第三百話 空中での対峙
ドラゴンたちはダークの敵意を感じ取ったのか、咆哮を上げながら飛行速度を上げて一気にダークたちへ近づく。急に速度を上げたドラゴンたちにアリシアとファウは驚きの表情を浮かべ、ダークは落ち着いた様子で持っている巻物をいつでも開けるようにしていた。
城塞竜に一定の距離まで近づくとバーニングドラゴンは口から炎を吐いて城塞竜の背中に乗るダークたちに攻撃した。その近くにいたウインドドラゴンは口から竜巻のような風を、キングワイバーンは火球を吐いてダークたちに攻撃する。
真正面から迫ってくる複数の炎、風、火球にアリシアとファウは目を大きく見開く。ダークは敵の攻撃を凌ぐ魔法を封印した巻物を持っていると言っていたがさすがにこの攻撃は防げないと心の中で思いながら二人は緊迫した表情を浮かべる。そんな中、ダークは焦ることなく落ち着いて持っている巻物を開いた。
「反射防壁!」
ダークはドラゴンたちを見ながら巻物に封印されている魔法を発動する。すると巻物に描かれていた魔法陣が黄色く光り出し、城塞竜を中心に四角い黄色の障壁が展開された。
城塞竜は障壁によって体全体を護られているため、当然背中に乗っているダークたちも護られている。アリシアとファウは自分たちの周りに展開された障壁を見て目を丸くした。そこにドラゴンたちの炎や風が迫り障壁に命中する。その直後、障壁に触れた炎や風、火球は突然向きを変え、飛んで来た方角へ戻って行く。
戻された攻撃は全てドラゴン自身に命中し、攻撃を受けたドラゴンたちは鳴き声を上げながら体勢を僅かに崩した。その光景にアリシアとファウは驚きの表情を浮かべる。
「……やはり自分の攻撃を一撃受けたくらいでは死なんか」
アリシアとファウが驚いている中、ダークは攻撃を受けたドラゴンたちを見ながら残念そうな口調で呟く。ダークの言葉を聞いた二人はほぼ同時に視線をダークに向ける。
「ダーク、今のはもしかして、巻物に封印された魔法によるものなのか?」
「ああ、防御に優れた最上級魔法だ」
ダークが発動したのが最上級魔法だと知ったアリシアは再び驚きの表情を浮かべる。ファウもアリシアのように驚いていたが、同時に優れた魔法を発動させたダークに感心した。
<反射防壁>は土属性の最上級防御魔法の一種で使用者、もしくは仲間の周囲に四角い障壁を張ることができる魔法だ。この魔法によって張られた障壁は相手の攻撃魔法をそのまま相手に返し、物理攻撃を放った敵には逆にダメージを与えるという攻防一体の魔法となっている。しかも障壁を張った状態で移動することもでき、非常に強力な魔法だ。ただし、攻撃以外の魔法や同じ最上級魔法の攻撃は防げず、何度か攻撃を返すと消滅してしまう。
敵の攻撃をそのまま相手にはね返すことができる防御魔法にアリシアとファウは改めて驚き、周囲に張られている障壁を見回した。
ドラゴンたちは障壁を破ろうと攻撃を繰り返すが全て障壁に命中した直後にはね返りドラゴンたちに命中する。中には接近して爪や噛みつきで攻撃してくるドラゴンもいるが、障壁に触れた瞬間、何かに殴られたように後ろに飛ばされた。
「これでドラゴンたちはしばらく私たちに手出しできない。その間に一気に島に接近する」
前を見ながらダークが力の入った声を出すとアリシアとファウは視線をダークに向ける。此処から一気に速度を上げ、浮遊島に近づくのだと知り、二人は表情を鋭くした。
ダークは片膝を付いて左手で城塞竜の体を軽く叩く。それを合図に城塞竜は移動速度を更に上げて浮遊島へ向かう。周囲のドラゴンたちは城塞竜を止めようと攻撃を続けるが全ての攻撃がはね返り、ドラゴンたちは城塞竜を止めることができなかった。
しかし、ドラゴンたちは何もせずにいられないのか、それとも攻撃が通用しないことが理解できないのか、休むことなく城塞竜に攻撃を続ける。そんな猛攻の中をダークたちは城塞竜に乗って進軍し続けた。
周囲でドラゴンたちが攻撃し続ける間、ダークは前だけを向いて浮遊島を見つめおり、アリシアとファウは黙って敵のドラゴンたちを見ている。攻撃が通用しないのに攻撃し続けるドラゴンたちの姿を見て二人は心の中でドラゴンたちは哀れに思っていた。
「どうして自分に攻撃が返ってくるのに攻撃し続けてるんでしょう? やっぱり攻撃が通じないことが分からないほど知能が低いからでしょうか?」
「それもあると思うが、それ以外にも近づいてきた敵を攻撃しろ、というジャスティスの命令に従っているからなのかもしれないな」
「しかし、いくらジャスティスの命令と言っても、攻撃が自分に返ってくると分かれば攻撃をやめると思いますが……」
「例え通用しないと分かっていても、奴らは攻撃しなくてはならないのだろう。ジャスティスに命令されている以上、目の前に敵がいれば必ず攻撃するのだと思う。知能の低いモンスターなら尚更攻撃を続けるだろうな」
「……何だか可哀そうなモンスターたちですね」
攻撃する理由は何であれ、攻撃が効かず、自分たちが一方的に攻撃を受ける状況で戦い続けなくてはならないドラゴンたちにファウは僅かに同情する。アリシアもドラゴンたちを見ながらこれが召喚されたモンスターたちの宿命なのかもしれない、と思っていた。
ダークがリフレクトウォールを発動してからしばらく経ち、激しい攻撃が繰り広げられる中を城塞竜は止まることなく進軍を続ける。そして遂にダークたちはドラゴンたちの防衛線を突破し、浮遊島から2kmほど離れた所まで近づいた。
浮遊島の近くまでやってきたダークたちは改めて浮遊島の周囲を確認した。浮遊島は大陸から少し離れた海の真上に浮いており、真下が海だと知ったダークたちは意外そうな反応を見せる。ダークたちが海を見下ろしている間も城塞竜は浮遊島に向かって移動を続けた。
防衛線を突破した城塞竜は障壁に護られていたため傷一つ負っていない。勿論、背中に乗るダークやアリシア、ファウ、白銀騎士たちも全員無傷のままだ。城塞竜が防衛線を突破してからもドラゴンたちは後方から攻撃し続けているがやはり攻撃は全て障壁に防がれた。
「ドラゴンたち、しつこく追ってきますね」
「防衛線を突破されたからと言って敵を放っておく馬鹿はいないからな」
後ろから追撃してくるドラゴンたちをファウは呆れたような顔で見つめ、アリシアは目を細くしながら見ている。いくら知能が低く攻撃をやめることができないとは言え、しつこく攻撃してくるとさすがに鬱陶しく思えてきた。
「このままだと島にまでついて来てその後も攻撃してくるかもしれないな……ダーク、此処でドラゴンたちを倒しておくか?」
アリシアは前を向いて追撃してくるドラゴンたちを倒すかダークに尋ねる。するとダークはアリシアとファウの方を向いて軽く首を横に振った。
「いや、やめておいた方がいい。島に辿り着いたらあのドラゴンたち以上に手強い敵と戦うことになるはずだ。体力は少しでも温存しておいた方がいい」
「しかし、このままだとドラゴンたちが……」
いくら体力を温存しても浮遊島までドラゴンたちがついて来たら温存しても意味がない、そう感じたアリシアは複雑そうな顔で後方のドラゴンたちを見る。ファウも浮遊島にいる敵とドラゴンの両方を相手にするのは危険だと感じ、若干不安そうな顔でダークを見ていた。
「……まぁ、もしドラゴンたちがついて来たら島に下り立った後、城塞竜に相手をさせるさ」
万が一ドラゴンたちが襲ってきたら自分のドラゴンをぶつけると語るダークにアリシアはそれならいいが、と言いたそうな顔をする。ファウもレベル85の城塞竜なら60代から70代の敵にも問題無く勝てると感じ、少しだけ安心の表情を浮かべた。
ドラゴンたちに対する不安を僅かに残しながらもダークたちは浮遊島に向かって移動し続ける。少しずつではあるが追撃するドラゴンたちから距離を取ることができており、少しずつ余裕が出てきていた。
「これなら障壁が消える前に島に辿り着けそうだな」
「ああ、しかし本当の戦いは島に辿り着いた後だ。油断するな?」
「分かっている。あそこは敵の本拠地、しかも私たちが今まで戦った敵よりも遥かに手強い猛者が大勢いるのだからな」
忠告するダークを見ながらアリシアはフレイヤの鞘を強く握り、ファウもこれから起こるであろう激戦のことを考えて緊張した表情を浮かべた。
ダークたちが会話をしている間、城塞竜は遂に浮遊島の上部が見える所まで移動した。ダークたちはどんな作りになっているのかを確認するために上部を見る。そして、浮遊島の上部を見た瞬間、ダークたちは驚きの反応を見せた。
浮遊島の上部には大きな町が築かれえていた。上部全体を埋め尽くすかのように多くの建物があり、その中には宿屋や酒場、武器屋や雑貨屋などが幾つかある。町の片隅には大きめの畑や小さいが美しい湖もあり、その中には無数の人影らしきもの見えた。まるで畑仕事や湖の手入れをしているようだ。
他にも教会や闘技場のような物もあり、町を囲むように高い防壁が建てられている。大陸に存在する各国の首都に負けないくらいの大都市だが、その中でもダークたちが注目していたのは町の中心にある大きな城だ。
城は町にあるどの建物よりも高く、敵に攻撃されても簡単には落とされることはないほど立派な物だ。そして、城の周りには城の警護と思われる無数の飛行モンスターが飛んでいた。
「し、島の上にこれ程の都市があったとは……」
浮遊島の上部を見たアリシアは驚きのあまり目を見開いており、ファウも衝撃が大きすぎたのか言葉を失っている。二人は過去に何度もダークに常識では考えられない光景を見せられていたため、何を見ても驚かない自信があった。だが、空を飛ぶ島の上に大きな町があるとは予想していなかったので思わず驚いてしまったようだ。
アリシアとファウが驚く中、ダークは無言で町を見下ろしている。一見落ち着いているように見えるが、フルフェイスの兜の下では目を見開いて驚いていた。
(アースガルドの宝核を使って島を造ったのだから、島の上部に何らかの建物や拠点を築いているだろうと予想していたが、まさかこれほどデカい町を築いていたとは思わなかった。いや、こりゃ町というより城塞都市と言った方がいいな」
ジャスティスが予想以上に大きな町を浮遊島に築いていたことにダークは内心かなり驚いている。LMFの世界でも目の前の町ほどの拠点を築くにはかなりの数の拠点建築用アイテムが必要であるため、ダークはジャスティスが優れたアイテムを多く所持しており、それらを使って目の前の町を築いたのだと考えた。
ダークが町を見下ろしながらジャスティスのアイテム所持数や建築力に驚いているとアリシアがダークの隣にやって来る。ダークはアリシアに気付くと視線だけを動かして彼女の方を見た。
「……これがジャスティスの本拠点なのか?」
「間違いない、LMFのアイテムは使えるだけ使って何も無かった島の上部にこれ程の城塞都市を築いたのだろう」
「い、一からこれほどの都市を築いたなんて……ジャスティスはかなりの数のマジックアイテムを所持しているみたいだな」
「ああ、私でも何もない場所に一から町を築くほどのマジックアイテムは所持していない。どうやらジャスティスさんは私よりも優れたマジックアイテムを多く所持しているようだ」
ダークよりもジャスティスの方が強力なマジックアイテムの所持していることを改めて理解したアリシアは僅かに目を鋭くする。表情は鋭いが僅かに汗を掻いており、ジャスティスが恐ろしい存在だと知って少し動揺しているようだ。
アリシアは町を見下ろしすと改めてその大きさに驚きを感じる。同時にこれだけ大きな町にはどれ程の敵がいるのだろうと敵戦力について警戒した。アリシアは町の中にいる敵を調べるために望遠鏡で町を覗いてみる。すると、アリシアはあることに気付き、望遠鏡を覗いたまま目を見開く。
「……ダーク、あの町なんだが少々変じゃないか?」
「変?」
「ああ、町の中に警護の兵士らしいモンスターはいるが、あの町の住民と思われる人間は一人もいない」
人間がいないと聞かされたダークは鷲眼の能力を使って町の中を確認する。二人の話を聞いていたファウも町の様子が気になり、自分の望遠鏡で町の中を確かめた。
確かに町の中にはジャスティスの配下であるモンスターが多種存在するが、人間や亜人と言った町の住民らしき存在は一人もいない。モンスターだけしか存在しておらず、モンスターに制圧されたような町を見てダークとファウは意外に思った。
「……確かに人間や亜人の姿は無いな」
「どういうことでしょう? 全員家の中に隠れてるんでしょうか……」
「……もしかすると町には住民がいないのかもしれん」
「えっ、住民がいない?」
町にはモンスター以外に生物は存在しないと聞いたファウはダークの方を向き、アリシアは意外そうな表情を浮かべてダークの方を向いた。
「住民がいないってどういうことですか?」
「この島自体がジャスティスさんの本拠地だ。となると、ジャスティスさんや彼の配下のモンスター以外の存在はこの島にいない可能性がある。何よりもこの島は空に浮いているんだ、地上の人間や亜人はこの島に入ることはできない」
「確かに……ですが、アドヴァリア聖王国はジャスティスの傘下に入っています。傘下に入っている国の民ならこの島にいるかもしれませんよ?」
「それの可能性は低いな。ジャスティスさんは大陸にいる人間や亜人を信用していない。傘下に置いた後に監視をし、信用できると判断したら同盟を組むと言っていた。そこまで警戒心の強いジャスティスさんが正式に同盟を結んでいない国の人間を自分の本拠地に入れるとは思えない」
「な、成る程……」
ジャスティスのこれまでの言動から大陸の存在が浮遊島の町にいる可能性は低いというダークの推理を聞いたファウは納得の反応を見せる。それを考えるとダークの言うとおり浮遊島の町にモンスター以外の存在はいないかもしれないとアリシアとファウも感じ始めた。
「……まぁ、どちらにせよ、町にいるのがモンスターだけなのはついている。外に住民がいないのであればそっちの被害を気にすることなく戦える」
「確かに、なら急いで町へ向かおう。急がなくてはドラゴンたちに追いつかれてしまう」
アリシアは町を見ながら侵入するようダークに伝え、二人の会話を聞いていたファウもダークとアリシアを見ながら頷く。
ダークもアリシアの言うとおり、急いで町に侵入して拠点を作るべきだと思っており、城塞竜に町へ向かうよう指示を出そうとした。だがその時、町を見ていたダークが何かに気付き、町を見ながら目を薄っすらと赤く光らせる。
「……待て」
「ん? どうした?」
突然止めに入るダークを見てアリシアは不思議そうな顔をする。ダークはゆっくりと立ち上がり、前を向いたまま腰の蒼魔の剣を手を近づけた。
「どうやらこれ以上島に近づく必要は無くなったようだ」
「は?」
ダークの言葉の意味が分からずアリシアは浮遊島の方を向き、ファウも同じ方角を確認する。すると町の方から何かがこちらに向かって飛んでくるのが見え、二人は望遠鏡で近づいてくる何かを確認した。
近づいて来ているのは銀色の体をした一体のグリフォンでその背中には白銀の全身甲冑、金色の装飾が施された白いマント、白金の鞘に納められた二本の騎士剣を装備した騎士が乗っていた。
グリフォンに乗っている騎士を見たアリシアとファウは目を見開いて驚く。なぜなら背中に乗っていたのはジャスティスだったからだ。ダークもいきなりジャスティスが現れたことに内心驚いていたが、悟られないよう注意しながらジャスティスを見ていた。
浮遊島はジャスティスの本拠地であるため、浮遊島にジャスティスがいることは分かっていた。しかし、現れるとすれば使い魔のハナエか側近の上級モンスターだと思っていたため、ジャスティス本人が前線に現れたことにアリシアとファウはかなり驚いていた。
ジャスティスを乗せたグリフォンは城塞竜の正面、50mほど離れた位置で停止し、背中に乗るジャスティスは腕を組んでダークたちを見つめた。
「驚きましたよ。まさか攻め込んで来た部隊の中にダークさんがいるとは。てっきり先遣隊を送り込んでこちらの戦力を把握してからダークさんが部隊を率いて攻め込んで来ると思ってましたから」
「……私はこの浮遊島を見た時から島がジャスティスさんの所有物だとすぐに分かりました。だから必ずこの島にジャスティスさんがいると確信し、私自ら部隊の指揮を執って出撃したんですよ。ジャスティスさんがいる場所に並の部隊を送り込んでも返り討ちに遭うは確実ですから」
「フフフ、ダークさんらしいですね」
自分と同等の力を持つダークが浮遊島に攻め込んで来たにも関わらずジャスティスは余裕を見せながら楽しそうに語る。まるで本当はダークが攻め込んで来ることを予想していたかのような言い方だった。
アリシアとファウは敵部隊に攻め込まれ、しかもその中にダークがいると知ったにもかかわらず余裕な態度のジャスティスを見て警戒心を強くする。目の前にいる聖騎士はダークと遭遇しても対処する術を隠しているのではと二人は考え、いつでも剣を抜ける体勢を執った。
ダークたちが目の前に立ち塞がったジャスティスを見ていると後方からドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。アリシアとファウが後ろを向くと引き離したはずのドラゴンたち追いついて城塞竜のすぐ後ろにまで来ている。十数体のドラゴンは城塞竜と背中に乗るダークたちを見ながら咆哮を上げる。
ドラゴンたちを見たアリシアとファウは緊迫した表情を浮かべながら攻撃してくると警戒した。ところがドラゴンたちは鳴き声を上げながらダークたちを睨むだけで攻撃はしてこない。アリシアとファウはドラゴンたちの予想外の動きに呆然とする。
「安心してください。既に警護のドラゴンたちには何もしないよう指示を出してあります。もう貴方たちには攻撃はしません」
ジャスティスの口からドラゴンは何もしないと聞いたアリシアとファウは目を見開きながらジャスティスの方を向く。
敵の口から攻撃してこないと言われても普通は信用できない。勿論、アリシアとファウもジャスティスの言葉を信用してはいなかった。しかし、ダークだけはジャスティスの言ったことを信じているのかドラゴンたちを警戒せず、目の前にいるジャスティスだけを警戒している。
ジャスティスは背後からいきなり敵を攻撃するようなことはしない性格で、それを知っていたダークはジャスティスがドラゴンたちに攻撃させるようなことはしないと確信していた。
「さて、念のために確認しますが、ダークさんが此処に来たのはこの島を落とすためですか?」
「ええ、勿論。あと、ジャスティスさんを倒してこの戦いは終わらせるためです」
「やはりそうでしたか」
ダークの答えを聞いたジャスティスは小さく笑いながら呟く。ジャスティスもダークの目的は予想できたが念のために本人の口から攻め込んで来た理由を聞いておこうと思っていたようだ。
「では、今度は私から質問させてもらいますが、ジャスティスさんが私たちの前に現れた理由は直接私たちを迎え撃つためですね?」
「そのとおりです。ドラゴンたちの攻撃を凌いで島に接近してくる敵がいると聞いて只者ではないと思いましたから、私自身が相手をしようと思っていたのです」
ジャスティスの答えを聞いたダークは予想が当たりジッとジャスティスを見つめる。アリシアとファウもジャスティスの答えを聞いて緊迫した表情を浮かべた。
ダークとジャスティスは相手の目的を確認すると、お互いに目を薄っすらと光らせながら目の前の敵を見つめる。二人が睨み合う光景を見たアリシアとファウは周囲の空気が変わるのを感じ取って思わず息を飲んだ。
「……私は浮遊島の上部にある町に侵入し、あの町の一部を制圧した後に進軍を開始してジャスティスさんと戦うつもりでした。しかし、ジャスティスさん自身が現れてくれたことでその必要もなくなりました」
「それは、今此処で私と戦うと言うことですか?」
「ええ」
そう言ってダークは佩してある蒼魔の剣を抜きながら目を赤く光らせる。それを聞いたアリシアとファウは驚きの表情を浮かべながらダークを見た。
ダークがジャスティスと戦うつもりでいることは二人も分かっていたが、空中で戦おうとすることはさすがに予想しておらず、ダークの発言にアリシアとファウは衝撃を受けた。
一方でジャスティスは驚きの反応は見せず、組んでいた腕を下ろして腰の騎士剣に手を掛けている。どうやらジャスティスもダークと戦う気のようだ。
「ダ、ダーク、いくら何でも空中で戦うのは危険だ。ジャスティスはグリフォンに乗っており、周囲にはドラゴンたちもいるんだぞ? 空中で戦うよりは一度島に下りて地上で戦った方がいい」
「残念だがそれは無理だ。ジャスティスさんが現れた以上、私たちは浮遊島に下りることはできない。例え防御力の高い城塞竜でもジャスティスさんの攻撃に何度も耐えることはできない。それに浮遊島に入る気は無くても、ジャスティスさんがこのまま私たちを帰すはずがない」
現状ではもう自分たちは浮遊島に近づくことはできない、ダークの言葉にアリシアとファウは言葉を失う。ダークの言うとおり、いくら城塞竜がレベル100の攻撃にも耐えることができたとしても、数度の攻撃に耐えることはできない。
しかも突撃時に発動したリフレクトウォールの効果もあと少しで切れてしまうため、もしもリフレクトウォールの効果が切れたら無傷で浮遊島に辿り着くのは不可能だ。更に後方にはドラゴンたちがいるため後退するのも難しい。
レベル100のダークとアリシアがドラゴンたちを攻撃して退路を作るという手もあるが、それではジャスティスに二人を攻撃するチャンスを与えることになる。現状でダークたちが勝つには今この場でジャスティスと戦い、勝利するしかない。
「で、ですがダーク様、相手はグリフォンの亜種らしきモンスターに乗っています。恐らく、敵はあのモンスターに乗って攻撃を仕掛けてくるはずです。ダーク様でも自由に動けない現状で飛び回っている敵に攻撃を当てるのは……」
ファウが複雑そうな顔でダークに声を掛け、アリシアも同意見なのか少し不安そうな顔でダークを見ている。
もし、ファウの予想どおりジャスティスが銀色のグリフォンに乗った状態でダークと戦ったらグリフォンに乗った状態でダークの周囲を飛び回り攻撃するだろう。ダークも城塞竜に乗ってはいるが、体が大きな城塞竜では自分よりも小さく小回りの利くグリフォンに追いつくのは絶対に無理だ。
勿論、ダークも現状では自分の方が不利であることに気付いている。にもかかわらず、ダークは焦りを見せずに落ち着いた様子でアリシアとファウの方を向いた。
「心配ない、その点についてはしっかりと用意してある」
そう言うとダークは軽く背中を前に曲げる。するとダークの黒いマントがひとりでに動き出し、見る見る形を変え始めた。形が変化するマントを見てアリシアとファウは驚きの表情を浮かべる。
形を変えるマントはやがて漆黒の悪魔の翼に変わり、マントが翼に変わるとダークは姿勢を正したジャスティスの方を見る。
「ほお、やはり悪魔王のマントを装備してきましたか」
「万が一、浮遊島に向かう途中でリフレクトウォールでも防げない攻撃をしてくる敵と遭遇した時は戦えるよう装備していたんですよ。それにどんな戦いでも制空権を取った方が有利になりますから、それも考えて装備してきました」
「流石はダークさんですね……ですが、それは私も同じです」
ジャスティスは楽しそうな口調でそう語りながら軽く両膝を曲げて僅かに姿勢を低くする。その直後、ジャスティスの白いマントもダークのマントと同じようにひとりでに動き出して白い天使の翼に変化した。
ダークのマントだけでなくジャスティスのマントまで翼に変わり、アリシアとファウは驚きのあまり言葉を失う。ダークはジャスティスのマントを見て、やはりと言いたそうな反応を見せる。
「……やっぱり、ジャスティスさんも天使長のマントを装備していましたか」
「貴方と同じですよ、空中戦になると考えて装備してきました」
ジャスティスは姿勢を正しながら天使の翼を親指で指し、ダークは天使の翼を見ながら僅かに体勢を変える。
<悪魔王のマント>と<天使長のマント>はLMFプレイヤーが空を飛ぶために使われるマントだ。普段は黒と白のマントの形をしており、空を飛ぶ時に翼に変形する。連続飛行時間は三十分と長めだが、時間が経つと強制的にマントに戻るため、時間を忘れて落下し、ダメージを負うプレイヤーも少なくない。悪魔王、天使長と名前が違うがその効力には大した違いは無く、色と形が違うだけでどちらを使うかはプレイヤーの好みで決まる。
ダークもジャスティスも空中戦になることを警戒して飛行可能なマントを装備してきた。空を飛ぶことができるのであれば最初からマントを使って移動すればいいと思われるが、ダークはアリシアたちを連れて行かなくてはならないため、城塞竜に乗って移動したのだ。ジャスティスもマントの飛行時間を少しでも長くするため、途中までグリフォンに乗って移動したのだと思われる。
アリシアとファウは翼を生やした二人の騎士を見ながら僅かに目を鋭くする。現状からダークはジャスティスと激しい空中戦を繰り広げるのだとアリシアは考えていた。そして、彼女の予想どおりの展開となる。
ダークは悪魔の翼を広げるとジャンプして1mほどの高さまで上昇し、アリシアとファウは飛び上がったダークを見上げながら目を丸くした。
「アリシア、ファウ、私はこれからジャスティスさんと戦う。その場を動かずに姿勢を低くしている」
「……本当に此処で戦うのか?」
「勿論だ。ジャスティスさんが出てきた以上、彼を倒すしか私たちに勝利は無い。君とファウは護りの態勢を取りながらドラゴンたち見張ってろ」
戦うしか道はないとダークは語り、アリシアとファウは僅かに不安を顔に出しながらダークを見る。二人は改めて周囲を見回し、正面にはジャスティス、後方には上級ドラゴンたち、逃げようものなら必ずどちらかが追撃してくるだろう。
しかもまだジャスティスの使い魔であるハナエの姿も確認していない。もしかするとハナエが自分たちの見ていないところで監視しており、妙な動きをすれば奇襲を仕掛けてくる可能性もある。敵に挟まれ、ハナエがいない状況で下手に動けばかえって危険な状況になってしまうと二人は感じた。
アリシアとファウは小さく俯きながら考え込み、しばらくすると覚悟を決めたような表情を浮かべてダークを見上げる。
「……分かった。ダーク、必ず勝ってくれ?」
「フッ、努力しよう」
小さく笑いながら返事をしたダークはジャスティスの方を向く。いつものダークなら余裕を見せながら約束してくれるが、今回ばかりは相手が相手なので約束することはできなかった。だが、ダークも負ける気は無いので、笑いながら返事をしたのだ。
ダークがジャスティスに注目していると、ジャスティスも天使の翼を広げてダークと同じ高さまで飛び上がる。宙に浮いたまま向かい合う二人の騎士、アリシアとファウはダークを見上げながら彼の勝利を祈っていた。
「お待たせしました、ジャスティスさん」
「いいえ、問題ありません……それはそうと、こうして向かい合っていると、昔やった模擬戦闘を思い出しますね」
「私もですよ。あの頃はジャスティスさんに勝ちたくて何度も模擬戦闘を挑んでは返り討ちにされていました」
これから戦いが始まるというのにダークとジャスティスは昔話を始め、その会話を聞いたアリシアとファウはええぇ、というような顔で二人を見上げる。
「この二年間でどちらもかなり腕が上達したはずです。昔のようにお互いに全力を出して戦いましょう」
「勿論……ですが、今回は模擬戦闘ではありません。文字どおり命を賭けた殺し合いです。それを忘れないように戦いましょう」
「……ええ、そのつもりです」
ジャスティスは薄っすらと目を青く光らせながら僅かに低い声を出し、佩してある二本の騎士剣を抜き、ダークも蒼魔の剣を構え直してジャスティスを見つめる。
先程まで昔話をしていた二人からは和やかな雰囲気は消え、緊迫した空気がダークとジャスティスを包み込む。二人を見ていたアリシアとファウは空気が変わったことに気付いて微量の冷や汗を流した。
ダークは構えを変えずにジャスティスが持つ二本の騎士剣を見る。右手には白い両刃の剣身に無数の青い宝玉を埋め込んだ騎士剣が握られており、左手には白銀の剣身に金色の装飾が施された片刃の騎士剣が握られていた。
どちらの騎士剣もジャスティスがLMFの世界にいた頃から愛用していた物でLMFでも最強クラスの攻撃力を持つ業物だ。勿論、ダークもジャスティスが持つ二本の騎士剣のことは知っている。知っているからこそ、ジャスティスを強く警戒していた。
「……やはりその二本を装備していましたか」
「ええ、私はこの二本が使い慣れていますから」
「そうですか、私もジャスティスさんと戦うことを予想していたのでこの蒼魔の剣を装備してきました」
「おや? 釜茹でゴエモンさんが作ってくれた武器は使わないんですか?」
「生憎、釜茹でゴエモンさんが作ってくれた武器は斧や短剣と言った使い慣れてない武器ばかりなんです。ジャスティスさんと戦うのに使い慣れていない武器を使っては勝てません。それにそれらの武器は全部この世界の仲間たちにやってしまいました」
「ほほぉ、彼の武器を与えるなんて、ダークさんはその仲間たちのことをかなり信頼しているんですね?」
「ええ。ですから、その信頼する仲間たちの世界を護るために、必ず貴方を倒します」
ダークは改めてジャスティスに勝つと宣言し、それを聞いたジャスティスはダークは仲間の世界を護ろうという強い意志を持っていると感じ取る。だが、ジャスティス自身も真の平和な世界を創るという強い意志を持っており、その世界を創るために必ずダークに勝つと心に誓う。
ジャスティスは二本の騎士剣を構えながらダークを見つめ、ダークも蒼魔の剣を強く握りながらジャスティスを見つめた。
「ダークさんがどれ程強くなったのか、見せてもらいますよ?」
「それはこっちも同じです」
「……ところで、ずっと気になっていたんですが、ノワールはどうしたんです?」
「ノワールはバーネストに残してきました。アイツにはバーネストの護りを任せてあります」
「奇遇ですね、私もハナエを島の護りに就かせてあるんですよ」
「つまり、どちらも使い魔の協力無しで戦うということになりますね」
「ええ、一対一の戦いです」
使い魔がいない状態で戦う状況にダークとジャスティスはより闘志を燃やした。使い魔がいないことで二人は自身の力だけで戦うことになったが、ダークとジャスティスにとっては使い魔の力を借りずに自分たちだけで戦うことでより戦いを気合いが入るようだ。
「先に言っておきますが、死んでも文句は無しですよ?」
「勿論。お互いに死ぬことで覚悟して戦うわけですから……と言うよりも、死んだら文句なんて言えませんけどね」
「フッ、確かにそうですね」
ダークの冗談に対してジャスティスは楽しそうに笑う。ダークも自分の冗談を聞いて笑うジャスティスを見ながら小さく笑う。
軽口を叩き合ったダークとジャスティスは口を閉じ、黙って目の前の敵を見つめる。アリシアとファウも静かになった二人を黙って見ていた。
ダークとジャスティスが黙り込んでから数秒後、二人は自身の翼を広げ、ほぼ同時に相手に向かって勢いよく飛んで行き、相手に向けて自分の得物を振る。
蒼魔の剣とジャスティスの右手の騎士剣がぶつかり剣戟の音が響く。同時に衝撃が周囲に広がった。