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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第三章~復讐の竜王女~
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第三十話  信じる道


 アルメニスに戻ったダークはアリシアと共に真っ直ぐ騎士団の詰め所へ向かい、マーディングに戻ったことを知らせに行く。レジーナとジェイクも二人についていったが、用もなく冒険者をマーディングに会わせることはできないと言われて、二人は詰め所の一階で待たされることになった。

 詰め所の二階に上がったダークとアリシアは、マーディングや彼の部屋にいた他の騎士たちにワイバーンたちを討伐したこととジャックと彼の部下たちがワイバーンに殺されたことを報告する。知らせを聞いたマーディングたちは最初は予想以上に早く戻ってきたダークたちに驚きの表情を浮かべていたが、その後にダークから良い知らせと悪い知らせを同時に聞かされたせいか複雑な表情を浮かべた。


「そうですか、ジャックさんが……」


 ジャックがワイバーンに殺されたことを聞かされたマーディングは机に座ったまま俯く。彼の両脇で控えていたザルバーンとリーザも暗い表情を浮かべている。

 騎士団の中でジャックは評判のよくない男だったが、実際に死んだと聞かされれば多少は心が痛むのだろう。部屋の真ん中ではダークとアリシアがそんなマーディングたちを黙って見ていた。


「それで、ジャックさん達の遺体は……」

「残念ですが、全てワイバーンたちにやられました。特にジャックは私たちの目の前でワイバーンに食われてしまいましたので……」

「つまり、遺体は回収することはできないということですか?」

「……恐らく」


 ジャックが死に、更に遺体も回収できなくないと聞かされたマーディングは深く溜め息をつく。ジャックにも家族がいる。その家族に遺体を届けることも遺体を埋葬することもできない現実にマーディングは心を痛めた。

 ゆっくりと席を立ち、後の窓から外を眺めながら黙り込むマーディング。そんな彼の背中をザルバーンとリーザはジッと見つめていた。


「……しかし、彼らを襲ったワイバーンは貴方がたのおかげで全て討伐されました。これでワイバーンに襲われた者たちもジャックさんたちも少しは報われるでしょう……」

「だといいのですがね」


 外を眺めるマーディングの後ろ姿を見ながらダークは低い声で呟く。この時のダークはジャックが死んだことに対して何も感じていなかった。

 ダークは前もってジャックについてきて危険な目に遭っても助けないと警告しておいた。しかしジャックはその警告を無視してザルバックス山脈にやってきたため、ワイバーンの餌食になり命を落とす結果になってしまったのだ。自分の警告を無視した結果、ワイバーンに殺されてしまったジャックに対してダークはこれっぽっちも同情していない。

 マーディングたちがジャックの死を暗くなっているとダークはまだマーディングたちに伝えていないことを話そうとする。


「実はまだ皆さんにお伝えしていないことがあります」

「何でしょう?」


 ダークの声を聞いたマーディングが振り返ってダークの方を向き、ザルバーンとリーザもフッとダークの方を見た。

 全員が自分に注目するのを確認したダークは視線だけを動かして隣にいるアリシアを見た。アリシアは小さく俯きながら何も言わずに鋭い目で床を見つめている。その姿はまるで真剣に何か別のことを考えているようだった。


(町に戻ってからずっとこんな調子だな。きっと明日のマティーリアとの決闘でどう戦うのか考えているんだろう。彼女にとっては大切なことだから無理もない……だけど、今ぐらいはちゃんと話を聞いてもらわないとな)


 明日の決闘のことを考えているアリシアを見てダークは心の中で困った様に呟く。ダークは俯いているアリシアをしばらく見てからそっと肩に手を置く。

 肩の感触でアリシアはハッと顔を上げる。そして自分の肩に手を置いているダークの方を向き少し驚いた表情を浮かべた。


「……アリシア、大丈夫か?」

「え? ……あ、ああ。すまない」


 別のことを考えて話を聞いていなかったことに気付いたアリシアは小さな声で謝る。それを見てダークは少し困ったような態度で小さく溜め息をつく。

 アリシアの姿を見ていたマーディングたちも不思議そうな顔で彼女を見ている。この部屋に入ってきた時からずっと俯いたままのアリシアを見てマーディングたちは最初はジャックたちが死んだことで落ち込んでいると考えていたが、ダークに声を掛けられていつもの様子に戻ったのを見てジャックのことで落ち込んでいるのではないと理解した。そもそもアリシアもジャックのことをあまりよく思っていなかったんでジャックの死で落ち込むなどあり得ないことだ。

 ではなんのことでアリシアが難しい顔をしているのかマーディングたちは考える。そしてその答えをダークが知っているのだと感じ、マーディング、ザルバーン、リーザはダークに注目した。

 ダークはアリシアが自分の話に耳を傾けたこと、そしてマーディングたちが再び自分に注目したのを確認すると説明を始めた。


「実は私たちが討伐したワイバーンは普通のワイバーンと違い、竜人の少女に調教された知恵のあるワイバーンだったんです」

「竜人に調教された?」

「ええ。どうやらその竜人はワイバーンたちを従えて多くの町や村を襲うつもりだったようです」

「どうしてそんなことをご存知なのですか?」

「本人に教えてもらいましたから」

「教えてもらった?」

「討伐を終えてアルメニスに戻る途中でその竜人が私たちの前に現れたのです」

「なんと、そんなことが……」


 話を聞いたマーディングは信じられないような顔で驚き、ザルバーンやリーザも同じように驚いた顔で話を聞いている。

 

「それで、その竜人はどうしたのですか?」

「去りました。ただ、明日の正午にまた現れるそうですけどね」

「なんだと? それは本当か?」


 さっきまで黙って話を聞いていたザルバーンが力の入った声を出して尋ねる。ダークはザルバーンの方を向き黙って頷く。

 ダークはその竜人であるマティーリアが自分が撃退したグランドドラゴンが竜人になった存在であることは話さなかった。話せば自分の強さの秘密をマーディングたちが嗅ぎまわろうとしたり、面倒事に巻き込まれる可能性が出てくるからだ。

 再び竜人が現れると聞かされて更に驚くマーディングたち。この世界で竜人はとても力があり人間にとっては脅威となる存在と見られている。そんな存在がアルメニスの近くにまた現れると言われれば驚くのは当然だった。


「マーディング卿、もしその竜人がとんでもない力を持っている存在であれば、この首都にも危険が及ぶかもしれません。すぐに迎撃の準備をしなくては……」

「しかもジャックを殺したワイバーンを調教した存在です。野放しにすればまたその竜人によって多くの犠牲が出ます」


 ザルバーンに続き、リーザもマティーリアをなんとかするべきだとマーディングに訴える。マーディングは何も言わずにゆっくりと席に付いて両肘を机につけると目を閉じてどうするか考える。ザルバーンとリーザはマーディングが答えを出すのを彼を見つめながら待った。

 しばらくしてマーディングが目を開け、ザルバーンの方を見ながら口を動かした。


「……そうですね。急いで騎士団の皆さんや王城の陛下にも報告したほうがいいでしょう。ザルバーン団長、竜人がいつ現れても迎え撃てるよう騎士団の皆さんに準備をさせてください」

「ハッ!」

「リーザさん、貴女は念のために冒険者ギルドに依頼をする準備をしてください。騎士団だけで手に負える相手でなくなった時は冒険者にも協力を要請しましので」

「ハイッ!」


 首都に住む人々を守るためにマーディングはザルバーンとリーザに指示を出す。ザルバーンとリーザも命令を聞き、すぐに行動しようと動き出そうとした。


「待ってください」


 ザルバーンとリーザが行動しようとした時、ダークがマーディングたちを止める。三人は一斉にダークの方を向き、冷静に立っているダークの姿を目にした。


「その竜人のことは私とアリシアでなんとかします。町の人々にはまだ知らせないでおいてください」

「な、なんだと!?」


 ダークの口から出て予想外の言葉にザルバーンは耳を疑う。リーザも驚いてダークを見ており、マーディングは少し意外そうな顔でダークを見つめている。

 三人が驚く中、ダークは落ち着いた態度のまま三人を見ていた。ダークが町中に伝えないでくれと言ったことには当然理由があった。もし竜人がこの町の近くに現れたと知らせれば当然大騒ぎになる。そうなれば町の人々は混乱し、冒険者たちの中には竜人を倒そうという者も出てくるだろう。だが、マティーリアのレベルは66、英雄級の実量を持つ者でなければ返り討ちに遭い多くの死者が出る。ダークも自分を狙っているマティーリアによって犠牲者が出るのは気分のいいことではない。ダークは町の人々と自分の立場を守るために伝えるのを待つよう言ったのだ。

 しかし、それでマーディングたちが納得するはずがない。ザルバーンは鋭い目でダークを見つめながら理由を尋ねた。


「なぜそんなことをする理由がある! その竜人がこの首都を襲えば多くの犠牲者が出るかもしれないのだぞ? だったら犠牲者が出る前に住民たちを避難させた方がいいだろう。そもそもお主とファンリードの二人で止めるなど無謀すぎる!」

「彼女の狙いは私たちです。私たちを殺すために彼女は再びやってくるのですよ」

「何、お主たち二人を?」

「私とアリシアが町の外に出て彼女と戦えばこの町が被害を受けることも無いでしょう」


 少し感情的になっているザルバーンに冷静に対応するダーク。彼の話を聞いてマーディングたちは竜人が自分の命を狙っているのになぜ冷静でいられ、町には知らせないでほしいと言うのか考えていた。

 ダークには何か秘策があるのか、それとも戦って勝つ自信があるのか、どちらにせよマーディングたちはダークのことを何も知らないため、見当がつかなかった。


「彼女と戦う前にもし私たちが負けてもアルメニスを襲わないよう説得もしますので少し時間を頂けませんか?」

「……仮にその竜人を説得してその竜人が約束を守る保証があるのか?」

「ありません。ですが、説得せずに戦うよりはずっと安全だと思います」


 確信の無いダークの言葉にザルバーンやリーザは少し不安な表情を見せる。少し前に突然現れてその素性も実力も全く分からない黒騎士、そんな男の言うことの全て信じられるはずもなく、二人はダークを疑うような視線で見つめた。

 ザルバーンとリーザの顔を見てダークは二人が自分を信用していないことに気付く。だが、それは無理もないことだ。なんの情報も無い男の言うことや考えを信じられるはずがない。しかも、もしダークが負ければアルメニスが襲われる危険性が一気に高くなるのだから。彼らの心には不安しかないと言ってもよかった。


(いきなり信じてくれって言われて信じるほど俺はまだ騎士団から信用されていないから仕方がないな。しかも負ければ首都が危険な状態になるわけだし……まぁ、俺がマティーリアに負けることはまず無いけどね)


 心の中で慌てること無く余裕の態度で呟くダーク。確かに彼がマティーリアに負けることは無い。だが、今度の決闘ではダークではなくアリシアが戦う。しかもマティーリアとの一騎打ち、アリシアがマティーリアに勝てる可能性は五分五分だった。

 ダークはマティーリアの正体だけでなく、彼女と戦うのがアリシアだけということもマーディングたちに話していない。もし話せばアリシアの力の秘密が騎士団にバレてしまう可能性がある。アリシアが普通に生活できるようにするためにも彼女のレベルや力のことはできるだけ騎士団に知らせないようにする必要があった。


「……ダークさん、その竜人に勝つ自信がお有りなのですか?」


 黙って話を聞いていたマーディングが真面目な顔で尋ねてくる。ダークはマーディンを見るとゆっくりと頷く。


「ええ、アリシアもいますしね」

「……もう一つお伺いしても?」

「どうぞ」

「先程から貴方のお話を聞いていて思ったのですが、お二人はその竜人と何か因縁のようなものがあるのですか?」

「……ええ、以前一緒に仕事をしている時に少し……」

「……なるほど」


 ダークの答えを聞いたマーディングは納得したような口調で返事をする。勿論、ダークの今の答えでマーディングが納得するはずがない。本当ならもっと詳しく追及したいのだが冒険者や騎士団の人間が他人の詮索をするのは御法度であるため、それ以上訊き出そうとしなかった。


「……ダークさんのお考えは分かりました。……貴方の仰る通り、とりあえず住民たちへに報告は少しだけ待つことにしましょう」

「マーディング卿!?」


 予想外の答えを出したマーディングを見てザルバーンは驚いて声を上げる。リーザも声は出さなかったものの、驚きの顔でマーディングを見ていた。


「本気ですか、マーディング卿?」

「今、町の人々にこのことを伝えれば町中で大混乱が起こる可能性もあります。とりあえず、ここはダークさんに任せてみましょう」

「し、しかし……」

「それに彼らはワイバーンを討伐して無事に帰ってきました。彼らなら竜人が相手でも勝てるのではないかと考えているのです」


 真剣な顔でザルバーンを説得するマーディング。彼はダークの素性については何も分かっていないが、冒険者としての腕は信用している。そのため、今回もダークに任せてみようと考えているのだろう。

 マーディングの真剣な表情を見たザルバーンはこれ以上は何を言っても状況は変わらないと感じたのか不貞腐れるような顔で黙り込む。マーディングはザルバーンが黙り込むのを見て、彼がとりあえず納得したのを確認しダークに自分が出した答えを伝える。


「ダークさん、ではその竜人の件は貴方がたにお任せします。ですが、相手は竜人、いくらなんでも貴方とアリシアさんだけで戦うのは危険です。我が騎士団の部隊をお貸ししますので彼らと共に……」

「ありがたいことですが、それは不要です。私とアリシアだけで戦いますので」


 共に戦う騎士隊を出すことにダークはキッパリと断った。あくまでも二人で戦うというダークにマーディングたちは意外そうな顔をする。


「人数が多ければ確かに勝つ確率は上がるでしょうが、これは私たちと彼女の戦い。私たちは騎士らしく正々堂々と戦いたいのです……と言っても、二対一の段階で既に正々堂々とは言えませんがね」


 苦笑いをするような声でダークは騎士隊を断る理由を話す。マティーリアとはアリシアが一人で戦うことになっている。ここで他の騎士や兵士を共に戦わせたらアリシアの騎士としての誇りに泥を塗ることもなってしまう。更にアリシアの強さの秘密までバレてしまうため、関係者以外の者には絶対に彼女たちの戦いを見られるわけにはいかなかった。


「……分かりました。そう仰るのでしたら……」

「すみません、せっかく私たちのことを考えてくださったのに……」

「いえ、私こそ余計な真似をしてしまいました」


 お互いに失礼な態度を取ったことを詫びるダークとマーディング。二人とも今後のために相手を不快な気分にさせないよう細かく注意しながら相手と接するようにしていた。


「では、私たちはこれで失礼します。明日の戦いのために少しでも休んでおきたいので……」

「そうですか……分かりました。すみませんでした、長いことお話をお伺いすることになってしまいまして……」

「いえいえ……では、失礼します」


 そう言ってダークはアリシアと共にマーディングの部屋を後にした。残されたマーディングたちは二人が出ていった扉を見つめている。


「よろしかったのですか、マーディング卿? あの者に任せてしまって?」

「……ええ。何か問題が起きれば責任は私が取ります」

「……私は正直、まだ彼のことが完全に信用できません。冒険者としての実力は確かですが、彼には分からないことが多すぎます。初めて出会った時に言っていたグランドドラゴンを撃退したという話も未だに信用できません。もう少しあの者の情報を集めてみては……」

「そのお話はもうやめましょう。グランドドラゴンの件が真実であろうと偽りであろうと、彼がドラゴン族を倒すことのできる優れた力と才能を持つ冒険者であるのは間違いないのです。ここで彼の機嫌を損ねるようなことをすれば後々面倒なことになります」

「は、はあ……」


 これまでダークの冒険者としての功績に何度も驚かされたマーディングは信用できる範囲内のことであればダークの言葉を信じるようにしていた。そして強い力を持つダークを敵に回さないように注意もしている。

 だが、それでもダークの素性やグランドドラゴンの件が真実なのかも少し気にはなっている。しかし他人の詮索をしないという決まりがあるため、マーディングはダークの秘密を調べようとはしなかった。騎士団をまとめる者として、マーディングは掟を破るようなことはしないと心に決めている。


――――――


 マーディングたちへの報告を終えたダークとアリシアは一階に下りて待機していたレジーナとジェイクと合流すると詰め所を後にした。

 詰め所を出た一行は人の少ない静かな街道を固まって歩いていく。するとレジーナがダークとアリシアにさり気なく声をかけた。


「ねぇ、二人とも、騎士団のお偉いさんは何か言ってた?」

「……別に何も言ってない。ただ、ジャックが死んだことや私たちが予想以上に早く戻ってきたことに驚いていた」

「やっぱりね。あたしたちにかかればどんな難しい仕事もあっという間に片付いちゃうもんね」

「あたしたち、じゃなくってダークの兄貴にかかればだろう? 俺やお前は兄貴や姉貴のおまけみたいなもんだ」

「うっさいわねぇ、アンタは黙っててよ」


 カッコつけているところをジェイクに邪魔されてムッとするレジーナ。二人の会話を見てダークは小さく息を吐き、肩に乗っているノワールは苦笑いを浮かべる。

 ジェイクに文句を言い、小さく頬を膨らませて不機嫌そうな顔をするレジーナ。ジェイクはそんなレジーナを見ながら子供っぽいと感じて笑っている。すると、さっきまで不機嫌だったレジーナはあることを思い出し、ダークの方を向いて小さく笑った。


「そうだ、ダーク兄さんが何者かって話、町に戻ってきたんだから約束通り教えてよ」

「そういえば、あの竜人の娘のせいでスッカリ忘れてたぜ」


 仕事を終えて町に戻ったらダークが何者なのか教えてくれるという約束を思い出したレジーナとジェイクはダークから早速話を聞こうと彼の方を向く。するとダークは立ち止まって前を向きながら後ろにいるレジーナとジェイクに言った。


「……悪いが、その話はまた今度にしよう」

「ええぇ!? 約束が違うじゃない!」


 レジーナはダークが自分の正体を教えるのをまた今度にするという話に驚き抗議する。ジェイクもダークが約束を破るとは思わなかったのか驚きながらダークの背中を見つめていた。


「町に着いたら教えてくれるって言うからずっと文句を言わずに我慢してきたのにぃ!」


 納得できない顔でダークに文句を言うレジーナを見てダークの肩に乗っているノワールはゆっくりと飛び上がりレジーナの顔の前までやってきた。


「落ち着いてくださいレジーナさん。状況が変わったんです」

「状況?」

「アリシアさんは明日、マティーリアと決闘をするんですよ? マスターはこれからアリシアさんと明日の決闘に備えていろいろ話し合いをするんです。そんな時にマスターのことを話す余裕なんてないでしょう?」

「あっ、確かに……」


 明日の決闘のことを完全に忘れていたレジーナはノワールの話を聞いて複雑な顔をする。ジェイクも明日アリシアが命を懸けた戦いをすることを思い出し、今はダークの素性について尋ねるのは止そうと考え口を閉ざした。

 ダークは振り返り、黙るレジーナとジェイクを見つめる。約束を破って二人には悪いことをしたと感じているがダークにはアリシアと作戦を練ることの方が大切なのだ。

 理由を聞いたレジーナは心の中で仕方がないと考えているが、その表情はまだ少し納得できないような表情をしている。それを見たダークはレジーナを見ながら小さく溜め息をつく。


「……マティーリアとの一件が片付いたら今度こそ私のことを教えてやる」

「本当?」

「ああ、約束だ」

「必ずよ? 今度は破らないでよね?」

「分かった分かった……私はこれからアリシアと明日の決闘について話がある。お前たちは先に戻って休んでいろ。あと、今回の報酬は騎士団が私の所に報酬を届けることになっている。報酬が届いてから全員に分けるという形でいいな?」

「ああ、俺は構わねぇ」

「あたしもそれでいいわ……と言うか、あたしは報酬よりも兄さんの素性の方が気になるわ」

「お前、まだそれを言うのかよ?」


 声を小さくしながら本音を言うレジーナを見てジェイクは呆れ顔を見せる。ダークも兜の下で同じように呆れ顔をしながらレジーナを見つめた。

 話が終わるとダークたちは街道で解散し、レジーナとジェイクはそれぞれ自分たちの家へ戻っていく。ダークはアリシアと明日の決闘の準備や話をするためにアリシアの実家へ向かった。

 アリシアの実家がある貴族たちの住宅街である貴族街に入り、その中をダークとアリシアは歩いていく。ダークは過去に何度か貴族街に入ったことがあるため、目の前の多くの屋敷などを見ても驚かなかった。一般人や冒険者は手続きをしないと入れない決まりになっているが、騎士団の仕事に何度も協力してきたダークはマーディングの計らいで冒険者でありながら自由に貴族街に入ることができる。既にダークはアルメニスでは特別な存在となっていた。

 しばらく歩き、二人はアリシアの実家である屋敷に到着した。門を開いて中庭を進んでいくと庭師が帰宅したアリシアを見て頭を下げる。アリシアの後ろをついていくダークを見て庭師は意外そうな顔でダークを見つめた。屋敷の前まで来ると玄関の扉が開き、中から金色の長髪をした四十代半ばくらいの女性が出てくる。アリシアの母親、ミリナだ。

 アリシアは外に出てきたミリナの姿を見て意外そうな顔をし、早足でミリナの下へ向かう。


「お母様!」

「あら? アリシア、いつ戻ったの?」

「先程です。それよりも、屋敷から出られて大丈夫なのですか?」

「ええ、今日は気分がいいから」


 病弱なミリナがメイドも連れずに一人で外に出てきたことに驚いていたアリシアはミリナの顔色を窺い、大丈夫だと知るとホッとする。そんな二人の下にダークがゆっくりと歩いてきた。ダークの存在に気付いたミリナが微笑みながら軽く頭を下げる。


「ダーク殿、よくいらっしゃいました」

「ご無沙汰してます、ミリナさん」


 挨拶をするミリナにダークも軽く頭を下げて挨拶を返した。

 ミリナは前からアリシアが世話になっているダークに会って挨拶をしたいと思っており、半月ほど前にアリシアに頼んでダークを屋敷に連れてきてもらったのだ。最初に会った時は黒騎士であるダークに少し驚いていたが、アリシアから聞いた話とダークの性格からダークのことを心優しい黒騎士と感じていた。ダークも暗黒騎士である自分と普通に接してくるミリナと打ち解け合い、今では友人のような関係になっている。

 玄関の前で簡単な挨拶をすると屋敷の中からメイドが出てきてミリナの隣にやってきた。アリシアはメイドにミリナを任せると真剣な顔でダークの方を向く。


「ダーク、早速作戦を考えたい。ついてきてくれ」

「ああ……」


 マティーリアとの決闘に備えて作戦を考えることをダークに伝えるとアリシアは屋敷に入っていく。ダークは一人屋敷に入っていくアリシアの姿を黙って見ており、肩に乗っているノワールも同じようにアリシアを見ていた。

 ミリナは早足で屋敷に入ったアリシアを見て不思議そうな顔をしていた。


「アリシア、どうしたのかしら? なんだか難しい顔をしてるけど……」

「……いろいろありましてね」


 ミリナにそう言ってダークはアリシアの後を追うように屋敷に入っていく。ミリナや隣に立っているメイドはそんなダークの後ろ姿を見つめていた。

 ダークは明日、アリシアの部隊を全滅させたドラゴンとアリシアが決闘をするということはミリナに伝えなかった。それはミリナを心配させないためであり、屋敷に着く前にアリシアから頼まれたからであった。もしミリナに竜人となったグランドドラゴンと決闘をすると言えば絶対に反対するに決まっている。アリシアは部下たちの仇を取るために何があってもマティーリアと決闘をするつもりでいた。それを止められないようにするためにダークに母親であるミリナには黙っているよう頼んでいたのだ。

 それがアリシアの騎士としての決意であり、隊長として部下の無念を晴らしてやりたいという思いであることをダークは知っていたからアリシアの頼みを聞きミリナにはあえて伝えなかったのだ。

 アリシアの後をついていき、屋敷の書斎にやってきたダークはすぐにアリシアと明日の決闘でどう戦うか作戦を立てる。グランドドラゴンであるマティーリアはどんな考えで戦うのか、竜人となった彼女はどんな攻撃をしてくるのか、戦技は何を使うのか、様々な可能性を分析して明日の戦いの準備をする。


「……こんなところだろう。あとはアリシアの技術次第だ」

「分かった」


 作戦を考えているうちに時間はあっという間に過ぎ、ダークとアリシアは二時間近く作戦を考えていた。二人の前にある机の上には様々な本が置かれてあり、その中には戦技や竜人について記された本もある。

 戦いを有利に進めるにはまずは敵の情報を得ることが重要、そのため二人はまず竜人がどんな存在なのかを一から理解する必要があった。竜人のことを一通り理解すると次は戦技について学ぶ。竜人であるマティーリアがどんな戦技を使えるのか、彼女の体質などからその戦技の種類を調べ、その戦技の対策法などもしっかりとチェックした。見過ごしているところは一つもない。


「いくつか戦術を考えることができた。あとは明日の決闘で通用するかだ」

「ああ……」

「アリシア、さっき私が渡した物、絶対に忘れるなよ? それが有るか無いかで明日の戦いの勝敗は大きく左右されるからな」

「分かっている」


 アリシアは真剣な顔でダークを見ながら頷く。アリシアは作戦を練っている時にダークからある物を受け取っていた。それはマティーリアとの戦いで勝率が上がる重要なアイテム。二人が考えた作戦にはそのアイテムを使わないと上手くいかない作戦もあるため、アリシアは忘れないように注意した。


「さて、私はこれで失礼する。君も明日に備えて早めに休んでおいたほうがいいぞ?」

「そうだな、そうさせてもらう」


 用が済んだダークは書斎の出入口に向かって歩き出し、アリシアは机の上の本を見てもう一度竜人の情報を確認する。するとダークは出入口のドアノブを掴むのと同時に足を止めてその場で立ち止まった。


「アリシア、君に一つ訊いておきたいことがある」

「ん? 何だ?」

「……君は明日の決闘でマティーリアをどうするつもりだ?」

「どうするとは?」

「……殺すのか?」


 低い声で問いかけてくるダークを見てアリシアは目を見開き反応する。

 マティーリアはアリシアにとって自分の部下たちを殺した仇、つまりアリシアにとって憎き相手だ。部下を殺して平然と生きているマティーリアを見てアリシアの心の中にはマティーリアに対する殺意が芽生えていた。ダークもそのことは薄々気づいていたが、実際アリシアがマティーリアをどう思っているのかは本人の口から聞いてみないと分からなかったのだ。

 扉の方を向いたまま自分に背を向けているダークを見てアリシアはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと口を動かす。


「そのつもりだ。アイツは私の部下を殺した。奴を殺さなくては仇を討ったことにはならないだろう?」

「確かにそうだ。……だが」

「だが?」

「怒りや憎しみで誰かの命を奪えばそれは新たな怒りと憎しみが生まれる。それではいつまで経っても復讐の連鎖は終わらない」

「……何が言いたいんだ?」


 アリシアは鋭い目でダークを見ながら尋ねる。ダークはドアノブから手を離してゆっくりと振り返りアリシアの方を向いた。


「君がマティーリアを殺してもそこからまた新たな憎しみが生まれる……誰かがその憎しみを断ち切らなければならない」

「……それはつまり、私にマティーリアを許せと言うのか?」


 ダークの言葉にアリシアの目は更に鋭さを増す。まるでダークに対して怒りを感じているようだった。低い声で尋ねてくるアリシアを見たダークはゆっくりと首を横に振る。

 

「許せとは言わない。だが、命を奪う必要までは無いのではないかと言っているんだ」

「……ッ! 何を言うんだ!」


 アリシアはダークを睨みながら声を上げる。感情的になるアリシアをダークと彼の肩に乗っているノワールは落ち着いた態度で見ていた。

 あの日、グランドドラゴンに部下のほぼ全員を殺されて、アリシアは部下を死なせた自分の弱さと部下たちを殺したグランドドラゴンを憎んだ。しかし、グランドドラゴンはダークによって撃退されて何処にいるのか分からない。しかもその時の自分はとても弱かった。仇が討てない以上、アリシアはグランドドラゴンへの復讐は諦めて二度と同じ過ちが起こらないように努力しようと自分に言い聞かせてきたのだ。

 しかしその仇であるグランドドラゴンがマティーリアと名乗り竜人の姿で再び自分の前に現れた。その瞬間、アリシアが心の中で抑え込んでいた感情が一気に弾け、アリシアの心を復讐で染め上げる。アリシアはマティーリアを倒して部下たちの仇を討つと決意した。その仇を殺すなとダークが言ったのだから感情的になるのは当然と言える。


「ダーク、貴方は私に部下を殺した奴を殺さずに生かして見逃せと言うのか!?」

「怒りや憎しみで他人の命を奪ったら君の部下を殺したマティーリアと変わらないぞ」

「なっ!? 違う、奴は自分の欲で部下たちを殺した! 私は自分の欲のために命を奪おうとしているわけではない」

「マティーリアに対する殺意、つまり憎い相手を殺したいという気持ち、それは殺人欲というものではないのか?」

「……ッ!」

「そもそも私は君がマティーリアと戦いたいと言うから君の命を守るために力を貸しているのだ。君の復讐、マティーリアを殺すことに手を貸す気は微塵も無い」


 ダークの言葉にアリシアは何も言い返せずに言葉が止まる。アリシアは部下の仇を討ちたいという思いでマティーリアと戦いたいと言った。しかし、言い方を変えればそれはマティーリアを殺したい、彼女の命を奪いたいという欲にあてはまる。欲のために他人の命を奪う、それではまさに自分が憎んでいるマティーリアと同じだった。

 黙って俯くアリシアをダークを少しの間見つめている。するとゆっくりと腕を組みながらダークはこんなことを言い出した。


「たとえ君がマティーリアを殺したとしても、死んだ君の部下たちが生き返るわけでもない。寧ろ君は騎士でありながら自分の感情で他人の命を奪い、騎士道を汚すことになる……そして、新たな憎しみと怒りが生まれる……あとには何も残らないぞ?」

「そ、そんなことは……」


 そんなことはない、そう言おうとしたアリシアだが最後まで言葉が続かなかった。ダークの言葉がアリシアの心に引っ掛かり、彼女から自信や強気などが無くなっていたのだ。

 何も言い返さないアリシアを見たダークは聞こえないくらい小さく溜め息を吐く。そして振り返り出入口の扉の方を向き、アリシアに再び背を向けた。


「……まぁ、私にもこれ以上君の考えに口を挟む資格は無いな」

「え?」

「私は前に言ったな。私は暗黒騎士で君は聖騎士、考え方や進む道が異なる場合があるかもしれないが、君は君の考えを貫き、信じる道を進めと……さっきのはあくまでも私の意見だ。君は君の選んで道を進め。私にはそれを止めることはできない」


 ダークは意味深長な言葉を残して書斎を後にした。

 出入口の扉が閉じ、書斎にいるのはアリシアだけになった。一人残されたアリシアは黙って俯き、ダークの言った言葉を思い出す。自分の信じる道を進め、考え方を貫け、その言葉がアリシアの頭に響く。それと同時にアリシアは不快な気分になっていった。


「考え方を貫け……なんであんなことを言った後にそれを言うのだ!」


 僅かに矛盾しているダークの言葉に小さな苛立ちを感じるアリシアは勢いよく両手で目の前の机を叩いた。アリシアが叩いたことで木製の机は大きな音を立てて縦に割れ、周囲に木片と机に乗っていた本が散らばる。レベル70になったアリシアの力なら木製の机を壊すことなど造作も無かった。


「……ダーク、貴方は私にどうしろと言うのだ」


 ダークが何を考えているのか分からないアリシアは表情を歪ませながら呟く。この時のアリシアはダークが何を思って何を伝えようとしていたのか、まったく理解できなかった。


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