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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百五話  神に近づくための力


 会議室を出たアリシアとノワールは静かな廊下を横に並んで移動し、マジックアイテムが保管されている場所へ向かう。移動する間、ノワールは前を向いており、アリシアも黙って歩き続けた。

 しばらく歩いて会議室からある程度離れると、アリシアは何かを考えるような表情を浮かべながら歩く速度を少しだけ遅くする。それに気付いたノワールは視線だけを動かしてアリシアを見ると彼女に合わせるように自分も歩く速度を少しだけ遅くした。


「……なあ、ノワール。ちょっといいか?」

「何ですか?」


 アリシアは歩きながらノワールに声を掛け、ノワールは前を向いたまま返事をする。アリシアは振り向かずに歩き続けるノワールを見ながらずっと気になっていることを話し始めた。


「先程、お前は自分が生きているのだからダークも生きている可能性が高いと言ったが、間違い無いのか?」

「……それは分かりません」

「は?」


 ノワールの言葉にアリシアはピタリと足を止め、ノワールも遅れて立ち止まりアリシアの方を向いた。


「分からないって、どういうことだ?」

「あの話はあくまでもLMFの世界での話です。LMFではプレイヤーが死ねば僕ら使い魔も消滅します。しかし、この異世界で同じ現象が起きるとは断言できません」

「……つまり、お前が生きていてもダークが死んでいる可能性がある、ということか?」

「……ハイ」


 真剣な表情を浮かべながらノワールが頷くとアリシアは目を大きく見開いて驚いた。レジーナたちにはダークは間違い無く生きていると言っていたのに、本当はダークが生きているのかは分からないと聞かされ、アリシアは驚くのと同時に自分たちを騙していたノワールに対して怒りを感じる。

 アリシアは険しい表情を浮かべながらノワールを睨み、ノワールはそんなアリシアを表情を変えることなく見上げた。


「いったいどういうつもりなんだ! あれだけダークは生きているとレジーナたちを安心させておいて、実際はダークが生きているか分からないだと!?」

「あの状況では間違い無く生きている、と言うしかなかったんです」


 興奮するアリシアに対してノワールは冷静な口調で話し、アリシアは落ち着くノワールを見て興奮している自分がみっともなく思ったのかとりあえず落ち着きを取り戻す。

 アリシアが冷静になると、ノワールはなぜレジーナたちを騙すようなことを言ったのか説明を始めた。


「あの時のレジーナさんたちはマスターが行方不明になってしまったことで冷静さを失っていました。レジーナさんたちに冷静さを取り戻してもらうためには僕が生きているならマスターも無事だと思わせるしかなかったんです」

「だからと言って、確実に生きていると嘘をつくなど……」

「あの状況で僕が生きていてもマスターが死んでいる可能性がある、なんて言ったらレジーナさんたちはますます混乱して今後の行動にも支障が出ていたかもしれません。最悪、錯乱状態になっていたでしょう」


 レジーナたちの精神を安定させるため、そしてこれから先、ジャスティスやアドヴァリア軍と余裕を持って戦えるようにするためにダークが確実に生きていると嘘をついたノワールにアリシアは何も言い返せずに黙りこんだ。

 確かにノワールの言うとおり、ダークが死んでいる可能性があると本当のことを伝えるとレジーナたちはショックを受けてまともに動くことができなくなるかもしれない。それなら例え嘘でもダークが確実に生きていると伝えてレジーナたちを安心させた方がいいとノワールは考えて嘘をついたのだ。

 今後の活動のためにも、レジーナたちのためにもダークが生きていると思わせた方がいいというノワールの優しい嘘、ノワールの真意を知ったアリシアはこれ以上は言っていけないと思い何も言わなくなった。アリシアが何も言わなくなると、ノワールは分かってくれたと感じて軽く息を吐く。


「……アリシアさん、このことはレジーナさんたちには言わないでください? ここで本当のことを知られると彼女たちはまた落ち込んでしまう可能性がありますので……」

「そう思うのなら、何で私に本当のことを話したんだ? 本当のことを話さずに私にも嘘を言えばよかっただろう?」

「アリシアさんなら本当のことを知っても分かってくれると思っていたからですよ。もっともアリシアさんが質問してこなければ、ずっと黙っているつもりでした」

「……フッ、お前のそういうところ、少しダークに似ているな」

「ええ、僕はマスターの使い魔ですから」


 家族を褒められた子供のように嬉しそうな笑みを浮かべるノワールを見てアリシアも小さく笑う。ノワールの真意を知った後なのか、最初に感じていた怒りや驚きは綺麗に消えていた。


「……ノワール、一応訊くがお前はダークが生きていると信じているのか?」

「勿論です。マスターは間違い無く生きています」

「……根拠はあるのか? お前が生きているということ以外に」

「ありません……ですが、僕は生きていると思っています」


 根拠も無いのに自信に満ちた声でダークが生きていると断言するノワールを見てアリシアは小さく目を見開く。ダークと最も付き合いが長いのだからノワールが信じているのは分かる。だがそれでもここまで強く言えることにアリシアは驚いていた。

 真剣な表情を浮かべるノワールをしばらく見た後、アリシアはゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、ノワールと同じように真剣な表情を浮かべながら口を動かす。


「分かった。だったら私もダークが生きていると信じる」

「ありがとうございます」


 話が終わると二人はマジックアイテムを取りに行くために移動を再開する。会話をして無駄に時間を使ってしまったため、アリシアとノワールは早足でマジックアイテムを取りに向かう。


――――――


 会議室ではレジーナたちがアリシアとノワールが戻ってくるの椅子に座りながら待っている。ダークが行方不明になったと聞かされた時と比べると全員が冷静さを取り戻し、落ち着いた様子で静かにしていた。

 座っている間、レジーナたちはジャスティスや配下のモンスター、そしてアドヴァリア軍とどう戦えば勝てるのか、アリシアとノワールはどんなマジックアイテムを持ってくるのかなどを考えていた。


「……ジャスティスは兄貴との戦闘で傷を負ったから、しばらく前線には出て来ねぇだろう。現状で最も注意しなくちゃならねぇのはジャスティス配下のモンスター、さっきノワールが話してくれた三体の上級モンスターだな」

「ああ、レベルの高さやジャスティスの傍にいたことを考えると連中は間違い無くジャスティスの軍隊の将軍的な立場にある。大部隊を率いてこの国や同盟国に侵攻を仕掛けてくるはずだ」


 レベル90を超える上級モンスターが侵攻してくる、ヴァレリアの言葉を聞いてジェイクは僅かに目を鋭くしながらヴァレリアを見る。レジーナたちも真剣な表情を浮かべながらヴァレリアの方を見ていた。


「連中の立場を考えると、いきなり最前線に出て来て敵と戦うという可能性は低いだろう。恐らく、各国の拠点を上手く制圧できるよう後方で指揮を執りながら各部隊を動かすはずだ」

「つまり、この国や同盟国の兵士たちが上級モンスターたちと戦う可能性は低いってことですか?」

「可能性はな。しかしゼロではない、もしかするとあの三体の中に自ら前線に出て敵を倒そうと考える者がいるかもしれない。だから決して安心はできない」


 ヴァレリアの言葉にファウは考え込むような顔をする。上級モンスターと戦わずに済むのであればそれが一番だが、ヴァレリアの言うとおり上級モンスターたちが後方から指揮を執るような大人しい者だけとは限らない。前線に出て直接敵と戦い、拠点を制圧する者もいる可能性があるため、決して気を抜いて戦うことはできない状態だった。

 勿論、ファウたちも上級モンスターと戦う覚悟はできている。上級モンスターたちが最前線に出てくればファウたちも命を懸けて戦うつもりだ。


「もし上級モンスターどもが前線に出てきた並の兵士や騎士では歯が立たん。その時は妾たちが全力で奴らと戦い上級モンスターどもを倒すだけじゃ」

「だがよぉ、奴らと戦おうにもレベル60代の俺らじゃどうすることもできねぇぞ?」

「それを何とかするためにアリシアとノワールが特別なマジックアイテムを取りに行っておるのじゃろうが」

「そりゃ分かってるぜ? だが、マジックアイテムだけで奴らとの力の差を埋められるもんなのかねぇ……」


 自分よりも遥かにレベルが高い相手と互角に戦えるようになるのか、ジェイクは少し心配そうな顔で考え込む。マティーリアやファウ、ヴァレリアもダークが用意したマジックアイテムでもそこまで強くなれるのかと疑問に思っていた。


「ちょっと皆、何難しい顔してんのよ?」


 ジェイクたちが考え込んでいるとレジーナはどこか呆れたような表情を浮かべて声を掛けてくる。ジェイクたちは考えるのをやめてフッと視線をレジーナに向けた。


「ダーク兄さんはこれまであたしたちが予想もしていない効力を持つマジックアイテムを幾つも出してきたのよ? 今回もきっとあたしたちが驚くマジックアイテムを用意してくれているはず。あたしたちでもレベル90代のモンスターと戦えるようになるわよ」


 余裕の笑みを浮かべながら大丈夫だとレジーナは語る。その目はダークが用意したマジックアイテムを心から信用し、頼りにしているというレジーナの意思が強く感じられ、それを見たジェイクは小さく笑う。


「……確かに、兄貴はこれまでとんでもないマジックアイテムを幾つも見せてくれた。その中にはこの世界の常識では考えられないような物もあったし、今回もきっと俺らが想像もしていないようなスゲェ物を用意してくれてるかもな」

「そうよ、だから難しく考えるのはやめましょう?」

「フッ」


 レジーナの言葉にマティーリアは鼻で笑い、それに気付いたレジーナは目を細くしてマティーリアをジロッと見つめる。


「何よ?」

「いや、さっきまで若殿がいなくなったと聞いて凹んでいた小娘が随分と元気になったなぁ、と思ってのぉ」

「いいじゃない、ダーク兄さんが生きてる可能性が高いって分かったんだから」

「フッ……お前のそういう切り替わりの早いところ、羨ましいのぉ」


 マティーリアはレジーナを見ながらニヤニヤと笑い、レジーナはマティーリアの反応を見ると若干不愉快そうな表情を浮かべる。


「悪かったわね、どうせ単純な性格だって言いたいんでしょう?」

「一応、褒めておるのじゃがな」

「あたしにはからかってるようにしか見えないけど?」

「まあ、半分はからかっておるから間違ってはおらんな」

「ア、アンタねぇ~!」


 笑いながら言うマティーリアを見てレジーナは僅かに顔を赤くする。二人のやりとりを見てジェイクとファウは苦笑いを浮かべ、ヴァレリアはやれやれと言いたそうに首を小さく横に振った。

 レジーナたちが騒いでいると会議室の扉が開き、全員が一斉に扉の方を向く。そこには少し大きめの箱を両手で持ったノワールと薄い正方形の箱を持ったアリシアの姿があった。


「皆さん、お待たせしました」


 ノワールは箱を持って自分の席へ移動し、アリシアのその後に続く。二人が移動すると騒いでいたレジーナたちは静かになり、立っていた者も自分の席についた。先程まで騒いでいたのにノワールとアリシアが戻ったことですぐにマジックアイテムの説明が始まると思い、真面目に話を聞くよう気持ちを切り替えたようだ。

 自分の席に移動したノワールは机の上に箱を置き、アリシアも同じように机の上に持っている箱を置く。レジーナたちは机の上の箱に例のマジックアイテムが入っているのだと感じて二つの箱に注目する。


「それがダーク様が用意されたマジックアイテムですか?」

「ええ。正確に言うと、僕が持ってきた箱の中には魔法薬が入っていて、アリシアさんが持ってきた箱の中にマジックアイテムが入っているんです」

「魔法薬?」


 ダークが魔法薬も用意していたと聞いてファウは意外そうな表情を浮かべる。レジーナとジェイク、マティーリアも同じような表情をしているが、ヴァレリアだけは目を見開いてノワールの持ってきた箱を見ていた。

 昔から魔法薬の研究をしており、ビフレスト王国でポーションなどの調合と開発を任されているヴァレリアにとって、ダークが用意した新しい魔法薬に興味が湧くのは当然のことだ。いったいどんな魔法薬なのか、ヴァレリアは気になりながら箱を見つめている。


「それで、若殿が用意した魔法薬とマジックアイテムとはどんな物なんじゃ?」

「慌てないでください。一つずつ順番に説明していきますから」


 マティーリアを落ち着かせるとノワールは自分が持ってきた箱の蓋を開けて中に入っている物を取り出す。レジーナたちはノワールが取り出した物を確認すると、それを見た瞬間に全員が少し驚いたような反応を見せた。

 箱から出てきたのは赤黒い液体が入った五つの小瓶だった。小瓶の中でその液体は小さく揺れ、少しだけドロドロしている。例えるのなら瓶に入った血液と言ったところだ。

 血液のような魔法薬を見てレジーナたちは気持ち悪く思ったのか表情を歪ませ、ヴァレリアも取り出された魔法薬が血液のような見た目をしているとは予想していなかったため、引くような顔をしていた。


「ちょ、ちょっとノワール、何よこれは?」


 レジーナはノワールの方を向き、魔法薬を指差しながら尋ねる。ジェイクたちも目の前の不気味な魔法薬が何なのか気になり、一斉のノワールの方を向いた。

 ノワールはレジーナたちが注目する中、魔法薬を見つめる。レジーナたちと違い、どんな見た目か知っているからか、無表情で瓶の中身を見つめていた。


「これはファフニールの闘血とうけつと呼ばれる魔法薬です。見た目は血ですが、飲むとその人に強大な力を与えてくれるんです」


 魔法薬の一つを手に取ったノワールは名前と効力をレジーナたちに説明し、それを聞いたレジーナたちはやはり血だったか、と思いながら複雑そうな顔をする。

 <ファフニールの闘血>は調合することでしか手に入らない特殊な魔法薬でレベル50以上のプレイヤーだけが使用できる。使用すると二十四時間の間、プレイヤーのレベルを90にまで上げることができ、ステータスもレベル90に見合った分上昇する。ただし、二十四時間が経過してレベルが元に戻るとそれから四十八時間の間、レベルが半分になりステータスも低下してしまう。そのため、この魔法薬を使用したプレイヤーは四十八時間が経過するまで拠点に籠ったりログインしないことが多いと言われている。

 ノワールは持っている小瓶を机の上に置くとファフニールの闘血の効果について説明を始めた。


「この魔法薬は服用するとその人のレベルを90まで上げてくれる効果があるんです。勿論、レベルが上がる分、身体能力も強化されますから今まで勝てなかった敵にも勝つことができるようになります」

「はあ!? レベルを90まで上げるぅ?」


 ジェイクはファフニールの闘血の効果を聞いて声を上げながら立ち上がり、レジーナたちも血液のような見た目とは裏腹にとんでもない効果があると知って目を見開きながら驚いた。


「ハイ。ただ、この魔法薬を使うことができるのはレベル50以上の人だけで、レベル49以下の人はこの魔法薬を飲んでもレベルが上がることはありません」

「成る程、限られた奴しか使えねぇってことか……だが、飲んだだけでレベルを90まで上げてくれるなんてとんでもねぇ魔法薬だな」

「……勿論、優れた魔法薬である分、リスクもあります。この魔法薬は二十四時間しか効果がなく、効果が消えるとレベルは元に戻ってしまい、更にそれから四十八時間の間はレベルが半分になってしまうんです」

「レベルが半分? つまり、使う前よりも弱くなっちまうってことか?」


 真剣な顔で質問してくるジェイクを見てノワールは無言で頷く。ノワールを見たジェイクやレジーナたちはレベル90になるのだからそれぐらいの代償があってもおかしくないと納得した様子を見せる。寧ろ、四十八時間レベルが半分になるだけなら軽い代償だと感じていた。

 ノワールは目の前に置かれてある五つのファフニールの闘血を両手で全て掴んで少しだけ前に出す。そして、レジーナたちを見ながら受け取ってほしいと目で伝える。


「これを使えば皆さんはレベルが90になり、ジャスティスさんの配下である上級モンスターたちとも互角に戦うことができるはずです。もしも彼らと戦わなくてはならない状況になったら、それを使ってください」

「確かに、これを使えば妾たちでも奴らと戦えるじゃろう……しかし、こちらがレベル90になったとしても、向こうのレベルは92以上じゃ。勝てるかどうか複雑ではないか?」


 まだ僅かに敵の方がレベルが高いため、勝てるかどうか分からないと感じたマティーリアが疑問を口にし、レジーナたちも視線をマティーリアに向ける。

 確かに敵の上級モンスターは全てレベル92から95の間となっている。いくらレベルを90にまで上げてもレベルが僅かに低いレジーナたちの方が不利ではないかと思われた。

 しかも敵はLMFのモンスターの中でも上位の力を持っているため、ステータスも相当高いと考えられる。レベルがほぼ同じなら人間である自分たちよりもステータスの高いモンスターの方が有利だと感じ、レジーナたちは難しい表情を浮かべた。


「大丈夫です。その点についてはマスターもちゃんと考えてくださっています」


 ノワールは小さく笑いながら問題無いことをレジーナたちに伝えると視線をアリシアの方に向ける。ノワールと目が合ったアリシアは目の前に置かれている小さな箱の蓋を開け、その中身をレジーナたちに見せた。

 箱の中にはルーン文字が彫られた銀色の指輪が五つ入っており、指輪を見たレジーナとファウは目を輝かせ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアは意外そうな顔をする。不気味なファフニールの闘血を見た後だったため、レジーナたちには指輪がより美しく見えていた。


「おおぉ! 今度は綺麗な指輪ね。これはどんなマジックアイテム?」


 レジーナは目を輝かせながら指輪について尋ねる。すると、アリシアがより見やすくするために指輪の一つを手に取った。


「これはニーベルングの指輪と言って装備するだけでステータスが強化される物らしい」


 アリシアから指輪の名前の効力を聞いたレジーナたちはファフニールの闘血に続いて使用者を強化する物だと知り、全員が興味のありそうに指輪を見つめる。

 <ニーベルングの指輪>は上級の鍛冶職を修めた者が作れる装備型のマジックアイテムである。装備すると全ステータスを上昇させ、更に即死、麻痺、石化、凍結、魅了チャームを無効化させることができる非常に優れたアイテムだ。ただし、外してしまうと指輪は壊れてしまうため、装備することを躊躇するプレイヤーも多いと言われている。

 アリシアは持っている指輪をレジーナに手渡し、箱の中に入っている残りの指輪も一つずつジェイクたちに渡した。レジーナたちは指輪を受け取ると改めて見た目や彫られているルーン文字を確認する。


「その指輪はマスターがLMFの世界にいた頃に集めた素材を使って作った物で釜茹ゴエモンさんに作ってもらった物です。装備すると全ステータスが強化され、一部の状態異常も無効化することができます」

「それは凄いな……しかし、それほど優れたマジックアイテムなら、なぜダークは自分で使わなかったんだ?」


 ヴァレリアは指輪を指で摘まみながらダーク自身が使わなかった理由をノワールに尋ねる。アリシアたちも同じことを疑問に思いノワールに視線を向ける。

 装備するだけで全ステータスが強化されるのなら、ダークが装備して自分を強化するのが一番良いとアリシアたちは感じている。それなのになぜダークは指輪を装備しなかったのか、アリシアたちが不思議に思いながらノワールを見ていると、ノワールは何処か複雑そうな顔をしながら自分の後頭部を手で掻き始めた。


「マスターは既に技術スキルで全ての状態異常を無効化できるようになっており、ステータスもニーベルングの指輪を装備するよりも他の指輪を装備した方が大きく強化できると思ったのでしょう。それにこの指輪は一度付けてから外してしまうと壊れてしまうので何かの時のために使わずにとっておいたのだと思います」


 ダークがニーベルングの指輪を装備しなかった理由をノワールから聞くとアリシアたちは納得したような顔をする。

 ニーベルングの指輪は全ステータスを強化し、状態異常を無効化できるが、他の指輪と比べるとステータスをあまり大きく強化できない。既にダークは状態異常を無効化できるため、ニーベルングの指輪よりも他の指輪を装備した方が強くなると考えていたみたいだ。

 ダークの話が終わると、ノワールは気持ちを切り替えるために一度軽く咳をする。そして、レジーナたちが持っているニーベルングの指輪と机の上のファフニールの闘血を見ながら口を動かす。


「ニーベルングの指輪を装備すれば皆さんはよりも強くなり、今後の戦いも楽になるはずです。ただ、先程もお話ししたようにその指輪は外してしまうと壊れてしまうので、一度付けたら外さないでください。少なくともこの戦争が終わるまでは……」

「了解じゃ」

「と言うか、強くなる上に状態異常も無効化できるなら絶対に外さないわよ」


 ニーベルングの指輪を見ながらレジーナは笑顔を浮かべた。

 異世界ではニーベルングの指輪のように自身の強化と状態異常を無効化するマジックアイテムは数えるほどしか存在しない。そんな強力な物が自分の手元にあるのだから、レジーナだけでなく、ジェイクたちも何があっても外さないようにしようと考えていた。


「そして、ファフニールの闘血は先程説明した三体の上級モンスターと戦う時以外には絶対に使わないでくださいね? 使った直後は強くなりますが、効果が消えると弱体化してしまい、並のモンスターと戦うのも難しくなってしまいますから」

「ああ、分かってるぜ。だがよぉ、もしその三体以外に強力なモンスターが出てきたらどうするんだ?」

「その時はこちらも同等のレベルのモンスターをぶつけて対処します」

「……他にもレベル90以上のモンスターが出てきた場合は?」


 ジェイクの言葉にアリシアたちは一斉に表情が鋭くして視線をノワールとジェイクの方に向けた。

 レベル90以上のモンスターはジャスティスの傍にいた三体とリーテミス共和国で暴れたエイブラムスの計四体が確認された。しかし、レベル90以上のモンスターがその四体だけとは限らない。まだ他にもレベル90以上のモンスターがおり、どこかに隠れているかもしれないことに気付いたアリシアたちは微量の汗を流した。

 アリシアたちが顔に緊張を走らせていると、ノワールがケロッとしながら小首を傾げる。


「ああぁ、それは大丈夫です」


 緊張感の無い顔で答えるノワールを見てアリシアたちは目を丸くする。ノワールは呆然とするアリシアたちを見ながら話を続けた。


「マスターの話によると、ジャスティスさんと最後に会った時、彼はレベル90以上のモンスターを召喚できるサモンピース、キングのサモンピースは四つしか持っていなかったそうです。先程説明した三体とリーテミス共和国で遭遇したエイブラムスのことを考えると、もうレベル90以上のモンスターは現れません」

「だ、だけどよぉ、それはジャスティスと最後に会った時の話だろう? 今日までの間に他にサモンピースを手に入れていたとしたら……」

「ジャスティスさんはマスターと最後に会った日から数日後、つまり奥さんとお子さんを亡くした直後にこっちの世界に転移しました。その時点ではサモンピースは四つしか持っていません。そして、こっちの世界にはサモンピースは存在しない。ですから、彼がレベル90以上のモンスターを召喚できるサモンピースを手に入れることはできないんですよ」

「な、成る程……」


 ノワールの説明を聞いてジェイクは納得し、同時に安心する。アリシアたちもノワールの説明を聞いて安心したのか小さく溜め息をついた。

 LMFの世界いた頃、ダークはジャスティスの戦い方や装備の特殊能力について全てを理解していなかった。しかし、所持しているアイテムの種類や数については常に仲間同士で情報交換することにしていたので、最新のアイテムの所持数はしっかりと把握していたのだ。しかもキングのサモンピースは数日で手に入れられるような物ではない。だから、ジャスティスがレベル90以上のモンスターを召喚できるサモンピースを四つ以上所持していないと確信していた。

 ジャスティスにはレベル90以上のモンスターは三体しかいないことを知って安心したレジーナたちは受け取ったファフニールの闘血とニーベルングの指輪をポーチにしまったり、装備したりなどし始める。アリシアとノワールはこれでもしレベル90以上のモンスターと遭遇してもレジーナたちは戦えると感じた。


「これで皆さんはレベル90以上のモンスターと戦えるほどの力を手に入れたことになります。しかし、だからと言って油断はしないでくださいね?」

「分かってるわ……あれ? それはそうと、アリシア姉さんは魔法薬と指輪は貰わないの?」


 レジーナは自分たちだけ強力なマジックアイテムを貰ったのにアリシアだけが何も受け取っていないことに気付いてアリシアの方を向く。

 アリシアはレジーナと視線が合うと小さく笑いながら首を横に振った。


「私は既にレベル100で十分戦える力を持っている。それにハイクレリックをサブ職業クラスにしているおかげでダークが持つ技術スキルと同じ技術スキルも少しだけ得ているからな」

「それでもアリシア姉さんだけ何もマジックアイテムを貰えないのはちょっと可哀そうな気が……」


 そう言ってレジーナはチラッとノワールの方を向き、本当に何もアリシアに渡していないのか、目で確認する。するとノワールは目を閉じて小さく笑みを浮かべた。


「アリシアさんにはレジーナさんたちのように自身を強化するマジックアイテムは渡していませんが、戦況を変えたりできるマジックアイテムは幾つか渡してあります。それを使えば何が起きても問題無いはずです」


 ノワールの口からアリシアにも何かのマジックアイテムを渡してあると聞いたレジーナは安心した表情を浮かべる。話を聞いていたジェイクたちも同じようは顔でアリシアたちを見ていた。

 上級モンスターと戦うために必要なマジックアイテムを受け取るとレジーナたちは再び自分たちの席につく。アリシアとノワールも最終確認をするために自分の椅子に座り、真剣な表情を浮かべてレジーナたちの方を向いた。


「これでレベル90以上の上級モンスターへの対策は大丈夫だ。先程も話したようにこの国や同盟国に奴らが出現したら、皆にはすぐ現場に向かってもらう。いつでも戦えるよう万全の準備をしておいてくれ」


 少し低めの声を出すアリシアを見てレジーナたちは無言で頷く。ファフニールの闘血とニーベルングの指輪を受け取ったことで上級モンスターと戦う力を得たレジーナたちは迷いや弱気な様子を見せず、自信に満ちた顔をしていた。


「それと、敵の脅威は上級モンスターたちだけではない。上級モンスター以外にも強力なモンスターが多く存在し、アドヴァリア聖王国の軍隊と協力して同盟国やこの国に攻め込んで来るはずだ。その場合はモルドールたち、上級モンスターを派遣して迎撃してもらう」

「バーネストの防衛はどうするんだ?」


 自分たちがいる首都はどうするのか、ジェイクが腕を組みながら尋ねるとアリシアは視線だけを動かしてジェイクの方を見た。


「防衛部隊は今のままでも問題無いと思うが、念のために少しだけ戦力を増強しておく。動かせる分はできるだけ他の拠点の防衛や同盟国への増援に回すつもりだ」

「兄貴の捜索部隊は?」

「最初に話したとおり、優秀な人材やモンスターを集めて編成し、ダークが落下した海やその周辺を捜索させる」


 ダークの捜索も忘れずに実行すると聞いてジェイクはよし、というように軽く頷く。レジーナたちもアリシアを見ながらできるだけ大部隊を編制してほしいこと、今でもダークの無事でいることを心の中で祈った。


「それで、ジャスティスと浮遊島についてはどうするつもりじゃ?」


 アリシアがジェイクと話しているとマティーリアが僅かに目を鋭くしながら声を掛けてきた。アリシアは同じように目を鋭くしてマティーリアの方を向き、敵の中でも最も厄介な存在の話になり、ノワールたちもアリシアとマティーリアに注目する。


「……ジャスティスはダークとの戦闘で大きなダメージを受け、防具も破損している。しばらくは前線に出てくることはできないはずだ」

「しばらくというと、どのくらいじゃ?」

「そこまでは……」


 ジャスティスが復帰する時間までは分からずアリシアは口を閉じる。すると、話を聞いていたノワールが二人の会話に参加してきた。


「ジャスティスさんの防具は非常に性能が高く、性能が高い防具ほど直すのに時間が掛かります。ジャスティスさんが防具を早く修理するためのマジックアイテムを所持していることを考えると……早くても一ヶ月、遅くても二ヶ月と言ったところですね」

「つまり、少なくともジャスティスは今日から一ヶ月は前線に出て来ん、ということじゃな?」

「ええ。ただし、それはあの全身甲冑フルプレートアーマーを使う場合の話です。別の防具を使用するのであれば今すぐにでも前線に出ることが可能です」


 ノワールの口からジャスティスが前線に出て来るかもしれないと聞かされたマティーリアは目を見開き、アリシアやレジーナたちも驚愕の表情を浮かべた。

 ダークが捨て身の攻撃でジャスティスに大ダメージを与えたのにジャスティスがいつでも前線に出られると知ってアリシアたちは衝撃を受けた。もし、今ジャスティスが前線に出てくれば戦況は一気に悪化するかもしれない。アリシアたちは不安を感じながら緊迫した表情を浮かべる。


「でも、ジャスティスさんが別の防具を使って前線に出て来る可能性は低いと思います」


 アリシアたちが衝撃を受けている中、ノワールは余裕の表情を浮かべながら語り、それを聞いたアリシアたちは意外そうな顔をしながら一斉にノワールの方を向いた。


「ノワール、それはどういうことだ?」

「ジャスティスさんが使っていた全身甲冑フルプレートアーマーは彼が持つ防具の中で最も防御力が高く、ジャスティスさんが聖騎士としての力を最大限に引き出すことができる能力が付いています。恐らく、あの全身甲冑フルプレートアーマーを装備していないジャスティスさんはアリシアさんよりも弱いはずです」

「つまり……」

「ジャスティスさんも自分が前線に出ればアリシアさんが出て来ると理解しているはずです。そして、あの鎧を装備していない状態でアリシアさんと戦えばジャスティスさんが勝てる可能性は低い。よって、あの全身甲冑フルプレートアーマーが修理されるまで、ジャスティスさんが前線に出て来る可能性はゼロの近いと言えるでしょう」


 ジャスティスが前線に出て来る可能性が低い理由をノワールから聞かされたアリシアたちは安心したのか表情を和らげながら溜め息をつく。短時間でジャスティスが前線に復帰すると感じ、かなり焦っていたようだ。


「しかし、安心はできませんよ? ジャスティスさんには使い魔のハナエさん、そして先程お話しした上級モンスターたちがいます。ジャスティスさんが前線に出られない以上、ハナエさんたちが戦場に出て来る可能性は高いです。決して気を抜かないでください?」


 真剣な表情を浮かべながらノワールは改めてアリシアたちに油断しないよう忠告をする。アリシアたちも目を鋭くいながらノワールを見て静かにうなずく。

 それからアリシアたちは敵の動きや進軍経路などを予想し、いつ誰がどの場所で活動するかなどを話し合って決めていった。


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