第三百七話 猛者たちの進撃
アリシアたちが驚きの表情を浮かべるとエルフのビフレスト騎士は目を軽く見開いて三人を見る。目の前にいるアリシア、ノワール、ファウはビフレスト王国の中でも飛び抜けた実力と権力を持つ存在であるため、その三人が驚愕する姿を見てエルフのビフレスト騎士も驚いていた。
エルフのビフレスト騎士が驚きながら三人を見ているとアリシアが僅かに表情を険しくしながら握り拳を作り、視線だけを動かしたノワールの方を見た。
「ノワール、ジェーブルの町を襲撃したモンスターは……」
「ええ、間違い無くミカエルでしょう」
ノワールの答えを聞いたアリシアは奥歯を強く噛みしめ、ファウも目を見開きながら驚いた。
ジャスティス配下の上級モンスターたちは幹部的な立場からてっきり後方で各部隊の指揮を執るのだとばかり思っていたのに、最前線に出て直接戦うという可能性として低い状況になってしまったことにアリシアたちは衝撃を受けていた。そして、そんなアリシアたちに更に追い打ちを掛けるかのような事件が起こる。
アリシアたちがエルフのビフレスト騎士から報告を受けていると、エルフのビフレスト騎士の後方から更にビフレスト騎士と女ビフレスト騎士が走ってくる姿が目に入る。二人に気付いたアリシアたちとエルフのビフレスト騎士は一斉に視線を二人に向けた。
「アリシア殿、大変です!」
ビフレスト騎士が声を上げながら走ってくる姿を見て、アリシアたちは嫌な予感がし表情を僅かに曇らせる。走ってきたビフレスト騎士たちはエルフのビフレスト騎士の隣までやって来ると呼吸を乱しながらアリシアたちを見た。
「先程、エルギス教国に派遣された部隊の兵士から緊急連絡が……」
「緊急……まさか、ジャスティスの軍団の大部隊がエルギスの拠点に攻め込んで来たのか?」
「えっ、ご、ご存じで?」
意外そうな反応をするビフレスト騎士を見たアリシアは、やっぱりと言いたそうに表情を鋭くする。できれば予感が外れていてほしい、そう願っていたのに的中したことをアリシアは心の中で残念に思っていた。勿論、ノワールとファウも同じ気持ちだ。
「……いや、今も彼からセルメティア王国の町が襲撃されたと報告を受けていたので、もしかしてと思ったんだ」
「そ、そうだったのですか……」
自分と同じ報告をしていたエルフのビフレスト騎士を見ながらビフレスト騎士は軽く目を見開く。エルフのビフレスト騎士も他の国でもジャスティスの軍団が拠点を襲撃していたと知って少し驚いた顔をしながらビフレスト騎士を見ている。
アリシアは二つの国がほぼ同時にジャスティスの軍団の攻撃を受けていると知り、かなり面倒な戦況になっていると感じていた。そんな時、ビフレスト騎士と共にやって来た女ビフレスト騎士が目に入る。
「お前は彼と同じ部隊の者か?」
女ビフレスト騎士に話しかけると、女ビフレスト騎士は少し驚いた表情を浮かべながらアリシアの方を向いた。
「い、いえ、私はマルゼント王国に派遣された部隊からの報告を受けて此処に……」
エルギス教国に続いてマルゼント王国からの報告が来たことにアリシアは目元を僅かに動かす。ここまでの流れからアリシアは最悪な報告内容ではないかと感じている。しかし、そう何度も同じことがあるはずがない、アリシアは自分にそう言い聞かせながら女ビフレスト騎士の報告を聞くことにした。
「そうか……それで、マルゼント王国からはどんな報告が?」
「そ、その……大変申し上げにくいのですが……」
女ビフレスト騎士はアリシアから目を逸らし、複雑そうな表情を浮かべる。女ビフレスト騎士の様子を見たアリシアはまさか、と思いながら僅かに目を細くして女ビフレスト騎士を見つめた。
「……まさか、マルゼント王国でもジャスティスの軍団が現れて何処かの町を襲撃している、などとは言わないよな?」
「……」
アリシアの問いに女ビフレスト騎士は何も答えずに黙り込む。それを見たアリシアは嫌な予感が的中し、悔しそうな顔で舌打ちをする。立て続けに最悪な報告を受けることになった現実にアリシアは小さな苛立ちを感じていた。
ノワールはジャスティスの軍団が三つの国の拠点を同時に襲撃したことに対して面倒そうな顔をしており、ファウは悪すぎる戦況に愕然としていた。報告に来ていたエルフのビフレスト騎士ともう一人のビフレスト騎士も驚きの表情を浮かべながら女ビフレスト騎士を見ている。
「因みに、エルギス教国とマルゼント王国に現れた敵部隊の指揮官が何者か分かりますか?」
今まで黙って話を聞いていたノワールがビフレスト騎士と女ビフレスト騎士に敵の指揮官について尋ねる。襲撃してきた敵が全てジャスティスの軍団だということには驚かされたが、指揮官次第で脅威と言える敵なのか判断できるため、念のために指揮官について聞いておこうと思っていた。
「報告にやって来た兵士によると、エルギス教国に現れた敵の指揮官は緑色の肌に赤い鎧を装備した悪魔のようなモンスターでアドヴァリア軍の部隊と共に攻撃を仕掛けてきたそうです」
「マルゼント王国に現れた部隊は両腕から青い鳥の翼を生やしたハーピーに似たモンスターが指揮を執っていたと聞きました」
ビフレスト騎士と女ビフレスト騎士は報告に来た者の話を思い出しながら指揮官の特徴をノワールに説明する。説明を聞いたノワールは目を僅かに鋭くし、アリシアとファウは目を見開いて驚きの反応を見せた。そう、エルギス教国に現れた敵の指揮官は剛鬼、マルゼント王国に現れた敵の指揮官はスノウだったのだ。
ミカエルがセルメティア王国に現れたため、まさかとは思っていたが、本当にジャスティスの側近である三体の上級モンスターが全て前線に出て来るとは予想していなかったため、アリシアたちは衝撃を受けていた。
「ま、まさか本当に上級モンスターたちが全て最前線に出て来るなんて……」
「ヴァレリア殿が言っていた最も低い可能性が的中してしまったという訳か……クソォ!」
驚きを隠せずにいるファウと最悪の状況に険しい顔をするアリシア、二人の様子を見て報告に来たビフレスト騎士たちは非常に厄介な状況だと感じ取り、焦りや驚きの表情を浮かべた。
「でも、どうしてミカエルたちはこんなに早く最前線に出てきたのでしょう?」
「恐らく、ジャスティスさんの戦線復帰が近いからだと思います」
ノワールが小さく俯きながら呟き、それを聞いたファウは視線をノワールに向け、アリシアやビフレスト騎士たちも一斉にノワールの方に向いた。
「ジャスティスが戦線に復帰する……それは本当か?」
「可能性は高いと思っています。ジャスティスさんがマスターと戦ってから既に三週間が経過しています。もうそろそろジャスティスさんの壊れた全身甲冑の修理が終わる頃です」
ダークとジャスティスが戦った日から一ヶ月近く経過していることを考え、ノワールはジャスティスが万全の状態で戦えるようになっているかもしれないと語り、アリシアとファウは驚愕の表情を浮かべる。
「ジャスティスが前線に出て来る……で、でも、それでどうしてミカエルたちが最前線に出て来る理由になるんです?」
ファウはジャスティスの復帰がなぜミカエルたちの襲撃に繋がるのか理解できずにいた。アリシアもいまいち理解できず、難しい顔をしながらノワールを見ている。するとノワールは顔を上げてゆっくりとアリシアとファウの方を向いた。
「ジャスティスさんという強大な力を持つ存在が戦力に加われば敵の力は大きく上昇します。そうなれば大連合の属する国を侵攻することは勿論、拠点を制圧することも簡単です」
「確かに……」
「敵はきっと、自分たちの戦力が急上昇した時に一気に進軍し、各国の首都を陥落させて国を制圧しようとしているのでしょう」
「各国を、一気に制圧……」
アリシアはジャスティスたちの狙いを知ると目を見開いたまま固まり、ファウやビフレスト騎士たちも耳を疑う。勿論、ノワールが話したことは彼の予想であって本当にそれが敵の狙いかどうかは分からない。しかし、主席魔導士であるノワールの予想なら可能性は高いとアリシアとファウは考えていた。
「マスターがジャスティスさんとの戦闘で負傷している今、ジャスティスさんたちは自分たちにとって最大の脅威と言える僕らの戦力が大きく低下していると思っているはずです。僕らの戦力が低下している今の内に同盟国を落としてこの国の士気を低下させようとしているのかもしれません」
「それで強大な戦力である上級モンスターたちを前線に出し、この国よりも戦力の低い他の国を先に攻め落とそうとしているわけか。そしてジャスティスが戦線復帰したらこの国を攻撃する……」
敵の戦力が脅威になるかを計算して作戦を練っているジャスティスたちにアリシアは目を鋭くする。自分たちの力が低下していると思われているのは悔しいが、しっかりと作戦を練って行動する点はアリシアも評価していた。
このままではセルメティア王国、エルギス教国、マルゼント王国がジャスティスの軍団によって攻め落とされてしまう。アリシアとファウは表情を僅かに険しくし、ビフレスト騎士たちは焦りを見せながらどうすればいいか考えた。
アリシアたちが考えていると、ノワールはビフレスト騎士たちの方を向き、真剣な表情を浮かべながら口を開いた。
「急いでレジーナさん、ジェイクさん、マティーリアさん、ヴァレリアさんの四人に二階の会議室に来るよう伝えて来てください」
「え? レジーナ殿たちを、ですか?」
「そうです。急いでください!」
「ハ、ハイ!」
力の入った声を出すノワールに驚きながらもビフレスト騎士たちは言われたとおりレジーナたちを呼びにいくため走り出した。
ビフレスト騎士たちが走っていく姿をノワールは黙って見送り、アリシアとファウも同じようにビフレスト騎士たちの後ろ姿を見ている。この時の二人はノワールがなぜビフレスト騎士たちにレジーナたちを呼びに行かせたのか予想できていた。
「……アリシアさん、ファウさん、皆さんの出番です」
「ああ、分かっている」
「まさか、こんなに早く出撃することになるとは思いませんでした」
予想では上級モンスターと戦うのはもう少し先だと思っていたためか、ファウは意外そうな表情を浮かべる。上級モンスターと戦うことに恐怖や緊張を感じている様子はなく、普通にモンスターや盗賊などと戦うような感覚だった。
アリシアも真剣な表情を浮かべながらノワールを見ており、そんなアリシアを見たノワールは休んでもらうはずのアリシアに動いてもらうことになってしまい、申し訳なく思っていた。
「すみません、アリシアさん。数分前に休んでほしいと言ったばかりなのに……」
「相手がジャスティス直属の上級モンスターなら仕方がないさ。奴らとまともに戦えるのは私たちだけだ」
ノワールの謝罪に対してアリシアは嫌そうな顔は一切せずに小さく笑う。アリシアの笑顔を見たノワールは複雑そうな表情を浮かべた。
本来なら、アリシアに休んでもらおうと話していたため、レジーナたち五人だけで上級モンスターと戦ってもらうべきなのだが、上級モンスターと互角に戦うことを考えると、二人で一体を相手にする必要がある。しかし、そうなると誰かは一人で上級モンスターと戦わないといけない。人間とモンスターの力の差を考えると、一人で戦うのはあまりにも危険だった。
一人足りないのであればノワールがレジーナたちと共に戦えばいいと考えられるが、まだ前線にはハナエが出て来ておらず、もしハナエが前線に出てくれば対抗できるのはノワールだけだ。ハナエの襲撃を警戒するのであれば、どうしてもノワールには待機してもらわないといけない。だからアリシアにはレジーナたちと共に出撃してもらうしかないのだ。
「上級モンスターたちはセルメティア、エルギス、マルゼントの一体ずつ現れたと言っていましたから、私たちも三組に分かれて各戦場に向かうべきでしょうね」
「ああ、問題は誰をどの国に向かわせるかだ。誰がどの国でどのモンスターを相手にするかで戦いの優劣が大きく左右される」
「ええ、それを決めるためにもレジーナさんたちを集めてしっかりと話し合わないといけません」
ノワールの言葉に同意したアリシアとファウはノワールを見ながら頷く。いくらマジックアイテムで強くなっても戦闘での相性が悪ければ不利になってしまうため、有利に戦うためにも仲間同士て誰が何処の担当になるか決める必要があった。
「それじゃあ、私たちも会議室へ向かおう」
「ハイ」
アリシアの言葉にノワールは返事をしながら頷き、ファウも無言で頷く。三人は待ち合わせ場所である会議室に向かうため、早足で二階へ続く階段へ移動した。
――――――
マルゼント王国の北東にあるジンカーンの町、その北門ではマルゼント軍の防衛部隊が進軍してきたジャスティスの軍団の部隊と交戦している。モンスターのみで構成されているジャスティスの部隊の激しい攻撃を防衛部隊は必死に耐えていた。
北門を護るマルゼント軍の防衛部隊は半分以上が魔法使いで構成されており、必死に魔法で敵モンスターを攻撃をしている。中には防御魔法で敵の攻撃を防いでいる者もおり、その周りには魔法使いたちを護衛する兵士や騎士の姿があり、魔法使いを攻撃しようとするモンスターを攻撃した。
対するジャスティスの軍団の部隊は数種類のモンスターの内、半分以上が権天騎士や能天導士となっており、北門に接近して防衛部隊を攻撃している。後方では六体のストーンタイタンが横一列に並んで待機しており、北門の防衛部隊が権天騎士たちに倒されるのを待っていた。
ストーンタイタンの足元には氷の鎧と兜を装備し、右手に氷の剣、左手に氷の盾を持った騎士のようなモンスターがニ十体ほど控えており、遠くにある北門を見ている。そして、その中にはジャスティス直属の上級モンスターの一体である氷界の女王、スノウの姿があった。
「なかなかしぶといわね。まさかここまで持ち堪えるなんて……」
杖を握りながら氷でできた椅子に座り、スノウは意外そうな顔で北門の戦いを眺めている。マルゼント軍が予想以上に抵抗していることに内心驚いていた。
スノウの部隊がジンカーンの町を攻撃し始めてから既に二時間近く経過しており、北門を護る防衛部隊にかなりの被害を与えることができた。しかし、マルゼント軍も魔法を上手く使って権天騎士たちの攻撃を防ぎ、隙ができれば反撃している。更にジンカーンの町に駐留しているマルゼント軍の戦力が多いこともあり、スノウの部隊はなかなか北門を突破することができずにいた。
「たかが異世界の人間がこれほど抵抗するとは……こんなことなら門を攻撃する際にストーンタイタンたちも一緒に攻撃させるべきだったわ」
悔しそうな顔をしながらスノウは上を向き、自分の後ろで待機しているストーンタイタンたちを見上げた。
マルゼント軍には優れた魔法使いが多く所属していることをスノウはこれまでに得た情報から知っている。そのため、ジンカーンの町の防衛にも大勢の魔法使いが配置されているとスノウは確信しており、実際彼女の予想どおり、防衛部隊には大勢の魔法使いの姿があった。
ストーンタイタンは物理攻撃力が高く、門や壁を破壊するのには打ってつけのモンスターだが、魔法攻撃には弱いため、いきなり北門を攻撃させてはマルゼント軍の魔法使いたちの攻撃を受けて大ダメージを受けてしまう。そう考えたスノウは先に権天騎士や能天導士たちを使い、北門を護る魔法使いたちを先に始末してからストーンタイタンたちに北門を破壊させようと考えていた。
だが、ストーンタイタンたちを北門の攻撃に参加させなかった分、攻撃部隊の力が低くなってしまい北門の突破に苦労していた。スノウは攻撃に参加させるモンスターの選択に失敗したと悔しく思いながら北門の戦いを見ている。
「このまま時間を掛けては門を攻撃させた権天騎士たちの数が減らされてしまい、ジンカーンの町の制圧にも時間が掛かってしまう。それではジャスティス様に顔向けができない……」
ジャスティスの直属モンスターとして失敗は許されない、そう感じたスノウは目を閉じてどうすれば効率よくジンカーンの町を制圧できるか考える。
レベル92の自分が動けばあっという間に制圧できるだろうが、スノウは指揮官である自分が先頭に立って敵を倒すことを野蛮だと考えており、敵拠点に突撃しようとは思っていなかった。何よりも指揮官である自分の力をおいそれと敵に見せるのは得策ではないと考えている。
考えた末、スノウはゆっくりと立ち上がり、自分の周りにいる氷の騎士のようなモンスターたちに視線を向ける。モンスターたちもスノウが席を立つのと同時に一斉にスノウの方を向いた。
「仕方がないわ。これ以上時間を掛けるわけにもいかない……アイスコマンド、貴方たちの出番よ。北門を制圧し、突入口を開きなさい」
スノウは周りにいる氷の騎士のようなモンスターたちをアイスコマンドと呼んでジンカーンの町を攻撃するよう命令する。命令を受けたアイスコマンドたちは無言で一斉に姿勢を正す。
アイスコマンドは水属性の上級妖精族モンスターでLMFでは氷界の女王の護衛という設定となっている。レベルは70から75の間で水属性攻撃の耐久力が高く、物理攻撃力と防御力も高い。しかも魔法防御力もあるため、並みの魔法ではダメージは殆ど与えられない。ただ、氷の騎士というだけあって炎属性の攻撃には弱い。
スノウはアイスコマンドたちを見た後、ストーンタイタンの方を向き、ストーンタイタンの後ろを確認する。ストーンタイタンの後ろには青い羽を持った体長3mほどの鷲のような鳥形モンスターが六体待機している。そして、その後ろには大勢の権天騎士や能天導士が隊列を組んで待機していた。
「フリーズイーグルたちも使った方がいいわね。空中から町に侵入すれば敵も混乱して制圧しやすくなるはず」
待機している青い鳥のモンスターたちをフリーズイーグルと呼ぶスノウは小さく笑みを浮かべ、アイスコマンドたちと共にジンカーンの町の攻撃に参加させようと考えた。
フリーズイーグルはレベル45から49の鳥族の中級モンスターで高い移動速度を持っている。移動速度が高いだけでなく、冷気を纏った羽を飛ばして攻撃してくる上、その羽を受けると一定の確率で凍結してしまうため、レベルの近いLMFプレイヤーからは厄介なモンスターの一体と言われていた。
スノウは待機しているフリーズイーグルに近づくと杖を持っていない方の手を上げる。すると、それを合図に待機していたフリーズイーグルたちは一斉に飛び上がり、はばたきながら空中で待機した。
フリーズイーグルが飛び上がるのを確認したスノウは小さく笑い、ジンカーンの町の方を向いて杖の先をジンカーンの町に向ける。
「これより、我々はジンカーンの町を制圧するために全戦力で攻撃を仕掛ける。門を突破次第、町の中心を目指して進軍しなさい。抵抗する者は処刑して構わないわ!」
スノウが大きな声で指示を出すとフリーズイーグルたちは鳴き声を上げ、アイスコマンド、ストーンタイタン、待機していた権天騎士たちは無言で一斉に目を光らせる。そして、スノウがジンカーンの町に向かって歩き出すと、他のモンスターたちも一斉にジンカーンの町に向かって進軍を開始した。
ジンカーンの町の北門ではマルゼント兵や騎士、魔法使いたちが北門の周りにいる権天騎士や能天導士と戦い続けている。一体ずつ確実に倒しているが、数が多すぎるため、なかなか戦況が変わらない。
北門の上の見張り台では四元魔導士の一人でありマルゼント王国の軍師であるモナが権天騎士と戦っていた。魔法で風を起こして権天騎士の体勢を崩した瞬間に羽扇を振って真空波を放ち、権天騎士を斬り捨てる。斬られた権天騎士は光の粒子となって消滅した。
「クソ、いくら倒しても切りが無い。いったいどうすれば……」
「おい! アレを見ろぉ!」
モナが表情を歪めながら周りを見ていると、同じ見張り台にいたマルゼント兵の一人が北を指差しえて声を上げる。モナや他のマルゼント兵、魔法使いたちが一斉に北を見ると、スノウ率いる敵部隊がジンカーンの町に向かって進軍してくる光景が目に入った。
今北門に集まっている権天騎士たちと戦っているだけでも大変なのに更に大勢の敵が北門に向かって進軍しているという戦況に北門を護るマルゼント兵たちは驚愕の表情を浮かべた。
「ば、馬鹿な……奴ら、全軍でこの北門を攻撃するつもりか……」
「冗談じゃないわよ! あんな数の敵に攻撃されたら防ぎ切れないわ!」
敵の戦力を見てマルゼント兵は声を震わせ、女魔法使いは感情的になる。見張り台や城壁の上にいる他のマルゼント兵たちも敵が進軍する姿を見て士気を低下させていく。
(マズイ、皆の士気が下がり始めている。このままでは北門を護ることは愚か、戦うことすらできない。どうすれば……)
仲間たちの士気が低下し始める光景を見てモナは打開策が無いか考える。だが、不利な戦況にどうすればいいか分からず、モナも混乱しかかっていた。
「情けない奴らじゃのぉ? この程度の戦況で士気を乱すとは……」
「!?」
何処からか聞こえてくる声にモナは顔を上げ、フッと右側を向く。そこには竜の角と竜翼、竜尾を生やして大きな刀剣を肩に担いでいるマティーリアの姿があった。
モナだけでなく、見張り台にいた他のマルゼント兵や魔法使いも突然現れたマティーリアに目を見開いて驚く。ビフレスト王国の冒険者であるマティーリアがマルゼント王国にいるのだから驚くのは当然だった。マティーリアは周りの視線を気にすることなく迫ってくるジャスティスの軍団の部隊を見ていた。
「仕方がないだろう。未知のモンスターの大群が迫ってくれば士気も低下する。寧ろここまで戦えたことを褒めるべきだ」
今度は頭上から若い女の声が聞こえ、モナたちは一斉に上を向く。そこには露出度の高い服を着て三角帽を被った美しい魔女、ヴァレリアが宙に浮いている姿があった。モナたちはマティーリアだけでなく、ヴァレリアまでいることに驚いて目を丸くする。
モナたちがヴァレリアを見上げているとマティーリアがモナに近づいて鋭い目で彼を見つめる。
「モナ、大丈夫か?」
「え? あ、ハイ」
マティーリアの言葉でモナは我に返り、マティーリアを見ながら小さく頷く。
「四元魔導士のお主がいるということは、お主が防衛部隊の指揮官か?」
「ハ、ハイ。元々は指揮官はダンバが任されていたのですが、ダンバは敵の攻撃を受けて負傷し、救護班の下へ運ばれたので渡した指揮官の代行を……」
「そうか……」
「あ、あの、マティーリアさん、どうして貴女とヴァレリアさんがこちらに?」
困惑するような顔をしながらどうしてマルゼント王国にいるのかモナが尋ねると、マティーリアは表情を変えず静かに口を動かす。
「妾たちはお主らを助けるためにビフレスト王国から派遣されたのじゃ」
「派遣? 援軍ということですか?」
ビフレスト王国でも英雄級の実力者が二人も援軍として来たことにモナは驚く。周りにいるマルゼント兵や魔法使いたちも意外そうな顔をしていた。
「あ、あの、我々は増援が来るという話は一切聞いていないのですが……」
「当然じゃ、一時間ほど前にマルゼント軍が押されていると報告を受け、妾たちは王族に何の連絡も入れず、たった今、転移魔法でこの町にやって来たのじゃからな」
「報告を受けた? いったい何時――」
「話は後じゃ」
モナが質問しようとした時、、見張り台の正面に四体の権天騎士が現れた。権天騎士の姿を見て見張り台の上にいたモナやマルゼント兵たちは緊迫した表情を浮かべる。そんな中、マティーリアだけは鬱陶しそうな顔で権天騎士を睨んでいた。
「人が説明しようとしている時に邪魔をするな!」
険しい顔でそう言うとマティーリアはジャバウォックを両手で強く握り、剣身に黒い靄を纏わせる。そして、権天騎士たちが見張り台の上にいるマティーリアたちに襲い掛かろうとした瞬間、マティーリアはジャバウォックを大きく横に振った。
ジャバウォックが横に振られたことで剣身の黒い靄が扇状に放たれて四体の権天騎士を呑み込む。権天騎士たちは痛みを感じているのか苦しむような動作を見せ、やがて光の粒子となって消滅した。
モナたちは自分たちが苦戦していた敵を一瞬で倒してしまったマティーリアに驚いて言葉を失う。マティーリアが英雄級の実力者であることは知っているが、これほど簡単に権天騎士たちを倒すとは予想もしていなかったようだ。
権天騎士たちを片付けたマティーリアはジャバウォックを再び肩に担ぎ、ジャバウォックを持っていない方の手を見つめる。
「……フム、下級の天使たちを簡単に片付けたか。しかし、これではあの血を飲んで強くなったのか分からんのぉ」
マティーリアは少し複雑そうな顔をしながら小首を傾げる。彼女の発言から、どうやらマティーリアは既にファフニールの闘血を使っているようだ。しかし、相手が弱すぎるため、自分がどれだけ強化されたのか実感できずにいた。
「マティーリア、前からまた来ているぞ」
頭上からヴァレリアの声が聞こえ、マティーリアは上を向いた後に再び前を向く。ヴァレリアの言うとおり、ジャスティスの軍団のモンスターたちが大勢向かってくる光景が見え、それを見たマティーリアは小さく笑いながらジャバウォックを構える。
「……まぁ、戦っていれば分かるじゃろう」
戦い続ければ自分がファフニールの闘血で強くなったのか分かるはず、そう自分に言い聞かせながらマティーリアは迫ってくる敵に集中する。ヴァレリアも空中で両手を敵に向けながら魔法を使える態勢に入った。
突然現れたマティーリアとヴァレリアにモナたちは訳が分からず呆然としている。だが、ビフレスト王国から英雄級の力を持つ者が二人も駆けつけ、権天騎士たちを難なく倒した光景を見て安心の表情を浮かべ、同時にマルゼント兵たちの士気も高まり、マルゼント兵や魔法使いたちは近くにいる権天騎士たちを睨みながら剣や杖を構えた。
あけましておめでとうございます。今年最初の投稿です。
今日から暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記の投稿を再開します。長かったこの作品も今年の春には完結すると思いますので、最後までお付き合いください。
今年もよろしくお願いします。