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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二十章~信念を抱く神格者~
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第三百三話  敗北


 斬られたダークは上半身を後ろに反らすように体勢を崩し、全身甲冑フルプレートアーマーにも大きな傷ができている。斬られた箇所からは出血しており、重傷を負ったのが一目で分かった。

 ダークが斬れた光景を見たアリシアとファウは目を見開きながら言葉を失う。今まで多くの敵に圧勝してきたダークがジャスティスの攻撃で重傷を負ったことが信じられず、驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。

 アリシアとファウが驚愕する中、ダークの正面を飛ぶジャスティスはゆっくりと両手を下ろした。


「……改めて残念に思います。ダークさんが私の計画に手を貸してくれれば、誰も傷つくことなく平和な世界を創ることができたのですが……」


 ジャスティスはどこか寂しそうな声を出しながらダークに語り掛け、ダークが落下するのを見届けようとする。能力で強化されたノートゥングで渾身の一撃を命中させたことでダークのHPはゼロ、もしくはそれに近いほど削れたとジャスティスは確信しており、海に落下すればその衝撃でダークのHPは完全になくなると考えていた。

 せめて嘗ての戦友として最後を見届けよう、そう思いながらジャスティスはダークを黙って見つめている。すると、上半身を後ろにそらしていたダークが突然、上半身を前に起こして顔をジャスティスに近づけた。それと同時に蒼魔の剣を持たない左手でジャスティスの右腕を強く掴んだ。


「!!」


 大ダメージを受けたにもかかわらず、まだ動くことのできるダークにジャスティスは驚いて思わず声を漏らす。そんなジャスティスを見つめながらダークは目を薄っすらと赤く光らせた。


「……相手を確実に倒すまで油断してはいけない、LMFにいた時、ジャスティスさんがよく言っていた言葉ですよ?」


 油断していたジャスティスにダークは嫌味を言うかのように語り掛け、蒼魔の剣をゆっくりと振り上げる。ダークは体の痛みをあまり感じていない様子で蒼魔の剣を強く握り、同時に左手でジャスティスの右腕を掴んだ。

 蒼魔の剣を振り上げるのを見たジャスティスはダークから距離を取ろうとするが、右腕を掴まれているため離れることができない。ジャスティスは離そうとしないダークに止めを刺すため、フィルギャで横切りを放とうとする。だが、その前にダークが動いた。


「黒炎爆死斬!」


 ダークは再びゼロ距離の状態で黒炎爆死斬を発動させ、ジャスティスを攻撃した。蒼魔の剣がジャスティスの体を斬るのと同時に大爆発が起こりダークとジャスティスを呑み込んだ。

 爆発によって発生した轟音と衝撃は固まっていたアリシアとファウにも届き、これによって呆然としていたでアリシアとファウは我に返った。


「……ッ! ダークゥッ!!」


 アリシアは目の前で起きた爆発を目にすると再び目を大きく見開きながら声を上げ、ファウも爆発を見てダークがジャスティスを道連れに暗黒剣技を発動させたのだと気付き、口を半開きにしながら驚いていた。

 爆発が起きた場所には黒煙が発生しており、ダークとジャスティスの姿は確認できない。アリシアは僅かに震えながら爆発した場所を見つめている。すると、黒煙の中からダークとジャスティスが突き飛ばされるように現れ、そのまま海に向かって落下していく。

 至近距離で爆発を受けたダークとジャスティスは体中から煙を上げており、ピクリとも動かない。大ダメージを受けたせいか、悪魔王の翼と天使長の翼も元のマントに戻っており、二人は空中で体勢を立て直すこともできないようだ。


「ダーク様! アリシアさん、このままではダーク様が……」

「分かっている! 城塞竜、ダークを助けろ!」


 アリシアは城塞竜の体を叩いてダークを助けるよう指示を出すと、城塞竜は落下するダークの方を向く。どうやら城塞竜はダークだけでなく、アリシアの言うことも聞くよう命令されていたようだ。

 城塞竜はダークを助けるために海に向かって降下し始め、アリシアとファウは急いでくれ、と思いながら落下するダークを見ている。すると、降下しようとする城塞竜の右側から火球が放たれて城塞竜の目の前を通過し行く手を阻んだ。城塞竜は急停止し、アリシアとファウは火球が放たれた方角を向く。そこには浮遊島の警護をしていたドラゴンの一種であるキングワイバーンの姿があった。

 キングワイバーンの姿を見てアリシアとファウは驚いていたが、すぐに落下するダークに視線を向ける。ダークは意識が無いのか動く気配は無く落下し続けており、既に今いる場所からでは追いつけるかどうか分からない所まで落ちていた。

 アリシアはしまった、と言いたそうな表情を浮かべるが、今ならまだ間に合うかもしれないと感じてもう一度城塞竜に指示を出そうとする。だが、城塞竜が動こうとすると周りにいる数体のドラゴンが火球や風を吐いて再び邪魔をしてきた。完全に動けない状態になりアリシアは焦り始める。そんな中、遂にダークは海に落下し、その姿は見えなくなってしまった。


「ダークゥーーーッ!!」


 海を見下ろしながらアリシアは悲痛の籠った声で叫ぶ。ファウはアリシアの隣で口を両手で押さえながら震えて海を見下ろしていた。

 必ず勝つ、絶対に負けない、と戦う前に誓ったダークが負けて海の中に消えてしまった。アリシアとファウは現実を受け止められず絶望した表情を浮かべている。

 ダークを助けられなかったことにショックを受けるアリシアだったが、絶望して動けなくなるようなことにはならなかった。なぜなら、絶望以上に強い感情がアリシアの中で湧き上がっていたからだ。

 海を見下ろしていたアリシアは体を僅かに震わせながら顔を上げて最初に攻撃してきたキングワイバーンの方を向く。その表情はとても険しく怒っているのが一目で分かった。攻撃してこないはずのドラゴンが攻撃してきたことに最初は驚くが、今は約束が反故にするかのような敵の行動に強い怒りを感じている。

 怒りを露わにするアリシアの隣ではファウも顔を上げてキングワイバーンを険しい顔で睨む。彼女も心酔するダークを傷つけ、攻撃してきた敵に怒りと殺意を感じていたのだ。


「どういうつもりだ! ダークとジャスティスが一対一で戦うからドラゴンたちは手を出さないという約束だったはずだぞ!?」

「ええ、そのとおりです」


 アリシアがドラゴンたちに向かって叫んでいると何処から幼い少女の声が聞こえ、アリシアとファウは声が聞こえた方を向く。そこには浮遊島の城を護っているはずのハナエが飛んでいる姿があり、その後ろにはジャスティスが乗っていた銀色のグリフォンが飛んでいる。そして、その背中にはフルフェイスの兜や全身甲冑フルプレートアーマーをボロボロにしたジャスティスが片膝を付いて乗っていた。兜は目の部分に穴が開いており、その下にあるジャスティスの顔が僅かに見えている。

 ジャスティスが無事な姿を見てアリシアとファウは驚愕する。どうやら落下しているところをハナエかグリフォンも助けられたらしい。ジャスティスが無事なことにも驚いたが、二度も黒炎爆死斬を受けたにもかかわらず、まだ意識があるジャスティスの体力の高さに二人は驚いていた。


「……ハナエ、いつの間に此処に来ていたのだ」


 アリシアは表情を鋭くすると視線をハナエに向けると低い声で尋ねる。本当はダークが海に消えたことで絶望や悲しみ、約束を破られたことで怒りを感じ、頭がおかしくなりそうだったが、今冷静さを失ってしまっては取り返しのつかない事態になってしまう。それを防ぐため、アリシアは感情を押し殺して冷静さを保ち続けていた。この時点でアリシアが強い精神力を持っていることが感じられる。


「マスターとダークさんの戦いの決着が付いた瞬間に魔法で転移しました」

「……ジャスティスを助けたのもお前なのか?」

「いいえ、マスターが乗っていたシルバーグリフォンが助けました。あの子にはマスターが海に落下しそうになったり、飛ぶことができない状態になったらすぐに助けるよう予め命令しておきましたので」


 低い声を出しながら鋭い目で睨んで来るアリシアに対しハナエは冷静に応対する。アリシアはそんな落ち着いたハナエに対して少しずつだが苛立ちを感じ始めていた。


「……質問を変える。なぜ私たちがダークを助けようとしたのを妨害した? そして、なぜ攻撃してこないはずのドラゴンたちが攻撃してきた!?」


 我慢できなくなったのか、アリシアは最後に力の入った声でドラゴンたちが攻撃してきたことについて尋ねる。ファウも約束が違う現状に納得できずハナエを睨み続けていた。

 アリシアとファウが睨んでいる中、ハナエは肩を竦める。それはまるで何を訳の分からないことを言っているのだ、と言っているように見えた。


「敵が敵のリーダーを助けようとしているのなら、それを止めるのは戦いの基本です。ダークさんが生き残ってしまうと私たちにとって都合が悪いですからね」

「クッ……では、なぜドラゴンたちは攻撃した! ジャスティスはドラゴンたちに私たちを攻撃しないよう命じたと言っていたぞ!?」

「ええ、マスターは確かにドラゴンたちにそう指示されました。ですが、それはあくまでダークさんとの戦いに決着が付くまでの間です。お二人の戦いが終わった以上、ドラゴンたちを大人しくさせておく理由はありません」

「……は?」


 ハナエの言葉にアリシアは耳を疑った。先程のハナエの言葉はまるで勝敗に関係無くダークとジャスティスの一騎打ちが終わればドラゴンたちはアリシアたちを攻撃することになっていると言っているように聞こえた。

 どんな結果になったとしても、自分やファウたちを攻撃するつもりだったという敵の狙いを知ったアリシアは更に怒りを感じた。


「……最初から、ドラゴンたちに私たちを攻撃させるつもりでいたということか?」


 ジャスティスを睨みながらアリシアは低い声を出す。ジャスティスとハナエはアリシアを無表情で見つめている。


「確かに私はダークさんと戦う直前にドラゴンたちには手を出させないと言った。だが、決着が付いた後もドラゴンたちを大人しくさせておくとは言っていない。ドラゴンたちは一騎打ちが終わった後、こちらが有利に立てるよう行動を執っただけだ」

「クッ!」


 確かにジャスティスは戦いが終わった後も何もさせないとは約束はしていない。正論を言われたことでアリシアは悔しそうな顔をする。ただ、今のアリシアはジャスティスの言っている言葉もただの屁理屈に聞こえていた。

 今にも声を上げそうなくらい苛立ちを露わにしているアリシアに対してジャスティスは冷静に対応し、そんなジャスティスを見て不愉快になったのかアリシアは奥歯を噛みしめる。ファウも拳を強く握りながらジャスティスを睨みつけた。

 敵に戦意があるのなら戦うしかない、そう感じたアリシアはフレイヤにそっと手を掛ける。出撃する直前、ダークからもし自分がジャスティスに負けても戦わずに後退しと言われていたが、感情的になっている今のアリシアはその約束を忘れていた。

 戦闘態勢に入ろうとするアリシアとファウを見てハナエは右手を二人に向け、いつでも魔法を発動させられる体勢に入った。ハナエが動くのを見たアリシアとファウはダークとの戦いで負傷したジャスティスよりもハナエの方が危険だと感じ、ハナエを強く警戒する。勿論、ジャスティスや周囲のドラゴンたちの警戒も怠っていない。


「この状況で私たちと戦うつもりか。いいだろう、相手になろう」


 ジャスティスはシルバーグリフォンの上で立ち上がり、手に持つノートゥングとフィルギャを構える。アリシアとファウはダメージを受けていながらも戦おうとするジャスティスに一瞬驚くがすぐに表情を鋭くして佩してある得物を抜いた。

 ハナエも右手をアリシアとファウに向けながら左手を軽く上げ、周囲のドラゴンたちに攻撃態勢に入るよう指示を出す。

 アリシアたちの周りにいるドラゴンはダークとジャスティスの戦闘の巻き添えを喰らってしまったためか僅か五体しか残っていない。しかし、五体しか残っていないにも関わらず、ドラゴンたちは戦意を失った様子は見せず、鳴き声を上げながら城塞竜とその背中に乗るアリシアとファウの方を向いて攻撃態勢に入る。

 緊迫した空気が漂う中、相手を見つめながら出方を待っていた。すると、どういう訳か構えていたジャスティスがノートゥングとフィルギャを下ろして構えを解いた。


「……と言いたいところだが、このまま君たちを見逃すことにする」

「何?」


 ジャスティスの口から出た予想外の言葉にアリシアは驚き、ファウやハナエもジャスティスを見ながら驚きの反応を見せる。ハナエが驚いている点から、彼女にとっても予想外の状況のようだ。


「いったい、どういうつもりだ?」


 アリシアは目を細くしながらジャスティスに尋ねる。攻撃する気があることをアピールしておきながら手の平を返すように考え方を変え、自分たちを逃がすと言い出したことにアリシアは理解できなかった。

 警戒しながらアリシアがジャスティスを見ていると、ジャスティスはボロボロになった自分の全身甲冑フルプレートアーマーに視線を向ける。


「私はさっきのダークさんとの戦いでHPが既に限界にきており、装備もボロボロで修理する必要もある。今の状態だと勝てるかどうかは五分だ」


 ジャスティスの弱気な発言を聞いてアリシアは意外そうな反応を見せる。今の状態のジャスティスが相手なら自分にも勝機があるかもしれないと感じていた。だが同時にボロボロの状態でも五分の確率で勝てると断言するジャスティスにも驚いている。

 アリシアがジャスティスの状態と勝率について考えているとファウがアリシアの隣にやって来て小声で話しかけてきた。


「アリシアさん、今の状態ならジャスティスを倒せるかもしれません。奴らが動く前に先手を打ちましょう」


 耳元でささやくファウを見たアリシアは視線だけを動かしてジャスティスを見つめる。

 確かにダークとの戦闘で大ダメージを受けている今のジャスティスなら倒せるかもしれない。だが、それはあくまでも自分たちが万全な状態であり、まともに戦える状況である場合の話だ。

 現在、アリシアたちは空中で城塞竜に乗っている状態であるため、まともに戦うことは愚か動くこともできない。もし敵が一斉に襲い掛かってきたら回避するのはほぼ不可能だ。しかも敵には使い魔のハナエがおり、周りにはドラゴンたちも大勢いる。明らかにアリシアたちが不利な状態だった。

 アリシアは敵の配置と状況を落ち着いて確認する。確認している間に出撃前にダークに言われたことも思い出し、アリシアは感情的になって後先考えずに戦おうとしていた自分を恥ずかしく思う。


「さっきも言ったようにこちらとしては君たちを見逃すつもりでいる。こちらとしては一度態勢を立て直したいと思ってはいるが、君たちに戦う気であるのなら、少々しんどいが私もこのまま戦うことにする」


 難しい顔で考え込んでいるアリシアにジャスティスが声を掛け、アリシアはフッとジャスティスの方を向く。ファウはジャスティスが調子に乗っていると思っているのか、鋭い目でジャスティスを睨んでいた。

 アリシアは現状と戦力を確認しながら考え込む。ダークがいないため、現状でジャスティスと戦うことができるのはレベル100の自分だけだ。しかし、相手には使い魔のハナエがおり、ハナエの実力が分からない今の状態で戦うのは危険すぎる。

 周囲にいるドラゴンたちは問題無く倒すことはできるかもしれないが、ハナエが攻撃してきたら勝てるかどうか分からず、アリシアは僅かに不安を感じていた。だが、ジャスティス自身も勝てるかどうか分からないと言っており、可能であれば今回の戦いは終わらせたいと思っている。つまり、どちらも戦わずに済むのであればこのまま終わらせたいと考えていた。

 勝率は五分五分かもしれないが、ダークがいなくなったことで精神的に余裕が無い状態で戦っても勝てるのは難しいとアリシアは感じていた。そして、相手側もこちらを見逃すつもりでいる。現状から考え、アリシアは自分が出す答えを見つけると、顔を上げてジャスティスを見た。


「……仕方がない。不本意だが、このまま引き下がらせてもらう」

「アリシアさん!?」


 仇を討たずに後退すると言い出すアリシアにファウは声を上げて驚く。ジャスティスはアリシアが賢明な判断をしたと感じ、小さく笑みを浮かべ、ハナエは目の前の敵を逃がさなくてはならなくなったことに若干不満そうな顔をしている。


「アリシアさん、なぜですか? このままダーク様の仇を討たずに敵の情けを受けるなんて……」

「ファウ、ダークが出撃前に言ったことを思い出せ。もし自分が倒されても決して仇を討とうとせずに後退しろ、と言っていただろう?」

「そ、それはそうですが……」

「私もさっきまで頭に血が上っていたから忘れていたが、冷静になったことで思い出した。ここは後退して態勢を立て直すしかない」

「で、でも、今のジャスティスはダーク様のおかげでかなりのダメージを受けています。今なら――」

「ファウ!」


 何とか戦いを続けようと説得してくるファウに対し、アリシアは力の入った声で名前を叫ぶ。アリシアの声の大きさに驚いたファウは口を閉じ、目を見開きながらアリシアを見た。

 アリシアはゆっくりとファウの方を向き、真剣な表情でファウを見ながら口をゆっくりと開けて小声で語り掛ける。


「敵にはジャスティスだけでなく、その使い魔のハナエもいるんだぞ? 恐らくハナエはノワールと互角の力を持っている。しかも相手は魔法使い系の職業クラスを修めているはずだ。ジャスティスは勝率は五分だと言っているが、ハナエがジャスティスに加勢したら空中で自由に動けず、戦士系の職業クラスを持つ私たちだけで勝つのは非常に難しい」

「う、うう……」

「悔しいが今はバーネストに戻ってノワールたちにこのことを伝えることの方が重要だ」


 戦況から勝てる可能性が低いこと、仲間に今のことを伝える方が大切だとアリシアに言われ、ファウは悔しそうな顔で俯く。現状から自分たちが危険なのは分かるが、ダークが目の前で倒されたのに何もできずに引き返さなくてはならないことがどうしても納得できなかった。


「……それにダークが海に落ちた以上、まずは彼の捜索をするのが重要だ。急いでバーネストに戻り、ダークの捜索隊を編制する必要もある。違うか?」


 アリシアはファウの肩にそっと手を置いてダークを探すことが重要だと話す。それを聞いたファウは顔を上げてアリシアの顔を見つめた。同時に肩に乗っているアリシアの手が僅かに震えていることに気付く。

 目の前でダークがジャスティスに倒され、海に落下したにも関わらずアリシアはここまで錯乱せずに精神を保っていた。自分の想い人が海に落ちたのを見れば普通は錯乱するが、アリシアはダークは生きているかもしれないという気持ちと総軍団長として仲間をバーネストに無事に連れて帰らなくてはならないという責任感から精神を安定させていたのだ。

 ファウはアリシアが手を震わせていることから、かなり無理をしていると知り、それと同時にアリシアの言うとおり捜索隊を編制してダークを捜索した方がいいと感じる。

 しばらく考え込んだ後、ファウはゆっくりと顔を上げてアリシアの顔を見ながら頷いた。


「……分かりました。引き上げましょう」


 ファウはダークが生きていると信じる気持ちとアリシアをこれ以上不安にさせてはならないという気持ちから後退することを決意する。ファウの答えを聞いたアリシアはファウを見ながら小さく頷く。そして、ゆっくりとジャスティスとハナエの方を向いて鋭い目で二人を睨む。


「今回はこれで後退させてもらう。だが、まだ私たちは負けたわけではない。ダークも生きていると信じている。ダークを見つけ、彼の傷が癒え次第再度攻撃を仕掛けさせてもらうぞ」

「構わないとも。もっともその時はこちらも護りを完璧にして迎え撃つつもりだ。もしくはこちらから君たちの首都に攻撃を仕掛ける。そもそも、あの傷だダークさんが生きている可能性は低いと思うぞ」

「クッ!」


 挑発してくるジャスティスをアリシアは鋭い目で睨み付ける。敵に情けを掛けられるような結果になり、更に挑発までされてアリシアは再び機嫌を悪くするが、それでもいきなりジャスティスに襲い掛からないよう理性を保ち続けていた。


「……とは言っても私も自分の装備の修理や体力回復のために少々時間を必要だ。私はすぐには前線に出られないので安心してくれ」

「それが本当かどうか疑わしいものだ」


 そう言ってアリシアは城塞竜の背中をポンと叩き、バーネストに引き返すよう指示を出す。城塞竜は低い鳴き声を上げると反転してバーネストに向かって移動する。周囲にいるドラゴンたちはジャスティスがアリシアたちを見逃すと決めたからか城塞竜に攻撃することなく黙って見逃した。

 少しずつ小さくなっていく城塞竜をシルバーグリフォンに乗るジャスティスとその隣で浮いているハナエは黙って見つめる。しばらく見つめていると、ハナエはどこか不満そうな表情を浮かべながらジャスティスの方を向いた。


「マスター、よろしかったのですか?」

「……彼女たちを見逃したことか?」

「ええ」


 アリシアたちを見逃したことについて納得できないでいるハナエはジャスティスに再確認し、ジャスティスは視線を城塞竜からハナエに向ける。

 ジャスティスの使い魔であるハナエは主人であるジャスティスと同じレベル100で魔法職の中でも上位と言われているウィザードマスターをメイン職業クラスにしている。ウィザードマスターは魔法攻撃力が高いのは勿論だが、ノワールの職業クラスであるハイメイジと違い全ての属性の魔法を使用することができ、覚えられる魔法の数もハイメイジよりも多い。ただし、神格魔法は一つしか習得できないため、ハイメイジとは同格の強さだと言われている。

 レベル100で上級の魔法職を持つ自分がいるにもかかわらず、ジャスティスは勝率を五分と語ってアリシアたちを逃がした。これではハナエが納得できないのも仕方がないと言えるだろう。


「……忘れたのか? ダークさんの仲間は全員がレベル60以上、この世界の英雄級の力を持っているんだぞ? 特にさっきのアリシアという聖騎士、彼女はダークさんの他の仲間と違ってレベルが私やお前と同じ100だ。いくらお前でも楽に倒すことはできない」


 ジャスティスはしばらくハナエを見た後、視線を小さくなった城塞竜に向けながら語り、ハナエはジャスティスの話を黙って聞く。

 実はジャスティスたちは開戦直前に行われたエゼンル平原で行われた会談の時にダークたちのレベルなどの情報を手に入れていたのだ。その方法はメモリークリスタルでダークたちの姿を記録し、メモリークリスタルに記録された映像を賢者の瞳で覗き、レベルや名前、職業クラスを確認するというダークたちとまったく同じ方法だった。

 ダークたちの情報を得たジャスティスたちはダークと使い魔のノワール、二人の仲間であるアリシアたちの情報を知り、その時にアリシアがレベル100だと知った。

 最初にアリシアのレベルを知ったジャスティスたちは意外に思ったが、可能性として予想していたことだったため、驚愕などはせずに冷静にアリシアを警戒することにした。


「レベル100の敵が相手側のもう一人いる以上、迂闊に手は出せない。しかも私はダークさんとの戦闘でこのザマだ。あの状況では逃がす方がこちらにとって都合がいいのだ」

「お言葉ですが、相手は遠距離攻撃のできない戦士です。しかも此処は空中で思うようにも動けない。離れた所から魔法で攻撃できる私なら問題無く倒せると思いますが?」

「分かっていないな」

「ハイ?」


 少し呆れたような口調をするジャスティスにハナエは不思議そうな顔で反応する。


「彼女はレベル100、間違い無くダークさんが持つマジックアイテムでレベルアップしたはずだ。ダークさんの力でレベルアップしたのであれば、他にも強力なマジックアイテムを受け取っている可能性がある」

「他のマジックアイテム?」

「ダークさんは戦う直前に自分のマジックアイテムや装備品は仲間に与えたと言っていた。つまり、LMFの魔法武器や防具、アクセサリーなどを受け取り強くなっているということだ。あのアリシアも間違い無く何かのマジックアイテムをダークさんから受け取っているはず。もしかしたら対魔法使い用のマジックアイテムを受け取っているかもしれない」


 ジャスティスの言葉にハナエは目を見開き驚きの反応を見せる。確かにレベルが同じと分かっても相手がどんなアイテムを持ち、どんな戦い方をするか分からない状態では絶対に勝てると断言できない。下手をすれば返り討ちになる可能性だってあった。


「万全の準備をしていない状態で同じレベルでどんなマジックアイテムを所持しているのか分からない相手と戦って勝つ自信があるのか?」

「しかし、マスターも二年間会っていなかったダークさんと戦って勝利することができましたし……」

「二年間会っていなかったとはいえ、私は彼の昔の戦い方を知っていた。そこからどんな風に戦うか予想すれば対処できる。しかし、アリシアの情報を何も得ていない。ダークさんと戦うのとは状況が違いすぎるのだ」


 同じLMFから来たダークと異世界の住人であるアリシアと戦うのでは状況が違いすぎるため、戦っても勝率は低い。ジャスティスの説明を聞いたハナエは納得し、難しい顔をしながら俯く。

 ジャスティスとハナエはアリシアがダークから強力なマジックアイテムを幾つか受け取っていると予想しており、その予想は見事に的中していた。しかし、対魔法使い用のマジックアイテムは受け取っておらず、もし戦っていればアリシアに勝つことができただろう。

 アリシアの所持するマジックアイテムのことを何も知らなかったため、ジャスティスは運悪くアリシアたちを見逃してしまった。逆にアリシアたちにとってはジャスティスが誤解してくれたことで運よく逃げることができたのだ。


「とにかく、ダークさんを倒した今、警戒するべきなのはアセリアだ。彼女の情報を少しでも多く手に入れろ」

「ハイ……ところで、ノワールの方は警戒しなくてよろしいのですか?


 ハナエはダークの使い魔であるノワールよりもアリシアを警戒すべきだというジャスティスの考えに疑問を感じている。レベル100でどんな戦い方をするか分からないアリシアよりもダークの使い魔で神格魔法など強力な魔法を使えるノワールの方が危険度が高いからだ。


「ノワールか……まずは彼の存在を確認し、存在を確認したらアリシアよりも優先的に警戒した方がいいが、もし存在を確認できなかったらアリシアのみを警戒しろ」


 不思議なことにジャスティスはノワールのことをあまり強く警戒しておらず、落ち着いた様子を見せながら意味深なことを口にしている。ハナエはそんなジャスティスをまばたきをしながら見つめていた。


「……ノワールが生きているかいないかを確認してから警戒しろ、という訳ですね」


 ハナエは低い声でジャスティスと同じように意味深な言葉を口にし、それを聞いたジャスティスはハナエを見て頷く。

 実はLMFではプレイヤーのHPが戦闘などでゼロになった時、つまり死亡してログアウトした時に使い魔も一緒に消滅するようになっている。だが再度ログインすれば復活して再びプレイヤーと行動することができるのだ。

 ジャスティスはダークが死亡すれば使い魔であるノワールも同時に死亡するのではと思っており、ダークが海に消えた今、ノワールが健在かどうかを確かめ、もしノワールが消えていればダークが死んだと考え、同時にアリシアだけを警戒すべきだと考えている。しかし、それはあくまでLMFの世界での話で異世界でも同じ現象が起きるとは断言できなかった。

 もし使い魔のノワールは無事ならダークが生きている可能性は高いと考えられる。だが、ダークが死んでも使い魔であるノワールが生き残る可能性があるため、まずはノワールが無事なのかを確かめてからアリシアとノワールのどちらを優先して警戒すべきかを決めようと考えていたのだ。

 同時にノワールが消えていれば異世界でもLMFと同じでLMFプレイヤーと使い魔は一心同体ということが証明され、ダークが死んでいることになり、ジャスティスはダークを完全に倒したと確信してアリシアだけを警戒できるということだ。


「ノワールが無事なら海に落ちたダークさんも生きている可能性がある。だが、この世界がLMFと同じとは断言できない」

「この世界がLMFと同じであろうがなかろうが、まずはノワールが生きているのかを確認するのが重要ですね」

「そう言うことだ」

「では、後ほど私が転移魔法でバーネストに向かい、ノワールが無事かどうか偵察してまいります」

「それは無駄だろう。ダークさんのことだ、お前や私の配下のモンスターが首都に侵入、転移できないよう何かしらのマジックアイテムを使って護りを固めているはずだ」


 ジャスティスはダークが敵の侵入を防ぐための対策をしていると考え、ハナエの偵察を止める。現にジャスティスの読みどおり、ダークはオーディンの結界柱で外からの攻撃と侵入を完全に防いでいた。


「では、どのようにしてノワールの存在を確認するのです?」

「心配するな。わざわざ偵察しなくても敵側が劣勢になればノワールもいつかは前線に出てくるはずだ。もし劣勢になっても前線に出て来なければノワールは消滅したことになる。もし、ノワールが出て来ずに海に落ちたはずのダークさんが姿を見せれば、彼は生きていたということが分かる」

「成る程、それでは今後はこれまで以上に激しく敵を攻撃すればよい、ということですね」

「そう言うことだ。ミカエルたちやアドヴァリア軍の将軍たちにもそう伝えろ」

「ハイ!」


 指示を受けたハナエは力強く返事をする。自分たちにとって最も脅威と言えるダークを倒したことで敵の士気が低下したであろうと考え、ハナエは少し機嫌を良くしていた。しかし、まだダークが死んだと決まった訳ではないので、気を抜くことなく戦い続けるべきだと考えている。

 ハナエに指示を出したジャスティスは小さく俯きながら軽く息を吐く。緊張が解けたことで一気に疲れが出てきたようだ。


「とりあえず、私は城に戻って休むことにしよう。ダークさんに破壊された鎧の修理もしなくてはならないしな」


 ジャスティスはそう言いながらダークとの戦闘で破壊された全身甲冑フルプレートアーマーを確認する。改めて見ると本当に酷い状態であり、ジャスティスはダークの攻撃は凄まじかったと感じていた。


「完全に元どおりにするにはどれ程の時間が掛かるでしょう?」

「アドヴァリアの鍛冶職人に私が持つマジックアイテムを渡して修理させれば、早くても一ヶ月は掛かるだろうな」

「一ヶ月、ですか……」

「釜茹でゴエモンさんに頼べばもっと早く直るのだが、この世界には釜茹でゴエモンさんはいないからな」


 他に方法が無いから仕方がないとジャスティスは自分に言い聞かせるように語り、ハナエも異世界の鍛冶職人は低能だと感じながら首を横に振る。

 それからジャスティスはシルバーグリフォンに乗って浮遊島にある町へ戻っていき、ハナエもその後をついて行く。ドラゴンたちは再び浮遊島の警護をするために持ち場に戻って行った。


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