第二百九十六話 動き出す聖王国
ジャスティスの軍団と戦うための大連合が結成され、各国では急ぎ戦いの準備が進められた。いつ何が起きてもすぐに対応できるよう、全ての王は自国の各町や村に軍、冒険者を送り込む。それと同時にマクルダムたちはジャスティスが傘下に入ることを要求してくるよりも先にジャスティスの傘下に入っているアドヴァリア聖王国に親書を送った。
親書の内容はジャスティスが宣戦布告したビフレスト王国と手を組み、共にジャスティスと戦うというもので、アドヴァリア聖王国に送られた各国の親書の全てがほぼ同じ内容となっている。
五つの国が手を組み、ジャスティスと戦うことを伝えれば、アドヴァリア聖王国も自分たちが不利と判断し、戦わず穏便に済ませようとするだろうとマクルダムたちは考えていた。
ところが、マクルダムたちの予想とは裏腹にアドヴァリア聖王国はジャスティスと共に大連合と戦うと返事をし、返事を受け取ったマクルダムたちはジャスティスとアドヴァリア聖王国が自分たちにも宣戦布告をしたと受け取り、より戦いの準備を急ぐことにした。
既に各国の町や村全てにジャスティスと戦うことが伝わっている。突如大陸全ての国が手を組んで未知の敵と戦うと言うことを聞かされ、国民たちは動揺と驚きを隠せずにいた。
特に大都市に住む者たちは未知の敵と戦うという事実を聞かされ、不安を見せながら生活している。しかし、貴族や軍の人間、冒険者たちが全力で国民を護ること、全ての国が協力し合って敵と戦うことを上手く説明してくれたおかげで住民たちが混乱することは無かった。大陸の国全ての未来がかかった重要な戦いが始まるため、貴族たちも大都市での混乱は避けたいと思っているらしい。
各国の軍は自分たちの長所を生かしながら戦争の準備を進めていく。ビフレスト王国はジャスティスや彼が率いるモンスター、所持するマジックアイテムの知識をできる限り同盟国に送り、同時に青銅騎士たちや優れたモンスターの部隊を派遣する。セルメティア王国はビフレスト王国のすぐ隣であるため、軍の優秀な部隊や冒険者チームを送り、ビフレスト王国の拠点を護りながら情報交換などをしていた。
マルゼント王国は大陸の国家の中で特に魔法技術が優れていることから、大連合を組んだ国に魔法関係の助力や情報提供を行っている。更に戦いが始まった時に役立てるようマルゼント王国で開発された優れたマジックアイテムも提供した。
そして、エルギス教国とデカンテス帝国はジャスティスの傘下に入ったアドヴァリア聖王国と隣接しているため、アドヴァリア聖王国が動いた時にすぐ情報が得られるよう、国境付近に防衛部隊を配備してアドヴァリア聖王国を監視している。ジャスティスの居場所や何処から現れるかが分からない以上、現段階では唯一繋がりを持つアドヴァリア聖王国を警戒して情報を集めるしか方法が無かった。
二つの国家の内、デカンテス帝国は以前アドヴァリア聖王国と問題を起こしていたため、エルギス教国以上に警戒しながら監視している。配備している部隊もエルギス教国の倍以上あり、情報を得たらすぐに帝都に知らせることができるよう、帝国飛竜団の部隊も用意していた。
全ての国がジャスティスやアドヴァリア聖王国と戦うために全力で戦いの準備を進めていき、それに対して戦いの中心人物であるダークは頼もしさを感じている。それと同時に協力してくれる各国に心から感謝していた。
――――――
デカンテス帝国とアドヴァリア聖王国の中間にある広い荒野、その中にデカンテス帝国の国旗を付けた砦が建っている。その砦の中には大勢の帝国兵や帝国騎士、魔法使いの姿があり、荒野に南東、つまりアドヴァリア聖王国がある方角を見張っていた。そして、砦の周りには帝国飛竜団のスモールワイバーンとワイバーンナイトの姿もある。
「……今のところ、異常は無いな」
「ああ、このまま何も起こらずにいてくれるといいんだがな」
「そうだな。その方がこっちも落ち着いて戦いの準備や情報収集が行えるわけだし」
砦の見張り台にいる二人の帝国兵は望遠鏡で南東を見張りながら軽口を叩きあっている。他の場所で見張りをしている帝国兵たちも和らげな表情を浮かべながら砦の周囲を見張っていた。
帝国兵たちがいる砦は以前アドヴァリア聖王国と問題を起こした時、アドヴァリア聖王国を監視するために建設した物だ。最近でも砦からアドヴァリア聖王国を監視していたのだが、アドヴァリア聖王国が戦争行為などを起こさなかったため、砦の人員は最小限にし、簡単な見張りしかしていなかった。
だが、ジャスティスやアドヴァリア聖王国と戦うことが決まったため、デカンテス帝国は砦に可能な限りの人員を派遣してアドヴァリア聖王国の動きを徹底的に監視することにしたのだ。
ビフレスト王国での会談から既に五日が経過しているが、アドヴァリア聖王国は未だに大きな動きを見せず、敵軍も国境に近づいて来てはいない。ジャスティスの軍団も動きを見せておらず、とても平和な雰囲気だった。
「とても今が戦争中とは思えねぇな。ビフレストでの会談が行われる以前と何も変わらねぇよ」
「だからっていい加減な仕事はするなよ? 今は何も無くても戦争中であることは事実なんだからな」
「分かってるって」
余裕の笑みを浮かべる帝国兵を見て、もう一人の帝国兵は大丈夫か、と言いたそうな顔をする。仲間の顔を見た後、帝国兵は再び望遠鏡を覗いて南東の見張りを続けた。
「しっかし、不思議なもんだよなぁ」
「何がだ?」
空を見上げながら語る仲間に対し、帝国兵は望遠鏡を覗きながら尋ねる。すると、空を見上げていた帝国兵は小さく笑いながら仲間の方を向いた。
「だってよぉ、以前戦争していたビフレスト王国と今は手を組んでアドヴァリア聖王国と戦おうとしてるんだぞ? 普通、戦争をしていた国と共闘するなんて考えられねぇよ。ビフレスト王国の王様は何を考えてるんだろうな?」
「おい、他国とは言え国王をそんな風に言うのはやめろ」
望遠鏡を覗いていた帝国兵はダークを同等と考えるような言い方をする仲間の方を向いて注意する。ビフレスト王国と共闘している以上、何処でビフレスト王国の存在が自分たちの話を聞いているか分からない。そんな状況で仲間がダークに対し失礼な態度を取ることは見過ごせなかった。
注意する仲間を見ながら軽い口調を取った帝国兵はニッと笑いながら自分の顔の前に手を持ってきて、悪いと謝罪する。注意した帝国兵は呆れたような顔で溜め息をつくと再び望遠鏡を覗いて南東を向く。
「……ダーク・ビフレスト陛下は先代の皇帝陛下が犯した過ちを既に許していると聞いている。だから我が国に敵の情報を提供し、共に戦おうと申し出てくださったのだ」
「それでバナン陛下もビフレスト王国に力を貸し、共に戦うと仰ったって訳か」
「そう言うことだ。バナン陛下は帝国の威厳よりも存在を優先されるお方だからな。迷わずに会談に参加され、大連合を組むことを決意されたのだ」
帝国至上主義者であった先代皇帝のカーシャルドと違い、バナンは帝国に危険が及べば迷うことなく他国に助力を求め、助け合うという考え方をする。帝国兵はそんなバナンを皇帝に相応しい皇族と感じ、望遠鏡を覗きながら笑みを浮かべる。それを見た、もう一人の帝国兵も同感なのか小さく笑っていた。
バナンが皇帝になってから、デカンテス帝国は帝国至上主義という考え方が無くなり、他国と同等の立場で交流しながら生きていくという考え方をするようになった。最初は多くの帝国民がバナンの改変に不満を抱いていたが、時間が経つにつれて帝国至上主義だった頃よりも生活しやすいことに国民たちも気付いて行き、今ではデカンテス帝国もカーシャルドが皇帝をしていた時以上に活気に満ちた国となっている。
見張りをしている帝国兵たちもデカンテス帝国が変わったことで以前よりも住みやすい国になったと感じており、デカンテス帝国を変えたバナンに強い忠誠心を抱いていた。
「帝国の平和を強く願うバナン陛下のためにも俺たちは兵士としての役目を全うする。そして、力を貸してくれるビフレスト王国や他の国にも協力するんだ」
「ああ、分かってるよ。ビフレスト王国に協力することが帝国のためにもなるんだからな」
そう言って帝国兵は笑いながら砦の周囲を見張りを続け、望遠鏡を覗いていた帝国兵は視線だけを動かして見張りを再開した仲間を見ながら小さく笑う。
帝国兵たちは南東だけでなく、別の方角も念入りに確認しながら怪しいものがないか調べた。砦がある場所は見通しが良く、遠くから何かが近づいてくればすぐに気付くことができる。だが今のところ、怪しいものが見つかったり砦に近づいてくるようなことはない。
「異常なしだな……そろそろ交代の時間だが、次の見張りの奴らを呼びに行くか?」
「いや、以前ならともかく、今はいつアドヴァリア聖王国の軍が姿を見せるか分からない状況だ。次の見張りが来るまでは此処にいた方がいい」
「ちぇ、仕方ねぇな……まったく、少しも目を離すことができないとは、敵さんも迷惑なことを……ん?」
面倒くさそうな顔をしながら南東を見ると、帝国兵は遠くに何かの集団いることに気付き、不思議そうな顔で注目する。
「おい、何だあれ?」
「ん?」
声を掛けられた帝国兵が仲間の顔を見た後に望遠鏡で南東を確認すると、大勢の兵士が隊列を組んで向かってくる光景が目に入った。その兵士たちは銀色のハーフアーマーとヘルムを装備し、右手に剣や槍、左手にはラウンドシールドを持っている。そして、鎧にはアドヴァリア聖王国の紋章が描かれており、隊列を組む兵士の中にはアドヴァリア聖王国の旗を掲げる者もいた。
「あ、あれば、アドヴァリア聖王国の兵士たちだ!」
望遠鏡を覗いていた帝国兵は近づいてくる集団が大勢のアドヴァリア兵だと気付くと望遠鏡を下ろしながら驚く。隣にいた仲間の帝国兵は目を見開いて驚き、自分が持っている望遠鏡で確認した。
「おいおいおい、本当に来やがったのかよ!」
本当にアドヴァリア軍が攻めてくるとは思っていなかったのか、望遠鏡を下ろしながら帝国兵は声を上げる。しかし表情には驚きは無く、攻め込んで来たアドヴァリア軍に対する怒りや不満が顔に出ていた。
険しい表情を浮かべている帝国兵の隣では仲間の帝国兵が望遠鏡でアドヴァリア軍の規模を確認している。ある程度規模を確認すると望遠鏡を下ろし、鋭い目で遠くにいるアドヴァリア軍を睨んだ。
「……兵士の数は約二百人、一個中隊並みの戦力だな」
「一個中隊? この砦には飛竜団の連中を含めて三百人はいるんだぞ。まさかアイツら、たった二百人でこの砦を攻めるつもりか?」
「分からん。判断するには情報が少なすぎる……」
アドヴァリア軍が何を考えて姿を現したのか分からず、帝国兵たちは頭を悩ませる。だが、大連合がアドヴァリア聖王国と戦争状態になっている現状でアドヴァリア軍が現れた以上、彼らが平和的な行動を執ろうとしているとは思えなかった。
「とにかく、お前は急いでこのことを皆に知らせろ。あと、アドヴァリア軍が進軍してきたことを国境付近の拠点にいる奴らにも報告しないといけない」
「なら、飛竜団の連中を国境に向かわせた方がいいな」
仲間の言葉に帝国兵は真剣な表情で頷く。
実はデカンテス帝国の拠点、特にアドヴァリア聖王国を監視する拠点に駐留する帝国飛竜団には攻め込んて来た敵を迎え撃つ以外に敵が進軍してきたことを他の拠点の仲間に報告すると言う役目がある。馬で移動するよりも飛ぶことができるスモールワイバーンの方が馬よりも早く別の拠点に向かうことができるからだ。
荒野に建設されている砦でもアドヴァリア軍がデカンテス帝国の国境に向けて進軍して来たり、砦を攻めてきた時には帝国国境付近の拠点に報告することになっているため、帝国兵は飛竜団にもアドヴァリア軍が現れたことを報告するべきだと思っていた。
「じゃあ、俺は皆に知らせてくるから、奴らを監視しといてくれ」
「まかせろ。他の連中に知らせる前に指揮官殿にもこのことを知らせておけ? じゃないと迎撃態勢に入ることができないからな」
「ああ」
返事をすると帝国兵は急いで見張り台を下り、砦の指揮官や他の帝国兵たちに知らせに向かう。残った仲間の帝国兵は再び南東の方を向いて近づいてくるアドヴァリア軍の監視を続けた。
アドヴァリア軍が現れたことはすぐに砦中に広がり、砦内は一気に騒がしくなった。南東以外を見張っていた帝国兵たちは南東に視線を向け、砦の中にいた帝国兵や帝国騎士、魔法使いたちも急いで戦闘態勢に入る。
勿論、飛竜団のワイバーンナイトもスモールワイバーンに乗り、いつでも出撃できるよう準備を進める。そして、三四人のワイバーンナイトはデカンテス帝国の国境付近の拠点にアドヴァリア軍が現れたことを知らせるため、アドヴァリア軍が現れた南東とは真逆の北西から砦を出て国境へと飛んで行った。
見張りの帝国兵がアドヴァリア軍を発見してから十分ほどが経過し、砦内の帝国兵たちは砦の南東の城壁の上に集まってアドヴァリア軍を警戒する。砦に駐留する帝国兵たちのほぼ全員が南東に集まり、いつアドヴァリア軍が攻撃してきても迎え撃てる状態だった。
一方でアドヴァリア軍は進軍を続けており、砦から1kmほど離れた所まで近づいて来ていた。徐々に近づいてくるアドヴァリア軍に帝国兵たちは目を鋭くして警戒する。
「アドヴァリアの連中、何が目的で現れたんだ?」
「南東からこっちに向かって進軍してきたんだ。やっぱ、この砦を攻め落とすつもりなんじゃねぇのか?」
「いや、無理だろう。見張りの報告では敵の戦力は二百程度、こちらの戦力は三百以上いるんだ。普通の戦闘ならまだしも、砦を攻め落とすとなると向こうの戦力が少なすぎる」
「なら、どこかに別動隊を潜ませているのかもしれないぜ」
城壁の上に集まる帝国兵たちはアドヴァリア軍が何をするつもりなのか見張りながら話し合う。他の帝国兵や魔法使いたちも隣にいる仲間とアドヴァリア軍が何を考えているのか相談していた。
アドヴァリア軍の狙いは分からないが、敵の戦力が少ないことから自分たちが苦戦することは無いと思っているのか、帝国兵たちは余裕の表情を浮かべている。だが、帝国兵たちをまとめる帝国騎士たちは油断せず、アドヴァリア軍を警戒していた。
「皆、敵の数が少ないからと言って油断するな!? 敵が南東にいる連中だけとは限らない。砦の周りもしっかりと見張り、敵が近づいて来ていないかを確認するんだ!」
帝国騎士の忠告を聞いた帝国兵や魔法使いたちは一斉に返事をして気を引き締めなおす。帝国騎士の言葉で、戦場では何が起きるか分からないので油断してはならない、と言う常識を思い出した帝国兵たちは周囲を警戒しながら近づいてくるアドヴァリア軍を見張った。
しばらく見張っていると、アドヴァリア軍は砦から500mほど離れた所で停止する。突然進軍を停止したアドヴァリア軍に帝国兵たちは意外そうな表情を浮かべるが、油断せずにアドヴァリア軍を警戒した。すると、突然砦の南西側の城壁が爆発し、南東に集まっていた帝国兵たちはその衝撃で体勢を崩す。
「な、何だ!?」
突然の衝撃に帝国騎士の一人が声を上げ、南東に集まる帝国兵たちは爆発が起きた南西を確認する。しかし、砦の南西側には何も無く、ただ城壁の一部が壊されて煙が上がっているだけだった。
何が起きたのか、帝国兵たちは疑問に思いながら南西を見ている。すると、砦から南西に500mほど離れた場所の風景が僅かに歪み、そこから背中に筒状の物を付けた大型の蜘蛛型モンスターが四体、横一列に並んで現れた。
「な、何だあのモンスターは!」
突然現れたモンスターを見て帝国兵の一人が驚き、他の帝国兵たちも目を見開いて驚いていた。
「何もない所からいきなり現れやがった……もしかして、さっきの爆発はアイツらの仕業か?」
中年の帝国兵が僅かに動揺しながらモンスターを見つめ、周りにいる他の帝国兵や魔法使いたちも固まっている。すると、中年の帝国兵の隣にいた若い魔法使いがモンスターを見ながら何かに気付いたような反応を見せた。
「……あのモンスター、ビフレスト王国との戦争でビフレスト王国が従えていた蜘蛛のモンスターと同じモンスターだ!」
魔法使いの言葉に反応し、周りの帝国兵たちは一斉に視線を魔法使いに向ける。実はモンスターの正体に気付いた魔法使いは嘗てビフレスト王国との戦争に参加しており、ビフレスト王国が従えていた未知のモンスターを目撃していたのだ。そして、砦の前に現れた蜘蛛型のモンスターがビフレスト王国との戦争で見たことがあるモンスターだと気付いた。
砦の南西に現れたのはダークが支配しているモンスターの一種である砲撃蜘蛛と同じモンスターだった。どうやら透明化の魔法を使って姿を消し、砦の南西に回り込んで城壁を砲撃したようだ。だが、突然の出来事に混乱していた帝国兵たちはまだそのことに気付いていない。
「ビフレスト王国が従えていたモンスターと同じモンスターがなぜ我々の砦を攻撃してくるんだ。まさか、ビフレスト王国がアドヴァリア聖王国に寝返ったのか?」
「それはあり得ん。今回の戦争はアドヴァリア聖王国がビフレスト王国に宣戦布告したことがきっかけで始まったんだ」
「じゃあ、どうして……」
「……そう言えば、アドヴァリア聖王国に協力している聖騎士がモンスターを召喚できるマジックアイテムを所持しているって噂で聞いたが、そのマジックアイテムを使ったんじゃないのか?」
帝国兵たちは動揺を見せながら砲撃蜘蛛は敵の支配下にあるのかなどを話し合う。そんな中、砲撃蜘蛛たちは再び砦に向けて砲撃し、南西側の城壁を破壊し始める。
再び砦を襲う衝撃に帝国兵たちは声を上げる。だがその中で帝国騎士たちは体勢を整えながら戦況を確認し、自分たちが何をするべきなのかを考えていた。
「落ち着け! 態勢を立て直して戦力を二つに分け、南東と南西を防衛しろ! 飛竜団も出撃させ、敵モンスターへの攻撃と別拠点への救援要請をさせるんだ!」
帝国騎士の指示を聞いた帝国兵たちは動揺を見せながらも体勢を立て直し、南東と南西の防衛に就くため移動を開始する。しかし、この時の帝国兵たちは敵が予想以上の制圧力を持っていることにまだ気づいていなかった。
砲撃蜘蛛が南西の城壁を砲撃している間、進軍してきたアドヴァリア軍は動かずに待機し続けている。まるで自分たちが動く瞬間を待ち続けているかのように。そんなアドヴァリア軍を気にしながら砦の南東を護る帝国兵たちは警戒し続けていた。
すると、突然アドヴァリア軍の上空の風景が砲撃蜘蛛が現れた時のように歪み始め、アドヴァリア軍の真上に大勢の白い全身甲冑とフルフェイスの兜を装備した天使、権天騎士が現れる。数は全部で五十体おり、全ての権天騎士は翼をはばたかせながら砦の南東を見つめていた。
「な、何だあれは?」
「天使族のモンスターか? だが、あんな天使は見たことがない」
いきなりアドヴァリア軍の上空に現れた大勢の天使に帝国兵たちは驚きの表情を浮かべる。現状から帝国兵たちは現れた天使たちもアドヴァリア軍の戦力だとすぐに気付いた。
帝国兵たちが動揺していると、権天騎士たちは翼を広げ、一斉に砦に向かって飛び始めた。もの凄い勢いで向かってくる権天騎士たちに帝国兵たちは驚くがすぐに弓兵や魔法使いたちが迎撃の矢は魔法を放ち応戦する。だが、突然敵が動いたことへの動揺と狙いを付けずに攻撃したため、矢と魔法は一発も権天騎士に当たらなかった。
「慌てるな! 冷静によく狙って攻撃しろ!」
帝国騎士が弓兵や魔法使いたちを落ち着かせるために声を掛けるが殆どの者が迫ってくる権天騎士に動揺しており、帝国騎士の声が聞こえていなかった。
弓兵と魔法使いの攻撃の中には命中するものもあるが、大きなダメージは与えておらず、殆どの攻撃が外れている。そんな攻撃をかわしながら権天騎士たちは城壁に接近し、腰に佩してある剣を抜くと城壁の上にいる帝国兵たちを攻撃した。
権天騎士の攻撃で帝国兵たち、特に弓兵や魔法使いは次々と倒されていく。剣や槍を持つ帝国兵は仲間を護るために権天騎士たちを迎撃するが、レベルに差があるのか返り討ちにされてしまう。仲間が倒されていく光景を見て他の帝国兵や帝国騎士たちは驚愕の表情を浮かべる。
「ひ、怯むな! 数はこっちの方が上だ。一人で挑まず、仲間と連携して攻撃しろ!」
驚く帝国兵たちを見た帝国騎士の一人が騎士剣を掲げながら叫び、それを聞いた帝国兵たちは言われたとおり数人で権天騎士に攻撃を仕掛ける。すると、一人で戦った時よりも攻撃が権天騎士に命中するようになり、帝国兵たちは少しずつ権天騎士を押し返し始めた。
少しずつ変わり始めた戦況に士気は高まり、帝国兵たちはより闘志を燃やして権天騎士に挑む。権天騎士も負けずと反撃するが数で劣っているため、なかなか押し返すことができなかった。
帝国兵たちが権天騎士たちを押している光景を見て帝国騎士は少しだけ安心した様子を見せる。すると、南西の方から轟音が響き、帝国騎士と一部の帝国兵たちは南西の方を向いた。
南西では砲撃蜘蛛たちの砲撃によって城壁が少しずつ崩れ始めており、南西を護る帝国兵たちも砲撃による衝撃と爆発で大勢が倒れたりなどし動けなくなっている。だが、そんな状態でも帝国兵たちは怯まず、弓矢や魔法で砲撃蜘蛛たちに反撃していた。しかし、距離があり過ぎるため、殆どの攻撃が届かず砲撃蜘蛛たちの手前に落下してしまう。
「攻撃の手を休めるな! 例え届かなくても敵をこれ以上砦に近づけさせないための威嚇ぐらいにはなる。そのまま続けろ!」
隊長と思われる魔法使いが声を上げて周囲にいる弓兵と魔法使いに指示を出す。弓兵たちは言われたとおり砲撃蜘蛛たちに向けて矢を放ち、魔法使いたちも火球や電気の矢などを放って攻撃した。だが、やはり距離があり過ぎるため、砲撃蜘蛛たちには届かなかった。
帝国兵たちの攻撃が届かない一方で砲撃蜘蛛たちの砲撃はしっかりと城壁に命中していた。背中の大砲から放たれた橙色の光球は城壁に当たると爆発し、城壁の上にいる帝国兵たちはその衝撃で倒れる。中には城壁の上から砦の内側や外側に落ちる者もおり、叫び声を上げながら地面に叩きつけられた。
弓兵と魔法使いの攻撃が届かない分、帝国飛竜団が砲撃蜘蛛たちに近づいて攻撃を仕掛ける。スモールワイバーンが吐く炎は砲撃蜘蛛たちに命中してダメージを与えているが、あまり効いていないようだった。
砲撃蜘蛛は城壁を砲撃しながら上空を飛び回るスモールワイバーンたちを砲撃して次々と撃ち落としていき、僅か数分で砲撃蜘蛛たちの周りに集まるスモールワイバーンは全て倒されてしまった。精鋭と言われている帝国飛竜団も砲撃蜘蛛の前では無力に等しかったようだ。
帝国飛竜団を殲滅させた後も砲撃蜘蛛たちは休むことなく砲撃を続ける。そして、遂に南西の城壁が破壊されて大きな穴が開き、破壊された城壁を見て城壁の上にいた帝国兵たちは驚愕の表情を浮かべた。
城壁に穴が開くと砲撃蜘蛛たちは一斉に砲撃を止める。そして、砲撃蜘蛛たちの上空の風景が歪み、砲撃蜘蛛たちの上空にも権天騎士たちが現れた。
南西に現れた権天騎士は三十体と南東に現れた権天騎士よりも数は少ないが、その中には姿が違う天使族モンスターが八体いた。その八体は黄色い装飾が施された白い祭服を着ており、顔は白銀のフルフェイスの兜で隠している。背中からは二枚の天使の翼が生えており、右手には金とロッドが握られていた。
「な、何だ、あの天使は? アイツらもあの蜘蛛型モンスターと同じアドヴァリア軍の戦力か?」
南東の帝国兵たちのように突然現れた権天騎士たちを見て隊長の魔法使いは目を見開く。周りの帝国兵たちも驚きながら現れた権天騎士たちを見ていた。
帝国兵たちが驚く中、権天騎士と祭服の天使たちは南西の城壁に向かって飛び始め、それを見た隊長の魔法使いは我に返り持っている杖を権天騎士たちに向けた。
「は、放てぇ! あの天使たちを撃ち落とせ!」
魔法使いの叫びを聞いた弓兵や他の魔法使いたちは慌てて弓矢を構え、持っている杖を権天騎士たちに向けて矢と魔法を放ち迎撃する。
権天騎士たちは砲撃蜘蛛たちと違って矢と魔法が届く距離まで近づいて来ているため、帝国兵たちの攻撃は届いていた。しかし攻撃が遅いのか、矢は権天騎士たちの剣で叩き落され、魔法も全てかわされてしまう。
自分たちの攻撃が効かないのを見て弓兵や魔法使いたちは再び驚愕の表情を浮かべる。そんな帝国兵たちに祭服を来た天使族モンスターは持っているロッドの先を帝国兵たちに向け、ロッドの先から火球や白い光球を放つ。火球と光球は城壁の上にいる帝国兵たちに命中し、爆発や衝撃で帝国兵や魔法使いたちを吹き飛ばした。
「あ、あの天使は魔法が使えるのか!」
仲間がやられたのを見て隊長の魔法使いは目を見開きながら声を上げる。その間、権天騎士たちは城壁に接近し、帝国兵たちを攻撃し始めた。
権天騎士たちは帝国兵や帝国騎士、魔法使いを次々と斬り捨てていき、権天騎士たちの猛襲に帝国兵たちは言葉を失い、次々と倒されていった。
南西の帝国兵たちが苦戦している時、南東の城壁で戦っている帝国兵たちは南西の戦況を見て焦りを感じていた。自分たちと違い南西は城壁が破壊され、更に権天騎士たちの攻撃を受けているため、南東よりも厳しい状態となっている。
しかも南西を護る部隊は南東の部隊よりも戦力が少なく、このままではこの砦が落とされてしまうと帝国兵たちは感じ始めていた。
どうにかして態勢を立て直さなくてと帝国騎士は険しい顔をしながらどうするべきか考える。すると、今まで待機していたアドヴァリア軍が動き出し、帝国騎士や一部の帝国兵がそれに気付いた。
「アドヴァリア軍が動き始めたぞ!」
「アイツら、どうして今頃になって……まさか、天使たちとの戦闘で我々の戦力が削がれるのをずっと待っていたのか?」
今まで動かなかったアドヴァリア軍が動き出したのを見て帝国騎士と帝国兵は権天騎士たちと共に南東を攻撃するのではと緊迫した表情を浮かべる。
ところが、アドヴァリア軍は南東を護る帝国兵たちに攻撃しようとはせず、ゆっくりと砦の南西に向かって移動し始める。それを見た帝国兵たちは何をする気だ、と不思議そうな反応を見せていた。だが、帝国騎士はアドヴァリア軍の狙いに気付き、大きく目を見開く。
「マズイ! 奴ら、南西に回り込んで南西から砦内に進軍するつもりだ!」
帝国騎士の言葉を聞いた周囲の帝国兵は一斉に帝国騎士の方を向いて驚愕する。権天騎士たちと戦っている帝国兵たちも戦いながら帝国騎士の話を聞いて驚いていた。
実はアドヴァリア軍は南東から進軍して帝国軍に自分たちの存在を気付かせ、帝国軍の注意を引き付けた直後に魔法で透明化していた砲撃蜘蛛たちに砦の南西を砲撃させて砦への侵入口を作らせることが狙いだった。南東と南西の二方向から攻撃したのも砦の帝国軍の戦力を分断して戦いやすくするためだったのだ。
そして、城壁が破壊され、南西を護る帝国兵たちをある程度倒したら南西に回り込み、砦に侵入して一気に制圧しようとしていた。
「奴等め、どうして今まで何もしてこないんだと思っていたが、まさか陽動作戦だったとは!」
帝国騎士はアドヴァリア軍の狙いに気付けなかったことを悔しく思い、俯きながら騎士剣を強く握る。その間も権天騎士たちは南東の帝国兵たちを一人ずつ確実に倒していき、南東を護る帝国兵たちの数も徐々に少なくなっていった。
「このままでは全滅してしてしまいます。いかがいたしますか!?」
一人の帝国兵が俯いている帝国騎士に声を掛ける。帝国騎士は顔を上げ、周囲の状況を確認すると奥歯を噛みしめながら騎士剣を構え直した。
「飛竜団やこの場にいない兵士たちはどうなっている?」
「飛竜団は例の蜘蛛型のモンスターとの戦闘でほぼ壊滅しました。この場にいない兵士たちは砦内部の防衛に回されています」
「クッ、このままでは全員やられるか……仕方がない、全員砦内に後退しろ! 南西の部隊にも急ぎ後退するよう伝えるんだ」
「ハ、ハイ!」
帝国騎士の指示を聞いた帝国兵は周りにいる仲間に後退の指示を出す。それが済むと急いで砦の南西へ向かい、南西で戦う部隊に後退の指示を出しに行った。
権天騎士たちに怯みながら帝国兵たちは城壁の階段を下りて後退を始める。帝国騎士は後退する仲間たちを見ながら悔しそうな顔をしていた。だが、このまま戦い続けても被害が酷くなる一方なため、態勢を立て直すために仕方なく後退を指示したのだ。
南東の城壁から砦内の広場に下りた帝国兵たちは権天騎士たちを警戒しながら急いで砦に後退する。しかし、権天騎士たちがそれを見逃すはずもなく、後退する帝国兵たちに追撃を始めた。権天騎士たちは後退する帝国兵たちを容赦なく攻撃していき、その姿を見た帝国騎士は険しい顔で権天騎士たちを睨み付ける。
「やめろぉ! これ以上我が同胞を殺すことは許さん!」
仲間が襲われる姿を見た帝国騎士は権天騎士に突っ込み、騎士剣で袈裟切りを放つ。だが、騎士剣は権天騎士の剣でアッサリを防がれ、権天騎士は帝国騎士に反撃する。
権天騎士の剣は帝国騎士の腹部を斬り、その痛みに帝国騎士は表情を歪めながら片膝を付く。腹部の傷からは血が流れ、帝国騎士は騎士剣を持たない方の手で傷を抑えながら痛みに耐える。その間、帝国騎士の周りに四体の権天騎士が集まり、四方から帝国騎士を取り囲んだ。
「し、しまった、囲まれたか……」
取り囲まれてしまった現状に帝国騎士は僅かに焦りを見せる。離れた所では他の権天騎士たちが仲間の帝国兵たちを襲う姿が見え、それを見た帝国騎士は悔しさのあまり奥歯を強く噛みしめた。
帝国騎士が険しい表情を浮かべていると、破壊された南西の城壁からアドヴァリア軍の兵士たちが砦内に侵入してきた。それを見た帝国騎士と後退する帝国兵たちは目を大きく見開く。
「や、奴ら、もう南西に回り込んだのか。マズイ、このままでは……」
権天騎士たちによって大勢の帝国兵が倒され、アドヴァリア軍の砦侵入までも許してしまった現状に帝国騎士もさすがに危機感を感じる。帝国兵たちも自分たちが不利な立場にあることを知り言葉を失ってしまう。
砦内に侵入したアドヴァリア軍は自分たちがいる広場の状況と帝国兵たちに位置を確認し、持っている剣や槍を構えて戦闘態勢に入った。
「全員、砦の指令塔を目指して進軍しろ! 向かってくる敵には容赦なく倒せ。帝国の兵士たちに正義の鉄槌を下すのだ!」
アドヴァリア軍の指揮官と思われる騎士は騎士槍を掲げながら声を上げ、周りにいるアドヴァリア兵たちは一斉に声を上げる。彼らの頭上には南西の城壁を攻撃した権天騎士たちが浮いており、持っている剣やロッドを構えながら遠くにいる帝国兵たちを見ていた。
「全軍、進軍せよ!」
騎士槍を前に突き出しながらアドヴァリア騎士は攻撃を命じ、アドヴァリア兵たちは一斉に帝国兵たちに向かって突撃する。向かってくるアドヴァリア兵たちを帝国騎士や帝国兵たちは悔しそうな顔で睨んだ。
だがその時、突如進軍するアドヴァリア兵たちの頭上から青白い雷が落ち、アドヴァリア兵たちや彼らの頭上にいる権天騎士たちを呑み込んだ。アドヴァリア兵たちは全身に伝わる痛みと痺れに声を上げながら倒れていき、権天騎士たちも落雷を受ける中、白い光の粒子となって消滅した。
突然の出来事にアドヴァリア軍は勿論、帝国兵や帝国騎士も雷が落ちた場所を見て驚いている。そんな中、今度は帝国騎士を取り囲む四体の権天騎士の頭上から四つの細長い白い光線が降り、権天騎士の体を貫く。光線を受けた権天騎士たちは光の粒子となって消滅した。
「なっ、い、今のはいったい……」
「やれやれ、とんでもないことになっているな」
何処からか若い女の声が聞こえ、帝国騎士は周囲を見回して声の主を探す。すると、空中から何者かが帝国騎士の真後ろに下り立ち、気配に気付いた帝国騎士は振り返る。そこには黒い三角帽と露出度の高い服を着た二十代前半の金髪のロールヘアをした妖艶な美女と黒いシルクハットを被り、黒い服を着た鼻の高い初老の男が立っていた。
帝国騎士の前に現れたのはヴァレリアとモルドールだった。