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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百四話  絶望の中の希望


 前線からバーネストに帰還したアリシアとファウはノワールたちにダークがジャスティスに敗北したこと、海に落下したことを伝えるために急いで王城へと向かう。同行させていた白銀騎士と黄金騎士たちをとりあえずバーネストの警備に回し、城塞竜はバーネストの外で待機させた。

 重要なことを伝えるのであればメッセージクリスタルを使ってすぐに知らせるべきだと考えられるが、アリシアとファウには移動しながらダークが敗北したということをノワールたちに伝えられるほど冷静ではなく、王城に着いてから知らせようと考えていた。何より、ノワールたちとちゃんと向かい合って知らせるべきだと思っていたのだ。

 王城に戻るとアリシアはすぐにビフレスト騎士やメイドたちに声を掛け、会議を行うからノワールたちに会議室に集まるよう伝えてほしいと指示を出した。騎士とメイドたちは僅かに興奮したような様子のアリシアを見て一瞬動揺を見せるが言われたとおりノワールたちを呼びに移動した。

 指示を出したアリシアはファウを待ち合わせ場所である会議室に向かい、会議室に到着すると会議用の席につく。その直後、これまで我慢していた疲れが一気に込み上がってきたのか、アリシアは目の前の机に倒れ組むようにして顔をうずめる。ファウも椅子にもたれながら俯いて悔しそうな表情を浮かべた。

 しばらくすると会議室の扉が開き、メイドたちから知らせを受けたノワールたちが入ってきた。アリシアとファウはノワールたちが来たことに気付くと顔を上げてノワールたちの方を向く。


「お待たせしました」

「ワリィな? 騎士から知らせを受けて走って来たんだけどよぉ」

「……いや、大丈夫だ」


 ノワールとジェイクを見ながらアリシアは小さく首を振る。ジェイクやレジーナたちは真剣な表情を浮かべるアリシアとファウに気付いて少し意外そうな顔をする。そんな中、ノワールだけは二人を見て目を鋭くしていた。


「とにかく全員席についてくれ。すぐに会議を始めたい」


 アリシアは少し急かすようにノワールたち指示し、レジーナたちはとりあえず言われたとおりにする。ノワールも表情を変えずに無言で移動し、アリシアの近くの席についた。

 全員が座ったのを確認するとアリシアは軽く息を吐き、ファウも目を閉じながら小さく俯く。レジーナたちはそんな二人をジッと見つめている。


「少し前に出て行ったはずなのに、もう戻ってきたってメイドから聞いた時は驚いたわ。もしかして、もうジャスティスを倒してきたの?」

「ホントかよ? ジャスティスって兄貴と同等の力を持ってるんだろう?」


 ダークがジャスティスに勝利したと思っているレジーナとジェイクは少し驚いた表情を浮かべる。マティーリアとヴァレリアもダークが勝利したと考えているらしく、小さく笑いながら二人の会話を聞いていた。

 レジーナたちが笑っている中、真実を知るアリシアとファウは若干深刻そうな表情を浮かべ、ノワールは目を僅かに細くしながらアリシアとファウを見ている。


「……ところで、マスターの姿が見えませんがどちらにいらっしゃるのですか?」


 ノワールがダークの居場所を尋ねるとアリシアとファウは小さく反応し、視線だけを動かしたノワールを見る。笑っていたレジーナたちもノワールの言葉を聞いて視線をアリシアとファウに向けた。

 最初は会議を行うと聞かされていただけなのであまり気にしていなかったが、会議室にダークの姿が見えないことに気付いてレジーナたちは不思議に思った。


「そう言えば、ダーク兄さんがまだ来てないけど、何か別の用がって遅れてるの?」


 レジーナがアリシアに尋ねるとアリシアは何も言わずに小さく俯き、そんなアリシアを見たレジーナは小首を傾げる。すると、アリシアの様子を見ていたマティーリアは腕を組みながら表情を鋭くした。


「……若殿の身に何か遭ったのか?」


 マティーリアが低い声を出して尋ねるとアリシアとファウはピクッと反応し、レジーナたちは僅かに目を見開きながらマティーリアの方を向く。


「ちょっとマティーリア、怖いこと言わないでよね? ダーク兄さんに限ってそんなこと……」

「相手は若殿と同じLMFの世界から来た戦士でレベルも100じゃ、これまで若殿が戦ってきたどの敵よりも強力で手強い。若殿でも無傷で帰ってくるのは無理じゃろう」


 ジャスティスは神に匹敵する力を持つダークと互角の存在であるため、これまでのようには行かないというマティーリアの考えを聞いてレジーナは口を閉じる。確かにこれまでダークが戦った敵は全てダークよりもレベルが低く、力も弱い存在ばかりだったので、ダークは無傷で完勝することができたが、今回はさすがに難しいと考えられた。

 レジーナだけでなく、ジェイクやヴァレリアもダークがジャスティスと戦って負傷したのではと思い不安そうな表情を浮かべる。マティーリアも表情は鋭いままだったが内心ではダークは無事なのかと心配していた。

 この時のレジーナたちはダークがジャスティスとの戦いで負傷したのかもしれないと思っていたが、それ以上に悪い状況になっていると予想もしていなかった。


「アリシアさん、マスターはどちらですか?」


 ノワールが改めてダークの居場所をアリシアに尋ねるとアリシアは俯いたまま表情を曇らせる。レジーナたちもダークのことが心配になり、アリシアを見ながら彼女が答えるのを待つ。

 しばらくするとアリシアはゆっくりと顔を上げてノワールたちを見る。その表情は何か辛いことに堪えているように見え、それを見たレジーナたちは少し驚いて軽く目を見開いた。


「全員、落ち着いて聞いてほしい。実は……」


 アリシアはノワールたちを見ながら自分が目にしたことを伝え始める。ダークがジャスティスとの戦いで負傷し海に落下したこと、ダークを助けることができなかったこと、ジャスティスに大ダメージを与えることはできたがジャスティスは無事なこと、嘘偽りなどは一切口にせず、アリシアは何が起きたのかは語った。

 全てを伝え終えるとアリシアは辛そうな表情を浮かべながら俯く。レジーナとジェイクは目を大きく見開きながら驚愕の表情でアリシアを見つめ、マティーリアとヴァレリアも少し驚いた顔をしている。ノワールは両手の指を絡ませて机の上に置き、真剣な表情を浮かべながら俯いた。


「……嘘だろう?」

「ダーク兄さんが、そんな……」


 ジェイクとレジーナは震えた声を出しながらアリシアを見つめる。ダークが負けるなど全く予想していなかったため、二人はかなりの衝撃を受けていた。マティーリアとヴァレリアもダークが負傷しているかもしれないとは考えていたが、負けてしまったとは予想しておらず、驚きを隠せずにいる。

 ダークが敗北したことにレジーナは暗い表情を、ジェイクは悔しそうな表情を浮かべ、マティーリアとヴァレリアは深刻そうな顔をしながら小さく俯いている。アリシアも俯いたまま机の上で拳を震わせていた。ダークが斬られ、海に落下した光景を思い出して再び悔しさがこみ上がってきたようだ。


「……ダークは海に落ちたと言ったが、その後はどうなったんだ?」


 今まで無言だったヴァレリアがアリシアを見ながら尋ねるとアリシアはゆっくりと顔を上げてヴァレリアの方を向いた。


「分かりません、海に落ちた後は姿を確認することができませんでした……」

「救助することはできなかったのか?」

「敵のドラゴンたちに妨害を受けてしまい、助けられませんでした……」

「……近くにいながら助けられなかったとは、情けない話だな」


 呆れたような口調でヴァレリアが呟くと俯いていたファウがフッと顔を上げ、ヴァレリアを睨みながら席を立った。


「ヴァレリアさん、そんな言い方は無いでしょう!?」

「本当のことだろう? お前とアリシアはダークの戦いを近くで見守っていながら落下するのを助けられなかった。違うか?」

「確かに私とアリシアさんは何もできませんでした。ですが、あの状況ではどうすることもできなかったんです。しかもジャスティスの使い魔まで出て来てしまい、こちらが不利な戦況でした。何よりもダーク様から、もし自分が負けても敵討ちをせずに後退しろと指示を受けていたんです」

「例え後退するよう命じられていたとしても、主を思うのであれば仇を討とうとするのが本当の忠誠心というものではないのか?」

「ムウウッ!」


 冷静に自分の考えを口にするヴァレリアをファウは険しい顔で睨み付けた。

 ヴァレリアの言っていることも一理あると言えるだろう。だがダークの命令に従うべきだと考えるファウはヴァレリアの考え方にどうしても納得がいかなかった。お互いに自分の考えを正しいと思いながらファウとヴァレリアは睨み合う。


「おい、仲間内で争ってどうすんだ。今はそんなことをしてる場合じゃねぇだろう?」


 ファウとヴァレリアが口論を始めたことで会議室の中に緊迫した空気が漂い始め、このままではマズいと感じたジェイクは二人を止める。ジェイクの言葉で冷静さを取り戻したファウはムスッとしながら椅子に座り、ヴァレリアは腕を組んで椅子にもたれた。


「今俺たちがやるべきことは、兄貴がいない今、どうやってジャスティスの軍団と戦うか考えることだ。俺たちが争っても戦況は何も変わらねぇだろう」

「……そう、ですね。すみません」

「……フン」


 感情的になったことを反省したファウは謝罪し、ヴァレリアも反省しているかは分からないがそれ以上何も言わずに黙った。二人が口論をやめたことで会議室の空気も少しだけ戻り、ジェイクは軽く息を吐いて安心する。


「でも、戦うって言ってもどうやって戦うの? ダーク兄さんが死んじゃった以上、もうあたしたちに勝つ術なんて……」

「おい! 縁起でもねぇことを言うな。まだ兄貴が死んだって決まった訳じゃねぇだろう」


 最悪なことを言い出すレジーナをジェイクは少し力の入った声で止める。レジーナの言葉を聞いてアリシアは表情を曇らせ、マティーリアとファウは僅かに目を鋭くしながらレジーナの方を見た。


「だって、ジャスティスの渾身の一撃を受けちゃったんでしょう? 同レベルの敵の攻撃をまともに受けたら、いくらダーク兄さんでも……」

「やめろ! 兄貴はこんなことで死んだりするような男じゃねぇ。俺は信じてるぜ、兄貴は絶対に生きてる」

「でも!」


 現状からどうしてもダークが生きていると信じられないレジーナは悲痛の表情を浮かべながら声を上げ、ジェイクはそんなレジーナに徐々に苛立ちを感じ始める。

 再び会議室に緊迫した空気が漂い始め、アリシアはレジーナとジェイクを止めようと考えるが何と声を掛けていいのか分からずにいる。すると、ずっと無言を通していたノワールが机を強く叩き、会議室に高い音が響く。

 音を聞いてアリシアたちが視線をノワールに向けるとノワールは真剣な表情を浮かべながらアリシアたちを見ていた。


「落ち着いてください」


 僅かに力の入った声を出しながらノワールはアリシアたちを黙らせる。普段静かで大人しいノワールが珍しく力の入った声を出したことでその場にいる全員が驚いた。


「まずこれだけはハッキリさせておきましょう……マスターは生きていらっしゃる可能性が高いです」


 ノワールの口から出た言葉にアリシアたちは一斉に目を見開いた。


「で、でもノワール、ダーク兄さんはジャスティスの渾身の一撃を受けたってアンタも聞いたでしょう? いくらダーク兄さんでも……」

「勿論、根拠はあります」


 ダークが生きていると言える理由があると聞かされたレジーナは驚き、アリシアたちも耳を疑う。ノワールはアリシアたちが自分の話に耳を傾けていることを確認するとゆっくり口を動かす。


「マスターが生きていると言える根拠、それは僕です」

「え?」


 自分を親指で指すノワールを見てレジーナは目を丸くする。アリシアたちも言っている意味が理解できずに呆然としながらノワールを見ていた。


「LMFではプレイヤーと使い魔は一心同体でプレイヤーが命を落とせば使い魔も消滅するようになっているんです。つまり、プレイヤーの死は僕たち使い魔の死を意味します」

「プレイヤーが死ぬと使い魔も死ぬ……もし若殿が死んでいたら、お主も死ぬということか?」


 マティーリアが確認するとノワールはマティーリアの方を向いて無言で頷く。さすがにノワールの言いたいことが理解できたのか、アリシアたちは一斉に目を見開いた。


「もしマスターが死んでしまったのであれば、僕も今頃消滅しているはずです。にもかかわらず僕は今もこうして生きている。それはつまり……」

「兄貴はまだ生きているってことか」

「ええ」


 ダークが無事である可能性が高いと知り、アリシア、レジーナ、ジェイク、ファウは笑みを浮かべる。マティーリアとヴァレリアも四人程ではないが少しだけ安心した表情を浮かべた。

 使い魔としてダークと最も苦楽を共にしたノワールこそがアリシアたち以上に不安を感じるはずだった。しかし、ノワールはダークが絶対に生きていると確信していたため、取り乱すことなく冷静さを保っていたのだ。

 アリシアたちが落ち着いたことでノワールはこれ以上アリシアたちが取り乱すことは無いだろうと感じる。しかし、会議室の空気が戻っただけで何も状況は変わっていないため、ノワールは真剣な表情を浮かべたままアリシアたちを見ていた。


「ノワール、ダークが今何処にいるのか分からないのか?」


 使い魔であるノワールなら主人のダークの居場所が分かると思い、アリシアはノワールにダークの居場所を尋ねる。だが、ノワールはアリシアの方を向くと小さく首を横に振った。


「いいえ、いくら一心同体であってもマスターの居場所までは分かりません」

「では、メッセージクリスタルでダークに連絡を取ることは……」

「それも無理です。メッセージクリスタルは全てマスターがお持ちになっています。昔、マスターがアリシアさんたちにお渡ししたメッセージクリスタルも全て使われてしまい、此処には一つもありません」

「メッセージクリスタルなら私が開発した物があるだろう」


 アリシアとノワールが話しているとヴァレリアが会話に参加してきた。確かにヴァレリアはLMFのメッセージクリスタルを分析して異世界のメッセージクリスタルを開発している。既に異世界のメッセージクリスタルはバーネストの軍隊に支給され、同盟国にも発送されており、大陸でも非常に役立つマジックアイテムと評判になっていた。

 ヴァレリアの開発したメッセージクリスタルを使えばダークと連絡が取れるとアリシアたちは考える。しかし、現実はそう都合よくはいかなかった。


「残念ですが、ヴァレリアさんの開発したメッセージクリスタルはまだこの町と同じくらいの広さまでしか効果範囲がありません。何処にいるか分からないマスターと連絡を取ることは不可能でしょう」

「クッ、そうか……」


 ダークと連絡が取れないこと、そして自分のメッセージクリスタルはまだ効果範囲が狭いということを知り、ヴァレリアは悔しそうな顔をする。アリシアたちもダークと連絡が取れないことを知って再び表情を暗くした。

 再び暗くなったアリシアたちを見たノワールはしょうがないなぁ、と言いたそうな顔で小さく溜め息をつく。


「皆さん、しっかりしてください。マスターは捜索部隊を編制して探させます。皆さんはマスターが不在中にこの国や同盟国をジャスティスさんの軍団やアドヴァリア軍から護ってください。マスターもそう仰っていたでしょう?」


 ノワールは出撃前にダークがアリシアたちに言ったことを語り、それを思い出したアリシアたちはフッと反応する。

 同盟国は自国の軍隊や冒険者たちを使って敵と戦っているが、もしジャスティスの配下の強力なモンスターたちが動けば彼らだけでは太刀打ちできない。そんな時はアリシアたちが動いてその配下のモンスターたちと戦い、同盟国を助けるようダークは指示を出していた。

 ジャスティスの配下のモンスターとまともに戦えるのは同じLMFの世界から来たダークの協力者である自分たちだけ、アリシアたちはそう思いながら表情を僅かに鋭くした。


「マスターは必ず戻ってきます。それまで、僕たちがこの国と同盟国を護りましょう。それが今の僕たちにできることです」

「……そうだな。確かにそのとおりだ」


 アリシアはゆっくりと立ち上がり、真剣な表情を浮かべて会議室にいるノワールたちを見つめる。その表情は何かを決意したように見え、帰ってきたばかりの時とは明らかに違っていた。


「ダークは必ず戻ってくる。それまで私たちだけでジャスティスたちと戦うんだ。何時ダークが帰って来ても胸を張って出迎えられるようにな」

「ああ、確かにそうだな」

「今の妾たちを見たら恐らく若殿は呆れかえってしまうじゃろう」

「やるしか、ないか」


 ダークが戻ってくることを信じ、今の自分たちにできることをやるのが重要だとジェイク、マティーリア、ヴァレリアは気持ちを切り替え、不安な様子を見せていたレジーナとファウもダークが無事だと知ったことで表情に余裕を見せる。

 アリシアとノワールはレジーナたちが姿を見て、これならジャスティスたちとも十分戦えると感じ小さく笑みを浮かべた。


「では、改めて今後の方針について話し合いを始めるぞ?」


 レジーナたちの士気が戻ったことでアリシアは早速今後の方針について会議を始め、ノワールたちは視線をアリシアに向ける。


「まず、ビフレスト王国の政治や軍の管理についてだが、ダークが不在中は私にその全権限が与えられることになっている」

「つまり、アリシア姉さんがダーク兄さんの代わり、代理の女王様になるってこと?」

「そんなところだ、ダークが不在の間は私がこの国を動かす。因みにこれはダークから直接頼まれたことだ」


 ダークが行方不明の間はアリシアがビフレスト王国の全権限を与えられ、責任を取る立場になると知ってレジーナたちは意外そうな表情を浮かべた。

 本来はダークの使い魔であり、ビフレスト王国の主席魔導士であるノワールが代行者を任されるべきだと思われるが、アリシアはダークと同じレベル100でビフレスト王国の総軍団長を任されており、軍事や政治の知識があるため代行者に選ばれたのだ。

 意外に思っていたレジーナたちだったが、ダークと同等の力を持ち、彼から強く信頼されているアリシアなら大丈夫だと感じてすぐに納得する。ノワールも自分よりも異世界の住人であるアリシアの方が国を導く力があると感じていた。

 アリシアはノワールたちの顔を見ると目を僅かに鋭くして静かに口を開く。


「ダークについては、この国の者たちは勿論、他国にも教えないことにする。もしダークが行方不明になったなどと知られれば国民だけでなく、同盟国の者たちも混乱しかねないからな」

「確かに……で、もし兄貴が何処にいるかって聞かれたらどうすんだ?」

「……その時は戦闘で負傷し、療養中だと伝えておく。一国の王が負傷したと聞けば多少は騒ぎになるかもしれないが、行方不明になったと聞かされて大騒ぎになるよりはマシだろう」


 ダークが行方不明になっているのに良好な状態だなどと伝えれば、ダークに謁見を求める者が出てくる可能性があり、下手をすれば行方不明になっていることがバレてしまうかもしれない。

 しかし、負傷していると話せば会わせてほしいと言う者が出てくることはないので、アリシアは敢えて負傷したと伝えることにした。ジェイクやノワールたちもそれならダークのことがバレる可能性は低いと考えて納得する。


「ダークの捜索は先程ノワールは話したとおり、捜索部隊を編制して彼らに探させる。彼らにだけはダークが行方不明になっていることを伝え、急いでダークを見つけさせるつもりだ」

「ハイ。ダーク様を発見し、救出することが私たちにとって最も重要なことです。できるだけ有能な人材で編制した方がいいでしょう」


 ファウはダークを早く助けたいと強く思っており、精鋭揃いの捜索部隊を編制するべきだと進言する。レジーナたちもファウと同じ気持ちなのか反対したり、不満そうな様子などは一切見せずにファウを見ていた。

 アリシア自身もダークを早く見つけるために有能な人材を捜索部隊に入れようと思って入る。しかし、有能者全てを捜索部隊に入れてしまっては他の部隊のバランスが悪くなってしまうため、平等に人材を回そうと思っていた。


「次に今後の敵との戦闘についてだが……私は現段階でジャスティスやアドヴァリア軍との戦闘方針を変えるつもりは無い。このまま同盟国と協力し合いながら戦い、もし同盟国が救援を求めてきたら増援部隊を派遣する」


 全権限を与えられても、アリシアはいきなり戦闘方針を変えずにそのまま戦い続けると語る。現在は戦闘方針を変えなくても苦戦せずに戦えているので、戦況が悪化しない限りはそのまま戦おうとアリシアは思っているようだ。ノワールたちもそれがいいと思っており、アリシアを見ながら無言で頷く。


「敵戦力が下級のモンスターやアドヴァリア軍の兵士たちなら青銅騎士たちで対処できると思うが、中級モンスターなどが出てきた場合はこちらも中級モンスターを動かす必要がある。場合によっては私たちが動くことになるかもしれない」

「それって、エゼンル平原で見たジャスティス配下の上級モンスターたちのこと?」


 レジーナは最初の会談でジャスティスと出会った時、彼の後ろの控えていた三体のモンスターたちのことを思い出す。

 あの三体は明らかに普通のモンスターとは違うと感じられ、レジーナは少しだけ表情を鋭くする。ジェイクたちも会談の時に見たモンスターたちのことを思い出して難しい表情を浮かべてたりしていた。

 レジーナたちが考え込んでいるとノワールが懐から三つの丸めた羊皮紙を取り出し、アリシアたちに見えるよう机の上に広げた。広げられた三枚の羊皮紙には会談の時に見た三体の上級モンスターの絵が描かれてあり、アリシアたちは羊皮紙の絵を見るとより目を鋭くした。


「会談から戻った時にお話ししたと思いますが、あの時ジャスティスさんの近くで控えていた三体のモンスター、彼らは全員がレベル90を超えた上級モンスターです。恐らく、ジャスティスさんの側近で彼の軍団の幹部的存在でしょう」


 ノワールは羊皮紙に描かれている絵を見ながら少し低めの声で語り、アリシアたちは黙り込んだまま羊皮紙の絵を見続けた。


「三体の内、天使の翼を生やしたモンスターは熾天剣聖してんけんせいのミカエル。レベルは94でLMFに存在する天使族モンスターの中でも最強と言われているモンスターです」


 背中から四枚の天使の翼を生やし、白い全身甲冑フルプレートアーマーとフルフェイスの兜を装備した天使族モンスターを指差しながらノワールは名前とレベルを語る。アリシアたちは上級モンスターたちがレベル90を超えていると聞かされてはいたが、正確な数値や名前、どんなモンスターなのかは聞かされていなかったので少し緊張したような顔で絵を見ていた。

 一体目の説明が終わると、ノワールは次に青いドレスと紺色のロングブーツ、銀色の杖を装備したハーピーに似た美女の絵を指差した。


「青い羽を持つハーピーのようなモンスターの名はスノウ、氷界ひょうかいの女王と呼ばれる妖精族モンスターです。レベルは92で魔法攻撃力が高く、水属性の魔法や特殊攻撃はかなり強力みたいです」


 ノワールは二体目の上級モンスターの説明をし、それを聞いたアリシアたちは小さく息を飲む。ミカエルと比べてレベルが低いが、レベル90以上であることに変わりはなく、強力な魔法が使えるため、ミカエル以上に厄介な相手かもしれないと一同は考える。


「最後の一体はデモンロードの剛鬼。デモンロードはLMFの悪魔族モンスターの中でも物理の攻撃力と防御力に長けており、身体能力を強化する能力が使えるそうです。もし身体能力を最大まで強化して攻撃すれば同レベルの敵にも大ダメージを与えられると思います。因みにレベルは95です」


 赤い鎧をまとい、濃緑色の肌を持った鬼のようなモンスターが三体の中で最もレベルが高く、物理攻撃力と防御力が高いと聞かされたアリシアたちは接近戦に優れたモンスターだと確信した。

 改めて三体のモンスターのレベルと強さを聞かされたアリシアたちは表情を鋭くする。ジャスティスやハナエだけでなく、この三体まで相手にすることになったら連合軍はどうなるのか、アリシアたちは不安を感じていた。


「もし、この三体の上級モンスターが前線に出て来てしまったら普通の戦力では勝ち目はありません。恐らく、僕たちしか彼らと戦うことはできないでしょう」

「ああ、間違い無いじゃろう……しかし、いくら妾たちでもレベル90以上の化け物とどう戦えばいいのじゃ?」

「そうよ、あたしたちは人間の英雄級の実力を持っているけど、あっちは神獣や神竜に匹敵する強さなのよ?」


 ジャスティス配下のモンスターが出てきたら戦うと言ったが、改めて考えるとレベル60代の自分たちがレベル90代のモンスターに勝てるはずがない。レジーナは複雑そうな顔をしながらノワールの方を向き、マティーリアやジェイクたちもどうするつもりだ、と言いたそうな顔でノワールに視線を向けていた。


「その点についてはちゃんと考えてあります」

「どういうことじゃ?」

「実はマスターから前もってあるマジックアイテムを渡されていたんです。そのマジックアイテムを使えばレベル90代の敵とも問題無く戦えます」

「何じゃと? そんなマジックアイテムがあるのか?」


 レベル60代の自分たちがレベル90代の敵と戦えるようになると聞き、マティーリアは僅かに声に力を入れる。レジーナたちも目を見開きながら驚きの表情を浮かべていた。

 実はノワールはダークが浮遊島に向けて出撃する直前にマジックアイテムを受け取っていたのだ。ダークは自分が浮遊島に出撃して戻って来れなかった時のことを予想し、そうなった場合はマジックアイテムをレジーナたちに渡してほしいとノワールに頼んでいた。

 恐らく、自分がいない状況で上級モンスターと戦わなければならなくなった場合はそのマジックアイテムをレジーナたちに渡し、彼女たちでも戦えるようにしようとダークは考えていたのだろう。


「それで、そのマジックアイテムってどんな物なの?」


 レジーナが興味津々な様子で尋ねるとノワールはゆっくりと席を立った。


「此処にはありません、別の部屋に保管してあるので今から取ってきます。アリシアさん、ちょっと手伝ってくれませんか?」

「え? あ、ああ、分かった」


 突然同行するよう言われたアリシアは一瞬戸惑うもノワールを手伝うために席を立つ。ノワールとアリシアは会議室の出入口の方へ移動し、ノワールは扉を開けると先に会議室から出ていく。

 

「すぐに戻るから此処で待っていてくれ」


 アリシアはレジーナたちに会議室で待機するよう指示を出すとノワールを追うように会議室から出ていった。


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