第三百一話 ダークvsジャスティス
お互いの剣がぶつかり、ダークとジャスティスは相手を押し返そうと力を込める。しかしお互いの力が互角であるためか、どちらも押されることなくその場にとどまっていた。二人はそれぞれ目を光らせながら目の前の敵を見つめる。
このまま押し合っても何も変化は無いと感じた二人はほぼ同時に後ろへ下がって相手から距離を取る。そして再び相手に向かって勢いよく飛んで行き、ぶつかる直前に剣を振って攻撃した。剣がぶつかったことで再び高い金属音が響き、衝撃が空中に広がる。
二度目の攻撃も同じ結果になったことでダークとジャスティスは正面から普通に攻撃しても意味はないと悟り、もう一度後ろに飛んで相手から離れる。一定の距離を取るとダークは蒼魔の剣を八相構えで持ち、ジャスティスは左手の騎士剣を前に出して横に構え、右手の騎士剣を顔の右側に持ってきて切っ先をダークに向ける構えを取った。
(やっぱ普通に剣で攻撃してもジャスティスさんには通用しないか。もしかしてLMFから離れている間に普通の攻撃が通用するようになったんじゃないかって思ってたんだけどな)
ダークは自分の考え方が甘かったと反省しながら改めてジャスティスは以前と変わらない強さを持っていると感じ、同時に単純な攻撃ではジャスティスにダメージを与えることはできないと知った。
(ジャスティスさんに確実にダメージを与えるには暗黒剣技を使って戦うしかない。だが、普通に攻めても簡単にかわされるだけだ。まずは自身を強化して少しでも攻撃を当てられるようにしないといけない……)
優れた戦闘能力を持つジャスティスに攻撃を命中させるにはジャスティスが対応できない攻撃をするしない、ダークは攻撃再開する前に自分を強化することにした。
「暗黒の麻薬――」
「させない、天刃空撃波!」
ダークが能力で自身を強化しようとした瞬間、ジャスティスが右手の騎士剣を斜めに振り、剣身から白い斬撃をダークに向けて放った。ジャスティスの攻撃に気付いたダークは咄嗟に右へ移動して斬撃をギリギリで回避する。
<天刃空撃波>はLMFの神聖剣技の一つで剣から光属性の斬撃を放って遠くの敵を攻撃する技だ。斬撃の切れ味は鋭く、使用するLMFプレイヤーによっては物理防御力の高い上級モンスターを両断することもできる。更に斬撃は光属性であるため、光属性に弱い敵には効果的な技だ。
ステータス強化を妨害されたダークは小さく舌打ちをするがすぐに体勢を整えてジャスティスの方を向く。だが体勢を整えている間にジャスティスは一気に距離を詰め、ダークの目の前まで近づいた。
ダークは一瞬で目の前に移動していたジャスティスに驚くがすぐに蒼魔の剣で攻撃する。しかし、蒼魔の剣はジャスティスの左手の騎士剣で難なく防がれ、それを見たダークは小さく声を漏らしながら後ろへ大きく下がった。
「流石はジャスティスさん、一瞬で間合いを詰めるとは……なら、黒瘴炎熱波!」
距離を取ったダークは素早く暗黒剣技を発動させ、蒼魔の剣を勢いよく振り下ろす。振り下ろされるのと同時に剣身から黒い靄が一直線にジャスティスに向かって放たれるが、ジャスティスは驚くことなく落ちついた様子で靄を見ていた。
「黒瘴炎熱波か、だったら……」
ジャスティスは迫ってくる靄を見つめながら右手に持っている騎士剣を掲げる。すると騎士剣の剣身に埋め込まれている無数の青い宝玉が一斉に光り出し、剣身も薄っすらと青く光り始めた。そして、靄がジャスティスの目の前まで近づいてきた瞬間、ジャスティスは騎士剣を勢いよく振り下ろす。
剣身を光らせる騎士剣はダークが放った靄を真ん中から両断し、靄はジャスティスを呑み込むことなく彼の目の前で二つに割れる。ジャスティスによって靄が両断された光景にダークは目を薄っすらと赤く光らせる。ジャスティスが靄を凌ぐことを予想していたのか、ダークは驚きの反応を見せない。
一方で戦いを見守っていたアリシアとファウはダークの暗黒剣技を騎士剣一本で凌いだジャスティスを見て目を見開いて驚いていた。ジャスティスがダークと互角の力を持っていることは知っていたが、神聖剣技などを使わずに靄を両断したのを見たことで流石に驚愕したようだ。
二つになった靄はそのままジャスティスの後方にいた二体のドラゴンに命中した。靄を受けたドラゴンたちは断末魔を上げながら落下していく。二体のドラゴンは既に息絶えており、体から煙を上げながら真下の海に落下した。
「ダ、ダーク様の剣技を剣だけで防ぐなんて……」
ダークの暗黒剣技が通用しなかったのを見たファウは僅かに震えた声を出す。アリシアも微量の汗を流しながらダークとジャスティスに見ている。
「ジャスティスがダークと同じレベル100で強力な武具を装備しているのは知っていた。だが、ダークの暗黒剣技を剣だけで真っ二つにするなんて……あの男、本当にダークと同じレベルなのか?」
アリシアはダークとジャスティスの力に大きな差があるのではと感じ、緊迫した表情を浮かべる。暗黒剣技を凌いだジャスティスの姿を見たアリシアは今までダークがジャスティスを強く警戒していたことに納得した。
靄を両断したジャスティスはゆっくりと振り下ろしていた騎士剣を上げてダークを見つめる。ダークも蒼魔の剣を下ろした状態でジャスティスを見ていた。
「流石はジャスティスさんですね。私の黒瘴炎熱波を両断するなんて」
「フッ、私じゃなくてこの剣のおかげですよ」
そう言いながらジャスティスは右手の騎士剣に視線を向け、ダークもチラッとジャスティスの持つ騎士剣に注目する。
「……英霊剣ノートゥング、久しぶりに見ましたがやはり凄い剣だ」
ダークは騎士剣の名を口にしながら低い声で呟き、同時に蒼魔の剣を強く握る。
<英霊剣ノートゥング>はジャスティスが愛用する武器でLMFでも上位のレア度を持つ光属性の剣だ。レベル95以上のプレイヤーだけが装備することが可能でその性能はアリシアが使うフレイヤを上回る。更にノートゥングには特殊能力が付いており、剣身が青く光っている間、攻撃力が大きく上昇するため、通常時よりも敵に大ダメージを与えることが可能。この能力で攻撃力が上昇する時間は僅か十秒と短いが、冷却時間がとても短く一日に何度でも使用することができる。
ジャスティスはノートゥングの能力を使用して攻撃力を高め、その状態だダークが放った靄を両断した。ダークもジャスティスが持つ武器の性能は知っていたため、靄が両断されたのを見ても驚かずにいたのだ。
(ノートゥングはLMFに存在する聖剣の中でもトップクラスの攻撃力を持っている。しかも能力で十秒間だけ攻撃力を上昇させることが可能だ。もしその状態で斬られたら俺でも大ダメージを受けちまう。やっぱり暗黒の麻薬を使ってステータスを強化した方がいいな)
ノートゥングの恐ろしさを心の中で呟きながらダークはもう一度自身の強化に移ろうとする。だが、ダークがジャスティスの装備や戦い方を知っているようにジャスティスもダークの装備や戦い方を知っている。
敵が有利になると分かって敵の行動を見逃す馬鹿はいない。その証拠にジャスティスは最初にダークが能力で自分を強化しようとした時は瞬時に妨害していた。もう一度強化の能力を使おうとしてもジャスティスはそれを間違いなく邪魔をするだろう。
(暗黒の麻薬を使うにはジャスティスさんの隙をつかないといけない。まずはジャスティスさんの体勢を崩すところから始めないとな)
ダークは蒼魔の剣を強く握って中断構えを取り、勢いよくジャスティスの方へ飛んで行く。ただし、正面ではなくジャスティスの左側面に向かって移動した。
正面から攻撃してもジャスティスにダメージを与えられないと考えたダークは側面に回り込んで攻撃しようと考えたようだ。しかし、ジャスティスもダークの考えを見抜いており、側面を取られる前にダークの正面に回り込む。
目の前に立ち塞がるジャスティスを見たダークは目を薄っすらと赤く光らせる。ジャスティスがダークの行動を読んでいたようにダークもジャスティスの行動を読んでいたらしく、目の前のジャスティスを見ても動揺を見せなかった。
ダークは移動する速度を上げ、一気にジャスティスに近づくと上段構えを取る。ダークが攻撃を仕掛けてくると感じたジャスティスは回避するために後ろに下がろうとしたが、その前にダークが動いた。
「冥界魔風斬!」
暗黒剣技を発動させたダークは目の前のジャスティスに向かって蒼魔の剣を素早く四回振り、連続で四回攻撃する。すると、距離を取ろうとしたジャスティスは後ろに下がるのをやめて両手の騎士剣を構えた。
ダークは自身が使う暗黒剣技の中でも最速の技なら一撃ぐらいはジャスティスに命中するかもしれないと思っており、戦いを見守るアリシアとファウもそう考えていた。ところが、ジャスティスはノートゥングともう一本の騎士剣を器用に動かしてダークの連続攻撃を全て防いでしまう。攻撃を防がれたのを見てアリシアとファウは驚愕の反応を見せた。
「急接近してそのまま高速の連続攻撃、普通の敵なら防ぎ切れなかったでしょうが、私には通用しませんよ?」
ジャスティスは全ての攻撃を防ぐとダークを見ながら声を掛ける。だが、ダークは悔しがる様子は見せず、落ち着いた態度を取りながらジャスティスを見て目を薄っすらと光らせた。
「残念ですが、狙いは別にあります」
「ん?」
何を言っているのか理解できず、ジャスティスは不思議そうな声を出す。その直後、ダークは蒼魔の剣を素早く振り上げる。
「黒炎爆死斬!」
ダークは新たに暗黒剣技を発動させ、蒼魔の剣をジャスティスに向かって勢いよく振り下ろす。ジャスティスはダークの攻撃を回避しようとするがもう間に合わないと感じ、ノートゥングと騎士剣を交差させて防御態勢を取る。蒼魔の剣がジャスティスの二本の剣に触れた瞬間、大爆発を起こして周囲に黒煙を広げた。
爆発の衝撃と轟音でアリシアとファウは僅かに体勢を崩す。城塞竜と白銀騎士たちは怯むことなくジッと前を向いていた。
「何てことを! あれではジャスティスだけでなく、ダーク自身も爆発に巻き込まれてしまうぞ!」
敵との距離がほぼゼロの状態で黒炎爆死斬を使用したことにアリシアは思わず力の入った声を出す。ファウもダークの行動に驚き、目を見開きながら爆発した場所を見ている。
なぜダークがゼロ距離でジャスティスに黒炎爆死斬を使ったのか、二人は分からずにダークとジャスティスを包み込んでいる黒煙の見ている。その中ではジャスティスが黒煙に包まれながら周囲を警戒していた。至近距離で爆発に巻き込まれたため、流石のジャスティスもそれなりのダメージを受けている。
(考えましたね、ダークさん。最初に黒炎爆死斬を使わず、冥界魔風斬でこちらの体勢を僅かに崩してから使うとは……)
ジャスティスはダークの考えを理解すると心の中で感心した。どうやらジャスティスはダークがなぜわざわざ連続で暗黒剣技を発動させた理由に気付いたようだ。
最初に黒炎爆死斬を発動するとジャスティスに爆発系の攻撃が来ることを知られて距離を取られてしまう可能性がある。そのため、ダークは最初に高速攻撃を放つ冥界魔風斬を発動させ、ジャスティスに防御体勢を取らせた。防御したことで一瞬だけジャスティスの動きを封じて距離を取る隙を奪い、その直後に黒炎爆死斬を発動させて爆発に巻き込んだのだ。
ジャスティスは黒煙に包まれる中、姿を消したダークを探す。その時、背後から気配を感じ、ジャスティスは右に回転しながらノートゥングを横に振って背後を攻撃する。すると剣を振る勢いで黒煙がかき消え、ダークがジャスティスの背後に現れた。
ダークは迫ってくるノートゥングを蒼魔の剣で防ぎ、二つの剣がぶつかったことで発生した衝撃が周囲の黒煙を吹き飛ばすように消した。
「流石はジャスティスさん、一瞬で私の居場所を探り当てるとは」
「ダークさんこそ、背後に回り込むのが上手くなりましたね」
お互いに剣の刃をぶつけ合いながらダークとジャスティスは相手を褒め合う。二人は爆発を受けてダメージを受けているようだが、焦りや疲れを感じている様子は一切見せていなかった。
ダークは蒼魔の剣の握る手に力を込めて防いでいるノートゥングを払おうとする。ジャスティスも払わせまいと力を入れて押し返そうとしていた。だが、どういう訳か蒼魔の剣を押し返すことができず、逆に少しずつ押され始める。そのことに気付いたジャスティスは態勢を立て直すために後ろに下がってダークから離れた。
ジャスティスが距離を取るとダークは追撃しようとはせず、蒼魔の剣を構えてジャスティスを見つめる。ジャスティスもダークを警戒しながらノートゥングと騎士剣を構え直した。
「さっきと比べて力が若干強くなっている……ダークさん、暗黒の麻薬を発動させましたね?」
「……フッ、やはりジャスティスさんは凄い人だ。こんなに早く気付かれるなんて」
ダークはジャスティスの言葉を否定せず、笑いながら認める。ジャスティスはダークの答えを聞くとやはり、と言いたそうな反応を見せた。
実はダークは黒炎爆死斬の爆発で発生した黒煙に包み込まれている間に暗黒の麻薬を発動して自身のステータスを強化していたのだ。強化するのであればジャスティスに攻撃する前に強化した方がいいと思われるが、ダークは一度暗黒の麻薬の発動をジャスティスに邪魔されている。
一度失敗しているのにまた普通に発動しても邪魔されてしまうと考えたダークは黒炎爆死斬の爆発で黒煙を発生させ、ジャスティスが自分を見失っている間に強化しようと考えた。黒炎爆死斬を発動させたのはジャスティスにダメージを与えるだけでなく、暗黒の麻薬を発動させる隙を作るためでもあったのだ。
ジャスティスはダークのステータスが強化されていたことで黒炎爆死斬の爆発が暗黒の麻薬を発動するための伏線だったことを知り、ダークの頭の回転の速さに内心驚いていた。
「自らのHPを削ってまで強化するための隙を作るとは、以前と比べて大胆になりましたね?」
「そんなことはありませんよ。昔と変わっていません」
ダークは笑いながら自分に変化は無いと語り、そんなダークを見てジャスティスも構えたまま小さく笑った。
「……しかし、爆発でダメージを受けた状態で暗黒の麻薬を発動させて大丈夫なんですか? 暗黒の麻薬は発動するとプレイヤーのHPを削るリスクがあります。今のダークさんは私よりも残りHPが少ないはずです」
「ご心配なく、対策はちゃんと考えてあります……紫光命吸剣!」
暗黒剣技が発動し、蒼魔の剣の剣身が紫色の光り出す。ダークは剣身が紫色の光った直後にジャスティスに向かって勢いよく飛んだ。
向かってくるダークを見たジャスティスはまた正面から攻撃してくるかと警戒心を強くする。だが、ダークはジャスティスの2mほど前まで近づいた瞬間に素早くジャスティスの左側面に回り込み、左側からジャスティスに攻撃した。
左側面に回り込んだダークにジャスティスは一瞬驚いて小さく声を漏らす。だが慌てずに左手に持つ騎士剣でダークの剣を防いだ。
攻撃を防がれたダークは素早く蒼魔の剣を引いて右から横切りを放つ。蒼魔の剣はジャスティスの左脇腹に迫り、それに気付いたジャスティスは再び左手の騎士剣で横切りを止める。ジャスティスは紫光命吸剣がダメージを与える度に発動者のHPを回復させる暗黒剣技であることを知っているため、絶対に攻撃を受けてはいけないと考えていた。
しかし、ジャスティスも防戦一方という訳ではない。ダークの攻撃を防いだ直後、ノートゥングでダークに突きを放ち反撃する。ダークは上半身を右に反らしてジャスティスの突きをかわす。そして蒼魔の剣で振り上げて再びジャスティスに攻撃した。
蒼魔の剣はジャスティスの右腕の内側前腕部に命中し、ジャスティスの腕当にめり込むような傷を付ける。
「ぬぅっ!」
腕から伝わる僅かな痛みにジャスティスは声を漏らす。それと同時にダークの体は薄っすらと紫色に光り、彼のHPを僅かに回復する。
攻撃を許してしまったジャスティスは負けずと左手の騎士剣を横に振ってダークの反撃した。騎士剣の刃はダークの鎧の右脇腹に命中して細長い穴を開ける。攻撃することに集中していたせいかダークはジャスティスの反撃をかわせずに攻撃を受けてしまった。
「ぐうぅ!」
脇腹の痛みにダークも声を上げる。折角回復したHPが再び削られてしまい、ダークは悔しく思いながら一度距離を取るために後ろに下がる。ジャスティスも軽く後ろに下がってダークから距離を取った。
全身甲冑を装備しているため、どちらも大ダメージを負うことは無いと普通は考えるだろうが、それは自分よりもレベルの低い相手と戦っている場合に限る。
ダークとジャスティスの装備している全身甲冑は防御力が高く頑丈な代物だが、同レベルの敵と戦う場合はどうあってもダメージを受けてしまい、装備する防具にも傷がついてしまう。だから二人の鎧は一撃を受けただけで穴が開いたり凹んだりしてしまったのだ。
距離を取ったダークとジャスティスは剣を構えながら離れている相手を見つめる。攻撃を受けた箇所からはまだ鈍い痛みが感じるが、そんなことを気にしてなどいられなかった。いつ相手が動いてもすぐに対応できるよう意識を敵に集中させている。
「す、凄い……」
「どちらも隙を見せずに激しい攻防を繰り広げている……」
戦いを見守っていたアリシアとファウは驚きと興奮からか僅かに震えて声を出しながら空中で戦うダークとジャスティスを見ている。
ダークとジャスティスの戦いが始まってからまだ僅かな時間しか経っていないが、その間に何度も激しい衝撃や轟音がアリシアとファウに伝わり、それを感じ取った二人はダークとジャスティスの戦いが過去に見た度の戦いよりも凄まじいものだと感じる。
アリシアとファウは戦いの激しさに驚きを見せているが、勿論ダークの心配もしている。ダークに勝ってほしいと心の中で願いながら二人はダークの戦いを見守っていた。
離れた所でアリシアとファウが見守る中、ダークはジャスティスを見つめたまま蒼魔の剣を強く握る。次はどのようにしたジャスティスに攻撃するか、ジャスティスの動きを警戒しながら次の作戦を考えていた。
「……やはりダークさんは強いですね。戦い始めてからまだそれほど時間が経過していないのに幾つもの戦術を考えて私にダメージを与えるとは」
ダークが次の作戦を考えていると、ジャスティスが剣を構えたまま話しかけてきた。ダークはジャスティスを見つめたまま彼の話に耳を傾ける。勿論、ジャスティスがどう動いても対応できるよう、構えは崩さなかった。
「本当はもう少しダークさんとの戦いたいと思っているのですが、こちらとしてはこれ以上時間を掛けるわけにはいかないんです。何よりもあまり時間を掛けると飛行時間の限界が来てしまいますから」
「ですね。今の状態で同レベルの相手と長時間戦うのは得策ではありません」
「……では、そろそろお互いに本気を出して戦いましょう」
僅かに声を低くするジャスティスを見てダークは僅かに構えを変え、同時にジャスティスも構えを解いてノートゥングを高く掲げる。すると、ノートゥングの剣身に青い電気が纏われた。
「蒼竜天雷閃!」
ジャスティスは叫びながら電気を纏ったノートゥングをダークに向かって振り下ろす。すると、剣身に纏われていた青い電気がダークに向かって勢いよく放たれた。
<蒼竜天雷閃>はジャスティスが使う神聖剣技の一つで敵に向けて電撃を放つ技だ。攻撃力と射程はダークが使う黒瘴炎熱波と同等で電撃を受けた敵に光属性と雷のダメージを与えることができる。電撃を受けた相手は一定の確率で麻痺状態となるが、攻撃力が高いため、低レベルの敵は麻痺になることなく倒されてしまう。
迫ってくる電撃を見たダークは絶対に受けてはいけないと考え、素早く右へ移動して電撃が回避した。そして、再びジャスティスに攻撃される前に距離を詰めようとジャスティスに向かって飛んで行く。
ジャスティスに近づいたダークは蒼魔の剣を横に構え、剣身に薄紫の電気を纏わせる。それを見たジャスティスはダークが暗黒剣技を使うと感じ取ってダークの動きに意識を集中させた。
「魔獄紫電斬!」
ダークは接近戦用の暗黒剣技を発動させると蒼魔の剣を勢いよく横に振ってジャスティスを攻撃する。だが、暗黒剣技の発動に気付いたジャスティスはギリギリでダークの攻撃をかわし、そのまま後ろに飛んで再びダークから離れた。
離れていくジャスティスを見たダークはこれ以上距離を取られたらまた遠くから神聖剣技で攻撃されると感じ、距離を取らせないためにジャスティスの後を追う。幸いジャスティスの移動速度はダークより遅く、本気を出せばすぐに追いつくことができるくらいだった。
もの凄い速度でダークが追撃する中、ジャスティスは慌てる様子などは見せず、落ち着きながらダークを見て目を青く光らせた。
「やはり追撃してきたか。だが、それがこちらの狙いですよ、ダークさん」
そう言ってジャスティスは後ろに飛んだまま両腕をを横に伸ばした。
「聖者の天衣!」
移動しながらジャスティスは何らかの能力を発動させる。すると体が突然黄色く光り出し、それを見たダークは一瞬驚いたように声を漏らして追撃をやめ、急いで後ろに下がろうとした。だが、ダークが下がるよりも先に体を光らせるジャスティスがもの凄い速さでダークの目の前まで接近する。
「油断しましたね?」
「チィッ!」
一気に距離を詰められたダークは急いで離れようとするが、その前にジャスティスがノートゥングの能力を発動して剣身を青く光らせ、その状態でダークに袈裟切りを放ち、鎧の上からダークを斬った。
「グウゥ!!」
「ダークッ!」
突然の攻撃と痛みにダークは思わず声を上げて体勢を崩し、アリシアはダークが斬られたのを見て声を上げる。ファウもまともに攻撃を受けたダークを見て驚愕の表情を浮かべていた。
攻撃を受けたダークはそのまま落下するのではと思われたが上手く悪魔の翼を操って体勢を直したため落下せずに済んだ。
体勢を直したダークはジャスティスの腹部に蹴りを入れて反撃する。同時に蹴った時の反動で後ろに移動してジャスティスから距離を取った。ジャスティスはダークの蹴りを受けても殆どダメージを受けていないらしく、平然としながらダークを見ている。
ダークはジャスティスから離れると素早く構え直してジャスティスを警戒する。ダークの漆黒の全身甲冑には切傷ができており、それを見ながらアリシアとファウは不安の表情を浮かべた。
(……クッソォ、失敗した。ジャスティスさんが聖者の天衣を使えるってことをスッカリ忘れていた。しかも攻撃する瞬間にノートゥングの能力で攻撃力を強化してくるとは……もし暗黒の麻薬を発動させていなかったら一気に不利になっていたかもな)
斬られた箇所を確認したダークは心の中で自分の油断を反省しながら蒼魔の剣を構える。今の一撃でダークはかなりダメージを受けたようだ。
ジャスティスが攻撃する直前に発動させた<聖者の天衣>はLMFの聖騎士が使える能力の一つで自身の全ステータスは強化することができる。ダークが使う暗黒の麻薬と似ているが、聖者の天衣はHPを削るというリスクが無いため、HPを気にすることなく使うことができる。しかし、ステータスを強化する能力は暗黒の麻薬と比べると低い。
強化能力を使ってきたことでダークはジャスティスが本気を出したことを再認識する。こちらもより警戒を強くし、暗黒騎士の能力を駆使して戦わないと危険だと感じながらダークは目を薄っすらと赤く光らせた。
「今の一撃を受けても生き残るとは、相変わらずHPが高いですね、ダークさん?」
「そう言うジャスティスさんこそ、以前と変わらず素晴らしいバトルセンスじゃないですか」
「フフ、その私の攻撃について来れる貴方も十分凄いですよ」
ジャスティスが小さく笑いながら語るとダークもジャスティスを見ながら笑い返す。一見余裕そうに笑っているダークだが、内心ではジャスティスの強さに押されて僅かに焦りを感じていた。
「ここまで来ると、アレを使ってもいいかもしれませんね。そうすれば確実にダークさんを追い詰めることができる」
そう言ってジャスティスは両手の剣を下ろし、ダークはジャスティスがまた何か仕掛けてくると感じ取り、いつでも動けるよう体勢を少しだけ変える。
「ダークさん、ここからは更に厳しくなりますが、全力でついて来てください……分身の術」
低い声で呟いた瞬間、突然ジャスティスが五人に増え、横一列に並んだ状態でダークを見つめる。全てのジャスティスが同じ姿、同じ武器を持っており、それを見たダークは驚きの反応を見せる。勿論、戦いを見守っていたアリシアとファウも驚いていた。
「な、何だあれは!? ジャスティスが五人に増えたぞ!」
「ま、まさか、あれもジャスティスの聖騎士としての能力なんでしょうか……」
「馬鹿な、聖騎士に自身を増やせる力なんかある訳がないだろう」
「ですが、ジャスティスもダーク様と同じ世界の住人です。自分を増やす力を持っていても不思議じゃないと思いますが……」
「そんな力を聖騎士が持てるわけ……んっ?」
ファウの言葉を聞いて何かに気付いたのか、アリシアはフッとジャスティスの方を向いた。
「聖騎士が持てない力を持っている……聖騎士とは別の職業の能力を持っている……ッ! まさか!」
しばらく考えていたアリシアは驚きの表情を浮かべてジャスティスを見つめる。そして、すぐに不安そうな顔でダークに視線を向けた。
アリシアが注目している中、ダークはアリシアに見られていることに気付いていないのか、数が増えたジャスティスを見続けている。構えはそのままだがフルフェイスの兜の下では緊迫したような顔をしていた。
(クッソォ、また失敗した! ジャスティスさんが聖者の天衣を使えることだけじゃなく、サブ職業に忍者を選んでいたことまで忘れてたなんて……)
一度ならず二度までも重大な情報を忘れていたことに対し、ダークは心の中で自身を情けなく思う。アリシアもジャスティスが聖騎士ではあり得ない力を使うことを知ってサブ職業のことを思い出したのだ。
ジャスティスがサブ職業に選んでいる忍者は刀や忍術という固有能力を使って戦う優れた職業であり、北欧神話の世界を舞台とするLMFでは珍しいことから多くのプレイヤーが選んでいる職業だ。忍術にも様々な属性があり、戦況や敵によって戦い方を変えることが可能だが、防御力とHPが低いというデメリットもある。因みにジャスティスは忍者の能力が使えると考えたサブ職業に選んでいた。
<分身の術>は忍者が使う能力、忍術の一種で忍者なら必ず体得できる能力だ。一定時間の間、最大四人までの分身を作り出すことができる。作られた分身はプレイヤーとほぼ同じ強さで自由に動かすことができる上に実体があるため、敵に攻撃することも可能だ。その上、分身は幻術とは違うので対幻術の技術を装備しても見分けることもできない。ただし、分身は能力やアイテムは使えず、一度攻撃を受けると消滅してしまう。更に一度発動するとしばらく使えず、分身が敵を倒してもその経験値を得ることはできない。
ジャスティスから宣戦布告を受けた後、ダークはジャスティスとの戦闘に備えてジャスティスの戦い方や能力、技術などを思い出そうとしていた。しかし、二年以上会っていなかったため、ジャスティスの能力や技術を全て思い出すことができず、中途半端な状態で戦うことになってしまったのだ。
目の前に並ぶ五人のジャスティスを見てダークは僅かに危機感を感じる。分身四体と本物を相手に一人で戦うのは流石のダークでも少々厳しい状況だった。
(ジャスティスさんの攻撃で大ダメージを受けているこの状態で五人を相手にすることになるとは……まったく、LMFではこんな戦い方はしなかったのに、それだけジャスティスさんもマジってことか)
若干不安な気持ちになりながらもダークはジャスティスと四体の分身に意識を集中させる。ジャスティスがどんな手を使ってこようと、戦闘中であることには何の変わりもない。今はただどのようにしてこの状況を打開するべきなのか考えることにした。
ダークがジャスティスを見つめながら構えていると、それを見ていたジャスティスと四体の分身は薄っすらと目を青く光らせる。
「さて、戦闘を再開しましょう。私と四人の分身を相手にして貴方は勝つことができますか?」
ジャスティスはダークを見つめながら挑発するように語りかける。声が一つしか聞こえないことから、分身は喋ることができないようだ。つまり、言葉を喋っているのが本物ということになる。
だが、ジャスティスや彼の分身は全員フルフェイスの兜で顔を隠しているため、誰が喋っているのかは分からない。ジャスティスはその点もしっかり考えて顔を隠しているようだ。
「そんなの分かりませんよ。私は今回初めて分身を使ったジャスティスさんと戦うんですから」
ダークは挑発を返すかのように笑いながら言い返し、ジャスティスもダークの答えを聞いて小さく笑う。
「そうでしたね、失礼しました」
「……ですが、負けるつもりはありません」
勝てるかどうか分からないが負ける気は無い、ダークはそう言いながら中段構えを取り、ジャスティスたちも一斉に両手の剣を構え直す。
その数秒後、五人のジャスティスは一斉にダークに向かって飛んだ。