第三百十話 魔の氷を溶かす炎
ヴァレリアの補助魔法でマティーリアは万全の状態となり、ヴァレリアも鋭い表情でスノウを見つめている。ヴァレリアは既に自分に補助魔法をかけているらしく、寒さを感じている様子は見せていない。どうやらマティーリアに補助魔法を掛けるのが遅れた理由はこれのようだ。
マティーリアとヴァレリアに見られる中、スノウは杖を強く握ながら二人の位置と距離を確認する。補助魔法でステータスを強化した上に粉雪の影響も受けなくなった二人を相手に油断して戦うのは危険だと感じ、スノウは二人へ警戒心を強くした。
「……どうやら、私はアンタたちを過小評価していたみたい。ここからは私も本気で行かせてもらうわ」
「ハッ、今まで本気ではなかったのか? 妾たちには十分本気で戦っていたように見えたぞ? 上級モンスターともあろう女が見っともない言い訳じゃな」
「何とでも言いなさい。そっちこそ相手を見下していると、痛み目に遭うわよ」
最後に力の入った声を出しながらスノウは杖を勢いよく横に振る。すると、スノウの頭上に冷気が集まって二つの冷気の塊が作られ、形を変えながら徐々に大きくなっていく。
しばらくすると、スノウの真上に氷の結晶の形をした大きな氷が二つ現れ、それを見たマティーリアとヴァレリアは軽く目を見開いた。
「これに耐えられるかしら? 氷刃の演舞」
スノウが呟いた瞬間、頭上の氷の結晶は高速で回転し始め、マティーリアとヴァレリアに向かって一つずつ飛んで行く。マティーリアは迫ってくる氷の結晶を左に跳んでかわし、ヴァレリアも浮遊魔法で上昇してかわした。
ところが、かわしたはずの二つの氷の結晶はブーメランのように二人の方へ戻り、かわしたはずの結晶が戻ってきたを見てマティーリアとヴァレリアは目を見開いて驚く。
<氷刃の演舞>は氷海の女王であるスノウの固有技の一つで大きな氷の結晶を作り出し、回転させながら相手に飛ばして攻撃することができる技だ。飛ばされた氷の結晶は敵を自動追尾し、破壊するか一定時間が経過しない限り何度でも襲い掛かる。しかも氷の結晶が飛んでいる間も氷海の女王は攻撃ができるため、LMFプレイヤーたちからは面倒な技の一つと言われていた。
マティーリアとヴァレリアは再び氷の結晶を回避するが、また氷の結晶は二人の方に飛んでくる。何度かわしても戻ってくる氷の結晶に流石のマティーリアとヴァレリアの顔からも余裕が消え始めた。
「クソッ、何度も何度も追いかけて来よって、しつこい奴じゃな!」
氷の結晶を鬱陶しく思いながらマティーリアは回避を続ける。スノウが作り出した結晶であるため、直撃すれば間違い無く大ダメージを受けるとマティーリアは考えており、絶対に避け切ると心の中で思っていた。
マティーリアが氷の結晶をかわして体勢を立て直そうとしていると、また氷の結晶がマティーリアに迫ってきた。マティーリアはもう逃げ回るのは嫌なのか、氷の結晶を睨みながらジャバウォックを構える。そして、氷の結晶が目の前に来た瞬間、ジャバウォックを振って氷の結晶を止めた。
ジャバウォックと回転する氷の結晶がぶつかり、周囲に高い金属音が響く。結晶の力は予想よりも強く、マティーリアは奥歯を噛みしめながら下半身に力を入れ、吹き飛ばされないように踏ん張っている。
「コイツゥ……たかが氷の分際で妾を押すとは、生意気な!」
「結晶だけに意識を向けるのは致命的だと思うけど?」
背後からスノウの声が聞こえ、マティーリアは目を見開く。マティーリアが氷の結晶を止めながら後ろを向くと、そこには杖を自分に向けているスノウの姿があった。結晶ばかりに気を取られていたため、スノウに隙を見せてしまったのだ。
「凍結突撃槍!」
スノウは魔法を発動させて氷の槍をマティーリアに向けて放つ。マティーリアは氷の槍をかわそうとしたが氷の結晶を止めているため、回避行動を取ることができない。だが、それでも直撃だけは避けようと僅かに体を左へ反らした。結果、氷の槍はマティーリアの右脇腹を掠り、マティーリアに傷を付ける。
「グウゥッ!」
脇腹の痛みにマティーリアは声を漏らす。直撃は避けられたので良しとマティーリアは思っていたが、そんな彼女に更なる不幸が降りかかる。氷の槍を受けた時の痛みで全身の力が僅かに抜けてしまい、氷の結晶を止めることができなくなり、回転する結晶に左肩を大きく切り裂かれてしまった。
「グアアアァッ!」
氷の槍だけでなく氷の結晶の攻撃まで受けてしまったマティーリアは声を上げながら吹き飛ばされてしまう。背中から地面に叩きつけられたマティーリアは苦痛の表情を浮かべ、肩と脇腹の傷口からは出血している。
マティーリアが倒れるのを見たスノウはマティーリアに傷を負わせたことが嬉しいのか不敵な笑みを浮かべていた。その笑顔からは相手が傷ついても何も感じないような冷たさが感じられる。
スノウはマティーリアが見ながらしばらく笑うと、今度は遠くにいるヴァレリアの方を向いた。ヴァレリアは未だに空中を飛び回り氷の結晶を避け続けていた。
浮遊魔法で空を飛ぶヴァレリアは縦横無尽に飛び回って氷の結晶を回避している。しかし、結晶も同じように飛び回り、上下左右前後から襲い掛かってくるため、ヴァレリアの顔からは余裕が消えていた。
「まったく、いつまでも襲ってくるつもりだ。いい加減に消滅しろ!」
飛び回る氷の結晶を睨みながらヴァレリアは右手を飛んでいる結晶に向け、手の中から火球を何発も飛ばして撃ち落とそうとする。だが、結晶は思った以上に速く飛び回っているため、なかなか火球を当てることができなかった。
「チッ! 火炎弾では無理か……なら、これでどうだ!」
ヴァレリアは表情を鋭くしながら周囲を飛び回っている氷の結晶に右手を向け、手の中に少し大きめの火球を作り出した。
「追尾する爆炎!」
飛び回っている氷の結晶に向けて火球を放つと火球は軌道を変えて氷の結晶を追尾し始める。火球は結晶よりも速度が速く、すぐに追いついて結晶に命中した。そして、命中と同時に爆発して結晶を粉々にする。
「よし、これで鬱陶しい氷は消えた。あとはマティーリアの援護を……」
ヴァレリアはまだ氷の結晶の相手をしているであろうマティーリアの援護に向かおうとした。だが、マティーリアがいる方角を向いた瞬間、ヴァレリアの視界に仰向けで倒れているマティーリアの姿が入り、ヴァレリアは目を見開いて驚く。
倒れているマティーリアは左肩と脇腹に傷を負っており、それを見たヴァレリアは氷の結晶に傷つけられたのだと気付き、マティーリアをカバーするために彼女の下へ向かおうとする。だがそこへもう一つの氷の結晶、マティーリアを襲っていた物が正面から飛んで来て今度はヴァレリアに襲い掛かろうとしていた。
氷の結晶に気付いたヴァレリアは飛んでくる結晶に左手を向けて火球を放つ。火球は結晶に命中すると爆発して粉々に破壊する。今度の結晶は正面から真っすぐ飛んで来ていたので楽に火球を当てることができた。
「これで全ての氷を破壊した。急いでマティーリアに手当てを……」
「させると思ってるの?」
突如聞こえてきたスノウの言葉にヴァレリアは驚いて後ろを向く。そこには自分と同じように宙に浮いているスノウの姿があり、目が合った瞬間にヴァレリアは驚愕した。
「お、お前、空も飛べるのか……」
「当たり前でしょう。私が水属性の魔法しか使えないと思った? アンタと同じようにレビテーションを使って飛ぶことも可能よ」
「クッ!」
水と氷の攻撃を得意としていると聞いていたため、他の属性魔法は使ってこないと思っていたヴァレリアは自分の考え方が甘かったと後悔する。ヴァレリアは急いでスノウから離れるために後ろに下がるが、距離を取る前にスノウが攻撃を仕掛けてきた。
「凍結突撃槍!」
スノウは杖の先をヴァレリアに向け、氷の槍をヴァレリアに向けて放つ。ヴァレリアの回避行動を取ろうとするが間に合わず、左脇腹を貫かれてしまった。
「うああぁっ!」
強烈な痛みにヴァレリアは声を上げる。同時に激痛によって空を飛ぶことに対する集中力が途切れ、ヴァレリアは地上に向かって真っ逆さまに落下し、地面に叩きつけられた。
スノウは空中から落下したヴァレリアと仰向けに倒れているマティーリアを見て再び不敵な笑みを浮かべる。
「フフフ、いくらダークのマジックアイテムで強化しても所詮は人間と亜人、LMFでも上位の力を持つ私には敵わなかったみたいね」
倒れるマティーリアとヴァレリアを見下ろしながらスノウはゆっくりと降下する。足が地面に付くとスノウは倒れたまま苦痛の表情を浮かべている二人を見て鼻で笑った。
「どうしたの? 戦いは始まったばかりよ。立ち上がって向かってきたら?」
スノウは笑いながらマティーリアとヴァレリアを挑発し、マティーリアが顔を上げると鋭い目でスノウを睨む。ヴァレリアも奥歯を噛みしめながら悔しそうな顔をしていた。
二人はファフニールの闘血とニーベルングの指輪でレベル90となり、ステータスも大きく強化されている。今の二人であれば並の敵の攻撃を受けても傷つくことは無いだろう。
しかし、その相手が同じレベル90代のモンスターであれば話は別だ。自分たちと同等のレベル、それも上級モンスターの攻撃を受ければ無傷とはいかない。しかも受けるダメージも大きく、攻撃を受けた直後は上手く動くことはできないだろう。
「もしかして、もう戦えなくなったの? あれだけ偉そうなこと言っておいてもう戦闘不能になるなんてねぇ……」
「……そんな訳ないじゃろう」
見下すような笑みを浮かべるスノウにマティーリアは低めの声を出して言い返す。スノウがマティーリアの方を向くと、マティーリアは鋭い目でスノウを見つめながらゆっくりと起き上がる。肩と脇腹の傷が痛むせいかマティーリアの動きは少し鈍かった。
マティーリアが起き上がると離れた所で倒れているヴァレリアも起き上がり、左脇腹の傷を左手で押さえて止血しながらスノウを睨んでいる。スノウは立ち上がる二人を見ながら小さく笑った。
「妾たちは若殿のマジックアイテムのおかげでお主らと互角に戦えるようになった。一二発攻撃を受けたくらいで倒れては若殿に合わせる顔が無い」
「あらそう? だったら、死んだダークのためにも私を倒して見せなさい」
「勝手に若殿を殺すな!」
ジャバウォックを構え、竜翼を広げたマティーリアは勢いよくスノウに向かって飛んで行き、ヴァレリアもその場を動かずに両手をスノウに向けて魔法を放つ体勢に入る。
マティーリアはもの凄い速さでスノウに近づき、ジャバウォックを斜めに振って攻撃する。スノウはマティーリアの真正面からの攻撃を後ろに跳んでかわし、素早く杖の先をマティーリアに向けた。
「水撃の矢!」
スノウは後ろに移動しながら水の矢をマティーリアに放ち攻撃した。マティーリアは迫ってくる水の矢をジャバウォックで素早く叩き落とすと再びスノウに向かって跳び、スノウに近づこうとする。だが、スノウはそれを許すつもりは無かった。
「しつこい子は嫌いよ。氷の壁!」
杖を横に振りながら魔法を発動させたスノウは自分とマティーリアの前に氷の壁を作り、マティーリアの進路を塞ぐのと同時に自身の身を氷の壁の陰に隠した。
出現した氷の壁を見てマティーリアは鬱陶しそうな顔をしながら氷の前で急停止し、氷の壁に向かって炎を吐く。炎は氷の壁に命中すると見る見る氷の壁を溶かしていき、一瞬にして氷の壁の向こう側が見えるようになる。しかし、氷の壁の反対側には隠れているはずのスノウの姿は無く、マティーリアは軽く目を見開いて驚いた。
「いない? あ奴、何処へ行きおった」
マティーリアはジャバウォックを構えながら周囲を見回すが、何処にもスノウの姿は無く、マティーリアは奥歯を噛みしめながらジャバウォックの柄を強く握った。
「マティーリア、上だっ!」
遠くからヴァレリアの声が聞こえ、声を聞いたマティーリアは咄嗟に上を向く。そして、自分の真上、約5mの高さから自分を見下ろしているスノウの姿があった。
「気付くのが遅いわよ。嘆きの氷塊!」
スノウは空中で杖を持たない方の手をマティーリアに向けて叫ぶ。すると、スノウの真下にもの凄い速さで冷気が集まり、大きな氷塊に姿を変えた。
<嘆きの氷塊>は氷刃の演舞と同じ氷塊の女王の固有技で空中に出現させた氷塊を敵の頭上から落としたり、敵に向かって飛ばして攻撃する技である。単純に氷塊をぶつけるだけの技だが、攻撃力が高く、命中すればレベルの低い敵は一撃で倒すことが可能だ。
スノウが作り出した氷塊を見上げてマティーリアや離れた所にいるヴァレリアは目を見開く。そんな中、氷塊はマティーリアに向かって落下し始め、それを見たマティーリアは咄嗟に右へ跳んで氷塊をかわす。氷塊は地面に落ちると轟音を立て、同時に落下したことで大地が揺れ、地上にいたヴァレリアはその揺れに耐えられずに座り込んでしまう。
ギリギリで氷塊をかわしたマティーリアは悔しそうな顔をしながら空中のスノウを見上げた。すると今度はスノウがいる方角から無数の雹が飛んで来てマティーリアに迫ってくる。マティーリアは一瞬驚くがジャバウォックを素早く振り回して雹を叩き落していく。
「ほらほら、頑張りなさい。気を抜くと雹が体にめり込むわよ?」
空中のスノウは笑いながら杖をマティーリアに向け、杖の先の魔法陣を展開させてそこから無数の雹を放っている。必死に雹を叩き落とすマティーリアの姿がスノウにはとても愉快に見えるらしい。
スノウがマティーリアを見ながら笑っていると背後から浮遊魔法で飛んだヴァレリアが現れ、ヴァレリアに気付いたスノウは後ろを向いた。
「私を忘れるな! 緋色の炎弾! 深紅の新星!」
ヴァレリアは自分の上下左右と左手の中に赤い魔法陣を展開させ、上下左右の魔法陣から深紅の火球を四つ、左手の魔法陣から大きめの火球を放つ。背後から迫ってくる五つの火球を見たスノウは鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「そんな魔法、通用しないわよ。氷海の断壁!」
スノウはマティーリアへの攻撃を中断すると、ヴァレリアの方に振り返りながら杖を横に振る。すると、地上から巨大な氷の壁が突き出るように現れ、ヴァレリアが放った五つの火球は氷の壁によって防がれてしまう。
<氷海の断壁>は地面から巨大な氷の壁を作り出す氷海の女王の技。作り出された氷の壁は硬度が高く、弱点である火属性の攻撃を受けても簡単には破壊されない。この技は防御だけでなく、その大きさから相手の進路を防いだり、自分の姿を敵の視界から外させたりすることもできる。
氷の壁に当たった火球は全て爆発したが、火球が当たった箇所が僅かに溶けただけで氷の壁は壊れなかった。ヴァレリアは火属性の上級魔法を防いだ巨大な氷の壁を見て目を大きく見開く。すると、氷の壁の左右から二つの氷の結晶が回転しながら現れ、左右からヴァレリアに迫ってきた。
「アイツ、またあの技を使ったか!」
ヴァレリアはスノウが再び氷刃の演舞を使ったことを知って目を鋭くし、視線だけを動かして迫ってくる氷の結晶の位置を確認する。位置を確認すると、ヴァレリアは迎撃の魔法を発動させるために両手を氷の結晶に向けた。
「火炎弾!」
両手から火球を氷の結晶に向けて放ち、放たれた火球は結晶に命中して爆発する。今回は苦労せずに結晶を破壊できたため、ヴァレリアは安心の表情を浮かべた。そして、スノウにもう一度攻撃を仕掛けようと氷の壁の裏側に回り込もうとする。
ヴァレリアが右側から氷の壁の裏に回り込もうとした時、左側からスノウが飛び出し、それに気付いたヴァレリアは急停止し、素早く右手をスノウに向ける。
「三連火輪!」
魔法が発動し、ヴァレリアの右手の前に三つの火球が現れる。三つの火球は形を変え、炎の輪に変わると一斉にスノウに向かって飛んで行く。スノウは飛んでくる炎の輪に気付くと、冷静に杖を炎の輪に向けた。
「水撃の矢!」
スノウは杖の先から水の矢を連続で三つ放ち、全ての炎の輪に命中させる。水の矢を受けた炎の輪は蒸発し、攻撃を防がれたのを見てヴァレリアは悔しそうに歯を噛みしめた。
「何度やっても無駄よ。アンタのしょぼい魔法は私には当たらないわ。仮に命中したとして魔法防御力の高い私は殆どダメージを受けないわよ」
「それなら、魔法以外はどうかのぉ?」
背後からマティーリアの声が聞こえ、スノウはフッと後ろを向く。そこには竜翼を広げながらジャバウォックを振り上げるマティーリアの姿があった。どうやらスノウがヴァレリアの魔法を馬鹿にしている間に距離を詰めたようだ。
マティーリアはジャバウォックを強く握りながら気力を送り、ジャバウォックの剣身を赤く光らせ、戦技を発動させる態勢に入る。それに気付いたスノウは振り返って防御魔法を発動させようとするが、それよりも先にマティーリアが仕掛けた。
「剣王破砕斬!」
スノウに向かってマティーリアはジャバウォックを勢いよく振り下ろす。スノウは防御魔法が間に合わないと判断し、咄嗟に後ろへ移動してマティーリアの攻撃を回避した。
攻撃をかわされたマティーリアはスノウを睨みながら小さく舌打ちをし、回避に成功したスノウは余裕のニッと笑う。だがその時、スノウの後ろにいたヴァレリアがスノウのすぐ近くにまで距離を詰め、右手で手刀を作って深紅の炎を纏わせた。
「深紅の炎剣!」
スノウの背中に向けてヴァレリアは炎を纏った手刀を放つ。前とは違い、今度はゼロ距離と言っていいほど接近しているため、攻撃を当てる自信があった。
マティーリアの攻撃を回避した直後で反応が遅れ、距離を一気に詰められたスノウは回避行動を執ることができず、真後ろにいるヴァレリアを見てスノウは初めて驚愕の反応を見せる。その直後、炎を纏った手刀はスノウの背中に命中した。
「うあっ!」
背中から伝わる痛みと熱さにスノウは僅かに声を上げる。予想外の攻撃とダメージにスノウは冷静さを失って表情を歪めた。そこへ今度は先程攻撃をかわされたマティーリアがスノウに接近し、再びジャバウォックの剣身を赤く光らせる。
「六連王爪斬!」
再び戦技を発動させたマティーリアはジャバウォックを素早く六回振る。スノウはヴァレリアの魔法を受けて体勢を崩していたため、六回の攻撃を全て命中させることができた。
背中に攻撃を受けた上に真正面から六回斬られ、スノウは体中の痛みに苦痛の表情を浮かべる。上級戦技をまともに受けたことでスノウはとてつもないダメージを受け、体勢を崩して落下していく。しかし、地面に叩きつけられる直前に何とか体勢を整え、上手く着地することができた。
着地には成功したが体中から伝わる痛みにスノウは奥歯を噛みしめる。異世界の住人に傷つけられたことでスノウは体だけでなくプライドも傷ついたのか、空中のマティーリアをヴァレリアを睨む。そんなスノウはマティーリアとヴァレリアは鋭い目で見下ろした。
「やってくれたわね、力も知恵も劣っている異世界の住人のくせに……」
「私とマティーリアがお前より力と知恵が劣っているかどうかは分からないが、お前が私たちの攻撃を受けたのは紛れもな事実だ」
「そもそも、その異世界の住人に傷つけられたお主は何なのじゃ?」
「クウゥッ! 調子に乗るな!」
スノウはそう言うと杖を持っていない方の手をドレスのポケットに手を入れて何かを取り出す。それは金色の装飾が施された青い宝玉だった。
マティーリアとヴァレリアはスノウが取り出した宝玉を見て警戒し、素早く構える。その直後、スノウが持っていた青い宝玉が光り出し、スノウは光る宝玉を持ったまま杖を空中の二人に向けた。
「厳寒の剛撃!」
「何っ!?」
スノウが発動させた魔法の名を聞いてマティーリアは目を大きく見開く。すると、マティーリアとヴァレリアの真下の地面に青い魔法陣が展開され、そこから冷気がもの凄い勢いで空中の二人に向かって放たれる。
真下から迫ってくる冷気に気付いたマティーリアとヴァレリアは素早く左右に分かれて冷気をギリギリで回避する。突然の冷気に二人は冷気を見つめながら驚愕した。
「馬鹿な! 最上級魔法は発動までにしばらく時間が掛かるはず。それなのにこれほど早く発動させるとは……」
「何! アイツ、最上級魔法を一瞬で発動できるのか!?」
マティーリアとヴァレリアは最上級魔法を短時間で発動できたことに驚きを隠せず、空に向かって伸びていく冷気を見つめている。ノワールでも最上級魔法を発動するには僅かに時間を必要としているため、ノワールよりも弱いはずのスノウが素早く最上級魔法をを発動させたことは二人に大きな衝撃を与えた。
ある程度冷気から距離を取ったマティーリアは視線を冷気からスノウに向ける。すると、マティーリアの視界に杖を自分に向けているスノウの姿が入った。
「嘆きの氷塊!」
スノウは固有技を発動させて杖の前に氷塊が作り、それをそのままマティーリアに向かって飛ばす。マティーリアは突然の氷塊に驚いて反応が遅れてしまい、勢いよく氷塊の直撃を受けてしまった。
「がああぁっ!」
真正面からまともに氷塊を受けたマティーリアは突き飛ばされる。氷塊を受けたダメージが大きすぎたのか、飛ぶことができなくなったマティーリアは真っ逆さまに地面に落下した。
「マティーリア!」
離れた所からマティーリアがやられた光景を目にしたヴァレリアは大きく目を見開く。そんなヴァレリアに気付いたスノウは杖をヴァレリアに向け、再び宝玉を青く光らせる。
「細氷の爪!」
スノウがヴァレリアを睨みながら叫んだ瞬間、ヴァレリアの正面に少し大きめで銀色に輝くダイヤモンドのような美しい氷の爪が三つ現れ、素早くヴァレリアの体を切り裂いた。
体を切り裂かれたヴァレリアは苦痛の表情を浮かべながら僅かに吐血し、切り裂かれた箇所からも出血する。そして、マティーリアと同様、空を飛ぶことができなくなったのか、落下して地面に叩きつけられた。
<細氷の爪>はLMFの水属性最上級魔法で敵を氷の爪で攻撃する魔法だ。攻撃対象は一体で爪で攻撃するだけだが、その攻撃力は同じ水属性最上級魔法であるアークティックスマッシュを上回る。しかも水属性だけでなく、斬撃のダメージも与えることができるため、一対一の時は役立つ魔法だ。
落下したヴァレリアは仰向けに倒れながら僅かに痙攣している。普通なら一撃で倒されているのだが、ヴァレリアはレベル90になっており、魔法防御力が高いため、何とか生き延びることができた。
ヴァレリアは何が起きたのかまだ理解できずに空を見上げている。そこへスノウが近づいて来て倒れているヴァレリアを鋭い目で見下ろす。
「最上級魔法の細氷の爪を受けてまだ生きてるなんて、本当にしぶといわね?」
「お、お前……いったい、何をした……? いくら、上級モンスターでも……最上級、魔法を……こんなに、素早く発動……させることなど……」
「できるわよ? これのおかげでね」
そう言ってスノウは左手に持っている青い宝玉を見せ、宝玉を見たヴァレリアは表情を僅かに険しくする。スノウが宝玉を取り出した後から突然強くなったため、宝玉に何か秘密があるのだとヴァレリアは薄々感じ取っていた。
「これは精霊主の蒼玉と言って魔法を発動させるまでの時間をゼロにしてくれるマジックアイテムよ。ジャスティス様が授けてくださったの」
「ジャ、ジャスティスの、マジックアイテム……だったのか……」
LMFプレイヤーであるジャスティスのマジックアイテムだと知ったヴァレリアは驚き、同時に悔しそうな顔をする。
<精霊主の蒼玉>は一日に二回だけ使用できるマジックアイテムで魔法の発動時間を無くし、一瞬で魔法を発動させることができる物だ。下級や中級は勿論、発動まで時間が掛かる最上級魔法も一瞬で発動することができるため、魔法使い系の職業を持つ多くのLMFプレイヤーが欲しがっている。ただし、神格魔法の発動時間を無くすことはできない。
スノウは視線をヴァレリアから精霊主の蒼玉に移し、見惚れるような表情を浮かべる。スノウには主人であるジャスティスから授かったマジックアイテムがとても美しく見えた。
「美しいわ、これほどのマジックアイテムを私なんかに与えてくださったジャスティス様はまさに神に相応しい存在。本当はこれを使うことなくアンタたちを始末したかったのだけど、アンタたちがあまりにも鬱陶しかったから使わせてもらったわ」
「鬱陶しかった? ……フッ、私たちが手強かったからではないのか?」
ヴァレリアが笑いながら挑発すると、スノウは表情を鋭くして仰向けになっているヴァレリアを睨みつけ、杖の先をヴァレリアに向けた。
「この状況でまだそんなことを言う余裕があるのね? 鬱陶しいからさっさと殺してやろうと思ってたけど、気が分かったわ。ゆっくりと時間を掛けて止めを刺してあげる」
「そんなこと……妾が許すと、思うか?」
背後から聞こえてきた声に反応し、スノウはゆっくりと後ろを向くと、そこにはボロボロの姿でジャバウォックを構えるマティーリアが立っていた。額や腕からは血が流れており、足も僅かに震えている。様子からして、かなりのダメージを受けているのが分かった。
「あら、まだ生きていたの? 嘆きの氷塊の直撃を受けたはずだけど……」
「あの程度の氷で……妾を殺したつもりでいたのか。随分自分の力を過信して、おるようじゃな?」
「強がりはやめなさい。今のアンタはもう立ってるだけで精一杯でしょう?」
目を細くしながら見下すような視線を向けるスノウをマティーリアは鋭い目で睨む。確かに今のマティーリアは体中傷だらけでまともに戦える状態ではない。更にヴァレリアも重傷を負い、自力では起き上がることができなかった。
二人の状態を確認したスノウはもうまともに戦えないと確信し、不敵な笑みを浮かべながら杖を空に掲げる。スノウの真上に冷気が集まり、二つの氷の結晶が作られ、それを見たマティーリアとヴァレリアは氷刃の演舞で自分たちに止めを刺そうとしていると知って奥歯を噛みしめた。
「今のアンタたちはまともに動くことはできない、つまり、次の私の攻撃をかわすこともできない。でも、念には念を入れて、かわされても追尾する氷刃の演舞で止めを刺してあげるわ」
「フッ……用心深い、娘だな……」
ヴァレリアは倒れたまま笑みを浮かべ、そんなヴァレリアの言葉にスノウも目を閉じて笑みを浮かべた。次の攻撃で決着がつく、そう考えているスノウはヴァレリアの言葉もただの強がりとしか感じていない。
二つの氷の結晶は高速で回転し始め、いつでもマティーリアとヴァレリアに向かって放てる状態になる。マティーリアとヴァレリアは傷のせいで体勢を変えることができず、ただ氷の結晶を睨んでいた。スノウは目だけを動かして二人の状態を再確認すると、小さく鼻で笑う。
「ここまで私を追い込んだことは褒めてあげるわ。でも、私には勝てず、アンタたちは此処で死ぬ。恨むのなら何もできなかった自分の弱さを恨みなさい」
「まだ……決着は、ついていない……焼夷球!」
ヴァレリアが倒れたまま魔法を発動させ、スノウに向かって火球を放つ。ヴァレリアの攻撃に気付いたスノウは鬱陶しそうな顔でヴァレリアの方を向き、氷の結晶の一つを火球に向かって放つ。
火球は氷の結晶とぶつかると爆発し、結晶を粉々にする。同時に周囲に炎を広げ、スノウは炎の熱で僅かに怯んだ。
「チッ! 往生際の悪い奴ね。大人しくしてればいいいものを……」
しつこく攻撃してくるヴァレリアにスノウは苛立ちを感じる。すると、今度は前から気配を感じてスノウは前を向く。そこには竜翼をはばたかせながら飛んでくるマティーリアの姿があった。マティーリアは自分の足では動くことはできないが、痛みに耐えながら飛べば移動はできるようだ。
ヴァレリアだけでなく、マティーリアも諦めずに挑んでくる姿を見てスノウは心の中で愚かに思う。なぜそこまでして戦おうとするのか、スノウには全く理解できないが、自分に攻撃してくるからには全力で叩きのめしてやるとスノウは思っていた。
スノウは残り一つの氷の結晶を向かってくるマティーリアに向けて放つ。マティーリアは移動しながら痛む体を動かし、ジャバウォックを氷の結晶に向かって勢いよく投擲する。ジャバウォックは氷の結晶とぶつかり、粉々に破壊するとそのままスノウに向かって飛んで行く。
「何っ! 自分の得物を!?」
武器を投げるという予想外の行動にスノウは驚きの反応を見せる。ジャバウォックは驚くスノウに向かって真っすぐ飛んで行き、スノウの上半身に命中しそうになるがスノウは上半身を右へ反らしてギリギリで回避した。
「あっぶなぁ~、無茶苦茶な攻撃してくるわね。でも、これでアイツは武器を無くし、完全に攻撃手段を失――」
「失ってなどおらん!」
マティーリアの声が近くから聞こえ、スノウは咄嗟に前を向くと、マティーリアが自分の目の前まで近づいてきており、スノウは驚愕の表情を浮かべた。
スノウが驚いていると、マティーリアはスノウに向かって勢いよく炎を吐き、スノウの上半身を炎で呑み込んだ。
「うあああああぁ! ゼ、ゼロ距離で炎を……だ、けど……今の私の体力なら、これぐらいの炎にはまだ耐えられ――」
「火炎突撃槍!」
背後からヴァレリアの声が響き、それと同時にヴァレリアの方から炎の槍が放たれ、スノウの体を貫いた。同時にスノウの下半身も炎の包まれる。
<火炎突撃槍>は槍状の炎を敵に向かって放つ上級魔法。属性以外はフリーズランスと同じ効力で、防御魔法の障壁を難なく破壊することができ、火属性に弱い敵に大ダメージを与えることができる。
炎の槍を背後から受けたスノウは痛みと熱さに断末魔を上げる。同時にスノウの体が見る見る溶けていき、その姿はまるで強い日光に照らされて溶けだす雪だるまのようだった。
「そ、そんな……この、私が……氷海の女王である……私が……人間、なんか……に……」
マティーリアの炎とヴァレリアの炎の槍が致命傷を与えたのか、スノウは炎の中で掠れた声を出しながら自分の敗北を悟る。その様子をマティーリアとヴァレリアは黙って見つめていた。
「……ジャス、ティス……様……申しわ……けありま……せ……」
主であるジャスティスに謝罪をしながらスノウは溶けていき、やがてその体は水と化してスノウが立っていた場所には水たまりだけが残った。同時にスノウの魔法によって降らされていた粉雪も止み、雲も消えて青空が姿を見せる。
スノウが消滅すると、低空飛行をしていたマティーリアは力が抜けたのかスノウが溶けてできた水たまりの上に落ち、上半身を起こしていたヴァレリアも倒れた。
「か……勝った……」
「流石に……今回は、キツかったのぉ……」
「ああ、死ぬかと思った……」
普段冷静で自分の強さに自身があったマティーリアとヴァレリアも今回ばかりは苦戦したと感じ、倒れたまま苦笑いを浮かべる。スノウとの戦いでボロボロになった二人はもう立ち上がる力も残っていなかった。
「若殿のマジックアイテムを使ってもこれほど苦戦するとは……本当に恐ろしい敵じゃった……」
「……もし、この後に別のモンスターが現れたら、どうする?」
「おい、この状況でそんな冗談はよさんか……」
「アハハハ、悪い……」
悪い冗談を言ったことに対してヴァレリアは素直に謝罪し、マティーリアも少し呆れたような顔で倒れているヴァレリアを見る。
戦いが終わって緊張が解けたためか、マティーリアとヴァレリアは突然強い疲労感と眠気に襲われる。今の状態で意識を失うのは危険だが、二人にはもう意識を保つ自信が無かった。
「……すまん、ヴァレリア。妾は少し、眠らせてもらうぞ……?」
「……おい、今寝るのは危険だぞ。せめて、町の救援が来るまで……意識を……」
マティーリアに声を掛けようとするヴァレリアだったが、彼女も眠気に敵わず、そのまま意識を失ってしまう。マティーリアもゆっくりと目を閉じ、満足そうな笑みを浮かべた。
それからしばらくして、マティーリアとヴァレリアは様子を見に来たモナとマルゼント兵たちによって回収された。同時に敵の指揮官を倒したことを知り、モナやマルゼント兵たちは戦いに勝利したことを知って歓喜の声を上げる。