の進軍を防いでいる。つまり、この町以外にも制圧できていない町はあると言うことだ。にもかかわらず、ジャスティスはジェーブルの町に現れた。その理由は何なのか……」
「……確かに妙ですね。レジーナさんたちは上級モンスターとの戦闘で負傷し、まともに戦うことができなくなっている。ほぼ無傷の状態のあたしとアリシアさんがいるこの町よりはレジーナさんたちが担当した場所の方が制圧しやすいはずです」
どうして負傷しているレジーナたちの下ではなく、自分たちの前にジャスティスが現れたのか、アリシアとファウは難しい顔で考え込む。しばらく黙り込んで考えていると、ファウが何かに気付いてフッと顔を上げた。
「……もしかして、無傷のあたしたちがいるから現れたんじゃないでしょうか?」
「何?」
ファウの答えを聞いたアリシアは意外そうな顔でファウの方を向く。ファウはアリシアの方を見ると自分の予想を説明し始める。
「レジーナさんたちは他の上級モンスターたちとの戦闘で負傷しています。負傷している以上、まともに戦うことができたいため、レベルが低いモンスターでも倒すことが可能でしょう。それに引き換え、あたしとアリシアさんは殆ど無傷で全力で戦うことができます。全力で戦える以上、敵が低レベルのモンスターを送り込んできても、難なく返り討ちにすることができる」
「……つまり、ジャスティスはモンスターでも倒せる危険度の低いレジーナたちの下には行かず、危険度の高い私とお前を排除するためにジェーブルの町に現れた、ということは?」
「あたしはそう思います」
アリシアはファウの答えを聞くと小さく俯いて考える。確かに負傷しているレジーナたちよりも自分とファウの方がジャスティスたちにとって厄介な存在と言えるだろう。しかもレベルも100と90であるため、並のモンスターでは倒すことはできない。
高レベルでモンスターたちでは倒せないアリシアとファウを倒すためにレベル100であるジャスティス自身が動いたのであれば納得ができ、アリシアはジャスティスの方を見ながら小さく声を漏らす。
「……弱っているレジーナたちの下ではなく、私たちがいる場所を襲撃した方がジャスティスたちは効率よく戦うことができる。モンスターでも倒すことができる敵の下にレベル100のジャスティスが向かうのは確かにおかしいな」
「ジャスティスの狙いは危険な戦力であるあたしとアリシアさんを倒し、このジェーブルの町を制圧すること……これがもし当たっていたらもの凄くマズイ状況じゃないですか?」
「ああ、かなりマズイ」
ダークでも苦戦するほどの相手が自分たちとジェーブルの町を狙っている、アリシアとファウは緊迫した表情を浮かべる。しかもジェーブルの町にいるセルメティア軍は天使族モンスターとの戦いで戦力が削がれているため、現状ではアリシアたちは不利な状態と言えた。
アリシアとファウがジャスティスに注目する中、東側を護るセルメティア兵たちはこれから戦いが始まると確信しているのか急いで準備を進めている。少し前に激しい戦闘を行ったばかりなのにまた戦わないといけないのか、と不満を感じる兵士もいるが、敵は騎士一人であるため、前のように激しい戦いにはならないだろうと半数以上の兵士が安心していた。
「敵はたった一人だ、前の戦いのように甚大な被害が出ることは無いだろう」
「ああ、楽勝だな」
たった一人の敵に臆することは無い、セルメティア兵たちは準備をしながら余裕を見せており、そんなセルメティア兵たちの会話を聞いていたアリシアは兵士の殆どが油断していると感じ、セルメティア兵たちを見ながら僅かに表情を鋭くする。
今近づいて来ている騎士はついさっき戦った天使族モンスターたちとは力の次元が違う。それは知っているため、アリシアは油断し切っているセルメティア兵たちを見て小さな苛立ちを感じていた。ファウもアリシアと同じように油断しているセルメティア兵たちを見て呆れたような顔をしている。
アリシアとファウが笑っているセルメティア兵たちを見ていると、二人の下に別のセルメティア兵が駆け寄ってくる。それに気付いたアリシアとファウはゆっくりとセルメティア兵の方を向く。
「ファンリード殿、ワンディー殿、東側の部隊はまもなく戦闘準備が整います。ご指示をいただければ何時でも攻撃を開始できます」
「そうか……」
僅かに低い声を出しながらアリシアは返事をし、視線を近づいてくるジャスティスに向ける。ファウもジャスティスが現れた以上は絶対に楽な戦いにはならないと確認しており、ジッと歩いて来るジャスティスを睨んでいた。
アリシアとファウは目を鋭くしながら平原を見つめており、報告に来たセルメティア兵は二人の顔を見て緊張している様子を見せていた。すると、アリシアが平原を見つめたままセルメティア兵に話しかける。
「……急いでリダムス殿たちに伝えてきてくれ。『この町の全戦力を町の防衛にまわせ』と」
「えっ?」
突然のアリシアの言葉にセルメティア兵は呆然とする。いきなりジェーブルの町の全ての戦力を使って護りに入れ、と言われれば困惑するのも当然だ。
「あ、あの、それはどういう意味でしょうか?」
「今、この町に近づいて来ている敵は先程私たちが戦った天使たちとは比べ物にならない力を持っている。全ての戦力を使わないとこの町を護るのは難しい。いや、まともに戦うこともできないだろう」
「そ、それほどの敵なのですか?」
ジェーブルの町の全ての戦力に匹敵する敵が近づいて来ていると聞かされたセルメティア兵は信じられないような表情を浮かべる。だが、少し前にも強大な力を持つ天使族モンスターたちと戦ったため、アリシアの言うことを全て否定することはできなかった。
セルメティア兵が驚く中、アリシアは腰のフレイヤをゆっくりと抜く。ファウもサクリファイスを握ってアリシアの隣に立った。
「私たちはこれからあの騎士と戦う。リダムス殿たちには攻撃せず、護ることだけに集中してほしいと伝えてくれ」
「戦う? ファンリード殿とワンディー殿だけで戦うおつもりですか?」
「そうだ、他の兵士たちでは奴に傷を付けることすらできない。恐らく、奴と戦えるのは私とファウだけだ」
真剣な表情を浮かべながらアリシアは語り、ファウもアリシアを見ながらうんうん、と頷く。セルメティア兵は平原を見つめながら二人だけで戦うと言い出すアリシアはただ無言で見つめていた。
「お前たちはこのまま此処で町の防衛に就け。町を護っている間はできるだけリダムス殿やセルメティア軍の指示に従うんだ」
アリシアは近くで待機していた白銀騎士たちにも指示を出し、白銀騎士たちはアリシアを見ながら無言で頷く。白銀騎士たちは本来、指揮官であるアリシアやファウの指示にした従わないのだが、アリシアからセルメティア軍に従うよう命じられれば素直に従うようになっている。
白銀騎士たちに指示を出すアリシアを見ていたセルメティア兵は分かりやすく説明してもらうためにアリシアに声を掛けようとするが、それよりも先にアリシアが動いた。
「いいか、絶対に奴に攻撃するな。リダムス殿にちゃんと伝えるんだぞ?」
念を押すようにセルメティア兵に指示を出したアリシアは城壁から飛び降りて町の外へ出ていき、ファウもそれを追うように城壁から飛び下りる。
城壁から飛び降りたアリシアとファウにセルメティア兵は驚き、慌てて下を覗き込む。二人は何事も無かったかのように着地し、そのまま平原に向かって走る出す。残されたセルメティア兵はアリシアが城壁から飛び降りたこと、こちらが納得する前に勝手に話を進めたことに呆然としていた。
しばらく驚いていたセルメティア兵だったが、いつまでも呆然としているわけにもいかず、とりあえずアリシアに言われたとおり、リダムスや仲間たちに護りに力を入れるよう伝えに向かった。
外に出たアリシアとファウは全速力で平原に向かって走っていく。アリシアは遠くにいるジャスティスだけを見つめながら走り続け、ファウはアリシアのすぐ後ろをついていった。
「ファウ、分かっていると思うが、今度の戦いはミカエルの時以上に苦戦するはずだ。油断するな?」
「勿論です!」
アリシアが走りながら忠告すると、ファウはアリシアを見ながら頷き、サクリファイスを持つ手に力を入れる。レベル90代のモンスターよりもレベル100のLMFプレイヤーの方が強敵であると言うことを二人はよく知っているため、ミカエルの時以上に警戒して戦おうと思っていた。
得物を握りながらアリシアとファウは走り続け、ミカエルの部隊と戦った平原に入る。平原に入ってしばらくすると、二人は急停止して立ち止まり、表情を鋭くしながら前を向く。視線の先には風でマントを揺らしながら立っているジャスティスの姿があった。
アリシアは表情を変えずにジャスティスを見つめ続け、ファウは歯を噛みしめながらサクリファイスを強く握って中段構えを取る。二人がジャスティスを見つめる中、ジャスティス自身は構えることもせずに数m先に立つアリシアとファウを見ていた。
「……また会えたな、ビフレスト王国総軍団長、アリシア・ファンリード。そして、国王直属騎士、ファウ・ワンディー」
「私たちを覚えていてくれたのか?」
「勿論、これでも記憶力には自信があるのでね」
僅かに低い声で問いかけてくるアリシアにジャスティスは軽く笑いながら返事をする。余裕の態度を取るジャスティスを見てファウは苛立ちを感じ、サクリファイスを握る手に更に力を入れた。
一方でアリシアは苛立つ様子などは見せず、鋭い目でジャスティスを見つめ続けている。平常心を失えば戦いに支障が出ると感じていたため、冷静さを保ち続けているのだ。
「……ジャスティス、お前が此処に来た理由は何となく分かっているが、一応訊いておく。此処に来たのはジェーブルの町を制圧するためか?」
「そのとおりだ。あと、町を制圧するだけでなく、君たちを抹殺するために来た」
「やはり……」
ジャスティスがやって来た理由がファウの予想していたとおり、自分とファウを倒すためだと知ってアリシアはフレイヤを強く握る。ファウもジャスティスが自分たちを倒そうとしていることを知って僅かに緊迫した表情を浮かべた。
ダークの協力者でレベルの高い自分たちがジェスティスに狙われるかもしれないということはアリシアとファウも分かっていた。だが、実際にLMFプレイヤーであるジャスティスが目の前に現れ、自分たちを抹殺すると言ってくれば二人も僅かだが驚きと恐怖、寒気を感じてしまう。
「私は既に君たちがミカエルを始め、侵攻部隊の指揮官である上級モンスターたちを倒したことを知っている。そして、ダークさんの協力者である君たちが全員生き残っていることもな」
ジャスティスは自分が得ている情報をアリシアとファウに説明し、アリシアとファウはジャスティスがいつ攻撃してきてもすぐに動けるよう、ジェスティスを警戒しながら話を聞いた。
「ダークさんが行方不明になっている間にビフレスト王国の同盟国を制圧させようとミカエルたちを派遣したのだが、指揮官であるミカエルたちは全て倒されてしまった。正直、ミカエルたちが倒されたことには驚いた。彼らは全員レベル90代でこの世界の人間は勿論、ダークさんの協力者である君たちでも倒せないと思っていたからな……だが、まさかファフニールの闘血を使っていたとは」
「!」
アリシアはファフニールの闘血を使ってレジーナたちがレベルアップしていることをジャスティスが既に知っていることに驚いて軽く目を見開く。
ジャスティスもダークと同じLMFの世界から来た存在なので、LMFのマジックアイテムであるファフニールの闘血のことを知っていてもおかしくはない。だが、他のマジックアイテムの使用を予想せず、ピンポイントでファフニールの闘血を使ったと言い当てたことにはアリシアも流石に驚きを隠せなかった。勿論、ファウも驚きの表情を浮かべながらジャスティスを見ている。
「ファフニールの闘血を使ってレベルを上げたのであれば、ミカエルたちに勝ったのも納得がいく。君達には本当に驚かされた」
仲間が倒されたにもかかわらず、ジャスティスは悔しそうな素振りは見せずに落ち着き、アリシアたちの強さに感心するような口調で語る。アリシアとファウはそんなジャスティスを見て若干不愉快な気分になった。
ダークなら、モンスターであっても仲間が倒されれば僅かに悔しさを見せるのに、ジャスティスは一切見せない。二人は目の前にいる男は本当に聖騎士なのか、そして本当にダークが憧れていたLMFプレイヤーなのかと心の中で疑っていた。
「君たちのおかげでこちらは一気に強大な戦力を三体も失ってしまった。しかし、だからと言ってこのまま戦いを終わらせるつもりは無い。寧ろ、ミカエルたちとの戦いで君たち以外の四人は重傷を負って今も動けない状態にあるのだから、このチャンスを活かして戦うつもりだ」
ジャスティスはそう言って腕を組むのをやめ、アリシアとファウを見つめながら目を薄っすらと青く光らせる。動くジャスティスを見た二人は咄嗟に武器を構えて戦闘態勢に入った。
「やはり、レジーナたちがいる町も襲撃するつもりなのだな?」
「当然だ。ファフニールの闘血の効果が切れれば彼らはレベルが低下するだろうが、効果が切れるまではレベルは90のまま。負傷しているとはいえ、高レベルの敵を放っておくつもりは無い。寧ろ負傷してまともに戦いない今の内に始末しておこうと考えるのが普通だろう」
「クッ! まさか、ここまで予想していたとおりの展開になってしまうとはな……」
レジーナたちに危険が迫っている現状にアリシアは焦りを感じ、ファウも汗を流しながらジャスティスを睨んだ。このままではレジーナたちが危ない、二人はジャスティスを警戒しながら何かレジーナたちを助ける方法がないか考える。
「既に君たちの仲間の下にはハナエが編成した部隊が送り込まれ、君たちの仲間の抹殺に掛かっているはずだ。ついでに彼らがいる拠点の制圧し、今後の侵攻の本拠点にしてくれるだろう」
「冗談じゃない! そんなことさせないわ!」
ファウが声を上げながらジャスティスを睨み付け、アリシアもフレイヤを握りながら霞の構えを取る。ジャスティスは自分を睨みながら構える二人を見て小さく笑う。
「させない、か……じゃあ、どうするつもりかな?」
「決まってるでしょう? 此処でアンタを倒すわ。そうすればモンスターたちも暴れることが無くなり、この戦争も終わるはずだしね」
「ほほぉ、私を倒す? ダークさんでも倒すことができなかった私を?」
挑発するような口調で問いかけてくるジャスティスにファウも言葉を詰まらせた。
自分とアリシアはレベル90代のミカエルを倒した実績を持っている。だが、目の前にいるのはミカエルよりもレベルが高く、しかもダークと同じLMFプレイヤーのジャスティスだ。ミカエルとは明らかに力の次元が違う存在、それもダークに勝利するほどの力を持つ敵を倒す、と言ったことでファウは自分が傲慢な態度を取っていたことを実感した。
ファウは自分の傲慢な態度を取ったことを心の中で反省しながらジャスティスを睨む。そんなファウを見ていたジャスティスは腰に佩してあるノートゥングとフィルギャを同時に抜いた。
「まぁ、ダークさんに勝利した私に臆することなく、真正面から戦いを挑み、私を倒して戦いを終わらせようと思うその気持ちは見上げたものだ。しかし、君達では私には勝てない」
「……ミカエルもそうやって私たちを見下しながら戦い、結果、私たちに敗北したんだぞ?」
「確かに……だが、私はミカエルと違ってモンスターではない。ダークさんと同じプレイヤーなんだ。プレイヤーはモンスターと違って優れた能力を幾つも持っている。それがどれ程の力なのか、君たちなら分かるはずだ」
ジャスティスの言葉にアリシアは小さく反応する。ジャスティスの言うとおり、LMFプレイヤーはモンスターよりも強く優れた力を持っており、その強さは上級モンスター以上と言えるだろう。しかもジャスティスはダークに勝利しているため、アリシアはジャスティスが傲慢な態度を取っていても、彼が身の程知らずの愚者とは思えなかった。
(ジャスティスは間違い無くミカエルよりも強い。ミカエルとの戦いでもあれだけ苦戦したのにそれ以上の実力を持つジャスティスと戦うとなると……)
アリシアはジャスティスを睨みながら構え続け、ミカエル以上に苦戦するだろうと心の中で呟く。そして、最悪の場合、命を落とすかもしれないと感じていた。
ジャスティスは構えているアリシアとファウを見つめながら足の位置を少し変え、右手に持つノートゥングを顔の横に持ってきて切っ先を向ける。そして、左手に持つフィルギャは前に出して横に構えた。
「さて、ミカエルを倒したレベル100の聖騎士とレベル90の黒騎士の実力、見せてもらおう」
そう言ってジャスティスは地面を蹴り、アリシアとファウに向かって勢いよく跳ぶ。二人に近づくと両手に持つ騎士剣を同時に振り下ろして二人を攻撃した。
アリシアとファウは自分たちの得物を素早く横にしてジャスティスの振り下ろしを防ぐ。攻撃を防いだ直後、二人に強い衝撃が襲い掛かり、アリシアとファウはあまりの衝撃に表情を歪める。
(お、重い! 明らかにミカエルと力が違う)
ジャスティスの攻撃力が予想以上に高かったことにアリシアは驚き、ファウも目を見開きながら止めているジャスティスの騎士剣を見つめていた。二人が驚いている中、ジャスティスは素早くアリシアとファウの騎士剣を払い、体勢を整えて次の攻撃に移ろうとする。だが、アリシアがそれを黙って見逃すはずがなかった。
アリシアは体勢を整えようとしているジャスティスに突撃しながらフレイヤで突きを放つ。ジャスティスは右に体を移動させてアリシアの突きをかわし、アリシアの背中に向かってノートゥングを振り下ろそうとする。
だが、ジャスティスがアリシアに反撃しようとした時、ファウがジャスティスの右側面からサクリファイスで袈裟切りを放ってきた。ファウの攻撃に気付いたジャスティスはアリシアへの攻撃を中断し、ノートゥングでファウの袈裟切りを防ぐ。
「フッ、甘いな。そんな単純な攻撃に私が気付いていないとでも?」
「思ってないわ!」
ファウが力の入った声を出すと、攻撃をかわされたアリシアがジャスティスの左側に回り込んで再び突きを放って攻撃する。アリシアの攻撃に気付いたジャスティスは咄嗟に左手に持つフィルギャでフレイヤを止めた。
アリシアとファウの攻撃を防いだジャスティスは左右から挟まれる状態となり、二人は攻撃を防がれたのを見て悔しそうな表情を浮かべる。
「息の合った良い攻撃だ。伊達にミカエルを倒した訳ではないな」
「お前の言うとおり、私たちではお前に勝てないかもしれない。だが、それは一人で戦った場合の話だ。仲間と共に戦えば、お前と互角以上に戦うことだってできる!」
「互角以上、か……それは少々傲慢だと思うがね」
そう言ってジャスティスはノートゥングとフィルギャを器用に動かして止めているフレイヤとサクリファイスを払い、素早くアリシアとファウに攻撃する。二人はジャスティスの攻撃をそれぞれ得物で防ぐが、ジャスティスの力が強すぎ、その場で踏み止まることができずに後ろに押されてしまう。
足で地面を擦りながら押されるアリシアとファウだったが倒れることは無く、何とか構え直してジャスティスを警戒する。ジャスティスは視線だけを動かして騎士剣を構える二人の立ち位置や距離を簡単に確認した。
「いくら二対一でレベルが近くても私と君たちとではステータスに違いがあり過ぎる。更に装備している武具も君たちの物よりも性能が高いため、どんな計算をしても君たちが私に勝つのは不可能だ」
「チッ……」
「そもそも、私は一人で君たち二人の相手をするつもりは無い」
「何? どういうことだ?」
ジャスティスの言葉の意味が分からず、アリシアはフレイヤを構えたまま尋ねる。するとジャスティスはゆっくりとノートゥングとフィルギャを交差させ、目を薄っすらと青く光らせた。
「こういうことだ……分身の術!」
力の入った声でジャスティスが叫ぶと彼の周りに四人のジャスティスが現れる。五人になったジャスティスを見てアリシアとファウは目を大きく見開いた。
「あれは、ダークとの戦いで使った自身を増やす能力!?」
ダークとの戦闘で目にした忍者の能力にアリシアは驚愕する。てっきり自分とファウを相手に使用することは無いと思っていたのに、ジャスティスが分身の術を使ったのを見て全力で戦おうとしていると知ってアリシアは衝撃を受けた。
アリシアとファウが驚く中、ジャスティスは交差させている二本の騎士剣を広げる。すると、それを合図にしたのか四体の分身が二体ずつアリシアとファウに向かって勢いよく跳んだ。突然迫ってくる分身たちにアリシアとファウは慌てて迎撃態勢に入った。
二体の分身が目の前まで迫ってきたのを見てアリシアは表情を僅かに歪ませる。そんなアリシアに二体の分身はほぼ同時にノートゥングを振り下ろし、アリシアはフレイヤを横にして二体の振り下ろしを防いだ。
(グウゥッ! ひ、一人分の攻撃でもとんでもない重さだったのに、それが二人分とはっ!)
分身とは言え、ジェスティスと同じ強さを持つ分身たちの攻撃は重く、攻撃を防いだアリシアに強い衝撃が襲い掛かる。しかも二体の同時攻撃であるため、重さも二倍あり、アリシアは奥歯を噛みしめながら必死に耐えた。
アリシアはしばらく分身たちの攻撃に耐えると、後ろに大きく跳んで距離を取る。ジャスティスと同じ強さの分身に接近戦を挑むのは危険すぎると判断し、アリシアは遠距離攻撃で戦おうと考えた。
(確かアイツらは一撃でも攻撃を当たることができれば消滅するはずだ。素早く倒してオリジナルのジャスティスに攻撃すれば何とかなるはずだ!)
後ろに跳びながらアリシアはフレイヤを構え、自分を追撃しようとする分身たちに鋭い視線を向ける。そして、足が地面に付くとフレイヤの剣身を白く光らせ、神聖剣技を発動させた。
「白光千針波!」
アリシアは剣身が光るフレイヤを大きく横に振り、剣身から無数の白い光の針を分身たち向けて放つ。分身たちは飛んでくる無数の光の針を見ると、一体はジャンプして光の針をかわし、もう一体は走りながら持っているノートゥングとフィルギャで光の針を叩き落した。
光の針をかわされたのを見てアリシアは悔しそうな顔をするが、すぐに戦いに気持ちを切り替えてフレイヤを逆さまに持ち変え、二体の分身の位置を確認した。
「破邪天柱撃!」
アリシアは新たに神聖剣技を発動させ、フレイヤを地面に突き刺す。すると、地上にいる分身の足元に白い魔法神が展開され、そこから光の柱が空に向かって勢いよく伸びた。分身は光の針を叩き落した直後で周囲を警戒していなかったのか、光の柱の呑み込まれて消滅する。
一体の分身を倒したアリシアは素早く視線をジャンプしているもう一体の分身に向け、地面に突き刺していたフレイヤを引き抜いて上段構えを取り、再びフレイヤの剣身を白く光らせる。
「天空快刃波!」
空中の分身に向かってアリシアはフレイヤを勢いよく振り下ろし、剣身から三つの白い斬撃は分身に向けて放つ。三つの斬撃は真っすぐ分身に向かって飛んで行き、分身は迫ってくる斬撃を全てノートゥングとフィルギャで叩き落した。
斬撃を全て落とした分身は地上にいるアリシアに視線を向ける。だが、アリシアは分身が斬撃を叩き落している間にジャンプして分身の目の前まで近づいており、アリシアと目が合った分身は驚いたような反応を見せた。
アリシアは驚いて隙を見せている分身に袈裟切りを放つ。斬られた分身は静かに消滅し、二体の分身を倒したアリシアは軽く息を吐いた。
「よし、これで分身は片付いた。次はファウの方に向かった分身たちの相手をしな……」
次にどう行動するかアリシアが呟いていると、地上から無数の氷弾がアリシアに向かって放たれ、そのうちの一つがアリシアの腹部に命中した。
「があぁっ!?」
腹部から伝わる痛みにアリシアは声を漏らす。激痛に表情を歪ませながらアリシアは氷弾が飛んで来た方角を確認すると、視線の先にはノートゥングを振り下ろすジャスティスの姿があった。先程の氷弾はジャスティスの神聖剣技、聖剣冷壊弾による物だったようだ。
氷弾を受けたアリシアは体勢を崩し、地上に向かって真っ逆さまに落ちて行く。補助魔法を使ってステータスを強化していないアリシアにはジャスティスの神聖剣技によってかなりのダメージを受けたらしく、体勢を立て直すこともできずにそのまま地面に叩きつけられた。
落下したアリシアは俯せの状態のまま倒れ、苦痛の表情を浮かべる。氷弾は一つしか受けていないのに大ダメージを受けたことで、アリシアはジャスティスの神聖剣技がどれだけ高威力なのか、身をもって実感した。
アリシアは腹部の痛みに耐えながら片膝を付き、何とか立ち上がろうとする。だが、そんなアリシアの前にジャスティスがやって来て倒れているアリシアを見下ろす。アリシアは目の前まで近づいて来たジャスティスを見上げる。
「やはりレベル100の聖騎士を聖剣冷壊弾で倒すのは無理だったか。運が良ければ今の一撃で倒せると思っていたのだが……」
「わ、私を甘く見るな。これでもダークと共に何度も強敵と戦ってきたのだ……」
「ああ、君がダークさんからとても信頼されているのはよく分かる。信頼していなければフレイヤを君に与えたりするはずがないからな」
ジャスティスはそう言ってアリシアが持つフレイヤを見つめる。アリシアはジャスティスがフレイヤのことを知っていることに少し驚いたような反応を見せた。しかし、よくよく考えればフレイヤはダークのギルド仲間である釜茹でゴエモンが作った武器なので、同じギルド仲間であるジャスティスが知っていても不思議ではない。
アリシアはフレイヤを強く握り、腹部に残る痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がる。すると、ジャスティスの後方から大きな音が聞こえ、アリシアは目を見開きながら音のした方を向く。ジャスティスの後方300mほど離れた場所では僅かに砂煙が上がっており、その中にジャスティスの分身二体が立っている。そして、分身たちの間ではボロボロのファウが倒れていた。
「ファウ!」
ファウが倒れている姿を見たアリシアは思わず声を上げる。現状からして、ファウはジャスティスの分身二体と戦ったが、勝つことができずに惨敗してしまったのだとアリシアは悟った。
アリシアはファウを見ながら小さく震えている中、ジャスティスもゆっくりと倒れているファウの方を向いた。
「彼女は運が悪かったのだ。君とは違い、レベル90で私と同じ強さの分身二体と戦うことになったのだから。もし彼女が君と同じレベル100だったら勝てたかもしれないな」
「……クッ」
ジャスティスから相性と運が悪かったと語られ、アリシアは悔しそうにジャスティスを睨む。いくらレベル90で光属性に弱いファウでもこんなにアッサリ倒されてしまったことにはアリシアも納得できなかった。
アリシアはファウを助けるためにジャスティスを倒そうとフレイヤを構える。だが、ジャスティスはファウの方を向いたままノートゥングを振り上げてアリシアが持つフレイヤを払い飛ばす。飛ばされたフレイヤは地面に刺さり、アリシアはフレイヤを見ながら驚愕した。
「もう、やめなさい。いくらレベルが同じでも力と能力で劣る君では私には勝てない。このまま戦いを続けても無駄だ」
「なっ! か、勝手に決めるな。まだ私は戦えるだけの体力が残っている。能力や体力が劣っているからと言って勝手に勝ち目が無いと決めつけな……」
険しい顔でアリシアが戦意があることを伝えようとした時、ジャスティスはフィルギャでアリシアの体を切り裂く。目にも止まらないほどの速さでフィルギャはアリシアの体を鎧ごと切り裂き、斬られた箇所からは赤い血が噴き出た。
「な、に……?」
自分が斬られたことが信じられないのか、アリシアは呆然としながら両膝を地面につけ、そのまま俯せに倒れる。ジャスティスは倒れたアリシアを見下ろしながらフィルギャを軽く振った。
「これで君は本当に私と戦うことができなくなった。ダークさんと違ってHPの少ない君ではその一撃でもすぐには動けないほどのダメージを受けたはずだ」
「そ、そんな……馬鹿な……」
アリシアは自分の体が言うことを聞かないことに驚きを隠せず、倒れたまま掠れた声を出した。そんなアリシアを見たジャスティスは視線をファウの方に向け、もう一度ファウが倒れているのを確認すると、再びアリシアを見下ろす。
「やはり君たちでは私を倒すことはできなかったな。これで私ではなく、君たちの方が傲慢だったということも証明された」
「クウゥ……」
「……さらばだ」
ジャスティスはノートゥングをゆっくりと振り上げてアリシアに止めを刺そうとする。アリシアはなんとか逃げようとするが、体が思うように動かなかった。
(クソ、起き上がれない……これは、逃げられない、か……)
逃げることもフレイヤを拾うこともできず、アリシアは敗北と死を受け入れようとする。死ぬ前にもう一度何処かで生きているであろう、ダークと会いたかった。アリシアはそんな思いを胸に目を閉じる。
ジャスティスがアリシアに向かってノートゥングを振り下ろそうとする。だがその時、背後から轟音が聞こえ、ジャスティスはフッと後ろを振り返り、目を閉じていたアリシアも驚いて目を開け、轟音が聞こえた方を見た。
轟音が響いた方角には濃い砂煙が上がっており、その中でジャスティスの分身二体が静かに消滅する光景が目に入った。ジャスティスは分身が消えたことから、ファウが起き上がって分身たちを倒したの考える。だが、答えはジャスティスの予想とは全く違っていた。
「やれやれ、二人を相手に随分らしくない戦い方をしますね?」
砂煙の中から聞こえてくる聞き覚えのある声にジャスティスは反応し、倒れているアリシアは目を大きく見開く。聞こえてきた声はアリシアとジャスティスにとって特別な存在のものだった。
アリシアとジャスティスが注目する中、砂煙の中から何者かがゆっくりと現れる。それは漆黒の全身甲冑とフルフェイスの兜、真紅のマントを装備した騎士だった。右手には蒼い剣身の魔剣、蒼魔の剣が握られており、左手には意識を失っているファウが抱えられている。
(ああぁ……やはり、無事だったのか……)
倒れているアリシアは砂煙から現れた騎士を見て無意識に笑みを浮かべ、同時に僅かに涙を流す。それは心の底から込み上がってきた歓喜の涙だった。
砂煙から出てきた騎士はアリシアとジャスティスの方にゆっくりと歩いて行き、ジャスティスの数m手前で立ち止まる。ジャスティスは騎士を見つめながら振り上げていたノートゥングをゆっくりと下ろした。
「やはり、無事だったのですね」
「ええ、見てのとおりピンピンしています」
「フッ、流石ですね……ダークさん」
ジャスティスはどこか嬉しそうな口調で語りながら目の前に立つ騎士、ダーク・ビフレストを見つめる。