第二百九十七話 防衛対策
ヴァレリアはムスッとした表情を浮かべながら帝国騎士を見ており、モルドールは帝国騎士が無事なのを見て小さな笑みを浮かべている。突然現れた二人に帝国騎士は状況が理解できず目を丸くしていた。
「まったく、アドヴァリアを監視する帝国軍の様子を見るために国境の町へ来ていたら、荒野の砦から救援要請が来るものだから、私たちが動く羽目になってしまった。迷惑な話だ」
「まあまあ、いいではありませんか? 運動不足の解消にはちょうどいいと思いますよ」
不満そうな顔をするヴァレリアをモルドールは笑いながら宥める。ヴァレリアはモルドールを顔をチラッと見ると視線を広場に侵入しているアドヴァリア軍に向けて睨み付けた。
ヴァレリアとモルドールはアドヴァリア聖王国を監視するデカンテス帝国からアドヴァリア聖王国の情報を得るためにたまたまデカンテス帝国の国境にある町を訪れていた。そこに荒野の砦にいた帝国飛竜団のワイバーンナイトからアドヴァリア軍が現れたという知らせを受け、帝国軍は急ぎ救援を送る準備を開始する。
町を訪れていたヴァレリアは魔法薬の研究の気分転換も兼ねて町へ来たいたので、救援要請に協力する気は無かった。しかし同行していたモルドールが勝手に救援に協力すると言ったため、仕方なく帝国軍に力を貸すことになり、砦にやって来たのだ。
「折角の気分転換がお前のせいで台無しになったんだ。埋め合わせはしっかりとしてもらうぞ?」
「ええ、分かっております」
不機嫌な声で語るヴァレリアを見ながらモルドールは笑顔で答え、そんなモルドールを見たヴァレリアは溜め息をついてから視線をアドヴァリア軍に向けた。
「さて、敵は大勢のアドヴァリアの兵士と騎士、あとこの前の会談の時に見た天使族モンスターもいるな」
「ええ、権天騎士です。あと、何体か能天導士もいますね」
「権天騎士の中にいる祭服を着た天使か?」
「ええ、あの天使は魔法を使って攻撃してきます。しかも中級モンスターで権天騎士よりも力が上です。気を付けてください?」
自分たちと同じ魔法を使う存在が敵にいると知ったヴァレリアはほほぉ、と少し楽しそうな顔で能天導士を見つめる。モルドールも小さく笑いながら権天騎士たちを見ていた。
ヴァレリアとモルドールがアドヴァリア軍に注目している間、帝国騎士は呆然としたまま二人を見ている。突然現れて普通に会話をする二人に驚き、言葉が出なくなっているようだ。離れた所にいる帝国兵たちも意外そうな顔で二人を見ている。
帝国騎士が二人を見つめていると、モルドールが帝国騎士に気付き、視線を帝国騎士に向けて砦の方を指差した。
「ここは私たちに任せて、貴方は砦の中へ避難してください。あと、傷の手当てもお忘れにならないでくださいね?」
「え? わ、分かった。助力、感謝する」
まだ少し動揺しているが、帝国騎士は言われたとおり砦まで後退することにした。普通であればたった二人の魔法使いに任せて後退するなどあり得ないことだが、先程アドヴァリア軍に落ちた雷や自分を囲む権天騎士たちを葬った光線がヴァレリアとモルドールの魔法だと考えていた帝国騎士は二人に任せても大丈夫だと感じ、言われたとおり後退したのだ。
帝国騎士や帝国兵たちが砦の中に後退していく光景を見たヴァレリアとモルドールは視線をアドヴァリア軍に向け、敵の数と位置を簡単に確認した。
「敵の数は約二百と言ったところですね。レベルもそれほど高くなさそうですし、増援が来る前に私たちだけで全滅できそうです」
「コイツらは問題ではないが、外には砲撃蜘蛛が四体いただろう? そっちはどうする?」
「ご心配なく、こちらを一通り片づけたら私が倒してきます」
「そうか。なら私はコイツらを倒してたあと、静かに茶でも飲ませてもらおう」
そう言ってヴァレリアは右手の青い魔法陣、左手に白い魔法陣を展開させながらゆっくりと数cm浮かび上がり、それを見たモルドールも笑いながら右手をアドヴァリア軍に向け、手の中に紫の魔法陣を展開させる。
アドヴァリア軍は目の前にいる二人の魔法使いが攻撃してくると感じて一斉に警戒態勢に入る。だが、権天騎士と能天導士は警戒することなくヴァレリアとモルドールに向かって突撃した。それを見たヴァレリアは鋭い目で向かってくる天使族モンスターたちを睨み付ける。
「警戒することなく突っ込んで来るとは、ナメられたものだな……凍結冷気!」
ヴァレリアは突撃して来る権天騎士と能天導士に右手を向けて魔法を発動させる。すると青い魔法陣から冷気がもの凄い勢いで噴き出し、冷気を受けた天使族モンスターたちは一瞬で凍りついてしまった。凍りついた天使族モンスターたちは地面に落ち、その衝撃で粉々に砕け散る。
権天騎士と能天導士をアッサリと倒したヴァレリアを見てモルドールは流石、というように笑みを浮かべる。そして、自分も負けていられないと思いながら魔法を発動させた。
「黒の衝撃!」
モルドールが叫ぶと右手の魔法陣が広がりながら消滅する。その直後、アドヴァリア兵たちの中心に黒い球体が現れ、それを中心に黒い円状の衝撃波が周囲に放たれた。
衝撃波を受けたアドヴァリア兵たちは声を上げながら消滅する。衝撃波が消えた時、アドヴァリア兵たちがいた場所には何も残っていなかった。運よく衝撃波を受けずに済んだ指揮官のアドヴァリア騎士や他のアドヴァリア兵たちは消滅した仲間たちを見て愕然とする。
「ば、馬鹿な、あれだけの兵士を一瞬で……」
アドヴァリア騎士は仲間が消滅したことが未だに信じられず、小さく震えながら目を見開いている。
<黒の衝撃>は周囲に黒い衝撃波を放ち敵を攻撃する闇属性の上級魔法。衝撃波を受けた敵に闇属性と打撃系のダメージを与えることができる。しかも攻撃力が高く、攻撃範囲も広いので大勢の敵を相手にする時には役に立つ魔法だ。
二百人ほどいたアドヴァリア兵はモルドールの魔法で半分近くが消滅し、アドヴァリア軍の戦力と士気は大きく低下した。それを見たモルドールは小さく笑い、ヴァレリアも戦況が変わったのを見て不敵な笑みを浮かべる。
「一瞬で大勢の仲間が消えたことで敵は混乱しているな。この隙に一気に畳みかける!」
反撃の隙を与えないためにヴァレリアはアドヴァリア軍に更に攻撃を加えようと考え、白い魔法陣が展開されている左手をアドヴァリア軍に向けた。
「聖なる光線!」
ヴァレリアが魔法を発動させると白い魔法陣は大きくなり、中心から白い大きな光線が一直線にアドヴァリア軍に向かって放たれる。光線はアドヴァリア騎士を始め、大勢のアドヴァリア兵を呑み込み、光線を受けた者全員が声を上げながら倒れ、そのまま動かなくなった。
<聖なる光線>は光属性魔法の中でも数少ない攻撃魔法の一つで敵に向けて光線を放つ上級魔法だ。光属性の攻撃魔法の中でも攻撃力は高い方で並の敵は一撃で倒すことが可能である。放たれる光線は大きく、射程も長いので大勢の敵や遠くにいる敵を攻撃するのにも役に立つ。
アドヴァリア兵のほぼ全員を倒したヴァレリアは誇らしげな笑みを浮かべており、隣にいるモルドールも笑みを浮かべながらヴァレリアを見ている。
一方で砦の中に入らず、二人の戦いを見ていた帝国兵たちは強力な魔法を目にして呆然としており、生き残っている二十人ほどのアドヴァリア兵たちも驚きのあまり固まっている。敵味方関係なく、二人の魔法使いによって天使族モンスターや大勢のアドヴァリア兵が倒された光景を目にした全員が衝撃を受けていた。
「これで侵入したアドヴァリアの兵士は粗方片付いた。後は生き残っている者を捕らえ、砦の外にいる砲撃蜘蛛を片付けるだけだな」
「そうですね。先程もお話ししたように、砲撃蜘蛛は私は何とかしますのでヴァレリア殿は休んでいてください」
「ああ、そうさせてもらう」
自分の髪を指でいじりながらヴァレリアは少し疲れたような口調で語り、そんなヴァレリアを見たモルドールは軽く頭を下げてから浮遊魔法を発動させて飛翔する。そして、アドヴァリア軍の砲撃蜘蛛が破壊した城壁から外に出て砲撃蜘蛛の討伐に向かった。
残ったヴァレリアは近くにいる帝国兵たちに指示を出し、生き残っているアドヴァリア兵たちを捕らえるよう指示して砦の中へと入っていく。残された帝国兵たちは呆然としていたが、我に返り生き残っているアドヴァリア兵たちを捕らえようとする。
アドヴァリア兵たちは自分たちを動き出した帝国兵たちを見て戦闘態勢に入るが、天使族モンスターや大勢の仲間が倒されたことで士気が低下し、自分たちにもう勝ち目はないと判断したのか、アドヴァリア兵たちは武器を捨てて投降した。
一方でモルドールは砦の外にいた砲撃蜘蛛たちを倒すために魔法で攻撃し、砲撃蜘蛛たちもモルドールに大砲で反撃する。だが、上級モンスターであるモルドールに中級モンスターの砲撃蜘蛛が敵うはずがなく、あっという間に全て倒されてしまう。
砲撃蜘蛛たちを倒したモルドールは他に敵が潜んでいないか周囲を調べ、敵がいないのを確認すると砦に戻り、砦の指揮官に自分たちがビフレスト王国の魔法使いで、たまたま国境近くの拠点に来ていたので救援に駆けつけたことを伝えた。
ヴァレリアとモルドールの正体と強さを知った砦の指揮官や帝国兵たちは驚きを感じながらも二人に感謝し、アドヴァリア軍に勝利したことを喜ぶ。
その後、遅れて砦に到着した帝国軍の増援は既に戦いが終わったことを知って目を丸くしながら驚き、砦の指揮官から何があったのかを聞いた後、更に驚き言葉を失った。
――――――
デカンテス帝国とアドヴァリア聖王国の間にある荒野で起きた戦闘やアドヴァリア軍が進軍してきたことはすぐに大連合に属する国全てに伝わり、全ての国がより警戒を強くした。
アドヴァリア聖王国だけならそれほど警戒する必要は無いが、アドヴァリア聖王国にはジャスティスという未知の力を持つ聖騎士とその軍団がついているため、いつ何処に現れて襲撃してくるか分からない。そのため、アドヴァリア聖王国と隣接していないセルメティア王国やマルゼント王国もいつ敵が現れても戦えるよう万全の状態で待機している。勿論、ビフレスト王国も同じように準備をしていた。
ビフレスト王国の首都バーネスの一室ではダークがビフレスト王国の貴族たちを集め、今後の戦いについて会議を行っていた。
会議にはダークとノワールは勿論、ダークの協力者であるアリシアたち、ビフレスト王国でも重役を任せれている貴族たちが全員参加している。貴族たちは何処か緊張したような表情を浮かべながら長方形の机を囲んで座っていた。
荒野でアドヴァリア軍が帝国軍の砦を襲撃したことは既にダークたちの耳にも入っており、ダークたちはその件やアドヴァリア軍の戦力や進軍経路の予想、そしてアドヴァリア領に進軍するかなどについて話し合っていた。
「……以上の点から、アドヴァリア軍は帝国方面ではなくエルギス方面に戦力を傾け、エルギス領を優先して侵攻すると思われます」
四十代後半ぐらいの貴族が持っている羊皮紙を見ながらアドヴァリア軍の進軍経路について語り、それを聞いた他の貴族たちは難しい顔をしながら手元の羊皮紙を見ている。ダークも自分の羊皮紙を無言で見つめており、彼の後ろで待機してるアリシアたちも黙って話を聞いていた。
「確かに砦を襲撃した事で帝国はアドヴァリアの侵攻を警戒して護りを固めるだろう。そうなっては帝国方面から侵攻するのは難しい。それならまだ帝国よりも総戦力が少なく、護り固めていないエルギス方面から侵攻するのが得策だとアドヴァリアも考えるかもしれんな」
貴族の説明を聞いたダークは羊皮紙を見つめながらアドヴァリア軍がエルギス強国を優先して攻撃する可能性が高いと考え、ダークの言葉を聞いた貴族たちも同感です、と言うようにダークを見ながら頷く。
アドヴァリア軍が帝国軍の砦を襲撃してから既に三日が経過しており、デカンテス帝国は国境付近の拠点に大部隊を派遣して防衛力を強化した。そのため、アドヴァリア軍は帝国国境付近の拠点を制圧するのが難しくなっている。
デカンテス帝国から侵攻できないとなると、アドヴァリア軍は帝国軍よりも防衛力が低いエルギス教国国境の拠点を襲撃し、そこから侵攻するだろうとダークたちは考えている。幸い、デカンテス帝国の砦襲撃から今日まで、アドヴァリア軍はエルギス教国の国境近くに姿を見せてはいるが攻めてくることは無く大人しくしていた。
侵攻するのであれば、デカンテス帝国領とエルギス教国領を同時に侵攻すれば効率がいいと考えられるが、アドヴァリア聖王国の総戦力は二つの国よりも低いため、戦力を二つに分けると国境の拠点を突破することができなくなってしまう。だからアドヴァリア軍は片方に戦力を集中して侵攻するだろうとダークたちは予想した。
「アドヴァリア軍がエルギス方面から侵攻するのであれば、エルギスも戦力を国境付近に傾けるはずだ。だがそうなれば、他のエルギスの拠点の防衛力が低下してしまう……アリシア、エルギスから我が国に救援の要請があれば、可能な限り戦力を送ってやれ」
「ハイ」
ダークの後ろで待機していたアリシアはダークの方を見ながら返事をする。集まっている貴族たちもこれでエルギス教国の戦力を補えると安心した様子を見せる、同時に同盟を組む他国を心配し、戦力を送るダークの心の広さに感服した。
「しかしマスター、アドヴァリアと隣接するエルギスと帝国の護りを固めることも重要ですが、セルメティアとマルゼントにも少し戦力を送った方がいいと思います」
ダークの隣に立っている少年姿のノワールが他の二国にも増援を送るべきだと語り、ダークたちの視線はノワールに向けられた。
「ジャスティスさんの使い魔であるハナエさんは僕と同じように様々な魔法を習得しています。その中には強力な転移魔法もあり、その魔法を使ってこの国やセルメティア、マルゼントの領内に大部隊を転移させて、奇襲を仕掛けてくる可能性もあるかと……」
「勿論、その点についても警戒している。セルメティアやマルゼントにも青銅騎士の部隊やモンスター部隊を派遣して護りに就けるつもりだ。それと各国の首都には私があるマジックアイテムを設置しておいた。あれがあれば例え首都が敵の奇襲を受けたとしても簡単には落とされない」
各国の首都の護りは他の拠点よりも護りが堅いと聞かされたアリシアたちは意外そうな表情を浮かべる。ノワールはダークがどんなマジックアイテムを使ったのか察したらしく、納得した様な顔でダークを見ていた。
「……そう言えば、セルメティアとマルゼントの状況はどうなっている?」
ダークは貴族たちにセルメティア王国とマルゼント王国について尋ねると、貴族たちはハッとしながら手元の羊皮紙に目をやる。どんなマジックアイテムが使われていたのか貴族たちは気になっていたが、今は重要な会議中であるため、会議に集中することにした。
「え~、まずセルメティアですが、各拠点に調和騎士団や冒険者たちを配備して護りを厳重にしているそうです。それと予定通り、数日中に直轄騎士団、冒険者の中でも優秀な者たちを我が国に増援として派遣してくださるとのことです」
四十後半の隣に座っている三十代前半ぐらいの貴族がセルメティア王国の状況と増援を派遣してくれることを説明し、貴族たちは直轄騎士団や冒険者の精鋭を派遣してくれると聞いて心強く思った。ダークやアリシアたちも自分たちのために貴重の戦力を増援として派遣してくれるマクルダムに心の中で感謝している。
「次にマルゼントですが、彼らもセルメティアや他の国と同様、騎士団や冒険者たちを使って各拠点の護りを固めているそうです。それから、優れたマジックアイテムを各国に補給物資として送り、魔導連撃師団の部隊も派遣してくださると四元魔導士のモナ殿から親書が届いております」
「それはいい。マルゼントの魔導連撃師団は優秀な魔法使いで構成されていると聞いておる。彼らが加わってくれれば戦力もかなり強化されるはずだ」
マルゼント王国が魔法使いの部隊を派遣してくれると聞き、三十代前半の貴族の向かいの席に座っている五十代半ばくらいの貴族が嬉しそうにし、他の貴族たちも頼もしく思ったのかざわつき出す。
まるで子供のように喋り出す貴族たちを見てダークやアリシアたちは少し呆れたような反応を見せる。そんな中、ノワールが周囲に聞こえるよう少し大きな咳をした。
「皆さん、ご静粛に」
ノワールの声を聞いた貴族たちは現状を思い出し、ざわついていたことを恥ずかしく思いながら黙り込む。全員が黙るのを確認すると、ダークも軽く咳をして話を戻す。
「とにかく、敵がいつ何処から襲撃してくるか分からない以上、常に臨戦態勢を取っておく必要がある。各自、職務を熟しながら自身の領土を全力で護るようにしろ」
「ハ、ハイ!」
「お任せください」
貴族たちはダークの方を見ながら返事をしたり、頷いたりして貴族として自分がやるべきことをやろうと改めて決意する。ダークの後ろで控えていたマティーリアやヴァレリアは大丈夫か、と思いながら少し不安そうな顔で貴族たちを見ていた。
それからダークたちはジャスティスの軍団が領内に現れた時にどう対処するか、他国から救援を求められたらどの部隊を増援として送るかなどを話し合う。そして、全ての課題について話し合いが終わると貴族たちは部屋を後にした。
貴族たちが退室すると、ダークは疲れたのか軽く息を吐く。それを見たノワールはお疲れ様です、と言いたそうな笑みを浮かべながら貴族たちが座っていた椅子の一つに座る。ダークの後ろでずっと控えていたアリシアたちも全員席についてダークに視線を向けた。
「……各国に大きな変化は無く、ジャスティスも動いていない。今のところ戦況は落ち着いているな」
「ああ、だがさっきの会議でも話したようにジャスティスさんたちは転移魔法で大部隊を各国に転移させることができる。決して油断はできない」
「そうだな。常に国中を調べ、ジャスティスやアドヴァリアの部隊が転移していないか確認した方がいいだろう」
いつジャスティスたちが現れてもおかしくない現状である以上、最大の警戒をしておく必要があるだろうというダークの考えにアリシアも同意し、ノワールたちもダークとアリシアを見ながらそれがいい、というように頷く。
バーネストにはハナエが一度現れているため、ジャスティスたちはバーネストの中に転移することが可能となっている。更にジャスティスはエルギス教国先代教皇とデカンテス帝国先代皇帝を暗殺しているため、エルギス教国とデカンテス帝国にも転移することが可能だとダークは確信していた。となると、大陸に存在する全ての国に転移できるよう、ジャスティスは全ての国に足を踏み入れている可能性が高い。
ダークはジャスティスが敵国の中心に奇襲を仕掛けることが可能性がある以上、決して気は抜けないと考え、徹底的に敵の襲撃を警戒しながら動こうと思っており、貴族たちにも釘を刺していたのだ。
「でもさぁ、いくら敵が転移していないか注意深く調べたり、転移してくることに警戒しても転移するのを止められない以上、対処のしようがないじゃない?」
「確かにそれは言えてますね。いくら警戒していても突然拠点の近くや中に転移されては奇襲を防ぐことはできませんし……」
敵が自分たちの近くに転移してしまえばどんなに警戒していても何の意味もない、レジーナはそう考えており、ファウもレジーナの考えに一理あると難しい顔をする。それを聞いたアリシアやジェイクたちも深刻そうな表情を浮かべて二人を見た。
「その点については心配ない、手は打ってある」
ダークはレジーナとファウを見ながら対策済みであることを伝え、それを聞いたアリシアたちは少し驚いた顔をしながらダークの方を向く。
「手を打ってあるって、どんな?」
レジーナが尋ねるとダークは静かに椅子にもたれ、アリシアたちを見ながら説明を始める。
「貴族たちと話し合っている時に言っただろう? 各国の首都に私がマジックアイテムを設置したと」
「ええ、敵の奇襲から首都を護るマジックアイテムだって言ってたけど……もしかして、転移魔法に対しても何か効果があるの?」
「ああ。私が設置したのはオーディンの結界柱と呼ばれるマジックアイテムだ」
ダークの口から聞いたことのないマジックアイテムの名を聞かされ、アリシアたちは不思議そうな表情を浮かべている。ノワールは勿論知っているため、驚いたりせず、目を閉じて小さく笑っていた。
<オーディンの結界柱>とはLMFでギルドの本拠点や所持する建造物などを敵から護るために使うマジックアイテムの一種である。このマジックアイテムを拠点の中に設置すると拠点の周囲にドーム状の結界が張られ、外からの攻撃や空中からの敵の侵入を防ぐことができる。更に結界の内側に転移することもできず、内側に入るにはその拠点の入口から入らなくてはならない。つまり、裏口や壁を破壊して入ることはできず、正規の入口を通って真正面から入るしかないのだ。
大連合に所属している国は神出鬼没の敵が突然首都の近くに現れて襲ってくることを警戒し、各拠点の中でも首都の防衛に特に力を入れていた。しかし、ダークと同等の力と未知のマジックアイテムを所持するジャスティスや彼の軍団が襲って来たら並の防衛線など簡単に突破されてしまう。
そこでダークは敵の攻撃を防ぐためにオーディンの結界柱を配置して防衛力を強化した。しかし、オーディンの結界柱はレア度の高いアイテムでダークも全ての町や村に配置できるほど所持していない。だから各国の中心である拠点、つまり首都に結界塔を配置することにしたのだ。
「オーディンの結界柱って、この前兄貴が町の広場に設置したあの変わった形の柱みたいなやつのことか?」
「そうだ。あれと同じ物を各国の首都に一つずつ設置しておいた」
ダークはジェイクの方を見ながら頷き、ジェイクたちはへぇ~、というような顔をしながら窓から城の外を見た。
バーネストの中心にある広場の中央には紫、青、赤、橙の宝玉を幾つも付けた金色の変わった形の柱が立っており、その周りには大勢の黄金騎士が柱を護るように立っている。広場を訪れていたバーネストの住民たちは奇妙な柱を不思議そうに眺めていた。
黄金騎士たちの後ろに立っている柱こそがダークが設置したオーディンの結界柱で黄金騎士たちは柱を護るために配置されていた。オーディンの結界柱は設置されると設置された場所全体を覆う結界を張るのだが、柱を破壊されてしまうと結界も消えてしまう。そのため、ダークは柱を破壊されないよう黄金騎士たちに護らせているのだ。
既にバーネストを護るためのマジックアイテムは設置されており、アリシアたちは行動の早いダークに感心した。
「結界柱は拠点の防衛に特化したマジックアイテムで張られる結界は非常に強力だ。例え神格魔法を撃ち込んでも破壊することはできない」
「し、神格魔法も防げるのか……」
ノワールの切り札にして、この世界の人間では決して習得できない究極の魔法である神格魔法でも破壊できない結界を張ると聞かされ、アリシアは目を見開いて驚く。レジーナたちも信じられない事実を聞かされ、表情を固めたまま驚いている。
「だが、結界柱を破壊されてしまうと結界も消えてしまい、外からの攻撃も敵の侵入も許してしまう。だから結界柱を破壊されないようにするため、拠点の入口と結界柱の護りはしっかりと護りを固めておかなくてはいけない」
「結界柱さえ破壊すればその拠点を攻略するのがより簡単になりますから、敵は拠点に突入したらまず、結界柱を探し出して結界柱を破壊しようとします」
ダークとノワールはオーディンの結界柱の効力や弱点などをアリシアたちに分かりやすく説明していき、説明を聞いたアリシアたちは神格魔法を防げるマジックアイテムにも弱点があるのだと知って意外に思った。
「そんなに重要なマジックアイテムなら、わざわざ外に設置せずこの城の中にでも設置した方がよいのではないか?」
見つかりやすい外に設置するよりも最も護りの堅い王城に設置した方が良いのではとマティーリアがダークとノワールに尋ねる。ヴァレリアやファウもマティーリアの話を聞いて確かにそうだ、というように頷く。
「残念ですが、オーディンの結界柱は建物の中には設置できないようになっているんです。ですから設置するとしたら建物の外にしか設置できないんですよ」
「はぁ? なぜじゃ?」
「な、なぜと言われましても……」
ノワールはマティーリアの質問に答えられず、困った様子で苦笑いを浮かべる。VRMMOであるLMFの設定だから設置できない、とは絶対に言えないため、ノワールは何と答えればいいか分からずにいた。
「建物の中に設置しては公平な戦いにならないから、オーディンの結界柱を開発した者たちが外にしか設置できないようにしたのではないか?」
悩んでいるノワールに助け舟を出すようにダークがマティーリアに説明する。ノワールは自分の代わりに説明してくれたダークを見ながら小さく笑みを浮かべ、心の中で深く感謝した。
「公平な戦いにならないから? 重要な拠点を護るためのマジックアイテムなのに、随分敵に甘い理由じゃな」
「まあ、あくまでも私の想像だがな」
納得のいかないような顔をするマティーリアにダークは笑いながら予想であることを伝え、ノワールも苦笑いを浮かべながらダークとマティーリアの会話を聞いていた。
「とにかく、首都がオーディンの結界柱で護られている以上、各国の首都は簡単に落とされることはない。だが相手はジャスティスさんとその仲間であるモンスターたちだ。決して油断するな?」
ジェスティスと戦う以上、これまでの知識や常識は殆ど通用しないため、気を抜いてはいけないとダークは改めてアリシアたちに忠告し、アリシアたちはダークを見ながら無言で頷いた。
まだジャスティスや彼の部下と戦ったことはないが、ダークの戦友で恩師だった騎士であれば間違いなく手強いとアリシアたちは確信しており、戦うことになった時は全ての力をぶつけようと考えていた。
「さて、戦争の方針や敵の対策については先程の会議で話し合ったが、次は私たちの役割について確認しておこう」
話の内容が変わり、アリシアたちは気持ちを切り替えてダークの話に耳を貸す。ダークもアリシアたちを見ながら薄っすらと目を赤く光らせた。
「各国には優れた戦士や魔法使いがいる。英雄級の実力を持つ者もいるし、アドヴァリア軍が攻め込んで来ても十分対抗できるだろう。だが、ジャスティスさんやハナエ、配下の上級モンスターなどが出てくれば別だ。彼らとまともに戦えるのは英雄級の実力とLMFのマジックアイテムを使う我々だけだ。皆にはジャスティスさんや彼の部下が戦場に出た時にその相手をしてもらう」
低い声を出しながら強敵と戦えるのは自分たちだけだと語るダークを見ながら、アリシアたちは自分たちがこの戦いで重要な存在であることを再認識した。
「ジャスティスさんたちが出て来ない時は自分の仕事を優先して動いてくれればいい。しかし、いつジャスティスさんたちが前線に出てくるかは分からない。常に万全の状態にしておけ?」
「分かったわ」
「任せておけ」
「承知しました」
指示を聞いてレジーナ、ジェイク、ファウが自信に満ちな声で返事をする。アリシアたちも返事はしないが目を鋭くしながら無言で頷いた。
「では次に、可能性としては低いことだが……私の身に何かあった時のことについて幾つか決めておこう」
ダークの言葉にアリシアたちは一斉に反応する。何かあった時、今の状況から考えると、それはもしダークが重傷を負って動けなくなった時、最悪死亡した時のことだとアリシアたちはすぐに気付いた。
「……ダーク、縁起でもないことを言わないでくれ」
「そうですよ、ダーク様に身に何かあるなんて、あり得ないことです」
アリシアは真剣な表情を浮かべ、ファウは少し興奮してる様子でダークを見つめる。レジーナたちも悪い冗談はやめてほしい、というような目でダークを見つめていた。
ダークはアリシアたちが注目する中、指で机を軽くコンコンと叩き、再び目を薄っすらと赤く光らせた。
「前にも言っただろう? 相手がジャスティスさんである以上、私でも勝てないかもしれないと。今回は相手が相手だ、最悪の場合は殺される可能性だってある。だからもし、私が死んだ後、何をどうすればいいのかをしっかりと決めておかなくてはならない」
「だからと言って……」
「戦場では何が起きるか分からない。予想だにしていない出来事が起きて部隊が崩壊したり、指揮官が死亡することだってある。それは私の場合も例外ではない」
神に匹敵する力を持っていても、自分は人間だから死ぬ可能性だってある。ダークは遠回しにアリシアたちにそう伝え、それを聞いたアリシアは俯き、レジーナたちも若干深刻そうな顔をしながらダークを見た。
自分たちにとって最も頼りになる存在であり、道標のような存在であるダークの身に何かあるかもしれない。レジーナたちなそうなった場合どうすればよいのか、小さな不安を感じ始める。そして、アリシアはダークが重傷を負い、命を落とすようなことになってしまったら自分は冷静でいられるのか、そう感じながら俯いていた。
黙り込むアリシアたちを見たダークは小さく息を吐き、再び指で机をコンコンと叩いてアリシアたちの注目を集めた。
「しっかりしろ、皆。あくまでも私の身に何かあった場合の話だ。私だって命は惜しいし、自ら命を捨てるような真似はしない。だが、もしもの場合に備えてどうするか決めておきたいんだ」
「ダーク……」
「安心しろ、私は死ぬ気は無い。もしジャスティスさんと戦うことになったとしても、負けるつもりは無い。生きてこの戦争を終わらせるつもりだ」
ダークの口から生きて戦いに勝つという意思を聞いたアリシアたちは少しだけ安心したのか表情に明るさが戻った。ダークが今から話そうとしているのはあくまでも可能性の一つについてだ。必ずそうなるとは限らないと知り、アリシアたちの中から一つ不安が消える。何よりも、ダークがジャスティスに勝てないと決まっているわけではないので、アリシアたちはダークが勝つと信じることにした。
アリシアたちの表情を見たダークはとりあえず話を続けられる状態になったと感じる。隣にいるノワールはアリシアたちの様子を見て軽く息を吐いた。
「……では、改めて私に何かあった時にどうするかについて話し合いを……」
ダークはアリシアたちを見ながら話を再開しようとした。その時、出入口の扉を強く叩く音が部屋の中に響き、ダークたちは視線を扉に向ける。