第二百九十五話 連合会談
会談が終わるとダークたちは一言も喋らずに馬車に乗り込んだ。全員が馬車に乗るとノワールはゲートを発動し、ダークたちと護衛の黄金騎士たちはバーネストの正門前に転移した。転移した後はそのまま正門を潜って町に入り、真っすぐ王城へ移動する。
移動する間、ダークは一言も喋らず俯いたまま腕を組んでおり、ノワールも目を閉じたまま黙り込んでいる。そんな二人の様子を見てアリシアとレジーナは複雑そうな顔をしていた。
「……二人とも、馬車に乗ってからずっとこんな調子ね?」
レジーナは向かいの席に座っているアリシアに小声で話しかけ、アリシアもチラッと視線を動かしてレジーナを見た後、視線をダークとノワールに戻した。
「無理もないさ、恩師であり戦友である男と決別し、戦うことになってしまったんだ。落ち込むのも無理は無いさ」
「別に落ち込んではいない」
小さな声でレジーナと話すアリシアにダークは声を掛け、それを聞いたアリシアとレジーナはピクッと反応してダークの方を向く。
「ダーク、聞こえていたのか?」
「勿論だ。私が普通の人間よりも耳がいいからな」
神に匹敵する力を持つダークが常人と比べて五感が鋭いことを思い出したアリシアとレジーナはあっ、という反応を見せて納得する。当然、ノワールにも二人の会話が聞こえており、片方の目を開けてアリシアとレジーナを見ていた。
会話が聞こえているのなら小声で話す必要は無いと感じたアリシアは軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、真剣な顔でダークとワールの方を向いた。
「……ダーク、大丈夫か? 理由はどうあれ、嘗ての戦友と敵対する結果になってしまったんだ。貴方でもさすがに堪えているのでは……」
「堪えている、か……ちょっと違うな。残念に思ってるんだよ」
窓の外を見ながらダークは答え、それを聞いたアリシアとレジーナは意外そうな表情を浮かべた。
「ジャスティスさんは正義感が強く、一度決めたことは決して曲げない性格だ。会談の時にハナエと再会したからジャスティスと戦うことになるかもしれないと予想していた」
「だから、戦うことになっても落ち込んでいない、と言うことか?」
「ああ……ただ、もしかすると奇跡的にジャスティスさんの気が変わって考えを変えてくれるかもしれない、という気持ちが心のどこかにあった。だからジャスティスが考えを変えてくれなかったことを残念に思っていたんだ」
戦うことは覚悟できていたが、小さな希望が打ち砕かれた結果を残念に思っていることをアリシアとレジーナに伝え、ダークの本心を知った二人は同情するような顔でダークを見ている。
ダーク自身もできることならジャスティスと戦わずに済む道を歩みたかった。しかし、頑固な性格のジャスティスを説得させることはできず、結局敵対することになってしまいダークは悔しく思っている。だが、悔しがっても何も変わらないため、ダークは現実を受け入れてジャスティスと戦うことにしたのだ。
アリシアとレジーナ、ノワールはダークを無言で見つめている。そんな中、ダークはアリシアたちを見ながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「考えを変えられない以上、私にできるのは戦いでジャスティスさんに勝利し、彼を止めることだけだ」
「それが友として貴方がジャスティスにしてやれるせめてものこと、という訳か」
ダークはアリシアを見ながら小さく頷く。戦うことになってしまった以上、力で友を止めるしかない。ダークの意思と覚悟を感じ取ったアリシアは目を僅かに鋭くする。
「……私も真の平和な世界を創るためとは言え、世界の秩序を強引の変えようとする彼のやり方には納得できない。貴方の言うとおり、誰にも世界の秩序を変えることなどできないからな」
「そうよねぇ、世界が変わっちゃったら、平和な世界が出来る前に世界その物が壊れちゃうかもしれないし」
レジーナもアリシアと同じことを考えており、椅子にもたれながら自分の気持ちを口にする。普段は会議とかで適当に話を聞いていたレジーナが珍しく自分の意見を口にするのを見て、アリシアは今回はレジーナも真面目だと改めて理解した。
「ダーク兄さん、何があってもあの聖騎士のおっさんに勝つわよ? アイツの都合であたしたちの世界を創り変えられるなんて、冗談じゃないわ」
「ああ、例え争いが多い世界だとしても、私は今の世界が気に入っている。このまま見過ごすつもりは無い」
アリシアとレジーナが自分と同じ考え方をしていると知ったダークは二人を見ながら再び小さく頷く。ノワールも協力してくれるアリシアとレジーナに感謝しているのか、二人を見て微笑みを浮かべた。
「それで、この後はどうするつもりだ? ジャスティスの軍団と戦うことになったからにはまず部隊編成を行い、領内の町や村にこのことを伝えないといけないぞ?」
ジャスティスと戦う意志を確認したアリシアはまず最初に何をするのかダークに尋ねる。これから戦争が始まるとなると、やるべきことは沢山ある。しかも相手がダークと同じ神に匹敵する力を持っているのであれば、念入りに準備を進める必要があった。
「……まずはジャスティスさんの軍団と戦うことを同盟国に知らせる必要がある。ジャスティスさんは大陸の国を傘下に置き、信用できると判断したら同盟を組むと言っていた。と言うことは、大陸の国全てがリーテミスと同じ目に遭う可能性があると言うことだ」
「つまり、同盟国のセルメティアやエルギスも返答次第では宣戦布告をされるかもしれない、と言うことか……」
最悪な結果を予想したアリシアは緊迫した表情を浮かべ、ノワールも黙ったまま目を鋭くする。レジーナは面倒そうな顔でダークとアリシアの会話を聞いていた。
「同盟国や帝国が傘下に入ることを要求された時、どう返事をするかは分からないが、とりあえず敵のことをしっかりと知らせておく必要がある。そして、もし可能なら共闘してジャスティスさんの軍団を迎え撃つ」
「では……」
「ジャスティスさんのことを伝えるために会談を行う。同盟国であるセルメティア、エルギス、マルゼント、そして帝国にバーネストで会談を開くことを伝える親書を送る」
「えっ?」
ダークの話を聞いたアリシアは思わず声を出す。同盟国に親書を送るのは分かるが、デカンテス帝国に親書を送ると言うダークの言葉にアリシアは意外に思っていた。
デカンテス帝国はビフレスト王国との戦争で敗北し、ダークの許しが出るまで帝国の人間はビフレスト王国領に入ることを禁じられてる。にもかかわらずダークは帝国の人間を領内に入れることを許可したためアリシアは少し驚いていた。
「ダーク、いいのか? 同盟国はともかく、帝国はまだビフレスト領内に入ることを禁じられている。親書を送ると言うことは帝国皇族を会談に参加させるために領内に入れるということになるが……」
「この状況では仕方がないだろう。同盟国ではないからと言って情報を教えずに放っておくわけにもいかない……それに、そろそろ入国禁止を解いてやろうとも思っていたし、丁度いい」
「そ、そうか。貴方がそれでいいのなら構わないが……」
相変わらず気まぐれな性格のダークを見てアリシアは納得する。ノワールとレジーナは苦笑いを浮かべたり、二ッと歯を見せながら笑ったりしてダークを見ていた。
「会談は準備が整い次第、すぐに行う。ジャスティスさんは頭の切れる人だ。こっちの動きを計算して先手を打ってくる可能性が高い。向こうが動くよりも先にこっちが動かなくて不利になる」
「では、城に戻り次第、急いで親書を作成し、各国に送らないといけないな」
「そういうことだ。アリシア、手伝ってくれるか?」
「勿論だ」
ジャスティスが動く前にできるだけ準備を進めておかなくてはならない。ダークとアリシアは王城に戻り次第、すぐに準備に取り掛かろうと考えていた。勿論、ノワールも二人と共に親書や軍の準備に取り掛かろうと思っている。
「レジーナ、お前やジェイクたちにも手伝ってもらうぞ。今回は相手が相手だからな、効率よく準備をするために人手は少しでも多い方がいい」
「それは分かってるけど、具体的に何をすればいいの?」
冒険者である自分たちにできることはたかが知れている、レジーナはそう思いながら何をすればいいのか尋ねた。
「別に難しいことはしなくてもいい。冒険者ギルドに依頼してくれればいい」
「冒険者ギルドに?」
「ジャスティスさんの軍団は間違いなく過去に戦ってきたどの敵よりも強力だ。このバーネストや他の町に攻め込んでくる可能性は十分ある。冒険者たちには各町や村の防衛に就いてもらう」
戦争に直接参加できない冒険者には町や村、そこに住む者たちを護ってもらうというダークの話を聞き、レジーナは成る程ね、と言うような顔で納得する。
どの国でも同じだが、軍は敵と戦うために殆どが前線に出るため、各拠点を護る戦力が必要だ。それを補うため、戦争に参加できない冒険者たちには拠点の防衛に加わってもらう必要があった。
「全ての冒険者が依頼を受けることができ、多額の報酬を出せば大勢の冒険者が防衛に力を貸してくれるはずだ。お前たちはギルドへ向かい、ギルド長たちに町や村の防衛依頼を出してきてくれ」
「分かったわ。まぁ、自分たちの住んでいる町が襲撃されると聞けば、大抵の冒険者は進んで協力してくれるでしょうけどね」
仕事を任されたレジーナはニッと笑いながら返事をする。冒険者ギルドに依頼を出すことも決まり、ダークはこれから忙しくなると思いながら外を眺めた。
「……ところでノワール、例のチェックはどうだった?」
ダークが外を眺めながらノワールに声を掛けると、ノワールはチラッと視線をダークに向ける。
「上手くいきました」
笑みを浮かべながらノワールはローブのポケットに手を入れ、何かを取り出すとダークに差し出す。それは丸い水色の水晶でダークは水晶を受け取ると顔の前に持ってきた。
水晶を見つめるダークに気付いたアリシアはダークが持つ水晶に見覚えがあり、意外そうな顔で水晶を見つめる。
「それは、メモリークリスタルか?」
ダークが持つ水晶が所持者が見た光景を記録するマジックアイテムに似ていることから、アリシアは確認するようにダークに尋ねる。ダークはアリシアの方を見ると、持っている水晶を見せながら軽く頷く。
「そうだ、ジャスティスさんとの会談が始まった時に使っていた物だ。コイツには会談の内容とジャスティスさんたちの姿がハッキリと記録されている」
「なぜそんなことを?」
「理由はいくつかあるが、一つはジャスティスさんの考えや喋ったことを記録しておくため。あとはコイツに記録されているジャスティスさんたちの映像を賢者の瞳で覗き、レベルや職業、モンスターたちの種族を確認するためだ」
ジャスティスたちの情報を得るために前もってメモリークリスタルを使用していたことを知ったアリシアとレジーナは驚きの反応を見せる。まだ戦いが始まっていないのに戦うことを予想し、敵の情報を集めておこうとするダークの行動力に二人は感服していた。
ダークは持っているメモリークリスタルを見つめながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「……ジャスティスさん、戦いは既に始まっているんですよ」
水晶を見つめたまま、ダークは届くことのない言葉をジャスティスに向けて語る。その間、ダークたちが乗る馬車は王城へと向かって走り続けた。
やがて馬車は王城に到着し、王城の入口前で停まる。馬車が止まるとダークたちはすぐに馬車から降り、後ろの馬車に乗っているジェイクたちも一斉に馬車から降りてダークたちの下へ移動した。
集まったアリシアたちにダークは何をするのか細かく指示を出し、指示を受けたアリシアたちはすぐに解散して行動に移った。
ダーク、アリシア、ノワールは軍の編成と同盟国に送るための親書の準備をするために王城へ、レジーナ、ジェイク、マティーリアは冒険者ギルドに依頼を出すために城下町へ、そしてヴァレリアとファウは戦争で使うためのマジックアイテムや魔法薬を用意するためにヴァレリアの魔法研究所へと向かう。全員、これから始まる激戦の準備をするため、真剣な顔を浮かべていた。
――――――
ビフレスト王国の首都バーネスの王城、その中にある少し広めの部屋の中でダークたちは大きめの長方形の机を囲むように座っていた。ダークは机の幅が短い場所の席に座っており、その後ろではアリシアとファウが待機し、ダークの肩には子竜姿のノワールが乗っている。
ダークから見て右側の席にはセルメティア王国の国王マクルダムが座っており、その後ろに近衛隊長のヘルフォーツと大魔導士のザムザスが立っている。その右隣の席にはエルギス教国の女王ソラが座り、その後ろに六聖騎士のソフィアナとベイガードが待機していた。
机の左側のダークに近い席にはマルゼント王国の国王ルッソが座っており、後ろには軍師のモナ、護衛隊長のハッシュバルが無言で立っている。そして、その左隣にはデカンテス帝国の皇帝バナンが座り、後ろには帝国の将軍となった皇女カルディヌと騎士サルバントの姿があった。
ダークはジャスティスとの会談から戻ってすぐに同盟国とデカンテス帝国にジャスティスの存在と目的、今後の方針について話し合うための会談を行うと書かれた親書を送る。親書はノワールの転移魔法を使ったのですぐに届き、親書は無事に各国の王族の下へ届けられた。
親書を受け取った王たちはジャスティスと言う存在が世界を創り変えるために自分たちを傘下に置こうとしていること、ダークたちに宣戦布告をしたこと、下手をすれば自分たちにも襲い掛かってくるかもしれないということを知り、詳しい話を聞くために迷わずに会談に参加することを決めた。
同盟国は全員迷わずに参加することを決めたが、唯一同盟国ではないデカンテス帝国は会談に参加するべきか悩んだが、親書には同盟国でなくても力を貸す、デカンテス帝国の罪を許してビフレスト王国の出入り禁止を解いたと書かれてあり、それを見たバナンはダークに感謝し、会談に参加することを決めた。
親書が各国に送られてから二日後、予定どおり会談の準備が整ったのでダークはノワールに転移魔法で各国の王族たちを迎えに行かせた。そして現在、バーネストの王城の一室にダークたちは集まり、会談を始めようとしている。
「各国の皆さん、今回は突然の会談に参加していただき、心から感謝します」
ダークは部屋に集まっている王族たちに軽く頭を下げ、会談に出席してくれたことを感謝する。王族たちは全員ダークに視線を向け、真剣な表情を浮かべていた。
「今回、会談を開いたのは親書にも書かれてあったとおり、ジャスティス・ナイトウと言う聖騎士と彼の軍団について話し合うためです」
「ジャスティス・ナイトウ、親書にはダーク殿の知人と書かれてあったが、どういう関係なのですか?」
セルメティア王国の国王、マクルダムがジャスティスについて尋ねる。親書には宣戦布告のことなどは書かれてあったが、ジャスティスの詳しい情報は書かれていなかったため、ジャスティスが何者なのかマクルダムや他の王族たちも何も分からなかった。
「……彼は私が以前住んでいた場所で共に戦った友人です。同時に私に戦いの技術を教えてくれた存在でもあります」
「ダーク殿に戦い方を?」
「つまり、ダーク殿の師匠と言うわけですか?」
意外そうな顔をするマクルダムに続いてエルギス教国の女王、ソラも意外そうな顔で訊き返す。親書に書かれてあった人物がダークの師だと知り、マクルダムやソラだけでなく、他の王族や各王族に付き添っている者たちも驚きの反応を見せる。
「ええ。しかし、彼はもう私の師でも友人でもありません」
「どういうことですか?」
理解できないソラが小首を傾げながら尋ねると、ダークは集まっているマクルダムたちを見ながら説明を始める。親書にジャスティスの目的は書いてあるが、確認をするためにダークは自身の口で説明することにした。
ダークはジャスティスが争いの無い平和な世界を創るためにこの世界を創り変えようとしていること、世界を創り変えるために大陸の国全てをを傘下に入れようとしていることを伝える。そして、傘下に入ることを拒んだ国には宣戦布告をし、戦いに勝利した後に半強制的に傘下に入れようとしていることをマクルダムたちに細かく説明した。
平和な世界を創るために動いているのに傘下に入らない国には攻撃を仕掛けるという歪んだ方法を取ろうとしているジャスティスに対し、マクルダムたちは鋭い表情を浮かべる。彼らもダークと同じようにジャスティスのやり方に矛盾を感じているようだ。
次にダークはジャスティスが自分と同じように強力なマジックアイテムを複数所持し、モンスターを召喚、配下に置くことができることを伝える。ダーク以外にもモンスターを配下に置き、優れたマジックアイテムを所持していると聞いたマクルダムたちは目を見開きながら驚く。
ジャスティスは近いうちにマクルダムたちの国に傘下に入ることを要求し、断ればモンスターやマジックアイテムを使って襲撃してくるかもしれない、ダークは低い声でマクルダムたちに説明し、話を聞き終えたマクルダムたちは小さく俯きながら深刻そうな顔をする。
「……平和のためとは言え、傘下に入ることを拒んだ国に宣戦布告をするとは、信じられない行動を取るな。その聖騎士は……」
マルゼント王国の国王、ルッソはジャスティスの行動に驚きを隠せず、俯いたまま呟く。その後ろで待機しているモナやハッシュバルも気に入らなそうな顔をしながらルッソの話を聞いていた。
「既にそのジャスティスという男は聖王国のアドヴァリアを傘下に置き、亜人の国家、リーテミスを傘下に置くために宣戦布告をした。幸い、ダーク殿たちのおかげでリーテミスは無事だったが、今度はダーク殿たちが宣戦布告を受けている……」
「彼のやり方はとても平和のための行動とは思えません」
力づくで傘下に入れるというやり方にマクルダムとソラは思い思いのことを口にし、ジャスティスのやり方は間違いだと考える。争いの無い真の平和な世界を創ろうとする心意気は素晴らしいと思えるが、そのために間違った行為を取るジャスティスの行いを二人は認めることはできなかった。
「……バナン殿、貴殿はどう思う?」
マクルダムとソラの話を聞いたルッソは視線をデカンテス帝国の皇帝、バナンに向けて彼の意見を訊く。バナンは声を掛けられて一瞬驚きの反応を見せるが、すぐに落ち着いた表情を浮かべ、ダークやマクルダムたちを見ながら口を開けた。
「私も、彼のやり方には賛同できません。平和な世界を創るために他国を重圧し、強制的に自分に従わせようとするやり方は独裁と同じです……とは言っても、我が国も嘗ては似たような行いをしていましたので、偉そうなことは言えませんが」
デカンテス帝国の過去の過ちを口にしながらバナンは小さく俯いて苦笑いを浮かべる。ダークたちはそんなバナンを無言で見つめた。
会談に参加している全員が嘗てデカンテス帝国は自分たちこそが大陸の国々を導く存在と考え、大陸の頂点に立つためならどんなことでもする国家であったことは知っている。しかし、今のデカンテス帝国はバナンが皇帝になったことで周辺国家と同じように他国と協力し合う国家へと変わった。そのため、ダークたちはデカンテス帝国の過去について指摘せずにいる。
「私は、我が国か嘗て行ったことと同じことをしようとするジャスティスの傘下に入る気も、彼をこのまま見過ごす気もありません。何より、そのジャスティスは父の仇でもありますから……」
バナンが最後に低い声で語ると、それを聞いたダークたちは一斉に反応する。その中でも特にソラは僅かに目を鋭くしてバナンを見ていた。
マクルダムたちに送られた親書にはジャスティスの目的以外にもエルギス教国とデカンテス帝国の先代の王と皇帝をジャスティスが殺害したことが書かれてあった。その事実を知った時、ソラとバナン、カルディヌは大きな衝撃を受け、ジャスティスが父の仇だと知る。
自分たちの父を殺害した男がダークと接触し、自分たちの国を襲うかもしれないと知ったソラとバナンは国を護るため、そして父の仇について詳しく知るために会談に参加することを決意した。
「……父は、先代皇帝は暴君皇帝と呼ばれ、独裁的な考え方をする人でした。ですが、そんな人でも私やカルディヌにとってはたった一人の父です。その父の命を奪った男が今度は大陸の国全てを手に入れようとしている。そんなことを見逃すなどできません」
「私もです。父は嘗て大きな過ちを犯しました。ですが、そんな父でも血を分けた私の家族です。父を殺めた人をこのまま放っておくことはできません」
どんな存在でも自分たちにとっては大切な父親、その父親を奪ったジャスティスには従えず、好きにさせることなどできない。バナンとソラは決してジャスティスの傘下には入らないとダークたちに伝え、それを聞いたマクルダムたちはそのとおりだ、と言うように無言で頷く。
「ダーク殿、私もジャスティスが傘下に入るよう要求して来ても、彼の言うとおりにする気は無い。もし我が国を襲撃してきたのなら、我が国の全戦力で迎え撃つつもりです」
「私も同感です」
マクルダムとルッソもジャスティスが傘下に入ることを要求して来ても従わないと伝え、ダークはマクルダムたちが自分と同じようにジャスティスと戦うつもりでいると知り、心の中で意外に思った。アリシアたちもマクルダムたちの答えを聞いて驚いていたが、すぐに嬉しさを感じて小さく笑う。
「……では、皆さんはジャスティスさんの傘下には入らず、彼と彼の軍団と戦うと言うことですね?」
ダークはもう一度マクルダムたちの意思を確認するように尋ねるとマクルダムたちは無言で頷く。
「……ジャスティスさんは私よりも力が強く、優れたマジックアイテムを大量の所持しています。下手をすれば我々は敗北するかもしれません。それでも戦うのですか?」
「当然です」
マクルダムが即答するとダークは視線をマクルダムに向ける。そこには真剣な表情でダークを見つめるマクルダムの顔があった。
「例え相手がどれ程の強者であったとしても、戦いもせずに自分たちの全てを差し出すなど愚か者のすることです。私たちは一国を治め、国民を護るべき立場にあります。国と国民のためにも此処で引き下がる訳にはいかんのです」
国王としての覚悟を口にしながらマクルダムはジャスティスと戦うことを力の入った声で語る。すると今度はソラがダークを見ながら口を静かに開いた。
「国民や国のことを思うのなら、戦わない方がいいと思えますが、それは何も考えずに国民や国を他人に売るようなもの。それでは国民や国のことを想っているとは言えません。例え戦争になり、国民を危険な目に遭わせることになるとしても、誇りを捨てずに敵と戦い、国民と国を護る。それが王族としての責任だと私は思っています」
一国を治める者として下手に出るようなことはあってはならない、ソラやマクルダムたちの意思を知ったダークはフルフェイスの兜の下で小さく笑う。自分と同じようにジャスティスのやり方を間違いと感じ、一国の王として戦おうとするマクルダムたちの気持ちにダークは嬉しさを感じていた。
「皆さんの意思は理解しました。皆さんが私の嘗ての友と戦うと決意されたからには、私は全力で皆さんを支援します」
「支援? しかし、ダーク殿もそのジャスティスという聖騎士から宣戦布告を受け、戦いの準備を進めておられるはず。他国を支援する余裕などあるのですか?」
ビフレスト王国が真っ先に狙われるかもしれないという状況で周辺国家を支援すると言うダークの発言にソラは驚きの表情を浮かべる。勿論、マクルダムたちも意外そうな表情でダークを見ていた。
親書の内容やダークの説明から、ジャスティスの軍団はかなり強力で大規模な戦力とのことだ。そんな敵を相手にするのなら、手元の戦力をほぼ全て使う必要があるというのに、他国のことを考える余裕があるのかとマクルダムたちは疑問に思っていたのだ。
意外そうな顔でダークを見ているマクルダムたちに対し、ダークは余裕を見せるかのように小さく笑う。
「心配ありません。こちらには青銅騎士たちやモンスター以外にも優れたマジックアイテムがあります。それらを上手く使えば自軍の戦力を整えるのは勿論、皆さんの国を援護することも可能です」
「し、しかしそれでは……」
「ジャスティスさんは皆さんが今まで戦ってきた敵とは訳が違います。皆さんの予想を超える行動を執ってくるとんでもない存在です」
ダークがジャスティスの恐ろしさを説明するように語り、マクルダムたちは顔に緊張を走らせながらダークの話を聞いていた。
「優れたマジックアイテムやモンスターを使い、予想もしない行動を執ってくる。そんな相手と戦うのであれば皆さんも同じように強力なマジックアイテムやモンスターを使った方がよろしいでしょう」
「それはつまり、ダーク殿の所持するマジックアイテムやモンスターを私たちに貸し与えてくれる、と言うことですかな?」
マクルダムの言葉にダークは無言で頷く。今まで謎とされていたダークのマジックアイテムやモンスターを自分たちが使う事ができる。それを知ったマクルダムたちは喜びと驚き、そして心強さを感じた。
普通であれば異世界のマジックアイテムやモンスターを他人に貸し与えるのは危険かもしれないが、今回はダークよりも優秀で強力なLMFプレイヤーが相手であるため、マクルダムたちの国をジャスティスから護るには優れたマジックアイテム、モンスターを貸す必要があるため、ダークは迷わずにマクルダムたちに貸し与えることにした。
強力なマジックアイテムやモンスターを他人に貸し、全て終わった後にそれを返してくれるかどうか普通は不安になるが、ダークはマクルダムたちのことを信用しているため、不安を感じていなかった。
マクルダムたちは自分たちを支援するために貴重なマジックアイテムやモンスターを貸し与えてくれるダークに感謝し、同時にここまで自分達のことを気遣ってくれるダークの気持ちを否定しないためにも、素直に支援を受けるべきだと考える。
「……分かりました。ではお言葉に甘え、ビフレストからの支援をお受けします。ただ、ビフレストだけが支援するというのも不公平ですので、我がセルメティアもビフレストを支援させていただく」
ビフレスト王国とは違い、支援する余裕があるかどうか分からないにも関わらずビフレスト王国を支援すると言うマクルダムの言葉にダークは感服する。アリシアやノワール、ファウもマクルダムの言葉に喜び小さく笑っていた。
「我々エルギスも支援させていただきます。と言っても、同盟国なのですから、助け合うのは当然ですが……」
「我々もです」
「私たちも協力させていただきます」
マクルダムに続いてソラ、ルッソ、バナンも支援するという答えを出し、ダークは嬉しさを感じたのか小さく笑う。
「ありがとうございます。では、ジャスティス・ナイトウの軍団に対抗するための大連合をここに結成します」
ダークの力の入った言葉に王たちは真剣な表情を浮かべ、待機しているアリシアたちも無言でダークの言葉に耳を傾けている。
これまでに戦った反旗を翻した亜人、地下に潜伏する犯罪組織、別の世界から来た魔族、どの敵よりも強力で強大な敵とこれから戦うことになる。部屋の中にいる者全員が緊張し包まれていた。
しかし、五つの国が手を取り合って戦うことになったためか、全員が恐怖や不安を言う気持ちを感じず、落ち着いた表情を浮かべている。まるで、絶対に勝てると確信しているようだった。
「さて、連合が結成されたことで、早速各国の戦力の確認とお貸しするマジックアイテムなどについて話し合いを始めたいと思います」
ジャスティスと戦うための準備を進めるため、ダークはマクルダムたちと準備を進めるための話し合いを始める。マクルダムたちも大陸に存在する全ての国の命運を決める戦いであるため、いつも以上に真剣にダークの言葉に耳を傾けていた。
その後、ダークたちはジャスティスの軍団がどのように動くのか、傘下に入ったアドヴァリア聖王国の軍はどう動くのかなどを予想しながら話し合い、どの国にどれ程の戦力を配備するかなのを決める。決して負けられない戦いなので時間を掛けて細かく念入りに決めていった。
全ての話し合いが終わると、各国の王はノワールの転移魔法によって自分たちの国に送られ、首都に戻るとすぐに貴族や軍の責任者を集めて会議を執り行った。
ダークたちもマクルダムたちが帰るとすぐに部隊の再編成や各拠点の防衛状況の確認を取りかかる。