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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百九話  マティーリア&ヴァレリアvsスノウ


 ジンカーンの町の北門から少し離れた所ではスノウと彼女が率いるモンスターの部隊が北門の様子を窺っている。先程まで北門を一気に制圧しようと進軍していたスノウたちだったが、マティーリアとヴァレリアがマルゼント軍に加勢したことで次々と天使族モンスターが倒されていき、戦況が大きく変化した。スノウたちは戦況確認をするために一度進軍を停止していたのだ。

 遠くで空を飛びながら権天騎士や能天導士を倒していくマティーリアとヴァレリアの姿をスノウは腕を組みながら見つめている。スノウの周りで控えているモンスターたちも無言で北門の戦いを見ていた。


「……あの女たちは最初の会談の時にダークと一緒にいた……」


 見覚えのある二人の美女の姿を見てスノウは呟く。ジャスティスから警戒するように言われていた敵戦力の内の二人が自分が制圧担当をしている町に現れたことでスノウも少し驚いていた。だが、動揺などは一切せず、落ち着いた様子でマティーリアとヴァレリアの戦いを観察している。


「驚いたわね。ダークがジャスティス様との戦いで敗北し、士気が低下していると思っていたんだけど……」


 鋭い表情を浮かべながらスノウはマティーリアとヴァレリアを見て意外に思う。スノウはダークがジャスティスとの戦いに敗北して海に落下したという報告を受けており、ダークはジャスティスとの戦闘で死んだと思っている。

 ダークが死んだことで彼の仲間もショックを受けて動けなくなり、戦場に姿を見せることは無いと思っていたが、その仲間が戦場に出て来て自分の部下であるモンスターを倒しているのを見てスノウは少し驚いていたのだ。


「連中が戦場に出てきたってことは、士気が高まっているってことになるわ。つまり、ジャスティス様との戦いでダークは生き延びていた? ……いいえ、もしそうなら私たちの耳にもその情報が入るはず。でもそんな情報はは言っていない。つまり、ダークの生存が確認されている可能性は低い、と言うこと」


 スノウは北門を見つめながらダークの生死について分析する。これまでに自分たちが得て情報から考えて、ダークが生きている可能性は低いとスノウは判断した。

 ダークの生存率が低いと考えたスノウは少しだけ安心するが、ダークの仲間たちが自分の前に現れた邪魔をしているのは事実。スノウは北門の上空で天使族モンスターたちを倒していくマティーリアとヴァレリアを睨み付ける。


「ダークが生きているかどうか分からないのになぜ奴らは士気を取り戻し、戦場に出てきたのかしら? 立ち直ったのか、それともダークが死んでも辛さなどを感じていないのか……どちらにせよ、奴らが私の邪魔をしようとしていることに変わりはないわ。マルゼント軍と一緒に始末してやる」


 スノウはマティーリアとヴァレリアを排除対象と判断し、速やかに始末しようと考える。だが、マティーリアとヴァレリアはそれなりの実力を持っていることをスノウは知っており、普通に攻撃しても倒せないと感じていた。


「始末するにしても、低レベルのモンスターをただぶつけても返り討ちに遭うだけ。それなら手元の戦力を一気にぶつけて仕留めるだけよ」


 そう言ってスノウは杖を持っている手を掲げる。すると、スノウの後ろで待機していたストーンタイタンやフリーズイーグルたちが目を光らせた。


「ストーンタイタン、フリーズイーグル、あの小娘たちを蹴散らすのよ。待機している天使たちも全員行きなさい!」


 スノウが力の入った声で命令するとストーンタイタンたちは低い足音を立てながら北門に向かって歩き出し、フリーズイーグルたちと増援として残しておいた権天騎士や能天導士たちもそれに続いて北門へ飛んで行く。スノウは護衛のアイスコマンドだけを残し、小さく笑いながら北門に向かうモンスターたちの後ろ姿を見ていた。

 その頃、北門ではマティーリアたちが襲撃してきた天使族モンスターたちと戦い続けていた。マティーリアとヴァレリアが参戦したことでマルゼント軍は勢いが増し、次々と天使族モンスターを倒していく。その結果、北門を襲撃していた天使族モンスターは殆どが倒されていた。

 マティーリアは北門の上空で二体の権天騎士を相手にしている。権天騎士たちはマティーリアを見つめながら剣を構えており、そんな権天騎士たちをマティーリアは余裕の笑みを浮かべて見ていた。ここまで何体もの権天騎士や能天導士を相手にしていたマティーリアだったが、レベル90となって今の彼女は連戦しても殆ど疲労を感じない。


「どうした? さっきから構えてばかりで攻めて来んではないか。まさか、妾が恐ろしくなったか?」


 笑みを浮かべながらマティーリアは挑発的な言葉を口にする。すると、権天騎士たちはマティーリアの挑発に反応したのか、同時にマティーリアに突っ込で攻撃を仕掛けた。

 権天騎士たちは持っている剣を勢いよく振ってマティーリアを斬り捨てようとする。だが、マティーリアはその攻撃は素早くかわして権天騎士たちの背後に回り込み、ジャバウォックで権天騎士たちを背後から斬った。

 ジャバウォックを受けた権天騎士たちはそのまま光の粒子となって消え、権天騎士たちを倒したマティーリアはジャバウォックを肩に担いで周囲を見回す。マティーリアとヴァレリアのおかげで北門に上空、城壁の近くに敵の姿は無く、モナやマルゼント兵たちは少し緊張が抜けたような顔をしていた。


「粗方片付いたか。これでモナたちも少しは休めるじゃろう」

「いいや、それはまだ早い」


 マティーリアが周囲を見ましていると、魔法で空を飛んでいるヴァレリアが近づいてくる。声を聞いたマティーリアはヴァレリアの方を向いて不思議そうな表情を浮かべた。


「あれを見てみろ」


 ヴァレリアが目を鋭くしながら北を指差し、マティーリアも北を確認すると、北から大勢のストーンタイタンやフリーズイーグル、天使族モンスターたちが北門に向かって進軍してくる姿が目に入る。

 見張り台や城壁の上のモナたちは進軍を再開した敵モンスターたちを見て緊迫した表情を浮かべており、マティーリアは目を僅かに細くしながら近づいてくるモンスターたちを睨んだ。


「……奴ら、進軍を再開しよったか。さっきまでは立ち止まって妾たちの戦いを見ておったのに」

「恐らく私たちを脅威と判断し、全ての戦力を北門にぶつけようと考えたのだろう」

「どうする?」


 マティーリアは表情をそのままにしてヴァレリアに尋ねると、ヴァレリアは迫ってくるモンスターたちを見つめながら黙り込んでどう対処するか考える。しばらくすると、ヴァレリアは少しだけ前に出て右手を近づいてくるモンスターたちに向けた。


「……私に任せろ。魔法で奴らを一掃してみせる」

「ほほぉ?」


 魔法で敵を全滅させるというヴァレリアの言葉にマティーリアは興味のありそうな反応を見せる。

 ヴァレリアはビフレスト王国に来る前はセルメティア王国でもそれなりに有名な魔女であるため、魔法使いとしてはかなりの技術を持っている。しかも今のヴァレリアはファフニールの闘血を使用したことでレベル90。マティーリアは今のヴァレリアなら本当に敵を一掃してくれるだろうと感じていた。

 マティーリアは目を閉じながら笑ってゆっくりと後ろに下がり、それを見たヴァレリアは任せてくれると感じて小さく笑う。ヴァレリアはモンスターたちの方を向くと魔力を右手に集中させ、右手の前に大きめの魔法陣が展開される。強力な魔法を使うためか、ヴァレリアはすぐに魔法は発動せず、宙に浮いたまま右手をモンスターたちに向けていた。

 ヴァレリアが魔法を発動させる準備をしている間もストーンタイタンは大きな足音を立てながら北門に近づいて行き、フリーズイーグルや天使族モンスターたちも空を飛んで北門との距離を縮めていく。モナやマルゼント兵たちは近づいてくるモンスターの大群を見て徐々に焦りを見せ始めた。

 どうすれば目の前のモンスターの大群からジンカーンの町を護れるのか、軍師のモナは必死に考えるがまったくいい作戦が思い浮かばなかった。もうどうすることもできない、モナが諦めかけていたその時、上空のヴァレリアが魔法を発動させる。


炎王の爆撃エクスプロージョン!」


 ヴァレリアが叫ぶと右手の前の魔法陣が消え、その直後に進軍するモンスターたちの頭上に大きな赤い魔法陣が展開される。そして、魔法陣の中心に黄色い光が集まると進軍するモンスターたちのにかって一直線に落下した。

 黄色い光はモンスターたちの中心に落ちると大爆発を起こしてモンスターたちを呑み込む。爆発に呑まれたストーンタイタンやフリーズイーグル、天使族モンスターたちはあっという間に消滅し、同時に北門にいるモナたちやモンスターたちの進軍を眺めていたスノウに強い爆風が届く。

 爆風を受けたモナやマルゼント兵たちは体勢を崩し、爆風で吹き飛ばされないようにする。空中のマティーリアとヴァレリアは爆風をもろともしていないのか、余裕の表情を浮かべて爆発を見ていた。

 一方でスノウは突然の爆発に驚いて目を見開いており、アイスコマンドたちは軽く膝を曲げて踏ん張っている。自分の部下であるモンスターが大爆発に呑み込まれたのを見て流石のスノウも衝撃を受けたようだ。やがて爆風と爆発の光が治まり、爆発が起きた場所にはモンスターの姿は無く、大きなクレーターだけが残っていた。

 突然の爆発に見張り台や城壁の上にいたモナたちは言葉を失い、ただ呆然と爆発が起きた場所を見つめている。中には驚きのあまり声をざわつき出す者もいた。

 空中ではヴァレリアがモンスターを全て倒せたことを喜んでいるのか笑みを浮かべている。そんなヴァレリアの隣にマティーリアがゆっくりと近づいてきた。


「上手くいったのぉ?」

「ああ、これほどとは思わなかった」


 ヴァレリアは自分の手を見ながら嬉しそうな声で語り、隣にいるマティーリアもそんなヴァレリアを見てニッと笑っている。ヴァレリアとそれほど仲がいい訳でもないマティーリアも仲間が成功する姿を見て少しだけ気分が良くなったようだ。


「元々私は最上級魔法のエクスプロージョンを使うことができたのだが、消費する魔力が多すぎるため、一度使用すると体の力が一気に抜けてしまう。だから普段は使わないことにしていたのだが、ダークから貰った魔法薬のおかげでレベル90となり、魔力値も上がったことで使用しても力が抜けることが無くなった。非常に気分がいい」

「それはよかったのぉ? じゃが、その力は一時いっときだけのものじゃ。薬の効力が切れれば魔力も元に戻って以前のように使えなくなってしまう。それを忘れるな?」

「言われなくても分かっているさ」


 マティーリアの方を向きながらヴァレリアは笑って返事をする。気分がいいためか、マティーリアに忠告されてもヴァレリアは気分を悪くすることは無かった。マティーリアもそんなヴァレリアを見てフッと軽く笑う。

 お互いを見合って笑みを浮かべるマティーリアとヴァレリア、だがすぐに二人は前を向いて表情を鋭くし、モンスターたちがいた方角を向く。目を凝らして見ると、遠く薄っすらと複数の人影が見え、その中にジャスティスの配下の上級モンスターであるスノウの姿があるのを確認し、マティーリアとヴァレリアは目元をピクリと動かす。


「おったな。上級モンスター、スノウ……」

「確か水と氷を操り、魔法を得意としたモンスターだったな。モンスターの種族から最前線に出て直接敵を叩くような野蛮な行動は取らないだろう、とノワールは言っていたが、情報どおりのようだ」

「だからこそ、妾とお主があ奴の担当に選ばれたのじゃろう」


 遠くに見えるスノウを睨みながらマティーリアは僅かに低い声を出し、ヴァレリアも納得した様子でスノウを見ている。

 マティーリアとヴァレリアがマルゼント王国に移動する直前、二人はノワールから敵の情報をある程度聞かされていた。勿論、マルゼント王国を襲撃しているジャスティスの軍団の指揮官がスノウということも聞かされている。

 ノワールはスノウが水属性、特に氷系の魔法や攻撃を得意としている点を考え、炎を吐いて攻撃できるマティーリアとスノウと同じ魔法使いであるヴァレリアが適任と判断し、マティーリアとヴァレリをマルゼント王国に派遣したのだ。二人もノワールの説明を聞いて自分たちがスノウの部隊を任されたことに納得した。


「それで、この後はどうする?」

「無論、一気にあ奴を叩く。モンスターの数が僅かしか残っておらん今があ奴に攻撃する絶好のチャンスじゃ」

「……やはりそれしかないか」


 ヴァレリアはマティーリアがこのまま敵に突撃するという決断を聞いて納得した様な反応を見せる。どうやらヴァレリアも突撃するつもりでいたようだ。

 二人はノワールからスノウの情報をある程度聞かされている。どんな攻撃方法を取るのか、どんな魔法を使ってくるのかまでは分からないが、レベルの数値や状態異常が一切効かないこと、そして水属性の攻撃に対して完全耐性があることなどは聞かされていた。

 新たに情報を得るために部隊をぶつけると言う手もあるが、レベル90代の敵にぶつけても返り討ちに遭い、マティーリアたちが損をするだけなのでマティーリアとヴァレリアは自分たちが戦うことにしたのだ。

 スノウに直接対決を挑むことを決めたマティーリアとヴァレリアは遠くに見えるスノウを睨みながら体勢を変えてスノウに向かって突撃しようとする。そんな中、マティーリアは見張り台の上にいるモナに気付き、ゆっくりと降下してモナに近づいた。

 マティーリアはモナの1mほど上まで下りてくるとモナを見下ろし、マティーリアが下りてきたことに気付いたモナはハッとしながら上を向いた。


「モナ、妾とヴァレリアはこれから敵の指揮官を討ちに行く。お前たちは此処で待機しておれ」

「えっ? し、指揮官を討ちに、ですか?」


 唐突過ぎて現状を理解できないモナはまばたきをしながらマティーリアを見上げる。只でさえ大爆発でモンスターたちが消滅したのを見て混乱しているのに、そんな状態で指揮官を討ちに行くと言われても理解が追いつくはずがない。そんなモナにお構いなしにマティーリアは話を続けた。


「もう一度言うが、お主やマルゼント兵たちは此処で待っておれ。間違っても妾たちに加勢しようとするな? お主らが加勢したところで瞬殺されるだけじゃ」


 レベル90代のスノウとまともに戦えるのは自分とヴァレリアだけだと確信してるマティーリアはモナたちを死なせないために敢えて戦いに参加しないよう指示を出す。モナはどうして加勢してはいけないのか訊こうとしたが、マティーリアの迫力に押されて尋ねることができず、ただ呆然としながら頷いた。

 モナが頷くのを確認したマティーリアは竜翼を広げ、スノウがいる方角を向くと勢いよくスノウがいる方へ飛んで行く。マティーリアよりも高い位置にいたヴァレリアもマティーリアが移動したのを確認すると遅れてその後を追う。

 見張り台に残されたモナやマルゼント兵たちは現状を理解できないまま飛んで行く二人を見ていた。

 北門から離れた場所ではスノウはジッと北門を見つめている。その目は僅かに鋭くなっており、先程爆発を見た時に見せた驚きの表情は完全に消えていた。スノウの周りでは護衛のアイスコマンドたちが無言で同じように北門を見ている。


「……まさか、一つの魔法で全滅するとは。クッ、折角ジャスティス様が用意してくださったストーンタイタンもフリーズイーグルも使うことなく倒されてしまうなんて」


 主力と言えるモンスターを活躍させることなく失ったことに対してスノウは悔しさを漏らす。同時に自分のモンスターを難なく倒した敵に大して怒りを感じていた。


「後から現れたダークの仲間の娘たち、あれほどの力を持っているなんて……あれほどの爆発を起こすにはかなり高レベルでないといけないはず。でも、以前見た時はレベルが50代後半と60代後半だったわ、そんな奴らにあれほどの爆発が起こせるはずが……」


 マティーリアとヴァレリアのレベルではモンスターたちを一掃できる程の爆発を起こせるはずがない、スノウは爆発と二人のレベルに矛盾を感じて考え込む。そんな中、ジンカーンの町の方からマティーリアとヴァレリアがスノウに向かって勢いよく飛んでくる。

 スノウはマティーリアとヴァレリアの接近に気付くと周りにいるニ十体のアイスコマンドたちに指示を出す。アイスコマンドたちはスノウの前に移動すると十人ずつ横に並んで二列になり、飛んでくるマティーリアとヴァレリアに向けて盾を構えた。

 マティーリアとヴァレリアはスノウの数十m前まで近づくとスノウの前に立つアイスコマンドたちを見て目を鋭くする。現状から二人はアイスコマンドたちがスノウの護衛だとすぐに気付いた。


「やはり護衛となるモンスターを残しておったか」

「下がれ、マティーリア。もう一度私の魔法で吹き飛ばす!」


 ヴァレリアはマティーリアの隣まで移動すると両手をアイスコマンドたちに向けて魔法を発動させようとする。だが、ヴァレリアが動く前にマティーリアが先に動いた。


「いや、今度は妾が行く!」


 そう言うとマティーリアはジャバウォックを構えて速度を上げ、一気にアイスコマンドたちに向かって行く。もの凄い速さで加速したマティーリアにヴァレリアは思わず目を丸くした。

 マティーリアはアイスコマンドたちとの距離を縮め、目の前まで近づくと勢いよくジャバウォックで袈裟切りを放つ。ジャバウォックはアイスコマンたちが作った盾の壁にぶつかり大きな衝撃と音を広げる。

 アイスコマンドたちはマティーリアの攻撃を防いだが、レベル90のマティーリアの攻撃に耐えることができず、前列のアイスコマンドたちは衝撃で吹き飛ばされ、その後ろに待機していたアイスコマンドたちとぶつかった。その隙にマティーリアは地面に下り立ち、体勢を崩したアイスコマンドたちを攻撃する。

 マティーリアはジャバウォックを大きく横に振って目の前にいる二体のアイスコマンドを斬り、アイスコマンドたちを粉々に破壊する。その直後、左側なら一体のアイスコマンドが氷の剣でマティーリアに袈裟切りを放ち攻撃してきた。しかし、マティーリアは後ろに下がって攻撃をかわし、素早くジャバウォックで反撃してアイスコマンドを腹部から両断する。

 三体目のアイスコマンドを倒したマティーリアは次のアイスコマンドを攻撃しようと体勢を変えようとした。すると、マティーリアの周りにアイスコマンドが六体集まり、盾を前に出した壁を作り、マティーリアの動きを封じる。


「ええい、鬱陶しい!」


 マティーリアは自分を囲むアイスコマンドたちを見て苛立ちの声を漏らすと口から炎を吐きながら一回転し、取り囲んでいるアイスコマンドたちを攻撃する。炎を受けたアイスコマンドたちは熱さに苦しむように暴れ回り、しばらくすると体中を溶かしながら倒れて動かなくなった。

 周りのアイスコマンドを倒したマティーリアは素早く周囲を見回して敵の位置を確認する。すると、残りの十一体のアイスコマンドがマティーリアに襲い掛かろうと一斉に剣を持って突撃してきた。マティーリアは少し面倒くさそうな顔をしながらアイスコマンドたちを迎え撃とうとする。


焼夷球ナパームスフィア!」


 マティーリアがアイスコマンドを迎え撃とうとした時、後ろから赤い火球が飛んで来てアイスコマンドの一体に命中する。すると、火球は爆発して周囲に炎を広げ、十一体のアイスコマンドを呑み込んだ。炎の熱でアイスコマンドたちの体は見る見る溶けていき、やがてその場に崩れるように倒れた。

 倒れたアイスコマンドたちを見ていたマティーリアは火球が飛んで来た方を向く。そこには右手を前に出すヴァレリアの姿があり、先程の炎はヴァレリアの攻撃だとマティーリアは気付いた。


「余計なお世話だったか?」

「……いや、弱い奴の相手も少々飽きていたところじゃった。礼を言うぞ」


 小さく笑いながら感謝するマティーリアを見てヴァレリアも笑い返す。今の二人にとってレベル70代のモンスターも恐れる相手ではなかった。

 マティーリアとヴァレリアが余裕の笑みを浮かべていると、何処からか冷たい視線を感じ、二人は表情を鋭くして視線を感じる方を向く。そこには杖を持ったまま腕を組んで自分たちを睨むスノウのスタがあった。

 スノウはジッとマティーリアとヴァレリアを見ており、その視線から僅かに苛立ちが感じられる。護衛のアイスコマンドをアッサリ倒されたのを見て少々不愉快になっているようだ。マティーリアとヴァレリアは冷たい視線を向けるスノウを無言で見つめる。


「まさかアイスコマンドをこうも簡単に倒すなんて……全てレベル70代でこの世界の英雄でも倒すのは困難な相手のはずなんだけど……」

「……そのモンスターたちを倒せるほど、妾たちは強いと言うことじゃな」


 僅かに低い声を出すスノウにマティーリアは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。余裕を見せるマティーリアを見たヴァレリアは調子に乗っているな、と思いながら軽く息を吐く。マティーリアの態度が気に入らないのかスノウは僅かに目を鋭くしてマティーリアを睨み付けた。


「アンタたちが強いはずないわ。以前、ジャスティス様とダークが会談を行った時にアンタたちの情報を集めさせてもらったけど、その時のアンタたちはレベルは人間の英雄級より少し強いくらいだった。レベル70以上のアイスコマンドたちをあんなに簡単に倒せるはずがないわ」

「しかし、現に妾たちはそのアイスコマンドとか言うモンスターを難なく倒したぞ?」

「殆ど私が倒したのだがな」


 自慢するマティーリアにヴァレリアが目を細くしながら話しかける。確かにニ十体いたアイスコマンドの内、半分以上はヴァレリアが倒した。だから正確にはヴァレリアがアイスコマンドを難なく倒した、ということになる。


「……いったいどんな手を使ってアイスコマンドたちを倒したのかしら? 彼らをあれほど簡単に倒すになレベルを80以上にする必要があるのだけど……」

「簡単なことじゃ、妾たちがレベルを80以上に上げただけのことじゃ」

「何ですって?」


 マティーリアの言葉にスノウはピクリと反応する。少し前まで異世界の英雄級のレベルだった者たちがレベル80以上、この世界の竜王や魔王に匹敵する強さになったと聞けば当然の反応だ。

 二人の会話を聞いていたヴァレリアは強くなった秘密を教えるマティーリアを見て、余計なことを言うなと言いたそうな顔をする。敵の大将と戦うと言うのに自分たちの情報をみすみす教えるなど愚行だとヴァレリアは思っていた。しかし、マティーリアは強さの秘密を教えても問題無いと思っており、レベルが上がったことを教えても余裕の表情を浮かべている。

 スノウはマティーリアの言っていることが真実なのか、彼女を見つめながら考え込む。普通であれば短期間でレベルを上げたと敵が言っても信じられないが、目の前の二人はレベル70代のアイスコマンドたちを簡単に倒している。少なくともアイスコマンドよりも強い力を持っているのは間違い無いとスノウは感じていた。


「……アンタたちが本当にレベル80以上になっているのかは分からないけど、一つだけハッキリしていることがあるわ。アンタたちが強い力を手に入れたと言うこと、そして、私たちにとって邪魔な存在であるということ」


 目を鋭くしながらスノウは杖を構え、それを見たマティーリアとヴァレリアも素早く構える。スノウの雰囲気の変化と今の言葉で二人はいよいよ戦闘が始まると感じ、スノウに対する警戒心を最大にした。

 マティーリアとヴァレリアはスノウを睨みながら構え続けている。いくらレベル90になったとは言え、スノウが戦い方をするのか分からない以上、迂闊に攻撃することができなかった。対してスノウはマティーリアとヴァレリアがどれだけレベルを上げたのか分からないが、レベル92である自分よりは力が下だと考えており、二人を脅威とは思っていない。


「さっきから構えてばかりいるけど、攻撃してこないの? ……そっちが来ないなら、こちらから行くわよ。粉雪(パウダースノー)!」


 動きを見せないマティーリアとヴァレリアに対してスノウが先手を仕掛ける。空に向かって掲げられた杖の先に青い魔法陣が展開され、それと同時に空が薄い灰色の雲によって覆い隠された。

 一瞬にして空が雲に覆い隠された光景にマティーリアとヴァレリアは空を見上げながら驚く。その直後、空から小さな粉雪が三人が立つ平原に降り始める。不思議なことにモナたちがいるジンカーンの町の方には雪は一切振っていない。三人の周りにだけ雪が降っていた。


「何じゃこれは? いきなり何をするかと思ったら雪を降らしただけか? いったい何を考えておるの……」


 マティーリアが呆れたような顔でスノウを見て何をしたのか尋ねようとしたその時、マティーリアは突然全身に寒さを感じ、目を見開きながら自分の体を見た。隣のヴァレリアも寒さを感じて自分の両手を見ている。さっきまで寒さを一切感じなかったのに、まるで暖かい家の中から極寒の外に放り出されてような感じになった。

 体の異変に気付いたマティーリアとヴァレリアを見てスノウは愉快そうに小さく笑う。二人が寒さに驚いている中、スノウだけは何事も無いかのように普通に立っている。


「フフフ、寒くなってきた? 今私が発動させたのは粉雪パウダースノー、周囲の温度を変える最上級魔法よ」


 笑いながら何が起きたのか語るスノウをマティーリアとヴァレリアは鋭い目で見つめる。突然の温度変化がスノウの仕業ではないかと二人は考えていたため、驚かずにスノウを睨み付けた。

 <粉雪パウダースノー>はLMFにしか存在しない水属性最上級魔法の一つで発動した魔法使いを中心に広範囲に粉雪を降らせ、温度を急激に下げる効果がある。温度が下がるとLMFプレイヤーたちの移動速度と水属性に対する耐久力が低下し、戦闘や冒険に支障が出てしまう。更に時間が経過すればHPの最大値も低下してしまうため、この魔法を使う敵と戦う場合や寒い場所へ向かう時は必ず寒さ対策のアイテムや技術スキルを装備しなくてはならないのだ。

 寒さ対策の技術スキルを持っていないマティーリアとヴァレリアは寒さによって体がかじかみ始め、表情も僅かに歪んでいる。逆にスノウは氷海の女王という水属性や寒さに特化したモンスターであるため、寒さを感じておらず余裕の笑みを浮かべていた。


「これでアンタたちの戦闘力は大きく低下したわ。戦いというのはただ敵を攻撃するだけじゃないの、こうやって間接的に敵に影響を与えるのも立派な戦いよ?」

「チッ……随分卑怯な手を使うのじゃな?」

「卑怯? 作戦と呼んでよ。そもそも、殺し合いに卑怯もクソもないでしょう?」


 屁理屈を口にしながらスノウは笑みを浮かべ、マティーリアはスノウを睨みながらジャバウォックを構える。すると、ヴァレリアがスノウを見つめたままマティーリアに小声で話しかけてきた。


「マティーリア、この状態ではまともに戦うことはできない。私が補助魔法を発動させて肉体を強化し、寒さを感じなくなるようにする。お前はスノウの相手をして時間を稼いでくれ」

「……分かった、やってみよう」


 現状では不利だと感じ、魔法で少しでも有利な状態にしようと考えたヴァレリアはマティーリアに時間稼ぎを頼み、マティーリアも補助魔法が無いと厳しいと感じて承諾する。二人の姿を見ていたスノウは何かしようとしていると感じて警戒を強くした。

 作戦が決まると、マティーリアはヴァレリアが魔法を発動させるための時間を稼ぐため、竜翼を広げ、低空飛行でスノウに突っ込む。スノウは向かってくるマティーリアを見ながら持っている杖を構えた。

 マティーリアはスノウの目の前まで近づくとジャバウォックを勢いよく振って袈裟切りを放つ。スノウは後ろに跳んで袈裟切りを回避すると杖をマティーリアに向けた。杖が自分の方に向けられるのを見たマティーリアは魔法で反撃してくると感じ、スノウの正面から移動して右側面に回り込もうとする。だが、パウダースノーの影響を受けているマティーリアの移動速度は北門で戦っていた時よりも遅くなっていた。

 スノウは遅くなっているマティーリアを追うように杖を動かして攻撃しようとする。完全にロックオンされているマティーリアはスノウが魔法を発動させるよりも先に攻撃しようと一気にスノウに近づいた。


剣王破砕斬けんおうはさいざん!」


 戦技を発動させたマティーリアはジャバウォックに気力を送り込んで剣身を赤く光らせ、そのままスノウに向かって勢いよく振り下ろす。目の前まで接近しているため、スノウはマティーリアの攻撃をかわせない状態だった。


「チッ! 氷の壁アイスウォール!」


 回避が難しいと感じたスノウは舌打ちをしながら魔法を発動させ、自分とマティーリアの間に氷の壁を作る。ジャバウォックは氷の壁とぶつかり、周囲に高い音と氷の欠片を広げた。

 スノウの魔力が高いせいか氷の壁は硬く、マティーリアの攻撃でも砕くことはできない。マティーリアは悔しそうに奥歯を噛みしめ、その間にスノウはマティーリアから距離を取って杖の先をマティーリアに向け、杖の先に青い魔法陣を展開させた。


凍結冷気コールドシャクルズ!」


 新たに魔法を発動させたスノウは杖の魔法陣から冷気をマティーリアに向けて勢いよく放つ。マティーリアは向かってくる冷気を見ると竜翼を広げ、勢いよく冷気に向かって突っ込み冷気とぶつかる。その光景を見たスノウは目を見開いて驚く。


「何を考えてるの? 凍結冷気コールドシャクルズの冷気に自分から突っ込むなんて……」


 浴びれが瞬時に凍りづけになる冷気に自らぶつかるマティーリアにスノウは訳が分からずにマティーリアを見つめる。だがマティーリアは凍りつくことなくスノウに向かって飛び続け、遂に冷気を浴びながらスノウの目の前まで近づいた。

 体が少しも凍っていないマティーリアにスノウは更に驚いた表情を浮かべ、そんなスノウにマティーリアは口から炎を吐いて攻撃した。炎を僅かに受けたスノウは熱さで表情を歪ませながら慌てて後ろに跳んで距離を取る。

 マティーリアから離れたスノウは炎を受けた右腕を左手で押さえながらマティーリアを睨む。やはり火属性の攻撃はスノウにはよく効くようだ。一方でマティーリアはスノウにダメージを与えられて嬉しいのか、ニッと小さく笑いながら地面に下り立った。


「やはりお主には炎がよく効くようじゃな?」

「アンタ……いったいどんな手品を使ったの? 私の凍結冷気コールドシャクルズをまともに受けて凍結しないなんて、普通じゃないわ」

「ああぁ、これじゃ」


 そう言ってマティーリアは自分の左手の中指にはめてあるニーベルングの指輪を見せ、スノウは指輪を見た瞬間に目を大きく見開いた。


「それは、ニーベルングの指輪! LMFでもレア度の高いマジックアイテム……どうしてアンタがそれを?」

「妾たちがお主たち上級モンスターと互角に戦えるよう若殿が用意してくれていたのじゃ。コイツのおかげで妾はお主の魔法を受けても凍りづけにならずに済んだのじゃ」

「……成る程、凍結状態を無効化するマジックアイテムを持っていたとはね。となると、アンタたちがそこまで強くなったのもダークのマジックアイテムのおかげ、という訳ね?」


 マティーリアとヴァレリアが強くなった理由を知ってスノウは納得の反応を見せる。レア度の高いニーベルングの指輪を渡したのだから、他にもレア度が高く強力なマジックアイテムを受け取り、それを使って強くなったと考えたスノウはマティーリアとヴァレリアが自分が予想している以上に強くなっていると感じた。


(これは、本気を出して戦った方がよさそうね……)


 手を抜いて戦えるほどマティーリアとヴァレリアは弱くない、そう感じたスノウは手加減抜きで戦うことを決め、杖を構えながらマティーリアを睨んだ。マティーリアもスノウを警戒しながらジャバウォックを構えて体勢を整える。そんな時、補助魔法の発動準備をしていたヴァレリアがマティーリアに向けて両手を伸ばし、魔法を発動させた。


物理攻撃力強化パワーストライク! 移動速度強化スピードアップ! 魔法防御力強化マジックオーラ! 暖かな心ホットスピリット!」


 ヴァレリアは補助魔法を連続で発動させ、マティーリアの物理攻撃力、移動速度、魔法防御力を強化する。最後にマティーリアの体が薄っすらとオレンジ色に光り、その直後にマティーリアは不思議な暖かさに包まれた。

 <暖かな心ホットスピリット>は火属性の下級魔法で対象者を暖めることのできる魔法だ。この魔法を受けた者は体が暖かくなり、温度の低い場所でも寒さを感じなくなる。そのため、温度が低下することによって発生する移動速度や水属性の耐久力低下というデバフも発生しない。LMFでは雪の降る場所や寒いダンジョンに行く時にプレイヤーたちが必ずと言っていいくらい使用していた。

 マティーリアは光る自分の体を見た後に体中の暖かさを感じ取り、視線だけを動かしたヴァレリアを見る。やっと補助魔法をかけてくれたのだと知って小さく笑みを浮かべた。


「遅いぞ。おかげで寒いの我慢しながら戦うことになったではないか」

「贅沢言うな。これでもかなり急いだのだからか」

「フッ、まあよい。これで寒さを気にせずに戦える」


 笑ったままマティーリアはジャバウォックを構え、離れた所に立っているスノウの方を向く。ヴァレリアもその場を動かずにスノウの方を向いて戦闘態勢に入った。


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