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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百八話  救世主


 エルギス教国の南西部、アドヴァリア聖王国との国境の近くにジックスと呼ばれる町がある。その町はエルギス教国に存在する町の中でも大きな方で現在はエルギス軍が進軍してくるアドヴァリア軍を迎撃するための防衛拠点として使っている場所だ。

 ジャスティスの軍団とアドヴァリア聖王国の同盟軍との戦争か始まってから今日まで進軍してきたアドヴァリア軍を何度も食い止めており、そのおかげでジックスの町に駐留するエルギス軍の兵士たちの士気も高まり、何度アドヴァリア軍が進軍してきても護り抜けると兵士たちやジックスの町の住民たちも考えていた。

 だが、そんな考えは二時間ほど前に攻め込んで来た敵の襲撃によってあっという間に掻き消されてしまい、それと同時に自分たちの考え方は甘かったとエルギス軍は思い知らせれることになった。

 ジックスの町の西側ではエルギス軍が攻め込んで来てアドヴァリア軍と交戦していた。西門の上の見張り台や城壁の上では大勢のエルギス兵や騎士、魔法使いたちが矢や魔法を放って町の外にいる敵を攻撃している。その中にはジックスの町にいた冒険者たちの姿もあり、兵士たちと共にアドヴァリア軍と戦っていた。

 対するアドヴァリア軍はジックスの町の西側に集まり、城壁に長梯子を掛けたり西門を攻撃したりして町の中に侵入しようとしていた。西門の周りには大勢のアドヴァリア兵や騎士が集まっており、後方には魔法使いたちが攻撃魔法や補助魔法で仲間を援護している。その更に後ろには進軍してきたアドヴァリア軍の本隊と思われる部隊が待機しており、大勢のアドヴァリア騎士が西門での戦いを眺めていた。

 攻め込んで来たアドヴァリア軍の規模は二個大隊程度で大したことないと思われそうだが、今まで攻め込んで来たアドヴァリア軍とは明らかな違いがある。アドヴァリア軍の中にはジャスティスの軍団の戦力と思われるモンスターたちの姿もあったのだ。

 モンスターは三種類が確認でき、その内の一種類は下級天使族モンスターの権天騎士で四十体近くが西門の上空を飛んで城壁の上のエルギス兵たちと戦っていた。

 二種類目は身長2m程で濃い鼠色の肌をした鬼のようなモンスターだ。銀色の鎧と兜、大型の剣やタワーシールドを装備し、ニ十体がアドヴァリア軍と共に西門の攻撃に参加している。

 最後の一種類は体のあちこちが腐敗し、傷だらけになっている獅子に似たモンスター、デスレオーンだ。数は八体で西門から少し離れた所で待機している。西門の攻撃に参加していないところから、デスレオーンたちは西門を破った後に町に突入して中の敵を倒し、西門前の広場を制圧することが役目のようだ。

 エルギス軍の兵士たちは見たことのないモンスターが加わったアドヴァリア軍に驚きと小さな恐怖を感じながら必死に戦っている。逆にアドヴァリア軍は強力なモンスターが戦力に加わってくれたことで勢いづいていた。戦況はアドヴァリア軍の方が優勢だ。


「放てぇーっ!」


 見張り台の上にはエルギス教国の英雄である六星騎士の一人であるベイガードの姿があり、ベイガードが声を上げると周りにいる弓兵や魔法使いたちは地上のアドヴァリア軍、空中の権天騎士たちを攻撃する。放たれた矢と魔法はアドヴァリア兵や権天騎士たちに命中したが、当たったのは僅かで殆どがかわされてしまった。

 空中の権天騎士たちは弓兵と魔法使いを目障りに思ったのか、一斉に弓兵と魔法使いに襲い掛かる。しかし、その周りにいた護衛と思われるエルギス兵士や騎士が盾を使って権天騎士たちの攻撃から弓兵と魔法使いたちを護った。


「弓兵と魔法使いは攻撃を終えたらすぐに下がれ! 前に出過ぎるとやられるぞ!」


 ベイガードは空中の敵に攻撃できる弓兵と魔法使いたちに指示を出し、弓兵と魔法使いたちは言われたとおり権天騎士たちから離れる。弓兵と魔法使いが下がったのを確認するとエルギス兵と騎士たちは権天騎士たちに攻撃を開始し、権天騎士たちもエルギス兵たちと攻防を開始した。

 城壁に長梯子が掛けられ、アドヴァリア兵たちは長梯子を登って町に侵入しようとする。城壁の上にいるエルギス兵たちは槍などを使って長梯子を登ってくるアドヴァリア兵を攻撃し、アドヴァリア兵を落とすと掛けられている長梯子を倒す。それを繰り返しながらエルギス軍は敵の侵入を防いでいた。


「クソォ、これじゃあキリがねぇぞ」

「二個大隊だと聞いた時は大したことねぇと思っていたが、まさかここまでやるとは……」


 二人のエルギス兵は城壁の下を覗き込み、集まっているアドヴァリア兵たちを確認しながら表情を僅かに歪める。周りにいる他のエルギス兵や騎士たちも似たような反応を見せていた。

 これまでに何度もアドヴァリア軍の攻撃に耐えてきた自分たちなら今回も乗り越えられる、エルギス兵たちはそう思っていた。しかし、敵の戦力が予想以上に強力であったため、多くのエルギス兵たちは士気を低下させ、苦戦を強いられていたのだ。


「恐れるな! 敵の数は確実に減ってきている。空中の天使たちを警戒しながら侵入を防げぐのだ!」


 見張り台の上でベイガードが仲間の士気が低下しかかっていることに気付き、力の入った声でエルギス兵たちを勇気づけ、それを聞いたエルギス兵や騎士たちは声を上げて返事をする。中には勝てないと思ているのか士気が変わらないエルギス兵もいたが、それでもジックスの町を護るために全力でアドヴァリア軍とぶつかった。

 西門から少し離れた所で待機しているアドヴァリア軍の本隊では馬に乗ったアドヴァリア騎士や兵士たちが西門の戦いを見て目を見開いている。今まで苦労していたジックスの町の襲撃が予想以上に順調に進んでいることに驚いているようだ。


「凄い、ここまで優勢に戦えるとは……」

「これもジャスティス殿の軍団が力を貸してくれたおかげか……」


 自分たちが優勢に戦えていることがいまだに信じられないのか、中年のアドヴァリア騎士と若いアドヴァリア騎士は西門を見つめながらまばたきをする。周りにいる他のアドヴァリア騎士たちも声を漏らしながら仲間たちの活躍を見ていた。

 戦いが始まってからまだ二時間ほどしか経過していないが、既にエルギス軍の防衛部隊にかなりのダメージを与えることができているため、アドヴァリア騎士たちは今度こそ西門を突破し、ジックスの町に突入できると考えていた。


「このまま攻撃を続ければ間違い無く西門を突破することができるな」

「ああ、そのまま一気にジックスの町を制圧すればエルギス侵攻のための拠点を得ることができる。そうなればあとはこちらのものだ」


 ジックスの町を制圧することができればエルギス教国の領土を手に入れるのは簡単だと考え、中年のアドヴァリア騎士と若いアドヴァリア騎士は笑みを浮かべる。既に彼らの頭の中ではアドヴァリア聖王国はエルギス教国との戦争に勝利しているようだ。


「よし、西門を破ることができたら我々も突入し、素早くジックスの町を制圧するぞ」

「いや、その必要はねぇ」


 何処からか聞こえてくる低い男の声にアドヴァリア騎士たちは反応し、声の聞こえた方を向く。そこには赤い鎧を装備し、灰色の髪と濃緑色の肌を持つ鬼のようなモンスターが木箱の上に座って腕を組んでいる姿があった。


「その必要が無い、とはどういう意味ですかな、剛鬼殿?」


 中年のアドヴァリア騎士が目を細くしながら尋ねる。そう、アドヴァリア騎士たちの目の前にいるモンスターはジャスティス直属の上級モンスター、デモンロードの剛鬼だったのだ。

 剛鬼はジャスティスからアドヴァリア軍がエルギス教国とデカンテス帝国への侵攻に手間取っているのでアドヴァリア軍に力を貸すよう命じられてアドヴァリア聖王国にやって来た。そして、現地のアドヴァリア軍の指揮官と合流し、エルギス教国の防衛拠点であるジックスの町の制圧に参加してほしいと頼まれたのだ。

 木箱に座っていた剛鬼は腕を組むのをやめてゆっくりと立ち上がり、中年のアドヴァリア騎士の方に歩き出す。剛鬼の前にいたアドヴァリア騎士たちは剛鬼の迫力に驚いているのか、軽く目を見開きながら左右に分かれて剛鬼に道を開ける。

 剛鬼は中年のアドヴァリア騎士の前までやって来るとジックスの町の西門を見ながら笑みを浮かべる。


「あの程度の町など俺と部下のモンスターたちであっという間に制圧できる。お前らは此処でのんびりと待機してな」

「いや、いくら剛鬼殿や配下のモンスターたちでもあの町を短時間で制圧するのは難しいでしょう。我々と力を合わせれば確実に短時間で……」

「ハァ~、分かってねぇな?」

「は?」


 溜め息をつく剛鬼に中年のアドヴァリア騎士は小首を傾げる。剛鬼は中年のアドヴァリア騎士の方を向くと呆れたような顔を向けた。


「お前らがいると邪魔だって言ってるんだよ」

「じゃ、邪魔、ですか?」


 剛鬼の言葉に中年のアドヴァリア騎士は目元をピクリと動かし、周りにいる他のアドヴァリア騎士は剛鬼の言葉が癇に障ったのか僅かに鋭い目で剛鬼を見つめる。剛鬼はアドヴァリア騎士たちの反応を気にすることなく語り続けた。


「お前らはアドヴァリアでは優秀な騎士や兵士かもしれねぇが、俺らからしてみればただの弱い人間だ。お前らが一緒だと攻撃に巻き込まねぇように気を遣って戦わねぇといけねぇから効率が悪くなるんだよ」

「……お言葉ですが、剛鬼殿の配下のモンスターは百体もおりません。ジックスの町はエルギス教国の町の中でも大型の町、僅かな数で制圧するのは困難だと思います」

「フッ、余計な心配だ。俺たちはジャスティス様より召喚された最強のモンスター、百体以下でもお前ら以上の力を持ってるんだよ」


 余裕の笑みを浮かべながら助力は無用と語る剛鬼にアドヴァリア騎士たちは不満そうな表情を浮かべる。いくらアドヴァリア聖王国に力を貸すジャスティスの配下とは言え、傲慢な態度をとってもいい訳ではない。アドヴァリア騎士たちは剛鬼の態度に不快な気分になった。

 だが、剛鬼は高レベルで実力もあるため、傲慢な態度を取られても言い返すことができない。下手に逆らうと力を貸してもらえなくなると感じ、アドヴァリア騎士たちは何も言い返せなかった。


「俺らはお前らアドヴァリアよりも遥かに優れた戦闘能力を持っている。現に俺の部隊が加わったことでジックスの町への攻撃も楽になったじゃねぇか?」

「それは、確かに……」


 剛鬼たちが加わったことで戦況が大きく変わった事実に中年のアドヴァリア騎士は言い返せずに小さく俯く。周囲にいるアドヴァリア騎士や兵士たちも正論を言われてしまい言葉が出てこなかった。

 静かになったアドヴァリア騎士を見た剛鬼はニッと笑い、ジックスの町の西門の方を向く。


「と言うわけで、あの町の制圧は俺と部下のモンスターだけでやる。お前らはこのまま此処で待機してな。あと、俺らが町に突入したら門の前に集まってる兵士たちは此処まで後退させろ」


 そう言うと剛鬼は両膝を曲げて地面を強く蹴り、西門に向かって勢いよく跳んだ。剛鬼が跳んだ時に発生した衝撃は周りにいるアドヴァリア騎士たちを吹き飛ばし、衝撃に驚いた馬たちは暴れて乗せている中年のアドヴァリア騎士たちを振り落とした。


「うう……な、何て奴だ……」


 落馬した中年のアドヴァリア騎士は地面に体を叩きつけられて苦痛の表情を浮かべ、跳んで行った剛鬼を見つめる。モンスターとは言え、信じられないくらいの脚力を見せた剛鬼にアドヴァリア騎士たちは驚いていた。


「う、噂では奴はレベル90代のモンスターだと聞いたが、あの力からして、噂は本当かもしれないな」

「馬鹿を言うな。レベル90代っていったら神竜や神獣クラスの力ってことだぞ? アイツにそんな力がある訳……」


 剛鬼がレベル90以上だと聞かされていたアドヴァリア騎士たちは倒れたり、座り込んだりして噂の真偽について話し始める。殆どのアドヴァリア騎士たちは噂を信じてはいないが、中には剛鬼の力を見て、もしやと思う者もいた。

 アドヴァリア騎士たちがざわつく中、中年のアドヴァリア騎士はゆっくりと立ち上がり、剛鬼が跳んで行った方をジッと見つめる。


「あの剛鬼というモンスター、性格は問題だが強さは本物だな……我々を頼りにしていないのは気に入らんが、戦争は勝ってこそ意味がある。この戦いは奴に任せた方がいいだろう」


 問題のあっても重要なのは勝利すること、中年のアドヴァリア騎士は自分にそう言い聞かせるように呟きながら不快な気持ちを押し殺し、剛鬼にジックスの町の制圧を任せることにした。

 西門の見張り台の上ではベイガードが西門の前に集まる大勢のアドヴァリア兵たちを見下ろしている。数は一向に減らず、勢いも治まらない現状に悔しさが込み上がってきたのか、ベイガードは愛用のハンマーの柄を強く握った。


(クソォ、こちらと違い、敵は数も士気も低下する様子が無い。このままではいつかは西門が突破されてしまう……西門は捨てて街まで後退するか? いや、町への侵入を許せば押し戻すのはほぼ不可能だ。此処は何としても護り抜かなくては!)


 態勢を立て直すために後退すればますます不利になると感じたベイガードは西門で戦い続ける道を選びハンマーを構える。周りにいるエルギス兵や騎士、魔法使いたちも後退する気は無いらしく、武器を握って空中の権天騎士や地上のアドヴァリア兵たちと戦い続けた。

 ベイガードたちがアドヴァリア軍と攻防を繰り広げていると西門の前に集まるアドヴァリア軍の中心で大きな轟音と共に砂煙が上がる。突然の轟音にベイガードたちエルギス軍や攻撃を続けていたアドヴァリア軍は攻撃を中断して砂煙が上がった場所に注目した。

 砂煙が消えると、そこには片膝を付いた剛鬼の姿があり、剛鬼の姿を見たベイガードたちは目を見開いて驚く。そんな中、剛鬼はゆっくりと立ち上がって目の前にある大きな門を見上げた。


「近くで見るとなかなかの大きさだな……だが、この程度の門は俺の前じゃ紙切れも同然だ」


 不敵な笑みを浮かべながら剛鬼は右手の拳を鳴らし、ゆっくりと西門に近づく。西門前に集まっているアドヴァリア兵たちは無意識に剛鬼の前から移動して西門までの道を開けた。


「この門を開けたら俺と部下のモンスターだけでこの町を制圧する。お前らは後方にいる騎士どもの所まで下がって制圧が終わるのを待ってな」


 剛鬼は笑いながら周りにいるアドヴァリア兵たちに後退することを伝える。アドヴァリア兵たちは状況が理解できずにただ呆然と剛鬼を見ていた。

 西門の前まで近づいた剛鬼は右手を強く握り、西門を殴る体勢を取る。見張り台の上にいたベイガードは近づいて来た剛鬼の姿を見下ろした。


「あ、あのモンスター、他の敵とは明らかに雰囲気が違う。まさか、奴がアドヴァリアの指揮官なのか? ……いや、モンスターが人間の軍の指揮を取るなど……」

「そのとおりだぜ」


 突如右から聞こえてきた声にベイガードは目を見開いて驚く。慌てて右を向くとそこには髭を生やし、戦斧を肩に担いで鋭い表情を浮かべる大柄の男、ジェイクの姿があった。


「き、貴公は確かダーク陛下の……」

「ああ。久しぶりだな、六星騎士さんよ?」

「何ヶ月ぶりかしらね?」


 今度は左の方から若い女の声が聞こえ、ベイガードは振り返る。左側には短剣を右手でクルクル回しながら西門の下を覗き込んでいる軽装で緑のポニーテールをした少女、レジーナが立っていた。

 ベイガードは突然現れたビフレスト王国の冒険者二人に驚いて言葉を失う。周りにいるエルギス兵たちもレジーナとジェイクを見て驚きや警戒の様子を見せていた。


「アリシア姉さんから聞いた時は驚いたけど、まさか本当に上級モンスターが最前線に来てるとはね……」

「ああ、俺たちはとことん運がねぇみてぇだ」


 剛鬼の姿を確認したレジーナとジェイクはめんどうそうな顔をしながら呟く。そんな二人を見ていがベイガードはまだ状況が把握できておらず、まばたきをしながら二人の顔を交互に見ている。


「あ、あの、貴公らはどうして此処に? と言うか、いつからジックスの町に?」

「詳しく説明してる余裕が無いから簡単に言うわ……アンタたちを助けに来たの」


 そう言うとレジーナは見張り台からアドヴァリア軍が集まる西門の外側に飛び下りる。それを見たベイガードは驚愕の表情を浮かべた。


「おいおい、本当に説明が簡単すぎるぞ?」


 ジェイクはレジーナが見張り台から飛び下りたことではなく、説明が簡単なことを指摘し、そのままレジーナの後を追うように見張り台から飛び下りる。


「な、何を考えてるんだ!? この高さから飛び下りるなんて!」


 ベイガードはレジーナに続いてジェイクも見張り台から飛び下りたことに驚き、慌てて見張り台の下を覗き込み、近くにいたエルギス兵たちもつられて下を見る。普通の人間では飛び下りるなんてできない高さなので驚くのは当然だった。

 西門の前では剛鬼が突入口を開くためにパンチを西門に撃ち込もうとしていた。拳を強く握り、剛鬼は笑みを浮かべながら西門を破壊しようとする。すると、剛鬼の背後にレジーナと下り立ち、遅れてジェイクもレジーナの隣に着地した。


「ああ?」


 背後からの気配に気付いた剛鬼はゆっくりと後ろを向く。そして、自分に背を向けているレジーナとジェイクの姿を確認した。

 レジーナとジェイクは周囲にいるアドヴァリア兵たちの姿を確認し、アドヴァリア兵たちもと突然現れた二人に警戒して武器を構える。大勢のアドヴァリア兵に四方から囲まれているにもかかわらず、レジーナとジェイクは落ち着いた様子で周囲を見ていた。


「情報どおり、二個大隊程の戦力はあるな。しかもジャスティスのモンスターの姿もありやがる」

「そうね。でも、それは大して問題じゃないわ。一番問題なのは……」


 僅かに声を低くしながらレジーナは振り返り、ジェイクもそれに続いて後ろを向く。二人の視線の先には目を僅かに細くしながらこちらを見ている剛鬼の姿があった。


――――――


 セルメティア王国の拠点の一つであるジェーブルの町、その町の東にある平原でセルメティア軍とジャスティスの軍団である大部隊が激戦を繰り広げていた。戦力はセルメティア軍の方が上だが、力は敵の方が勝っておりセルメティア軍は僅かに押されている。

 約二時間前、突如ジェーブルの町の東にモンスターの大部隊が現れ、ジェーブルに町に向かって進軍してきた。ジェーブルの町に駐留していたセルメティア軍はそれに気付くとすぐに戦闘態勢に入る。勿論、町の住民たちは建物の中に避難させ、町にいた冒険者たちも防衛に参加させた。

 進軍してきた敵はセルメティア軍の動きを観察するためか、東の平原に入ると停止した。セルメティア軍は進軍してきた敵よりも多くの戦力を平原に送り込んで敵を監視するのと同時に町に近づかせないための防衛線を張る。部隊の指揮を執ってるのはジェーブルの町の防衛部隊の指揮官であり、セルメティア王国直轄騎士団の一つ、蒼月そうげつ隊の隊長であるリダムスだった。

 出撃した戦力以外のセルメティア軍や冒険者たちは町の東側に集まって城壁の上から敵を警戒する。ジェーブルの町への入口は北と南にあるため、念のために二つの門にも防衛部隊を送って護りを固めた。

 平原で向かい合う二つの戦力はしばらく睨み合い、いつでも動けるよう準備を進める。そんな中、ジャスティスの軍団が先に動きだし、大量の権天騎士がジェーブルの町に向かって進軍を開始した。それを食い止めるために平原にいたセルメティア軍も動き出し、二つの戦力は平原のど真ん中でぶつる。

 セルメティア兵や騎士たちは前に出て突撃してきた権天騎士と剣を交え、後方にいる弓兵や魔法使いたちは弓矢や魔法を放ちセルメティア兵たちを援護する。ジャスティスの軍団側も能天導士たちが後方で魔法を放ち、前衛のセルメティア兵や後衛の魔法使いたちを攻撃していた。


「魔法部隊は攻撃しながら仲間たちに補助魔法を掛けろ! 前に出ている者たちは深追いはせず、慎重に戦え!」


 部隊の指揮を執るリダムスは周囲にいる仲間たちに的確に指示を出し、指示を受けたセルメティア兵たちも油断せずに戦っている。リダムスの指示のおかげでセルメティア軍は甚大な被害を受けることなく戦っているが、戦力に差があり、少しずつ押され始めていた。

 ジャスティスの軍団はセルメティア軍と比べると数は少ないが、戦闘能力の高いモンスターで構成されており、数で劣っていてもセルメティア軍と互角以上に戦うことができた。

 部隊のモンスターは全て天使族モンスターとなっており、半分以上が権天騎士と能天導士となっている。勿論、他の種類の天使族モンスターもいるが、権天騎士と能天導士と比べると少なかった。しかし、その数の少ない天使族モンスターは前衛の二種よりも強い力を持っていることをセルメティア軍に兵士たちは気付いていない。

 激しい攻防が繰り広げられている中で一人のセルメティア騎士が二体の権天騎士を相手にしていた。セルメティア騎士はそれなりにレベルが高いのか二体の権天騎士を相手にしながら優勢に戦っていた。


剛撃三連斬ごうげきさんれんざん!」


 セルメティア騎士は持っている騎士剣に気力を送り込んで戦技を発動させ、剣身が水色に光ると三回連続で騎士剣を振り、正面にいる二体の権天騎士の内、一体を一度、もう一体を二度斬って攻撃する。戦技を受けた権天騎士たちは苦しむ様子を見せると光の粒子となって消えた。

 権天騎士たちを倒すとセルメティア騎士は軽く息を吐いてから騎士剣を構え直して周囲に敵がいないか確認する。


「戦いが始まってかなり時間が経っているはずなのに敵の数が減っている様子が全く見られない。いったい何体いるんだ」


 敵の数に変化が見られない戦況にセルメティア騎士は表情を僅かに険しくする。すると、セルメティア騎士の前に一体の天使族モンスターが近づいて来た。権天騎士のように白い全身甲冑フルプレートアーマーと白いフルフェイスの兜を装備し、少し大きめの天使の翼を二枚生やしている。ただし、権天騎士と違って身長は3m近くあり、手には柄の長いハンマーが握られていた。

 突如目の前に現れた新たな天使族モンスターにセルメティア騎士は目を見開いて驚く。近くで他の権天騎士と交戦していた他のセルメティア兵や騎士も巨体の天使族モンスターを見て驚いている。


「な、何だコイツは? 周りの天使たちの隊長か?」


 セルメティア騎士は騎士剣を構えたまま巨体の天使族モンスターを見上げる。天使族モンスターはセルメティア騎士を見下ろしながら無言でハンマーを振り上げ、勢いよく斜めに振ってセルメティア騎士に攻撃を仕掛けた。

 迫ってくるハンマーを見てセルメティア騎士は咄嗟に後ろに跳んでハンマーをかわす。攻撃をかわすと、すぐに巨体の天使族モンスターに近づいて騎士剣で反撃する。

 だが、巨体の天使族モンスターは騎士剣をハンマーの柄の部分を使って防ぎ、素早く騎士剣を払うと再びハンマーで攻撃する。セルメティア騎士はもう一度攻撃をかわそうとしたが、今度は攻撃を防がれた直後で回避行動が取れず、ハンマーをまともに受けてしまった。


「ぐおおぉっ!」


 ハンマーの頭はセルメティア騎士の脇腹に命中し、セルメティア騎士は苦痛の声を上げる。鎧の上から攻撃を受けたにもかかわらず強い衝撃が襲い掛かり、セルメティア騎士はそのまま大きく飛ばされてしまう。

 セルメティア騎士は地面を擦りながら十数m先まで飛ばされ、権天騎士と戦っていたリダムスの足元で停止する。リダムスは突然飛んできた仲間の姿を見て驚き、素早く権天騎士を倒してセルメティア騎士に駆け寄った。


「おい、大丈夫か! 何があった?」


 リダムスは倒れているセルメティア騎士の上半身を起こして何があったのか聞き出そうとする。しかし、セルメティア騎士はかなりのダメージを受けているようで意識が無い。しかも鎧の攻撃を受けたと思われる箇所は大きく凹んでおり、セルメティア騎士が強い攻撃を受けたのが一目で分かった。

 険しい表情を浮かべながらリダムスがセルメティア騎士が飛んで来た方を向くと、ハンマーを両手で握りながら歩いて来る巨体の天使族モンスターが視界に入った。


「アイツに仕業か……明らかに他の天使とは格が違うな」


 天使族モンスターの強さを感じ取ったリダムスはゆっくりとセルメティア騎士を寝かせて前に出ると持っている騎士剣を構えた。


「おい、彼を後方に運んで神官たちに手当てをさせろ!」


 リダムスは近くにいる手の空いたセルメティア兵たちに声を掛けて倒れているセルメティア騎士を安全な所へ連れて行くよう指示を出す。指示を聞いた二人のセルメティア兵は急いで意識を無くしているセルメティア騎士を抱えてジェーブルの町の方へ移動した。

 セルメティア兵たちが離れるのを確認するとリダムスは近づいてくる巨体の天使族モンスターの方を向く。徐々に距離を縮めてくる天使族モンスターを見てリダムスは微量の汗を流した。


(この天使、間違い無くレベル40代後半、もしくは50代前半ぐらいの力を持っている。あの騎士の鎧から物理攻撃力が高いのは間違い無い。私でも勝てるかどうか……)


 重傷を負った仲間のことを考えながらリダムスは巨体の天使族モンスターがかなりに力を持っていると感じる。リカルドは直轄騎士団の中でもそれなりの実力を持っているが、英雄級の実力にまでは達していない。天使族モンスターに勝てるかどうか不安を感じていた。

 リダムスが勝てるかどうか考えていると、巨体の天使族モンスターはリダムスの前までやって来て持っているハンマーを振り下ろして攻撃する。リダムスは素早く左へ移動して振り下ろしをかわし、天使族モンスターの懐に入り込んだ。そして、素早く騎士剣に気力を送り込み戦技を発動させる態勢に入る。


剣王破砕斬けんおうはさいざん!」


 剣身を蒼く光らせる騎士剣を振り、リダムスは天使族モンスターに攻撃する。騎士剣は天使族モンスターの体に切傷を付け、攻撃を受けて天使族モンスターは僅かに怯んだ。しかし、倒れることは無く、体勢を立て直すとハンマーを横に振って反撃した。

 リダムスは左から迫ってくるハンマーを見ると咄嗟に後ろへ跳び、ギリギリでハンマーをかわした。だが、体勢を整える前に回避行動を執ったため、かわした直後に体勢を崩して仰向けに倒れてしまう。


「クソッ、しまった!」


 倒れたリダムスは急いで立ち上がろうとするが巨体の天使族モンスターはその隙を見逃さず、倒れているリダムスに向けてハンマーを振り下ろした。

 迫ってくるハンマーを見たリダムスはやられると感じて思わず目を閉じる。だがその時、リダムスと巨体の天使族モンスターの間に何者かが入って天使族モンスターのハンマーを持っている剣で止めた。剣とハンマーがぶつかったことで高い金属音と軽い衝撃が周囲に広がる。

 リダムスは目を開けると周囲を見回して何が起きたのか確認する。すると、自分の前で巨体の天使族モンスターのハンマーを止めている黄緑色の短いツインテールの女騎士の後ろ姿が目に入った。


「大丈夫ですか?」


 女騎士が前を向いたままリダムスに声を掛けると、リダムスは呆然としながら上半身を起こす。


「あ、貴女は……」

「あたしはファウ、ビフレスト王国の国王、ダーク陛下直属の黒騎士です」

「ダ、ダーク陛下!?」


 目の前にいる女騎士、ファウがダークの部下だと知ってリダムスは目を見開く。リダムスはファウと今回初めて会ったため、彼女がダークの部下であることを知ってかなり驚いていた。だが、それ以上に驚いているのは、ファウが剣で、それも片手で持った状態で巨体の天使族モンスターのハンマーを止めていることだ。

 巨体の天使族モンスターは突然現れたファウを見ながら再びハンマーを振り上げてファウを攻撃しようとする。だがファウは天使族モンスターが攻撃する前に踏み込み、持っている剣、サクリファイスで天使族モンスターの腹部に横切りを放つ。

 腹部を斬られた巨体の天使族モンスターはハンマーを振り上げた状態のまま光の粒子となって消滅し、それを見たリダムスは再び驚きの表情を浮かべる。一方でファウは複雑そうな顔をしながらサクリファイスを見つめていた。


「う~ん、一応モンスターは楽に倒せたけど、これだけじゃあ本当にファフニールと闘血で強くなったのか分からないわねぇ……」

「大丈夫だと思うぞ?」


 新たに聞こえてきた若い女の声に反応し、ファウとリダムスは声が聞こえた方を向くと、そこにはフレイヤを握りながら歩いて来るアリシアの姿があった。


「今の天使は主天闘士と言う中級でも上位の力を持ったモンスターだ。それを難なく倒せたのだから間違い無く強くなってると思うぞ?」

「そうでしょうか? あたしにはよく分かりません」


 再び複雑そうな顔をしながらアリシアの方を向き、そんなファウを見てアリシアは小さく笑う。その姿はまるで妹を見守る姉のようだった。因みにアリシアが巨体の天使族モンスターの名前を知っているのはジェーブルの町に来る前にノワールからモンスターの情報を教えてもらったからだ。

 アリシアとファウの近くではリダムスは驚きの表情を浮かべながら二人を見ている。アリシアはリダムスが自分たちを見ていることに気付くと視線をリダムスの方に向けた。


「ア、アリシア殿……」

「ご無沙汰しております、リダムス殿。まさか貴方がジェーブルの町にいらっしゃるとは思いませんでした」


 久しぶりに再会した祖国の騎士にアリシアは落ち着いた態度で挨拶をする。リダムスも嘗て共にセルメティア王国のために戦っていた騎士の姿を見て無意識に落ち着いた表情を浮かべて立ち上がった。


「アリシア殿、どうして貴女が此処に? 確か貴女はビフレスト王国の総軍団長をなさっているはずでは……」

「……一時間ほど前にジェーブルの町がジャスティスの軍団の襲撃を受けていると聞き、私とこっちのファウ・ワンディーが救援に参りました」

「きゅ、救援? しかし、こんな短い時間でビフレスト王国からこのジェーブルにやって来るなど……」

「転移魔法を使えば何の問題もありません」


 驚くリダムスにアリシアは落ち着いた態度で答え、ファウも目を閉じながらうんうんと何度も頷く。突然現れて天使族モンスターを倒し、落ち着いて救援に駆けつけたというアリシアとファウを見てリダムスは思わず目を丸くしていた。

 アリシアたちが会話をしていると三人の前に新たに四体の権天騎士、二体の主天闘士がやって来て剣とハンマーを構える。新たな敵の登場にリダムスは咄嗟に騎士剣を構えながら警戒するが、アリシアとファウは落ち付いた様子で目の前の天使族モンスターたちを見ていた。


「アリシア殿、貴女がたが救援としてこの国に来たのは理解しました。それで他の救援部隊は何処ですか?」

「……いません」

「……え?」


 リダムスはアリシアの言葉に思わず声を漏らす。アリシアはフレイヤを片手で持ちながら静かに構え、ファウもサクリファイスを両手で握りながら中段構えを取る。


「い、いない、というのはどういう……」

「言葉どおりです。今この場にいるのは私とファウだけです。もう少し時間が経てば他の救援部隊も到着すると思います」

「た、たったお二人ですか!?」


 予想外の答えにリダムスは思わず声を上げる。折角救援に来てくれた者たちに対してリダムスの態度は失礼かもしれないが、救援がたった二人だと聞かされればそのような態度を取るのも無理の無いことだった。

 リダムスが戦況を変えることのできないと感じて表情を僅かに歪める。だが、アリシアとファウは落ち着いた様子のまま目の前の敵を見つめていた。


「心配ありません。これぐらいの敵なら……」


 アリシアは静かに語りながらフレイヤを強く握って地面を軽く蹴り、天使族モンスターたちに向かって跳ぶ。ファウも少しだけ遅れて同じように跳び、二人は天使族モンスターたちに近づく。そして、素早くフレイヤとサクリファイスを振り、四体の権天騎士、二体の主天闘士を一瞬で斬り捨てた。

 天使族モンスターたちは何が起きたのか理解できないまま光の粒子となって消滅し、その光景を目にしたリダムスは驚愕の表情を浮かべる。この時のリダムスはまだアリシアとファウがもの凄い速さで全ての天使族モンスターを斬り捨てたことに気付いていなかった。

 アリシアとファウは天使族モンスターたちを片付けると前を見ながら体勢を整えてフレイヤとサクリファイスを軽く振った。


「……私たち二人だけでも問題ありません」


 先程言っていた言葉の続きを口にしながらアリシアはジャスティスの軍団に勝てることを宣言した。


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