第二百九十八話 空中の孤島
部屋の中にいる全員が扉に注目してからも扉のノックは続いた。てっきり先程の会議に参加した貴族が何かを報告し忘れたことに戻ってきたのではとダークたちは思っていたが、ノックの仕方が激しいことから、外にいる者は会議に参加した貴族ではなく、かなり慌てている別の者だとダークたちは気付く。
いったい誰が訪ねてきたのだろうとダークたちが考えている間もノックは続いており、外にいる者が何も喋らないことから、相手がこちらが返事をするのを待っているのだとダークたちは考えた。
「誰だ?」
アリシアが外にいる者に声を掛けると、扉の向こうから幼い少女の声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん! 私っ!」
「リアン?」
部屋を訪ねてきたのはアリシアの義理の妹であるリアンだと知り、アリシアは勿論、ダークたちも意外そうな反応を見せる。同時にどうして幼いリアンが会議室を訪れたのか不思議に思っていた。
「いったいどうしたんだ?」
「大変なの、大変なことが起きたの!」
大変なことが起きた、それを聞いたアリシアは目を見開き、ダークたちも驚きの反応を見せる。バーネストで最も安全な場所である王城で何か事件が起きたのか、とダークやレジーナたちは緊迫した様子で近くにいる仲間と顔を見合った。
「とりあえず中に入りなさい」
いつまでも部屋の外に置いておくわけにもいかないのでアリシアはリアンの入室を許可する。許可が出ると扉は勢いよく開き、大量の汗を流したリアンが入ってくる。リアンは部屋に入ると呼吸を乱しながら両手両膝を床に付け、その様子を見たダークたちは全速力で此処まで走って来たのだと感じていた。
アリシアは呼吸を乱すリアンに駆け寄り、リアンの前まで来ると姿勢を低くしてリアンの肩にそっと両手を置いた。
「いったいどうした? 何か遭ったのか?」
「そ、外に……」
「外? 外に敵が現れたのか?」
アドヴァリア聖王国と戦争中だということは王城内に住むリアンやミリナたちにも知らせてあるため、リアンが慌てる様子からアリシアはジャスティスのモンスターが現れたのかと思っていた。勿論、ダークたちも同じことを考えている。しかし、リアンの口からは予想外の言葉が出てきた。
「ち、違うの、外に……空に浮く島が出たの!」
「島っ!?」
アリシアはリアンの言葉に驚いて思わず声を上げる。これには流石のダークも驚きの反応を見せ、ノワールたちも目を見開きながらリアンを見ていた。
「ちょ、ちょっとリアン、冗談はやめてくれない?」
「まったくじゃ、今は重要な会議中、お主の冗談に付き合っている暇はないぞ」
さすがに島が浮いているなど信じられないのか、レジーナは苦笑いを浮かべながら、マティーリアは呆れなような顔をしながらふざけないでほしいと遠回しに伝える。ジェイクとファウ、ヴァレリアも二人と同じ気持ちなのか複雑そうな顔や困ったような顔をしながらリアンを見ていた。
「本当です! 本当に島が空に浮いてるんです!」
顔を上げたリアンは信じようとしないレジーナたちに必死に本当だと訴える。声を上げるリアンを見たレジーナたちは目を僅かに見開いて驚く。
リアンは普段礼儀正しく、ダークたちの手伝いをするとてもいい子だ。そんなリアンがこれほど感情的になって訴えるのを見たレジーナたちは本当に島が空に浮いているのか、と感じ始めた。
レジーナたちは表情を変えずに仲間同士で顔を見合う。そんな中、アリシアはリアンの顔を見ながら真剣な表情を浮かべている。レジーナたちが疑う中、アリシアだけはリアンの言うことを信じていた。
「リアン、その空に浮く島とは、何処に現れたんだ?」
「海がある方角」
「海がある方角と言うと北西か……ダーク、外に出て確認した方が……」
アリシアが空に浮く島を確認した方がいいとダークに伝えようとした瞬間、ダークは勢いよく部屋を飛び出し、走って何処かへ向かう。それに続くようにノワールも部屋を出ていき、無言で部屋を飛び出した二人にアリシアたちは呆然としていた。
「……ダ、ダーク、どうしたんだ!」
一瞬何が起きたのか理解できていなかったアリシアは我に返り、慌ててダークの後を追う。アリシアが部屋を出ていったのを見たレジーナたちは現状が理解できずにいたが、ダークたちの後を追わなくてはならないと無意識に感じ、全員が部屋を出てダークたちの後を追った。
部屋を飛び出したダークとノワールは同じ階にあるバルコニーの中で一番近い場所へ向かい、そこから王城の外に出て北西を確認する。すると、ダークは北西を見た瞬間に驚きの声を漏らし、ノワールも驚愕の表情を浮かべた。
バーネストの北西、10kmほど離れた場所の上空にリアンが言っていたとおり島が浮いていた。大きさはバーネストと同じくらいで大地の一部がくり抜かれ、それがそのまま浮かんでいるような状態で浮いている。
ダークたちからは島の底の部分しか見えないため、島の上部に何があるのかは分からない。だが、島の周りには何かが飛んでおり、それを見たダークは鷲眼の能力を使って島や周りを飛んでいるものを確認する。ノワールも望遠鏡を取り出してダークと同じように確認し始めた。
周りを飛んでいたのは無数のドラゴンだった。緑、赤、青、黒と様々な色のドラゴンが島を護るように飛んでおり、その全てが普通のドラゴンとは違い猛々しい雰囲気を出している。更に島の大きさとドラゴンたちの大きさから計算すると、ドラゴンたちはリーテミス共和国の大統領、ヴァーリガムと同じくらいの大きさだと考えられた。
「マスター、あれは……」
「ああ、どうやらジャスティスさんはかなり厄介や物を所持していたようだ……」
望遠鏡を覗きながら微量の汗を流すノワールにダークは低い声で返事をする。どうやら二人は空に浮いている島はジャスティスの所有する物だと考えているらしい。
ダークとノワールが島を見上げているとバルコニーにアリシアたちもやってくる。バルコニーに出た直後、アリシアたちは空に浮いている島を見て驚愕した。
「な、何だと……」
「嘘、ホントに島が浮いてる……」
島を見たアリシアは目を見開き、その隣にいるレジーナもリアンの言ったことが本当だったと知って固まる。ジェイクたちも驚きのあまり言葉を失い、ただ無言で遠くに浮いている島を見ていた。
リアンは一度見ているためかアリシアたちほど驚かないが、アリシアにしがみ付いて不安そうな顔をしている。そんなリアンを見たアリシアは頭をそっと撫でて落ち着かせた。
「い、いったい何なんですか、あの島は? 誰があんな物を……」
「誰がって、現状から考えてジャスティス以外考えられないだろう」
「同感じゃ」
震えた声を出しながら島を見ているファウの隣でヴァレリアとマティーリアは冷静に答える。一見落ち着いた様子のヴァレリアとマティーリアだが、微量に汗を流しながら島を見上げていた。いかなる時も冷静な二人も流石に今回は驚いていたようだ。
「あ、兄貴、あの島はいったい……」
ジェイクがダークに島のことを聞こうと声を掛けると、ダークは島を見つめたまま目を薄っすらと赤く光らせた。
「……あれは恐らく、アースガルドの宝核を使って作られた浮遊島だ」
「アースガルドの、宝核?」
驚きの表情を浮かべたままジェイクはダークの方を向いて訊き返す。現状からジェイクやアリシアたちはそのアースガルドの宝核という物がLMFのマジックアイテムでジャスティスが所持している物だとすぐに気付いた。
「そのアースガルドの宝核とはどんな物なんだ?」
若干表情を鋭くするヴァレリアがダークに詳しいことを訊くとダークは島を見つめながら説明を始めた。
「……アースガルドの宝核はLMFに存在するダンジョンの中でも最も難易度の高いダンジョンの最深部で入手できる複数の素材を調合することで手に入る超が二つは付くレアアイテムだ。それを使えばLMFの世界に浮遊島、つまり空飛ぶ島を作り出すことができる。島の大きさは小規模の砦から大都市ほどと自由だ」
空に浮く島を作り出すことができるマジックアイテムだと聞かされたアリシアたちは驚きのあまり言葉を失う。
LMFのマジックアイテムはどれも異世界では手に入らず、常識外れな効力を持った物ばかりでアリシアたちは何度もそんなマジックアイテムを目にしてきた。既にどんなマジックアイテムのことを聞かされても驚かないくらい慣れているはずだが、島を作り出すマジックアイテムまであるとは予想もしておらず衝撃を受けたのだ。
「アースガルドの宝核で作られた浮遊島は各ギルドの本拠地や敵拠点を襲撃するための移動要塞として使われるなど、様々な使い方があるため多くのプレイヤーがアースガルドの宝核を手に入れようとしていた。だが、素材が手に入るダンジョンは並のプレイヤーでは攻略できないほどの難易度だったため、手に入れることできたプレイヤーはほんの一握りだ」
「……その手に入れることが難しいマジックアイテムをジャスティスは持っていたと言うことか?」
「そうらしい。私も今、初めてジャスティスさんがアースガルドの宝核を持っていたことを知った。正直、かなり驚いたよ」
「因みにダークはそのアースガルドの宝核を持っているのか?」
「いや、持っていない。当時の私はまだレベルが低く攻略することができなかったのだ……」
ダークも持っていないマジックアイテムをジャスティスが持っており、それを使って浮遊島を造ったことにアリシアたちは更に衝撃を受ける。ジャスティスがダーク以上に優れたマジックアイテムを所持していると知ったアリシアたちはジャスティスに対して僅かに恐ろしさを感じ始めた。
「アースガルドの宝核を手に入れることができるのはごく一部の強者のみだと考えられ、殆どのプレイヤーが手に入れることを諦めようとしていた。ところが、ある日を境に素材が手に入るダンジョンが攻略しやすくなり、今まで攻略できなかったプレイヤーたちが次々と宝核を手に入れることができるようになった」
「えっ? どうしてそんなことが?」
「さあな、私にも分からん」
突然アースガルドの宝核が手に入るダンジョンの難易度が下がったことにアリシアたちは驚愕しながらダークを見る。ダークは腕を組みながら島を見つめており、ノワールも表情を鋭くしながら島を見ていた。
アースガルドの宝核が手に入るダンジョンの難易度が下がった理由、それはLMFの運営が決められた期間の間、アースガルドの宝核を手に入りやすくするというサービスを行ったからだ。
サービス期間中はダンジョンに仕掛けられている罠の数や出現するモンスターのレベルが低下し、今まで攻略できなかったプレイヤーたちでも攻略できるようになったため、サービスを知ったプレイヤーたちはダンジョンに再挑戦し、アースガルドの宝核を手に入れた。
しかし、それでも難易度はある程度高いため、初心者やレベルの低いプレイヤーでは攻略できないようになっている。当時のダークもそんなプレイヤーの一人だった。
ダークは運営側のサービスとは言えないため、理由は知らないとアリシアたちに嘘をついたのだ。
「その後、アースガルドの宝核を手に入れたプレイヤーたちは次々と浮遊島を造り出し、敵対する別ギルドの拠点や町を襲撃した。空中から召喚したモンスターを放ったり、長距離攻撃を仕掛けたりなど一方的な攻撃をするため、浮遊島を持つプレイヤーやそのプレイヤーが属しているギルドは多くのプレイヤーから恐れられるようになった」
「そりゃあ、手の届かない場所から攻撃してくる連中には簡単には勝てねぇもんな」
「ああ……だが、その浮遊島からの一方的な攻撃と浮遊島の数の多さが原因でLMFの世界バランスが崩壊し始め、何時しか造られた浮遊島は消滅し、まだ使われていないアースガルドの宝核も使うことができなくなった」
「島が消滅し、アースガルドの宝核が使えなくなった? どうして?」
レジーナが目を見開きながら驚き、アリシアたちも同じように驚いている。無理もない、今まで普通に使うことができた島が突然消滅するなどあり得ないことだからだ。
「分からん……大方、神様が世界のバランスを保つために浮遊島を使えなくしたんだろう」
ダークは僅かに低い声を出しながら浮遊島が消滅した理由とアースガルドの宝核が使えなくなった理由を説明する。先程と同じように運営側の都合で使えなくなったとは話せないので、少しでもアリシアたちが納得するような理由を話した。
「神か……にわかには信じられんが、若殿のように神に匹敵する力を持つ者が大勢いる世界じゃ、そのようなことが起きてもおかしくはないな……」
通用するかどうか分からなかった嘘をマティーリアは信じ、アリシアたちも納得した表情を浮かべる。ダークは納得するアリシアたちを見ながら騙していることに罪悪感を感じながら納得してくれたことに安心した。
「……でもさぁ、それならどうしてジャスティスは浮遊島を造れたの? LMFの世界ではアースガルドの宝核はもう使えなくなってるはずでしょう?」
LMFでは使用不可能になっているはずのアースガルドの宝核が今いる世界で使えるという矛盾に気付いたレジーナが小首を傾げながら疑問に思う。アリシアたちもそれに気付き、難しい顔をしながら考え込む。
「恐らく、LMFでは使えなくなっているマジックアイテムもこっちの世界では使えるのだろう。ジャスティスさんはLMFで使えなくなったアースガルドの宝核をこっちの世界で使えるかどうか試した時に使えることを知ってそのまま浮遊島を造ったのだと思う」
「どうしてジャスティスはLMFの世界にいた時にアースガルドの宝核を使わなかったの?」
「さあな? 先程も言ったように私もジャスティスさんがアースガルドの宝核を所持していたことを知らなかった。だからどうして彼が使わなかったのかも分からんのだ」
ジャスティスが浮遊島を造れるマジックアイテムを何故使わなかったのか、ダーク自身も少し気にはなっていたが今の時点で深く考えようとはしなかった。それよりもダークにとって重要なことはアースガルドの宝核によって造られた浮遊島がバーネストの近くに現れたと言うことだ。
なぜ浮遊島がバーネストの前に現れたのか、ダークは無言で浮遊島を見つめながら考える。アリシアたちも表情を鋭くして浮遊島が現れた理由を考えていた。
「……島の周りにいるドラゴンと言い、バーネストの近くに現れたことと言い、ジャスティスさんはこの町を強襲するつもりなのでしょうか?」
ノワールがダークを見上げながら声を掛けると、ダークはチラッとノワールを見た後に視線を浮遊島に戻して目を薄っすらと赤く光らせた。
「分からん。だが、戦争中であることや我々の隙をついて現れた点を考えれば、話し合いのような平和的な理由でないことは間違いない」
「では、やはりこの町に攻撃を……」
自分たちに攻撃を仕掛けようとしているかもしれない、というノワールの想像を聞いてアリシアたちは緊迫した表情を浮かべる。アリシアにしがみ付いているリアンはより不安そうな表情を浮かべて小さく震えていた。
「私たちがアドヴァリア聖王国に意識を向けている時を狙い、反対側からこの国や周辺国家に奇襲を仕掛けようとしているのかもしれんな……」
「ダーク、どうする?」
「……勿論、すぐ戦闘態勢に入る。急いで準備をするよう兵士たちに伝えろ。オーディンの結界柱で外から町が攻撃される心配は無いが、地上から首都に侵入されれば結界柱も意味がない。地上の防衛部隊に特に戦力を回せ」
「分かった!」
ダークから指示を受けたアリシアは力強い声で返事をし、ノワールやレジーナたちも目を鋭くしてダークに注目する。これから激しい戦いが始まると感じ、全員気を引き締めていた。
「リアン、お前はミリナさんたちにこのことを伝え、全員で城の地下に避難していろ」
「ハ、ハイ!」
返事をしたリアンは走ってバルコニーを出ていき、アリシアたちの家族に浮遊島が現れたこと、これから激しい戦いが起きるかもしれないと言うことを伝えに向かう。ダークたちはリアンが走ってく姿を黙って見届けた。
リアンがバルコニーから出ていくとダークはアリシアたちの方を向き、アリシアたちも一斉にダークの方を向いた。
「あの浮遊島にジャスティスさんがいるのなら、この町に攻め込んでくるはずだ。しかも敵の戦力は未知数だ、もし攻め込まれたらバーネストを護り切るのは難しい。だから相手が先手を打つ前にこちらが先に仕掛ける」
「と言うことは……」
「ああ、私自ら部隊を率いてあの島に攻撃を仕掛ける」
ダークの口から出た言葉にアリシアとノワールはやっぱり、というような表情を浮かべる。一方でレジーナたちは驚きの反応を見せながらダークを見ていた。
「ちょっと待て、ダーク! お前はさっきジャスティスたちの戦力は未知数だと言ったぞ。そんな敵に王であるお前が正面から向かって行くつもりか? 危険すぎる」
「そうですよ! それに相手は空の上にいるのですよ? いくらダーク様が神に匹敵する強さをお持ちでも空中の敵が相手では圧倒的に不利です」
真正面から挑むのは無謀だと感じたヴァレリアとファウが若干声に力を入れながらダークを止める。レジーナ、ジェイク、マティーリアも二人と同感なのか不安そうな顔でダークを見ながらやめたほうがいいと目で訴えていた。
ヴァレリアとファウの言うとおり、敵の戦力が分からない状態で突然空中に現れた敵に正面から近づくのは危険極まりない行為だ。更に浮遊島の周りには無数のドラゴンが飛び回っているため、普通なら絶対に勝ち目のない状況だった。
ダークは必死な様子で止めようとするヴァレリアとファウを黙って見つめているが、しばらくするとアリシアたちを見ながら小さく笑った。
「心配するな、こちらもそれなりの戦力を用意して浮遊島に近づく。勿論、飛行可能なモンスターも用意する」
「し、しかし、それでもやはり危険です。それにあの浮遊島自体がこちらの戦力を引き寄せるための囮である可能性もあります。もしかすると首都の近くに伏兵が潜んでいる可能性も……」
「分かっている。だから此処にいるメンバーの中で、ノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアの五人には首都を防衛するために残ってもらう。アリシアとファウは私と共に攻撃部隊に参加し、浮遊島への攻撃に参加してもらう」
伏兵が現れた時に迎撃できるよう、ノワールたちには首都に残ってもらうと伝え、ノワールやレジーナたちは真剣な表情を浮かべながら頷く。
冒険者であるレジーナたちは前線での戦いには参加できないので、冒険者として拠点を護るという役目を全うしようと考えている。だからダークから防衛に就けと言われても素直に納得した。ノワールも優れた魔法使いである自分にバーネストを護ってほしいというダークの気持ちを感じ取り、納得の表情を浮かべている。
アリシアも総軍団長としてダークと共に侵攻してきた敵を迎え撃とうと闘志を燃やしており、目を鋭くしながらダークを見つめいた。
一方でファウとヴァレリアはまだ少し不安そうな表情を浮かべてダークを見ている。そんな二人に気付いたダークはアリシアたちの方を向いたまま右手の親指で浮遊島を指した。
「それに浮遊島を落とす手段はちゃんとある」
「えっ、あの島を落とすことができるのですか?」
ファウは意外な答えに思わず目を見開き、アリシアやヴァレリア、レジーナたちも少し驚いた反応を見せた。
「勿論だ。あの島はLMFの世界に存在していたマジックアイテムで造られた物だからな、島を攻略する方法もある」
「そ、それではダーク様が島に攻撃を仕掛ける時に落とすことができるのですね?」
笑みを浮かべながらファウが確認するとダークは小さく俯いて軽く首を横に振った。
「いや、まだ分からない。私が島を落とす方法を知っているようにジャスティスさんも島を攻略する方法を知っているはずだ。それを計算して何かしらの対策を練っているだろう。例えあの島に侵入できたとしても簡単には島は落とせないだろう」
「で、ではどうするのです?」
顔から笑みが消え、ファウは再び不安そうな表情を浮かべる。アリシアたちもどうするつもりだ、と言いたそうな顔でダークを見つめていた。
アリシアたちが注目する中、ダークは俯いたまま黙り込む。しばらくして顔を上げるとアリシアたちを見ながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「……とにかく、今は急いで出撃と防衛の準備に集中しよう。どのようにしてあの島を落とすかは後で考える。お前たちも戦いの準備に入れ」
まずは自分たちの今やるべきことをやろうというダークの言葉にアリシアのノワールは表情を鋭くする。レジーナたちも今は臨戦態勢に入ることが重要だと考え、浮遊島の件は後回しにすることにした。
「私はジャスティスさんと戦う時に備えてアイテムや武器の準備、浮遊島に向かう部隊の編成を行う。アリシア、ノワール、手伝ってくれ」
「分かった」
「ハイ」
指示を受けたアリシアとノワールは返事をし、二人の返事を聞いたダークは視線をレジーナたちに向ける。
「レジーナ、ジェイク、マティーリア、お前たちは冒険者ギルドへ向かい、浮遊島のこと、敵がバーネストに攻撃を仕掛けてくる可能性があることを伝えろ。そして、町中の冒険者たちを町の防衛に就かせるようギルド長に指示を出すんだ」
「ああ、任せておけ」
ジェイクがダークを見ながら返事をし、その隣にいるレジーナは笑みを浮かべ、マティーリアは真剣な表情のまま無言で頷く。
「ファウ、ヴァレリア、お前たちは首都の防衛部隊と待機している主力部隊を臨戦態勢に入らせろ。それから騎士たちを町に向かわせ、住民たちに外に出ず屋内に身を隠すことを伝えさわせるんだ」
「承知しました」
「分かった」
ファウとヴァレリアも指示を受けると返事をし、全員へ指示を出し終わったダークはアリシアとノワールを連れてバルコニーを後にする。レジーナたちもにバルコニーを出て指示されたとおりの行動に移った。
――――――
レジーナたちと別れた後、ダークは戦いの準備をするためアイテムが保管してある部屋に向かって廊下を歩いていた。アリシアとノワールはダークの背中を見つめながら黙ってダークの後をついて行く。
ノワールが無表情で歩いている隣ではアリシアが何処か不安そうな顔をしている。アリシアは会議の時にダークが話そうとしていた、ダークの身にもしものことがあった時どうするか、という件について考えていた。
ダーク自身はジャスティスと戦って死ぬつもりも負けるつもりもないと言っていたが、もしジャスティスとの戦いでダークが死んでしまった場合、ビフレスト王国はどうなってしまうのだろうとアリシアは歩きながら色々と想像する。
国王であるダークが死亡したり重傷を負ったなどと言うことが国民たちの耳に入れば間違いなく混乱するだろう。そうなった場合、自分は上手く対処できるのか、アリシアは不安に思っていた。だが、それ以上にアリシアはダークが命を落とすことになったら自分が冷静でいられるのかとどうかについて悩んでいた。
「アリシア」
「……ッ! な、何だ?」
アリシアが考え込んでいると前を歩くダークが声を掛け、アリシアは驚きの表情を浮かべながら顔を上げる。ダークはゆっくりと立ち止まってアリシアの方を向き、アリシアと隣を歩くノワールも足を止めてダークの顔を見た。
「先程言いそびれた、私の身にもしものことがあった時にどうするか、君には先に伝えておく」
「!」
さっきまで悩んでいた件について話そうとするダークにアリシアは反応する。もしものことなんてあってほしくない、そう思っているにもかかわらずダークがそのことを話そうとしているため、アリシアは僅かに表情を曇らせた。
「もし私がジャスティスさんとの戦いに敗れて重傷を負ったり、命を落とした場合、この国の実権や軍の指揮権の全てを君に託す」
「えっ! わ、私に?」
ダークの言葉にアリシアは目を見開きながら驚く。国の実権や軍の指揮権などを託す、それはビフレスト王国の全ての決定権をアリシアに与えると言うことになる。つまり、アリシアがビフレスト王国の女王になるも同然と言うことになるのだ。
ビフレスト王国の総軍団長というそれなりの高い地位を与えられているアリシアだが、いきなりダークが持つ全ての権限を与えられると言われれば驚くのも無理は無かった。アリシアは目を見開き、口を半開きにした状態でダークを見ている。
「私に何かあったらノワールと相談しながら大連合と共にジャスティスさんの軍団、そしてアドヴァリア聖王国と戦い、この戦争に勝つんだ」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれ! 私のビフレスト王国の全てを託す!? それはいくら何でも荷が重すぎる。第一、それなら私よりもノワールの方が適任だろう?」
自分にはビフレスト王国の全てを引き継ぐなどできないとアリシアは取り乱しながら首を横に振る。自分が引き継ぐくらいならダークの使い魔であり、頭のいいノワールが継ぐのがいいとアリシアは考えていた。
アリシアがダークを見ながら断ろうとしていると、隣に立つノワールがアリシアを見上げながら口を開いた。
「いいえ、僕よりもアリシアさんの方が適任です」
「ノ、ノワールまで……」
「アリシアさんはマスターと同じレベル100でジャスティスさんに唯一対抗できる力を持っています。しかも剣の技術はマスターよりも上で指揮能力も優れています。僕がマスターの後を継ぐよりもマスターと互角の力を持ち、指揮能力の高いアリシアさんがマスターの後を継いだ方が上手く軍を動かすことができるはずです」
「だ、だが私は……」
ノワールから自分の方がダークの後を継ぐの相応しいと言われ、アリシアは複雑そうな表情を浮かべる。ここまで自分に期待されるとプレッシャーが掛かって逆に自信を無くしてしまいそうになっていた。すると、そんなアリシアにダークが声を掛ける。
「アリシア、会議の時も言ったようなあくまでも私に何かあった時の場合だ。だからあまり深く考えるな。今は自分のやるべきことだけを考えていればいい」
「あ、ああ……」
「さっきも言ったように私はジャスティスさんに負けるつもりは無いし、死ぬ気もない。だが、万が一のことも考えておかなくてはならない。その時は君がノワールやレジーナたちを導くんだ」
「……どうして、私を貴方の後継者に選んだんだ?」
「ノワールが言っただろう? 君は私よりも剣の腕が優れ、指揮官としての能力も高い。君なら私に何かあってもレジーナたちや兵士たちの士気を高め、支えてくれると私も信じている」
「ダーク……」
ダークは自分の力を信じて全てを託そうとしている、アリシアはダークの気持ちを知ると小さく俯いて考え込む。
自分をここまで信じてくれるダークの前で見っともない姿を見せるのは逆にダークの期待を裏切ることになってしまう。そう感じ始めたアリシアはしばらく黙り込んだ後、顔を上げて真剣な表情でダークを見た。
「……分かった。もしもの時は私が何とかする」
「フッ、頼んだぞ」
ダークは小さく笑いながらアリシアに期待し、アリシアもダークの期待を裏切らないように努力しようと思いながら頷く。ノワールもダークの権限を引き継ぐことを決めたアリシアを見て小さく笑っていた。
最悪に事態にはどうするかを確認し終えるとアリシアは気持ちを切り替えて真剣な表情を浮かべ、ダークもこの後やることについて考えながらアリシアを見つめる。
「アリシア、君は先に外へ行って出撃部隊の編成をしておいてくれ。私はノワールとマジックアイテムの用意をしてから行く」
「分かった」
返事をしたアリシアは早足で移動し、ダークとノワールはアリシアの歩いて行く姿を黙って見守る。やがてアリシアの姿が見えなくなり、ダークはノワールに視線を向けた。ノワールもダークの方を向いて目を鋭くする。
「……さて、ノワール。これからお前はかなり忙しくなる。ジャスティスさんに勝つためにもお前にはしっかりと働いてもらうぞ?」
「ハイ、任せてください」
真剣な表情を浮かべながら僅かに声を低くしてノワールは頷く。そんなノワールを見てダークは目を薄っすらと赤く光らせた。
「では、念のためにもう一度確認しておくぞ……」
ダークは静かな廊下でノワールに語り掛け、ノワールは表情を変えずに黙ってダークの話を聞いていた。