第三百十四話 アリシア&ファウvsミカエル
突如目の前に現れたミカエルを睨みながらアリシアとファウは自分の得物を強く握って警戒する。だが同時にミカエルが現れたことを意外に思っていた。
ジェーブルの町を襲撃した敵の指揮官がミカエルであることはアリシアとファウも事前に入った情報から分かっていたが、本隊にいると思われていたミカエルが本隊に辿り着く前に自分たちの前に現れるとは予想していなかったため、二人は内心ミカエルの登場に驚いていた。
どうして指揮官のミカエルが自ら敵である自分たちの前、しかも一人で現れたのか、アリシアとファウが疑問に思っているとミカエルは腕を組んだままジッと二人を見つめている。
「敵軍の中に本隊に向かって進軍してくる者が二人いると報告を受け、何者かと思って確認に来てみたら、まさかお前たちだったとはな」
「……私たちを確認するために指揮官であるお前がわざわざ前線に出てきたということか?」
「そのとおりだ。まさかビフレスト王国がセルメティア王国にこれほど早く救援を送っていたとはな」
ビフレスト王国が同盟国であるセルメティア王国に援軍を送ることは予想していたが、主戦力であるアリシアたちがいきなり出て来るとはミカエルも予想していなかったらしく、少し驚いているような口調で語る。それを聞いたアリシアは目を鋭くしながら無言で見つめており、ファウは敵を出し抜いたことで気分が良くなったのか小さく笑っていた。
「こちらは敵の指揮官がお前たち上級モンスターであるという情報を掴んでいた。そのために私たちが救援部隊として来たんだ。お前たちに対抗できるのはジェスティスと同じLMFの世界から来たダークの協力者である私たちだけだからな」
「成る程……と言うことは、スノウと剛鬼の下にもお前たちの仲間たちが向かっているということだな?」
ミカエルの問いにアリシアは答えずにジッとミカエルを睨み付ける。アリシアの反応を見たミカエルは自分の予想が当たっていると感じ、薄っすらと目を光らせた。
仲間の下にダークの協力者が送り込まれていると知ったにも関わらず、ミカエルは焦る様子を一切見せずに余裕の態度を取っている。その理由はダークの国であるビフレスト王国が同盟国に増援を必ず出すと読んでおり、例えビフレスト王国の戦力が同盟国に手を貸しても勝つ自信があったからだ。
「まぁ、例えダークの協力者を送り込んだとしても、我々に勝つのは不可能だ。我々とお前たちとではレベルの差があり過ぎるからな」
「私はダークやお前の主人であるジャスティスと同じレベル100だぞ。それでも私たちに勝ち目はないと言うのか?」
アリシアは僅かに低い声を出しながらミカエルに問う。レベル100である自分よりもレベル90代のミカエルの方が強いと言われたことで少しカチンときたようだ。
「ああ、無理だな。レベル100の人間の強さはレベル90代のモンスターより少し強いくらいだ。たった一人がレベル100であっても有利にはならん。何しろ他の者たちが低レベルなのだからな」
「誰が低レベルですって!?」
黙って会話を聞いていたファウがミカエルを睨みながら声を上げる。ファウの声を聞いて、アリシアとミカエルは同時にファウの方を向く。ファウは険しい表情を浮かべ、サクリファイスを握りながら奥歯を噛みしめている。
ミカエルは自分を睨みファウを落ち着いたまま見つめる。怒りの籠った目で睨まれたとしとしても、ミカエルはファウから一切恐怖などを感じないようだ。
「お前や他の協力者たちに決まっているだろう? この世界では英雄級と言われているお前たちも我々にとっては小物だ。ジャスティス様の配下にはレベル60代のモンスターがウヨウヨいるのだからな」
「残念だけど、それは少し前の話よ。今のあたしたちは小物なんかじゃないわ」
「何?」
ファウの口から出た言葉にミカエルは反応する。同時に話を聞いていたアリシアはそれ以上は言うな、と言いたそうに目を見開いてファウを見ていたが、ファウはそんなアリシアの視線に気付いていない。
アリシアとミカエルに見られる中、ファウはサクリファイスを右手で持ち、左手を懐に入れて何かを取り出す。それはファフニールの闘血が入っていた小瓶だった。
「あたしやジェイクさんたちはこれを飲んで強くなったの。今のあたしたちならアンタたち上級モンスターとも互角に戦えるわ」
「それは、ファフニールの闘血? ……成る程、そう言うことか」
ミカエルはファフニールの闘血のことを知っていたらしく、小瓶を見た瞬間にファウの言いたいことに気付いて納得する。逆にアリシアは秘密を敵に教えてしまったファウを見て溜め息をついた。
「ファフニールの闘血を使用してレベルを90にまで上昇させたのか。確かにそれなら我々と互角に戦えると言っても納得がいくな……となると、他の二人の下に送られた協力者たちもレベル90になっていると考えて間違い無いか」
腕を組むのをやめたミカエルは右手をフルフェイスの兜の顎の部分に当てながら呟く。ファウはミカエルが少しとは驚いた姿を見て満足したのか笑みを浮かべた。
「……ファウ、敵に余計な情報を与えるな。お前たちのレベルが低いと思っていれば奴も油断して少しは戦いやすくなっていたかもしれないだろう」
「すみません、あたしたちを低レベルなんて言うものだからつい……」
「相手を挑発して自分の戦いやすい状況を作るのは基本的な戦い方だ。お前も戦士なら見え過ぎた挑発にならないようにしろ」
「ハ、ハイ」
自分の過ちを指摘され、ファウはアリシアに小声で謝罪する。アリシアはファウを見ながらやれやれ、と言いたそうな顔で肩を竦めた。
アリシアとファウは小声で会話をしているとミカエルが二人の方を向き、目を光らせながら両手を横に伸ばす。すると、ミカエルの両手に水色の光りが集まり、一瞬にして光の剣へと姿を変えた。
「……まぁ、例えレベル90になったとしても、奴らは人間と亜人、モンスターである剛鬼とスノウに楽に勝つなんてことはあり得ん。それほど心配する必要もないだろう」
「随分余裕だな? 私たちはこれまでお前のように敵の力を甘く見ていた奴らを大勢倒してきんだぞ」
「それは私もソイツらと同じ運命を辿るだろうという警告か?」
ミカエルが両腕を下ろしながら尋ねると、アリシアは問いに答えることなくフレイヤを構える。ファウもミカエルを睨みながらサクリファイスを構え、いつでも戦いを始められる体勢に入った。
戦闘態勢に入る二人を見て、ミカエルも小さく鼻で笑いながら二本の光の剣を構えた。
「まあいい、お前たちが何を考えていようが、私が此処でお前たちを排除することに変わりはない。そもそも、レベルが私に近づいたからと言って私に必ず勝てると言う保証も無い」
「なら、私たちがお前を倒して人間でも高レベルのモンスターに勝つことができると言うことを証明してやる」
「フン、ダークが死んだにも関わらずそこまでの闘志を宿すとは、なかなか立派だな」
「ダーク様は死んでないわ! あの方は今でも何処かできっと生きていらっしゃるわ!」
「フッ、だといいな」
ダークの死を否定するファウを見てミカエルは見て小さく笑う。アリシアは再び挑発に乗ってしまうファウを見て少し呆れたような表情を浮かべた。
平原の中でアリシアとファウは光の剣を構えながら自分たちを見つめるミカエルと睨み合う。目の前にいる天使族モンスターはこれまで戦ってきた天使族モンスターとは強さが違うため、二人は警戒心を最大まで強くして得物を構えた。ミカエルもアリシアとファウが人間だからと言って油断せず、警戒しながら二人の出方を窺っている。
最初はレベル100のアリシアだけを警戒して戦えばいいと思っていたミカエルだったが、ファウまでもがレベル90となっているとなると最初から全力で戦った方がいいと考えた。ミカエルは両手の光の剣を強く握りながら四枚の翼を広げ、勢いよく地面を蹴って二人に急接近する。
いきなり距離を詰めてきたミカエルにアリシアとファウ一瞬目を見開いて驚くが素早く横に跳んでミカエルの正面から移動し、左右からミカエルを挟む。アリシアはミカエルの左側に回り込んでフレイヤを振り下ろし、ファウは右側からサクリファイスを振り上げてほぼ同時にミカエルに斬りかかった。
ミカエルは左右からの同時攻撃に驚くことなく、冷静に両手の剣でアリシアとファウの攻撃を防いだ。二人は自分たちの攻撃を難なく防いだミカエルを見て目を僅かに鋭くする。
「回避速度に攻撃速度、どちらも並の戦士ではあり得ないくらいの速さだ。私を倒すと言うだけはある」
余裕の態度で二人が優れた戦士であることを語るミカエルをアリシアは無言で見つめ、ファウは子馬鹿にされていると感じたのか少し不愉快そうな顔でミカエルを見つめる。
「……だが、この程度では私には遠く及ばない。こちらは本気を出してお前たちと戦おうつもりなのだ、お前たちも本気を出して戦ってもらわないとな」
挑発してくるミカエルを睨みながらアリシアとファウは得物を持つ手に力を入れてミカエルの光の剣を押し切ろうとするが、光の剣はまったく動かない。二人は動かない光の剣を見て、ミカエルは予想以上に力が強いと感じた。
アリシアとファウが剣で押し切ろうとする中、ミカエルは余裕の態度を変えずに二人を見て薄っすらと目を光らせた。
「もう一度言うぞ? 本気を出して戦え。でなければ……すぐに死ぬぞ?」
そう言った瞬間、ミカエルは光の剣を強く振ってフレイヤとサクリファイスを払う。得物を払われた二人は僅かに体勢を崩し、驚きの表情を浮かべた。その隙にミカエルは光の剣で二人に突きを放ち攻撃する。
アリシアは迫ってくる光の剣の切っ先を見ると体勢を崩す中、強引に体を右に反らして突きをギリギリで回避する。ファウも体を左に反らしてかわそうとするが回避が間に合わず、右脇腹を僅かに斬られてしまった。
「うっ!」
脇腹の痛みにファウは僅かに表情を歪めながら声を漏らす。だが、動かずにいるのは危険だと感じ、痛みに耐えながら後ろに跳んでミカエルから離れた。アリシアも同じように後ろに跳んで距離を取る。
「ファウ、大丈夫か?」
「ええ、これぐらいなんてことはありません」
心配するアリシアを見ながらファウは余裕の表情を浮かべる。確かにファウの傷はそれほど酷くはなく、放置しても問題無いくらいの傷だった。
アリシアはファウが重傷を負っていないことをしてひとまず安心する。だが、すぐにフレイヤを構えてミカエルを警戒し、ファウもサクリファイスを構え直してミカエルを睨んだ。
ミカエルは自分を睨むアリシアとファウを見ると小さく笑いながら光の剣を構え直す。挟まれた状態のままにも関わらず、ミカエルは冷静に視線だけを動かしてアリシアとファウの立ち位置を確認する。
(同等の力を持つ私とファウに挟まれているにもかかわらず、距離を取って態勢を立て直そうとしない……挟まれていてもすぐに対処できる手段を持っているのか? それとも私たちが相手なら挟まれても問題無いと思っているのか……)
アリシアは僅かに目を鋭くしてミカエルを見つめる。これまでのミカエルの発言から考えると、ミカエルが自分とファウを弱者と思っているのは明らかだ。しかし、弱く思っていてもミカエルは決して油断はしていないとアリシアは感じていた。
(……いずれにせよ、奴がどんな戦い方をするか分からないのでは下手に突っ込むことはできない。まずは様子を窺いながら態勢を整えた方がいいな」
先に全力で戦うための準備をするべきだと考えたアリシアはミカエルを見つめながらゆっくりと足の位置をずらし、しばらくミカエルを見つめると、素早く後ろに跳んで距離を取った。
「移動速度強化拡散!」
「させるか!」
アリシアが補助魔法を発動させようとした直後、ミカエルは左手に持っている光の剣を後ろへ跳ぶアリシアに向かって投げる。光の剣を投げてくるというミカエルの予想外の行動にアリシアは流石に驚いて目を見開いた。
正面から向かってくる光の剣をアリシアは素早くフレイヤで払う。上手く光の剣を払ったので無傷で済んだが魔法が発動する前に攻撃されたため、魔法の発動はキャンセルされてしまった。
アリシアは足が地面に付くと急いで構え直し、ミカエルを警戒しながら再度補助魔法を発動させようとする。だが、前を向いた瞬間、自分の目の前まで近づいてきたミカエルの姿が視界に入り、アリシアは再び驚愕の表情を浮かべた。そんなアリシアにミカエルは右手に持っている光の剣を振り下ろして攻撃する。
頭上から迫ってくる光の剣を見たアリシアは両手でフレイヤを握りながら横にして振り下ろしを防ぐ。勢いのある振り下ろしだったため、アリシアの腕に強い衝撃が伝わり、アリシアは僅かに表情を歪める。そんな中、ミカエルは開いている左手の中に光を集め、新たに光の剣を作り出す。どうやらミカエルは自由に光の剣を生成することができるようだ。
左手に新しく作られた光の剣を見てアリシアは思わず奥歯を噛みしめる。今は右手の光の剣を防いでいるため、もし左手の光の剣で攻撃されてもフレイヤで防ぐことはできない。アリシアは危機的状況に立たされてしまった。
ミカエルは動けない状態のアリシアを左手の光の剣で攻撃しようとする。だがその時、サクリファイス振り上げるファウが背後からミカエルに飛び掛かり、それに気付いたミカエルは咄嗟に後ろを向く。
「暗黒斬!」
ファウはミカエルのがら空きになっている背中に向かって黒い靄を纏うサクリファイスを振り下ろす。ミカエルは振り返りながら左手の光の剣を横に振ってサクリファイスにぶつける。二つの剣がぶつかり、高い音と衝撃が周囲に広がった。
渾身の一撃を防いだミカエルを見てファウは奥歯を強く噛みしめる。ミカエルは攻撃に失敗したファイを見ながら小さく鼻で笑った。その間にアリシアは後ろに跳んでミカエルから離れ、もう一度補助魔法を発動させる。
「移動速度強化拡散! 物理防御力強化拡散! 魔法防御力強化拡散!」
後ろに跳びながらアリシアは三つの補助魔法を発動させ、自身とファウの移動速度、物理防御力、魔法防御力を強化する。ファウは自身に補助魔法が掛けられたことを知って小さく笑い、逆にミカエルは補助魔法を発動を許してしまい舌打ちをした。
ミカエルはサクリファイスを払うと四枚の翼を広げ、一旦アリシアとファウから距離を取る。離れたミカエルを見てファウもアリシアと合流するために彼女の下に駆け寄った。
合流したアリシアとファウは目を鋭くしてミカエルを見つめ、ミカエルは二人を見ながら目を薄っすらと光らせる。
「普通の攻撃だけで片付けようと思っていたのだが、予想していたよりもできるみたいだな」
「私たちはお前が思っているほど弱者ではない」
「フッ、確かに……では、こちらも少々戦い方を変えるとしよう」
ミカエルはそう言って両手に持っている光の剣を消して両腕を横に伸ばす。突然武器を消したミカエルの行動にアリシアとファウは一瞬驚きを見せるが、何か仕掛けてくるとすぐに気付いて警戒を強くした。
アリシアとファウがミカエルを警戒しているとミカエルの頭上に水色の光りが集まり、六つの光の大剣へと姿を変える。突如現れた大剣にアリシアとファウは驚きの反応を見せた。
「天剣剛襲!」
ミカエルが横に伸ばしている両腕をアリシアとファウに向けると、頭上の六つの光の大剣は一斉に二人に向かって放たれ、アリシアとファウは目を見開く。
<天剣剛襲>はミカエルの種族、熾天剣聖が使える固有技の一つで頭上に作り出した六つの光の大剣を敵に向かって放つ技だ。攻撃力は高く、大剣が六つ作られることから最大で六体の敵に同時攻撃ができる。一体の敵に全ての大剣を放つこともでき、その場合はよりも大きなダメージを与えることも可能だ。更に大剣による攻撃は光属性であるため、アンデッドなどの光属性に弱い敵には効果は絶大である。
勢いよく放たれる光の大剣に驚いていたアリシアとファウは素早く左右に跳んで光の大剣の正面から移動する。その直後、六つの大剣はアリシアとファウが立っていた場所に刺さり、轟音を上げながら地面を吹き飛ばす。同時に光の大剣は役目を終えたのか静かに消滅した。
「なっ! 地面を吹き飛ばした!?」
自分たちが立っていた場所が吹き飛び、大きな穴が開いているのを見てアリシアは驚愕し、ファウも驚きのあまり言葉を失う。二人はミカエルの放った光の大剣にはとてつもない破壊力があると知って恐ろしさを感じた。
アリシアとファウが光の大剣によって作られた穴を見ていると二人の背後から何かの気配がし、それを感じ取ったアリシアとファウは同時に気配がした方を向く。二人の前には先程の光の大剣と違って剣身が細長く、片刃になっている光の剣、例えるなら刀が一本ずつ浮いていた。
見たことのない形状の剣にアリシアとファウは思わず瞬きをする。だが、光で出来ている点からすぐにミカエルが作り出した物だと気付き、素早くフレイヤとサクリファイスを構えた。その直後、二本の光の刀はひとりでに動きだしてアリシアとファウに襲い掛かる。
空中で動く光の刀はまるで見えない敵が振り回しているかのような動きでアリシアとファウを攻撃し、二人は自分の得物でその攻撃を防いでいく。攻撃はそれほど重くはないが動きが速く、少し気を抜けば斬られてしまいそうなものだった。
「な、何て速さなの! これじゃあ受けるだけで精一杯だわ」
ファウは僅かに表情を歪めながら光の刀の攻撃を防いでいく。重く無い攻撃だが、連続で何度も攻撃されれば、いつかは疲れが出て隙ができてしまう。そう考えるファウは僅かに焦りを感じ始めた。
アリシアもファウと同じように光の刀の連撃をフレイヤで防いでいる。アリシアはファウよりもレベルが高いせいか、表情にはまだ余裕が見られる。しかし、だからと言っていつまでも防御し続けるわけにもいかず、アリシアは防御しながら光の刀の動きを観察し、連撃を止めるチャンスを待った。
もの凄い速さで動く光の刀の攻撃を防ぎながらアリシアは反撃の隙を窺う。すると、アリシアを襲っていた光の刀の連撃が一瞬止まり、それに気付いたアリシアは目を見開いて素早くフレイヤを振り、浮いている光の刀を叩き落す。光の刀は地面に叩きつけられ、そのまま光の粒子となって消滅した。
自分を襲っていた光の刀が消滅するとアリシアはファウの方を向き、光の刀に押されているファウを確認する。アリシアはファウの方に向かって勢いよく跳び、ファウを襲っている光の刀もフレイヤで叩き落して消滅させた。
「ファウ、大丈夫か?」
「ハ、ハイ。すみません、助かりました……」
「気にするな。それより、あの細長い光の剣は少々面倒だ。もしまた襲い掛かって来たら近づかれる前に消した方がいいだろう」
「同感です、あれが厄介なのは今の攻撃でよく分かりました」
光の刀の猛攻が恐ろしいことを身をもって感じたファウは面倒そうな顔をしながら同意する。アリシアも先程は何とか消滅させられたが、もう二度とあの攻撃は受けたくないと心の中で思っていた。
「まさか今の攻撃に耐えるとはな」
何処からかミカエルの声が聞こえ、アリシアとファウは周囲を見回す。すると、二人から少し離れた位置の上空、3mほどの高さからアリシアとファウを見下ろすミカエルの姿が視界に入った。
ミカエルの姿を見つけたアリシアとファウは鋭い目でミカエルを見上げる。自分たちが必死に猛攻に耐えている間、高みの見物をしていたミカエルに二人は僅かに気分を悪くした。
「天剣剛襲を回避した直後の攻撃だったので対処し切れないと思っていたのだが、思った以上にやるな?」
「やはり、さっきの光の剣はお前の仕業だったのだな」
「勿論だ。と言うよりも、この状況でそれ以外の答えは考えられないだろう」
小馬鹿にするような口調で語るミカエルにカチンときたアリシアはフレイヤを握る手に力を入れる。ファウも高い所から挑発してくるミカエルを悔しそうに睨んでいた。
「さて、今の攻撃でお前たちが連撃を苦手としていることが分かった。ならもう一度同じ手で攻撃させてもらおう……聖刀の舞」
ミカエルはそう言うと右手を地上の二人に向かって伸ばし、右手の前に光を集めて形を変え始める。やがて光は先程アリシアとファウを苦しめた光の刀に姿を変えた。
「ゲッ、また!」
「クッ!」
再び現れた二本の光の刀を見てファウは目を見開き、アリシアも二度と見たくなかった物が出現したことで奥歯を強く噛みしめる。
<聖刀の舞>は光の刀を作り出して敵を攻撃させる熾天剣聖の固有技。最大二本まで光の刀を作り出し、遠くにいる敵に放ったり連続で斬りつけたりすることができる。攻撃速度と切れ味が高いため、体の硬い敵にもダメージを与えることができるが一撃一撃の攻撃力は低い。この攻撃も光属性となっているため光属性に弱い敵には効果がある。
宙に浮く二本の光の刀を見上げながらアリシアとファウは構え直す。ミカエルは戦闘態勢に入った二人を見ると右手をゆっくりと掲げた。
「次は防げ切れないよう、前よりも速く攻撃させるとしよう」
そう言ってミカエルは右手をアリシアとファウに向かって降り下ろし、浮いていた光の刀は二人に向かって勢いよく飛んで行く。迫ってくる二本の光に刀を見てアリシアとフレイヤを横に構え、ファウもサクリファイスを上段構えに持つ。
「白光千針波!」
「魔空弾!」
飛んでくる光の刀を迎撃するため、アリシアとファウは神聖剣技と暗黒剣技を同時に発動させる。アリシアはフレイヤを横に振って剣身から無数の光の針を、ファウはサクリファイスを振り下ろして黒い光球を放つ。
光の針と光球は真っすぐ光の刀に向かって飛んで行き、正面から光の刀とぶつかる。光球とぶつかった光の刀は真っ逆さまに落ちて行き、地面に刺さると消滅した。光の針も光の刀に何本も当たって光の刀をボロボロにし、空中で消滅させる。
光の刀が近づく前に消滅させることに成功したファウはよし、と言いたそうに笑みを浮かべ、アリシアも確認すると無言でミカエルに視線を向けた。空中ではミカエルが光の刀を消滅させらた光景を見て意外そうな反応を見せている。
「ほぉ? 刀を落としたか。伊達にレベル100と90にまでレベルアップした訳ではないということか……いや、聖刀の舞によって作られる刀は脆いからな。今の奴らなら防げて当然か」
自分の技を防がれたにもかかわらず、ミカエルは驚くことなく冷静にアリシアとファウの力を分析する。ミカエルにとっては技を防がれること大した問題ではないようだった。
「私の技を防ぐ力を持っているのなら、次は魔法も使って攻めるとしよう」
戦いを有利にするため、ミカエルは更に戦法を変えて戦うことにし、右手をアリシアとファウに向ける。その直後、ミカエルの右手の中に白い魔法陣が展開され、それを見たアリシアとファウはミカエルが魔法で攻撃してくると気付き迎撃態勢に入った。
「流星の光弾!」
ミカエルが叫ぶと魔法陣が白く光り、ミカエルの周りに無数の小さな白い光球が出現する。そして、全ての光球がアリシアとファウに向かって勢いよく放たれた。
<流星の光弾>は光属性の上級魔法で敵に向かって無数の光球を放つLMFの攻撃魔法だ。攻撃力はそこそこあり、無数の光球を一度に放つため複数の敵を相手にするのに非常に役に立つ。更に弱いが追尾能力もあるため、移動している敵を追撃することも可能だ。
光球は真っすぐアリシアとファウに向かって飛んで行き、迫ってくる無数の光球を見てアリシアはフレイヤを強く握りながら足の位置を少しずらし、ファウも僅かに表情を歪ませながらサクリファイスを構え直した。
二人が構えた直後、最初の光球がアリシアに襲い掛かり、アリシアはそれをフレイヤで叩き落し、その後に飛んでくる光球を体を反らしたり、移動したりしてかわしていく。ファウもサクリファイスを振り回して迫ってくる光球を落としていき、余裕ができれば態勢を整えるためにその場を移動する。
光球は移動するアリシアとファウは追撃し、二人は追ってくる光球を移動しながら得物で叩き落す。しかし、光球の移動速度は速く、様々な方角から襲ってくるため、二人は徐々に焦りを見せ始めるようになってきた。
「クソォ、数が多すぎるわ。こんなの避けきれないわよ!」
ファウは叫びながら回避行動を執り、自分に迫ってくる光球をかわしていく。だが、いくらかわしても光球の数はなかなか減らず、ファウは微量の汗を流しながら視線を動かして周囲を見回す。そんな中、一つの光球がファウの左足に命中してしまった。
「ううっ!?」
左足から伝わる痛みにファウは声を漏らしながら体勢を崩す、そこへ他の光球が続くように襲い掛かりファウの体中に次々と命中する。中にはファウに当たらず、ファウの足元に命中して砂煙を上げる光球もあった。
「うわああああぁっ!」
「ファウ!」
体中から伝わる痛みにファウは声を上げ、アリシアは光球を全身に受けるファウを見て思わず叫ぶ。黒騎士となったファウは光属性の耐久力が低下しているため、光属性の光球は想像以上にファウを苦しめていた。
アリシアはファウを助けるために彼女に駆け寄ろうとするが、近くの光球がアリシアの周りを飛び回って邪魔をする。そして、数発はアリシアの腕や足に命中してダメージを与えた。
痛みを感じてアリシアは表情を歪める。幸いアリシアは聖騎士で光属性の耐久力が高かったため、ファウと比べてダメージは小さかった。しかし、それでもダメージを受けたことには変わりなく、アリシアは動き止めて僅かに態勢を崩す。
アリシアが動けなくなっている間も無数の光球は彼女の周りを飛び回り、アリシアの足元などに命中して砂煙を上げる。アリシアの周りで上がった砂煙はあっという間に彼女を包み込んだ。
「しまった! 砂煙で視界が……」
砂煙で周りが見えなくなったアリシアは表情を鋭くしながら警戒する。同時にファウの居場所を探るために意識を集中させた。
アリシアは一歩もその場を動かず、砂煙が薄くなるのを待ちながら警戒し続ける。すると、背後の砂煙の中から右手に光の剣を持ったミカエルが勢いよく飛び出してきた。
気配を感じ取ったアリシアは振り返りながらフレイヤを横に振って背後を攻撃し、ミカエルも光の剣を振ってアリシアを攻撃する。フレイヤと光の剣がぶつかったことで高い金属音が響き、同時に火花が周囲に飛び散った。
「やるな、気付かれないよう気配を消して近づいたのだが……」
「砂煙で相手の視界を潰したら背後から攻撃を仕掛ける、大抵の敵がそう動くからな。背後を特に警戒していたんだ」
「フッ、流石と言っておこう。だが、まだ甘いな」
「何っ?」
アリシアがミカエルを睨むと左右の砂煙から光の刀が一本ずつ飛び出し、切っ先をアリシアに向けながら突っ込んでくる。光の刀に気付いたアリシアは目を見開き、素早くミカエルの光の剣を払って後ろに跳んだ。二本の光の刀はアリシアに刺さることなくお互いにぶつかって地面に落ちた。
光の刀をかわされたのを見たミカエルは左手の人差し指を軽く動かす。すると、落ちていた光の刀が宙に浮かび、再びアリシアに向かって飛んで行く。
「白光千針波!」
向かってくる光の刀を見たアリシアは鬱陶しそうな顔をしながらフレイヤを横に振り、剣身から無数の光の針を飛ばす。光の針が二本の光の刀に命中すると剣身や柄の部分はボロボロになり、光の刀は空中で消滅した。
光の刀に追撃を阻止したアリシアはフレイヤを構え直してミカエルの方を向く。だが、ミカエルは既に次の攻撃を行う態勢に入っていた。
「神聖突撃槍!」
ミカエルは左手の中に白い魔法陣を展開させ、そこから光の槍をアリシアに向けて放つ。光の槍は勢いよくアリシアに向かって飛んで行き、アリシアの左脇腹をかすめた。
脇腹の痛みにアリシアは表情を歪めるがすぐに表情を険しくしてミカエルを睨み、フレイヤを上段構えに持ちフレイヤの剣身を白く光らせる。
「天空快刃波!」
アリシアはフレイヤを振り下ろし、剣身から三つの白い斬撃をミカエルに向かって放つ。三つの斬撃はそれぞれミカエルの正面、右前、左前から飛んで行き、ミカエルは三つの斬撃を見ると新たに光の剣を作って左手に持ち、二本の剣で斬撃を全て叩き落した。
斬撃を全て防がれたのを見て、アリシアは悔しそうな表情を浮かべる。ミカエルはそんなアリシアを見て鼻で笑いながら構え直す。その時、ミカエルの左側の砂煙から傷だらけのファウがサクリファイスを振り上げながら飛び出してきた。
「何っ!?」
突然のファウの出現にミカエルは初めて驚きの反応を見せ、アリシアも目を軽く見開いて驚く。二人が驚いている中、ファウはミカエルを睨みながらサクリファイスの剣身の黒い靄を纏わせる。
「暗黒斬!」
ファウは暗黒剣技を発度させ、ミカエルに向かってサクリファイスを降り下ろす。アリシアだけに意識を向けている時に砂煙の中から突然奇襲を受けたため、ミカエルはファウの攻撃をかわせずにまともに受けた。
「グウゥッ!」
サクリファイスはミカエルの胴体を切り裂き、ミカエルは苦痛の声を漏らす。闇属性攻撃を行う暗黒剣技は天使族モンスターであるミカエルには効果があるため、ミカエルは見た目以上に大きなダメージを受けたようだ。
手応えを感じたファウはミカエルを見ながらニッと笑みを浮かべる。ミカエルはファウを見ながら左手の光の剣を下から振り上げて反撃するが、ファウは素早くサクリファイスでミカエルの攻撃を防ぎ、後ろに跳んでミカエルから距離を取った。
ファウが離れるとミカエルはファウを追撃しようと彼女の方を向く。すると今度はアリシアがミカエルに急接近し、フレイヤで袈裟切りを放ち攻撃した。
ミカエルはアリシアの方を向くと目を光らせ、右手の光の剣で袈裟切りを防ぎ、素早く左手の光の剣で横切りを放って反撃する。アリシアはフレイヤを器用に操って横切りを防ぎ、ファウがいる方角へ飛んでミカエルから離れた。そして、足が地面に付くとフレイヤを逆さまにして地面に強く突き刺す。
「破邪天柱撃!」
アリシアが神聖剣技を発動させるとミカエルの足元に魔法陣が展開され、そこから空に向かって光の柱が伸びてミカエルを呑み込んだ。
光の柱に呑まれたミカエルはダメージを受けて声を漏らす。しかし、破邪天柱撃は攻撃力が低いため、殆どミカエルにダメージを与えられていなかった。しばらくすると光の柱が消え、ミカエルは少し体勢を変えながらアリシアの方を向く。アリシアは既にファウと合流し、フレイヤを構えながらミカエルを見つめていた。
「大治癒!」
アリシアはミカエルを警戒しながら右隣に立つファウに回復魔法を掛けて傷を癒す。ファウは体中に傷を負っていたがアリシアの回復魔法のおかげであっという間に傷は消えてなくなった。
ファウは自分の体が綺麗になったのを見て目を見開く。さっきまで重傷と言える状態だったのに初めから怪我してなかったかのような状態になったので驚いていた。
「ファウ、大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで……正直、ちょっとキツかったですね。さっきの光球が思った以上に強力で体中ガクガクでした」
「そうか……あまり無茶はしないでくれ?」
「努力します」
アリシアの頼みにファウは苦笑いを浮かべて返事をする。ファウの反応を見たアリシアは本当に大丈夫か、と言いたそうな複雑な表情を浮かべた。