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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百十六話  黒幕復帰


「まさか、こんなことが……」


 ジャスティスの浮遊島の中心にある王城、その一室でハナエが目を見開きながら驚愕する。彼女の前には数体のモニターレディバグがおり、ハナエはモニターレディバグの背中から映し出されている映像を見ていた。映像には大陸に存在する各国の軍隊と戦う仲間の部隊が映し出されている。

 ハナエは現在、大陸で侵攻している仲間の部隊の戦況確認をするためにモニターレディバグの映像を見ていた。敵国とどのように戦っているのか、侵攻は順調なのかを確認し、もし敵に押されている部隊があればそこに増援を送るよう指示を出すのが彼女の仕事だ。

 味方の戦力と敵対する各国の戦力を考えれば、増援を送らずに余裕で侵攻できるとハナエは思っていた。しかし、今のハナエは目の前に映し出されている映像を見て驚きを隠せずにいる。なぜなら、ハナエが見ていたのは侵攻する部隊を指揮する上級モンスターたちが倒された映像だったからだ。


「……スノウ、剛鬼、ミカエルの三体が全て、それもほぼ同時に倒されるなんて、あり得ないことだわ」


 目の前に映し出される三つの映像を見ながらハナエは僅かに震えた声を出す。異世界では最強クラスの力を持つ上級モンスターたちが倒されたのだから当然の反応だ。

 体が溶けて消滅するスノウ、ボロボロの状態で息を引き取る剛鬼、光の粒子となって消えるミカエルが映し出された映像を見てハナエは大きな衝撃を受ける。しかも幹部である三体を倒したのがダークの協力者であるアリシアたちだったのだからハナエは更に驚いていた。


「いったいどういうことなの? 最初の会談で彼らの強さを確認した時、聖騎士のアリシア・ファンリード以外は全員レベル60代だったのに、どうやってレベル90代のミカエルたちを倒したのよ……」


 小さく俯きながらハナエは緊迫した表情を浮かべた。現状から考えればダークがアリシア以外の全員に何かしらのマジックアイテムを与えて強化したのだと判断できる。勿論、ハナエもそうではないかと考えているが、どんなマジックアイテムを渡したのかはまったく分からなかった。

 ダークが仲間たちに渡したマジックアイテムが何なのか分かれば、今後どのような対策を練ればいいが分かる。だが、マジックアイテムの種類が分からないため、ハナエは対策を練ることができずにいた。


「彼らがダークさんのマジックアイテムを使ったのは間違い無いわ。そうでなければレベル60代の彼らが短時間でミカエルたちを倒せるまで強くなれるはずがないもの。でも、いったいどんなマジックアイテムを使ったの? それが分からなければどうすることも……」

「どうかしたのか?」


 ハナエが頭を悩ませていると背後から男の声が聞こえ、ハナエはフッと顔を上げて後ろを向く。そこには白い全身甲冑フルプレートアーマーとフルフェイス兜を装備し、青いマントを羽織ったジャスティスが歩いて来る姿があった。

 ダークとの戦闘でボロボロになっていたジャスティスの全身甲冑フルプレートアーマーは完全に元どおりになっている。LMFの世界ならもっと早く直せたのだが、異世界の鍛冶職人の技術ではどうやっても時間が掛かってしまう。しかし、それでもジャスティスの予想よりも早く直ったのでジャスティスは満足していた。

 ジャスティスはゆっくりとハナエの方に歩いて行き、ハナエもジャスティスの方を向くと軽く頭を下げて挨拶をする。だが、その表情は深刻そうなもので、ハナエの顔を見たジャスティスは何か都合の悪いことが起きたのだとすぐに気付いた。


「何か遭ったのか?」

「ハ、ハイ……ミカエル、スノウ、剛鬼の三体が……倒されました」

「何?」


 目を逸らしながら説明するハナエを見ながらジャスティスは意外そうな声を出す。流石のジャスティスもレベル90代の上級モンスターが全て倒されたと知って驚いたようだ。

 しかし、ジャスティスはハナエのよう驚愕し、衝撃を受けたような反応は見せていない。まるで上級モンスターたちが倒されるかもしれないと予想していたかのように見えた。


「……ミカエルたちを倒したのは、やはりダークさんの協力者たちか?」

「え? あ、ハイ……マスター、ご存じだったのですか?」

「いや、お前が話すまで知らなかった。正直、ミカエルたちが倒されたことには驚いている……だが、ダークさんの協力者が相手だったらミカエルたちも倒される可能性があると思っていただけだ」

「そ、そうでしたか……」


 動揺することなく、落ち着いて語るジャスティスを見てハナエはジャスティスは凄い精神力を持っていると感じる。同時に自分の主人が強い心を持っているとハナエは感心した。

 ジャスティスはハナエに見られている中、モニターレディバグたちが映し出す映像を一つずつ確認していく。そして、その中から倒れているレジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアの映像と剣を構えて周囲を警戒するアリシアとファウの映像を見つけて目を薄っすらと青く光らせた。


「フッ、流石はダークさんの協力者たちだな……」

「彼らがミカエルたちを倒した映像を見た時は驚きました。何しろ少し前までレベル60代だった者たちがミカエルたちを倒したのですから……」

「間違いなく、ダークさんが何かしらのマジックアイテムを与え、それで強くなったのだろうな」

「ええ、私もそう思います。ですが、ダークさんはマスターとの戦闘で命を落としたはずです。彼らにマジックアイテムを渡すなんて……」

「まだダークさんが死んだと決まった訳ではない。あの戦闘で生き延び、何処かに身を隠しているか、既にビフレスト王国に戻っているかもしれない。仮にダークさんが亡くなっているとしても、ダークさんが前もって何処かに保管しておいたマジックアイテムを彼らが見つけ、それを使用して強くなったのかもしれない」

「確かに……」


 最も警戒すべきダークが生きているかもしれない、そう聞かされたハナエは表情を僅かに鋭くする。ダークと直接戦ったジャスティス自身が生きている可能性があると考えていることから、ハナエはダークが生きている可能性が高いと考えていた。

 ダークとの戦いの後、ジャスティスはハナエや部下のモンスターたちにダークの捜索をさせた。しかし、いくら調べてもダークの姿は確認できず、死体も見つかっていない。みつからないことからジャスティスはダークがまだ生きているかもしれないと考え、今日まで捜索を続けさせたが未だにダークの生死は確認できず、今もモンスターたちに捜索させているのだ。

 ジャスティスはモニターレディバグの映像を見ながらアリシアたちがどのようにして上級モンスターたちを倒したのか考える。アリシア以外の五人がどのようにして強くなったのか、ジャスティスは映像を見ながらヒントがないか調べた。


「……ハナエ、お前はミカエルたちの戦いを一から見てたのか?」

「ハイ、最初はミカエルたちがアリシア・ファンリードたちを押していたのですが、途中から逆に押され始め、最後には討ち取られてしまいました」

「その戦いの中で彼らは何らかのアイテムを使っていたか?」

「いいえ、そのような姿は見ておりません」


 アリシアたちが戦闘中にマジックアイテムを使っていないと聞かされたジャスティスは映像を見ながら腕を組む。モニターレディバグは映像を映し出すことはできるが、会話を聞き取ることはできない。そのため、戦闘中にアリシアたちが上級モンスターたちと会話をしていても、会話を聞き取ることができないので、そこからマジックアイテムのヒントを得ることはできないのだ。

 ジャスティスは目の前に映し出される無数のモニターレディバグの映像を視線だけを動かして確認していく。そんな中、ジャスティスは一つの映像に注目する。それはセルメティア王国に存在するジェーブルの町の近くにある平原を映した映像だった。

 映像にはミカエルとの戦いに勝利し、平原の中を見回すアリシアとファウが映っており、二人は周囲を見張りながら何かの会話をしている。勿論、二人の声はジャスティスとハナエには聞こえないため、ただ会話をする二人の映像だけが映し出されていた。

 ジャスティスがアリシアとがファウはどんな会話をしているのか気になり、無言で映像に注目する。すると、ファウが懐から一つの小瓶を取り出してそれをアリシアに見せている映像が映り、ジャスティスはファウが持つ小瓶を見て反応した。


「あれは……」

「どうしました、マスター?」

「あれを見ろ」


 そう言ってジャスティスはアリシアとファウが映る映像を指差し、ファウも二人が映る映像に注目する。

 映像に映るファウは小さく笑いながら持っている小瓶を見つめており、アリシアも小瓶を見ながら頷く。ハナエはファウが持つ小瓶を見て、ポーションの小瓶か何かだと最初は思っていた。だが、小瓶の中に僅かに赤い液体が残っているのを見て、普通のポーションではないと感じる。


「あの小瓶、血のような赤い液体が入っていますね。回復用のポーションには見えませんし……もしかしてあれがダークさんの与えたマジックアイテム? でも、あれはいったい……」

「……ファフニールの闘血だ」


 ジャスティスが映像を見ながら低い声で呟くと、ハナエは目を見開いてジャスティスの方を向いた。


「ファフニールの闘血? レベルを90にまで上げることができる魔法薬ですか?」

「ああ、あの小瓶の形と中の赤い液体、間違い無いだろう」

「成る程、レベルが90にまで上がっているのでしたら、ミカエルたちに勝てても不思議じゃありませんね」

「いや、ファフニールの闘血でレベルを上げただけでは上級モンスターには勝てない。恐らく、他にも何かマジックアイテムをダークさんから与えられているはずだ」


 三体の上級モンスターを倒したことから、アリシア以外の五人全員がレベル90となり、マジックアイテムで更に強くなっているハナエは考え、目を鋭くしながら厄介に思った。しかし、ジャスティスは焦りを見せることなく映像を見つめている。


「彼らがファフニールの闘血と何らかのマジックアイテムでミカエルたちを倒せるだけの力を得たには分かった。だが、彼らは脅威にはならないだろう。ファフニールの闘血は使用者をレベル90まで上げる代わりに効力が切れるとレベルを元々のレベルの半分まで下げるリスクがある。しかも二日間の間レベルが低下するため、その間は彼らも役に立たなくなる」

「しかし、効力が切れるまでの間は彼らはレベル90のままです。レベルが低下するまでの間はこちらにとって面倒な存在になると思われますが……」

「その点については問題無い」


 そう言ってジャスティスはモニターレディバグの映像の中からレジーナとジェイク、マティーリアとヴァレリアが映し出されている二つの映像を指差す。

 映像の中の四人は意識を失い、自分たちが救援に向かった国の兵士や魔法使いから治療を受けている。治療をする兵士たちは苦労しているような表情を浮かべていた。


「映像の四人は瀕死の重傷を負っている。再び戦えるようになるにはHPを六割以上回復させる必要がある。だが、レベル90となればHPも今までと比べて遥かに多くなるだろう。ビフレスト王国以外の国には下級か中級の回復魔法を使える魔法使いや回復力の低いポーションしか存在しない。それらの魔法やポーションでは短時間でHPを六割以上回復させるのは無理だ」

「つまりあの四人はしばらくの間、前線に出て来ることは無いと?」

「そのとおりだ。ビフレスト王国から優れたポーションや強力な回復魔法を使える者が来れば早く前線に復帰できるだろうが、レベル90の彼らのHPを短時間で回復させられるほどの魔法使いがビフレスト王国にいるとは思えん。強力なポーションを届けるのも難しいだろう」

「向こうにはノワールがいますが……」

「ノワールは回復魔法を習得していない。彼の職業クラスでは新たに回復魔法を習得することも不可能だ」


 ノワールの職業クラスや情報から傷ついた仲間を癒すことはノワールにはできないとジャスティスは断言し、ハナエは主人であるジャスティスがそう言うのなら大丈夫だと納得する。


「負傷して前線に出て来れない以上、あの四人は脅威にはならない。いま私たちが最も警戒するべきなのは、あっちの二人だ」


 ジャスティスはそう言ってモニターレディバグの映像に映っているアリシアとファウに注目する。二人はレジーナたちと違って重傷を負ってはおらず、普通に立って歩いている。

 唯一レベル100であるアリシアはレジーナたちよりも強い力を持っており、ジャスティスたちにとって面倒な敵と言える存在だった。更にアリシアは回復魔法が使用できるため、自分やファウが怪我をしてもすぐに傷を癒すことができる。ジャスティスたちにとって不都合な条件を揃っているアリシアと彼女に同行しているファウこそがジャスティスにとって特に警戒するべき敵と言えた。


「アリシア・ファンリードはダークさんによってこの世界で唯一サブ職業クラスを持つ存在だ。しかも選んだサブ職業クラスが回復系の職業クラスである上に回復力も高い。ダークさんとノワール以外で私やお前の障害となる敵と言えるだろう」

「確かにミカエルと戦っていた時も彼女は回復魔法で仲間を癒していましたし、かなり面倒な存在ですね……」

「そのとおりだ。よって、アリシア・ファンリードとファウ・ワンディーの二人を敵最大の戦力と考える……とは言え、まだダークさんが生きている可能性もあり、重傷を負って動けない他の四人もレベル90だ。他の敵も注意しておく必要がある」

「では、今後の方針はどのようになさいますか?」


 これからどう動くか、ハナエはジャスティスを見上げながら尋ねる。ジャスティスはモニターレディバグの映像をしばらく見つめてからゆっくりとハナエの方を向いて目を薄っすらと青く光らせた。


「まず、重傷を負った協力者たちの下にモンスターの部隊を送り込め。前線に復帰するのに時間が掛かるとはいえ、レベル90の敵を野放しにしておくわけにもいかない。彼らがいる拠点を襲撃し、復帰される前に仕留める」

「分かりました。急いで部隊を編制します」

「協力者たちが負傷しているからと言って弱いモンスターばかりで編制するな? 万が一彼らが戦える状態になっていたら並のモンスターでは敵わない。高レベルのモンスターも加えて編制するんだ」


 ジャスティスの忠告にハナエは無言で頷く。負傷しているレジーナたちが襲撃する時に戦えない状態でいるとは限らない。もしかすると、戦える状態にまで回復していたり、強力な力を持った仲間がレジーナたちを護衛しているかもしれないため、レベルの高いモンスターを部隊に加えておいた方がいいとジャスティスは考えていた。

 指揮官である上級モンスターたちが倒れたことでセルメティア王国やエルギス教国の軍隊は安心し切っているだろう。だが、戦いは何が起きるか分からないため、ジャスティスは常に予想外の出来事が起きることを警戒しながら行動していた。


「次にダークさんのことだが、引き続きモンスターたちに捜索させろ。ダークさんが落下した海の近くやビフレスト王国の領内を中心に探させるんだ。そして、もしダークさんの生存が確認されたらすぐに私に伝えろ」


 まだ死んだと決まった訳ではない最も警戒するべき存在が現れた時、対抗できるのはジャスティスだけなので、ジャスティスはダークのこともしっかり捜索させるつもりでいた。ハナエもジャスティスと同じ気持ちであるため、ジャスティスを見上げながら無言で頷く。


「アリシア・ファンリードとファウ・ワンディーはどうしますか? 彼女たちはダークさんの協力者で唯一戦うことができる状態です。このままの放っておくと他国で侵攻を進めている我が軍の下に行かれ、壊滅させられる可能性もあるかと……」

「勿論、このままにしておくつもりはない。ミカエルとの戦闘で体力を消耗している今の内に一気に叩く。だが、彼女たちに対抗できるのはミカエルたちのようにレベル90代の上級モンスターだけだ。生憎、私の手元にはもうレベル90代のモンスターを召喚できるサモンピースは無い」

「では……」


 どうやってアリシアとファウを倒すのか、ファウがそう訊こうとした時、ジャスティスは再びモニターレディバグが映し出す画面の方を向いて腕を組む。


「……私が行く」

「えっ、マスターがですか?」


 予想外のジャスティスの答えにハナエは目を見開く。てっきりダークの生死がハッキリ分かるまで浮遊島で待機していると思っていたのに、ジャスティスが自ら最前線に出ると言い出したのでハナエは内心驚いていた。


「レベル90代のモンスターが召喚できない以上、私が自ら彼女たちを倒すしかないだろう。あの二人の内、アリシア・ファンリードは私と同じレベル100の聖騎士だ。並のモンスターでは倒せん」

「でしたら私が行きます。彼女たちは騎士です、魔法使いである私が行けば問題無く勝利できます」

「それはダメだ。お前には此処に残って浮遊島の守護しながら戦況確認し、私や最前線に他の部隊に各戦況の報告をしろ」

「し、しかし……」

「それだけではない。敵側にはまだノワールがいる。彼が最前線に出てきた場合、彼と戦うことができるのは同じ魔法使いであるお前だけだ。私では彼の魔法に翻弄され、あっという間に追い込まれてしまうからな」


 戦士である自分と魔法使いであるノワールとでは相性が悪く不利になるため、もしノワールが出てきたら同じ魔法使いであるハナエにノワールの対処をしてもらいたい。ジャスティスの考えを感じ取ったハナエは目を閉じながら黙り込み、しばらくしてゆっくりと目を開けて頷いた。


「……分かりました。ノワールの監視はお任せください」

「頼むぞ」


 ジャスティスはハナエの頭にそっと手を置いてそっと撫でる。まるで父親が自分の子を褒めるように優しく撫で、頭を撫でられたハナエは照れくさそうな顔で小さく俯く。

 ハナエの頭から手を退かしたジャスティスはもう一度モニターレディバグの映像を見てアリシアとファウの姿を確認する。映像の中の二人は真剣な顔でセルメティア王国の兵士や騎士と何か話をしており、それを見たジャスティスはアリシアとファウは別の戦場に向かおうとしているのかもしれないと感じ、急いで二人の下へ向かおうと考えた。


「私はすぐにアリシア・ファンリードたちの下へ向かう。浮遊島は任せたぞ」

「ハイ!」


 力の入った声でハナエが返事をするとジャスティスは部屋から出るために出入口である扉の方へ歩き出す。ハナエはジャスティスを見ながら黙って彼の背中を見つめている。すると、扉の方へ歩いていたジャスティスが突然立ち止まり、ゆっくりとハナエの方を向いた。


「それともう一つ、浮遊島の防衛部隊に臨戦態勢を取らせておけ」

「臨戦態勢? つまり、いつでも戦える状態にしておけ、ということですか?」

「そのとおりだ」

「なぜです?」


 空高く浮いている浮遊島が大陸に存在する国々から攻撃されるなど絶対に無いと考えるハナエはジャスティスの指示に疑問を抱く。

 敵には飛行モンスターに乗って戦うことのできる戦士たちもいるが、その力は微々たるもの、浮遊島の周りと飛び回るドラゴンたちだけで十分対処できる。にもかかわらず防衛部隊を臨戦態勢に入らせる意味がハナエには分からなかった。


「忘れたのか、ビフレスト王国は一度飛行モンスターを使ってこの浮遊島の近くまで近づいて来たのだぞ? 私が離れている間にまた攻めて来たら面倒なことになる。だから念のために防衛部隊を動かせる状態にしておくのだ」

「な、成る程……」


 ジャスティスの話を聞いてハナエは納得し、同時に自分の考え方が甘すぎたことを知らされて反省した。


「いくらお前がいる状態でも、防衛部隊が戦えない状態であっては効率よく動くことはできない。念には念を入れておく必要がある」

「……分かりました、すぐに部隊の配備に取り掛かります。もし敵の襲撃を受けた時は防衛部隊と共にこの浮遊島を死守します」


 真剣な表情を浮かべるハナエを見てジャスティスは無言で頷く。そして、再び出入口である扉の方へ歩き出し、そのまま静かに部屋を後にする。部屋に残ったハナエはモニターレディバグの映像を確認しながら浮遊島の防衛部隊の配備に取り掛かった。


――――――


 ジェーブルの町では進軍してきたジャスティスの軍団を撃退したことで町の住民や町を護っていた大勢の兵士、冒険者たちが笑みを浮かべていた。自分たちを追い込んでいた天使族モンスターたちを倒し、更に敵の指揮官まで討ち取ったのだから喜ぶのは当然と言えるだろう。

 しかし、まだ戦争に勝利した訳でもなく、再び敵が攻め込んでくる可能性もあったため、兵士たちは町の周辺を警戒しながら壊されたバリケードの補強や負傷者の手当てをしている。冒険者や町の住民たちも協力し合って準備を進めており、その中には平原での戦いで活躍したアリシアとファウの姿もあった。

 平原での戦いが終わった後、アリシアとファウはリダムスと合流し、ジェーブルの町に入って今後の方針について会議を行う。アリシアは再びジャスティスの軍団が攻め込んで来ることを予想し、しばらくジェーブルの町に駐留することを伝え、ファウもアリシアと共に町に残ることをリダムスたちに伝える。

 リダムスは力を貸してくれるアリシアとファウに改めて礼を言い、会議に参加していた部隊長であるセルメティア騎士たちも二人に感謝する。それからアリシアたちは今後の方針について簡単に話し合いをして会議は無事に終了した。その直後、ビフレスト王国からの救援部隊も到着し、アリシアたちはジェーブルの町の護りを更に強化する。

 ジェーブルの町の東側の城壁の上ではアリシアが町の外を見張っており、アリシアの近くにはビフレスト王国から救援部隊としてやって来た白銀騎士が四人待機している。そして、アリシアの前には一体の濃い青色の肌をした人型の悪魔族モンスターが飛んでいた。

 東側の城壁では大勢のセルメティア兵たちがアリシアと共に見張りをしおり、アリシアが悪魔族モンスターと向かい合っている姿を見て緊張したような表情を浮かべている。アリシアは周囲の視線など気にすることなく悪魔族モンスターと向かい合っていた。

 ビフレスト王国からの救援部隊は外からの攻撃を警戒するために半分以上が城壁に配備され、残りは町の中の見回りや入口である正門の護りに回された。救援部隊はそれなりに大規模な部隊だったため、リダムスたちは護りを強化でき、ミカエルの部隊との戦闘で負傷、死亡した兵士たちの代わりを補充できたと喜んだ。

 アリシアも町を護るために救援部隊の指揮を執りながら町の防衛に就き、ファウはバリケードの補強や町にある物資の確認などの手伝いをする。アリシアとファウが防衛に参加したことでセルメティア兵たちの士気は高まり、全員が活気に満ちた表情を浮かべていた。

 悪魔族モンスターを見つめながらアリシアが両手を腰に当てていると、街で物資の確認をしているはずのファウが階段を上がって城壁の上にやって来た。

 アリシアの近くにいた白銀騎士たちはファウの姿を確認すると、ファウがアリシアに近づけるよう無言で道を開ける。ファウは白銀騎士たちを簡単に確認すると静かにアリシアに近づく。


「アリシアさん、ジェーブルの町に残っている物資の量が確認できました。今残っている物資の量から考えると……」


 ファウがアリシアに物資の量を説明しようとすると、アリシアは悪魔族モンスターを見つめたまま左手を軽く上げて、少し待て、と無言でファウに伝える。ファウはアリシアの手を上げたのを見ると不思議そうな顔をしながらも、とりあえず口を閉じた。


「……分かった。それで、四人は無事なんだな?」

「報告シテキタ者ニヨルト、皆様負傷シテオラレルヨウデスガ、命ニ別条ハナイヨウデス」

「そうか……あまり状態が酷いのなら傷を治せるようポーションを送ってやってくれ」

「ノワール様モソウシタ方ガヨイト仰ッテオリマシタガ、アイテムヲ運ブニハカナリ時間ガ掛カルヨウデス。転移魔法ヲ使ウトイウ方法モアリマスガ、現状カラ考エ、魔力ハデキルダケ蓄エテオイタ方ガ良イカト……」


 悪魔族モンスターの言葉にアリシアは僅かに深刻そうな表情を浮かべながら呟き、それを見たファウは話の内容が自分たちにとって都合の悪い内容なのかと僅かに不安を感じた。


「……分かった。私とファウはあと二三日、ジェーブルの町に駐留する。何かあったらすぐに連絡するようノワールに伝えてくれ」

「カシコマリマシタ」


 飛んだ状態のまま悪魔族モンスターは一礼し、翼を大きく広げると南東の方へと飛んで行く。悪魔族モンスターは飛ぶ速度は速く、すぐに見えなくなってしまった。

 悪魔族モンスターが見えなくなると、ファウは話が終わったと判断してアリシアに近づく。アリシアも悪魔族モンスターを見届けるとファウの方を向いた。


「アリシアさん、さっきの悪魔は?」

「ああぁ、バーネストにいるノワールと私たちが連絡を取り合うためのメッセンジャーみたいなものだ。現在、私たちの手元にはメッセージクリスタルが無いからな。こんな方法でしか情報を得ることができなくなってしまっているんだ」

「……メッセージクリスタルがどれだけ便利なマジックアイテムなのか、改めて実感しますね」

「ああ、まったくだ」


 苦笑いを浮かべながらアリシアは空を見上げ、ファウも複雑そうな顔で俯いた。


「……それで、あの悪魔は何と?」


 ファウは顔を上げると悪魔族モンスターがどんな情報を持ってきたのかアリシアに尋ねる。すると、苦笑いを浮かべていたアリシアが表情を変え、僅かに目を鋭くしながらファウの方を向いた。


「……エルギス教国とマルゼント王国を進軍するジャスティスの軍団を迎撃していたレジーナたちが敵の指揮官である上級モンスターと接触し、交戦したようだ」

「えっ? それじゃあ、ミカエル以外の二体とレジーナさんたちが戦ったんですか?」

「ああ」

「それで、レジーナさんたちは……」


 レジーナたちはどうなったのか、ファウは最悪の結果を覚悟しながらアリシアの顔を見つめる。すると、アリシアは静かに目を閉じて軽く深呼吸をした。


「四人全員が生き残り、上級モンスターも倒したそうだ」

「そうですか……」


 ファウはレジーナたちが生きていると聞かされて安心し、笑みを浮かべながら息を吐く。最悪の結果にならなかったことをファウは心の底から喜んだ。


「だが、それでも四人は深手を負い、まともに動けない状態のようだ。今は近くの町で療養中だとさっきの悪魔から聞いた」

「ポーションや回復魔法は使っていないんですか?」

「使ってはいるそうだが、高レベルとなった四人の体力を回復させるには普通のポーションや回復魔法だけでは時間が掛かるらしい。今でも回復魔法などを使って傷を癒しているそうだが、まだ時間が掛かりそうだと悪魔は言っていた。仮に傷が治ってもまだ疲労が残っているからしばらくはまともに戦えないだろう」

「そうですか……でも、命が無事だっただけでも良かったです」

「ああ、上級モンスターを倒し、命も助かったんだ。それだけで十分さ」


 微笑みを浮かべるアリシアを見て、ファウも笑いながら頷く。

 ジャスティス直属の上級モンスター三体を全て倒したことでジャスティスの軍団の戦力は大きく低下したのは間違い無い。だが、それでもまだジャスティスと使い魔のハナエ、そして大勢のモンスターがいるため、決して油断はできなかった。アリシアはダークが戻ってくるまで、自分たちだけでジャスティスたちを抑えようと改めて自分に言い聞かせる。


「ところでファウ、お前はどうして此処にいるんだ? 私に何か用事か?」

「あ、そうでした。この町に残っている食料や武器などの物資確認が終わったので報告に来たんです」

「そうか、それで物資の在庫はどのくらいだった?」

「この町の住民と駐留している兵士たちの人数を考えると、半月は持ち堪えられると思います。勿論、無駄な消費が無ければの話ですが」

「半月か……敵が短時間で首都であるアルメニスに攻め込むにはこのジェーブルの町を通る必要がある。敵は間違い無くこの町に戦力を傾けるはずだ。もし連続で襲撃されれば半月分の物資もすぐに尽きてしまうだろう」

「では、他の拠点から物資を補充した方がいいでしょうか?」

「私はそうした方がいいと思っている。だが、ジェーブルの町の指揮官はリダムス殿だ。リダムス殿の意見を聞いてから判断した方がいい」

「分かりました。これからリダムス殿に報告してきます」


 ファウはリダムスの下へ向かうため、階段の方へ移動しようとする。すると、東側を見張っていた一人のセルメティア兵が平原の方を見つめながら声を上げた。


「おい、平原の中に人影があるぞ!」


 セルメティア兵の声を聞いたアリシアは平原の方を向き、階段を下りようとしたファウは足を止めてアリシアの隣に移動し、同じように平原の方を向く。

 平原を確認すると、確かに数百m離れた平原の中に人影が一つ見える。小さくてよく見えないが、その人影はジェーブルの町に向かってゆっくりと歩いて来ていた。

 セルメティア兵たちは敵が接近して来ていると考え、一斉に警戒態勢に入る。そんな中、アリシアとファウの二人は人影を見て目を大きく見開いていた。二人はレベル100と90であるため、セルメティア兵たちよりも視力が良く、人影の姿はハッキリと確認できていた。


「ア、アリシアさん、あれは……」

「……ああ、間違い無い」


 僅かに震えた声を出しながらアリシアとファウは近づいてくる人影を見つめる。白い全身甲冑フルプレートアーマーとフルフェイス兜、青いマントを装備した騎士で腰には二本の美しい騎士剣、ノートゥングとフィルギャを排していた。その騎士はアリシアとファウにとって悪い意味で忘れることのできない存在と言える。


「……ジャスティス!」


 近づいてくる聖騎士の名を口にしながらアリシアは表情を険しくしながら呟き、ファウも怒りの籠った眼差しを向けながら近づいてくるジャスティスを睨んだ。


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